子供たちを救え!

作者:宮下あおい

 子供の楽しそうな声が聞こえるのは、様々な荷物が詰まれた人気のない倉庫。
 どうやって入り込んだのか、かくれんぼには最適な場所だ。
 まだ日も高く子供たちは、小さな命が最後の瞬間を迎える中、冬の寒さも吹き飛ばすような元気な声が響く。
 小学校低学年ほどの少女が倉庫の壁を背に視界を手で覆って、年相応の甲高い声で数を数えだす。
「いっくよー! いち、に、さん……」
 同時に数人の少年、少女たちが一斉に隠れる場所を探して走り出した。
 鬼役の少女が数え終え手をおろすと、聞こえた羽音に後方へと振り返る。
「それじゃあ……え? きゃぁぁぁー!!」
 気づかないほど小さな命の死によって現れたのは、昆虫人間『ローカスト』と呼ばれるデウスエクスであった。

「デウスエクス、ローカストが新たな動きを見せています。今までとは違い知性の低いローカストが地球に送り込まれています」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスたちを見やる。
「その手始めなのか、子供たちが遊んでいた倉庫に一体のローカストが現れました。ローカストはグラビティ・チェインをゆっくりとしか吸収できないため、今のところ死者は出ていないようですがそれも時間の問題です」
 不意打ちのように襲った最初の標的となった少女がいまだローカストに捕まったままだ。その場にいた子供たちは七人。
 知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多く戦うときは注意が必要だ。
「今回のローカストは、催眠効果のある破壊音波、腕からカマキリのような鎌を展開する能力、牙を伸ばし噛みついてくる攻撃も威力が高く要注意です。なお、このデウスエクスはヒールを使わないようです」
 入ってきた情報によれば子供たちは、破壊音波により眠らされているらしい。だが物影に隠れたまま、ローカストに見つかっていない子供もいるようだ。
「まずは隠れている子供も含め全員の救出。その後デウスエクスの撃破に移ってください。積荷がある倉庫なので、破壊音波さえどうにかできれば攻撃はかわしやすいと思います」
 さらにローカストは大量のグラビティ・チェインを収集しすぎると毒となり理性を失ってしまう。そうなる前に倒してしまったほうがいいだろう。
「未来ある子供たちをみすみす死なせるわけにはいきません。相手は幸いグラビティ・チェインの吸収には時間がかかるローカストです。必ず救出と撃破してください」


参加者
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
カルラ・アノニム(鼓動亡き銃狐・e01348)
リナリア・リーヴィス(怠惰な観測者・e01958)
天塚・華陽(簒奪縛鎖・e02960)
ソーヤ・ローナ(風惑・e03286)
ヴァイス・グラニート(餓竜・e04691)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
朔夜月・澪歌(ヒトリシズカ・e18093)

■リプレイ

●生きるための術は
「地獄の番犬ケルベロスだ!」
「その子を離してもらおうか!」
 突入第一声は泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)。それと同じくしてヴァイス・グラニート(餓竜・e04691)も声を張りあげ一直線にローカストへ突進する。後方からは天塚・華陽(簒奪縛鎖・e02960)の放った御業がローカストを捕縛しようと狙った。
 三者一斉のそれは紙一重の差でローカストが後方へ飛び、避けられてしまう。
「ふむ……子供への影響を考え加減したためか……そう上手くは行かぬか」
 華陽がぽつりと溢す。相手は知性を持たないデウスエクス。会話や交渉はできないだろうし、こちらの言葉を解しているとは思いにくい。それでも壬蔭とヴァイスが声を張りあげたのは、捕まった子供を含め眠らされてしまった子供たちに気づいてもらうためだ。もっとも積み荷があるとはいえ、それなりの広さがある倉庫、どこまで届いているのか見当もつかないが。
 一方、子供たち六人を探すこととなった五人のケルベロスたち。今回はデウスエクスの注意を逸らすための囮と、子供たちの救出に別れての任務である。囮役の三人が突入した後、各々がローカストに気づかれないよう潜入を開始する。互いの状況や救出済みの子供の人数確認のため、あらかじめ携帯の連絡先は交換済みだ。
「囮班が行ったな。……よし、わしらも動くぞ」
 カルラ・アノニム(鼓動亡き銃狐・e01348)のひと言に五人は頷く。戦闘にさえ巻き込まれなければ、敵に見つかりにくくなるグラビティを使用できるのは救出班五人のうち三人。カルラとヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)。両者は動物変身を。朔夜月・澪歌(ヒトリシズカ・e18093)は隠密気流が使える。更にリナリア・リーヴィス(怠惰な観測者・e01958)、ソーヤ・ローナ(風惑・e03286)。目立たなくなるグラビティは使えずとも、その実力は信用に値するもの。特に心配はないだろう。
「早くおうちに帰したらんと。よーし、がんばれ、澪歌」
「そうね。……気になることはあるけど、今は子供たちを助けなければ。あのローカストでは聞いても無駄でしょうし」
 己に言い聞かせるように呟いた澪歌の言葉に、リナリアが気持の切り替えにとよく掛けている眼鏡の位置を直す。
「小さい子を犠牲にするようなデウスエクスは、何であろうと許すわけにはいかないのです!」
「もちろんです。犠牲を増やさないためにも……行きましょう!」
 続いたのは、ヒマラヤンとソーヤ。澪歌とヒマラヤン、リナリアのサーヴァントも主の命令に従い行動を開始する。たとえデウスエクスにとって生きるためにグラビティ・チェインが必要でも、こちらも屈するわけにはいかない。それぞれの守りたいもの、信じるもののために。

