幽冥の檻

作者:秋月諒

●幽冥の檻
 夜の都市を、風が駆け抜ける。狭い通りを抜け、ひゅう、と高い音をたてた風は交差点にたどり着いたそこで空に上がった。さわさわと、揺れた木々が葉を散らす。朝が来れば誰かが掃除でもするだろうが、深夜ともなれば落ち葉はただただ揺れて舞うばかりだ。その深夜の交差点に現れるものがあった。
 青白く発光する魚、だ。
 ゆらりと姿を見せたそれは、この都市の交差点に現れ浮遊する。水の中にあるのと変わらぬように体長2mほどの浮遊する怪魚たちはゆらゆらと泳ぎ回りーーやがて、怪魚の泳ぎまわる軌跡が魔法陣のように浮かび上がった。
「……」
 その中から、身を起こしたのは屈強な獣であった。ただの獣というには、その太い腕も、屈強な上半身もあまりに異様だった。瞳はどろりと黒く、鋭い牙を示すかのようにその獣は唸り声を上げた。
「るぉおおおおおお」
 低く、低く。
 大地を震わせ、恐怖させるかのように唸り声は響く。その反響が止まぬうちに、獣は大地を蹴った。怪魚たちを従えて、向かい行くは寝静まった住宅街。忍ぶことなどしないまま、獣は窓ガラスを叩き割りーーその牙を人々へと向ける。
 
●ヘリオライダー・セリカ・リュミエール
「茨城県つくば市中心部で、死神の活動が確認されました」
 そう、静かに告げたのはシャドウエルフのヘリオライダー・セリカ・リュミエールであった。
 ヘリオライダー、デウスエクスが引き起こす事件について『予知』する事ができる特殊能力者の一人である彼女は集まったケルベロス達を前に、丁寧に話を始めた。
「死神、といってもかなり下級の死神になります。姿は浮遊する怪魚のようで、知性をもたないタイプです」
 その怪魚――怪魚型死神が襲撃事件を起こそうとしているのだ。
 方法についてですが、とセリカは一度言葉を切り、ケルベロス達を見た。
「怪魚型の死神は、死神の世界デスバレスから過去に死んだ『ウェアライダー』を、変異強化した上でサルベージし、人間を襲撃させようとしているようです」
 何故、と疑問はある。だが死神の目的は分からないが、このまま放置すれば変異強化されたウェアライダーと怪魚型死神によって人々は蹂躙されてしまうだろう。
 唇を結び、セリカはケルベロス達に告げた。
「襲撃を防ぐ為、皆さんにはかれらの出現ポイントに急いで向かっていただきます」
 敵が出現するのは、人気の無い深夜の交差点だ。
「変異強化されたウェアライダーは、知性を失った完全な獣型となります」
 姿形は、狼のそれに似ている。全長は3メートルほど。太い腕と屈強な上半身を持ち、戦いを好む。
「変異強化されたウェアライダーが使用するグラビティについてですが、こちらは種族『ウェアライダー』のグラビティと同じものです」
 次に、怪魚型の『死神』についてですが、とセリカは話を続ける。
「数は3体。噛み付くことで攻撃をしてきます」
 攻撃の他、自らの態勢を立て直すグラビティも有しています。
「それと戦場となる場所についてですが……、事件が発生する前に避難勧告を出してしまうと、それを察知した死神がその場に現れず別の場所で儀式を行ってしまいます」
 つまり、避難勧告などは変異強化されたウェアライダーが出現してからでないと行うことができないのだ。
 出現ポイントは町の交差点。戦うのに問題のない広さがあり、住宅街へと向かう通りは上り坂になっている。
「戦闘現場付近には住民が近づかないように、警察などが動いてくれる筈ですが……できるだけ、敵が市街地に入り込まないように気をつけてください」
 変異強化されたウェアライダーと怪魚たちとどう戦うかが鍵になってくるだろう。
「そうね。全力で相手してやるわ」
