策謀術士の遺産

作者:坂本ピエロギ

 七月早朝、晴天。
 エンジンの折り重なる唸りが、大阪の廃ビル街に響く。
 ひび割れたアスファルト、草生した歩道。すっかり荒れはてた街の中を、数台のトラックが列をなして進んでいた。
「見えてきた、見えてきた」
 先頭を行く運搬トラックの運転席で、運転手の土建屋がつぶやく。
 行く手には、資材が積まれた空き地。ビルの撤去作業が行われた場所で、彼らは復興工事の下準備を行う予定なのだ。
(「これでやっと、ここも平和になる」)
 ハンドルを握りながら、ふと土建屋の男は微笑みを浮かべた。
 家で帰りを待つ、小さな息子と娘の笑顔。
 ふたりが大人になる頃は、この廃ビル街もきっと立派な街になっているだろう。
 その時になったら、祝いの盃でも傾けながら子供たちに伝えるのだ。
 命を賭して戦い、大阪の平和を守ってくれた、ケルベロスたちの勇姿を――。
 と、そんなことを考えていた矢先である。
「……ん?」
 ふいに盛り上がる、前方の道路。
 地を割って現れたのは、デウスエクスの群れ。
 全身が木と蔓に覆われた、人型の攻撃性植物たちであった。
『ギギギ……』『ギギ!』『ギギギギ……!!』
「う、うわあああああ!!」
 振り下ろされる鞭のごとき腕の一撃に、トラックはいとも容易く砕け散る。
 絶叫。悲鳴。立て続けに響く爆発音。
 後にはただ、死と静寂が残るのみ――。

「……以上が、私の得た予知です」
 説明を終えたムッカ・フェローチェは、憂いの色を湛えた顔で言った。
 大阪城を舞台に行われたユグドラシル・ウォー。
 それに伴うケルベロスの勝利によって、攻性植物を始めとするデウスエクスは各地に逃亡を始めている状態だ。今回ムッカが予知したのも、そんな事件のひとつだという。
「目標は、大阪緩衝地帯に残る攻性植物の討伐です」
 討伐目標は、スロウンと呼ばれる攻性植物の群れだ。
 彼らは緩衝地帯で休眠状態に入っており、周囲に近づいた獲物を襲う性質を持っている。
「工事業者の方々はすでに避難していますので、彼らが犠牲になることはありません。ですがスロウンを排除しない限り、現場の工事は止まったままです」
 1日も早い復興のため、スロウンの全排除を頼みたい――それが、依頼の内容だ。
「現場となるのは廃ビルが立ち並ぶ旧市街エリア。幅広い十字路を中心に、東西南北にビルや瓦礫が残っている状況です。無人区域ですので人払いは必要ありません」
 現場に潜伏しているスロウンは、全部で30体。
 いずれも休眠状態で潜んでおり、ケルベロスが接近すると眠りから覚めて攻撃してくる。
 単体では雑魚だが、積み重なればそのダメージは侮れない。探索よりも奇襲を避けて撃破する対策が重要になるだろうとムッカは告げた。
「スロウンは、策謀術士リリー・ルビーが使役していた攻性植物です。彼らを隠れ蓑に利用することで、逃走の時間を稼ぐ気だったのでしょう」
 大阪城の周辺に広がる廃墟エリア、大阪緩衝地帯。
 元凶である攻性植物のゲートこそ破壊されたが、それで大阪の平和が一朝一夕で戻ってくるわけではない。この地には、いまだ長い復興の道のりが待っている。
「一つひとつの勝利が積み重なれば、いつかは大阪緩衝地帯の平和を取り戻せるはずです。――皆さんの手が掴むものが、どうか勝利でありますよう。健闘を祈ります」


参加者
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)
ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)

