溺れた氷菓と片吟ロボ

作者:坂本ピエロギ

 人気のない空地の片隅で、青空を仰ぐ一羽の『鳥』がいた。
 土で汚れたつぶらな黒目に、青と白のカラーリング。可愛い片吟(ペンギン)のフォルムを有するそれは、家庭用のアイスクリームメーカーだ。
 持ち主に捨てられ、本来の用を成さず、ただ朽ちるのを待つばかりの廃棄物――そんな彼の傍らで、ふいに雑草の茂みがガサガサと揺れた。
『キリキリキリ!』
 草をかき分け現れたのは、小蜘蛛型のダモクレス。
 見つけたモノが余程気に入ったのだろう、小蜘蛛はパーツの隙間からペンギンの内部へ潜り込み、駆動部に取り付くや、ヒールの力で強制的に機体を作り変えて行く。
 そして――。
『ペン! ギン! アイスウゥーッ!!』
 仮初の命を吹き込まれ、変貌を遂げたペンギンは、歓喜の声を上げて空地を飛び出した。
 人々の魂から重力鎖を奪い、永遠にアイスクリームを作り続けるために。

「……以上が、私の得た予知です」
 白昼の太陽を背に、ムッカ・フェローチェは静かに告げた。
 事件が起こるのは某都市近郊の空地。そこに放棄されていた家電製品がダモクレス化し、周辺の街を襲撃するという。
「幸いまだ被害は出ていませんが、放置は出来ません。急ぎ撃破をお願いします」
「成程、状況は分かった。もう少し詳しい情報を知りたいな」
 話を聞いた鉄・冬真(雪狼・e23499)に先を促され、ムッカは説明を続ける。
 ダモクレスとなったのは家庭用のアイスクリームメーカーで、その姿かたちはペンギンを模したものだ。全長はおおよそ3メートル弱。妨害の能力に優れ、凍てつく冷気の放射や、ドラム缶サイズの氷塊を投げつけて攻撃してくる。
「すでに周辺の避難誘導は手配してあります。皆さんは空地へと急行し、ダモクレスの出現と同時に戦闘を開始してください」
 空地は開けた場所であるため、戦闘の被害が周辺に及ぶ心配はない。肝心のダモクレスも油断せずに望めば苦戦することはないだろうとムッカは付け加えた。
「現場の天気は快晴で、かなりの暑さが予想されます。無事戦いを終えた後は、冷たい甘味でひと涼みされては如何でしょう」
 そうして話は、事件解決後の事に及んだ。
 事件現場から歩いて数分の場所にある、一軒の小さなジェラテリア。そこのジェラートがどれも絶品なのだという。店内にはゆったりとした時間が流れ、のんびり羽を伸ばす避暑のひと時にはまたとない場所だ。
 濃厚な味わいのミルク。風味豊かなバニラ。芳香と舌触りが妖艶なチョコレート。青くて繊細な香りのピスタチオは、甘酸っぱいイチゴと王道の組み合わせ。
 そして暑さ厳しい夏の時期、店で人気があるのはグラスに盛ったジェラートに熱い飲料を注いだ一品――アフォガートだ。冷たいミルクフレーバーと、淹れたてのエスプレッソが生む味わいはシンプルにして変幻自在。目と舌と心のすべてを幸福で満たしてくれる。
「アフォガート……たしかイタリア語で『溺れたもの』という意味だったね。面白い名だ」
「このお店では、エスプレッソの代わりに紅茶や抹茶、チャイを注ぐ事も出来ます。勿論ジェラートのフレーバーも自由に選択できますよ」
 グラスに盛れるジェラートは二つ。一つの味を突き詰めても良し、異なる味同士の妙味を楽しむも良し。注ぐ飲料の選択も合わせれば可能性はまさに無限、その人オリジナルの味を心行くまで満喫できる。
「説明は以上となります。それでは皆さん、出発の準備を」
