●こどもたち
大阪城の周辺地域、ある廃墟の内部にて。
大勢の小柄な人影が、統制のとれていない歩調で、ふらふらと歩き回っていた。
彼らは皆、年端の行かぬ子供。十歳前後の少年たち――正確には、その死体を苗床とした攻性植物。ファンガスの群れである。
「…………」
白い菌糸に覆われたその体には、もう、人間としての意識は宿っていない。
それでも、あてもなくさまよう彼らの姿は、家族を探す迷子のようにも見えた。
●ヘリオライダーは語る
「ユグドラシル・ウォーの勝利、お見事です」
白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は賞賛の言葉を口にする。だが、彼女の表情は硬い。
「逃げ散った多数の敵については、現在も探索を続行しています。皆さんには、まず、大阪城周辺に残った敵の撃破をお願いしたいと思います」
今回の作戦で対象となるのは、ファンガス。攻性植物である。
「……どうやら、大阪城内には、大阪市民の遺体が貯蔵されていたようなんです。それも、目的別に分類されて……」
牡丹は一度、まぶたを伏せた。
それから、目を開け、ケルベロスたちを見る。
「その遺体がファンガスの苗床になっている現状は、見過ごせません。どうか、倒してきてください」
牡丹は小型のホワイトボードを取り出し、書かれた文を見せながら説明する。
「ファンガスの群れは、50体」
数が多い。総力戦になる前に数を減らす工夫があると、楽になるかもしれない。
「それらは全て、十歳前後の少年の遺体を苗床にしています。会話は不可能ですが、元となった遺体の特徴や習性が多少残っているようです」
つまり、『家族のふりをしておびき寄せる』、『十歳前後の少年が興味を持つようなおもちゃなどで誘導する』などが有効であると思われる。
「ファンガス撃破後の遺体は、戦闘終了後に、ヘリオンなどで輸送する予定です。警察の方に調査していただいた後、ご遺族の元に戻すことになるでしょう」
最後に牡丹は、こう締めくくる。
「……可能なら、で良いのですが。遺体は、あまり損壊させないようにお願いします」
「わかったわ。あたしたちに、任せておきなさい」
小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)が、ギターを背負い直し、強い口調で言い切ったのだった。
参加者 | |
---|---|
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542) |
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288) |
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653) |
フォレス・カルスト(緑色の鹵獲術士・e38072) |
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807) |
●安らかに
「…………」
廃墟内部の床にゲームカードを並べてゆく、フォレス・カルスト(緑色の鹵獲術士・e38072)。彼は静かに殺気を放っていた。
念には念を入れての、殺界形成による人払い。……果たして、それだけだろうか。
いずれにせよ、フォレスの表情はいつもどおりだった。普段と同じく、穏やかな笑顔であった。
彼は続いて、携帯ゲーム機を床に置き、起動する。数年前に流行っていたゲームソフトのタイトル画面が表示され、BGMが静かな廃墟に流れ出した。
「……ただの捕食を超えたこれは、私たち『悪』より酷い、外道の所業ね」
自ら悪を名乗る、ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)が呟いた。
悪にも道はある。これは、その道すら外れた行いだ、と。
(「一体、何の咎があれば斯様な所業を課されるというのじゃ」)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は、瞳を閉じ、じっと思案に耽る。