■リプレイ

●一
 大阪城を囲むように広がる大阪緩衝地帯、その一角。
 瓦礫と廃ビルがどこまでも続く無人の廃墟エリアに、ケルベロスたちはいた。
「……静かなものダ」
 眼前に広がる景色を凝視しながら、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は緑色の地獄炎を静かに燃やす。
 草生したアスファルト、風雨に晒された廃墟。
 1日も早く復興の礎を築くべき地は、いまだ人々に踏み入ることを許さない。
 攻性植物スロウン――狡猾な策謀術士が生み出した、負の遺産が眠っているからだ。
「リリー・ルビーめ。面倒なモノを残してくれル」
「潜んでる敵の討伐か……ちょっとドキドキだよね」
 眸の言葉にピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)が相槌を打つと、ちらと頭上を仰いだ。
 南側のスタート地点、安全が確保されたポイントの上空を翼飛行で飛ぶのは、スロウンの潜伏場所を探る2人のケルベロスだった。ピジョンはハンドサインを使用して、褐色の翼を広げた地竜の巫女に問いを投げる。
「アリッサム。怪しそうな場所はあったかな?」
「……駄目です。こちらは見当たりません」
 辺りに広がる瓦礫のエリアに目を凝らしながら、アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)は返した。
 スロウンはリリーの手によって徹底した隠蔽が施されているのか、上空から見下ろす瓦礫に妙な所は見当たらない。廃棄エリアを区切る道路も同様で、こちらは多分地中深くで眠りについているのだろう。
「遠距離から見てわかる所には、潜伏していないようです」
「そのようですね。こちらも収穫なしです」
 近くを飛ぶリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)も静かに頭を振って、アリッサムに同意を示す。
 空から潜伏場所を見つけるのは難しい――それが二人の結論だった。
「ふむ。ではひとつ、強行偵察といきましょうか」
 路上で準備を整えたセントールの男性、ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)が、そう仲間たちへ切り出した。
「特定が難しいのなら、まずは道路の敵から始めましょう」
 スロウンの持つ優位性は頭数と奇襲攻撃、その二点に尽きる。
 ならば防御に優れる少数の囮役で彼らを釣り出し、残る味方が待伏せから奇襲をかけて、ケルベロス側の被害を抑える――。
 つまり、敵への陽動を行うということだ。
「おう、面白そうだなっ。釣れた奴らをブッ壊せばいいんだな?」
 ローゼスの提案を聞いて、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は早くも戦う気満々の笑顔で鉄の腕を振り始めた。
「瓦礫に建物、おまけに攻性植物。へへっ、壊し放題だなっ!」
「善は急げですね。スロウンは、廃ビルには潜んでいないそうですから……」
 アリッサムは、傍に建つ建物に目を向ける。
 ビルは高さも広さもそれなりで、窓も多い。待ち伏せには最適だ。ケルベロスたちは頷きを交し合うと、さっそく支度を開始した。
 息を潜めて配置につくリュセフィー、眸、広喜、アリッサム。
 そこに、応援で駆けつけた相馬・泰地も加わる。
「残党を片付けねえと復興も進まねえからな。協力させてもらうぜ」
「ポジション移動完了です、ピジョンさん。よろしくお願いしますね!」
「ああ。頼んだよ、ホゥ」
 ライドキャリバーのラートナーを連れてビルへ駆けていくホゥ・グラップバーンを見送ると、ピジョンは相棒のテレビウムを手招きした。
「おいでマギー。しっかりローゼスを援護するんだぞ」
 それを聞くなり、相棒のテレビウムは元気よく飛び跳ねて、人馬形態をとったローゼスの背中へと飛び乗った。またとない体験に、すっかりご機嫌の様子だ。
「こらこら……すまない、よほど気に入ったようだ」
「とんでもない、頼もしい限りです。――それでは」
 苦笑しつつ頭を下げるピジョンに、ローゼスは笑顔で応じると、セントールランで一気に加速し、強行偵察を開始した。
 仲間の隠れるビルへと駆けだしたピジョンは、一度だけ大阪の街を振り返ると、
「絶対に、負けられないな……」
 そう呟いて、ビルの物陰へと身を隠す。
 静寂の包む街で、いま戦いの幕が開けようとしていた。

