キミはあの夜海辺で告白し……振られたんだったなッ!

作者:秋月きり

 砂浜で似たような背格好の男女が円陣を組んでいた。
 その中心に位置するのは鳥人間――金色に輝く羽毛を纏うビルシャナであった。
「そうして、初めてクラスメイト達と行った海で、俺はあの子に告白し、――振られたんだ……」
 己が過去、要するに過ぎ去りし青春を語り終わった信者の一人が拍手で迎えられる。彼の語ったノスタルジックな青春談話は、この『夏に語るならキュンと切ない青春談話だよね明王』のお気に召したようだ。
「次、俺ッスね。アレは去年、水着の彼女の姿を見た俺はムラムラしてしまって、岩陰に彼女を連れ込みヤ」
「鉄拳制裁ッ!!」
 次に語ろうとした軽薄そうな信者に見舞われたのは、炎を纏った鉄拳制裁であった。一瞬で吹き飛び――否、消し飛んだ信者の最期を、しかし、周囲の信者は冷たい瞳で見送っていた。
「夏に語るならキュンと切ない青春談話だよね明王様の前で下卑た話なんて」
「と言うかそう言う青春しか送ってきてねーの? サイテー」
 ざわめく信者達に対し、パンパンと拍手の音が響く。
「さぁ、次の談義に移りましょう。夏の夜はまだまだ長いのです」
 明王の厳かな声が、日の暮れる砂浜に広がっていくのだった。

「ビルシャナが現れたわ」
「現れちゃいましたか」
 ヘリポートで自身の視た未来予知を告げたのはリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)。それに対し「仕方ないなー」と言う微妙な表情を浮かべていたのはグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)であった。
 鎌倉奪還戦の際にビルシャナ大菩薩から飛び去った光の影響で、悟りを開きビルシャナになってしまう人間が現れるという事件が発生してる。
 今回、現れたビルシャナ。その名前は――。
「夏に語るならキュンと切ない青春談話だよね明王」
「長いお名前ですね」
 一拍置いたリーシャの説明をグリゼルダが容赦なくぶった切る。
「今回はこの青春談義明王をみんなに倒して貰うわ」
 ビルシャナ化した人間の言葉には強い説得力があり、放置すれば周囲の人間達はどんどん配下となってしまう。一見無害だが、それでも相手はデウスエクス。このまま青春談義明王の訓えが広がれば一億総勢ビルシャナ配下化の社会とか生まれかねない。
「あと、キュンと切ない系じゃ無い青春談義をした者は処刑されたりしてるわ」
 勿論、未来予知での話だ。未だそんな犠牲者は出ていないので安心して欲しい。
「今現在、ビルシャナの周囲には10名ほどの男女がいる。彼らの関心を引く様なインパクトのある話が出来れば、配下になる前に救出する事が出来るかもしれないわ」
 それが叶わない場合、配下となった一般人を交えた戦闘になる可能性がある。それはケルベロス達に取って大きな不利益となるだろう。
「ビルシャナの戦力はどう言う物でしょうか?」
 グリゼルダの問いに、リーシャは少し考えた後、言葉を紡ぐ。
「炎を纏った殴打だったり、光を放ったりして攻撃してくるわ。ただ、一番の問題は、その攻撃力かしら?」
 自分の信条に反する物に対する攻撃力は、通常比では無いとの事だ。予知の中の制裁時に見せた信じられない程の攻撃力は、その具現だったのだろう。
「信者や彼をキュンとさせるようなインパクトのあるエピソードや話題を言う事が出来れば、その攻撃は受けないようなんだけど」
 つまり、説得の言葉は選ぶ必要があるようだ。
「……青春、ですか」
「グリゼルダはみんなのお手伝いをして上げてね。再現シーンとか手伝って上げるといいかも」
 言葉だけでは無く、情景を想起させるようなロールプレイングも大きなインパクトを与えるだろう。献身的なグリゼルダにとって、適した役どころだろうと、リーシャは強く頷く。
「教義を聞いている人達はビルシャナの影響を受けているから、理屈だけの説得は通じないわ。重要なのは彼らを引き込むような話が出来るか、だと思う」
 リーシャの言葉にグリゼルダは頷き、そして、もう一つの疑問を口にする。着てこいと言われた今の自身の格好だ。
「ところで……どうして、水着なのですか?」
「夏の海だからよ!」
 力強い主張だった。
 これもまた、青春ノスタルジーという事なのだろうか。