●全員を救出へ
「わああぁぁぁぁぁん! ママぁぁぁーーー!!」
 真っ先に気がついたのは、ローカストに捕まった女の子だ。子供特有の甲高い声は防音対策も何もない倉庫ではよく響く。どこで音を感知しているのかは分からないが、人間でいえば耳元で泣かれているような状態のローカスト。どことなく、頭部と思われる先にある触覚が忙しなく動き眉をひそめているような、そんな風に見える気がするのは――おそらく気のせいだろう。
 ふいにローカストの羽が震え始める。すぐ側で聞いていたためか、女の子は再度眠ってしまった。同時にヴァイスの視界の端に音波が放たれるであろうその先にちらりと見えたのは、狐に変身したカルラの尻尾だ。積み荷のおかげか、ローカストがそれに気づいている様子はない。
「……貴様の相手はこの俺だろう!」
 言うが早いかその間に割り込む。羽音が響けば音波の直撃を食らい、僅かに膝がぐらつく。瞬時の咆哮は自身に傷と異常状態からの回復を促すものだ。
 その様を柱の影から見ていたリナリアがローカストに悟られない程度の声量で己のサーヴァント、ミミックこと椅子を囮班の増援へと指示を出す。ヒマラヤンのサーヴァント、ウイングキャットも囮班について、回復役を担っているがやはりもう少し手が多いほうがいいだろうか。
「椅子、三人を手伝って。可能な限り盾になってあげて」
 それに応じるようにミミックがロッカーの上から移動を始めた。時を見計らったように携帯も震える。着信音はもちろん鳴らないようにマナーモードだ。送られてきたメールによれば見つかっていないのは後二人。やはり動物変身をしているカルラ、ヒマラヤン、隠密気流を使用している澪歌は比較的小回りがききやすいのだろう。見つけた子供四人はその三人が発見し、外まで誘導したようだ。
 ソーヤが積み荷と積み荷の小さな脇道を覗いた。居た、男の子だ。戦闘の様子を気にかけながら、男の子へと歩み寄り膝をついた。よほど音波の影響か、眠ったままだ。気づかれないようにそっと声をかけ、肩を揺する。これまでの戦闘音や泣き声などもあってか、さほど起こすのに時間はかからなかった。
 人差し指をたて、静かにと伝えれば何度か瞬きするも、ケルベロスであることを告げれば納得したように頷いた。
「……良かった、すぐ気づいてくれましたね。私たちはケルベロスです。さ、ここは危険だから外へ出ましょう。静かについてきてください」
 それでもやはり子供である。響き渡る戦闘音やヴァイスの咆哮は子供の耳には怖いものだろう。その度に身を縮める男の子に、ソーヤは頭を撫でたりひと声かけたりしながら倉庫の外へと誘導した。
 ソーヤと同じく子供を誘導して倉庫の外へと出てきたのは、人型に戻ったヒマラヤン。顔を合わせた二人は大きく頷いた。
「これで全員ですね。私達があのでっかい虫をやっつけて来るので、ちょっとここで待っててくださいね?」
 ケルベロスの指示に素直に従う子供たち。その間に、ソーヤは残りの三人に救出完了のメールを飛ばした。

