タップを踏んでビルシャナが来る

作者:砂浦俊一


 タン、タタタタタンタン!
 小気味よい音が響き渡る。
 だがタップシューズを履いたビルシャナの顔つきは暗く、重い。
「いかん。ダンスに身が入らぬどころか、心も沈むばかりだ……」
 このビルシャナは『タップダンスこそ最高のダンス教』の教祖だ。人間だった頃はタップダンサーであり、ビルシャナ化してからは信者の獲得と教義の布教に励んでいた。
 しかし、いつの頃からかビルシャナは教義に疑問を抱いていた。
「これでは信者を導くことも衆生を救うこともできぬ。どうすれば良いのだ……」
 鶏に似た姿のビルシャナだが、今は頭のトサカも力なく萎れている。
 と、その時。
「迷うことはない」
 頭上から声。同時に光がビルシャナに降り注ぐ。
 顔を上げたビルシャナが見たのは、法衣に身を包んだインコのようなビルシャナの姿。
「私は光世蝕仏。其方の教義とタップダンスは素晴らしい、だがユグドラシルとの同化こそが衆合無をも越える唯一の救済。新たな信仰と共に衆生を導くがよい」
 後光を放つ光世蝕仏は、迷えるビルシャナの額に何かの種子を埋め込む。
「これが其方の新たな力だ」

 そして翌日。
「タップダンスこそ最高のダンス、ユグドラシルとの同化に至る唯一のダンスである!」
 タップシューズを履いたビルシャナと信者10人、行く先には雑居ビルの1階に入ったバレエ教室。
「タップダンス以外は全て邪道、この世から駆逐する! 行けい!」
 ビルシャナの号令一下、信者たちがバレエ教室に突撃していく。
「タップダンスを讃えよ!」
「ユグドラシルを讃えよ!」
 信者たちに続いて突撃するビルシャナ、その体は不気味な植物の蔓に覆われていた。


「そして彼らはバレエ教室の教師や生徒たちを袋叩きにし、教室の破壊など狼藉の限りを尽くします。次は社交ダンスや日本舞踊の教室が狙われるかもしれません」
 それがイオ・クレメンタイン(レプリカントのヘリオライダー・en0317)が予知した内容だった。
 ビルシャナ大菩薩の消滅により、一部のビルシャナは『自分の教義を信じる心』を失いつつあった。だが教義の揺らいだビルシャナの元へ光世蝕仏が現れ、『ユグドラシルとの同化こそが衆合無をも越える唯一の救済』と説き、新たな信仰を授けていた。
 光世蝕仏は攻性植物に侵略寄生されたビルシャナであり、ユグドラシル・ウォーで姿を消したデウスエクス集団に属する。ゲート破壊により本体と切り離された『ユグドラシルの根』を拠点とするこの集団が、グラビティ・チェイン獲得のため暗躍しているようだ。
「ビルシャナたちは午後5時にバレエ教室を襲撃します。今回のビルシャナは攻性植物の寄生により身体的に強化されているのが特徴です。信者の数は10人、一応はビルシャナの教えを信じています。戦闘時はビルシャナの配下になりますが、戦闘前にビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張をすれば、信者の目も覚めて配下になる数も減るでしょう。効果が薄くても、ビルシャナを倒せば配下の信者たちも元に戻ります。信者の生死は問わないので、救出できたら良い程度に考えてください」
 信者たちはビルシャナの影響下にある。理屈だけの説得は難しい。
 重要なのはインパクト、そのための演出を考えてみるのが良策だ。
 また、戦闘前にバレエ教室の教師や生徒の子たちを安全な場所へ避難させることも忘れてはならない。
「光世蝕仏や、ユグドラシル・ウォーの生き残りたちの暗躍も気になりますが、まずは今回の事件の解決をお願いします」
 イオがケルベロスたちに大きく頭を下げた。


参加者
伏見・万(万獣の檻・e02075)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)
地鏡・鬼雨(メリュジーヌの妖剣士・e86478)
 