参加者
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
美津羽・光流(河童と交した約束・e29827)

■リプレイ

●青春の残滓
 青春って何だろう?
 その問いに応えられる者がどれだけ居るだろうか。ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)もまた、その一人だ。
 ともあれ。
「男女間の思い出話?」
 やや語弊はあるかも知れないが、それが彼女の抱く青春像だった。

 夏の海岸にビルシャナが出現する。
 その報を受け、ケルベロス達が現地に到着したのはついぞ、1時間ほど前だった。
 ヘリオライダーの予知を受け、現場に急行した5人と1体はしかし、今や――。
「予知の通りのビルシャナであり、この状況は想定内でしたが」
「ちょっと、何を言っているか判らないであります」
 グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の独白に、クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)が言葉を重ねる。
 今、まさに10名の水着姿の男女、そしてビルシャナがケルベロス達を取り囲んでいた。全員が瞳に輝きを宿し、天真爛漫な笑みを湛えている。
 しかし、これは部外者に対する私刑と言う訳では無い。
「わしらが彼奴の餌食になりに来たのは確かじゃが、こうも簡単に釣られるものかのう」
 呟きは端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)が零したものであった。慎ましい体躯は、夕焼けに染まる海岸に映える葉っぱ柄のタンキニに彩られていた。
「ま、『夏に語るならキュンと切ない青春談話だよね明王』やしな」
 美津羽・光流(河童と交した約束・e29827)が肩を竦める。
 夏に語るならキュンと切ない青春談話だよね明王――すなわち、青春談義明王の求める物はキュンと切ない青春談義であった。信者以外の語りについて、強く興味を惹かれる事も当然だろう。
「それでは、私から始めましょう」
 コホンと空咳を一つ。口火を切ったのはピコだった。
 それだけで、11名22個の視線は彼女へと集中する。
「そう。これは、今から数年昔の話。私がダモクレスだった頃の話です」

 ラボで生まれた彼女はただの機械だった。
 当時はそれで良いと思っていた。それ以上の感情を抱くことはなかった。その時までは。
 その日、彼女は壊れた。外に興味を抱いたのだ。ただの機械だった彼女に何かが、そう、心の片鱗とも言うべき何かが芽生え始めていた。
 そんな折、彼女は一つの邂逅を果たす。
 それは、ラボにスパイとして侵入してきた螺旋忍軍の彼。
 そして彼女は、ラボ以外の世界を知ることとなる――。

「ボーイズミーツガールッ?!」
 凄く感極まった声だった。
 青春談義明王の上げた声は、おそらく信者達も同様なのだろう。皆、どこからともなく取り出したハンカチを咥え、滂沱の涙状態であった。
「それでそれで?! 彼とはどうなったの?!」
 先頭の女性信者が食いついてくる。その勢いは、まさしく齧り付くと言っても差し支えなかった。
「その後、私たちはラボからの脱出し――結局、その時の追撃で、彼は行方知れずとなりました。あの人を思い出すときの高揚感――心の動きが恋慕なのか敬愛なのか詳細に分類できていませんが、好意であることは解析済みです」
「あまーい。甘すぎるーッ!」
 淡々と語るピコの言葉に重なったのは、ビルシャナの歓喜だった。
「言葉は淡々と! だけど、そこに見え隠れする柔らかなハニカミ! まさに青・春・談・義ッ!!」
「俺、感動したっす」
「彼が飴を渡す下りが良かったよな。それでこう――」
「「PIC=02。お前は今日からピコピコだって」」
 100点! とビルシャナが叫ぶ中、これでいいんだ、否、これがいいんだ、と強く頷く信者諸君。
(「掴みは上々、と言った所でしょうか」)
 流石は青春談義明王とその信者であった。見事なまでの食いつきっぷりだった。
「それじゃ、次は俺やな」
 ピコの会話の余韻冷めやらぬ内に、光流が言葉を紡ぐ。
「あれは俺がまだ駆け出しの頃や――」

