鈴風凛々

作者:小鳥遊彩羽

 ――ちりりり、ちりん。
 とある街の郊外にある神社の境内で、風に揺れる色とりどりの風鈴が、涼やかな音色で多くの参拝客を出迎えていた。
 その神社では毎年夏になると風鈴祭が行われており、夜には灯籠によるライトアップで、幻想的な光景が楽しめることでも知られている。
 今宵も訪れた参拝客が、いつもと変わらぬ風鈴祭のひとときを楽しんでいた――その時だった。
「……うるせえ音だなァ、」
 不意に現れたのは、ひとの背丈を優に超える大男。
 それは、平穏を一瞬にして絶望へと塗り替える存在に他ならなかった。
「きゃあああっ!?」
 異変に気づいた人々が、悲鳴を上げて逃げ惑う。その様子に大男は口元を歪ませて、叩きつけるように拳を振るった。
「そうだ、俺が聴きたいのはそういう音だ。――お前ら、せいぜい俺を楽しませてくれよなァ!」
 互いに奏で合っていた美しい鈴の音は、人々の悲鳴と男の哄笑で忽ちのうちに塗り潰されてゆくのだった。

●鈴風凛々
「ユグドラシル・ウォーの戦い、お疲れ様。まだ敵は残っているけれど、攻性植物との戦いは一つの区切りを迎えることが出来たと言っても過言ではないだろうね」
 長きに渡り大阪城に根を下ろしていたユグドラシルゲートの破壊。それを成し得たケルベロス達へ、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は労いの言葉をかけると、でも、と小さく眉を下げた。
「まだまだデウスエクスの脅威は残ってる。人々の平和な日常を守るために、力を貸して欲しい」
 トキサが予知したのは、エインヘリアルによる人々の虐殺事件。
 過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者が使い捨ての戦力として地球に送り込まれているのはケルベロス達もよく知る所ではあるが、例によって今回もそんな犯罪者の一人が、多くの人々の命を無残に奪い、そして恐怖と憎悪を齎すべく凶行に及ぶのだという。
「エインヘリアルが現れるのは、とある神社の前。その神社では風鈴祭が開かれていて、大勢の参拝客が訪れているんだ。彼らの避難誘導については警察に任せてあるから、君達はエインヘリアルを倒すことに集中してくれて大丈夫」
 ケルベロスが現れたとなれば、それだけでエインヘリアルの気を引くことが出来るだろう。バトルオーラを纏うエインヘリアルはただ目の前に在るものを破壊することしか考えておらず、その力は脅威ではあるが、力を合わせれば決して苦戦するような相手ではないとトキサは続けた。
「せっかくだし、無事に戦いが終わったら、皆も風鈴祭を楽しんでおいで」
 夏の風物詩のひとつでもある、風鈴。神社では毎年夏になると境内に無数の風鈴が飾られ、ひとたび風がそよげば一斉に涼やかな音色を奏でるのだという。
 その光景と音はまさに圧巻の一言。夜になると灯籠の明かりでライトアップされ、昼間とは違う、まるで無数の光が舞っているような幻想的な世界に誘われる。
 飾られている風鈴の他に即売会も行われているので、気に入った物があれば購入するのも良い。風鈴は色や柄はもちろん、形や素材も様々な種類があり、眺めているだけでも楽しいだろう。
 門前は縁日のように出店で賑わっているし、境内の一角にある茶房では、ふわふわのかき氷やあんみつ、パフェなどの甘味が楽しめる。
 灯籠の明かりで揺らめく風鈴の、まるで非日常のような光景。それを想像したのか、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)も柔らかく目を細めて――それからはっと瞬き、「頑張りましょうね」とケルベロス達を見やって微笑んだ。
「それじゃあ、早速現場に向かうとしよう。夏の夜に涼しい音色を楽しむためにも、皆、よろしくね!」
 トキサはそう言って説明を終えると、ヘリオンの操縦席に向かった。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)

