アナタヲ切リ刻ンデ殺シマス

作者:秋津透

「くう……くう……すや……すや」
 広さ4km平米以上の自然の湖としては、日本で最も標高の高い場所にある、栃木県日光市中禅寺湖、湖畔。
 夏の暑さを逃れ、湖畔の木陰で涼みながら居眠りをしていた喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313) は、不意に殺気を感じて目覚めた。
「……何者?」
「アナタニ、恨ミツラミハ、ゴザイマセンガ……」
 軋むような金属的な声とともに木陰から姿を現わしたのは、左手に包丁を持ったセーラー服(冬服)姿の若い女性。しかし、その全身から発する異様な凶気は、彼女がただの女子校生ではない……それどころか定命の人間ですらない、デウスエクスの刺客であることを如実に示していた。
「竜宮王サマノ、御命令デス。ワタシ、北谷菜切ハ、アナタヲ切リ刻ンデ殺シマス」
「竜宮王!?」
 さすがに素早く跳び起き、波琉那は油断なく身構える。刺客『北谷菜切』は、手に持った半透明の刃を持つ包丁を一分の隙もなく構え、その構えとは不釣り合いな虚ろな表情で波琉那を見やった。

「緊急事態です! 喜屋武・波琉那さんが、女子校生姿の刺客に襲われるという予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「波琉那さんは、日光中禅寺湖の湖畔にいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。刺客『北谷菜切』はドラグナー。「竜宮王」から命令を受けたと称していますが、詳しいことはわかりません。刃の部分が半透明になった包丁を武器として、妖剣士と日本刀のグラビティを使います。特に、日本刀二本を必要とするはずの「二刀斬空閃」を包丁一本で使うので要注意です。ドラグナーなので、奥の手としてドラゴンの力を引き出せるようですが、かなり長時間の精神集中が必要とされるらしいので、よほどのことがない限り使わないでしょう。ポジションは、おそらくキャスターです。恐ろしいほど強い、という相手ではないようですが、一対一で闘ったら、波琉那さんに勝ち目は薄いと思います」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援は呼びません。情勢不利と見たら撤退するかもしれませんが、逃がしてしまったら非常にマズいと思います。どうか波琉那さんを助けて、刺客を斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
メガ・ザンバ(応援歌ロボ・e86109)

