その狭間を弔う

作者:秋月諒

●十字路の闇
 引きずるような黒い帯があった。ずる、ずると布を引くにしては音が重く、ひどく砂袋を引くような音が街中に響いていた。大阪城周辺地域、その一角に見える通路に影は揺れる。ず、ず、と徘徊するその黒い帯が、砕けた岩へとぶつかれば、跨ぐ為に黒は動いた。晒された脚に、それが人の形をしていたと知る。差し込む日差しが黒い帯に触れれば、黒髪が見えた。
「……」
 青白い顔。淀んだ瞳。
 パサついた黒髪が頬に触れれば、彼らが死者と分かる。肩口染まる黒は血が凝固したか変色したか。死体にファンガスが寄生した攻性植物は、ゆらり、ゆらりと十字路を行く。崩壊が作り出した通りか。廃墟となったビルに、ぱたぱたと落ちる雨音に死者の行列の歩みが重なった。

●その狭間を弔う
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。先日のユグドラシル・ウォーではお疲れ様でした」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロス達を見た。
「大阪城の残存勢力についての話は、お聞きの方もいるかもしれません。現在も探索を進めていますが、まず皆様には確認できている敵の撃破をお願い致します」
 相手はファンガス。
 カンギ戦士団であったファンガスロードは姿を消しているが、使い捨ての戦力であるファンガスはその場に遺棄されていたのだ。
「何より、ファンガスは大阪城内に貯蔵されていた大阪の市民の皆様の死体を苗床に繁殖し、大量の増殖しています」
 死体は屍隷兵の作成や、他の実験や研究に使われる為に『的に応じて分類され、それぞれ別々に保存されていた』という。
「このまま、ファンガスを放置することはできません。——利用されてしまった皆様を弔い、家族の元へと返すためにも討伐をお願い致します」
 ファンガスの特徴は黒髪、そして同じ血液型だ。何らかの行動指針のチェックか——将又実験の為であったのか。彼らの髪は、寄生されたタイミングから長く、伸びていた。
「ファンガスの群れは50体程度です。身体的特徴は長い黒髪、影のように見えますが徘徊している廃墟ではやや見にくいかと」
 二階が崩落したショッピングモールだ。一階から二階へは瓦礫によって行き来が可能となっており、幸い崩落箇所は中央の一カ所のみだ。
「ファンガスとは会話をすることはできませんが、風鈴の音色に反応するようです」
 出かける予定があったのか、季節の頃の名残であろうか。ファンガス達は、その音を耳にすれば姿を見せるだろう。
「群れの数は多いです。総力戦となる前に、ある程度工夫する必要があるかもしれません」
 それと、とレイリは集まっていたケルベロスを見た。
「可能であれば、死体を損壊せずに綺麗な状態での撃破をお願いできますでしょうか」
 ファンガス撃破後の遺体は、ヘリオンなどで輸送されて警察が引き取ることとなっているのだ。
「行方不明者リストと照合した上で、家族の元へ戻られるんです」
 ファンガスは決して強力な敵ではない。最も、数は数だ。決して油断は出来ない。
「ですが……どうか、帰りを待つ人々の為にも皆様の力を貸して頂けますでしょうか」
 大阪城の周辺の復興再開発の為に、そして彼らを待つ人々の為に——何より、未だ眠れずに彷徨う人々の為に。
「それでは参りましょう。皆様に幸運を」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
立花・恵(翠の流星・e01060)
火岬・律(迷蝶・e05593)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
喰代・弥鳥(千楽紡ぎ・e30103)