■リプレイ

 ちりり、ちりりり、――りぃん!
 そよぐ風に楽しげに揺れていた風鈴の音が、一転して危険を知らせるかのように高く響く。
 そして――。
 どこからともなく現れた巨躯の男が驚き竦む人々を前ににやりと嗤った、次の瞬間。
「なっ……!?」
 何の前触れもなく自身を襲った二度の爆発に、エインヘリアルの罪人は目を瞠った。
「――響く凛音が煩い、か。お前とは趣味が合わないみたいだな、残念だ」
 薄縹の双眸に屠るべきものの姿を捉え、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が冷えた声を落とすと、
「此の場に雑音は不要です。風情あるお祭りの邪魔はさせません」
 その傍らより歩み出た蓮水・志苑(六出花・e14436)もまた凛と告げながら、腰に帯びた刀を抜き放った。
 風鈴は見た目も音色もとても素敵で、夏の日差しや空気に流れる音は文字通りの風物詩。その音で涼を楽しむ光景は、七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)も好むもので。
 ゆえにそれを恐怖と憎悪で塗り替えようとするエインヘリアルに対し素早くヒールドローンを展開させながら、さくらも毅然と告げる。
「……そういうのが判らない人には、お帰り頂きましょうか」
「何だてめェら!?」
 不意を突かれた男が叫びながら、纏う闘気を練り上げ放つ。
 志苑を狙ったオーラの弾丸を、すかさず身を挺した御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)が弾いた。
「蓮さん!」
「心配要らない」
 僅かに揺らいだ志苑の声に常と変わらぬ調子で応え、蓮は懐から取り出した鉦吾のような形のスイッチを押し込む。
 刹那膨れ上がった色とりどりの風は、さながら戦いの狼煙のよう。
 各々が定めた位置へ即座に散開したケルベロス達は、更なる攻撃に備える。
「クソ、邪魔すんじゃねェ!」
「シッ、静かにして。風鈴の音が聞こえなくなっちゃうでしょ?」
 翼猫のねーさんが尾を飾るリボンの輪を飛ばした直後。
 小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)は花の香纏う鎖を地に奔らせ、守りの魔法陣を描き上げた。
 そこへ金色の翼を広げ飛び掛かる小さな白い影と、同時にしゃらりと響く音。
 月花綻ぶ尾を揺らし、鋭い爪で巨躯を引っ掻く翼猫のルーナの後方、エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)が翡翠の杖を鳴らして唱える。
「――さぁ、聞いて。ボクのだいすきな月のうたを」
 醒めぬ眠りに落とそうとするかのようにエインヘリアルを包み込む、月の優しい唄声。
「涼やかな音を悲鳴で上塗りなんて絶対……させないもんっ!」
「このっ……!」
「風情がないねぇ、きっとお前さんの断末魔よりは聴こえも良かろうに」
 苛立ちのままに拳を振り回すエインヘリアルに微苦笑を湛えつつ、スウ・ティー(爆弾魔・e01099)は黒い円柱形の起爆スイッチ――手の中で遊ばせていたそれを軽く振るう。
「なっ――!?」
 すると、突如として男の全身に火が回り、巨大な火達磨が出来上がった。
 スイッチに装着されていた人体自然発火装置が起動しただけなのだが、それに気づくことはおそらくないだろう。
「風鈴は厄除けと聞いた事があるけれど、成程……耳障りか」
 赤く燃え盛る罪人目掛け、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は軽やかに跳躍した。
「でも、思っていたよりも、この厄はイイ声で鳴いてはくれなさそうだねぇ」
 刻み込まれた星光帯びる蹴撃は、重力の楔となって男を縛る。
「――鳴くのはてめェらに決まってんだろ!?」
「誰の悲鳴も聞かせない。喚き叫ぶのは、お前だけだ」
 声を荒らげるエインヘリアルへ銃口を向けるラウルの傍ら。
 ふわりと着地したルーチェは紅い瞳を緩く細めて微笑んだ。
「――Sei pronto……?」

