ヤルンヴィド追撃戦～大阪戦線異状なし

■リプレイ

●血途を征く
「侵入者、発見……」
　奇妙な機械を装着した女がぶつぶつと呟いていた。
『タイプＫ』という名の彼女（正確には、彼女が装着している機械の名前だが）の後方には十数人の兵士がいる。皆、昆虫を思わせる機械と半ば一体化しており、足取りはゾンビのようにぎこちない。
　実際、その兵士たちはゾンビも同然だった。
　ダモクレスに寄生された死体なのだから。
「これは……思っていた以上に嫌な感じがしますね」
『侵入者』と認定された者の一人である竜派ドラゴニアン――中条・竜矢（蒼き悠久の幻影竜・e32186）がアームドフォートのバーニアを噴かし、機械仕掛けのゾンビの群れに飛び込んだ。
　何体もの寄生体が直撃を受けて弾き飛ばされ、あるいは風圧で吹き飛ばされていく。
「そして、思っていた以上に脆いですね」
　霧山・和希（碧眼の渡鴉・e34973）が黒いバスターライフルを構えた。命と尊厳を奪われた人々を前にしているにもかかわらず、彼の顔に怒りや悲しみの色はない。冷静にして冷徹。
　なにも感じていないわけではなく、努めて感情を抑えているのだが。
　バスターライフルからフロストレーザーが発射され、竜矢のキャバリアランページの範囲外にいた幸運な寄生体のうちの一体が不幸な寄生体に変わった。
　残りの者たちもすぐに不幸になった。
　シャドウエルフのアンセルム・ビドー（蔦に鎖す・e34762）がアイスエイジを放ったのだ。
「これ以上、好きにさせるものか……」
　トレードマークともいえる人形を抱きしめて、アンセルムは独白した。
　その人形（を本体とする攻性植物）に寄生され、文字通り切っても切れぬ関係になっている彼としては重ねずにいられないのだ。目の前にいる者たちと自分自身を……。
「そうです！　好きにさせるわけにはいません！」
　猫の人型ウェアライダーの朱藤・環（飼い猫の爪・e22414）がケルベロスチェインを全方位に射出し、複数の寄生体をまとめて葬り去った。
「……」
　無言で環を見やるアンセルム。
　その心配げな眼差しに気付くことなく、環はケルベロスチェインを操り続けている。攻撃の対象は寄生体ばかりではない。周囲の資材も破壊していた。
「寄生体を倒すのはちょっと心が痛むけど、こうやって資材を壊しまくるのはゲームのボーナス画面みたいで楽しいー」
「ノリノリね、朱藤ちゃん」
　オラトリオの大弓・言葉（花冠に棘・e00431）が苦笑しながら、貝殻型のコンパクトを開いた。『常に可愛くあらねばらぬ』という鋼の掟を己に課している彼女のこと。必要とあらば、戦場でもメイク直しを敢行するのだ……というわけではなく、そのコンパクトの正体は爆破スイッチだった。
　言葉の指先がコンパクトの上を走り、ブレイブマインの爆煙が巻き起こる。
　それを受けて攻撃力を強化された人派ドラゴニアンのラルバ・ライフェン（太陽のカケラ・e36610）が――、
「そりゃあぁーっ！」
　――バトルガントレットを突き出し、グラビティシェイキングで寄生体たちを打ち倒した。環がそうであったように、資材群も同時に破壊している。
「それにしても、でかい要塞を作ってくれたもんだ」
　寄生体たちの背後に聳えている異形の要塞――ヤルンヴィドにラルバは目を向けた。あちこちに置かれている資材は、本来はそのヤルンヴィドに組み込まれていた物だ。
「まあ、おかげでこうして敵を見つけることができたわけだけど！」
　誰にともなく、大声を投げ放つラルバ。いや、本当は『誰にともなく』ではない。あちこちに備えられているであろうセンサーを通じて、敵の幹部の耳に届くことを望んでいる。この襲撃が計画的なものではないと思わせるために。
「家に帰るため、綺麗におかたづけしているんだねー。でも、そんなことはやらなくてもいいと思うよ」
　整然と並べられた資材を眺めながら、シャドウエルフのヴィルフレッド・マルシェルベ（路地裏のガンスリンガー・e04020）が小憎たらしい口を聞いた。
　その肩に乗っていたデグーが腕を伝って掌にまで降り、小さな黒いファミリアロッドへと変わる。
「だって、僕らは誰一人として生きて帰すつもりはないんだから」
　ファミリアロッドから火の玉が飛び出して炸裂し、資材と寄生体たちが吹き飛ばされた。
　その爆発音に続くのは雷鳴のごとき銃声。
　銀狼の人型ウェアライダーであるリューディガー・ヴァルトラウテ（猛き銀狼・e18197）が発砲したのだ。ただの銃撃ではなく、『Donner des Urteils』というグラビティである。
（「なんという非道」）
　倒れていく寄生体たちから視線を逸らすことなく、リューディガーは心中で呻きを漏らした。
（「なんという悪辣」）
　寄生体たちの死（彼らや彼女らにとっては二度目の死だ）をしっかりと見届け、別の寄生体たちに銃弾を撃ち込んでいく。
（「しかも、これは氷山の一角に過ぎない。無残にも奴らに殺され、その遺体を改造された市民たちは他にもいるだろう……他にも……」）
　弾倉が空になった時、タイプＫを含むすべての寄生体が倒れ伏していた。
　しかし、戦いが終わったわけではない。
　あちらから、こちらから、そちらから、新たなタイプＫや寄生体が次々と姿を現したのだ。