「了解したよ。絶対にダモクレスを止めないとね」
 話を終えたムッカに、冬真は頼もしく頷きを返した。
 冷たく甘い氷菓子。それが悲しみの涙で溺れる事など、あってはならないのだから。


参加者
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
御影・有理(灯影・e14635)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
御手塚・秋子(夏白菊・e33779)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ

●一
 地上へ降り立つと同時、アスファルトの熱が全身を包む。
 建物も道もまとめて溶けそうな暑さの中を疾駆し、辿り着いた先はとある街外れの空地。すぐさま隊列を組んだケルベロス達を襲うのは、極寒の氷河を思わせる冷気だ。
『ペン! ギン! アイスウゥーッ!!』
 空地には、鋼のペンギンがいた。
 偽りの生命を得たアイスクリームメーカーのダモクレス。全身から冷凍光線の砲門を展開して咆哮する巨体に、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)は思わず息を呑む。
「んー……! 絶好のアイス日和とはいえ、あなたのはちょっと遠慮したい――」
『ペンギイィィィンッ!!』
 問答無用とばかり、冷凍光線の一斉発射が戦いの火蓋を切った。
 刹那、長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は攻性植物を装着、光線の射線に割り込んで右院を庇う。
「ダモクレスもあっつい中ご苦労だけどよ、ぶっ倒させてもらうぜ!」
「ええ。まずは先に仕事ですね」
 千翠の言葉に頷き、右院が奏でるは「寂寞の調べ」。歌声に招かれた魂を纏った千翠が、続けざまに収穫形態の光で後衛を照らす。盾役の千翠が負った氷の傷はいまだ軽微、まずは支援体制を万全に整えなければ。
「さっさと片付けてアイス食おうぜ。キンキンに冷えた甘ーい奴をな!」
「そうしまショウ。それにしても……大きいペンギンサンですネ」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は守護星座の加護で前衛を包みながら、敵の巨体を仰いだ。
 かつては沢山の『おいしい』を生み出した機械。元に戻す事は叶わずとも、その手を血で汚させる訳にはいかない。
「ジェミ、負傷は平気ですカ?」
「ありがとエトヴァ、大丈夫!」
 自信満々に胸を張ってみせた盾役のジェミ・ニア(星喰・e23256)は、エトヴァの加護で氷を溶かすと、御業で編んだ半透明の鎧で後衛を包む。敵の冷媒機能が持つ状態異常耐性、それを剥ぐための布石だった。
「さあ行きますよ。スイーツが、僕を呼んでいるのです!」
 そして――ジェミの一言を皮切りに、ケルベロスの一斉攻撃が開始される。
「リア充ダモクレス、爆破すべし……!」
 黒サバト服に身を包んだ霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)が不可視の球体を生成。彼はそのまま上空からダモクレスを睨みつけ、魔力と重力と、そしてリア充への怒りと嫉妬とその他諸々黒い感情をありったけ込め、発射!