 互いに声を掛け合いながら、攻撃を繋いでゆくケルベロス達。
 エインヘリアルの攻撃は苛烈を極め、加護が打ち砕かれることもあったが、守りに重きを置いた編成と盾役の蓮や涼香、そしてエトワールの翼猫ルーナの奮闘もあり、戦線は崩れることなく維持されていた。
「任せて、すぐに回復するわ!」
 さくらが振るうは紅水晶の蕾が眠る銀枝の杖。
 雷光纏う桜花が攻撃手達へ確かな力を注ぐ傍ら、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)もまた、避雷の杖を掲げ癒しに務める。
「うぜェ……!」
 圧倒的な力をもってしても破壊することが叶わないどころか、迫り来る終焉の気配に男が歯を食いしばったその時。
「余所見をしている暇はないぜ。――……月燈す花の彩に溺れてみるか?」
 巨躯の背後に回り込んでいたラウルが狙い澄まして二丁の銃の引き金を引いた。
 放たれた月彩の弾丸は牙の如く喰らいつき――燦めいた刹那、爆ぜるように溢れ咲いたミモザの花が男を覆う。
 オーラの弾丸を軽やかに飛び越えた空木が神器の瞳を光らせれば、巨躯を包む炎がより一層激しくなって。
 その光景を見つめながら、古書を紐解く蓮。
「……来い、くれてやる。代わりに刃となれ」
 餌としたのは己の霊力。
 すると、像を結んで現れた赤黒い影の鬼が咆哮と共に雷を伴う風を巻き起こし、炎に覆われた巨躯を切り裂いた。
「蓮さん、続きます」
 即座に踏み込んだ志苑が閃かせた二振りの刃が、虚空より落ちる雪と桜を舞い上げる。
「散り行く命の花、刹那の終焉へお連れします。逝く先は安らかであれ」
 清浄なる白き世界に咲く炎と氷雪の花。
 斬撃の軌跡が花弁を朱に染め上げ散らし、そして――。
「大丈夫、あと一息よ!」
 満身創痍のエインヘリアルに、戦いの終わりが近いことを察したさくらも攻撃に移る。
「……どこにもいっちゃ、だめよ。ずーっと、ここにいて? ね?」
 そっと掲げた小指の先には紅い点。そこから細く伸ばされた鮮やかな紅が男の体にちいさな傷を刻み込めば、忽ちの内に歪な絆の紅鎖がふたつの傷を繋ぎ、その場に縫い止める。
 直後、エトワールが伸ばした黒鎖が、美しい翠の軌跡を描いてエインヘリアルをきつく締め上げた。
「恐怖も絶望もキミにはあげない。だって、ボク達が希望で塗り替えるんだから!」
 そう紡ぐエトワールの瞳には確かな意志。
 そんな少女を頼もしげに見やりつつ、スウは目深に被った帽子を更に深く被り直し――にやりと口の端を釣り上げて爆破スイッチを押した。
「もっと色んな音を楽しみな。ま、俺のは特に煩いのが瑕だが。――逃さないよ」
 次の瞬間。男が気づかぬ内に周囲を埋め尽くしていた不可視の機雷水晶が一斉に瞬いて弾け、爆風の衝撃で吹き飛ばした。
「ねーさん!」
 呼ぶ声ににゃあと鳴いて応えたねーさんが、男の瞳に鋭い爪を突き立てる。
 その姿を見守りながら、涼香はすっと息を吸い込んだ。
「――その先へ、行けますように」
 涼香が呼ぶのは、夏を連れ葉を散らす風。
 青嵐の如き力強い風に背を押されるように、ルーチェがエインヘリアルの元へ馳せた。
「深潭へ堕ちてお出で……」
 囁き、漆黒のナイフを繰り出すルーチェ。
「ぐっ……!?」
 今のルーチェにとって、エインヘリアルの巨躯はさながら広大な宵の空。
 深く抉るように突き立てられた一点に灯った明星が裂かれて三日月へと姿を変え、溢れ出た鮮血が黎明を描き出す。
 それは深潭に在る堕天の光が如く喰んだ命を捕らえ断ち切る闇。
「ぐあああッ――!?」
「奇遇だねぇ……僕も『そういう音』が好みなんだ」
 膝をつき、苦悶の声を漏らすエインヘリアルの姿に、ルーチェは薄っすらと微笑む。
 ――やがてその場に崩れ落ちた男は跡形もなく溶け消えて。
 そして、りぃんと響いた鈴の音が、ケルベロス達の耳に届けられた。

