9月に植えた苗や種も、すっかり育った。カリフラワーやブロッコリーは入道雲のように膨らんで、春菊はわさわさと茂り、ダイコンも土の中で逞しさを増してきている。きっと食べきれない程収穫できるだろう。
(「ご近所さんにも分けてあげましょ」)
桂木順子は収穫を楽しみにしつつ、貸し農園にこしらえた自分の畑に水を撒いた。
順子の視線が、ふとブロッコリーの葉っぱにとまった。葉肉を失い針金細工のように葉脈だけが残っていたのだ。
「あらやだぁ」
葉肉を消滅させた犯人は逃げもせずに現場にいた。それどころか現行犯で隣の葉っぱを盗み食いしている。青虫達だ。
「ごめんなさいねぇ」
ブロッコリーの葉っぱを食すつもりはないが、生育に関わる。順子は割り箸で青虫をつまんで、地面に落として踏み潰した。
ブーン!
突如、順子は背後からけたたましい羽音を聞いた。順子の周囲が日陰になった。
「え……」
振り向いた順子。視界に捉えたのは、巨大な甲虫の姿。
しかしそれも一瞬で。甲虫が口から放出したゴム状の物質が、順子の全身を包み込んだ。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がいつものようにケルベロス達を集め、説明を始めた。
「近頃、知性の低い……ですが戦闘能力に優れたローカストが、地球に送り込まれています」
調査ではなく、グラビティチェインの奪取を目的としているようだ。
「その中に、渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)さんの情報通り、全身が硬い外骨格で覆われた個体がいました。今回、桂木順子さんという50代主婦の方がそのローカストに襲われる事件が発生してしまうようです。皆さんに、撃破をお願いしたく存じます」
ローカストは順子を巨大なゴムのような物質で包み、ゆっくりとグラビティチェインを吸収するようだ。
捕われてもすぐに死んでしまうことはない上、ケルベロス達が順子の捕獲前に現れてしまうと、ローカストが警戒して標的を移してしまうかもしれない。突入は順子が捕獲された後にするべきだろう。
「敵ローカストは一体です。カブトムシのような角と羽をもち、顔面部以外の全身を硬い外骨格に覆われています。角を突き刺してアルミを注入する攻撃、鎌状のアルミで切り裂く攻撃、アルミの牙で噛みつく攻撃が得意のようです」
動きは鈍重だが、硬い外骨格で防御しながら強力な近接攻撃で反撃してくるだろう。
「時刻は昼。現場は東京都練馬区にある貸し農園です。土地を間借りしている人達の野菜畑が広がっています」
避難勧告が出されるため、順子以外の人はいないだろう。
「知性は低くとも、虫を殺された事に憤りを覚えているのでしょうか……。怒りのままに行動されては、大変危険です。みなさん、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) |
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405) |
不知火・梓(不惑に足がかかったおっさん・e00528) |
ランディ・ファーヴニル(酔龍・e01118) |
今川・義兎(頭壊ロード壱のドン引き・e01694) |
外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362) |
八島・トロノイ(あなたの街のお医者さん・e16946) |
ヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318) |
●潜伏
住宅と貸し農園の境界を成すブロック塀の影に、ケルベロス達は潜伏していた。
「農園とローカスト、か……。俺も他人事じゃねェな。条件が同じならこっちを狙ってこいってモンだが……」
デザインと風通しのために施された空洞から貸し農園を覗き込み、ランディ・ファーヴニル(酔龍・e01118)は自身の菜園を思い起こしていた。