●そして反撃へ
 全員の救出が完了したとの連絡に、救出にまわったケルベロス五人も戦闘へと加わった。隠密気流で悟られないように澪歌がローカストの後方へ回りこんだ。戦闘で崩れた積み荷の影でバスターライフルを構える。
 倉庫という場所柄、土ぼこりもあればまして戦闘中、狙いが定めにくい。僅かな隙、ローカストが背を向けたその隙を狙う。
 腕をカマキリのような刃に変化させようとした瞬間、響いたのは銃の発射音。エネルギーの塊となった光弾がローカストの肩――と呼べるかは分からないが、人間であれば肩にあたる部分を掠めた。
「……よしっ! やったで!」
 その反動でローカストは捕まえていた子供を離す。それを寸でのところで受け止めたのは壬蔭だ。受身をとったものの、勢いもあってか滑り込むようにして背を倉庫の壁に打ちつけた。
「……っ! ……っと……まにあった……!」
「大丈夫!?」
「ああ、この子を頼みます」
 リナリアが駆け寄れば壬蔭の言葉に頷き、すぐさまメディカルレインを放つ。広範囲に降る薬液の雨は、仲間たちを傷や音波の影響から回復させた。リナリアが女の子を壁にもたれるように寝かせた後、彼女を守るようにその前に立つ。間近で音波を聞いたためかすぐさま起きる気配はないが、今はそれでいい。このくらいの歳の子供に好んで戦場を見せたいとは八人全員少しも思っていないだろう。
 子供が離れた今、手加減する必要はない。ケルベロスたちがそれぞれ武器を構え、サーヴァントはケルベロスたちの支援だ。捕まっていた女の子への影響を考え、大きな攻撃こそ出来ていないが多少なりともダメージは与えられているはず。
 ならば、畳みかけるのは今だ。
「これで存分に貴様を喰らうことができる。その力、俺の糧にさせて貰うぞ!」
「子供をいらん害から守るのも大人の努めじゃ。……そろそろ終りにさせてもらうとするかのぅ」
 ヴァイスが踏み込み相手の気脈を絶つ突きを放つ。そこに援護のため、華陽から放たれる炎弾が煙とともにローカストを撹乱した。それでもなお、腕をカマキリのような刃に変化させローカストは振りあげる。
 だがローカストの動きが鈍った。指天殺は石化によく似た効果のあるグラビティだ。してやったりとヴァイスが薄く笑みを浮かべ後方へと飛び退れば、壬蔭が剣を、カルラが銃を構え前へ出る。ふたりを援護するようにヒマラヤンが回復効果のあるマインドシールドを立て続けに使う。サーヴァントたちも援護にまわった。
「……子供たちが待っておるでな。お主ともここまでじゃ」
 壬蔭が更に前へ出ると、剣を持っている手とは反対の拳に炎を纏わせた。
「――紅炎煉撃」
 ローカストは炎に包まれ、断末魔の代わりのように羽音ばかりが倉庫に響いていた。

●子供たちの未来
 戦いを終えたケルベロスたちは破壊してしまった倉庫の修復に取りかかった。燃えてしまった積み荷や壁、窓、それらも修復し、今は外で待たせていた子供たちにひとりひとり怪我や不調がないか確認しているところだ。
「うん、大丈夫だいじょうぶ。もう怖くないよ」
 きちんと声をかけているのは、眼鏡を外したリナリアだ。若干、間延びしたような感じを受けるのは、戦闘中との違いだろうか。
「また何かあった時は、いつでも呼んでくださいね~」
 ヒマラヤンも同じくひとりひとり声をかけてまわり、時々その猫耳に子供が手を伸ばそうとすると、ぴこぴこと動かしては少し相手をしているようだ。カルラもそのもふもふの尻尾に子供たちの注目を集め、ひょいひょいと動かしては遊び相手となっている。その容姿ゆえに、気を使ってかヴァイスは少し離れて倉庫の壁に凭れて空を見あげていた。
 そんな光景を壬蔭が視界の端に捉えながら、男の子の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「悪い奴らに捕まらなくて良かったな」
「うん、おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう!!」
 元気の戻った子供の声はやはり微笑ましいものだ。二、三人で手を繋いで、子供たちは帰路へとついた。時折、振り返ってはこちらに手を振ってくれる。それを見送り、自然と手を振り返すケルベロスたち。
 子供たちの姿が見えなくなれば、ようやくひと息つく。
「……あはは、ちょっと疲れたかもー。うち、もっともっとがんばらなアカンなー」
「互いに精進せねばな、さて、わしらも帰るとするか。……しかし、最近の子供は加減というものを知らんのか。耳も尻尾も好き放題に触りよって」
 完全に気の抜けた澪歌が伸びをしながら呟いた。それに返したのは華陽だ。カルラと同じ狐のウェアライダーのため、耳と尻尾がある。だが決定的に違うのはその身長だろう。背丈の近い華陽には近づきやすかったようで、少しばかりもみくちゃにされていた。口ではあれこれと文句を言いつつも、華陽も相手をしていたのでまんざらでもないのだろう。
 やがてケルベロスたちは互いの顔を見合わせれば、大きく頷いた。子供たちに被害もなく、救出、撃破ともに終えることが出来た。その満足感と、先の未来を背負う子供たちの笑顔を思いながら、八人は現場を後にするのだった。

作者:宮下あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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