「デストローイッ!!」
 裁一のディスインテグレートに脇腹を削られ、すかさず冷媒充填で傷を塞ぐダモクレス。それを見た鉄・冬真(雪狼・e23499)は、させじと攻勢に出た。
「フリージア。破剣の支援を頼むよ」
「承知いたしました。お任せ下さい」
 フリージア・フィンブルヴェトルの声を背に、冬真はエアシューズで加速。流星の蹴りがダモクレスの足を捉える傍ら、フリージアの護殻装殻術が発動される。
「冬真、ダモクレスの保護は?」
「……まだだ、残っている」
「分かった。リム、冬真を手伝って!」
 御影・有理(灯影・e14635)の指示に、ボクスドラゴン『リム』が飛び出した。
 ゾディアックソードの星座で中衛を包む有理。その後方から、フリージアの破剣を帯びたリムがダモクレス目掛けて突っ込んでいく。
 ボクスタックルが叩き込まれた。敵の保護が一つ二つと砕けるも、付与された耐性効果は強靭で、まだ破壊は完全ではない。
 だが――そんな紙一重で残った保護を砕かんと、狙いを定めた者がいる。
「ふっふーん。逃がさないわよ、っと!」
 御手塚・秋子(夏白菊・e33779)であった。
 ジェミの御業で半透明の鎧を纏った秋子は、全身をオウガメタルで覆うと、鋼鬼と化した姿で疾走。真白いペンギンの腹めがけて、戦術超鋼拳の一撃を叩き込む。
「アイスクリーム……アイスクリーム食べたあぁぁぁぁいっ!!」
『ペ……ペンギイィィンッ!!』
 剥ぎ取られる塗装。轟く悲鳴。
 直撃した鉄拳が、冷媒の保護を跡形もなく粉砕した。

●二
 混沌とした戦闘は、それからも続いた。
 ダモクレスの攻撃は熾烈そのものだ。振り回す巨大氷塊。乱射する冷凍光線。間を挟んで傷を回復しては、再び攻撃……小さな家くらいなら更地と化すであろう猛攻だった。
 だがケルベロスはそれらの攻撃を着実に防ぎ、じりじりと攻勢を強めていく。
 分厚い氷は、保護の力で溶かした。
 敵が冷媒で得た保護は、破剣を帯びた攻撃で破壊した。
 序盤に築いた支援効果は、今や盤石の支えとなってケルベロスを守っていたのだ。
 防戦の時間はもう終わり。――ここからは、反撃の時間だ。
「さて。参りましょうか」
 右院は日本刀を手に、敵の間合いへ飛び込んだ。
 水の霊力を得物に宿す『雨花仙』、その一閃がダモクレスの胴を横一文字に薙ぐ。
「――濡れるもまた風情」
 傷口に込めた氷が、一斉に氷の花となって咲き乱れた。全身を霜に覆われたダモクレスは巨大な氷塊をエトヴァめがけ叩きつける。戦場に吹き荒れる、氷と氷の応酬。千翠はそれを掻い潜りながら、癒しの拳をエトヴァの背中に叩き込んだ。
「いま治す! じっとしてろ!」
「……感謝を、千翠殿」
 負傷を殴り飛ばされたエトヴァは、感謝の微笑みを返した。
 敵の攻撃は集中を欠き始めている。もう一息だろう。ここは攻める機会、エトヴァはそう判断すると、前衛で戦い続ける大事な家族に視線を送った。
「ジェミ。準備はいいですカ?」
「オッケーだよ。任せてエトヴァ!」
 そこから先のやり取りに、言葉は不要だった。
 エトヴァはエアシューズで一気に加速。大地に轍を刻みながら、車輪の散らす摩擦の火花を散らし、炎の蹴りでダモクレスの脇腹を抉った。立ち昇る火柱。響く絶叫。間を置かず、エトヴァの反対側に回ったジェミが雷刃突の刺突を繰り出した。
「ええいっ!」
『ペンギイィーンッ!!』
 ケルベロスの猛攻は止まらない。
 有理はバトルオーラで掌を覆うと、ジェミの一撃で吹き飛んだ装甲の隙間を狙い定めた。冬真とリムも準備完了、いつでも行ける状態だ。
「冬真、行こう」
「ああ。任せたよ」
 黒塗りの短刀を構え、頷く冬真。
 それを合図に、有理は掌を翳した。生じるは、星々の瞬きを思わせるオーラの飛礫。射出された瞬きは達人の一撃となって、そのまま無数の流星に変じて降り注ぐ。
「これで凍るといい」
 ダモクレスは更なる氷に全身を包まれながら、歪んだ砲身を全方位に展開した。なりふり構ってはいられない。ありとあらゆる力を持って、ケルベロスを排除せねば――!
