ミッション破壊作戦～ロアリング・ソウル

■リプレイ

●一
　その日も沖縄の海は、不気味な静寂に覆われていた。
　地平の果て、見渡す限りの青海と蒼穹だけが続く久米島近海、その上空。
　ケルベロスを載せてミッション地域中枢へ向かうヘリオンの機内で、帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）は降下準備を進めていた。
「ゴーグルよし。照明用ライトよし。足ヒレ、バラストよし……」
　チェックしている装備品は、いずれも耐圧性のもの。翔達はこれから深度1000メートルを誇る久米島の海底に潜ろうとしている。ミッション破壊作戦では珍しい水中戦とあってか、ケルベロス達の装備は普段のそれより物々しい。
「頼みますよグラディウス。奴等の拠点を、絶対に破壊してやる」
　重力鎖を湛える光剣へ、翔は静かに語り掛ける。
　沖縄トラフに存在する魔空回廊と、そこに巣食うダモクレス『ビッグホエール』。奴らの野望は必ず打ち砕く――煮え滾る憎悪が色濃いワイルドとなって、翔の目から迸った。
「ホエールウォッチングか。素敵な眺めなんだろうなあ」
　耐圧ゴーグルを装着しながら、シルディ・ガード（平和への祈り・e05020）が呟く。
　豊かな生命に満ちた青い海。そんな世界にさえ、デウスエクスの魔手は容赦なく伸びる。ならばそれを払うのは、自分達ケルベロスの仕事だ。
（「いざ海の防衛！　ごー！」）
　海中用のハンドサインに（「我らに勝利を」）と返す仲間達。
　その一人であるルティア・ノート（ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e28501）は、既に支度を済ませて降下の時を待っている。
「ビッグホエール。ユグドラシル・ウォー追撃戦で沈めた敵の同型艦ですか……」
　ルティアの目に、真っ赤な炎が弾けた。
　心と左目を地獄化した、ヴァルキュリアの女性。穏やかな微笑みと抜群のスタイルが醸し出すその柔和な雰囲気とは裏腹に、抱く正義は鋼のように硬い。
「容赦は無用。早く仲間達の元へ送ってあげましょう」
「梅雨明けの海に潜水か。ちょっとしたレジャーだね、まるで」
　マサムネ・ディケンズ（乙女座ラプソディ・e02729）が、冗談めかして笑ってみせる。
　ダモクレス相手に遊泳など色気もないこと甚だしいが、仕事となれば止むを得まい。
　ボクスドラゴンの『ローランダー』は尻尾の炎を燃やし、早くもやる気満々の様子だ。
「もうすぐ中枢ですね。この戦いで、敵の支配に終止符を打ちますよ」
「よしっ、頑張っちゃうよ！」
　ダモクレスとの戦いに意欲を燃やす翔とシルディ。
　その向かいに座るルティアとマサムネも、すでに準備万端だ。
「久しぶりのミッション破壊作戦ですね。少し、緊張します」
「ローランダー、皆の支援は任せたよ」
　降下を目前に控え、各々の時を過ごすケルベロスたち。しかしそんな中、ひとり冴えない表情を浮かべる男がいた。
　卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）である。
「チッ、海か……まーたパーツが錆びんな」
　レプリカントである彼の左腕は、廃材を利用したジャンクアーム。
　大敵である海水を防ぐために、泰孝は急場凌ぎの注油で対策を取っていた。戦闘に支障はないだろうが、気は重い。
　帰還を果たせた後、分解整備は必須だろう。大海を泳ぐビッグホエールには、この恨みを存分に叩きつけてやる――そんなことを考えている泰孝の耳に、降下ポイント到着を告げるアナウンスが流れた。
「さてさて、八つ当たりがてら暴れて来ますかね……っと」
　深呼吸をひとつ、トスしたコインの裏表を確かめ、口の端を歪める泰孝。