(「――ましてあの子らには何の咎もなかろうに」)
括は目を開けた。その目は、深い杜を思わせる緑色。
「来るわよ」
小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)が囁く。その視線の先には、ゲーム機やカードにゆらゆらと近づいてくる、5体のファンガスの姿があった。
「……」
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)は、静かにサングラスを着けた。
視界を変え、精神的な負担を軽減する目的である。
(「どうか、彼らに安らかな眠りを」)
彼はポケットに手を入れた。中の、月を模したガネーシャパズルに触れ、そっと祈る。
「最近、猫の葬式したから、わかりますよ……」
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)は、静かな口調で独りごちる。
「それは……遺された者たちが自らの気持ちに決着をつけるためにある……」
真っ直ぐに、刃蓙理はファンガスを見据える――否、少年たちの遺体を視界に捉えている。
「返してもらいますよ……」
彼女のフェアリーレイピアの剣先から、花の嵐が放たれ、ファンガスたちを包んでいった。
●誘引の作戦
全員で戦闘を仕掛け、ケルベロスたちは、まず5体のファンガスを撃破した。
「次の手ね」
ファレは着ぐるみを着込む。大阪のスポーツチームのユニフォームを着た、動物のマスコットの着ぐるみだ。
慎重にファレは歩み、ファンガスたちがいそうな方向へと進んでゆく。
そこにいたファンガスが、ファレの方へと視線を向けた。
ファレは手を振り、跳び回り、ポーズを取って、ファンガスの気を引きつける。
やがて、ファレはゆっくりと後退しながら、6体のファンガスを伴って、仲間の元に戻ってきた。
「よくやったのじゃ、ファレ」
括が言う。彼女の足は獣化し熊のものとなり、重力を宿した高速の一撃をファンガスへと放った。遺体の損壊が小さくなるよう、留意しながら。
ファレはダイナマイトモードを発動し、着ぐるみ姿から悪の女幹部装束へと姿を変える。
「さあ、良い子のみんなはおねんねの時間よ」
その振る舞いも、悪の女幹部……だが、子供相手なので、ソフトな言葉だ。
白い菌糸に覆われたその姿に、ファレは嫌悪感を抱かない。ごく普通の子供に対するように、ファレは接していた。
やがて、ファレが誘引してきた6体のファンガスも倒れる。ファレは遺体が戦いの中で踏まれないよう、少年たちの遺体を後方に運んでおいた。
「次は、あたしね」
蜜姫が前に出る。
ケルベロスたちがとった作戦は、各自が順番に様々な誘引手段を試し、少しずつファンガスを釣り出すというものであった。
蜜姫もその一人として、『ヘリオライト』を演奏することになっている。なお、グラビティではない。
「ヘリオライトが僕を照らすように 君の未来へ届くように 強く光を放てたら」
蜜姫のギターがメロディを奏で、明瞭な声音で歌声が紡がれる。
ほどなくして寄ってきたファンガスは、3体。
ケルベロスたちは、遺体を損壊しにくそうな手段を選び、ファンガスに攻撃を加えてゆく。
例えば、刃蓙理はフェアリーレイピアに霊体を憑依させ、刺突を繰り出した。また、ピジョンのテレビウム『マギー』は、顔からぴかぴかと閃光を放った。
遺体は極力傷つけない――全ては、少年たちの遺族の悲しみを抑えるために。
●帰ろう
「ここまでで、14体……」
倒したファンガスの数を数えて、フォレスが呟く。
「少数ずつ釣り出す作戦は、上手くいっているようじゃな」
括が言う。ファンガスとの戦闘を繰り返しているにもかかわらず、ケルベロスやサーヴァントの損耗は、比較的、軽微だ。
「次は僕が行くよ」
マギーを連れて、ピジョンが歩み出る。
「マギー。頼んだよ」
ピジョンのその言葉に、マギーがこくんと頷く。その顔……テレビ画面に映し出されたのは、アニメ動画だ。
