●
鮮やかな茜色が空を染めている。
大阪城周辺地域。廃墟と化したこの場所でゆらゆらと幽鬼のように歩く人々の姿がある。
背広姿の男達が50人。
このような立入禁止区域で無ければ、それは帰宅を急ぐサラリーマンの集団のように見えたかもしれないが――。
「ああ……あ……か、かえら、なきゃ」
男の一人がうわ言のように呟く。
腐り果てた肉体を白い大腿骨がなんとか支え、頭頂部はぶっくりと腫瘍のように膨れ上がり、そこから攻性植物『ファンガス』が覗いている。
まるでゾンビ映画のワンシーンような、悪趣味な光景だ。
「まって、いる……。……かえる……」
もはや彼らに意志はない。
完全に、死んでいるのだ。
これは攻性植物が死体を強制的に動かしているだけに過ぎない。
だが、それでも――。
元となった死体の習性が、多少残っているらしい。
「……かぞく……かえら、なきゃ……」
腐り果てた脳内に僅かに残った『帰巣本能』を頼りにして、ファンガスたちは暮れなずむ廃墟を歩く。
それぞれの、帰るべき場所を目指して――。
●
「皆さん。大阪城での戦い、お疲れ様でした」
予知を語り終えたセリカ・リュミエールがケルベロス達に一礼する。
「ユグドラシル・ウォーでは勝利を収めることが出来ましたが、同時に敵の残存勢力が多数逃げ散ってしまいました」
会議室のモニターに生き残った敵の画像が現れ、『現在探索中』の文字が添えられてゆく。
「現在、追撃作戦も行われていますが、今回皆さんにお願いしたいのは大阪城周辺に残った寄生型攻性植物……ファンガスの撃破です」
それはカンギ戦士団の一人『ファンガスロード』の置き土産。
ロード自身は既に姿を消しているものの、使い捨て戦力のファンガスがその場に遺棄されたようである。
そのファンガスが大阪城内に貯蔵されていた『大阪市民の死体』を苗床に繁殖して、大量増殖した、というわけだ。
「ファンガスは決して強力な敵ではありませんが、大阪城周辺の復興再開発においては、大きな障害となります」
そこで、ケルベロス達の出番と言うわけだ。
「ファンガスの掃討が終了すれば、きっと大阪城周辺の再開発が始まるはずです」
一息ついて、セリカは作戦の概要に移ってゆく。
戦いの場所は大阪城周辺の廃墟の一角。
「ファンガスの数は50体。動かされている死体は全て背広姿の男性……大阪の市民だったサラリーマンの方達のようですね」
セリカの言葉にケルベロスの一人が考える仕草を見せる。
「全員男性で背広姿……? 奇妙な一致だね。なにか理由があるのかな?」
「推測も含まれますが……大阪城の内部で行われていた人体実験で、その目的に応じて保管場所が分類されていたのかもしれませんね……」
苦々しい口調でセリカ。
「ファンガスは会話などは出来ませんが……元となった人物の特徴や習性などが多少残っているようです。
今回の敵……会社員であった彼らに残っているのは『家族の待つ家に帰りたい』という帰巣本能のようです」
ですから、とセリカはケルベロス達に向き直る。
「もし可能であれば、遺体を損壊せずに綺麗な状態で撃破してください。
ファンガス撃破後の遺体はヘリオンなどで輸送され、警察の行方不明者リストなどと照合した上で、遺族のもとに返還され、お葬式などが行われるはずです」
遺族の方々の心情を思えば、出来る限りの形を留めておいたほうがいいかもしれない。
作戦上必須ではないものの、検討してみてもいいだろう。
「……きっと彼らにも、守りたい家族や、帰りたい場所があったはずです。
失われた命が返ってくるわけではありませんが――。
彼らが家族の元に帰るために、皆さんの力を貸してください」
そう説明を結び、セリカはケルベロス達に深く一礼するのだった。
参加者 | |
---|---|
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707) |
ウォーレン・エルチェティン(砂塵の死霊術士・e03147) |
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079) |
土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983) |
天原・俊輝(偽りの銀・e28879) |
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027) |
