ビッグホエール追撃戦~ルビーの誓い

作者:黒塚婁

●ルビーの誓い
 きっと誰も気付くまい。大阪湾の底――鯨に似たシルエットが海底に不気味な渓谷を描いていることを。
 それらはどれも、じっと眠ったように動かぬ。
 ユグドラシル・ウォーより幾日。助勢すべく係留していた潜水艦型ダモクレス「ビッグホエール」隊――結果、城は陥落し、敗走を余儀なくされていた。
 然し、逃走においては優位にも関わらず――何故、それらは此処に残っているのか。
「すぐに逃げてもケルベロス達に捕捉されてしまう……」
 暗い船内でも輝く蛍火の瞳が、ぐるりと周囲を見渡した。
 艇内狭しと物資をありたけ運び込んで、限られた空間しか満足に動けぬ。この全てを、仲間の元へ持ち帰ることこそが、今の任務。
 敗走は恥じることではない――生き延び、仲間のために今は耐えるのだ。
 この物資が、救いの一手に繋がるやもしれぬのだから。
「待ってて――任務は完遂するから」
 一隻を任されたダモクレスは凛々しく、敗残兵の悲愴さなど一切浮かべていなかった。
 今は唯、伏してその時を待つのだ。眠りし鯨の胎で。

●隠密と、奇襲と
「ユグドラシル・ウォーの勝利、見事だった。ゲート破壊成功は誇るべき戦果だろう」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は集ったケルベロスを一瞥して、そう告げた。
「今後の課題は逃亡した戦力の追撃だ。奴らの行方は追々判明するだろうが、ひとまずは大阪城周辺に残った敵から片付けていかねばならぬ――さて、予想しているものもあるだろうが、貴様らには大阪湾に向かって貰う」
 大阪湾にはキャプテン・ホエールに率いられしビッグホエール級潜水艦隊が、大阪城に残された大量の物資を積み込んで潜伏している。
 重要な研究成果などは、ジュモー・エレクトリシアンが持ち去っており、此処には『資材や物資』しかないようだが、資源不足に陥っているダモクレス勢力にとっては、大きな価値があるようだ。
「奴らは現在、動力を切って海底に潜伏している――急いては、こちらに追撃されると判断したらしい。ほとぼりが冷めるまで待って脱出する心算のようだが、甘い」
 辰砂は金の瞳を鋭く細めて笑った。こうして予知されてしまえば、無防備と何ら変わらぬ。
「絶好の好機であるが、敵は巨大だ。貴様らに提示する作戦は二種ある」
 ひとつは、動力を止めて潜んでいるビッグホエールに静かに近づき、外部より最大ダメージを与えることだ。動力を止めているために相手は回避できず、防御力も落ちているため、より高い破壊効果が期待出来る。
 攻撃を受けたビッグホエールは、すぐさま戦闘態勢をとり、ケルベロスの一角を崩しての強行突破を試みるだろう。万が一、ケルベロスが数人戦闘不能になれば、脱出を許してしまう――奇襲が成功しようとも、それに注意した策を立てる必要がある。
 ビッグホエールを撃破すれば、積み込んだ資材や内部のダモクレス共々、撃沈できるだろう。
 もう一案は、非常用の出入り口を破壊して内部に潜入、制圧するという作戦だ。
 潜入可能な非常用の出入り口は、予知で確認されているため、動力を切っているため周辺の索敵が最低限になっているのを利用して乗り込む。
 ただ、この時点で隠れての接近が失敗した場合は、即ビッグホエールと戦闘になることに留意せねばならぬ。先の作戦と違い、奇襲できずに戦闘開始となるため、若干不利な立ち回りとなろう。
 無事潜入できたならば、潜水艦内部は資材などで道が限られているため、艦長のいる中枢まではほぼ一本道で辿り着けるだろう。
 中枢には艦長であるガンドロイド・ルビーと、護衛のガジェットシーカーがいるはずだ。これらを撃破し、作戦完了となる――指揮官を討った後、ビッグホエールは自爆するようなので、急ぎ脱出が必要となるが。
「海中戦を仕掛けるか、船内での戦いかの差だ。どちらの作戦も、注意深く接近する必要がある。隠密行動に自信がないならば、海中戦を選ぶのが無難だが――こちらも奇襲を成功させねば、不利な開戦となる」
 どちらを選ぼうとも構わないと彼は告げ、ひとたび言葉を切る。
「あちらが知らず作った折角の好機、こちらは精々、利用させて貰おう。逃さず、討て。私からはそれだけだ」
 貴様らならば出来るだろうと、彼は事も無げに告げ、説明を終えるのだった。


参加者
ティアン・バ(煙中魚・e00040)
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)