■リプレイ


 午後5時。バレエ教室に生徒たちも集まり、練習前の体操を始めた頃――それは聞こえてきた。
 タンタン、タタタン、タンタン!
 タタタン、タンタン、タッタン!
 聞こえてくるのは軽快なタップのリズム。徐々に近づいてくるタップにバレエ教室の人々が顔を見合わせた時、乱暴に扉が開け放たれた。
「タップダンスこそ最高のダンス。ユグドラシルとの同化に至る唯一のダンスである!」
 真っ赤なトサカを突き立てた鳥人間のビルシャナを先頭に、『タップダンスこそ最高のダンス教』の信者たちが続く。
「タップダンスを讃えよ!」
「ユグドラシルを讃えよ!」
 タタン!
 タップシューズを履いた彼らが一斉にタップを踏み、室内を見渡したビルシャナが高らかに宣言する。
「タップダンス以外は全て邪道、故に駆逐する! バレエなんぞやってる者は女子供だろうと容赦なくブチのめす!」
 ぞっとする言葉に、バレエ教室の生徒たちが震えあがる。生徒たちは小中学生の女子が目立ち、大人といえばバレエの先生が数名のみ――いいや、他にもいた。
「悪ィが踊りの心得はねェんだよな。だから違いも、どれが一番とかもわからねェなァ」
 見学者を装いバレエ教室に潜入していたケルベロスたち。窓際にもたれかかっていた伏見・万(万獣の檻・e02075)が、バレエ教室の先生や生徒たちを庇うように前へ出た。
「けどよ、これだけはわかるぜ。女子供を殴ろうなんて野郎の踊りは見る価値もねえ」
 首の骨をコキコキと鳴らしつつ、彼はビルシャナたちを挑発する。
「皆さーん。あいつらは危険なビルシャナとその一味なのですー。この場は私たちに任せて、避難するですー」
「練習の邪魔しちゃってごめんねー。悪い奴らはお姉さんたちがすぐに追っ払っちゃうから」
 素早く動いた機理原・真理(フォートレスガール・e08508)とファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)は裏口のドアを開け、バレエ教室の人々の避難誘導を開始する。
「なんだなんだ、こいつらは?」
「見学者か生徒どもの保護者に見えたが、違うのか……?」
 手際の良いケルベロスたちの対応に、信者たちはどよめきを隠せない。
「保護者か。総ての生命は私の仔であるから間違ってはいない。しかし、面倒事を背負って鴨が貌を晒すとは奇怪な。信仰心までも曖昧では残念極まりない『冒涜者』と解せる。神ならば私が在るのだ。おいで」
 そう言ってユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)が手招きしてみせるが、難解な言い回しに信者たちの困惑は広がっていく。
「うろたえるでない。おおかた我らの計画を察知して先回りしていた小癪なケルベロスであろう」
 そこでビルシャナがタタンとタップを踏む。
「邪魔者は許さぬが、貴様らがタップダンスを始めるというのなら入信を許可しよう。どうかな? ケルベロスなんぞ辞めて、『タップダンスこそ最高のダンス教』の信者にならぬか? ユグドラシルの良さもわかるぞ?」
 ビルシャナがタップを踏むたびに、体を覆う攻性植物の蔓や葉もウネウネと動く。
「ひとつ聞きたいのじゃが、タップダンスとやらはメリュジーヌにもできるのかのぅ? 人間の足に変化するのを良しとしない者もおるので、できればこのまま踊りたいのじゃがな」
 仲間たちの後ろに立っていた地鏡・鬼雨(メリュジーヌの妖剣士・e86478)が、ビルシャナたちの前に出てくる。彼女の下半身は蛇そのもの、信者たちは驚き目を見開いてしまう。