「連中も本能で、狩れそうな相手に対する嗅覚はあるンだろうな……。その後のリスクまでは視野に入ってねェのか、数撃つ戦術か……指揮官でもとッ捕まえねェと分からんか……」
あらゆる可能性が否定出来ないが、そうだとすればまるでブラック企業みたいだ。指揮官は遠くレギオンレイドだろうか。
思案顔のランディの横で、フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)もまた無口に思案していた。
「(やれやれ……また害虫駆除か。虫自体は平気なんだが、デウスエクスになるとなあ……。それにしてもこいつら、虫がいるところに必ずと言って良いほど現れるな。やはり虫が何処にいるかわかったりするのだろうか)」
すでにローカスト退治は繰り返してきたのだろう。思考は玄人的だ。静かに、落ち着いた様子でじっと時を待っていた。
「日常の何気ない一瞬をぶち壊すなんて許しがたい野郎だ。ったく、めんどくせえけど、害虫はさっさと駆除するぜ」
と気だるげに言い放つのは外木・咒八(地球人のウィッチドクター・e07362)だ。
凄絶な過去を持つ者も多いケルベロスの例に漏れず、苛酷な環境と不治の病を経験した咒八には、何気ない日常が美しく映るのかもしれない。めんどくさそうにしながらも、見過ごす気などないのだろう。
「害虫……無農薬故に虫が付くのは致し方ないが、潰さずとも良かろうと余は思うでおじゃるが……」
その寛容さは隠し切れない高貴の一部なのか。今川・義兎(頭壊ロード壱のドン引き・e01694)は、農家でない余の思考を押し付ける気は無い、とばかりに語尾を弱めた。
「因果応報とまで申さぬが、グラビティを虫に奪われるのを見てるだけも、雅では無いでおじゃるぞよ」
それでもローカストを許すわけにはいかない。雅な拳をぎゅっと丸めた。気概は十分だ。
各々が気を引き締める中、やがて羽音が空に響いた。そして予知は現実となり、ローカストは順子をゴム膜に閉じ込めた。
●救出
不知火・梓(不惑に足がかかったおっさん・e00528)の口元から長楊枝が吐き捨てられた。それが意味するのは、戦闘の開始に他ならない。
ブロック塀の陰から、ケルベロス達が一斉に飛び出した。背を向けるローカストに、速やかに静やかに駆ける。
先鋒を務めたのは、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)だ。
「(行くぞ……! 恐くない、怖くない……)」
感覚が鋭敏なのか、動物的直感か、ローカストは振り向く。レオナルドと目が合った。
「(怖い!)」
レオナルドの筋肉は恐怖にわなないたが、立ち向かうその足は大地を蹴り続け、最高速度のままにローカストの元へと達した。
「怖くない! 狩るのは、俺だ!」
振りぬく一撃は、獣王斬。湧き立つ刹那の勇気。白炎の幻影につつまれたその姿は獲物を狩る獣王だ。頭部を狙った斬撃はローカストの振りかざした左腕に阻まれるも止まらず、胸から腿までを斬りつけた。
「楽しませてもらおうかねぇ」
ほぼ同時に着弾した御霊殲滅砲は、少し距離を置いた梓によって放たれたものだ。戦いの空気を愛酒とばかりに味わうような高揚気味の声ではあるが、一般人の一大事に際して楽しむ事への罪悪感に似た感情がほろ苦かった。
間髪入れずに襲いゆくのは、遠距離からの精神狙撃。
ランディの混沌刀の刃紋が怪しく光り、記憶の溶解炉からトラウマを引き出し――
「動くな」
――連なる漆黒の気配はフェアラートの殺意の魔眼であり、ローカストを射竦める。
「青蓮華は再現せり龍脈より咲き誇らん」
次いで萌すは高雅の気。パン、と義兎が両手を合わせ、気を装填した。すぐさま大地へと振り下ろされた拳が、横溢した気を龍脈へ送り込む。
すると間欠泉のように吹き出た青い水晶の蕾が、ローカストの足元へ襲いかかる。さらに水晶の花弁が開かれ、刃となって切り刻む。
