トラップは廃色の病棟にて

作者:麻人

「オーライ、オーライーー」
 夏の湿った空気に、ヘルメットを被った男の声がこだまする。合図に従って甲高い音を鳴らしながらバックで侵入してくる大型トラック。
 彼らは気付かない。ゆっくりと動くタイヤのすぐ脇――割れたアスファルトの隙間から節くれだった指先が這い出でようとしているのを。
「オーラ……――ッ……?」
 ぐっと足元を掴まれて、驚いた男はようやくその存在を知る。
「な……なんだこいつらは――!?」
 その名をスロウン。
 人型をした攻性植物は見る間に潜んでいた地中から踊り出るなり、恐怖に顔を歪めて逃げようとした男の体に両腕を巻きつけ、ぱっくりと大きく開いた赤い口で貪り食ってしまった。

「皆さん、ユグドラシル・ウォーの勝利をおめでとうございます。ここまで本当に長かったですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は柔らかく微笑み、現在の状況を伝えた。
「逃げた敵の追跡は現在も続けている最中です。まずは、大阪城周辺に残った敵の掃討をお願いしたく、こうしてお集まり頂いた次第です」
 事の発端は、大阪緩衝地帯の復興作業を請け負った土建屋のスタッフが休眠状態にある攻性植物に襲われるという予知による。
「この予知によって事前に工事を中止したため、現在のところは被害は出ておりません。工事を始める前にこの攻性植物を排除すること。それが、今回皆さんにお願いしたい依頼なのです」

 大阪城周辺に潜伏しているのは、エインヘリアルの策謀術士リリー・ルビーが使役していた『スロウン』という攻性植物だ。
 それらはルビーの命令によって大阪城周辺の各所に潜み、人間が近づいた途端に休眠状態から覚醒して奇襲を仕掛ける。
「もちろん、通りがかるのが人間ではなくケルベロスでも同じことです。なにしろ、あちらは植物に擬態したり地下に潜ったり、あるいは瓦礫の下に入り込んだり……外からは視認しづらい場所に隠れていますので、近づかない限りは見つけるのが困難です。ですので、探索の方法に力を入れるよりは、奇襲を受けた場合にどう対応するか、という対策の方に重点をおかれた方がよろしいかと」
 幸い、スロウンは数こそ多いものの、その攻撃力はそれほど高くない。
 セリカは地図を広げ、大阪城からほど近い病院を赤い丸で囲んだ。
「排除を担当して頂くのは、この病院の敷地内です。現在は廃墟となっており、南側の棟が半壊。この瓦礫の周辺に7、8体潜んでいるようです。それと、駐車場の地下に4体ずつ3か所。そして、玄関前の植木や並木に擬態したものが10体ほど」
 いずれも同時に全てが攻撃してくるわけではなく、数体ずつ襲い掛かってくるようだ。対策がきちんと取られているならば、単独行動でも十分に対処できるかもしれない。

「出現場所も離れていますし、手分けして探索してもよいかもしれませんね。なにしろ、相手は人が近づくと奇襲を行う地雷のような輩です。排除漏れのないように、何卒よろしくお願いいたしますね」
 セリカは丁寧にお辞儀してから、「いってらっしゃいませ」と微笑する。長い戦いによって疲弊した大阪城周辺地域。その復興を賭けた最初の一歩を踏み出すための、先駆けとなる依頼だった。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)
メガ・ザンバ(応援歌ロボ・e86109)
 

