約束の地、地球

作者:坂本ピエロギ

 神奈川県三浦半島、城ヶ島上空――。
 夏の大三角が煌めく夜空の果てから、一体のドラゴンが降ってきた。
『つい……に……着いた……』
 掠れた声。朽ちた翼。
 体は干からび、さながら生ける屍のごとき姿に、宇宙最強種族としての威厳は最早ない。
 地上目指して滑空していく様はもはや墜落という表現が近かろう。最後の力を振り絞り、巨体が城ヶ島の中央へと進路を変えた、その時である。
『――!』『――!!』
 ドラゴンの周囲に、無数の小さな竜達が現れた。
 それは目も鼻もない、口だけの大蛇を思わせるドラゴン――ニーズヘッグの群れ。彼らは死に瀕した竜の体に食らいつくと、朽ちかけた手足と言わず翼と言わず、一切合切を貪欲に食らいつくしていく。
『ドラゴニアの同胞達よ……先に逝かせてもらう……』
 途切れるような一言を遺して、竜の体は千々に食いちぎられていく。
 そして城ヶ島の地に降り注ぐのは、食い荒らされて残った骨、骨、骨。程なくして数多の骨片は、手足を有する無数の竜牙兵へと姿を変え、雄叫びを夜空に轟かせた。
『サア、征クゾ』
『ドラゴニアノ為ニ!』
『地球ノ者共ノ魂ヲッ!!』
 全ては来たるドラゴン達のため。かの星の偉大なる者達のため。
 奴等のグラビティ・チェインを欠片も残さず、捧げ尽くしてくれよう――!!

「ケルベロス大運動会、ご苦労であった。……だが、どうやら休んでいる暇はなさそうだ」
 ザイフリート王子は険しい表情で告げた。
 大阪城を舞台に行われたユグドラシル・ウォー。その後に姿を消したデウスエクス達が、一斉に活動を開始したというのだ。
「つい先程、神奈川県の城ヶ島にドラゴンが転移したとの情報が入って来た。奴等の本星、ドラゴニア本隊の先行個体だ。大阪城ユグドラシルから逃れたドラゴン『ニーズヘッグ』に導かれ、力を使い果たしたところを地球に引き込まれたようだな」
 ドラゴニアのドラゴンが、地球に到達した――。
 その報告に緊張を走らせるケルベロス達に向かって、王子はさらに続ける。
 城ヶ島が現在、ニーズヘッグの拠点である『ユグドラシルの根』に占拠されている事。
 そして、島内では更なる深刻な事態が進行中である事を。
「転移したドラゴンはニーズヘッグの群れに食い荒らされ、その骨は全て竜牙兵に変じた。ニーズヘッグは自身の力で増産した竜牙兵を近隣の街へ解き放ち、グラビティ・チェインを収奪するために虐殺を行う気でいる。お前達にはこの竜牙兵軍団を迎撃して貰いたい」
 現場となるのは、城ヶ島付近の浜辺だ。
 敵は1体の司令官と100体の下級兵によって構成され、浜辺から地上に上陸して市街地へ進軍しようとしている。下級兵は戦闘力こそ低いが頭数が多いため、間違っても油断などは禁物な相手だ。
「司令官は下級兵より多少強力だが、飛び抜けた強さを誇る相手ではない。敵陣の最後尾に控えて下級兵に指示を出し、最後に20体程の下級兵を連れて攻撃を仕掛けてくるだろう。それまでにお前達がどれだけ消耗を抑えて戦えるかが、戦の勝敗を分けるはずだ」
 そうして王子は説明を終えると、最後に一言付け加えた。
 実用化されたヘリオンデバイス――その力を存分に見せつけてやると良いと。
「力を得たのはデウスエクスだけではない。ケルベロスもまた新たな力を得た。この戦いは奴等にそれを知らしめる良い機会となろう」
 ニーズヘッグ勢の竜牙兵は数こそ多いが無限ではない。迎撃を繰り返して数を減らせば、拠点である城ヶ島への強行調査も可能になる事だろう。とはいえ、ドラゴニアの先行部隊が地球に到達し始めている以上、状況は決して楽観的なものではない。
「ドラゴンの本隊到達まで、もうあまり時間は残されていまい。ニーズヘッグどもが奴等と合流を果たす前に城ヶ島を制圧できるよう、どうか頑張ってもらいたい!」
 そうして王子は、朗々たる声でコマンドワードを唱え上げる。
 戦いへと赴く地獄の番犬達。どうか彼らに、勝利の栄光があるようにと。
「お前達の健闘を祈る。――ヘリオンデバイス、起動!」