●火途の果て
「このぉー！」
　言葉曰く『ノリノリ』の状態で資材の破壊に夢中になっていた環ではあるが、今は怒りに身を任せて寄生体たちを蹴散らしていた。
　怒りの対象は寄生体ではない。彼らや彼女らを利用している者たちだ。自身と縁のある死者（に関する記憶）を死神に利用されたばかりなので、死者への冒涜についてはいつも以上に過敏になっていた。
「プルウェリスとやらも重要ですが……」
　寄生体を攻撃しながら、竜矢が声を潜めて（最初からインスペクトガード・プルウェリス狙いであるということを敵に悟られるわけにはいかない）アンセルムに語りかけた。
「寄生体たちも放ってはおけませんね」
「そうだね」
　荒れ狂う環を憂いの目で見ながら、アンセルムは頷いた。彼も竜矢も、環と件の死神のいきさつは知っている。その死神との戦いの場に居合わせたのだから。
「寄生体にされちゃった人たちのことは痛ましいけど……でも、それはそれなの！」
　自分に活を入れて、言葉が弓を構えた。棘だらけの葉と赤い実で飾られた、クリスマス仕様の妖精弓だ。
「無念はこの地を取り戻して晴らーす！」
　弓から祝福の矢が飛び、ラルバに突き刺さる。
「おう！　絶対に取り戻すせ！」
　ラルバはライジングダークで寄生体たちを攻め立てた。
　心の中では詫びながら。
（「ごめんな。本当にごめんな。みんなが安心してゆっくり休めるように、これから大阪を変えていくから……」）