　ゲン担ぎの結果はしかと心に刻んだ。当たるか否か、答えはすぐ明らかになるだろう。
「覚悟しろデカブツども。てめぇらの天下も今日限りだ」
「さあ、この海を取り戻しましょう。ルティア・ノート、出撃します」
　開放されたハッチへ吹き込む風を浴びて、５名の番犬は降下を開始した。
　沖縄の海で静かに蠢く、ダモクレスの強襲型魔空回廊を目指して――。

●二
　着水の衝撃を全身に受けて、海底へと潜水していくケルベロスたち。
　どこまでも澄み渡った紺碧の海は、深く静かで、そして美しい。
　バラストの重みに引かれながら、次第に視界が闇に包まれていく中、シルディはライトの灯を頼りに海底を凝視した。
（「見えた……！」）
　海底で微かに光を反射するドーム状のバリアを、彼の夜目は真っ先に捉える。
　太陽の届かない、水圧と低温の地獄。骨まで染みるような冷水をかき分けて、シルディは手にしたグラディウスをバリア目掛けて突き刺した。
（「広くて綺麗な海……身体の大きなクジラさんたちにとって、住処を奪われるのはきっと大変な事だよ」）
　海に生きる者達の嘆きを思い、シルディの心は痛んだ。
　デウスエクスにとって地球の生命体は、あくまで『収奪』の対象でしかない。ここを放置すれば、その被害はどこまでも拡大していく事だろう。
　故に、止めねばならない。今ここで。
（「壊して怖がらせて追い払っちゃうなんてダメなんだからね！　返してもらうよ！」）
　グラディウスの雷光が、回廊を穿ち貫いた。
　銛のように鋭く無慈悲な一撃に、衝撃の余波が荒れ狂う中、泰孝はジャンクアームに握る剣に２発目の叫びを注ぐ。
（「物資運搬ゴクロウサン、今まで十分にやってくれたようで」）
　ランプが照らす先、雷光を浴びて轟沈していくビッグホエールを見下ろし、泰孝は不敵に笑う。重力鎖を奪い、航路を封じ、地球に害をもたらす鋼のクジラたち。
　過酷な連続任務の休暇を、今この手でくれてやろう。
（「コソコソと潜んできたテメーらにゃ、暗い水底が似合いだ。復帰命令の無い永久休暇、海底待機を申しつけんぜ！」）
　バリアを隔てた先に、赤い爆炎が咲き乱れた。
　爆発の嵐は回廊を巻き込み、ビッグホエールの艦隊を蹴散らし、一切合切消し飛ばす。
　その光景を見下ろすのはマサムネ。彼は３本目の切先をバリアに突き立てて、おもむろに叫びを込める。
（「この星は、この地は、お前達が蹂躙していい場所ではない……わかるね？」）
　マサムネの目線が、回廊の中枢を狙い定めた。
　情けはない。容赦もない。この海は、デウスエクスがいて良い場所ではないのだから。
（「邪魔してもらっては困るな。退却願おうか！」）
　爆炎、そして雷光。
　重力鎖がもたらす嵐の如き猛攻は、海の中でさえまるで衰える事はない。
　ケルベロスの攻撃を浴び、海の藻屑と消えて行くビッグホエール。その光景を凝視して、翔は４度目となる攻撃をバリアへ叩きつけた。
（「綺麗な海を独占して、棲む生物を脅かし、おまけに資源まで盗んでいくなんて……このコソ泥が！　この海は誰のものでもねー！」）
　内に秘めた怒りを迸らせ、翔の口調が一変する。
　地球に居座る侵略者は、もはや一秒たりとも生かしておく訳には行かないと。
（「この海はな、てめぇら侵略者が好き放題していい場所じゃねーんだ！　クジラモドキのガラクタが、デカい顔して泳いでるんじゃねー！」）
　回廊に爆炎が咲き乱れ、大鎚で殴るような衝撃が翔を襲う。
　残るグラディウスは１本だ。ルティアは回廊の中枢をしっかりと狙い、最後の叫びを剣に込めていった。
（「ここはホエールウォッチングで有名な所だそうですね。ぜひ見てみたいものです」）
　何十年何百年もの昔から、この海で続いてきた自然の営み。
　それをダモクレスから取り戻すため、今ルティアはグラディウスを振り下ろす。彼女の心で煮えたぎる、あらん限りの怒りを込めて。