●二
 モノクロームの廃街を、赤い風が吹き抜ける。
 全身を装で覆ったローゼスは馬蹄の音を響かせて、無人の道路を疾駆していく。
 10秒。30秒。1分。ピッチを上げて駆ける彼の前方で、それまで景色と同化していたアスファルトが突如、次々と盛り上がった。
「出たな!」
 迫りくる『獲物』の気配を、デウスエクスたちは察知したらしい。
 砕け散る地面の下から飛び出てきたのは、樹木のごとき体を持った怪物の群れだ。
 攻性植物スロウン――その数、3体。
 頭部の洞から紫色の光を漏らす、異形の者たち。鞭のごとき両腕を振り回す奇怪な姿は、元の生物が何であったのか想像することすら困難だ。
『ギギギィッ!』
「マギー、援護は任せました。――さあスロウンども、来い!」
 言い終えるや、怪物の雌しべが光を放つ。
 光花形態の光線はローゼスの防御よりも一手早く、補強フレームへと命中した。
 真っ赤な火柱をあげ、追加装甲が派手に炎上する。
 いっぽうマギーは、次々と降り注ぐ光線からローゼスの背を庇い、炎上するのも構わずに応援動画を流し始めた。
「我が名はローゼス・シャンパーニュ! 首が欲しくば、追って来い!」
 炎を吹き消したローゼスは敵に背を向け、挑発するように駆け出した。
 すかさず追撃するスロウンの群れ。連携も意思統一もない出鱈目な動きと攻撃は、彼らの知能の低さを雄弁に物語る。恐らくは彼我の戦力差なども考えず、本能に任せて動くようにリリーが設計したのだろう。
「徹甲兵装、起動――発射!」
 動画の勇ましいマーチに心を奮い立たせ、誘導式のフレシェット弾を発射。
 着弾の衝撃で転倒するスロウンに背を向けて、セントールの鎧装騎兵はなおも走る。
 仲間の待つビルは目前だ。直撃を避けるべくダブルジャンプで道の中心を逸れると同時、しかし弾け飛んだ道路からさらに新手が現れる。その数、3体。
「ふむ、十分な数ですね。……頼もしい援護、ありがとう」
 背中でぴょんと飛び跳ねるマギー。ローゼスは新手のスロウンが一斉に放ってくる攻撃を盾型兵装ステーションで防ぎ、ビルの横を全速力で駆け抜けた。
「敵は6体! うち1体は手負いです!」
 路上を直進するスロウン。さらけ出される無防備な背中。
 そして。
「さて――雑草駆除といこウか」
 スロウンが廃ビルを通り抜けた矢先、窓のガラスが一斉に砕け散った。
 煌めくガラスの破片。眸の戦棍グザニアが砲撃形態へ変形し、奇襲の狼煙をあげる。
『ギギッ!?』
「遅イ」
 刹那、轟竜砲の砲撃がビルの谷間に轟いた。
 獲物を仕留める猛禽のごとく、一直線に降下する眸。虚を突かれ、背中に竜砲弾の直撃を浴びた手負いのスロウンが絶命する。
「キリノ。狙いは中央の敵ダ」
 降り注ぐ硝子の破片がふいに落下の軌道を変え、中衛へと降り注ぐ。
 眸のビハインドが駆使するポルターガイストだ。それを機に、潜伏していたケルベロスが次々にスロウンの群れへ殺到する。
「そろそろ使わせてもらおうかな。防御、展開」
 ピジョンは左腕のタトゥーから茨の魔術を展開した。
 いち早く態勢を立て直し、毒の枝で刺突を繰り出した前衛のスロウンを食い止めるのは、守護を固める茨のバリアである。
「前衛と後衛が1体、中衛が3体……中衛を最優先に倒そう」
「ミミック、愚者の黄金を」
 時空凍結弾を発射するリュセフィーの指示に従い、サーヴァントの口からは大量の財宝が吐き出された。
 身を凍らせ、精神を錯乱させ、混乱に陥るスロウンの群れ。
 予期せぬ不意打ちを浴びた中衛3体が廃ビルへと飛び下がり――直後、背にした壁が砕け散った。中から突き出るのは、広喜の巨大な鉄拳である。
「1体だって見逃さねえ」
 吹き飛んだスロウンを狙い定め、ニッと笑う広喜。
 四肢から噴出する地獄炎で形成した光弾で、敵中衛を狙い定める。
 己の能は破壊のみ。そして、いま求められるは敵の殲滅。つまりは広喜にとって、最高の舞台ということだ。
「壊れちまえ」
 『弾ケ詠』――無数の炎弾が回路状の軌跡を描き、スロウンの群れを吹き飛ばす。
 使用の反動でパーツが損傷するのも構わず、最前列から発射される広喜の炎弾は、中衛の敵を次々に消し炭へと変えていった。
『ギギッ――』
「食らえ、旋風斬鉄脚!」
 それを庇おうとした敵前衛を、泰地の蹴りがガードもろとも突き破り、屠る。
 奇襲を受けたスロウンは溶けるように消え、後は1体を残すのみ。アリッサムは仲間たちに攻撃を任せると、ローゼスたちへ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。頼もしい仲間も一緒でしたから」
 そう言って笑うローゼスの体は、毒と炎、そして捕縛に蝕まれていた。
 最後まで無辜の人々を傷つけんとする、リリーの悪意が直に伝わってくるようだった。
(「急いで治療しなければ……」)
 アリッサムは癒しの拳を構えたホゥと息を合わせ、足元にツワブキの花を咲かせ始めた。木漏れ日のような光の中を舞いながら、凛とした声で巫女は告げる。
「策謀術士リリー・ルビー。貴方の謀略になど、私たちは決して負けません」
 敵を倒すだけが戦いではない。デウスエクスの残党になど、もう一人の命だって奪わせはしない。『花獄の舞~石蕗~』――咲き誇る黄色の花は、治癒に優れる後衛の力とともに、耐性の力で状態異常を消し去っていく。
「癒し手には、癒し手の戦いがあります。この戦い、必ず勝ちましょう」
 巫女が心に秘めた決意は、決して揺らぐことはない。
 そうして間を置かず、最後のスロウンも集中砲火によって蒸発し――。
 廃街は、再び仮初の静寂を取り戻した。