 だが遅い。すでに眼前には、抜刀した冬真がいた。
『ペンギッ――』
「――終焉を、」
 刹那、短刀が閃いた。
 『哭切』――冬真の一刺しは、刀の銘そのままにダモクレスの哭く声を切り、致命の一撃を急所へと刻み込む。
 そうして生じた亀裂の奥、冬真の目は確かに捉えた。アイスクリームメーカーの駆動部で鈍く光る、テニスボール大の球体を。
「あれは……ダモクレスの心臓部のようだね」
「チャンス! 一気に決めましょう!」
 秋子のオウガメタル『炎ちゃん』が、元気よく刃に変じた。
 所有者たる秋子と波長を合わせ、狙い定めたダモクレスの傷口へ取り付くと、心臓に至る通り道を、達人の手業でメキメキとこじ開けて行く。
 そして――。
「とどめっ! お願いします!」
『ペン、ギン……! アイスウゥゥゥーッ!!』
 断末魔の咆哮をあげながらダモクレスが仰いだ天の果て、真っ黒なサバト服に身を包んだオラトリオが、一人。裁一であった。
「デストロイ……爆破、粉砕、滅殺すべし!」
 裁一は、溢れんばかりの嫉妬心をギッチギチに沁み込ませた『サバトニックハンマー』を構え急降下。自分を見上げるダモクレスの、露出した心臓部めがけ、いま彼は渾身の一撃を振り下ろした。
「呪! 怨! 斬! 月! デストローイ!!」
 衝撃が空気を震わせ、心臓を砕く。
 裁一の一撃を浴びたダモクレスは、全身から火を吹いて爆散すると、再び物言わぬ残骸の姿へと戻った。
 そうして再び日常を取り戻した空地で、ジェミはぽんと手を叩く。
「ふうっ……終わったかな。皆さん、お疲れ様です!」
「じゃ、片付けちまうか。アイスが俺達を待ってるもんな!」
 千翠は癒しの拳を固めると、仲間と共に荒れ果てた現場を修復していく。
 元が更地だった事もあり、片づけはすぐに済んだ。仲間が一人二人と現場を後にする中、エトヴァはアイスクリームメーカーの残骸を近くのゴミ置場にそっと横たえ、今度こそ役目を終えた機械に弔いの言葉を送る。
「お疲れさまでシタ、ペンギンサン」
 ――どうか再び、笑顔を運ぶ機械へ生まれ変われますヨウ。
 暫しの黙祷を捧げ終え、エトヴァは仲間達の後を追いかけて行った。

●三
 ドアを潜った先には、涼しい楽園が待っていた。
 ミルク、バニラ、ピスタチオ。イチゴにチョコにクッキーバニラ。温かな照明の灯る下、店内に満ちるジェラートの甘くも優しい芳香に、ジェミはふわりと頬を緩ませる。
「わあ、いい匂いだね……!」
「ええ、本当ニ」
 エトヴァは熱いエスプレッソのカップを手に頷いた。
 彼らは店内のテーブルに着き、今まさにアフォガートを頂くところ。エトヴァとジェミの注文した一品は、象牙色の輝きも美しいミルクフレーバーのジェラートだ。
「これハ……とても期待できそうデス」
「ねえねえエトヴァ、はやく食べよう!」
「そうですネ。では――いただきまショウ」
 戦いを終えれば、ジェミの目は少年のような輝きを宿す。エトヴァはそんな彼に微笑みを返し、熱々のエスプレッソをグラスに注いだ。
「わあ……!」
 鼻腔をくすぐる円やかな香りに、ジェミは思わず破顔した。
 立ちのぼるミルクの匂い。絡み合ったエスプレッソの香り高さ。漆黒の珈琲に溺れ溶けるジェラートから漂う芳香は、間違いのない美味を約束する。二人はスプーンを手に取ると、甘味と苦味の妙味をのんびりと楽しんだ。
「んんー……すっごく美味しいね、エトヴァ!」
「珈琲の好い香りに、まったりミルクのハーモニー。素晴らしいデス」
 家族との一時を楽しみながら、エトヴァは口元を綻ばせる。