（「本物のクジラさんのためにも、出ていってもらいましょう！」）
　迸る雷光。轟く振動。
　５度目の攻撃が海底を蹂躙すると同時、突然バリアが消滅した。
　刹那、鎮座していた魔空回廊が、スモークに包まれながら崩落していく。
（「やった……！」）
（「ああ。破壊成功だな」）
　崩れ去った回廊跡を見つめ、得たりと頷く泰孝。
　機内で行ったコイントスの結果は『表』――ゲン担ぎの的中に喜ぶ間も惜しく、彼は力を失ったグラディウスを収納した。
（「さて行くか。帰るまでが任務だからな」）
（「うん。急ごう！」）
　回廊は壊れても、敵が全て討たれた訳ではない。
　頷きを返すシルディを筆頭に、ケルベロスはバラストをパージすると、ミッション地域を離脱するため浮上を開始した。

●三
（「光が見えてきた。もうすぐだよ、皆！」）
（「潜水病に悩まなくていいのは、有難い限りですね……！」）
　スモークに満ちた海水をかき分けるシルディに、翔がハンドサインを返す。
　ケルベロスの全身を締め付ける万力のような水圧は、次第に緩み始めている。しかし彼らの顔に安堵の色はない。それは同時に、魔空回廊の首魁との戦いが迫りつつある事の証左でもあるからだ。
（「気をつけて。敵が近づいて来ます！」）
　注意のサインと共にルティアが指し示した先、海底から浮上してきたのは、たった１体のダモクレス。強化版ビッグホエール――通常の任務で交戦する個体を遥かに凌ぐ、軍艦の如き巨躯の怪物であった。
『――……――』
（「来やがったな……！」）
　悠然と海中を泳ぐ姿は、さながら青海を牛耳る王者の如し。
　隊列を組み、中衛に着いた泰孝の頭上を、艦首から発射された光線が通り過ぎて行く。
　後衛を狙った凍結攻撃だ。シルディは全身が凍りつくのも構わず自然発火装置を起動し、バスターフレイムの炎をもって反撃の狼煙と為す。
（「気をつけて。あのクジラさん、クラッシャーだよ！」）
（「何が何でも逃がす気はねぇってか。上等だ」）
　ジャンクアームを無造作に叩いた泰孝が、飛び出たフェアリーブーツを装着する。
　妨害こそジャマーの華。火力に優れる相手なら、真っ先にそれを封じ込めるまでだ。
（「子供じみた遊びだが……コイツはちっと厄介だぜ？」）
　魔力で生成したトランプが、勢いよく射出された。
　泰孝の切り札がひとつ『sevens』。障壁で対象を覆い、攻撃を妨害するグラビティだ。
　巨大な土手っ腹に突き刺さるカード。そこへ乗じたマサムネが、呪わしい旋律でクジラの巨躯を包み込む。
（「神よ汝の子を哀れみ給え――」）
　グラビティを込めた歌声は、音の響かぬ水中でも力が減じる事はない。
　次第に動きを鈍らせ始めるビッグホエール。一方マサムネを庇ったローランダーは、光線を浴びた体を属性インストールで回復していく。
　その傍らでは翔が、ルティアが、一直線に敵への突撃を敢行した。
　時間制限付きの戦いでは、下手に守りに入っては逆効果だ。やられる前にやる――一切の防御を排した全身全霊の攻撃だ。
（「覚悟しやがれ、鉄屑に変えてやる！」）
（「燃え尽きなさい！」）
　鋼の装甲版が、翔の戦術超鋼拳で拳型に陥没した。
　傷口を狙ってルティアが突き出す一撃が装甲を貫き、内部機構を地獄炎で溶断していく。
『――……――』
　装甲を剥がれ炎上するビッグホエールは、しかし尚も怯まず。コバンザメ型のドローンが一斉に射出され、後衛のシルディに迫る。
（「甘いです……っ！」）
　トランプの障壁を掻い潜ったドローンを、身代わりに防ぐルティア。
　全方位からの破壊光線を浴びて傷だらけになった背中を、シルディは魔導金属片の蒸気で包み込む。装備の耐性で深手を免れたのは僥倖だったが、鋼鯨の火力は思った以上に高い。このまま攻撃を受け続ければ、長くは保ちそうになかった。