　寄生体たちの半数ほどが倒れた頃、新たな敵が現れた。
　タイプＫでも寄生体でもない、人型のダモクレス。頭部は鳥かペストマスクを思わせる形をしており、爪先は針のように尖っている。歩くにも立つにも不向きな足だが、不都合はないだろう。浮遊しているのだから。
「あれがインスペクトガード・プルウェリスか……」
　顔を少しばかり歪ませて、リューディガーが呟いた。歪みを生んだ感情が怒りであることは言うまもでない。
「おそらく、そうでしょうね」
　と、和希が言った。こちらは無表情。前述したようにそう努めているだけだが。
「やったー！　大物発見！」
　ヴィルフレッドがプルウェリスに指をつきつけた。
「君を倒して僕らがＭＶＰさ！」
　彼の叫びは防具特徴の『割り込みヴォイス』を介して放たれた。これは合図なのだ。同時に奇襲を仕掛けた仲間たち――リーゼリット・クローナに召集されたチームに向けての。
「……」
　プルウェリスは無言。だが、寡黙な彼の意思を代弁するかのように、その周囲に浮かぶシリンダーのような機器が動き始めた。
　そこに小さな影が飛び込んでいく。
　ボクスドラゴンのぶーちゃんがボクスタックルを仕掛けたのだ。普段は臆病なのだが、格下の敵たちを何体も倒した後なので、気が大きくなっているらしい。
　しかし、彼の果敢な突撃は――、
「きゅー！？」
　――情けない声とともに中断された。
　シリンダーから発射されたビームで撃ち落とされたのである。
（「短い栄光だったわね、ぶーちゃん」）
　半泣きになって地を這うぶーちゃんを見やり、目頭を押さえる言葉。そんな彼女もビームの標的になっていたが、命中しなかった。
　竜矢が盾となったからだ。
「速攻で決めます！」
　ダメージをものともせずに竜矢はプルウェリスに突進し、降魔真拳を叩きつけた。
　しかし、プルウェリスもまたダメージをものともしなかった。
「……」
　なにも言わずに嘴を開き、そこから熱光線を発射。標的は眼前の竜矢。
　しかし、今度は竜矢のほうが盾に守られた。
　射線に割り込んで盾を務めたのは環だ。
「絶対、許さない！」
　プルウェリスにグラインドファイアを浴びせる環。
　そんな彼女の姿をアンセルムはまだ心配げに見つめていた。

