●2020年夏
大阪城での大勝利にケルベロスたちは湧いていた。
しかし戦いの匂いが至る所に残っていた。
全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)によってもたらされた経済の停滞が人間の世界に疲れ切ったムードをも漂わせているからだ。
「今年のケルベロス大運動会は東京で開催する」
その発表にどよめきが起こる。
大運動会はケルベロス・ウォーの莫大な賄うために毎年行われるが、開催される国が戦禍にさらされて続け、今もデウスエクスの襲撃の絶えない日本。その首都東京であることは意外であった。
「第五回の大運動会は、戦費獲得は勿論のこと『ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション』による『東京の防衛力増強』も目的である」
「大運動会の開催に先立って、日本全国を巡る聖火リレーが開催される」
ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はそう言うと、リレーは福島県をスタートにして日本の各県を巡り、東京都をゴールにするルートで開催されると、続ける。
東京周辺の人たち以外にも、大運動会を共に楽しんで貰いたいという趣旨であると同時に、今も故郷に帰れない人たちを元気づけ、さらには日本各地の観光名所や産品を遍く世界に知らしめたい願いも込められている。
「というわけで、僕たちが担当するのは、聖火リレーの第3ルートだ。具体的には広島→山口→福岡→佐賀→長崎→熊本→鹿児島→沖縄→宮崎→大分の順になる」
ケルベロスの身体能力ならば、短時間で駆け抜けることが出来るから、各県の名所や名物を楽しむ余裕もあるだろう。佐賀県がどこにあるか知らないとか、ひどいことは言わずに、全ての県を紹介できた方が聖火リレーも盛り上がるだろう。
但し同じ、広島県でも安芸と備後では様子が異なる。福岡と北九州市でもだいぶ違うと言われる。
熊本と長崎に跨がっていても天草と島原のように独特の繋がりをもつエリアもある。
「走った地域しか紹介出来ませんから、一番の推しは意識しておいた方が良さそうですわね」
話を聞いていた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は頷くと表情を引き締める。
出発の時間はもう、間近に迫っている。
●夏の盛り
蝉の声がよく聞こえる日だった。
8月のこの日広島に引き継がれた聖火は、今、ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)の手にあった。
その姿を追うようにしてテレビの中継車が、中継車が追えない場所はドローンが映像を送ってくる。
「成程、火を運ぶのが習わしなのですね」
各地に炎をリレーさせる催しは1936年にベルリン行われた運動会に由来し、当時のドイツの政権与党の意向を受けたアイデアというのが通説だ。
日本語で聖火と呼ぶこの種の炎は、外国ではシンプルな言葉を当てられていて、普通に直訳をすれば「~の炎」となる。そしてイベントとしての炎のリレーには、いつの時代も常に何かしら象徴的な思惑が込められていた。
「自由騎士として、その役目請け負いましょう――」
今夏のケルベロス大運動会にも、戦費獲得やハイパーエクストリームスポーツ・アトラクションによる東京の防衛力増強の意図がある。その内容は現時点で明らかではないが必ずや戦いの役に立つものとなるはず。
「己が守る土地や人を知ることでこそ、より戦の勲を高く掲げられるものです」
広島市から廿日市市へ、ローゼスは瀬戸内海に浮かぶ厳島に向かう。
清らかな天からの光に照らされて海の青緑は鮮やかに輝き、海上に立つ大鳥居の朱がいっそう鮮やかに感じられた。
「あれが厳島神社か」
海岸線に面した歩道にたくさんの見物人が来ていたためローゼスは駆ける速度を緩める。
すると牝鹿が興味深げに鼻をひくつかせながらついてくる。
「ぬはっ!? なにをしている!!」
いきなり長い赤髪を口でぐいと引っ張られ跳び上がる程驚くローゼス。
「ああこの辺の鹿は人に慣れてちゃっているからねえ……」
「いやまあ、不慣れなことも多いので」
野生の鹿に髪を咥えられることに慣れている者も少ないと思うが、いきなり咥えてきたと言うのは味を確かめようとしたのか?