　更なる追撃を加えんと、光線砲の照準を後衛に向け続けるビッグホエール。
　だが、その刹那であった。
（「テメーの相手はオレだ。こっち向きな！」）
　泰孝が水流をかき分けて放つ虹色の蹴りが、鋼の鼻面を派手に叩く。
　海中を震わす怒りの咆哮。光線の矛先が泰孝へと切り替わった隙を見逃さず、マサムネと翔が蹴りの連撃をビッグホエールの腹めがけて叩き込む。
　後衛からはマサムネの流星蹴り。前衛からは翔のグラインドファイア。
　たまらず巨体を軋ませる敵へ、ルティアが憑霊弧月で更に斬りつけた。
『……　……』
　猛攻を浴び、毒に身を蝕まれながら、しかしビッグホエールは光線の攻撃を止めない。
　死なば諸共の覚悟ということか。ルティアは泰孝を庇い、氷の痛みに耐えながら仲間達へサインを送った。
（「あと一息です、畳み掛けましょう」）
（「母なる大地よ、その中心より溢れる力のひとかけを――」）
　真っ先に動いたのはシルディだった。
　詠唱と同時、翔を包み込むのはマグマのごとき真っ赤なオーラ。破壊力の増強をもたらす『ストライキング』だ。息を合わせて放つ泰孝の凍結光線がクジラを捉え、その巨体を厚い氷で包み込んでいく。
（「これで吹き飛べ、ダモクレス！」）
　悲鳴を上げる敵を狙い定め、マサムネが轟竜砲を発射した。
　精緻な狙いを定めた竜砲弾の一撃はビッグホエールの眼へと直撃し、巨大な振動で海中を揺さぶる。すかさずルティアは鉄塊剣に魔剣の権能を宿し、敵の懐へ潜り込んだ。
　敵は態勢を崩している。畳み掛ける好機は今を置いてない。
（「コード申請。使用許可受諾。……呪いの刃、受けてみなさい！」）
　呪いを込めた斬撃が、巨鯨の腹をジグザグに切り裂いた。
　燃え上がる炎。はじけ飛ぶ装甲板。そうして露出した内部機構に狙いを定め、翔は最後の一撃を構える。『カオティックマキシマムドライブ』――追尾性能を有する秘技は、絶対に獲物を逃がさない。
（「てめぇの肉片一つ……いや、魂まで残らず全て喰らい尽くしてやるぜ」）
　ライフルに装填した砲弾が、放たれた。
　グラビティの弾はビッグホエールの腹を突き破り、その心臓に楔を突き立てる。
　そして――。
（「消えちまいな！」）
　混沌の力が炸裂、敵の体を滅茶苦茶に食い破る。
　ビッグホエールは出鱈目な軌道を描きながら海中を悶え狂い、そのまま全身を爆散させて海の藻屑と消えていった。

●四
　ミッション地域を離脱してから程なく、海には平穏が戻り始めていた。
　怪物の棲家が打ち砕かれたことを、海の生物達も感じたらしい。潮流に乗って悠然と泳ぐ魚群に手を振りながら、浮上したケルベロス達は酸素で肺を満たす。
「重傷者ゼロ、グラディウスも揃ってるね。大金星かな」
「良かったあ。……ふうっ、地上の空気は美味しいなあ」
　マサムネの報告に胸を撫で下ろし、のんびりと海原を漂うシルディの横で、翔は達成感を湛えた顔で頷いた。
「残るはあと４つ……ですね」
　順調に奪還が進むダモクレスのミッション地域。地球からデウスエクスを一掃する、その理想に一歩近づいた実感を噛み締める。
「奴らのゲート所在地も、早く掴めると良いですが」
「だな。ま、オレとしちゃ水中にない事を願うばかりだ」
　冗談めかして笑う泰孝。
　ルティアは光の翼を広げて飛び上がると、遠方から飛来するヘリオンを確認した。
　どうやら帰還の時が来たようだ。
「任務完了。お疲れさまでした」
　どこまでも続く青空の下、吹き抜ける潮風は温かい。
　久米島近海を巡るケルベロスの戦いは、こうして幕を下ろすのだった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年7月28日 難度：普通 参加：5人 結果：成功！
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