 深く刻まれた戦いの爪痕に灯されたヒールの光。
 それによって彩られた世界が、避難していた人々を迎え入れる。
 そうして、戦い終えたケルベロス達もまた、それぞれ連れ立って鳥居を潜っていった。

「さあ、ねーさん、いこう!」
 まずはきちんとお参りをして、涼香はお土産の風鈴を探しに祭りへと繰り出していく。
 傍らを飛ぶねーさんもどこか楽しげな様子で、澄んだ青い瞳はちりんと歌う風鈴達の間を行ったり来たり。
 夜風にちりちりとなびく風鈴の音は、それだけで不思議な世界に誘われたかのよう。
 猫が描かれたものにしようと考えていた涼香だったが、ふと目に留まった色に瞬いて。
「紫陽花……そうだ、これにしよう」
 涼香が手に取った風鈴は紫陽花柄。
 同時に思い出すのは、花好きの友が教えてくれた団欒という花言葉。
 大切な人が待つ、涼香にとっての帰る場所。
 そこでこの風鈴が優しい音色を響かせてくれたならどんなにか素敵だろう――。
 その光景を想像し、涼香は笑みを綻ばせた。

「兄さん、お疲れ様。炭酸水があるわ、飲む?」
「用意してくれていたんだ? ならば有難く頂こう」
 エヴァンジェリン・エトワールの労いに笑み一つ、ルーチェは軽く頭を撫でてから受け取る。
 光を纏って風に歌う風鈴達が一斉に鳴り響く、その姿も音も確かに見事なもの。
「茶房も気になっちゃうけど、今日はお目当てのものがあるの。その名も海月風鈴……!」
「……海月風鈴?」
 高低も余韻もちぐはぐな旋律を捉えつつのんびり歩んでいたルーチェは、エヴァンジェリンの楽しげな声に目を瞬かせた。
「そう、ネットで見つけたの。ミズクラゲやカツオノエボシの形があるといいなぁなんて。……兄さん、探すの手伝って?」
「カツオノエボシも陸で生まれれば楽器になるのか。良いよ、一緒に探そう。……逸れるなよ」
 差し伸べた手に繋がる手。エヴァンジェリンは微笑んで頷く。
「ええ、こうして手を繋いだから大丈夫よ」
 硝子に描かれた金魚も、三角鉄器の音も、どれもエヴァンジェリンの心を惹きつけるものばかり。
「日本て素朴で美しい物を作るよねぇ」
 欧州の水の都を故郷に持つルーチェにとって硝子は馴染み深い代物だが、日本の硝子は向こうとは違った趣がある。
 ある種圧巻だと眺めやるルーチェの傍らで、お目当ての海月風鈴達を一つ一つ真剣に吟味しつつ、エヴァンジェリンは小さく肩を揺らした。
「ね。硝子と音で涼もうだなんて、素敵な感性だわ。……音を聞いていたら、なんだか海に行きたくなっちゃう」
「そうだねぇ、なら今度はアミと一緒に海に出ようか」
「ええ、またお散歩に行きましょ」
 まるで海に揺蕩うように揺れる硝子の海月を手に交わす、夏の約束。