 セリカの言葉に、少女は顔を上げる。ふわりと長い髪と同じ、うさぎの耳を持つ少女――ウェアライダーのミュージックファイター・小野寺蜜姫は一つ息を吸い――言った。
「あたしの歌からは、決して誰も逃がさない」
 決意を込めた、少女の声が響いた。


参加者
メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)
チェスター・ホルム(風見鶏・e00125)
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)
花骨牌・旭(春告花・e00213)
黛・繭紗(ピュラモスの絲紡ぎ・e01004)
エテルネル・モワ(刻まれ続ける藍の色・e01074)
ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)
貴石・連(砂礫降る・e01343)

■リプレイ

●始まりの調べ
 バタバタと羽を回すヘリオンから飛び降りれば、街中の空気がケルベロスたちを出迎えた。夏の空気だ。
「ヘリポートでの旅ってのは中々腰にくるな……。俺もそろそろ歳かね」
 緩い笑みをひとつ浮かべ、息を吐いたチェスター・ホルム(風見鶏・e00125)に、ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)は眉を立てた。
「歳だなんて全国の27歳に刺されてきてチェス兄」
 歳っていうのはこう、もうちょっと上になってからの話だ。年嵩の幼なじみに容赦なく言い切ったティアリスの横、高いのはちょっと、と遠ざかっていくヘリオンを見ながら花骨牌・旭(春告花・e00213)は息をつく。
「いやかなり嫌だから今度から何とかしてほしいな」
 その呟きに、タイミングよくヘリオンは高く上がった。にしても、と旭は息をつき、チェスターへと水を向ける。
「チェスターはおっさんだな。その身長がやっぱ無駄なんじゃね? 貰ってやろうか?」
 身長談義になった男子二人を置いて、ティアリスは通りへと目をやった。交差点には予定通り、人気はない。
「……、誰もいないね」
 当たり前だけど、と少しばかりツン、とした声が響く。メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)のものだ。年の頃を考えれば、大人びた口調で交差点を検分した彼の横、頷きがひとつ返る。
「……時間を考えればまぁ不思議はないけれど、警察の方も動いてくださっているようね」
 おしとやかに、とん、と降り立ったエテルネル・モワ(刻まれ続ける藍の色・e01074)は、夜の空気を吸う。よろしくね、とひとつ紡ぎ落とした娘は、ゆるりとあたりを見渡した。外、警察の連絡には一人、サポートで任務に参加したケルベロスが向かっていると連絡があった。
「あちらに開始の連絡はしなくてよそうね」
「……そうか」
 静かに、フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)は頷き交差点へと目をやった。
 ここに、死神が出るという。儀式をもって、死者を呼び起こしーー人々を襲わせる、という。
「死者を相手なんて夏らしい、のか? ……倒せば、みんな同じ、か……。ケルベロスは忙しいな」
「ま、そうでしょうね」
 小野寺・蜜姫(ウェアライダーのミュージックファイター・en0025)は忙しい、の言葉をひとつ拾って、動き出してきたってことでしょう。と揺れる髪をかきあげる。
「でも、全力で相手してやるわ」
 何だって、何がきたって。