■リプレイ

●未だ帰らず
 乾いた風の向こう、血の匂いがしていた。
 ——リン、チリン。チリン。
 涼やかな音色が二度、三度と響けば蠢くばかりであった気配が変わる。泥と埃の匂いが揺れ、床板を踏む音がショッピングモールに響いた。
「——来るか」
 奥の店から聞こえた物音がレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)の耳に届く。異様な静寂は次の瞬間、破られた。
「……ァア」
 それは、擦れるような呻き声であった。店の奥から聞こえてきていた小さな音が、ゴトン、と物を落とす音に変わる。足音ひとつ響かなかった通りに、ず、ず、と引きずる音が生まれた。
「ァア、ア」
 影のように黒く。闇のように深く蠢く。
 煤に、血に汚れた四肢。黒く長い髪に瞳は隠され——だが、肩口に異様な膨らみが見えた。
『——ターゲット確認』
 ハンドサインで、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)は告げる。
 ファンガス。死体に寄生した攻性植物だ。風鈴の音色に誘われ、8人と言ったところか。
「……」
 静かにレスターは足を引く。ファンガスを過度に刺激しないように、黒髪を引きずる彼らを見る。
(「奴らが風鈴に反応するのは、過ごす筈だった夏を求めてか」)
 血と、泥の混じった匂い。異形と化した彼らの呻き声だけが響き、汚れた黒髪は靡きもしない。沸き立つのは攻性植物への怒りだった。燃え盛るように一度、強く熱を持つ。頬を照らす炎に、それでも冷静である為に、レスターは右腕の銀炎を抑えた。
「——此処からだ」
「ァアアアア!」
 静かに落ちた声さえ塗り潰すようにファンガスが叫ぶ。狭所へと辿りついたところで振り返った二人の前、ぐん、と跳躍めいた踏み込みを無手で見据えた男の視界に眩く揺れる炎が灯る。
「そら、早くお逃げ」
 それは月明かりの遊戯。揺るる炎に影が躍り死者の踏み込みが——歪んだ。

●熾火
「ァア、ァア——」
 ファンガスの声が引きつるようにして途切れた。足元より踊る影にて彼らを捕らえたのはゼレフ・スティガル(雲・e00179)だった。トン、と漸く足音を響かせた友人を、ゼレフは穏やかな笑みひとつで出迎えた。
「いらっしゃい。8人だね」
「——あぁ」
 短く応えたレスターが腰のナイフに手を伸ばす。切り落とす為の刃ではない。これは媒介だ。魔法を紡ぐ為の術。
「ァア、ァアアアア!」
 膝をついた4体を飛び越すように、残りのファンガスが地を蹴った。重なり合う絶叫と共に黒い針の雨が廃墟に生まれた。
 向かう先は、前衛だ。
「——」
 キン、と甲高く響いた音と同時に熱のような痛みが全身を襲った。は、と落とす息さえ無く、射貫かれる感覚に前衛を担う4人が唇を引き結ぶ。零れ落ちた赤が床板を染めれば、咆吼と共にファンガス達が踏み込んできた。
「ァアアアアア」
「ァアアアア!」
 それは捕食者としての本能か。だらり、と垂れた腕が壁にぶつかるのも気にせず突っ込んでくる一体に、マークが踏み込む。
「SYSTEM COMBAT MODE」
 機械的な音を響かせ、肩のシールドで影から脱したファンガスの血手をガッと受け止める。ギ、と鋼をひっかく音と共に火花が散り、ぐん、と飛び込むように来た屍にマークは脚を退いた。
「R/D-1 MODE ATTACK」
 キュイン、と火花散る身に構わず、マークはファンガスを見据えた。腕部を破壊するように掴んできた黒き血の腕が震え、外れる。
「ァア、ァ——!」
 頭を震うようにして、僅か距離を空けた姿を正面にアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)は手を伸ばす。
「危難を祓う護りを……!」
 それは風招く言葉。護りの力を持つ向かい風が瞬時に巡る。ふわりと舞い上がった癒やしが血を払い、前に立つ仲間へと盾の加護を紡いだ。
「キヌサヤ」
「——!」
 伸ばされた指先へと寄り添うように紡がれた風はウイングキャットのキヌサヤのものだ。アトリの風とキヌサヤの羽ばたきが傷を払い、踏み込む脚に力を紡ぐ。
「ァアアアア、ァアアア!」
「——」
 回復には彼らも気がついたか。咆吼と共に、ファンガスの視線がこちらを向く。血と泥に濡れた黒髪は彼らの表情すら隠してしまう。
「本当に辛いのはあの人達だろうに。一人でも多く元の場所へ戻れるよう努めよう」
「あぁ」
 短な応答と共に正確な射撃が落ちた。立花・恵(翠の流星・e01060)の制圧射撃だ。高い命中率を以て足元を狙った一撃は、ファンガス達の踏み込みを鈍らせる。
「あいつがファンガスか……思ってたよりも全然可愛くねぇな。こいつとは共生も出来なさそうだ」
 ま、当たり前だけどさ、と恵は息を落とす。肩口から見える巨大な瘤が、死した彼らを動かし引きずっているのだ。
「正面、2体だ。まだ——来る」
「ァアアアア!」
 軋む声を響かせたファンガスへと藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が烏羽の刃を晒す。
「……」
 映りて沈むは炎。軋む腕の痛みを、ぐ、と引くファンガスの強さと咆吼を真正面から聞く。
「ァア、ァア——……!」
 生み出された鏡像に、くらり、と痩せた体が倒れ込み、あと一人、と告げた男に火岬・律(迷蝶・e05593)が応じる。
「こちらで」
 一閃、抜き払うようにして解き放たれた電気がファンガス達の脚を止め倒した。
「——撃破8人。全員確認できた」
「うん、そうか」
 マークの静かな声に、喰代・弥鳥(千楽紡ぎ・e30103)は一度だけ息を吸った。
(「大の苦手なホラーのような場所だと、一瞬でも青褪めたのが申し訳ないな」)
 低く、高く響くファンガスの咆吼は、何処までも人の叫び声だった。
(「生きる人を応援したい。人の心に届くような音楽を届けたい。そう思って作り奏でてはいるのに」)
 もう彼らには届かないけれど、少しでも安らかに、と弥鳥は思う。ギターをつま弾き、歌い紡ぐのは自分のスタイルだけど。——分かっている。
「これは俺のただの我侭だ」
 口の中そう、言葉を一つ落として、弥鳥は先を見据えた。