 柔らかな光に照らされた世界。
 風が吹く度に澄んだ音が漣のように游ぐ中を、スウは一人、のんびりと歩いていた。
(「……ただ歩くより風情だねぇ」)
 鳴り響く風鈴の音は耳に心地よく、まるで無数の星が漂っているような光景は、戦いの後だということも忘れさせてくれそうで。
「……おや?」
 そうしてふと見やった先に、どうやら一人でいるらしいフィエルテの姿を見つけたスウは、にんまりと笑みを浮かべて。
「あっ、スウさん。お疲れ様です」
「折角だし、おじさんと一緒に回るかね、お嬢さん?」
 掛けられた声に娘はぱちりと瞬いてから、喜んで、とはにかむように微笑んだ。

「さて、夏の我が家に涼を届けてくれる風鈴を探しにゆくとしよう」
「ええ、きっと、素敵なものが多すぎてもの凄く悩みそうな気がするわ」
 涼やかな音が響く中を、浴衣に着替えたさくらと夫、ヴァルカン・ソルは二人、寄り添って歩く。
「模様や絵、形も大切だが、やはり風鈴の肝は音。しっかり聴き比べなくてから選ばなくてはな」
 ヴァルカンの言う通り、縁を求めて音を競い合う風鈴達は、色や模様、形も様々で。
「我が家に合う風鈴はどれかしら?」
 真剣な顔で風鈴を吟味するさくらへ、ヴァルカンは何気なく告げる。
「さくら、もう少し近くに寄らねば、よく聴こえぬぞ? ……さあ、もっとこちらへ」
 顔を寄せ合い、風鈴達が奏でる音に耳を傾けていたさくらは、触れ合う肩のぬくもりにちらりと傍らを見やった。
「……っ」
 隣の顔が近すぎて、風鈴の音よりも己の鼓動の音の方が大きく聴こえるよう。
 そんな妻の様子に、ヴァルカンは瞬いた瞳をそっと細めた。
「……おや、さくら、何やら顔が赤いようだが。……ふふ、少々近すぎたかな」
「もう。……顔が赤いのは、あなたのせいよ」
 そうして無事に風鈴を手に入れた後は、夜店へと寄り道を。
 人の往来が多い中、はぐれぬようにと手を繋ぎ、ゆるりと楽しむふたりだけの時間。
「今年の夏も、さくらとならば沢山の思い出ができそうだ」
 不意に、噛みしめるように呟いたヴァルカンに、さくらは満面の笑みを咲かせて頷く。
「もちろんよ! たくさん、思い出を作りましょうね」
 ――今年の夏も、その先も。

「……蓮さん」
 志苑がそっと呼ぶ声に、蓮はああと頷く。
「今年も隣に貴方が居ることを、嬉しく思います。……何れは、共に過ごすことも叶わなくなると思っていました」
 風鈴が奏でる音色に、灯篭の幻想的な燈。
 こうして隣り合って過ごすのは何度目になるだろう。
 二人で共にこうした時間を過ごすのは初めてではない筈なのに、志苑が抱くのはどこか不思議な心地。
 それは、蓮も同様だった。
 これまでとは違う、確かに変化した二人の関係。
 ――想いを重ね、共に生きてゆくことを誓った。
 明けない夜のように長い間迷い燻っていた蓮の想いに、志苑は応えてくれた。
 今でも夢を見ているような心地を覚えるのは、この宵祭の夜が見せる幻想的な光景のせいもあるのかもしれない。
 露店で買ったかき氷は二人分。
 振り返ればそこに、微笑む志苑の姿がある。
「まあ、ありがとうございます」
 氷を差し出せば細い手が伸ばされて、ほんの一瞬、触れ合う指先。
 蓮はそのまま空になった手で志苑の頬に触れた。
 驚いたように瞬く志苑の反応は面白いけれど、それ以上に。
 確かめたいと、思ったのだ。
 ――彼女が此処に居ることを。
「……蓮さん」
 彼の表情は変わらないものの、志苑にはすぐにわかった。
「楽しんでおられますね?」
 かき氷で冷えた手で、志苑もお返しに蓮の頬に触れ、笑い返す。
 仕返しを受けたのに不思議と心はあたたかくて、蓮もまた――笑うのだ。
 心地よく響く風鈴の音。
 静かで穏やかな、そんなひととき。