「まあ物は試し、やってみるとしようかのぅ」
 最初はテンポも悪く、ぺちん……ぺちん……と。やがて鬼雨は楽しくなってきたのか、びたーんびたーん、と激しく尻尾を床に打ちつけた。
「こうじゃな?」
 彼女は得意げな顔をビルシャナたちに向けた……のだが。
 蛇の尻尾のタップに、信者たちの反応は芳しくない。
「……なんじゃその『違うそうじゃない』『あっもう結構です』『すみませんでした』みたいな微妙な表情は!」
 ビルシャナは目が点になっていたが、鬼雨の抗議で我に返った。
「タップを舐めるな、と言いたいところだが誰にでも初めてはある。本物のタップを見せてやるから勉強するがいい。皆も続け!」
 ビルシャナに続き、信者たちも一斉にタップを踏む。いずれも一糸乱れぬ華麗な動き。
「我がタップは救済! 我らがタップで衆生を導き、ユグドラシルとの同化に至るのだ!」
 だが彼らの見事な足並みのタップは、大音量のレゲエの音楽によって掻き乱された。
「もっと激しい音楽に乗って、全身で踊るのも楽しいのですよ。セクシーで格好良い踊りとか、タップダンスじゃ表現出来ない魅力もあったりするのです」
「タップの他にも良いダンスはあるのよ?」
 いつの間にか丈の短いタンクトップとホットパンツ姿になっていた真理とファレ。真理はレゲエダンスを、ファレは用意していた突っ張り棒タイプのポールを設置してポールダンスを踊り出した。
「どうです? 一緒に踊ってみないです?」
「もっと大人のダンスもあるけど、タップダンスしか認めないなら興味無いかしら?」
 BGMに合わせて色気を強調するように腰の動き中心、時には大胆な開脚技も織り交ぜ、2人は信者たちに流し目で問いかける。
 鬼雨も楽しそうに、両者の後ろで蛇の下半身をくねらせている。
 肌が触れるほどの距離、熱い吐息の混ざるセクシーなダンス、煽情的かつ刺激的な光景に信者たちのタップが乱れに乱れる。
「タップダンス。軽快な足音が現実を癒やすと謂うならば、果たして何故に息が荒れる?」
「淫らな踊りに惑わされるなっ。悪魔の誘惑を振り払うのも修行であるぞっ」
 ユグゴトの指摘に、ビルシャナは信者たちに檄を飛ばすがタップの乱れは止まらない。
「荒れ狂った心臓を支えるのは貴様の四肢だ。無碍に扱うなど勿体ない。故に私と称される神に。母に身を委ねるべきだ。遍く貴様等『仔』は胎に還り給えよ――此処に皆の愛が在る」
「世迷言をごちゃごちゃとっ。ええい、やめやめっ! 一同、気合いを入れ直してやる!」
 ダンスバトルは唐突なビルシャナの叫びで終わりを告げた。さらにビルシャナは信者たちの頬を平手打ちしていく。力が強すぎたのか何人かは床に倒れてしまうほどだ。


「指導に熱が入りすぎ。もはや体罰ね」
「人間だった頃からあんな感じの指導だったのでしょうか?」
 ダンスを止めたファレは冷笑し、真理は小首を傾げてしまう。
「黙れぃ! よりにもよってバレエ教室で卑猥なダンスを披露しおって! もし子供らが見ていたら教育に悪いではないか!」
「そのバレエ教室をブッ潰しに来た野郎はどこのどなた様だ。よくも言えたモンだ、よっと!」
 怒れるビルシャナの言い草に呆れ返った万は、髪を掻き上げるとその場で後方宙がえり。空中でカポエラの如く激しく足を振り、華麗に着地する。
「我流だがな。身体を動かせってンならできなかねェが、俺のはちょいと危ねェぜ?」
 そして固めた拳がビルシャナに向けられる。
「貴様らにタップによる救済は不要! 皆よ、ケルベロスどもをブチのめせ!」
 ビルシャナが信者たちに指示を下すが、床に倒れた信者たちは首を左右に振った。
「教祖さま、やっぱり暴力はダメですっ」
「それにこのバレエ教室から、未来のプリンシパルが生まれるかもしれないじゃないですかっ」
 平手打ちされたことで、返って目が覚めたか。異を唱えた5人の信者たちがバレエ教室から逃げ出した。残りの信者たちはビルシャナに従い、ケルベロスたちへと突撃する。
「信者さんたちの方がものわかりが良いのです」
「疲れるだけだ。息が荒れるだけだ。狂った鳥に踊らされる地獄なぞ抜け出た方が好い」
 真理とユグゴトが動き、先陣を切って突っ込んできた信者たちを無力化する。配下とはいえ一般人、敵としては弱い。だが殺すことはなるべく避けたい。続くケルベロスたちも手加減攻撃で信者たちを沈黙させていく。
「我がタップを愚弄するだけでなく信者までも奪いおって……貴様らはユグドラシルの捧げ物にしてくれる!」
 叫びとともに、ビルシャナの体を覆う攻性植物に花が咲き乱れた。
「鳥野郎め。妙な草にひっつかれてンのが猶更ケッタクソ悪ィ。喰っちまおうかっ」
「ビルシャナまで取り込むとは攻性植物の雑草魂恐るべし。さぁ駆除の時間よぉ!」
 オウガメタルを嵌めた腕で万はビルシャナに殴りかかり、額に『正気を地獄化した炎』を灯したファレは轟龍砲で援護する。
「戦いはまだ慣れぬのでな。皆の足を引っ張らないようにせんと」
 鬼雨は味方前衛に紙兵を散布。ビルシャナの体から光が放たれたのは、この直後だ。
 攻性植物に咲いた花から放たれる破壊光線が、ケルベロスたちを襲う。
「これが攻性植物の力、良いものを授かった!」
 その威力にビルシャナが快哉を上げる。ビルシャナ閃光に似た破壊光線だが、通常のそれよりも重く激しい。
「攻性植物で強化されているという話は間違いではないですね……」
 前衛を守るように真理がマインドシールドを張る。
「やはりユグドラシルとの同化こそ正しき道!」
「あははははっ。さぁもっと撃ってきなさいなぁー!」
 ハイになったファレは笑いながらビルシャナと撃ち合いを展開、この隙に回り込んだ万が後方から仕掛けた。後頭部に拳を叩きこまれ、ビルシャナの体がよろめく。
「背後からとは卑怯なっ」
「喧嘩に作法無し、ってなァ!」
 ニヤっと笑った彼が身を翻すや、ユグゴトのドラゴンサンダーがビルシャナの全身を打った。
「行く先は地獄だ。私の胎に抱かれ給え。真の母に甘え給え」
 攻性植物の花が散り、ビルシャナは床に膝をつく。しかし体から煙を立ち昇らせ、焦げた臭いを漂わせながらも、その瞳はまだ光を失っていない。