●刀途に散る
「これで――」
　結晶に覆われた拳をタイプＫに叩きつける竜矢。グラビティ『浸食の牙』を発動させたことによって、結晶はドラゴンの頭部のような形状に変化している。
「――最後です！」
　竜矢の言うとおり、それはタイプＫの最後の一体だった。
　指揮型を失ったため、ただでさえゾンビめいた寄生体たちの動きが更に鈍くなっていく。
「……」
　この苦境にあってもプルウェリスは無言。当然のことながら、ペストマスクのごとき顔も無表情。
　それでも焦りは伝わってくる。
「いっそ、俺らのことなんかほっぽっといて、インスペクターなんちゃらとかいうのを助けに戻りたいんだろう？」
　ラルバが敵陣の後方に回り込み、ライジングダークの光を放った。
「だけど、そうはいかないぜ！」
「ええ。ここで死んでもらいます」
　ラルバにタイミングを合わせて、和希がアイスエイジの呪文を唱えた。
　黒い陽光が放射される中を青白い精霊が乱舞し、寄生体たちが次々と倒れていく。そのうちの何体かはプルウェリスに最後の貢献をした上で死んだ。盾となって、攻撃を防いだのだ。
「……」
　我が身を犠牲にしてくれた寄生体に感謝の意を示すこともなく、プルウェリスは反撃に転じた。
　周囲に浮かぶシリンダー群が別個に角度を変え、ケルベロスたちに狙いをつけていく。
　しかし、それが光線を放つよりも早く――、
「おっと、まさかのボス級？」
　――戦場に相応しからぬ太平楽な声とともに新たなケルベロスの一団が乱入してきた。声の主は人派ドラゴニアンの若い女だ。
「いいね！　みんなまとめて、私たちでもらっちゃおう」
　そう、彼女たちはリーゼリットに召集された別チーム。ヴィルフレッドの合図はちゃんと届いていたらしい。
「いらっしゃーい。待ってたわよ」
　援軍の面々に笑顔を見せつつ、言葉が妖精弓を射た。今回のそれは仲間に向けての祝福の矢ではなく、敵に向けてのブレイズクラッシュ（矢に地獄の炎を宿したのだ）。戦力が倍になったからにはもうヒールは必要ない。
「ぎゅ～～～ん！」
　燃える矢に続くのはぶーちゃんのボクスタックル。仲間が増えたことでまた気が大きくなったのか、勇ましい雄叫び（？）を響かせている。
「信念を貫くための力を！」
　金髪のオラトリオが叫び、破剣の力を仲間たちに付与した。
「このような大物が残っていたとは……」
「これはなかなか、手強そうな手応えがー」
　レプリカントの女がスパイラルアームを回転させ、着物姿の女が鉄塊剣を振るう。
　後者が生み出した地獄の炎はプルウェリスのみならず、周囲の資材も巻き込んで燃え上がった。
　それらの炎の陰に身を隠すようにして立ち回りながら、痩身の螺旋忍者がサイコフォースでプルウェリスを攻撃した。
　間髪容れず、先程とは別の竜派ドラゴニアンの女がバスターライフルを発射。
「……！」
　プルウェリスの体ががくんと落ちた。度重なるダメージによって、浮遊能力が失われたらしい。
　針のような爪先を地に突き刺して必死にバランスを取る様は滑稽だったが、それを笑う者はいなかった。
　同情して手加減する者もいなかったが。
「哀れだねぇ。守るべき姫の傍で死ねない騎士というのは……」
　アンセルムが人形を持っていないほうの腕を突き出した。
　腕に巻き付いていた蔦が弾けるように解きほぐれ、大蛇に変じてプルウェリスに食らいつく。盾となってそれを防いでくれる寄生体はもういない。皆の猛攻によって、全滅したのだ。
「哀れなものか」
　リューディガーが如意棒を繰り出し、プルウェリスの喉元に突きを入れた。
　怒りを込めて。
「哀れなものか」
「……」
　同じ呟きを繰り返すリューディガーの前でプルウェリスが嘴を展開した。例の光線を発射するつもりなのだろう。
　しかし――、
「口を閉じてろぉーっ！」
　――普段の口調を忘れるほどに荒ぶっている環が発射を阻止した。ヌンチャク状の如意棒を横っ面に叩きつけることで。
　衝撃で何回転かした後に頽れるプルウェリス。
　立ち上がる暇は与えられなかった。
　オラトリオの少女が時空凍結弾で、サキュバスの少女がフォーチュンスターで、続けざまに追撃。
　そして、最初に声を発したあの人派ドラゴニンがフェアリーレイピアの切っ先を突きつけた。
「黒曜牙竜のノーフィアよりインスペクトガード・プルウェリスへ。剣と月の祝福を」
　高らかに名乗りをあげる主人の傍からボクスドラゴンが飛び出し、満身創痍のダモクレスにボクスタックルを食らわせた。
「ちょっとした騙し討ちだけど、卑怯だなんて言わないよね？　こっちだって全力だ！　我黒曜の牙を継ぎし者なり。然れば我は求め命じたり。顕現せよ、汝鋼の鱗持ちし竜」
　呪文の詠唱を始めるドラゴニアン。
　その右腕が巨大なドラゴンのそれに変じて――、
「我が一肢と成りて、立塞がる愚者へと鉄鎚を打ち下ろせ」
　――一気に振り下ろされた。
　プルウェリスの頭がひしゃげ、その下の地面に亀裂が走り、頭と地面の両方の破片が飛び散った。
　だが、まだ息絶えてはいないらしい。
　仰向けの体を無様に痙攣させながら、プルウェリスは原型を留めていない嘴を開いた。
　そこから吐き出されたのは光線ではなく、濁った電子音声。
「……ア、アルキサス様」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
　ヴィルフレッドがブラックスライム『drago gula』を刃に変化させた。
「すぐにまたアルキサスと会えるよ。今頃は彼女も他のケルベロスたちに倒されてるだろうからね」
　笑顔とともに放った技はシャドウリッパー。
　黒い刃が地を走り、天を仰ぐプルウェリスの首と体を切り離した。

「こうなっちゃうと――」
　プルウェリスの首を指さして、言葉がリューディガーをちらりと見た。
「――さすがに哀れかな？」
「いや」
　リューディガーはかぶりを振った。
「哀れなものか」

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年7月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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