 涼やかな音と揺蕩う輝きに彩られた夜の世界。
 煌めいては散ってゆく数多の光の眩しさに瞳を閉じれば、そよ風に抱かれた清冽な涼の音が、漣のように心地好く響く。
「……別世界に迷い込んだみたい」
 愉しげに柔く笑むラウルに、傍らを歩む燈・シズネはぱちりと目を瞬かせて。
「じゃあ、迷わないようにオレが手を引いてやる」
 そうしてすぐに、己の方向音痴をどこかへ放り投げ、自信たっぷりにラウルの手を取って歩き出した。
「まあ万が一迷ったとしても、オレがいれば退屈しねぇだろ?」
 自信に満ちた声と共に繋がれた手に、頼りにしてるよとラウルは笑みを深めて頷くと、その手に引かれるまま歩いていく。
「君と一緒なら、迷い路にも光が満ちて楽しいだろうね。――ねえ、シズネも目を瞑ってみて?」
 勧められ、シズネもぎゅっと目を瞑る。
 幾つもの風鈴の音が重なり、奏でられる新たな音。
 夏の夜闇に身を沈めたような感覚の中、ちりん、りりんと共鳴しながら響き渡る音色は深く優しいけれど、それよりも――。
 囁くようなラウルの声や繋いだ手から伝わる体温に、シズネは風鈴のように己の心が揺れるのを感じていた。
 ――とくとくと響く心臓の音が煩いのは何故だろう。
 その理由を、シズネは知っているような気がした。
(「……ただきっと、言葉にできないだけなんだ」)
 共に過ごす夏の夜は様々な光に彩られ、幸せの音に溢れていて。
 何よりも掌に重ねた温もりこそが独りではない証。
「……お気に入りを探しに行こうね」
 繋ぐ手にそっと力を込めて、ラウルは告げる。
 世界で唯一つ、二人だけの音を。
 ――だから今は、どうかこの手を離さずに。

 お疲れ様のぎゅうを交わした後。
 エトワールと智咲・御影はそっと手を繋ぎ、風鈴祭へ。
「エト、どんな音が好き?」
「好きな音はえっとね、やさしいの」
 鮮やかな音色に耳を揺らしながらふと尋ねる御影に、へにゃりと笑うエトワール。
「……そうだ、エト、お互いに選び合おうか」
「うん、ナイショの風鈴探しだね!」
 ほんの少し名残惜しげに手を離し、二人はそれぞれの風鈴を探しにゆく。
 伝うぬくもりがないのは少し寂しくて、でも、同時に少しわくわくする。
 だって傍に居なくとも、想うのはいつだって――。
 そうして、互いに見つけた風鈴を連れて合流した二人は屋台通りへ足を運んだ。
「エト、エト、かき氷食べない?」
「かき氷!」
 エトワールは苺に練乳をトッピング。そして御影は抹茶ミルクに白玉を乗せて。
「ミカさん交換こしよ! お姉ちゃんにも、はいっ」
「交換こ、な。はい、あーん」
 分かち合う別々の甘さ。ルーナも美味しそうに喉を鳴らす。
 ふわふわのかき氷や祭りの喧騒を心ゆくまで楽しんだ帰り道は、風鈴を揺らしながら。
 エトワールの風鈴には、三日月の上で眠る兎と寄り添う星。
 夜を映せば、三日月が兎と星へ光を灯す。
 兎も星も月光灯すお気に入りの風鈴に、エトワールは笑みを綻ばせるばかり。
 そして御影の風鈴には、月で跳ねる白兎。
 エトワールをイメージした白兎の傍に広がる夜空が、さりげなく黒兎の形をしているのは――此処だけの話で。
 ちりん、ちりりん。
 やさしい音を鳴らして、帰ろう。
 ――ふたりの、家に。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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