参加者
愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)
羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)

■リプレイ

●一
 城ヶ島。ドラゴンの根城と化し、人々の営みが絶えた地――。
 降下ポイント上空で開放されたハッチ内から、渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)は島の景色を無言で見つめていた。
(「ドラゴニアの竜ども……ついに地球へ到達したか」)
 肉体が滅びても尚、同胞のため竜牙兵となって戦うドラゴン。その常軌を逸した執念は、宇宙最強種族の誇り故か。だが、敵がどれ程の大軍でも、恐れはしないと数汰は思う。
「俺達は負けない。人々から託された想いと、その『力』がある限り」
 そうして降下開始のアナウンスを背に、数汰と仲間達は夜空へ跳躍した。
 託された希望。強大な敵に抗する力。それが今ヘリオライダーのコマンドワードと共に、いま光となってヘリオンから放たれる。
 ――ヘリオンデバイス、起動。
 浜辺へ着地したエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)を包む光は、彼の脚へと流れるように集い、甲冑型のロングブーツに姿を変える。重力を忘れさせる軽やかさを肌で感じながら、エトヴァは託された想いを心に刻み込んだ。
「宜しく皆様。俺達の勝利で侵略阻止の端緒を開きまショウ」
 仲間のデバイスにビームを繋ぎ、靴の力を付与するエトヴァ。そんな彼にジェミ・ニア(星喰・e23256)は、背中のアームドアーム・デバイスを操作してみせる。
「ねえ、このアームも凄いよ!」
 掴み、払い、ガード。どんな動きも自在にこなす機械腕に、ジェミは改めて気持ちを引き締めた。デバイスの初実戦、この相棒と一緒に戦い抜いてみせると。
 一方フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)も、バックパック・アームの手応えに頷く。この兵装で戦うのも二度目、今ではすっかり体の一部だ。
(「ドラゴン種族の執念……凄まじいものがあります。全力で当たらなければ」)
 奪われたら取り返す。強敵が来たら守り抜く。
 城ヶ島の住民達のためにも、絶対に敗北は許されない。フローネは自らのココロに勝利を誓い、拳を握りしめた。
「ミライさん。周辺の状況は?」
「……あまり、時間はなさそうです」
 愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)はゴーグル型デバイスの示す情報を分析し、そう結論付けた。ゴッドサイト・デバイス――敵味方の所在を、周囲の地形を無視して伝達してくれる、いわば第三の眼だ。
「海の方角から敵です。浜辺への到達まで後60秒」
「ぶっつけ本番て事ね。まんごうちゃん、サポートは任せるわ」
 羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)は機械腕でシャーマンズゴーストを抱擁すると、そっと中衛に送り出す。サーヴァントはデバイスの力を得られず、牽引も不可能であったからだ。
「グラニテさん、隊形はプランBで行くわ。よろしくね」
「んっ、了解だー。敵の動き、きっちり伝えるぞー!」
 ジェットパック・デバイスを着けたグラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)は数汰と共に飛翔。隊列の後衛で戦闘態勢を取る。
「ヘリオンデバイス……君の名もじっくり考えないとだね」
 頑丈な飛行ドローンと共に、回復特化ポジションに立つ七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)。同時、ミライのデバイスが戦闘モードへ切り替わった。
「……来ました!」
 波打ち際から現れたのは竜牙兵の大軍。星間飛行で到達したドラゴンの残滓。
 ケルベロスの姿を察知して戦闘態勢を取る竜牙兵を前に、ミライはエレメンタルボルトを起動しながら思う。
(「ようこそ地球へ。そして……」)
 敵ばかり映るゴーグルの眺めは、決して楽しいものではない。
 けれど――自分達も、負ける訳にはいかないのだ。
「……ごめんなさい。ここは通せないの」
 夜の浜辺が、戦場に変わる。