●男女数人夏物語り
 良い先輩。良い後輩。
 言葉にするだけならば簡単や。ただ、何もせんければ、そこから発展することはない。
 やったら、ちょっと発奮して、頑張ろうと思う気持ちも、わかるやろ?
 先に進めんと感じたら、先に進もうと足掻くしかない。
 それが、当時の光流が出した結論だった。

「野球観戦に誘った俺は、先輩に告白しようと決めとった。贔屓のチームが勝利した場合と敗北した場合の二通りの文句を考えて、それをスムーズに言えるように練習までしてな」
「わかるー。わかるわー」
「シャドウボクシングはすべての基本だよね。僕も先輩を想って何度イメトレしたか」
「おおっと、今のちょっと香ばしくない?」
「なんだよ、想像するだろ、みんなも!」
 大仰に頷くビルシャナを余所に、信者達の会話が重なる。光流の語らいに誰しも自身を重ね、うっとりとした表情をしていた。
 そう、青春談義とは即ち、自身にも起きえた甘酸っぱい過去なのだ。
「そして迎えた当日。しかし、ツキは俺を見放しとった。雨降りしきる中、『雨天中止』の残酷な四文字の看板が球場入り口に掲げられ取ったんや」
「――うぐっ」
「ひっく」
「どうして、人はこんなにも悲しい生き物なのッ」
 空と一緒に俺も泣きたかった。
 光流の言葉を待つまでも無く、ビルシャナは、そして信者達は涙を浮かべ、涙を流していた。
 ああ、空の馬鹿野郎。青春の重く挫けそうな痛みよ。
「だが、それでも先輩は『残念だったね』て笑ってくれたんや。その顔はとても綺麗やったわ」
「先輩っ?!」
 それは汗だった。悲哀だった。歓喜だった。青春が刻む心の汗と喜びと悲しみが入り交じった叫びを上げ、ビルシャナはひしりと光流に抱きつく。
「もういい。もういいんだ。ケルベロス。お前は充分に頑張った。その痛みも、苦みも、それも青春!」
「せ、せやな」
 語ることは語り終えた。光流の表情に一点の曇りもなく、しかし、やや引きつった表情で半身、ビルシャナから遠ざかる。
(「これ以上は無粋やな」)
 既に先輩とは結ばれているとか、実は同性だとか隠し球があったが、ここまで感動しむせび泣いている彼らへの追撃は無意味だろう。
「ああ、空よ、海よ、大地よっ。我らに何故試練を与えたもうか! しかし、それこそが青春! 青春の馬鹿野郎ッ!!」
「お、おう」
 しかし度を超すと鬱陶しいのも事実であった。
 微妙な半笑いを浮かべる光流を制し、次の影が躍り出る。
 括であった。
「昔々の話じゃ。或る処に先輩の女と後輩の男がいた」
 ふっと浮かぶ笑みはどこか虚無感を漂わせていた。
「女は言う。『立場が違うのじゃから己を頼れ』と。男は答えた。『頼りたくはない。いずれ対等な友人になりたいのだ』と」
 倒置で語られるそれは、如何様なる未来をも想像させた。
 これは諸恋なのか。それとも悲恋なのか。
 期待と畏れ混じりの視線は、鎮守の杜の社主であった括には慣れ親しんだ物でもあった。
(「流石にこう言う風に見られるのは機会が無いがのぅ」)
 しかして、熊神子は、物語を紡ぐ。
 語る言葉は、夕暮れの潮騒の中、ゆっくりと溶けていった。

●夕陽は沈み行く
 夏も、恋も、そして青春も。
 片時も待ってくれることは無い。
 それは移ろうもの。それは泡沫。それは夢幻。それは泡のように消え行く影のようなもの。
 故に括は思う。
「――こいつら、なにしとんのじゃろうなぁ」