■リプレイ

●最後の大掃除
「ふぅん、ここがスロウンの巣ねぇ……」
 色っぽい唇に指差きを当て、ファレ・ミィド(身も心もダイナマイト・e35653)は慎重に辺りを探ってゆく。特に囮役を務める相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の周囲は不審な動きひとつ見逃すことのないよう、目を凝らすようにして件の駐車場を眺め渡した。
 長い戦いと戦争の余波を受けた駐車場はひどく荒れ、怪しげな割れ目がいたるところに見つかった。
「あの大きな割れ目、特に注意なのデス!」
 溌剌と指差すシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)に泰地は頷き、わざと大きな声を出してみる。
「おーい、そこにいるのかー!?」
「デース!!」
 ふたり揃って耳に手を当て、少しの間待っていると――。
「後ろだ!」
 死角を潰すように布陣していた月隠・三日月(暁の番犬・e03347)が警告するのと同時に、ファレが胸の谷間に挟んでおいたエレメンタルボルトが一気に重力の充填をはじめた。
「尻尾を出したわね。さあみんな、やっておしまい!」
 ――敵の数は四体。
「さあ来い、マッスルガード!」
 先手を取った泰地の筋肉美の前に、彼を捉えようと伸びていた蔓がびっくりして縮こまった。
「そこだ!」
 すかさず、天へと跳躍したメガ・ザンバ(応援歌ロボ・e86109)の降り注ぐ無数の剣戟が頭上からスロウンたちを滅多刺しに切り裂いた。
「助かるぜ!」
 泰地の放った気咬弾がスロウンを追い詰め、背後に滑り込んだ三日月の峻烈なる蹴り技が止めを刺す。
「まずは1体!」
「次はキミ達の番デス! ――レッツ、ロック! ケルベロスライブスタートデスよー!」
 ジャーン! とギターをかき鳴らしたシィカが戦場に炎をまき散らす。それらは派手に燃え、スロウンたちを焚きつけた。
「! 次の奴らも集まって来たのデス!!」
 騒動につられたのか、さらに4体のスロウンがアスファルトを突き破って現れる。
「待ってたぜ!」
 両拳を使って殴りつぶしたスロウンを投げ捨て、次の集団目がけて飛びかかる泰地を含めた防御手をファレの召喚した死霊が次々と癒していった。
「ふふ、いい子ね」
 ファレは従順なる死霊を労い、腰に手を当てしなを作る。
「仕事場近くにこんなのが残ってるようじゃ商売上がったりだわ。しっかり草毟りしないと」
「草刈りというには少々大掛かりだがな。綺麗に片づけて復興の邪魔にならないようにしないとなぁ」
 しゃきん、しゃきん! とスロウンを切り崩していきながら相槌を打ったのはメガだ。
「そういうことね」
「ああ。とにかく長丁場だ、丁寧に処置していくとしよう」
 スロウンは知能が高くないらしく、物音に反応して本能的に襲いかかってくる彼らを討伐するのはそれほど難しいことではなかった。
「んっんー、これがロックなのデス! 耳の穴かっぽじって聞くのデスよ!」
 シィカの指が踊るようにギターを奏で、熱気の渦を巻き起こす。思わず踊りたくなるほどに軽快なビート。
「ノってきた!」
 三日月が飛ぶように跳ね、死角から放つグラインドファイアの鎌首が速やかにスロウンを刎ねて燃やし尽くす。
「そっちの奴は頼む!」
「任された!」
 逃げるように背を向けたスロウンをメガの刃が斬り伏せ、これで8体。
「さて、駐車場はあとひと組か。どこにいる?」
 どこからでもかかってこいと泰地は拳を撃ち付け、ぐるりと辺りを見渡した。
「全部片付けねぇと、復興が進まないからな。打たれ強さには自信があるんだ、囮役を務めきってみせるぜ。――さぁ、出て来い!」
 挑発に応えるように、9体目から12体目までのスロウンが電柱の影から襲いかかった。体をゆらゆらと揺らす奇妙な踊りは妙な眠気を誘う。
「そんなもの、目覚まし代わりの聖唱がやっつけてやるのデース!」
 シィカが全身全霊を込めて歌う聖唱が前衛たちを鼓舞すれば、ファレの召喚した死霊が後衛たちを守る盾となる。
 おかげでケルベロスはほとんど傷を負わないまま、駐車場に巣食ったスロウンの撃破に成功したのだった。

●閑話休題
 玄関前を探索する前に休憩を挟むことにしたケルベロスは、見晴らしのよい場所を選んで各々腰を下ろしていった。
「さあ、この栄養ドリンクを飲んでくれ!」
 メガは胸元から取り出した飲料と用意してきた食料を渡して見張り役を買って出る。
「ありがと。でも、あなたも休んだほうがいいんじゃない?」
 同じ旅団で顔見知りのファレは彼を気遣い、特に念入りに傷を癒してやった。
「助かる。ま、俺は食事水分睡眠の必要がないグランドロンだからな。心配には及ばないさ」
「おー、頼もしいな」
 充分な体力の残っている三日月は次戦に向けて軽く体を動かしている。
「いいペースだな」
「デース! この調子で綺麗さっぱり掃討したいデスねー!」
 じゃがじゃんっとシィカはギターをかき鳴らして歌い始めた。
「ここで一緒に戦うことになったのもなにかの縁デス! 皆さんそれぞれこの場所に思い入れがあるようデスね?」
「ああ。何回も大阪城勢力と戦い続けていれば、後始末にも手を貸したくなるってもんだ」
 皆のおかげで、囮役の泰地にも大きな怪我はない。
「すぐに出られるぜ」
「それじゃ、行きましょ。大阪の平和を取り戻しにね」
 ファレはウインクして立ち上がると、軽く伸びをしてから見張りをしているメガを呼びに行った。
「問題なかった?」
 メガは頷き、戦意を示すために軽く腕を上げてみせる。
「大丈夫だ。よし、探索再開といこう!」