余計な思考がないことは時に強みとなるのだろう。ローカストに混乱はなく、あるがままを受け入れていた。攻撃を命じる本能。埒のあかない遠距離攻撃に対し、ローカストは外骨格に物言わせ強引に進撃する。
水晶の花弁が戦場を彩る中、咒八は極限まで精神を集中させた。サイコフォースが内側からローカストの躰を焼き、花弁によって描かれた傷跡から、桑茶色の汁が滴る。
しかし咒八の眼前にはローカストがにじり寄っていた。凶暴な衝動のまま、その手は鎌状に研がれている。
「……っ!」
咒八は危険を感じ身を捩るも、回避を許さぬ圧倒的な速度で鎌は走り、咒八の体を捉えた。豪然とフルスイングされた一撃に、咒八の体は最後方まで吹き飛んだ。対しローカストの体は、癒えていく。
そこに切り込むのは、ビハインドのアレク。その傍らには、すでに前線支援として霊力を帯びた紙兵が展開されていた。
「でかいカブトムシだな……おとなしく蜜でも吸っていればいいものを! かかってきな! 害虫駆除の時間と行こうぜ!」
ローカストを挑発し、順子から気を背けようとするその声は、紙兵とアレク、両者の主であるヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)のものだ。
ローカストの反応はない。言葉を理解する程の脳すらないのだろう。しかしこの期に及んで順子を気にする程の脳もないようで、ローカストはケルベロスばかりを睨みつけていた。
「ベル!」
八島・トロノイ(あなたの街のお医者さん・e16946)の一声で、ベルがつぶらな瞳をかまぼこ形にしてローカストに駆け、ソードスラッシュで立ち向かう。
――全ての猛攻が、トロノイによる順子救出へのサポートでもあった。
さりげなく移動した梓が、順子とローカストの間に立ち守っている。仲間の協力で作られた安地へとトロノイは走り寄り、そこに横たわる順子の入ったゴム塊を抱え上げた。
「んー! んー!」
視界までゴムに覆われている順子は、トロノイの肩上で青虫のように体をくねらせた。
「おっと安心しな。助けに来ただけだ」
ケルベロス達の最後方、最も安全な場所まで運び終えると、トロノイはキラースマイルを浮かべて言った。
「怪我はないか?」
ゴムに包まれた顔面部分が、しきりに首肯した。応急処置の必要はないようだ。
「それは良かった。じゃあ、少しだけ大人しく待っててくれ。生かすために、殺す」
生かすのは人、殺すのは虫。たとえローカストが昆虫族としての敵討ちで動いているのだとしても、人類だって譲れない。
トロノイは白衣を翻して、戦場へ向き直った。
●戦闘
「……ったく、馬鹿力も大概にしろよ」
咒八は痛みをこらえつつ飛び起きた。痛々しい傷が残る。同じ一撃を連続で受ければ、どうなるものか。
すぐさまトロノイが駆けつけ、ウィッチオペレーションを施した。
「頭を狙いましょう!」
レオナルドは吹き飛んだ咒八を見て震えを増すも、鎌先はブレずに敵へ向き続ける。頭部を狙った雷刃突は、右腕に阻まれるも腕部を覆う外骨格に、亀裂を入れた。
「腕がなんとも邪魔だなぁ」
梓が言う。腕を頭部を庇うように上げ、ローカストは猛攻を凌ぎ、ケルベロス達ににじり寄ってくるのだ。
「っらあ!」
しかし猛攻に混じったランディの雷刃突がレオナルドの作った亀裂を広げ、右腕の外骨格が欠けた。
それに対し感情的に突き出されたローカストの鋭い角が、ランディの眼前へと迫る。衝撃を覚悟し歯を食いしばったランディに、しかし痛打は訪れない。
盾となったのは、角とランディの間に差し込まれたヴォルフラムの身だった。
庇うと同時、グローブをつけた手はしっかりと破鎧衝を叩き込みつつも、角はしたたかにヴォルフラムを穿つ。破城槌のような刺突が、同時にアルミを打ち込んで、ヴォルフラムは体が硬質化するのを感じた。アレクが主人を庇うように、超常現象でローカストへ怒りを向けた。
グラビティの効果によって一部の外骨格が欠け、戦況は加速した。