●狭間に彷徨う
「ァアア」
「ァアアアアアア!」
 リン、チリン、と風鈴の響く風鈴の音をかき消すほどの強い咆吼が響く。着実にファンガスの討伐は進んでいた。
「38体撃破完了」
 己の負傷とは別に、淡々とマークはその数を告げる。機体を軋ませるほどの衝撃に構わず、ヒールドローンを展開する。
「回復行動に移行」
「私は後衛を」
 告げて、アトリは癒やしを紡ぐ。皆の傷は多かった。ファンガス自体は決して強敵では無い。だが、一行には一つの目的があった。
 遺体の損壊を防ぐ。
 彼らはこれから家に帰るのだ。その為に、分かるようにと普段使う武器を封じた。戦い方を変えた。その分、請け負った傷は少なくは無い。
(「それでも、無茶であっても無謀ではない」)
 ならば、やれる、のだ。
「ァアア」
「——」
 変わり果てた姿を直視するのは苦手だ。だが、帰る人たちに向き合う為、なるべく目を逸らさずにアトリは術式を紡ぐ。
「ァアアアアア」
「——」
 咆吼に一瞬、務めが止まる。感傷に浸った己にアトリは腰のホルスターに触れる。お守り代わりの愛銃で呼吸を整えるようにして、声を上げた。
「少しだけ彼らの足を」
「うん、止めるよ」
 静かな音色と共にその声に応えたのは弥鳥であった。
「蜃気楼と知りながら手を伸ばす 終着はまぎれもない楽園」
 穏やかで優しい音色でギターを弾く。歌い上げる声は、今日は近くにだけ聞こえるような音量で。
(「せめて帰るべき場所にこそ帰れるよう。今示してあげられる楽園の道筋は、俺にできるのはそれくらい」)
 如何なものにさよならを告げるとて、そこに笑顔があるならば――。
 青白い指先が、何か掴むように揺れる。ァア、と聞こえていた声がほんの僅か揺れて、あ、と柔く落ちた。