レシタティフ・ジュブワ(フェアリー・e45184) |
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254) |
●1
夕日に染まる廃墟と化した街並。
まるで世界の終焉を思わせるような黄昏色の空の中、レシタティフ・ジュブワ(フェアリー・e45184)の金髪が、夕日を反射して炎のように輝く。
「ふむ……」
ヘリオンからの降下中、上空から敵のおおよその陣形を確認してゆくレシタティフ。
「良し、大体は把握した」
身を翻して着地すると、すぐさま得た情報を仲間達へと伝えてゆく。
「敵は5つのグループに別れて街を徘徊しているようだ。まぁ、戦闘が始まればすぐに一カ所へと集まってくるだろうがな――」
取り囲まれないようにするために気を付ける必要がある、とレシタティフは付け加える。
なお、敵の行動に明確な規則性は見られなかった。それぞれが脳内に残る景色を探して、彷徨い歩いているだけなのだろう。
「帰るべき家を探しておるのか……。まったく始末の悪い事よの」
ファンガスロードへの怒りを僅かに覗かせながら、服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)が吐息を一つ。
普段、敵が抱えている事情とか、そんな細かいことは気にしないタイプの彼女であるが――。
今回のような死者を冒涜するような行いには、いくらか思うところがあるようだ。
「大阪城調査で大阪城へ潜入してから二年近く……。
ようやく先日の戦争で大阪城を取り戻せましたが、まだ攻性植物の戦力が残っているとは……」
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)が夕焼け空の下でポツリと呟く。
大阪城で行われていたという人体実験。逃げ延びた首魁たちの動向も気になるところだが――。
まずはこの動く亡骸。ファンガス達の悲しい行進を止めるのが先決である。
「確実に倒して、この地に完全な平穏を取り戻さなければなりません」
ウィッカの言葉にウォーレン・エルチェティン(砂塵の死霊術士・e03147)が頷きを返す。
「失われた命は帰ってこねぇ。
だがよォ――。この忌むべき場所となっちまった大阪城周辺地帯を、俺達の手で取り戻すことが出来れば……。それは、せめてもの鎮魂になるはずだ」
どのグループから戦闘を仕掛けるべきかを共に検討してゆくケルベロス達。
やがて意見がまとまり、
「よし。ンじゃあ、この地下鉄の入り口のとこで仕掛けるとするか」
「うむ」
目標地点を目指して走るケルベロス達。
「いましたね……」
情報通り。地下鉄の入り口に10体ばかりのファンガス達がたむろしていた。
地下鉄の入口は封鎖され、当然のことながら電車も走っていない。
だが、それでも、ファンガス達はこの場所に記憶が刺激されているようで、降りたシャッターに腐敗した顔面を擦りつけている。
ただただ、痛ましい光景だ。
「……酷すぎます」
古い木箱型のミミック『サイ』を抱きかかえながら、スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)が顔を歪ませる。
まだ15歳の少女が目の当たりにするには、あまりにも残酷な『戦争被害』の現実。
スズナを気遣う様に、サイがカタコトと身を震わせる。
ありがとう、とサイを優しく撫で、自らの目元を拭うスズナ。
「でも、目を背けても、何も変わりません」
この『現実』を見て見ぬふりをするのは簡単だ。戦いから身を退けばそれでいい。
だが、それでも――。
「今出来る事を、悔いの無いように全力で。
そうでないと、家族の方へしっかりと向き合えませんから」
これまでも、これからも、自らの意思でスズナは戦うことを選んできた。
「どうにも他人事に思えねぇな、こりゃ」
悼むような表情を浮かべるのは鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)である。
「あいつらにも仕事があって、帰る場所があって……護ろうとした奴が居て――」
道弘の脳裏に浮かぶのは、デウスエクスによる襲撃で失った最愛の妻の事だ。
ギリッと道弘が奥歯を噛む音が響く。きっと自分自身と今回の事件の被害者達を重ねて見ているのだろう。
家族が失われる悲しみを、誰よりも知っているのが道弘なのだ。
だからこそ――、怒る。
ただ真っ直ぐに。湧き上がる感情を、心のままに叫ぶ。