■リプレイ

●本体は武器……のようだが。
「竜宮王サマノ、御命令デス。ワタシ、北谷菜切ハ、アナタヲ切リ刻ンデ殺シマス」
「竜宮王!?」
 跳ね起きて身構えた喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)に、刺客『北谷菜切』が流れるような動作で切りつける。
 相手が左手に構えた包丁が、美しい弧を描いて振るわれる。
(「躱せない!」)
 波琉那が痛撃を覚悟した瞬間、上空から降下してきたシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が二人の間に飛び込み、肩代わりして刃を受ける。
「シルディさん!」
「よかった、間に合った」
 ふう、と吐息をついて、シルディはヒールドローンを召喚。自分の傷を癒し、自分と波琉那の防御力を上げる。
「波琉那さん、この女の子は知り合い?」
「いいえ、知り合いではないわ」
 波琉那が応じると、シルディは相手に訊ねかける。
「ねえ。キミは地球の人をボクたちを傷つけることを、キミの希望で意思でやってるの?」
「ワタシハ、ドラゴンノ信者、ドラグナー。ドラゴンヲ崇メ、ドラゴンノ命令ニ従イマス」
 ドラグナーは、少女の姿に似つかわしくない、軋むような金属的な声で応じる。
「ドラゴンガ、喜屋武・波琉那ノ死ヲ望ンデイマス。ワタシハ、ソノ命令ヲ実行シマス。邪魔スル者ハ、排除シマス」
「ふむ。いかにも言わされているような感じだな」
 サーヴァントのライドキャリバー『魂現拳』とともに降下してきたヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)が呟き、波琉那に向けオリジナルグラビティ『双掌氣貫(ソウショウキカン)』を使う。
「あ、あの、治癒なら、私よりシルディさんの方に……」
「シルディなら大丈夫だ。安心しろ。お前の雑念は俺が取り除く」
 断定的に応じ、ヒエルは波琉那の攻撃命中力を上げる。
 一方、『魂現拳』は炎をまとってドラグナーへ突撃する。
 北谷菜切は宙に跳んで躱そうとするが、躱しきれずに右腕と肩を焼かれる。その躱し方が、明らかに左手の包丁を庇った動きで、しかも右腕と肩を焼かれても少女は表情一つ動かさない。
「どうやら喜屋武の言うとおり、包丁が本体、あるいは弱点のようだが」
 ヒエルは小さく眉を寄せ、呟く。
「しかし、あの人間体は操られている生身なのか? 死体、あるいは傀儡ではないのか?」
「傀儡……つまり人形?」
 波琉那が半信半疑の声を出すと、降下してきた如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)が柔らかな声で告げる。
「見極めましょう。これだけのメンバーが来ているのです。焦る必要はないと思います」
 そう言うと、沙耶はオリジナルグラビティ『運命の導き「星」(フェイト・ガイダンス・スター)』を発動させる。
「貴方の運命に希望を示します!!」
 一転して凛とした声とともに、前衛に傷の癒しと命中力上昇の効果が齎される。
 当初の予定では後衛に及ぼすつもりだったが、まだ後衛メンバーが誰も降下していないので前衛に向けた、というのは内緒である。
 そして、その直後。沙耶の夫、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が降下してきた。
「戦況は?」
「今のところ、様子見かと」
 沙耶の返答を受け、瑠璃はドラゴニックハンマー『機龍槌アイゼンドラッヘ』を砲撃形態にして撃ち放つ。
 躱せない、と見たか、ドラグナーは左手の包丁を身体の後ろに回し、焼け爛れた右手を突き出して砲撃を受ける。
 その結果、右腕が粉々になって吹っ飛んだが、ドラグナーは表情も変えない。
「やっぱり……人形?」
 でも、もし、あれが見かけ通りの女の子だったら。腕を失っても苦痛を出せないほど深く呪縛されているのなら、と、波琉那は懊悩する。
(「助けられるものなら……助けたい……」)
 そして、続いて降下してきた伏見・万(万獣の檻・e02075)は、右腕を失った敵を見据え、オリジナルグラビティ『百の獣影(ヒャクノジュウエイ)』を放つ。
「狩られるのはテメェだ、包丁野郎。逃げられると思うなよ!」
 咆哮とともに、獣の影がドラグナーに向かって殺到する。狙いは左手の包丁につけていたが、ドラグナーはまたも左手を背後に回し、腕のない右肩と胴で攻撃を受ける。
 そのため、影は相手の肩から頭部にかけて絡みつき、ばきっと音をたてて砕く。
「チッ……やりすぎちまったか」
 右腕に加え、頭部を完全に失った状態で、何の痛痒もなさげに包丁を構える敵を見据え、万は苦い口調で唸る。
 すると波琉那が、静かな口調で告げる。
「いいえ……きっと、あれは人形。人だったことがあったとしても、とうの昔に死体。デウスエクスに取り込まれた人は、取り込まれた直後でなければ取り戻せない」
 この暑いのに冬服を着ている時点で、助けるにはとっくに手遅れなことに気づくべきだったね、と波琉那は首なし少女を見やって呟く。
「みんな、私の思い込みで、難しい戦闘をさせてしまってごめん。ドラグナーを……本体の武器を潰すわ」
 そう言って、波琉那はオウガメタルで強化された拳をドラグナーに叩き込む。もちろん包丁を狙いはしたが、相手はぎりぎりで身を躱し、拳は首なし少女の腹部を痛打する。
「ええと、つまりこれ、ドカンとやっちゃっていいってこと?」
 少し間をおいて降下してきたファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)が、いささか当惑した声をだす。
「だけどまー、せっかくメディックで来たんだし。負傷者さんに大ヒール! 私が力を貸すんだから、倒れるなんて許さないわよ!」
「ああ、ありがとう。嬉しいな」
 ファレが放ったサキュバスミストを受け、シルディが心底嬉しそうに応じる。
 実際のところ、最初に彼が受けた包丁の一撃には「捕縛」がついていたので、誰かにキュアをかけてもらわないと危なかった。
 そして、最後に降下したメガ・ザンバ(応援歌ロボ・e86109)が、敵の状態を見て唸る。
「ひでえな。これって、包丁が本体で、人間の身体はただの盾ってことか?」
「うん……人間の身体に見えたのは、たぶん人形。人だったとしても、とっくに死んでる。屍隷兵のパーツみたいなものね」
 半分自分に言い聞かせるような口調で、波琉那がメガに告げる。
 するとメガは、決然として叫んだ。
「そりゃ許せねぇな! 包丁の分際で、人間様を何だと思ってるんだ!」
 くらえ、と、メガは斬霊刀に雷を帯びて猛然と突き込む。偶然か、あるいは人間型のパーツを失いすぎてバランスが悪くなったのか、斬霊刀の切っ先は包丁を直撃。半透明の刃にびしっと亀裂が走る。
「やった……あっ!」
 声をあげた波琉那が、一瞬、茫然と目を見張る。亀裂が入った包丁が微光を発したかと思うと、人間型の左胸のあたりが大きく砕け、それを代償にしたかのように包丁の亀裂が消えていた。
(「覚悟を決めたつもりでも、やっぱりつらい……包丁に傷をつけると、人の身体に肩代わりさせて直すんだ……」)
 もう、これは微塵も残さずすべて砕くしかないね、と、波琉那は奥歯を食いしばった。