「——これで、1階と2階の半分のフロアの確認が済んだかと」
 律は事前に用意したマップを広げた。狭所の確認と、先の誘い込み時に潜伏していたメンバーの情報を合わせていく。ハンドサインで確認していた瓦礫の件もあった。
「拠点を移動して良さそうですね。……次が最後になるか」
 巡らせる思考に僅か、雑音が混じる。頭の中、まだファンガス達の咆吼が残っている。
(「因果応報か、降りかかった不幸か。そのどちらにせよ、生者、生物にとってはそれまでのことだ」)
 ファンガスという、寄生種自体に罪はないのかもしれない。それでも……死者を操り使い捨てる思惑にはらしくもなく腹が立った。
「今まで、拠点の襲撃も無かったしね。順調に進んでいる気はするけど、油断は禁物って感じかな?」
「ありがたいのは、ありがたいのだけれどね」
 弥鳥の言葉に、周囲を警戒する視線はそのままにゼレフは軽く肩を竦めた。
「気配は、まだ中にあるね」
「風鈴を鳴らしてから姿を見せるまでも早い。反応速度よりは、近いのだろう」
 先の誘導時だ。レスターの視線に景臣も頷いた。
「えぇ。物音も耳に付くようになりましたので。彼らの移動ルートに変化が見られるかと」
 マップ内二カ所の通路を頷いた景臣がなぞる。
「現在の撃破数は41体。出現するのは、9体だろう」
 R/D-1で確認していた数を告げ、マークは僅か視線を落とした。
(「もし魂というものが実在するならばそれは安らかな所に在り、肉体がその人なのではない。よって死者の尊厳は汚されることがない」)
 そうであって欲しい、とマークは思う。囮を頼むと、とマークは告げた。
 そして、最後の戦いが始まった。