「鹿は何でも興味を持つし、食べようとするするから」
ぺろ……。再び鹿の鼻の湿っぽい感触が腕に触れる。
「親切に教えてくれてありがとうございます。では、勇ましく駆けるところもご覧に入れましょう」
速度を上げて海岸を駆け抜けると、瞬く間に厳島神社の社殿が見えてくる。
海に突き出た回廊で結ばれた社殿は太い柱がずらりと並んではいたが、強く踏み込めば壊れてしまいそうなほどに、繊細に感じられて再び速度を緩める。
「興味深いことが、まだたくさんあるようです」
厳島から西へ進むと大竹市、その先は岩国市、そこはもう山口県であった。
●海峡
「時間的には、だいぶ余裕がありそうじゃな」
山口県で聖火を引き継いだ、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は、中継車を振り切らんばかりの勢いで飛ばして、瞬く間に下関市に到達する。
「はー、潮の香りがするのう。折角じゃから、本場の瓦そばを食したいのう。あとこのまま普通に進んで、仕事は終わりというのも、いまいちな気がするのう……」
「何か考えがあるのですか?」
裏方で動いていた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は首を傾げる。
「もちろん考えているに決まっているのじゃ。九州に手が届きそうなこの場所じゃからのう」
だがここはまだ九州じゃない。
古くは壇ノ浦の戦い、近代には長州戦争。
いずれの戦いの結果も、その後の日本の体制に大きな影響を与えている。
「橋を渡ればすぐ着くのじゃが……、この場所だからこそ、わしは今、蘆原中津(日本)の歴史、ケルベロスの力、いずれをも示すによき時と思うのじゃ」
「ふむふむなるほどです」
関門海峡は一日に千隻の船の行き交う重要な航路であると同時に一日に四回潮の流れが変わる海の難所としても知られる。
「ここはあえて『八艘飛び』を再現して渡らせていただきたく!」
わりと保守的な思考をしがちナオミの表情が硬直する。
それが無茶であることは、括も重々承知していたが、何かしらやる方法も見つかるかも知れないという期待もあった。その期待を察して、やる方法を思案する。
「わかりました。がんばって頼んでみましょう」
すぐに北九州市の漁協と下関市の漁協に協力を呼びかける。比較的自由に船をだせる立場でこの海を熟知しているのは漁師以外に考えられない。
「船から船に飛び移るって? おもしろかね」
「やってみたらいーね。船を出せばいいのかいのー」
彼女がどこようにがんばって交渉したかは割愛するが、どちらの漁協も最終的には乗り気になってくれて、双方が四隻ずつ漁船を出す段取りとなる。
「他の船も通りますから、船を並べるのは無理そうですが、移動する船から船に跳び移る要領で門司を目指す……こんな感じで良いですか?」
「もちろんなのじゃ。見てみるがよい」
交渉が行われている間、心ゆくまで名物の「瓦そば」を堪能した括は、食後の腹ごなしとデモンストレーションとばかりに、大きく跳んで、其処からもう一度足を踏み込んでのダブルジャンプを披露する。
その跳躍距離に、人々の間から驚きと歓喜の声が上がる。
「なんちゅう飛距離じゃ、これならデウスエクスにも勝てるわけだ」
果たして、他船の航行に妨げにならないタイミングを狙って下関と門司の両方から船団が出港する。
括は下関側から出る最後尾の船の舳先に立って、聖火を掲げたポーズで跳躍の時を窺う。
「もうちょい。もうちょい進んでくれんかのう」
括の指示に漁船のエンジンが唸りをあげ、無線に話しかける漁師の声が響き渡る。
「世話になった。感謝の極みじゃ――」
括はそう告げると同時、舳先を踏み込み、門司方面に向かって航行する漁船を目掛けて大ジャンプ、海面に落下する直前に、水面を蹴るようにして、先を行く漁船を目指して跳ぶ。
「うぉっとっと、大丈夫じゃ」
括が跳び移った瞬間、遠く門司と下関の両方から歓声が上がったような気がした。
動いている船は当然のように揺れるし、位置も常に変化している。
少しでも目測を誤れば聖火もろとも海に落ちる。
「まあ、これくらい難しいほうがやりがいもあるのう、まあ注意して慎重にすればどうということはないのじゃ」
「どうしたー進路このままでいいかー?」
「もうちょい、左に頼む――OKなのじゃ!」
この後、括は、ダブルジャンプを駆使してぴょいぴょいと――そのひと跳びひと跳びに、未来を開く意志込めて跳び続け、見事に九州に聖火を引き継いだ。
●海への祈りと願い
かくして福岡県に継がれた聖火は、人々とランナーの思いと共に佐賀、長崎、熊本、鹿児島の各県を巡って沖縄県へと渡る。
