香りの女王

作者:芦原クロ

 品種によっては8月の上旬まで花を咲かせる、ラベンダー。
 湖が近くにあるラベンダー園では、満開になり、清々しい色のラベンダーが丘一面に広がっている。
 香りの女王、と呼ばれるほど、ラベンダーはさわやかで優雅な香りを発する。
 観光客は、花の香りに心を癒やされ、鮮やかで美しい色のラベンダーに注目していた。
 謎の花粉のようなものが、1本のラベンダーにとりついたことにも、気付かない。
 唐突にラベンダーが動き出し、見る見る内に巨大化し、悪しきものに変わる。
 パニックになって逃げだす一般人を捕まえてはツルで締めあげてくびり殺し、無残な光景を残す。
 美しかったラベンダー園は見る影も無く、死体が連なり、大量の血で染まった。

「ラベンダーか。この園では、今が見頃のようだな。花の美しさと心地良い芳香から、香りの女王、ハーブの女王、と呼ばれるほどだ」
「今回は、そのラベンダーが攻性植物になるのよ」
 花の説明をする霧山・シロウ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0315)に、霧矢・朱音(医療機兵・e86105)がさくっとまとめた。
「霧矢・朱音さんの推理のお陰で、攻性植物の発生が予知で確認出来た。急ぎ現場に向かい、攻性植物の撃破を頼みたい。……放っておけば、多くの命が失われるだろう」

 敵は1体だけで、配下は居ない。
 一般人の避難誘導は、警察などが迅速におこなってくれる。
 なので、ケルベロスたちは降下後、攻性植物を迎撃すれば良い。

「湖ではボートの貸し出しや、釣りが出来たりするようだ。近くにカフェも有るので、冷たい飲み物をテイクアウトして、飲みながらのんびり釣りを楽しむことも可能だ」
 戦闘が終わった後に、一息吐くのも良いかも知れないと、提案する。
「……平和な日常と多くの人命を守る為にも、どうか撃破してくれ。あんたさん達にしか出来ない事だ、頼んだぞ」
 真剣な声で信頼の言葉を発し、頭を下げた。


参加者
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
霧矢・朱音(医療機兵・e86105)

■リプレイ


「とても綺麗な場所ですねー」
 静まり返った現場を訪れ、湖とラベンダー園の絶妙な組み合わせに、肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)は清々しい気持ちになる。
「戦いが終わってからですが、ボートに乗って釣りとか最高の贅沢ですね」
「そうね、とても楽しみね」
 和やかムードの鬼灯に、同意を示して微笑んで見せる、霧矢・朱音(医療機兵・e86105)。
「今の時期だと、何が釣れるんでしょう?」
 兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)も戦闘後は釣りを楽しむ気満々で、首を傾げる。
「専門の方々が居るはずだから、避難が解除されたら訊いてみるわね」
 朱音が頼もしい言葉を発し、紅葉はこくこくと頷いている。
 突如、和やかな雰囲気を壊すほど、その場の雰囲気が殺気に満ちたものに変わった。
 ゆっくりと這い出て来たそれは、4人を見るなり、殺気を更に濃くして接近して来る。
(「定命化していない子達に残された時間は少ないですの」)
 シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する悩める人形娘・e00858)は、この異形を説得するつもりだ。
(「ラベンダーの香りって、とても気持ちがリラックスするから好きよ」)
 でも……と、朱音は思考を続ける。
(「攻性植物になったからには、倒すしかないわね」)
 準備は良いかと、朱音は確認するようにメンバーへ視線を送った。
「敵を一般人の方へと向かわせない様に注意しておきましょう」
 紅葉の言い分も然り、4人は敵を包囲する形の陣形を組んだ。


「援護を中心としますね」
 鬼灯は地面に守護星座を描き、前衛の仲間たちを光りで包んで守護する。
「霊弾よ、敵に取り付き、その動きを封じなさい」
 回復支援は信頼する仲間に任せ、敵への攻撃に専念する、朱音。
 圧縮したエクトプラズムが大きな霊弾となり、敵に撃ち込まれた。
 不意打ちを食らった敵はけたたましく吠え、怒りに染まる。
 敵が攻撃に出る前に、紅葉は素早く飛び上がり、輝く軌跡を描いた飛び蹴りを、叩き込む。
「avertir……もう、あなたが暴れて人を殺しても意味はないですの……!」
 機動力を奪われた敵へ、ツルを絡めて締め上げながら、シエナは説得を試みる。
 シエナにとって攻性植物は愛する存在であり、今回は敵の保護を目的としてやって来たのだ。
 しかし敵は言語を解さず、シエナの説得に応じる気配も無い。
 ただ、目の前の者たちを殺す。
 それだけが存在意義とでもいうように、ツルをしならせ、紅葉を目掛けて伸ばす。
 確実に庇える立ち位置に居たシエナは紅葉を庇って負傷し、敵はそんなシエナを締め上げる。
 捕縛の状態異常になった仲間を、優先して治癒すると決めていた鬼灯は、迅速に強引な緊急手術を行ない、シエナの負傷を完全に回復した。
「貴方の相手はこっちよ」
 体勢を立て直す為に、敵を攻撃し、注意を惹きつける朱音。
「綺麗な弧の斬撃を、受けてみなさい」
 月のごとく、ゆるりと弧を描く斬撃。
 紅葉は隙だらけの箇所を、的確に切り裂いた。
「Ecoutez……大阪城のゲートは壊されてしまったですの」
 シエナは敵に語り掛けながら、ヴィオロンテを捕食形態に変形させ、敵を食らい、毒を注入する。
 敵は反撃に出て、光を集め、灼熱の破壊光線を放った。
 光線が直撃した朱音は後方へ吹っ飛ぶが、すぐに地に足を伸ばしてブレーキを掛け、耐え忍ぶ。
「霧矢さん、直ぐに回復しますね」
「ありがとうね。助かるわ」
 鬼灯の表情がほんの僅か、険しくなったように見える。
 基本的に他者には心の壁を作る鬼灯だが、朱音は同じ旅団の仲間なので、壁は薄い。
 はらはらしながら紅葉が視線を送る中、鬼灯の素早い回復行動により、負傷を癒やされた朱音は、恐れずに戦場に立ち直した。