●三
 陽動し、奇襲し、殲滅する。
 間にヒールを挟んで態勢を整えながら、数度に渡って続いた陽動は成功に終わり、程なくして道路エリアの敵は駆逐された。
「倒したスロウンは15体。ちょうど半分ですね」
 アリッサムは撃破した敵の数を報告しつつ、上空から周りを見回した。
 相変わらず敵影はゼロだ。それなりの間、派手な戦いを繰り広げたにも関わらず、新手のスロウンが姿を見せる気配はまるでない。
「文字通りの『休眠』――私たちが近づくまでは戦闘状態に入らないのかもしれません」
「戦闘状態じゃねえってことは……隠密気流が効いてる間は、休眠中のスロウンどもは出て来ねえってことか」
「仕方なイ、より警戒を強化して行こウ。流石に一から探していたら日が暮れてしまウ」
 気づいた情報をメモするアリッサムに、広喜と眸が頷きを返した。
 迷彩の衣服で風景に溶け込み、消音ブーツで気配を殺して、周囲をくまなく警戒しながらケルベロスたちは進んでいく。周囲に神経を張り巡らせ、ときにはグラビティによる攻撃も交えながら。
(「敵は東西南北に均等に散っている。つまり今いる南東側には4体程度……」)
 不意打ちさえ避ければ恐れる戦力ではない――アリッサムがそう思った矢先、敵の咆哮がふたつ、折り重なって聞こえた。
『ギギ!』『ギ……ッ!?』
 後衛を先制攻撃しようとした1体が、ふいに宙で動きを止める。
 奇襲に失敗し、迎撃を受けたのだ。仕掛けたのは、光学迷彩で身を隠した眸である。
「どこにも行かせなイ……お前は、ワタシのものダ」
 ホログラム展開。干渉した空間を緑のコードで書き換える。
 制御放出されたエネルギーが空間の電荷を操作し、スロウンたちを宙へと縫い留めた。『Obsession/Code』のコードは絶対不破、攻撃だけの雑兵に逃れる術などない。
『ギギギ!』
 片割れがリュセフィーめがけ放つ炎上光線を、ピジョンが盾となって食い止める。
 1体程度の先制ならば、どうということはない。広喜は腕部のホログラム型パズルを起動すると、ピジョンを撃った1体めがけブレイズクラッシュを発動した。
「こいつで燃えちまえ」
 結合したピース片が青く燃える巨大鉄球と化して、中衛のスロウンを消し炭に変える。
 発見さえすれば手強い相手ではない。泰地は聖なる左手を掲げると、残る手負いの1体を引き寄せて、闇の右手で粉砕した。
「大丈夫ですか、ピジョンさん?」
「問題ない。ありがとう、ホゥ」
 ピジョンの炎が癒しの拳で掻き消えると同時、ケルベロスたちは行動を再開した。
 無音の街に響く足音。そこに時折、破壊音と怪物の断末魔が混じる。
 10体、8体、5体……少しずつ、しかし着実に失われていくスロウンの数。
 全ての奇襲を阻止するまでには至らなかったが、序盤の戦いで体力を温存できたことで、ケルベロスはいまだ劣勢には遠い。
「もう少し……だなっ」
 神経を張り詰めての移動と、度重なる戦闘で蓄積した疲労。
 それらを吹き飛ばすように、広喜は笑顔を浮かべる。辛いとき、苦しいとき、いつだってこうして乗り越えてきたのだから。
「頑張りましょう。ここで最後です」
 あとは南西の一角に残るエリアのみ。アリッサムが残敵は2体だと告げた。
 ローゼスは氷結輪を構え、仲間と足並みを揃えて包囲をゆっくり狭めていく。
 長い戦いを経て、彼の装甲はすでに傷だらけ。
 だがその目に宿した闘志は、いまだ微塵も衰えを見せていない。戦いが決着をみるまで、倒れることは許されない。
「我が役目は盾と心得たり。――それでは行きましょうか」
 そして、包囲が更にじわりと狭まった、次の瞬間。
『ギギギ!』『ギギッ!』
 飛び出してきたスロウンの鞭腕を、リュセフィーのミミックが防ぐ。
 間を置かず眸へ発射される光花の光線を庇うと同時、ピジョンは即ツワブキの力で捕縛を払うと、斬殺ナイフを手に跳んだ。
「逃がさない。食らえ!」
 血襖斬りの斬撃が、樹木の胴体を切り刻む。
 悲鳴をあげて崩れ落ちていくスロウン。そこへセントールランスを構えて上空から急降下するのはリュセフィーだ。
「リリー・ルビーの負の遺産、討伐してみせます」
 槍の穂先から噴出するオーラが、スロウンを跡形もなく消し飛ばす。
 残った最後の1体は、せめて敵を道連れにと捕縛の鞭腕を振るうが、一手早くローゼスの氷結輪が、氷の刃を突き立てていた。
『ギギ……』
「さあ、とどめを」
 凍り付いていくスロウンの体。
 それをアリッサムは、半透明の御業でつかみ取り――。
「……これで、終わりです」
 力を込めて、その心臓もろとも握り潰すのだった。