そしてここは沖縄県の浜比嘉島。
エメラルドグリーンの海に面した珊瑚の白い砂浜。
その波打ち際で、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)と新条・あかり(点灯夫・e04291)が、聖火の到着を待っていた。
「では、お願いしますね」
「さ、行こう」
ダイビングの装備を整えていた二人は、用意されていた特別なトーチで聖火を継ぐと海に入ろうとする。
が、あかりが背中側にある空気タンクにプリントされたダイビングショップの宣伝につっこみを入れる。
「ちょっと、このタンクのキャッチコピー、目立ちすぎだよね?」
あかりが指し示す場所には、「ライセンス取得なら是非当店へ!」と創何某角ポップ体でプリントされていて、場違いに目立っていて、それが微笑ましく見えてしまう。
「両親が、こんな機会は滅多にないから、ショップのPRをしろってわけでな」
少し離れてカメラを向けていた撮影クルーも苦笑いを浮かべている。
「親孝行なんだね。でも、そのフォントは何とかできたよね?」
今言われても、既に書かれたフォントをどうにか出来るはずがない。
「ちょうどいいから、今年はジュニアのライセンスを取って行ったらいい――」
返答をはぐらかしつつ陣内は聖火の灯ったトーチを片手で掲げ、もう一方の手であかりを引くようにして、沖に向かって歩き始める。
「いったい何を始めるのだ?」
「あっちに向かうってことは……?」
火の燃える条件は、発火点以上の温度があり、充分な酸素があることであるから、この条件を満たす装置を備えたトーチを作成すれば水中でも火を燃やすことが出来る。
水中では火が燃えないと言う常識を疑わない者たちから戸惑いの声もあがったが、陣内が水中に潜らせた聖火を再び水上に掲げると、戸惑いを含んでいたざわめきはすぐに歓声に変わる。
発火点に酸素を噴射し、燃料に直接水が触れないようにするという理屈であったが、その装置を作り上げ常識をケルベロスの力ではなく工学技術で覆してみせたことは、大きな希望となる。
透明度の高いエメラルドグリーンの海中で気泡を噴き出しながら燃え続けている。
(「海の中で燃える炎って、こんな風に見えるんだね」)
ダイビング中に言葉を交わすことは出来ないが、陣内はあかりの見ている方向を気に掛けながら進む。
なぜならあかりは戦闘経験豊富なケルベロスではあってもダイビングについては初心者。
身振り手振りも交えて、意図を確かめながら、二人は海中を進む。
浅い海はでは空からの光だけでなく海底で反射する光もあって明るく感じられた。
(「こっちだ」)
カクレクマノミのだいだいや、海の色を濃縮したようなスズメダイの色合いが、周囲を満たす透き通ったエメラルドグリーンの海水の中でより一層引き立って、鮮やかに美しく見える。
あかりはふと、自分が行きたいと思った方向に常に陣内が手を引いてくれているように感じた。
(「偶然、いえ、まるで天使のようだね」)
偶に振り向いて来る顔は水中めがねに覆われて判然としないところもあるけれど、平和に暮らすことを望む、親孝行息子の表情をしているような気がした。
白い泡を吹きながら燃え続ける聖火も見慣れてきた、確かめたい気持ちもあるけれど今更問うのも無粋だろう。
そして、この様子も水中ドローンで撮影され続けていた。
この後、しばらく海中を駆けつづけた、陣内とあかりは再び観衆の見守る浜に上陸する。
高く掲げた聖火は陽射しもと、燃え続けて、輝きを放っている。
「タマちゃん、そういう顔してたんだ」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ」
こうして二人は担当の区間を完走して、再び九州へと戻るランナーに聖火を継ぐ。
「次は宮崎だね」
聖火は沖縄を後にする。
若い人もお年寄りも、様々な思いや体験をもつ、今、沖縄で暮らす人たちが聖火を運ぶ二人を祝福してくれた。
この後、聖火は再び九州の宮崎県に上陸し、大分県から四国へ向かう。
もうすぐ2020年夏ののケルベロス大運動会がはじまる。
だが、もうしばらくの間、聖火は人々の祈りや願い、思いを重ねながら日本を巡る。
作者:ほむらもやし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年8月10日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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