「ふてぶてしく居座っていい場所じゃねぇんだよ、其処はよぉ。
――その身体から、どきやがれお前らぁ!!」
道弘の覇気を乗せた咆哮が衝撃波となり、ファンガス達を竦ませる。
それが戦闘開始の合図となった。
「さて、任務開始だ」
道弘とは対照的に、その感情を見せることなく土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)が構える。
いつもなら螺旋手裏剣『雷切』を使用するところだが……。今回はなるべく遺体が損壊しないよう、徒手空拳のスタイルである。
「行きましょう。亡くしたもの、失ったものを、僅かでも取り返すために――」
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)が眼鏡を収めると、黒いドレスを纏ったビハインド『美雨』の姿が浮かび上がる。
さて、敵もすぐさま態勢を立て直し、ケルベロス達のほうにぐるりと向き直ってくる。
モコモコと腫瘍のように膨れ上がってゆく攻性植物。
夕焼けの空の下、激しい戦闘が展開されてゆく。
●2
今回、ケルベロス達が立てた作戦の方針は『可能な限り遺体の損壊を避けてファンガスを殲滅する』という、遺族へと配慮したものである。
「帰る場所、帰る家族か――」
指笛を吹いて敵の興味を誘いながら、一体づつ着実な撃破を狙ってゆく竜。
「俺にはいまいち理解できないな。家族って、そんなに良いものなんだろうか?」
時折、うわ言のようなものを漏らすファンガス達。
鋭敏な竜の聴覚は明確にその言葉を聞き集めてゆく。
そして、その中には被害者の『家族の名前』と思われるものも含まれていた。
きっと、死してなお強い想いが残っているのだろう。
「家族、か」
かつて螺旋忍軍の一員として過酷な修行を繰り返してきた竜。
「俺にとって家族は修行の対象であり、任務で一緒する同僚。
だが、死んだらそれまでのものでしかない」
温かい家庭の味も、温もりも、竜には全く縁のないものである。ゆえに――。
「わからないな……」
遺族の心情、家族の温もり……そして、帰るべき場所。そういったものを他の皆はごく自然に理解している。
「氷漬けなら、そんなに遺体は損壊しないでしょ」
竜の螺旋氷縛波が敵を一瞬で氷漬けにしてゆく。
こうして竜が遺体の損壊を避けて戦うのも、それが『全体の方針』として決まったことだからに過ぎない。つまり任務だから、である。
「俺は戦うことしか知らない。だから戦う。ケルベロスの皆の為に。
それさえできなくなったら、俺には居場所なんてないから――」
自分に言い聞かせるように、竜は呟く。
「なんでだろう? 俺は人間なのか、機械なのか、わからなくなってきた」
倒したファンガスに一瞬だけ視線を送る竜。
少なくとも、この人達の方が、俺よりよっぽど人間らしい。
戦いながらも、そんなことをポツリと考えてしまう竜だった。
「……あ、……ああ、かえる。……かぞく」
呻き声をあげながら次々と合流してくるファンガスの増援に、ウォーレンは静かな頷きを返す。
「そりゃァ、帰りてェよなァ。……だからよ、その憑物祓ったら、帰ろうぜ。
大切な人たちの元へ」
死霊術士であるウォーレンには被害者達の悲痛な魂が『視えて』いるのだろう。
「大阪に眠る魂たちよ……悪ィが、彼らの肉体を取り戻すために、手伝っちゃァくれねェか」
デウスエクスによって命を奪われた者達の死霊や残留思念に呼びかけるウォーレン。
渦巻く霊魂が形を成し、ファンガス達に覆いかぶさってゆく。
折り重なった魂の圧倒的な物量が、合流しようとして来る敵を食い止めてゆく。
「皆さん、敵の数が多いので包囲されないように気を付けてください」
魔剣と魔石を構えながら、仲間達に注意を呼び掛けるウィッカ。
どこまでも陰鬱で、救いのないこの戦い。
「人体実験とは、なんと非道な……。
せめて、遺族の元にできるだけ綺麗な状態で還してあげましょう」
ウィッカの氷結輪に青白い魔力の光が灯る。巻き起こる吹雪が一瞬だけ精霊の形を成し、ファンガスの群れを包み込む。
「これならば――、どうですか」
大気中の水分が瞬く間に凍り付き、細やかな氷の結晶が夕焼けに輝きを残す。
ウィッカの魔術によって凍結されたファンガス達は氷の像となって動きを止める。
「いけそうですね……」
最後列から狙った判断は正解だった。もしこれが前列であったのならば、氷の像は押し倒されて粉々になっていたかもしれない。