●刺客の屍、拾うこと能わず。
「残るは、左腕と両足、間を繋ぐ……骨か? とにかく構造物の一部だけか」
 無残だな、とヒエルが呟く。
 そんな姿になっても、ドラグナーは執拗に波琉那を狙って切りかかってくるが、シルディ、ヒエル、『魂現拳』が交互に立ち塞がって攻撃を通さない。
「もう、終わりにしようよ」
 シルディが悲しそうに告げ、オリジナルグラビティ『コウモリさんエフェクト』を放つ。
「真の闇でも決して迷わず、獲物を捕らえるその力。一部を借り受け転換し…解き放つ!」
 ピンッ、と鋭い音が響き、強力な超音波が包丁を直撃する。包丁に無数の亀裂が入るが、次の瞬間、両足を砕いて損傷を消す。
「はあ、まだ残るか……」
「押し時ではあろうよ」
 ヒエルが応じ、肩口から骨とも筋肉ともつかない何かをぶら下げ、それでも包丁はしっかり握って、ゆらゆらと浮いている左腕を見据える。
「この拳、躱せるか」
 告げて、ヒエルは降魔の一撃を包丁に見舞う。包丁は腕ごと吹っ飛び、くるくると空中で回るが、すぐに止まり、刃に損傷を受けた様子はない。
 しかし、左腕の肘から肩にかけてが消えているので、ダメージは確実に受けている。
 続いて『魂現拳』が内蔵ガトリング砲を掃射し、沙耶が凛とした声で告げる。
「包丁風情にしてはなかなか見事な攻防でしたが、それも人の体あってのこと。そうやって漫然と浮いているのでは、ただの的です」
 言い放つと、沙耶は彼女の清楚な印象には全くそぐわない、しかしだからこそ底知れぬ凄味を備えたブラックスライム『The Tears of Bottomless swamp』を駆使。包丁を握る左腕を丸呑みさせる。
 すると、包丁はブラックスライムを切り裂いて出てきたが、包丁を握っている腕は、ほとんど骨と化している。
「これで終わりに、なるかな?」
 呟いて、瑠璃がオリジナルグラビティ『太古の月・紅玉獣(エンシェントムーン・カーバンクル)』を発動させる。
「力借りるよ!!カーバンクル、その魔力にて停止を成せ!!」
 太古の盟約により召喚された伝説の霊獣カーバンクルが、額の紅玉からビームを発して包丁を直撃する。
 しゅうっと蒸気があがり、左腕の骨が蒸発、包丁が地面に落ちる。
「やった、かな?」
 瑠璃が呟くと、万が猛然と吠える。
「やってねえ! やってねえ! 本体は包丁なんだ! 包丁砕かなきゃ終わらねえよ!」
 気ィ抜くとドラゴンパワー召喚されて逆転されっぞ、と唸りながら、万は地に落ちた包丁に駆け寄ると、オウガメタルで強化された拳で殴りつける。
「ちっ、ヒビが入るだけか。無駄に粘りやがる」
「だけど、もう一押しね!」
 言い放って、ファレがオリジナルグラビティ『重力震壊(グラビティ・シェイク)』を放つ。
「これ、地味だからあまり使いたくないのよね……」
 呟きながら、ファレは包丁に駆け寄り、そっと触れる。魔力波を流し込まれた包丁の全面に無数の亀裂が入るが、崩壊には至らない。
 しかし、どうもその状況はファレの思惑通りだったらしい。
「メガ! ホントにあと一押しよ! さあ、カッコよく決めちゃって!」
 嬉々として叫ぶファレに、メガは困ったような顔で応じる。
「ファレ、気持ちはもんのすごく嬉しいんだけど、そこはちょっと、優先しなきゃならない人がいるだろ!」
 そう言うと、メガは波琉那に訊ねる。
「どうする、とどめ行くか? もし……キツいなら、俺がやるけど」
 その言葉を聞いて、万が小さく笑う。
(「言うじゃねえか、グランドロンの若僧が。それは俺が言おうかと思ってたセリフだぜ」)
 そして波琉那は、笑みを浮かべてメガに応じる。
「ありがとう。でも、決着は私がつける。私を襲ってきた刺客だもの」
 そう言うと、波琉那は今にも崩れそうな包丁に歩み寄り、フェアリーレイピアを構える。
「お前を討つのは、私を狙ってきたからじゃない。お前に喰いつくされた、私が助けられなかった、女の子の仇を討つ!」
 もしも人形だったとしても、包丁に喰われていいって話はないでしょ、と、勢い任せに宣言して、波琉那は包丁にフェアリーレイピアを突き立てる。ばらばらっと包丁の刃が崩れ、そのまま煙を上げて消え去った。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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