●二
「新しい力の真価、見極めさせてもらおう!」
 戦端が開かれると同時、数汰のマント型デバイスは待ち詫びたかのように空を舞った。
 狙うは竜牙兵の前衛だ。グラビティ・チェインの輝きを手に宿して降下してくる数汰を、竜牙兵もまた一斉に狙い定める。
『グラビティ・チェインヲ奪ウノダ! ドラゴン様ノ為ニ!』
 先頭の1体が叫ぶと同時、全ての竜牙兵が骨の投擲態勢を取った。
 市民もケルベロスもお構いなし、目につく者は全て殺す気なのだろう。
「いいだろう。望むところだ」
 竜牙兵の飢えた視線を、数汰は真正面から睨み返す。
 そんなに欲しければ、くれてやろう。この『天地命動』を――!
「蒼き星の力、今この掌の中に――これは、明日を切り開く希望の力!」
 骨の投擲より早く、数汰が動いた。
 宙を蹴り、先頭の竜牙兵めがけ降下。極限まで高めた魂、そして地球の重力鎖、それらの共鳴が生み出す剣の一閃は、守りに優れる敵前衛をただの一撃で灰へと変える。
「なるほど、これは癖になりそうだな」
 デバイスに惜しまぬ賛辞を送り、再び夜空へ飛翔する数汰。
 同時、生き残った竜牙兵が一斉に凍る骨を構え、投擲を開始する。その射線へ割り込んだフローネが形成するのは、機械腕を盾と為した白銀の防壁だ。
「アメジスト・シールドで、護り抜きます!」
 颯爽とかざす掌。そこに展開されるは紫水晶のビーム・シールド。
 竜牙兵の骨は威力こそ低いが、氷の蓄積は馬鹿に出来ない。それをシールドの光は包み、フローネら前衛のメンバーから取り除いていく。
「グラニテさん、残る敵は?」
「んっ。中衛と後衛が10ずつ、あと前衛が4だー!」
 敵状を報告したグラニテが、エレメンタルボルト『rotation』を起動した。フローネ達は強固な連携で攻撃を凌いでいるが、敵の数は半端ではない。特に妨害に優れる個体は、早期に潰さねば面倒な事になる。
 狙うは敵中衛。浮遊鋲の属性が、ありったけ解放された。
「虐殺なんて、絶対に止めるからなー!」
 パチン――空気が弾ける軽い音。
 次の瞬間『無色』の属性に囚われた中衛の竜牙兵が、その存在を残さず消し去られる。
 断末魔さえ残らない、完全な滅殺。緩み始める敵の攻勢。その間隙を突くように結衣菜はキュアウインドを発動すると、癒しの風で仲間の傷口を塞いでいく。
「まんごうちゃん、手加減は無用よ」
 結衣菜の一声で召喚された原始の炎が、前衛の4体を包み込む。一斉に炎上した竜牙兵は力を振り絞って骨を投擲せんとするが、その隙をジェミは見逃さない。
「隙ありですっ!」
 マインドリングから生じたのは、光り輝く戦輪。マインドスラッシャーの斉射は竜牙兵の前衛を残らず一掃する。
「エトヴァ、デバイスの感じはどう?」
「とても良ク。ジェミや皆様のガードで、負傷も軽微デス」
 エトヴァは首肯を返すと、ブラッドスターの調べを響かせた。
 銀色のブーツで青空色の軌道を描き、飛ぶように翔ける。生きる罪を肯定する旋律で包み込むのは、被弾が集中している前衛だ。デバイスで強化された命中は、常よりも高い精度で味方を包み、キュアと共に強力な治癒を施した。
「後衛は任せて。小さな傷も残さないんだよ!」
 えへんと胸を張った瑪璃瑠の体から、混沌水が勢いよく散布された。レスキュードローンの力で威力を増した水は仲間の傷口に染み込むと、戦争時のそれと同じ桁外れの治癒力で、瞬く間にダメージを回復していく。
 ケルベロス側の損害は未だ軽微。対する竜牙兵は後衛10体を残すのみ。
 開始から1分も経たない、文字通りの完封だった。
「トドメ、です!」
 ミライはエレメンタルボルトの秘めた属性を、残らず解き放つ。デバイスが導く一撃は、一分の狙いも逸れる事無く全ての竜牙兵へと直撃し、隊列を消滅させた。
 そうして、ケルベロスが第一波を排除した矢先――。
「みんなー、次が来たぞー!」
 グラニテが海の方角を指さし、第二波の到達を告げる。