戦術の効果を確信しながら、ウィッカは次の氷魔法の詠唱を開始する。
スナイパーとして、敵を狙い撃つのはレシタティフ。
「死してなお、望まぬ戦いに駆り出されるとはな――。とんだ凌辱だ」
一見、幼いながらも、戦士として老齢した精神力を持つレシタティフ。
被害者に同情こそするものの、凄惨な光景に技を鈍らせるようなことはしない。
呻き声をあげながら突進してくる敵を猟犬縛鎖で絡めとる。
「わたしが救おう、哀れな人々よ」
動きを止めた敵に、慎重に狙いを定めてゆくレシタティフ。
部位狙いで破壊を試みるのは、頭部に攻性植物が寄生した腫瘍のような部分。
『我、彼の者を導かん』
ハイソプラノで紡がれるレクイエム。魂を慰め、鎮め、空の彼方へ送る天使の鎮魂歌。
狙いは違わず正確に、その腫瘍部分だけが浄化されるように消失し、長い苦しみから解放された遺体がゆっくりと倒れてゆく。
その技の冴えに、他の攻性植物たちも僅かに怯むような仕草を見せた。
「さて……覚悟はいいな。攻性植物共よ」
好戦的な笑みを浮かべ、犬歯を剥きだす少女。
敵の第二波、第三波を受け止めながら、前線を維持してゆくケルベロス達。
●3
「それにしても、倒しても倒しても次々と――」
雪崩のように押し寄せてくるファンガスの群れに、黄昏昏迷符を投げつけながらスズナ。
敵の頭部に付着した腫瘍がブクリと不気味に脈打ち、血を宿した赤黒い花が咲く。
花弁に光が灯り、まるで火炎放射器のように炎が噴き出してくる。『光花形態』と呼ばれる、攻性植物によく見られる攻撃グラビティだ。
「むーん。難儀よなあ」
いくらか火傷を負いながらも、無明丸はあまり気にする風もなく吐息を漏らす。
『難儀』なのは敵の攻撃方法などではない。
「まったく始末の悪い事よの。これでは相手は戦士とも敵とも言い難い」
自らの意思が決定的に失われた敵……。からっぽで、がらんどうの動く死体。
別に落ち込んだりはしないけど、無明丸はこういうのがちょっとニガテだ。
「こっちがぶん殴ったら、怒り狂って殴り返してくるような……そんな相手のほうが好ましいのじゃがな」
と、まぁ愚痴ったところで仕方なし。相対したからにはこの拳で解決するより他はない。それが無明丸のやり方である。
スッと半身を退いて構える。
右の拳は腰に収め、左手は敵へと照準を定めるように前へ。
「……」
紅い徒花の隙間に、被害者の顔が見えた。
死した瞬間そのままの、苦悶に満ちた表情。夕日を映した虚ろな瞳は、何かを訴えているようで、
「応! 帰りたいか! ならば帰してやるとも!」
無明丸が吼える。繰り出す拳は、ひたすら真っ直ぐな正拳突きだ。
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
絶空の一撃が敵を穿つ。
研ぎ澄まされた一撃が寸分違わずに攻性植物を捉えた。
死肉を突き動かすための司令塔が失われ、ファンガスが糸の切れた繰り人形のように崩れ落ちる。
敵陣を割った無明丸を支援するように、連携して動くスズナ。まずはキュアウインドでその火傷を治療し――。
「まずは逃がさずに。そして出来る限り遺体に傷をつけない様に――」
スズナの意思に応えるように、ミミックのサイが飛び出す。
ガパッと開かれた箱から、武装具現化されたのは金管楽器。
響き渡る音楽が敵の肉体を傷つけることなく、グラビティ・チェインだけを削ってゆく。
「……あ……ぐ……」
呻き声を上げながら怯むファンガス。苦悶に満ちたその表情は、何かを訴えかけているようで――。スズナの小さな胸に、じくりとした無力感が広がってゆく。
「……し、しにたく……ない……。どうし、て……」
そう呟きながら、前のめりに倒れたファンガス。眼窩からどろりと、腐った脳液が流れ落ち、戦場に強烈な死臭を残す。
「……ごめんなさい」
肩を震わせるスズナ。
こうして、遺体をこれ以上傷つけること無いように戦っても、結局のところ、彼らを救えなかったことに変わりはない。
「……おい、スズナ。その、上手く言えんが……」
その心境を慮ってか、道弘がスズナへと言葉をかけようとするが――。
スズナは強く自分の頬を叩き、すぅっと思いっきり息を吸う。
「あ゛ーーーっ!」
ビリビリと周囲を震わせるハウリングボイスが放たれる。
助けられなかったことへの無力さなど、様々な感情を吐き出すように――。ただ無心で叫ぶ。
「安心して、どうか安らかに……! 必ず、送り届けますから!」