 顎をあげた娘の前、交差点の空気がーー変わる。ふ、とそれまで口を噤んでいた黛・繭紗(ピュラモスの絲紡ぎ・e01004)が顔をあげる。瞳が瞬きーー一点をみた。
「……来ます」
 虚ろな空気を纏う少女の声音が、ぴん、と張る。夜の空気が変わった。交差点に風が吹き折り、それは姿を見せる。青白く発光する魚はゆらゆらと泳ぎ回りひとつの、魔法陣を描きあげた。それこそが召喚の印。淡く光る魔法陣の中から、一体の獣が立ち上がる。
「るぉおお……」
 唸るような声に、地面を踏みしめる音が混じった。一歩、踏み出された足は屈強の言葉がよく似合う。太い腕をつき、その身を持ち上げる。
 白銀の獣。どろりとしたその瞳に浮かべるのは、底なしの殺意だ。
 その殺意を感じながら、ケルベロスたちはたん、と地面を蹴る。通りの真ん中、住宅街へと続く坂道を塞ぐように立ちーー貴石・連(砂礫降る・e01343)は顔をあげる。
「死神に呼び起こされたウェアライダーか。死んでまで手駒にされたくはないわね」
 きゅ、と拳に力を入れる。
「今回望まず喚起された相手も、誰かを傷つける前に正しく送ってあげましょう」
 空気が、変わる。ただただ、街の人々を襲うだけの死神と獣がこちらを見る。立ちふさがる、ケルベロス達を。
「エテルネル、頼むよ」
 旭の言葉に、えぇ、とひとつ頷いた娘は目を瞑りーー一気に開いた。
「血が騒ぐとはこの事ね……」
 その呟きに、空が震える。放たれた殺気に呼応する風が、変わった。
 殺界形成だ。
「——……」
 交差点より奥、住宅街で住民の避難を手伝っていたキシュカ・ノース(眼鏡のウェアライダー・e02557)はその変化を感じ取る。人々の動きの変化、だ。警察が避難誘導を行っている分、戻ろうとする人は元からいなかったのだがーーそれでも振り返ることさえなく、足早になった。
 戦場は、出来上がった。避難も時期に完了する。ならば後はただーー倒す、のみ。
「気をつけて」
 口の中ひとつ、言葉を作る。風のざわめきが始まりを告げていた。

●その名はケルベロス
「るぉおおおお!」
 咆哮が、通りに響く。立ちはだかったケルベロスたちを、死神と呼びだされたウェアライダーは敵と認識したらしい。響く声は退けの一言か。
「……死んでもなお呼び出されて、操られてるだなんて……間抜け。バッカみたい」
 ……だから、今度こそ……ボクたちで、静かに眠らせてあげなきゃね。
 メルティアリアはそう言って、顔をあげた。ゆらり、と青白い魚たちが動く。
「来る」
 紡ぐ、声が重なる。
「死神魚から先に討滅する。ウェアライダーは任せるわ。こっちも手早く片付ける」
「えぇ。こちらも抑え切るわ」
 連の言葉に頷いて、エテルネルは前に出る。とん、と進む足音も静かに、歩みは美しく。走る獣を、見る。
「奴の好きにはさせないわ」
 その一言に、まるで応えるかのように死者の獣が咆哮をあげた。
「グルォオオオ!」
「っと始まったな!」
 響く、咆哮に散開を告げる声が響いた。蜜姫、とティアリスが声をあげる。
「怪魚に対して殲剣の理をお願い」
「わかったわ。あたしの歌からは、決して誰も逃がさない」
 頷いた蜜姫がギターに手をかける。いいね、とチェスターは笑った。
「蜜姫ちゃんのあの心意気。ついでだ。俺の歌も聴いてけよ」
 た、とチェスターは前に出る。息を吸い、唇に旋律をのせるその前に呼ぶのは大切な幼馴染たちの名前。
「旭、ティア、無理をするなよ。何事も怪我なく帰ってこそだ」
 次の瞬間、響き渡ったのは二種の殲剣の理であった。絶望しない魂を歌い上げるその歌は、死神と、そして死者の獣にそれぞれ叩きつけられる。だん、と地面を踏みしめたウェアライダーの視線がこちらに向いた。