●四
 盛夏の涼しい風が吹き抜ける、ビルの屋上。
 遠くに眺める大阪城、その膝元に広がる緩衝地帯はやっと平和を取り戻しつつあった。
「中々、厄介な敵でしたね」
 戦いを無事に終え、ローゼスは傷だらけの装甲を脱ぐ。
 戦闘不能者が出なかったことは何よりだ。盾としての役目を果たせ、こうして仲間たちを守れた喜びは、何物にも代えがたい。
「お疲れ様。無事に終わって何よりだ」
 そこへ手を振って表れたのは、相棒を連れたピジョンだ。
「帰る前に挨拶をと思ってね。セントールラン、間近で見たが凄かったよ」
「こちらこそ、貴方の相棒には助けられました。感謝を」
 また共に戦うときは、よろしく――。
 二人が交わす握手の下で、ご機嫌のマギーがぴょんと跳ねた。
 作戦は無事終了。スロウンは全て討たれ、この場所にも日常が戻ってくるだろう。
「解放完了まで……もうすぐダ」
「ああ、長かったよなあっ」
 肩を並べて眸と広喜が眺めるのは、廃墟が続く大阪城の一帯。
 人々を脅かすデウスエクスの残党は、今もあの地で最後の抵抗を続けているのだ。
「だが、それも直に終わル」
 敵を殲滅し、街並みを建て直し、その先に待っているのは平和な日常。
 その時、自分はこの街で何をするだろう。
 相棒や仲間と復興した街を巡り、美味い料理の店にでも寄って、それから――。
「ふふっ。不思議なものダ」
 眸の顔には、自然と笑みが漏れる。
 初めは過去を振り返る気持ちだったのに、こうして実際に立ってみると、思い浮かぶのは何故か未来のことばかり。
「広喜。また一緒にたこ焼きとか、お好み焼きとか、食べに来よウな」
「うん、美味いもんいっぱい食べに来ような。いろんなとこも見て回ろうな」
 眸の言葉に思い描いた大阪市の街並みに、広喜はとある場所を重ね合わせる。
 焦土地帯の近くにある大事な場所。いつかはあの土地も、デウスエクスの脅威から自由になる日が来るだろうか。
「どれだけ奪われても立ち上がる。だからワタシは、ヒトが好きダ」
「ああ。きっとこれから、楽しいことが沢山待ってるぜっ!」
 頷きを返した広喜は、とびきりの笑顔を浮かべて腕を眸の肩に回す。眸もまた武骨な鋼腕に凭れながら、それに微笑みを返すのだった。
(「いつか再び、人々の笑顔と花咲く日々が訪れますように」)
 傷ついた大地を見渡しながら、アリッサムもまた静かに祈りを捧げる。
 眼下に広がる街並みの向こう、ふとそこへ目を向ければ、資材を積んだトラックの一団がやってくるのが見えた。
 区画の復興を行う工事業者だろう。ここから先は、彼らの仕事だ。
「さあ帰りましょう。帰りに近くで、何か食べていきませんか?」
「大賛成です! ラートナー、行きましょう!」
 こうして戦いを終えたケルベロスたちは、再び日常へと帰還していく。
 とある夏の朝、灰色の廃墟で掴んだ勝利。
 取り残された過去の世界に、復興の足音が聞こえ始めていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月13日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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