強い決意の眼差しを取り戻し、ファンガスと再び相対してゆくスズナ。
道弘が思っていたよりも、少女は強かったらしい。
「お節介になっちまうとこだったかな」
そう小さく笑い、道弘もスズナに並び立つのだった。
遺体の損壊を最小限に留めながらも、順調に敵の数を減らしてゆくケルベロス達。
残る敵もあと1体だ。
「……あ、ああ……かぞく、まって、いる……か、かえる」
最後の敵が迫ってくる。
黒い日本刀を構えながら、これを迎い撃つのは俊輝。
「帰りたい想い。もう帰れないだろうという絶望――。どちらも良く識っています」
ダモクレス達の実験台にされ、強制的に改造手術を施された過去を持つ俊輝。
そう――。このファンガス達は俊輝とひどく『似ている』のだ。
「……ああ、あ……ッ!」
ファンガスの腫瘍が蠢き、狂った紅い花が咲く。火炎放射の前触れだ。
だが、俊輝はこれに対して回避行動を選ぶ事無く、刀を鞘に納めてその精神を集中させてゆく。
「ご遺族は今も待っているでしょう。
例え、もう亡くなっていても、帰る事は大きな意味がある。
でなければ永遠に家族は本当のお別れが出来ない」
夕焼け空に、ふいに小雨が降り注ぐ。
まるで夕日が零した涙のように、冷たく、静かに――。
「解き放ちましょう。あなたを、ご遺族を――」
水溜りが跳ねると同時に、俊輝の姿が消失した。
神速の踏み込みと共に、抜き放たれる刃。視認を超えた切っ先は雨粒を切り裂きながら、銀線の軌跡だけを僅かに残した。
「――!?」
自らが根元から両断されたことに気が付かないまま、攻性植物・ファンガスが茜空を舞う。
やがて吐血の替わりに炎を噴き出しながら、ゆっくりと地面に堕ちるファンガス。
最後の一体、討伐完了だ。
●4
戦いが終わり、戦場に静寂が戻ってくる。
「簡易的にでも遺体の清拭くらいはしとくか。胞子とか拭って、敵の痕跡を消してやらねぇと」
道弘が腕まくりをして亡骸への横に屈みこむ。
「う……」
その指先が触れた瞬間、濃厚な腐臭が立ち込めて、祖母島・壱与(オウガの心霊治療士・en0294)は思わず呻く。
「おっと、すまねぇな。苦手だったら離れていてくれ、壱与」
「ごめん……。道弘さんは、平気なの……?」
申し訳なさそうに縮こまる壱与に道弘は「気にすんな」と応える。
「……単純に、俺の気が済まねぇだけ、だな」
損壊の酷い遺体に関しては、戦闘中に呟いていた言葉などが身元確認の手掛かりにになるはず。出来る限りをノートに詳細を記してゆく道弘。
「さて、整えられる範囲で、死化粧を施しますかねェ」
同じく、腐り果てた人間の死体を忌避することもなく触れてゆくのはウォーレン。
抹香なども用いて、手早く丁寧に遺体を処置してゆく。
「……折角御家族ンとこに帰れるンだ、苦しい顔よりも、静かな寝顔の方が、遺族の慰めになるだろ」
遺体の見開かれた目蓋を、掌でゆっくりと閉じさせてゆく。
「こんな悔しさの味は、初めてですね……」
せめても、と被害者の衣服を綺麗に整えてゆくスズナ。
「今回もなにか進展があればよいが」
千切れたファンガスの葉肉を拾い、ガラス瓶に収めながらレシタティフ。
持ち帰って研究すれば、何か情報が得られるかもしれない。
「まあわしらにできるのは後はこれくらいか」
無明時空を使用しできるだけ遺体を修復してゆく無明丸。
「……もっと早く大阪城を攻略出来れば、この方々も助かったのでしょうか……?」
氷像となった人々の遺体を眺めながら、その心情を零すウィッカ。
だが、その問いかけに応えることが出来るものはこの場にはいない。
動かなくなった躯は、腐りかけた虚ろな眼球をただ正面に向けている。
きっとその先に、彼らの帰るべきはずだった場所があるのだろう。
「帰りましょう……私が、お手伝いしますから」
怪力無双で遺体を抱え上げるウィッカ。
冷たい死の重みが伝わってくる。慎重に運ぶ必要があるだろう。
ケルベロス達にできる仕事は終わった。
身元の確認が終われば、遺体は家族の元に帰ってゆくことになるだろう。
それは、つらい現実を家族に突きつけることにもなるのかもしれないが――。
少なくとも、被害者達が望んでいた「家族の元に帰りたい」という願いは叶えてやることは出来たはずである。
作者:河流まお |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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