「ちょいと歌でも聞いていきな。お代は見てのお帰りだ」
「オォオオオ!」
 黒く、濁った瞳がチェスターに向く。その横、た、と地面を蹴ったエテルネルの姿がーー消えた。否、一気に加速したのだ。時が止まったのかと思う程に素早く、一瞬、その姿を見失ったウェアライダーが顎をあげーーだが気がついた時にはもう、遅い。
「時と時は繋がり合い、そして私は時を喰らう」
 相対ノ時刻固定。
 獣にだけ聞こえるようにそう紡いだ、エテルネルの一撃がウェアライダーに炸裂した。
「ルォオオ!」
「余所見してていいの? まだ曲はこっからなんだけどな」
 怒りに満ちた獣にチェスターの声が響く。
 小さく、ティアリスは息をついた。
「前向きな心意気は見習わないとね」
 落とした言葉は、チェスターへ。
「わたしよりもチェス兄……むしろ旭ちゃんが心配よ。……メメ、ふたりをお願いね」
 陽気な猫が応えるように尻尾を揺らす。先に出た男も、聞こえているのか獣の一撃を受けながらも笑うのが見える。
 こちらも、動かずにはいられまい。
「2mの怪魚も3mのウェアライダーも実際にみるとほんと大きいわね。怖く……はないけどなんだか鬱陶しい」
 はやく終わらせて自宅に帰りたいわ、とティアリスは思った。眉を寄せた彼女の瞳にするり、と滑るように前に出た死神の魚が怨霊弾を撃ち出すのが見えた。狙いはーー蜜姫だ。
「っ」
 一撃が、当たる。続けてもう一体、放たれたそれに守るように旭が飛び込んだ。符を構えた腕が焼かれる。一瞬、走るのは痛みより熱が先だ。旭さん、と響く繭紗の声に大丈夫だと言って、旭は戦場を見据えた。まずは目の前の魚、そんでもって次は獣。
「でかい獣にでかい魚か、インパクトすげぇな」
 上げる、声と共に旭は光る猫の群れを召喚した。猫たちが振りまくのは容赦の無い毒。
「なんにせよ、初依頼だ。景気よく、勝ち星上げていこうぜ!」
 景気よく、上がる声にもう一体の魚——怪魚が旭を見た。ぐわ、と開いた口から一撃が放たれるーーそれより前に、凍結の弾丸が怪魚を打ち抜く。
「うろちょろしてる魚が鬱陶しいんだよね、先に片付けちゃおうか」
 メルティアリアの一撃だ。怪魚の頭がこちらを向けば、次の一撃を構える。
 衝撃に、僅か身を仰け反らせた怪魚へとティアリスがスパイラルアームを放つ。衝撃に火花が散り、血の代わりに炎が散る。撃ち出しかけた一撃の名残か。傾ぐ一体を視界に、連が前に出た。
「はぁあっ」
 結晶化した拳が、怪魚を撃ち抜く。打撃の瞬間、浮き上がった魚の表面がパキパキ、と石化していった。
 砂礫の打突。
 連の持つ固有の一撃。ギィィ、と軋み響いた死神の音は、威嚇か苛立ちか。真横から、迫る一撃に身を飛ばして連は怪魚を見据えた。これひとつ、回復の阻害はできる。
 ウェアライダーへの抑えは成功。意識も、チェスターに向いている。怪魚の方は蜜姫だ。紡いだ旋律のおかげで奴らが、ケルベロスたちを無視して住宅街へ向かう気配はない。
「死神、それは死そのものの顕現。あまり関わりたくないものだけど」
 死神に死を与えるってのもしゃれが効いてる。
「うん、皆で力を合わせて目標を討滅しましょう」
 息を吐き、連は言った。
「さあ、派手なライブの始まり! 叩き潰すわよ。蜜姫さんも一緒にノっていこう! デウスエクスには一切容赦なし!」
 ケルベロスたちは、デウスエクスに立ち向かう。

●幽冥に捧げ
「まもり、を」
 仲間へと届けるのは守護の力。先に、怪魚たちと戦う前衛へと守護を紡いだ繭紗は死者の冒涜に、静かに怒っていた。剣を握る手こそそのままに、されど確かな怒りを抱いていた。