「『いずれ』を待つことにした女はしかし、そのいずれが来ないことを悟った。それは二人が出会って一年後。後輩となる少女がやってきた時、終幕の開始となったのじゃ」
 何かにつけ世話する男と女に、少女は程なく打ち解けていく。
 喜びも悲しみも彼らと共に過ごした少女は一つ、願いを口にした。
「踊ってみたい。その願いを聞き届け、女は舞台を。男は相方を申し出た」
 斯くして舞台の幕は開き、舞い踊る少女は美しく、可憐で、楽しげで、そして情熱的だった。
 そして、男と少女は恋に落ちる。
 女はそれを見つめるばかり。
「もうやめて!」
「後輩ちゃんっ。その人は先輩のなのっ。彼を取らないでっ?!」
 語りに返ってきたそれは、阿鼻叫喚だった。
 誰に心情を寄せるものか。いずれの瞳には涙が浮かび、絶望を拒絶する。ほろ苦い痛み処では無い。心の臓を抉るような痛みに、信者達、そしてビルシャナが身を震わせる。
「女は胸の底の痛みに気付いた。楽しげで美しい二人の後輩。彼に向ける感情は特別で、しかし、二人共に向ける感情もまた、特別であったことを」
 そして女は想いを飲み込む。
 それはついぞ誰にも明かされず、そして、一つの恋が終わりを迎えたのじゃ。
「せ、先輩ーっ!」
「切ないッ。切ないッ。切なすぎる?!」
「だがしかし、秘めて隠しきる想い。これもまた、青春の一ページっ!」
 おんおんと号泣が夜にさしかかろうとする海岸に響き渡る。
 幸福な結末ではない。だが、それが良いことなのか悪いことなのか、誰にも判るまい。3人にとってそれが、もっとも幸せな終わりだったのではないだろうか。
「ま。そんなありきたりな話じゃった」
 ふっと浮かんだそれは、慈母の笑みであった。
「ま、まさか、その話は……」
「次、行くであります!」
 ビルシャナ、そして信者の興奮冷めやらぬまま、クリームヒルトが追撃の声を上げる。
 いつの間にか、手を引いてきたグリゼルダ共々、信者の輪の中に収まっている。陽光と海の煌めきが、その金色の髪に反射し、輝かしい色を帯びていた。
「これはまだ、ボク達がまだ、エインヘリアルに使役されていた時代の話であります」
 ケルベロス達によってエインヘリアルからヴァルキュリアのコギトエルゴスムが解放されたのは4年と半年ほど前のこと。
 なるほど。故にヴァルキュリア少女二人での登壇となったわけだ。
「ボクの友人の少女は、一人のエインヘリアルに想いを寄せていたのです」
「くっ。主従の許されない禁断の恋! これは、そそられる!」
 現代日本に於いて、主従関係など滅多に見られる物ではない。故に、その特殊な背景には強く惹かれる物があった。
「デウスエクス同士の禁じられた恋」
「洗脳に抗い、大切な心だけは放さずに」
「ああ、しかし、それでも異種族間の恋愛。それが赦される筈もなく」
 話を勝手に膨らませていく信者達を尻目に、クリームヒルトは語らいを続ける。悲しくも寂しい、友と呼んだ仲間の結末を。
「彼女は身分違い故にその気持ちを伝えることが出来ず、しかし、相手のエインヘリアルもまた、その想いに気付き、そして応えていたのであります。そう、言葉に出さずとも、二人は通じ合っていた――で、ありました」
「か、過去形だと!」
 ビルシャナの驚愕は強く響く。
 当然、ヴァルキュリアの洗脳が解けて、全てのヴァルキュリアが定命化を果たした現在、その二人に残された未来など、別離の二文字だけだろう。
 それでも信じたかった。青春の奇蹟を。青春の全てを。
「ですが、そのエインヘリアルもまた、騒乱に生きるモノノフ。やがてその想いはライバルである別のエインヘリアルに利用されていったであります。――あろうことか、エインヘリアルがつけ込んだのは彼女! 彼女をコギトエルゴスムと化す事で、政敵を傀儡へと陥れようとしたであります!」
「な、なんとっ?!」
「その後、彼と彼女がどうなったかは判らないであります。ただ、知ってて欲しいであります。ここに、この空に、思い焦がれ、己の全てを焼き尽くすような恋をした少女がいたことを」
 仰ぎ見た空はうっすらと暗く、そして、一番星の瞬きが見えた。
「――ああ、我々は忘れない。西の空に輝くあの星。それこそがきっと彼女なんだ。その思い、しかと受け止めた!」
 ハラハラと零れる涙は熱く。
 その想いは本物だった。
「……青春談義明王殿!」
「ああ、ヴァルキュリア少女よ!」
 抱き合いそうな勢いで名を呼ぶ二人。それを信者達が拍手で迎える。
 これぞ青春。これぞ過ぎ去った夏の思い出。
 ああ、恋に恋い焦がれ恋に笑い恋に泣く甘酸っぱい日々こそが、今や過去となってしまった青春そのものではないのか。
「否。否だっ。断じて否!」
 完全に染まり上がった場の空気を払拭するかのように、青春談義明王は片手を振り上げ、そして叫ぶ。
「青春は終わっていない。我々の青春は、我々の甘酸っぱい日々は、我々の過ごすべき日々は――」
「ええ、そうですね」
 熱狂するビルシャナと信者達は忘れていた。
 ここにいる彼らが地獄の番犬ケルベロスである事を。
「――さぁ、同士諸君! 次は我らの談義を!」
「ま。続きは地獄でええやろ?」
 問答無用と光流が最果ての銘を持つ刀を振り上げる。
 それが開始の合図となった。
「終わらせましょう」
 ふぅっとピコが溜め息を吐く。
 ケルベロス達の猛攻を青春談義で弱体化した明王に抗う術などあるはずもなく。
 勝負が付くのは一瞬であった。
 本当に、瞬く間の出来事であった。
「覚えていろっ。ケルベロスっ。青春談義があるところに、甘酸っぱいキュンが有るところに、我はまた帰ってくるぞー!」
「帰ってこなくていいんじゃがなぁ」
(「また妙なビルシャナが現れるのは致し方ないのじゃろうな」)
 光と消える彼に向けられた括の言葉は諦観混じりに紡がれていた。