●解放へ
「さて、と……なんでも試してみないとね?」
 他と同じく、病院玄関前の並木は荒れ果てた有り様だ。人の手が入らない植木は伸びる一方で、ところによっては深い茂みと化している。
「力を貸して、植物よ」
 ファレが近寄ると、本物の植物は道を開けるように動き始めた。当然、偽物であるスロウンはその場に取り残されることになる。
「――!?」
 突然、身を隠していた植物がなくなって困惑するスロウンの前に三日月が躍り出た。
「せーの!」
 体を捻り、勢いをつけて回転しながら蹴りを撃ち込む。
「一丁上がり!」
「食らうのデース!」
 同時にシィカも見事な弧を描き、グラインドファイアでスロウンを火の海へと叩き込んだ。
「ここは数が多いので、気をつけるのデス!」
「まったく、次から次へと! それに、ここはまだ外だからいいけどまだ南棟の中が残ってるんだろ?」
「? どうしました、顔色が悪いデスよ?」
「な、なんでもないって! オバケなんて絶対に存在しないんだって!」
 一生懸命に強がりつつも、三日月の足は病棟に近づくにつれて重くなってゆく。無事に玄関前を掃討し、院内に踏み込んだケルベロスたちはフロア案内を見つけて目的地までの道のりを確かめた。
「結構雰囲気があるな」
 きょろきょろと辺りを見渡していた泰地が不意に「あっ」と声を上げる。びっくりした三日月が竦み上がって言った。
「な、なんだよ?」
「いや、何階か聞いてなかったと思ってな。とはいえ、ほとんど半壊してるからどこから来られても対応はできそうだが――」
 カツンッ。
「――上よ!」
 音に注意していたファレが真っ先に気付いて叫ぶ。
「やあっ!」
 すぐさま反応したメガの刃が、瓦礫の下から這い出したスロウンの手足をコンクリートに縫いつけた。
 三日月は崩落した壁を蹴り、吹き抜けになった二階部分へ到達。
「まとめて八つ裂きにしてやる!」
 風刃と化した足音が捉えた敵の全てを巻き込み、嵐のように駆け抜ける。千々に裂けた外皮が舞う中を泰地の気咬弾が次々と放たれ敵を屠っていった。
「逃がさないのデス!」
 逃げ場をふさいだシィカのギターが絶対零度の冷気でもってぶん殴る。
「ふふ、させると思って?」
 スロウンも彼らに命令したリリー・ルビーのために奮闘してはいるのだが、ケルベロスの方が一枚上手だった。
 せっかく眠らせても、すぐにファレが癒しの霧を満たして目覚めさせてしまう。ならばとそちらに眠りの舞を向けたところで、控えていたメガの歌が響いて互いをカバーする。
「あと何体デス?」
「3!」
 三日月が指を折りながら答えた。
「――これで!」
 メガの蹴りが当たった途端、星の煌めきが弾ける。
「残りは頼んだ!」
 シィカはメガに応え、エアシューズを駆った。
「デース!!」
 最後の2体をまとめて挟みこむように、右からシィカ、左から三日月が迫った。ならばとくるり反転してすたこらさっさと逃げ出そうとするが、そこには泰地がにやりと笑って拳を構えている。
「そう来ると思ったぜ。逃がすもんかよ!」
 首と思われる辺りを無造作に掴み、もう片方の手で渾身の一撃を叩き込む。シィカは高く飛び上がり、思いっきりギターを振り下ろした。
「とどめデース!!」
 もろに食らったスロウンはふらふらとよろめき、半壊した二階のフロアから落ちてアスファルトの床に激突。それきり動かなくなった。

●新生
「残りはもういないよな?」
 一応、数に『約』がついていたので念のため周囲を見回るが、スロウンが残っている気配はなかった。
 三日月は黙祷を捧げてから病院の外に出て、ようやく肩の力を抜いた。
「これで、この場所もようやく復興が進められるんだな」
「そうね。まだまだ元のようになるまでには時間がかかるだろうけど、地道にいきましょ」
 小首を傾げて微笑むファレに、メガも頷く。
「はやく平和が戻るといいな」
「デース!!」
 ぎゅいーん、とギターをかき鳴らしてシィカが叫んだ。
「復興イェーイ! ネオ大阪の幕開けなのデース!!」
「うおっと!」
 耳元で鳴る激しい音に泰地は思わず両耳を塞いだが、笑って親指を立ててみせる。ようやく終わった戦い、これから始まる復興の日々。長い時間がかかるだろうが、その先にはきっと明るい平和が待っている。
「楽しみだな」
 できるだけ早く街が新生できることを祈って、彼らは互いを労い、喜びの笑みを交わし合った。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月16日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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