(「……本当に、本当に。あなたたちは、ひどいことばかりするんですね。星の揺籠から引きずり起こされた魂は、それをしあわせと思いますか。変わり果てた姿をみて、そのひとの大切なひとはしあわせと思いますか」)
 唇を引き結んだ真響の横、テレビウムの笹木さんが寄り添う。
(「きっと、あなたたちには、わかりませんよね。それならいいです」)
 ――さようなら。
 息を吐き、繭紗の見据えた戦場に、フラジールが飛び込む。一撃を叩き込み、時に返され交わされーーだが、その足をケルベロス達が休める事はなかった。打ち出された一撃を飛び越え、じりじりと削る一撃を叩き込む。
「デウスエクスなら、私が相手だ! 来なければ。こちらから行く……」
 先ほどまでの、口数の少ない様子からは欠片も想像ができない強い口調でフラジールはそう言いーー淡く、輝く剣を振り上げる。ザン、と鋭い音が戦場に響き渡った。断ち切る一撃は終焉を司る。
「私達は、まさに、絶体絶命の崖っぷちに立たされている……だがそこから必ず生き残る……、そして最後には敵を圧倒し、殲滅する……、私の、攻撃だ」
 それは運命を打ち砕く力を抱きし一撃。あらゆる守護の力を打ち砕き、無効化するというーー神速の、一撃。
「英霊の鮮血に染まりしその翼翻し、革命に仇なす者を打ち砕け」
 詠唱は完成した。
 終焉の力を抱きし一撃に、怪魚が軋みーーそして耐えきれなくなったように、崩れ落ちた。
 怪魚の残りはあと、2体。
 劣勢を悟ったかのように、怪魚は一度距離を開けた。僅かに開いたその場所で狙うのは回復か。させない、と放った旭の一撃が空を切る。だが、怪魚は見ていなかった。一撃を放つ旭の後ろ、ティアリスが構えている事に。
「ドラゴニックミラージュ」
 落ちた言葉と共に、ドラゴンの幻影が放たれる。ごう、と炎が吠えた。一撃に怪魚がその身を焼かれ、軋む。逃げるように、怪魚は空中を泳いだ。体制を建て直すように弧を描きーーだが、青白い光がこぼれ落ちるばかりだ。
 それしきの回復じゃもう足りないのだ。動きを鈍らせるような攻撃を選び、ケルベロス達は着実に怪魚の体力を削っていった。
「死神なら、それらしく魂を黄泉に送りなさい!」
 一気に、間合いを詰めた連の一撃が食らいつく怪魚へと叩きつけられた。

●交差点の決闘者たち
 戦場は、加速する。
 打ち出される炎と、返す一打がぶつかり合い火花を散らす。食らいつく怪魚の歯を、真正面から弾いたのか堅い音がチェスターの耳に届いた。ギン、と響くその音にあちらの戦場に、眼前の獣が何かを感じることは無い。
 ここにいるのは、は知性を失った獣だ。突き出した拳に、策を練るほどの意識はなくーーけれど、獣の本能そのままに突き出される一撃は強力だ。高速の一撃に、チェスターの体が僅かに浮く。
「っさすが、狙ってくるか」
 衝撃に、吐いた息に血がにじむ。けれど、崩れ落ちることだけはしなかった男の耳に、リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)が回復を告げる声が響いた。オーロラのような光がチェスターたちを包み、傾ぐ足が体を支え切る。そうなれば、は、と二度目、落としかけた息を飲み込んで、チェスターは、た、と動いた仲間を見た。
「ペトリフィケイション」
 詠唱を紡ぎ、エテルネルから放たれた光線がウェアライダーを撃ち抜く。
「グゥウ」
 獣は唸る。ばたばたと血が落ちた。だがそれでも、どろりと淀む瞳はこちらを向いている。殺意は十分。は、とエテルネルとチェスターの二人は息をついた。傷はある。痛みもある。けれど、抑えとしては十分、まだこの身は動く。戦える。何よりーー。
「これで、最後だ」