●三
 敵の新手は、弓矢で武装した竜牙兵の軍団だった。
 40の鏃が骨弓に番えられ、一斉にケルベロスへと向く。
『進メ! 防衛網ヲ突破セヨ!』
(「んっ、敵前衛は第一波より少ないなー。けど……」)
 矢が放たれるよりも一手早く、グラニテは動いた。すべき事は何一つ変わらない。地上の砂浜をカンバスに、純白絵具で一つの絵画を描き出していく。
「歩いても、歌っても、嘆いても。きみの周りが変わってくれないなら、なー? その時には他でもない、自分自身から――」
 『純白に酔う』。無の空間に閉じ込められ、そのまま消滅する前衛の竜牙兵。生き残った兵達は骨の弓を構えて、次々に矢を放った。しかしケルベロスは初戦の勢いを殺す事なく、まるで止まる事を知らない。
「デバイスの力って凄いわね。負ける気がしないわ」
 結衣菜のステルスリーフがエトヴァを包む傍ら、飛来する矢は機械腕が悉く弾き返した。多少のダメージなど物ともしない鉄壁のガード。そうして敵の攻勢が鈍った刹那、壁の一角を為すフローネが合図を送る。
「ミライさん!」
「任せて下さい、フローネさん!」
 前衛を照らすアメジスト・シールドの輝きを背に、ゲシュタルトグレイブを構えたミライが突撃する。デバイスに導かれて放つ高速回転は牽制の矢を悉く打ち払い、そのまま中衛の竜牙兵めがけ一閃。10の首が玩具のように宙を舞い、地に落ちる前に砕け散った。
「この力、託してくれた人々の為ニ」
 エトヴァのブラッドスターは前衛を包み、ジェミ達が負った状態異常を消し去っていく。万が一の場合は盾役へのポジション移動も考えていた彼だったが、デバイスが発する警告がそれを断念させた。
(「『移動を行えばデバイスは使用不能』……流石にリスクが大きいですネ」)
 ケルベロスの隊列はいまだ堅固。片や竜牙兵のそれは、水を浴びた砂城のように崩れ去り見る影もない。ジェミは最後に残った敵の前衛が、まんごうちゃんの神霊撃で負傷するのを確認すると、静かにそれを狙い定める。
(「この地を、この星を。渡す訳にはいかないから」)
 同情の気持ちがない訳ではない。好き好んで命を奪う真似もしたくない。
 だが――ここは戦場だ。ジェミや仲間達にも守るべき人々がいる。守るべき場所がある。
 かけられる慈悲は、ない。
「……さよなら」
 胸部装甲、展開。ジェミのコアブラスターが最後の前衛を消し飛ばした。一方、瑪璃瑠はドローンを操作し、散布する混沌水で後衛を包む。
「見せつけてやるんだよ。世界中の人々と共に戦う、ボク達の新しい力を!」
 敵の矢自体はさしたる脅威ではない。だが矢がもたらす状態異常は、けして軽視できる物ではなかった。炎と毒、そして僅かな氷。身体を蝕むダメージを、瑪璃瑠の混沌水は癒し、キュアしていく。
 そして――数汰が猛禽のごとく上空から急襲する。竜牙兵の後衛めがけて。
「幕引きだ!」
 エアシューズの回し蹴りは暴風となって、生き残った竜牙兵を跡形もなく消し飛ばす。
 残る敵は第三波のみ。警告が飛んだのは、正にその刹那だ。
「みんなー、来るぞー!」
 グラニテが指さす先、20と1の敵影が浜辺に現れた。
 隊列の最後尾、司令官の竜牙兵は隊列を整えたケルベロスを正面から睨み据え、一斉攻撃の命令を下す。次の瞬間、放たれるのは大量の矢だ。
 麻痺。アンチヒール。そして広範囲のジグザグ攻撃。司令官に底上げされた威力を伴って降り注ぐ矢を、結衣菜が、フローネが、ジェミが、一歩も引かずに防ぐ。
「私達はいつだって、皆で危機を乗り越えるわ。ね、フローネさん」
「ええ、絶対に倒れません。必ず護り抜きます!」
 キュアウインドを流し、ビーム・シールドを展開し、前線を支える結衣菜とフローネ。
 守りに徹し続ける彼女達のデバイスはいまだ堅く、微塵も揺らぐ事はない。
「皆様、どうか気をつけテ」
 銀の戦靴で戦場を駆け、ブラッドスターを高らかに歌うエトヴァ。
 その調べは後衛を包み、麻痺を取り除く。そして――。
「生きるんだよ」「生かすんだよ!」「それが瑪璃瑠なんだよ!」
 瑪璃瑠の混沌水が、後衛のアタッカーを癒すと同時、一斉攻撃の準備が完了する。
 序盤からの徹底したBS除去。自身のポジションに専念した立ち回り。
 そして何より、仲間同士の固い絆。
 それら全てが導いた勝機を掴まんと、いま番犬達は怒涛の反撃を開始した。
 為す事はただ一つ。敵前衛を粉砕し、司令官を討ち取るのだ――!
「よーし、行くぞー!」
 先陣を切ったグラニテが、鋲の属性を起動。
 前衛の竜牙兵が無色に染め上げられ、空間もろともに消滅する。難を逃れた個体は1体。すかさずジェミがバトルオーラを弾丸と為し、司令官へ放った。
「そこっ!」
『サセヌ……ッ』
 盾役の竜牙兵が気咬弾を庇い、悶絶する。
 これで司令官を守れる兵は誰もいない。敵陣の懐へと潜り込んだ数汰が放つ魔法の矢が、一撃で致命傷を刻む。司令官はひび割れた体で尚も鏃を番え、放とうとして――。
 そこで、終わりだった。
 響いたのだ、ミライの歌声が。戦いの幕を優しく下ろすように。
「そう! 誰よりも高く飛ぶのよ 期待を籠めて 背負うのは明日だけでいい――♪」
 『翼のない君に』。翼なき者に捧ぐ歌を、銀髪のオラトリオは高らかに歌う。
 最後まで油断せず。それが勇敢で仲間思いの彼らへの礼儀だから。
(「私は信じてる。このデバイスが、人々の力が、遥か未来をも見据えられると」)
『ヌ……ヌオオオォォーッ!!』
 歌声は司令官を捉え、その体を、魂を、跡形も残さず粉砕する。
 残されたのは士気を挫かれた11体。その殲滅には1分を要しなかった。