●せめて良き眠りを
「ァアアアア」
 低く響く呻き声が咆吼に変わる。おびき寄せたのは予定通り9体だ。戻ってきた二人が振り返ると同時に、ファンガスより早く恵は跳躍した。
「光に包まれ、影に消えろ!」
 上空にて撃鉄を引く。銃弾に込めたのは闘気。着弾の瞬間、生じるのは光と——幻覚だ。
「ァア、ぁ——」
 咆吼がふいに、揺れた。くらり、と一体が倒れるのを視界に、恵は右後ろ、と声を上げる。飛び越え、踏み越えて来ようとする一体を見たからだ。
「ァア、ァア——……!」
 ダン、と一気に抜けようとしたファンガスの前、踏み込む影があった。足音無く、だが、手を伸ばせば届くその距離で囁くように律は告げる。
「――教えてやろう、―――……」
 それは言の葉を囁く呪術。蛇の道においては護符として受け継いだ数少ない財。痛みの価値を見出す呪術に、ファンガスの動きが止まる。黒き血の腕が空を切る。
「ァア、ァアア!」
「R/D-1 MODE ATTACK」
 踏み込みが一度緩めば、そこに辿りつくのは容易い。電波を介し、マークは敵の精神を捉える。ぐらり、と崩れ落ちた一体を見送れば、ぐん、と跳ねるように残るファンガス達が顔を上げた。
「ァアアアアア」
「ァアアアア!」
 重なり響く咆吼が生んだのは破壊の光か。連携して放たれたそれが、真っ直ぐに後衛を狙う。
「——」
 だが、その光が届くより先に盾役の三人が動いた。熱よりは痛みに近いそれが、身を焼く。だが、マークも、レスターも、景臣も皆無事だ。
「ァアアアア!」
 だからこそ、と弥鳥は視線を上げる。歌を口ずさむ。
「これ以上は駄目だよ。回復する」
 響かせる旋律は、立ち止まらず戦い続ける者へ捧ぐ歌。ギターを弾き、今、この場にいる皆へと届けるように弥鳥は歌う。旋律が癒やしと共に加護を生む。盾は、これが最後の戦いと分かっているから。
「こちらも重ねるよ。足止めは……」
 呟いたアトリに、ひら、とゼレフが手だけを振る。咆吼がある分、来ると分かれば動ける。それに。
「今のは格好よすぎるね」
 無理をするなと意を込めて、景臣に声を投げる。ゆるり、と視線を上げるだけの相棒に、トン、とゼレフは足音を鳴らし並び立つ。
「亡骸が土に還り糧となるのは必然。……だけれど、これじゃあんまりだね」
 負傷にただ息だけを落とした景臣に気がつかなかった訳では無い。
「早いとこ送ってやろう、相棒」
「……そうですね。僕達はこの苦しみを終わらせられる」
 あの時見たそれとは違う炎に景臣は息を吸う。
「こんな暗い場所に居るのはお辛いでしょうから。――頼りにしていますよ、相棒」
 穏やかに笑うように景臣は告げる。咆吼と共にぐん、と伸ばされた黒き血の腕に身を引く。半身、逸らすようにして避ける。
「アアア!」
「遅くなって申し訳ない」
 其は身を焦がす獄炎に非ず。心のみを蝕む、幽けき炎が見せた蜃気楼。
「さあ、帰りましょう」
 誘いを口にする。ァア、アア、と響いていた声が僅かに揺れ、あ、とほどける。ぐらり、倒れるファンガス達を飛び越えようとする一体をゼレフの紡いだ鏡像が捕らえた。
「ァア、ア——」
 咆吼が揺れる。高く低く、零れる殺意は変わりなく、だが瞳に意思はない。
「……」
 は、とレスターは息をついた。半身の様な愛用の大剣も帯びずに、まして壊さぬ戦いをするなど不得手の最たるものだった。
(「それでも……」)
 作戦に志願したのは、戻らぬ遺灰の重みを知っているから。今、彼らを待つ人々の手にあるのは空の柩だ。実感も無いまま時だけが過ぎて——否応なしに思い知るだけの時が過ぎる。
「魔法は苦手なんだが」
 ぼやきつつも、攻手に友が居るなら技を揮う手は力強く。
「あんたらの恨みはおれが持ってく」
 ひゅ、と空を払う男の指先が冷気を呼ぶ。展開された魔法の霜がファンガス達の動きを捕らえ冷気で包んでいく。
「ァア、ア」
「安心して眠れ」
 黒き血の爪はレスターを引き裂く事無く、ほどけ肩口に寄生していたファンガスが冷気の中、魔法の霜に落ち砕け散った。

 ——ヘリオンの到着までには少し時間があるという。
 一体ずつ目を閉じてやりながら、レスターは差し込む日差しに目を細めた。随分、時間が経っていたらしい。
「この人達……お盆までには帰れるといいよな」
 服の泥を払い、頬の血を拭えば一人一人の姿も漸く分かる。ぽつり、と呟いた恵にアトリも頷いた。
「あぁ」
 予知に従えば被害が出る前に助けられた状況でない事も知ってる。ならばせめて、代わりとなるように、と時間が許す限り、一行は遺体の汚れを拭い、衣服を整えた。
(「……死後の世界を信じることは自由だ」)
 寧ろ実感としては、と律は思う。遺された者の悲しみにこそ慰めが必要なのだと。
「……ゆっくり休むといい。それぞれの大事なひとたちが待つ家で」
 水筒で顔を濯ぎ、虚空を見据えていた青年の瞳をゼレフはそっと閉じる。手の中にあった鍵はきっと彼の家のものだろう。
「……風が変わった」
 花を供えたマークが告げる。迎えの音が響いていた。

 後日、行方不明であった50人が家族の元へ帰った。警察の当初の予想より早く進んだのはその身に戦いでの傷が無かったことにあり、整えられた遺体にあったという。
 斯くして長きに渡り、家族を待ち続けた人々は漸くの再会を果たした。悲劇と戦いの果てに死した骸では無く——眠るように瞳を伏せた姿に。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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