 響くフラジールの声を聞く。連携の一撃、叩き込んだメルティアリアの声が届く。最後の怪魚が、撃ち抜かれたのだ。背後に感じていた力が四散する。
「合流したぜ!」
 た、と駆けつける仲間の声が届く。そこで初めて、状況を悟ったかのような死者の獣が辺りを見渡す。どろりと淀む瞳に映るのはケルベロスたち。己を囲む者たちに死者の獣は吠えた。
「グルォオオオ!」
「おまたせ。……すぐに終わらせてあげるから」
 照準を、獣へと向けたメルティアリアは息を吸う。
(「……だからもう少し、その苦しみに耐えてもらえるかな」)
 放つ、一撃は凍結の弾丸。撃ち抜かれた獣の肩がパキパキ、と音をたてて凍る。苛立つように、獣は身を震わせた。屈強な体のあちこちには既に多くの傷があった。毒を刻み、一度避けられた炎を叩きつけ、返す一撃をくらいながらもエテルネルが刻み込んだものだ。それが、じわりじわりとウェアライダーの体力を奪っていたのだ。
「ルォオオオオ!」
 魔力を込めた咆哮が響く。その衝撃の中、放たれる一撃があった。ティアリスのドラゴニックミラージュだ。
「……」
 身内の、怪我に殺意が高くなった娘の一撃が獣を焼く。続いて、動いたのは旭だった。
「行くぜ。氷結の槍騎兵」
 炎と冷気。
 その連撃に死者の獣は吠えた。暴れるように腕を振るい、だが暴れるばかりでは容易に見切れる。
「あの世に還れ、死人よ」
 一気に、獣の間合いへと入ったフラジールは鋭い爪を振り下ろした。防御ごと貫き通す一撃に、獣が傾ぐ。鑪を踏んだ巨体が、地面に罅を入れる。
「グルォオオ!」
 接近を嫌うように腕を振るう。狙いは、未だ僅かにチェスターに向いていた。回復を告げた繭紗に頷いて男は戦場を見た。咆哮が響き、傷を受けながらも一撃を叩き込む。向けられた拳に、一人が身を逸らせばその影からメルティアリアとティアリスが一撃を叩き込んだ。
 終わりは、近い。
「ルォオオ!」
 吠える獣が打ち出してきた拳に、連は自らの拳を叩きつけた。ガウン、と衝突音が響き渡った。一拍置いて、風が生まれる。
「さあ、そろそろ終わりにしましょう」
 叩き込むのは砂礫の打突。
 受け止めた獣の拳が石化していく。
「行くか」
 言って、チェスターは回復を紡ぐ。指先、流れる血だけを残して、痛みの消えた体でエテルネルは詠唱する。そして放たれた光が、怒りと共に踏み出そうとした死者の獣をーーとらえた。
 突き出した拳をそのままに、獣が動きを止める。あ、と繭紗は声をあげた。
「消える……」
 淀んでいた瞳が僅かに色を戻す。空の青をした獣はその次の瞬間、煙のように消えていった。残ったのは荒く息をする自分たち。
「勝った……!」
 勝利だ。
 よし、と旭が声をあげた。
「勝利……、あ、連絡」
 フラジールの言葉に頷いて、エテルネルは殺界形成を解く。
「住民や一般人、警察の方に戦闘が終了し安全が戻ったということを伝えましょう。愛する地に早く帰りたいでしょうからね」
「一般人さん、もう大丈夫ですよー……?」
 二人が連絡をつければ、町の人々の帰還の目処もたった。程なくして皆、家に帰れるという。
 あとはこちらも帰還だ。ふと、繭紗は死者の獣が消えたその場所を見た。
「願わくば今度こそ、安らかに」
 青の瞳のウェアライダーだ。白銀の背を思い出しながらメルティアリアは立ち上がった。
「……今度こそ、ゆっくり眠れるといいね」
 眠りから、無理やり起こされることなどないように。
 願いを込めて、紡ぐ。通りを優しい風が吹いていった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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