硬さの残る左腕で庇えるのは一方向。レオナルドの言った通りに合図を掛け合い、協調の元多角的な攻めを行えば、切っ先が顔面部へと届く事は珍しい事ではなかった。もし思考が働くのなら、鎌攻撃による吸収回復が、欠損した外骨格までは修復しない事を惜しまずにはいられないだろう。
義兎のホーミングアローが関節部を的確に射止め一時の隙間を作れば、すかさず飛来した咒八のスターゲイザーが顔面へめり込んだ。
硬質化していく体をなんとか動かしてヴォルフラムがスターゲイザーを防御させれば、反対方向からやってきたベルがソードスラッシュでローカストの顔面に傷を描く。
ローカストの表情は変わらずとも、弱っていく確かな手応えを感じる。
命の底が仄見えた。
順子のためにも早々に倒す……ケルベロス達の思いは重なった。
試製・桜霞一閃――梓が斬霊刀を正中に構え、剣気を注いでいく。
「これで、終わりだ!」
タイミングを見て、首を狩ろうとするレオナルドの鎌。ローカストはそれを左腕で受け止めた。ともするとそれは逆であり、レオナルドが受け止めさせたのかもしれない。
「動くな、喋るな、表情をあらわにするな」
その鎌と待ち合わせていたのは、冷然としたフェアラートの声と二対のチェーン。金属の冷たさを突きつけながら、ローカストの首元へ這っていく。
「我が剣気の全て、その身で味わえ」
梓の方では、注がれた剣気が刀へ充溢した。渾身の一振りにより、剣気を込めた斬撃がゆっくりと泳ぎ始める。
「4番目を選んだな。芥に消えゆけ、害虫が」
フェアラートのチェーンが首元を締めあげ、ローカストから地面を奪う。豪快に観覧車のような放物線を描き、角を大地に突き刺しながら顔面を何度も叩きつける。
そこへゆっくりとやってきた斬撃が、合流する。ローカストの体に抵抗なく浸透した。
チェーンが解かれたその時、ローカストは大量の血を吐いて痙攣した。浸透した剣気が弾け、心臓に千刃の桜が咲き誇ったのだろう。
その桜はすぐに散る。命を散らす役目を終えて。
●結
梓がシガレットケースから長楊枝を取り出して口に咥えた。それが意味するのは、戦闘の終了に他ならない。
ローカストの体は、高速で分解されるように砕け、土へ還っていった。
残る仕事は……と、順子の元へ、ケルベロス達が集まった。
「まったく、災難な目に合ったもんだな」
「今、解きます」
レオナルドが固定し、咒八とヴォルフラムが中を傷つけないよう細心の注意を払いながら、ゴムを切除した。
「……無事か?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうねぇ。なんてお礼を言ったら良いのやら」
心底安堵する、順子。
「もう大丈夫だ、しばらく休んでな」
念のためにと、ヴォルフラムが順子に気力溜めを施した。
ゴムに包まれていた時間は短かったため、順子は疲労感に苛まれている程度で済んだようだ。
トロノイが眼球を視診しても、特に異常は見られなかった。
「問題ないな。だが今日は念のため、安静にしていたほうがいいだろう」
そう言って、キラースマイルを再び見せつけた。
ランディはその一方、貸し農園を歩きまわって、商用には回らない家庭菜園ならではの畑を、興味津々と見学していた。先程までの戦いが嘘のように長閑だが、戦いの影響で少し潰れてしまった野菜もあったようだ。
「そうだ、そこにハサミあるでしょ。そうそれ。あんたちそれで切って、うちの畑のモン、貰ってっておくれよ」
順子は閃いた。
「いいのか?」
「もちろん。助けて貰ったんだ、お礼ぐらいさせとくれよぉ」
「なら、是非」
そう言い交わすと、フェアラートは春菊やブロッコリーを収穫していった。無表情な割に手が早い。喜んでいるのかもしれない。
そうして……ビニール袋いっぱいの無農薬野菜と共に、ケルベロス達は帰還していった。
作者:由川けい |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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