少年が好みそうなロボットアニメの、オープニング映像と主題歌が流れる。
やがて、ゆっくりと集まってきたファンガスは、8体。
「少し多いですね……分断しましょう……」
闇を纏った刃蓙理が、あらかじめ用意しておいた、無線操縦のオモチャの飛行機を操作する。
「まぁ……遊んだことないんですけどね……レバーを右に倒せば右に行くんですよね……?」
飛行機は、危なっかしい動きながらも墜落することなく飛行し、8体のファンガスのうち、3体の気を引いた。
気を逸らせたのは1分ほどであり、5体を倒しきる前に3体が戦闘に合流してきたものの、ケルベロスたちにはまだ余裕がある。
「……さて」
ピジョンは一度、サングラスを外した。それから、ファンガスたちがいそうな方向へと歩んでゆく。
地球人であるがゆえの隣人力を発揮し、ファンガスに言葉を向けた。
「まったく。こんな時間までどこに行ってたんだ?」
……その声に気づいて、姿を現し、ふらり、と近寄ってくるファンガスが、6体。
「さあ、帰ろう」
安心させるように、穏やかな声音で呼びかける……父親のふりだ。
「ァ……アァ……」
ファンガスの口から、意味のある言葉は発せられない。
けれど、少年たちの遺体の口の端が、安堵の笑みを浮かべるように吊り上がっているのを、ピジョンは、サングラスなしの視界で見た。……見てしまった。
●ごはんだよ
6体のファンガスを倒し終え、ケルベロスたちは次の誘引方法を試すことに移っていた。
「……ふぅむ」
括は手元の甲虫王を見つめる。一度場に放ち、手元に戻したところだ。
「駄目じゃったか。黒くて小さいから、目立たなかったのかのう」
少年が好きそうな甲虫の形のもので気を引くのは、決して悪くなかったはず。けれど1体も誘引されなかった理由を、括はそう推察する。
「ならば、これの出番じゃな」
括は携帯用ガスコンロを床に置き、点火。その上に、カレーの入った『でっかいお鍋』を置き、温め始めた。
犠牲者はあまりに多く、特定して名を呼ぶのは不可能であった。それでも、括は為すべきことをなすために、懸命にカレーをかき混ぜる。
(「終わらせねばならぬ。なんとしても、帰さねばならぬ。……あの子らを、家族の元へ」)
カレーの良い香りが場に漂い始めたのを見計らって、括は割り込みヴォイスを使用し、声高らかに叫んだ。声が震えぬようにと、祈って。
「ごはんだよー!」
しん、とわずかな静寂の後、いくつもの足音が近寄ってきた。
姿を現したファンガスのその数は、10体。
「これは、また多いですね……分断します……」
刃蓙理が言い、サッカーボールを取り出した。
「王道をゆくリフティングですかね……まぁ、やったことないんですけどね……あっ」
あらぬ方向へと飛び、ぽん、ぽんと転がった刃蓙理のサッカーボールに、1分ほど気をとられたのは、10体のうち3体。
敵の数は多く、ケルベロスやサーヴァントたちの負傷も積み重なり、楽な戦いではなくなってきた。それでも、予定どおりに、順調にファンガスの数は減らせていた。
●総力戦
「まぁ、野球もやったことないんですけどね……投げればいいんですよね……?」
刃蓙理は野球ボールを投げる。ころころと床を転がったボールに寄ってきたファンガスが、2体。
これを倒したところで、フォレスが廃墟の奥の方向に視線を向けた。
そこには、10体のファンガス。残りの全戦力である。
「デュオ」
フォレスはウイングキャットへと呼びかけて、共に中衛へと並び立つ。
総力戦の始まりである。
「耐えきらないと……」
ディフェンダーとしての役目を果たすため、刃蓙理が選んだ行動は、自分へのヒール。
「二度と……振り向かない……!」
屈んで地面に触れ、掌から大地の恩恵を授かる。『Higher Ground』、彼女本来の能力だ。
(「刃蓙理は大丈夫そうだねぇ、それなら」)
ピジョンは魔法で生み出した針と銀糸を構えた。見据えた先には、もう片方のディフェンダーである、マギー。
「時が戻るように再現し、再生せよ!」