「我がタップにより、ユグドラシルとの同化が果たされる……っ!」
 立ち上がったビルシャナがタップを踏む。同時に唱えられる理解不能な経文、催眠効果を伴う言霊が響き渡る。
「耳障りじゃのう……これしきでっ」
 紙兵の束を掴んでいた鬼雨が叫び、頭の中からビルシャナの言葉を追い払う。
「二度と踊れないように――ぐっちゃぐちゃにしてあげるわ!」
 ファレの重力歪曲。対象を内側から破壊するそれが、ビルシャナの全身の負傷をさらに広げていく。ビルシャナに寄生する攻性植物も消滅の危機を感じたのか、蔓に輝く果実を宿らせる。しかし果実がもたらす癒やしの力も、広がる負傷に追いつかない。
「ここで押し切るですよ。ヒールドローン、攻撃支援です……!」
 真理が展開したドローンが攻撃支援陣形となって味方前衛に送られる。催眠から回復した鬼雨も紙兵を散布してサポートを行い、ユグゴトと万が突っ込んだ。
「一撃でブチ抜く。ツァン、アレを頼むっ」
 万の声にユグゴトは頷き、微笑みを浮かべてビルシャナを見据えた。
「殺せ。殺せ。殺して終え。奴が我等を滅ぼすものだ。殺される前に殺して終え」
 囁かれる林の乙女の言葉は、そよ風とともにビルシャナの耳から脳へと侵入し、精神を蝕んでいく。
「ど、どうしたことだっ!」
 苦しむビルシャナは自ら体を覆う攻性植物を引き千切っていき――その剥き出しになった胸へと万の大技、一の顎が放たれた。黒き禍竜の頭部はビルシャナの胸を食い破り、やがて攻性植物ごと全身を飲み込んでいく。
「き、消える、私が消えていく……タップだ、タップを踏みたい……タップで身も心も躍りたい……なのに、タップを踏む足が、もう、ない……」
 それが今際の言葉だった。直後にビルシャナの首が飲み込まれ、寄生していた攻性植物もろとも喰らい尽くされた。
 戦場となったバレエ教室に静寂が訪れる。
 大立ち回りであちこち破壊されてしまったが、ヒールを行えば元通りになるだろう。ケルベロスたちはヒール担当、気絶した信者たちの介抱、避難したバレエ教室の人々を呼び戻しに行く者に分かれる。
 ユグドラシルの影響を受けたビルシャナだったが、基本的なところはこれまでのビルシャナが起こす事件と変わっていないように感じられた。
 しかし迷いを抱いたビルシャナに新たな信仰と攻性植物の力を授けて回る『光世蝕仏』と、『ユグドラシルの根』を拠点とするデウスエクス集団、彼らの暗躍は不気味だ。
 勢力拡大の為に策動するこの集団と、いずれ激突するのかもしれない。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月26日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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