 体を動かした後でお腹が空いていたのか、ジェミは美味しい美味しいとスプーンを運び、一杯目を平らげた。そうしてエトヴァも一杯目を終えると、視線を合わせた二人はにっこりと微笑みを交わす。
「おかわり、行こうか」
「良いですネ。賛成デス」
 以心伝心の二杯目、ジェミが頼んだのはチョコレート。
 風味付けのブランデーとリキュールが、ナッツの香りを鮮やかに花開かせてくれる。
 一方のエトヴァはピスタチオ。一見地味にも見える薄緑色の外見とは裏腹に、豆の風味は濃厚で、仄かな青さが余韻となって残る一品だ。
「ねえ……シェアしない?」
 ジェミの申し出に、喜んで、と快諾するエトヴァ。
 互いの一匙を交換しつつ、二人の時間はのんびりと過ぎていく。
 そう言えば、他の仲間はどうしているのだろう――ふと気になって傍らに目を向ければ、旅団仲間のチームメイトである千翠と右院が、溺れたての一杯を堪能していた。
「長久さん、見ました? 日本酒味のジェラートもあるみたいですよ」
「マジか? なら二杯目はそっちで行くのも手だな」
 千翠はミルクにエスプレッソのアフォガート。珈琲豆の味が染みた箇所と、白い箇所とを食べ比べて風味の妙を楽しんでいる。一方の右院はと言えば、熱い紅茶をミルクと組み合わせた一品だった。
「溺れる……なんて、センスあるネーミングだなぁ」
 冷たい氷菓が熱い紅茶に溺れ、ゆっくりと溶けて混ざり合う。
 怜悧と情熱、蕩ける甘さと濃密な茶葉の香り。それら全てが混然一体と変じて行く様を、右院は愛おしそうに見つめていた。
(「ロマンティックな眺めですね。まるで恋する心情のようだ――」)
 そんな右院を、色気より食い気といった風情の千翠は不思議そうに眺め、
「おい、食わねえのか? 溶けちまうぞ」
「ええ、いただきましょう」
 そう言って右院は、スプーンを動かした。
 牛乳と紅茶、たった二つの素材からなる氷菓の味は、シンプルだが決して単純ではない。とろとろとジェラートが崩れるにつれ、右院の鼻腔をくすぐる香りはより強く、より鮮烈になっていく。飲み物のそれとはまた違う、どこか官能的な味がそこにはあった。
「これは……また一つ罪深い紅茶の可能性が広がってしまった……!」
「皆、美味そうに食うよなあ。また腹が減って来ちまう」
 感激に目を潤ませる右院。かたや千翠は、周りの席にちらちら視線を泳がせる。他の仲間が食べる品が気になっているようだ。
 隣では、フリージアがミルクと抹茶のアフォガートを。さらに少し離れた席では、裁一がジェラートの二段重ねを堪能していた。
「あ~美味い! たまりませんね!」
 イチゴとピスタチオの絶妙な味わいに、思わず膝を打つ裁一。
 暑い中、ひと仕事終えての甘味は格別だ。真っ黒なサバト服を脱いだ彼は、銀髪美丈夫の素顔を見せてジェラートに舌鼓を打っている。
 一方、他の面々はと言えば――。
「なるほど、こいつは洒落たものだな」
「ね、美味しいでしょ?」
 静かにスプーンを運ぶ岡崎・真幸と、ご機嫌で甘味を頬張る秋子だった。
 二人のテーブルには、ともにアフォガートが並んでいる。秋子のそれはマスカルポーネと塩チョコの二段重ねにエスプレッソをかけた品で、これが彼女は大のお気に入りだった。
 至福の面持ちでジェラートをもちもち頬張る妻の姿を、のんびりと見つめる真幸。そんな彼のグラスに、秋子はふと興味を持ったらしい。雪のような純白のジェラートに、熱い紅茶をかけた一品である。
「ねえ、それって何味? 甘くて酸っぱくて、とってもいい匂いがする」
「カルピスヨーグルトだ。……食うか?」
「何その組み合わせ! 頂戴!」