マギーの傷口を縫い合わせる、『ニードルワークス奥義』。マギーは画面に、感謝の笑顔を動画で表示した。
続けてマギーはファンガスに向き直り、フラッシュを発する。怒りをもたらし、攻撃を自らに引きつけるべく。
「ひとふたみぃよぉいつむぅなな。七生心に報いて根国の縁をひとくくり」
括が持つ、白百合の銃剣がついた拳銃が火を噴く。御業を込めた六発の弾丸は、六体の分身となる。その分身たちと連携し、括は銃弾で陣を描く。
(「攻性植物は討ち滅ぼさねばならぬ。あの子らを死してなお傷つける咎を許してほしいなぞとは、言うまい」)
それでも為さねばならぬ、と。括は、符を銃把に貼り固めた古式輪胴銃から、一発の弾丸を放った。葦原に害為すファンガスが、生命を削り取られ、少年の遺体がその場に倒れ込む。
「……」
括は動揺を抑える。過去の経験を思い出すことによって。
フォレスはいつもどおりの笑顔のまま、廃墟の床へと、魔法の霜の領域を展開。ファンガスたちを貼りつかせることで、自由を奪う。足止めになる上に、遺体の損傷も抑えられる攻撃手段だ。
デュオは清浄の翼を羽ばたかせ、邪気を祓う力を仲間たちに与えてゆく。
ファレは、倒れている遺体を踏まないようにしながらファンガスの1体に接近すると、ためらうこともなく、優しく抱き締めた。
彼女は、触れた場所から、グラビティ・チェインの崩壊をもよおす魔力波を送り込む。
この『重力震壊』は地味なグラビティだが、遺体をほとんど傷つけなくて済むことが、今のファレにはありがたく感じられた。
「おやすみなさいね」
力を失った少年の体を抱え、ファレは後方に戻る。
「ウゥ……アァ」
ファンガスたちが、動く。
あるものはファンガスの菌糸を捕食形態へと変化させて括を喰らおうとし、またあるものは地面と融合し戦場を侵食して、フォレスとデュオを襲った。
それらの攻撃から仲間をかばった刃蓙理やマギーは、耐えきる。ヒールを怠らなかった成果だろう。
「無事よね!?」
蜜姫もまた、『ブラッドスター』の演奏によって前衛の仲間を癒やした。
グラビティが飛び交い、ファンガスは一体また一体と倒れてゆく。
「――理不尽に命を散らされた者達よ」
わずかに残った瀕死のファンガスを見据え、フォレスは詠唱を開始する。
デウスエクスに殺された人々の、無念の残留思念に、触れる。
「悪意ある者の行いを止めるため、今こそ、その無念をぶつけよ!」
召喚されるのは、亡霊の幻影。その怨念が自分に返ってこぬよう、フォレスは耐える。
この『忌まわしき亡霊の召喚』によって呼び出された亡霊たちは、ファンガスへと取り憑いてゆく。
残っていたファンガスは全て動きを止め、その場に少年の遺体が倒れ伏す。
この場のファンガスは、全て撃破されたのだ。
●『おかえり』
少年たちの遺体は、ケルベロスたちの手で、安全な場所へ運び出される。
フォレスは、ピジョンを見た。ピジョンは頷き、掌からドラゴンの幻影を放つ。
少年たちの遺体は傷つけぬように注意しつつ、ピジョンはファンガスの死骸を焼いてゆく。
「お疲れ様でした……」
「ありがとう」
焼却作業を終えた労をねぎらう刃蓙理へ、ピジョンは礼を述べる。
「きっとこれで、みんな、ゆっくり眠りに就くことができるわね」
「ええ」
ファレの言葉に、蜜姫が頷いた。
「……家族の元に、帰してやるからの。どうか、安心してほしいのじゃ」
括は切なげな声音で、それでも少年たちに向けて微笑む。
これから少年たちは、『帰宅』することだろう。
彼らが『ただいま』を言うことは、もうないけれど。
それでも、遺族にとっては、きっと待ちわびた帰りになることであろう。
作者:地斬理々亜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年7月19日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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