●四
 そうして戦闘終了から数分後。
 グラニテと数汰からその提案があったのは、現場の修復を始めようという時だった。
「みんなー。一緒に空、飛んでみないかー?」
「どうかな? その方が、直す場所も分かり易そうだし……な」
「大賛成です♪ 皆さんは?」
 真っ先に挙手するミライに、結衣菜とフローネ、そして残る仲間達も頷きを返す。
「まんごうちゃんも抱えれば行けそうね。どう、フローネさん?」
「いいですね。とても楽しみです、結衣菜さん」
「よーし。飛行開始、だー!」
 牽引ビームが、仲間達を空へ引き上げた。
 夜空をうろちょろ飛び回るグラニテ。まんごうちゃんと手を繋ぎ、飛翔する結衣菜。その手はフローネと繋がり、フローネの手はミライと繋がり、やがて全員の手が繋がった。
 癒しの風。罪を肯定する歌声。オーラの気力、混沌水……ヒールを使えない仲間が指さす場所へグラビティの光が降り注ぎ、癒していく。ミライはその光景を見下ろしながら、仲間と共に飛ぶ幸せを噛み締めた。
「あれからもう5年。今日から、皆飛べるのですね……!」
 そうしてミライは喜びを胸に歌う。『翼のない君に』の調べを。
 仲間の勝利を祝う歌として、そして――散華した竜牙兵の鎮魂歌として。
(「同胞のために戦った戦士達。あなた達の魂に、どうか安らぎがありますように」)
 星空の下、降り注ぐ重力の輝き。
 夜の砂浜に、天使の歌声がいつまでも響き続けた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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