 ちびちび食べていたアフォガートを真幸がグラスごと差し出すと、秋子はそれを大喜びで受け取った。ヨーグルトと紅茶が織り成す酸味の妙が良い。ご機嫌で頬張る妻の顔を、真幸は眺めつつぽつりと呟くように言った。
「……それ、お前の母親から聞いた組み合わせだぞ」
「……え。これ母に聞いたの……でも、まあいっか」
 あまり仲の宜しくない相手の顔を思い浮かべたのも束の間、秋子はすぐ気を取り直す。
 彼女にとって食べ物は正義、美味しければ全ては許されるのだから――。
 そうして秋子はお返しにと、自分の一匙を夫に差し出した。
「ね、私のも食べてみて。本当うまーなんだから……!」
「おいおい、ここでか」
「もちろん。はい、あーん」
 妻の一匙を、真幸は渋々といった表情で口にする。悪い気はしないが、開け広げに幸せな顔を見せるのも、それはそれで気恥ずかしい。
「……うん。いい味だ」
「えへへー。でしょ? 今度はブランデーかけて食べてみようかなー」
 半ば観念するような気持ちで食べた一杯は、実際美味しかった。
 そんな彼の表情に照れた笑みを浮かべ、舌鼓を打っては微笑んで、くるくる変わる秋子の笑顔に、真幸はふと口元を綻ばせる。
 ――まあ、こういう日も悪くない。

 夏の暑さで火照った体に、ジェラートの放つ爽やかな冷気が心地よい。
 冬真と有理の二人は熱いカップを手に取り、溶けてしまっては勿体ないからと、グラスの氷菓を優しく溺れさせていった。
「抹茶のいい香りがするね、美味しそうだ」
「有難う、冬真。そっちのエスプレッソに溺れているのは、ミルクとイチゴかな?」
 冬真は微笑を浮かべた。
「ご名答だ、有理の大好きな味だものね。君と出会って知った味だ」
「ふふ。それを言うなら、この抹茶もね。……今では私も大好物だよ、冬真」
 クッキーバニラのジェラートに濃緑の彩を添えながら、有理が微笑みを返す。リムは横で子供用カップのチョコ味を一足先に堪能中。どうやら揃って良い時間が過ごせそうだ。
「アフォガート……溺れたもの、か」
 ふつふつと溶けながら溺れて行く氷菓子。それを愛おしそうに見つめていた冬真は、ふと有理の耳元で囁く。
(「僕が溺れているのは君だから、ね?」)
 睦言をそっと隠すような頬への口づけに、有理は小さく頷く。
(「……私だって、どんどん貴方に溺れていってるの」)
 二人で頬をほんのり染めてしばし無言でいると、ふいに有理が顔を上げて言った。
「……いただこうか? 溶けてしまう前に、ね」
「うん。そうしよう」
 甘くて美味しいアフォガート。その味を分かち合うのは、やはり愛する者の他にいない。任務で見せた時と同じように、二人は通じ合った呼吸で溺れる氷菓を楽しむのだ。言葉はいらない、夫婦の濃密なひと時を。
「食べてみる? 甘さとほろ苦さの相性が凄くいいよ」
「ありがとう……やみつきになっちゃいそう、冬真」
 夫の一匙を堪能した有理は、そっと口元を隠して冬真に顔を寄せた。
「私のも良かったらどうかな? 冬真、少し目を瞑って」
「いいとも。美味しそうだ――」
 瞑目した冬真の唇に、柔らかい唇がそっと重なった。
 ――お味はいかが?
 そう言って悪戯っぽい笑顔を見せる妻に、冬真は微笑んだ。
「これは……成程。クッキーバニラよりも甘いね」
 そうしてお返しのキスを受けて、有理は思う。溺れるものも悪くない、それが愛する者となら猶更だと。
 夏の午後、冷たくも熱い氷菓のひと時。
 幸せを噛み締める二人を、黒い小竜が静かに見守っていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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