●それでも陽は昇る
 戦いは終わった。
 流儀に任せ、青春談義を語った彼ら一人一人の顔は、何処となく輝いていた。
(「ボクらの過去も、色々あったでありますよ」)
 手放した物。抱いた物。まだ、抱き続ける物。
 胸に宿る温かさとちょっとした痛み。
 彼の明王の言った青春があるとするならば、そう言う物かも知れない。

 明王の消滅と共に、信者達は我を取り戻したのか、一人、また一人と去って行く。その光景はどこか寂しく、祭りの終わりを想起させた。
 だが、それはそれとして。
「折角の海じゃし。浜じゃし。水着じゃし」
 括は呟く。
「叫ぶのはちゃいますやろ?」
 仕事が終わったのなら早く帰りたい。光流の声に滲む悲壮に、しかし、彼女が答える事は無かった。
「いくぞ。グリゼルダ!」
「は、はいっ?!」
 ざっぱーん。
 豪快な水しぶきが二つ、はじけ飛ぶ。夜には未だ早いこの時期。しかし、火照った身体に冷たい潮水は心地よかった。
「いやー。元気でありますね」
「ですね」
 フリズスキャールヴに海の様子を再生させながら紡がれたクリームヒルトの言葉に、ピコがこくりと同意を示す。
(「まぁ、青春と言わなくとも、今、この時は確かに流れているのであります」)
 甘酸っぱくキュンとする思い出が青春と言うならば。
 今この時もまた、そう呼べるのでは無いか。
 きゃっきゃと騒がしい同僚達ににふりとした視線を送り、クリームヒルトもまた、声を上げる。
「ボクも行くでありますよ!」
「本気やの? 先輩方……」
 後ろで光流の呻き声が上がり、ふるふるとピコが首を振る。
 彼らの青春はまだ、終わっていない。終わりなど、誰にも告げられていないのだ。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月31日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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