 攻め、時には守り、サポートや回復もこまめに行なう。
 人数の少なさを、策で補っていた。
 鬼灯は味方を守護する魔法陣を描き、敵からの高威力のダメージを優先して抑え、回復が追いつくように、癒アップの効果を付与するのも忘れない。
 紅葉が敵への攻撃に専念することで、敵は怒り狂って反撃し、結果的に鬼灯が標的にされるのを防いでいる。
「貴方にはBSを付与し続けてあげるわね。……周囲の地面ごと、貴方を叩き潰してあげるわ!」
 強靭な腕力を活かし、敵を地面へ叩き潰す、朱音。
 戦闘を有利に進めようと、朱音も攻撃と共に、敵に状態異常をどんどん重ねてゆく。
 シエナは――。
「Souhait……わたしを宿主として、暴れるのをやめて定命化を受け入れて欲しいですの」
 敵がどれ程の敵意や、殺意を向けて来ようとも、シエナはヴィオロンテ達と一緒に、最後まで説得を諦めずにいた。
 だが既に、敵はラベンダーに寄生した身。
 他の誰かに寄生し直すことは出来ない。
 そして敵には、攻撃され続けた怒りと殺意しか無く、味方になど到底なり得ない。
「もう、終わりにするわね。……このナイフで、貴方のトラウマを想起させてあげるわ」
 平和的な解決を常に望む節がある朱音は、シエナの気持ちが分からないでも無い。
 けれど、ここで倒さなければ多くの命が脅かされる。
 朱音はナイフを強く握り締め、決意を固めた。
 ナイフの刀身に敵のトラウマを映して具現化し、精神的にも肉体的にもダメージを与える、朱音。
 朱音と視線を交わし、頷く紅葉。
「竜砲弾よ、敵の動きを止めなさい」
 トドメを刺す役を請け負い、紅葉は竜砲弾で敵を木端みじんに吹き飛ばす。
 吹き飛んだ部位は消え、敵は完全に消滅した。


「triste……ラベンダーの仔を弔いますの」
 シエナは1人、空を見上げていた。
 紅葉と朱音は彼女を気にかけるも、1人にさせてあげたほうが良いと判断し、周囲の荒れた箇所をヒールで修復し始める。
 戦闘音が無くなった為、一般人の避難も解除され、観光客やスタッフが戻って来た。
 近くのカフェに寄り、紅葉はオレンジジュースを。朱音はアップルジュースを。
 2人とも冷たい飲み物をテイクアウトし、ボート乗り場に向かう。
「魚釣りをされるみたいなので、ご一緒させていただきます」
 ボート乗り場で待機していた鬼灯は、のんびりと一緒に過ごす仲間が出来たことに、喜びを感じている。
 乗り場に居たスタッフから、釣れる魚を尋ねてみると、美味しいアジやイワシ、サバにカサゴやメバルが釣れるという。
 釣った魚は、近くの施設に持って行けば調理してくれるとの事だ。
「魚釣りをしながらラベンダー園を眺めるのも素敵ですね」
 ボートのオールを漕ぎながら、鬼灯は咲き誇るラベンダーを眺める。
「霧矢さんは地球に来てあまり経ってないので、景色も楽しんでもらえたら……」
 純粋に仲良くなりたい一心で、景色を共に見ようと、鬼灯が朱音へ視線を移す。
 圧巻の美しさを誇るラベンダー畑と、綺麗で静かな湖。
 景観を眺めている美しい朱音に、視線が釘付けになり、言葉が途切れる。
 金色の髪がさらりと風に揺れ、ほのかに漂う、ラベンダーの香り。
 思わず少し見惚れていると、朱音は視線を鬼灯に移し、柔らかく微笑んだ。
「とても綺麗ね」
「そうですね……」
 ほんの僅か、声がうわずりそうになる、鬼灯。
(「ラベンダーの花って、この季節は綺麗ですよね。香りも素敵ですので、私も大好きです」)
 紅葉はなんだか良い雰囲気の2人を横目に、胸中で思うだけにした。
 さあ、と。朱音は釣り竿を振るい、ルアーを水面に投げる。
「どんな大物が釣れるか楽しみよ」
 アップルジュースを飲みつつ、のんびりと釣りを楽しむ、朱音。
「この場所ではどんな魚が釣れるのか、楽しみですね」
 紅葉が朱音に話し掛けていると、すぐにウキが沈み、釣り竿が引っ張られた。
 悪戦苦闘の末に、紅葉が釣り上げたのは、タコだった。
「この奇妙なものが何なのかは、置いといて。おめでとうね」
「タコが釣れました!」
 朱音の賛辞に、紅葉は大いに喜ぶ。
(「平和だなぁ」)
 ほのぼのとしたやり取りに、魚釣りを楽しみながらそう考える、鬼灯だった。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月25日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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