■リプレイ

●接近
 海上に浮かぶ漁船は日常の延長であれば、其処にある事に誰が疑問を憶えようか――無論、ビックホエールの頭上までは至らぬ地帯までだ。ケルベロスの依頼に応え、極めて近場まで船を出す漁師達が協力してくれたのだ。
「うまく隠れてたつもりみたいだけど、その隙にこっそり忍び込んじゃうからね。クジラ絶対逃がさないよ!」
 じぃっと緋色の瞳で海面を見つめながら、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)の意気込めば、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)がくすりと笑う。
「潜水艦に潜入だなんて、なんだか秘密工作員みたいでカッコいいですね」
「隠れられてると思っているところに仕掛けるのもたのしいね」
 ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)の兜が楽しげに燃えた。そう、楽しそうにしているが――至極当然、彼は水中が嫌いである。
「此処からが本番です――気を引き締めて行きましょう」
 左肩からするりとオウガメタルを腰元に移動させ乍ら、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)が再度、全体の動きを確かめるように声を掛けた。軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が念入りな準備運動をこなしつつ、おうと応える。
 最後に船長に軽く挨拶すると、彼らは次々と海へ飛び込んでいった。
 泳ぐルートも、大体検討済みだ。潮目に無為に逆らわず、音を立てぬよう静かに潜行しながら、海底に身を潜めるものを目指す。
 隠密気流の効果の範囲内を外れぬよう泳ぎつつ、キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)は海底を見つめる。暗視ゴーグルを身につけているため、視界は確保されていた――目立つものと言えば、地獄炎を消せぬラーヴァであるが、極力火力を落としていた。隠密気流の効果で、視認の上では問題無いはずだ。実際、時折すれ違う魚なども気にしていない。
 程なくして、対象は視界に映る。岩礁の隙間に身をおいて、という程度の隠れ方であるが、あると知らねば見つける事はできぬだろう。
 侵入しやすい入口は、やや後部、腹側に近いらしい。一切を消灯しているそれの前後を確かめるには、殊更慎重に近づかねばなるまい。
 ケルベロス達は大回りしながら、徐々にそこへ降りていく。誰かが見て気付いた事は、その都度、キルロイが接触テレパスで中継し合う。影に潜みながら、変わらず一塊の形を崩さず、焦らず緩やかに接近する。暗がりに小さな通用口が見えた。
 ――これだろうか。ティアン・バ(煙中魚・e00040)がハンドサインを送れば、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が深く頷く。
 キルロイが皆の言葉を集めて触れて伝える。任せておけと請け負ったのは、唯一水中で呼吸ができる双吉だった。
 彼は水を掻き分け近づくと、漆黒の指輪を剣の形に変え――一息に鉄の扉を斬り裂いた。

●襲来
 海水と同時にケルベロスが潜り込むと同時、船内では赤いランプが明滅し、警報が鳴り響き出した――さもありなん、破壊されれば察するだろう。潜入には成功しているのだから、何ら問題は無い。
「この方が戦いやすいだろう」
 ティアンが二度三度叩けば、海水を吸った衣服は乾く。当初の狙いとは異なり、海水にせき立てられるよう移動しながらになったが。
 さて、ダモクレスが運び込んだ物資とやらも気になるところではあるが――かなりかっちりと積み込まれているのだろう、扉を動かすことも敵わぬ。そして、ひとつひとつ確かめる時間もなかった。
「排水する気はないようですね」
 奏過が惘れたように言う。
 シャッターの類も降りてこない。脱出においては易かろうが、兎角、彼らは迫り来る海水から逃れねばならなかった。情報通り、通れる道なりに――極力物音を立てぬように気を遣い乍ら駆け抜け、中枢に辿り着く。
 すると背後で、ぴしゃりと扉が閉まった。戦闘中に浸水する心配は不要なようだ――ラーヴァがやれやれと肩を竦める。
 開かれた空間は司令室らしく無数のモニターと怪しく光るコントロールパネル。厳しい表情をして仁王立ちするガンドロイド・ルビーと、三体のガジェットシーカーがその前を守るように展開していた。
「来たか、ケルベロス!」
 ルビーはかく発すると、腕を突き出し、ガジェットシーカーへ指示を送る。
「私達は負けない……仲間のためにも!」
 彼女自身も銃を構えると、狙撃に適した位置へと身を翻す。
 同時に、ケルベロス達もそれぞれに飛び出す――前へ、誰よりも早く、皆を庇うようにアリシスフェイルが巨大鋏を模した剣を手に、集中を高める。
「敗走は恥じることではないのよね。だけど感知できた以上逃がしはしないわ――次の機会など与えないもの」
 金の瞳でひたと敵将を見据え、告げる。
「天石から金に至り、潔癖たる境界は堅固であれ――」
 蒼界の玻片、彼女の唇が詠唱を終えるや、足元には灰と黄の光で描かれた六芒星が描かれ、青と白のステンドグラスに似た障壁が断続的に浮かぶ。
 仲間か――ルビーの言葉を反芻し乍ら、ティアンは紙兵を撒いた。
「海の底をよりさらに下、地獄の底まで落とさせてもらうぜ!」
 色とりどりの加護を纏い、双吉は砲撃形態に変形させたハンマーより竜砲弾を放つ――左腕のドリルを振り上げ踏み込んできたシーカーどもの、足元を穿つはキルロイの制圧射撃。
「――鈍い」
 銃弾が鋭く一蹴するなり、続き吹きつけるは氷河期の精霊の吐息。激しく一陣の吹雪を齎すは、カルナであった。
「潜水艦はその隠密性が最大の強さですから。見つかってしまった潜水艦に生き延びる術は無いのですよ」
 この台詞なんだか悪役みたいですね――カルナが微笑むと、地獄炎を強く赫かせて、悪役、結構じゃないですかとラーヴァが賛する。
「なんにせよ逃げ場はございませんので、まとめてゆっくりお相手いたしましょうねえ」
 機械仕掛けの脚付き弓から氷の光線矢を放つ。戦場を貫く凍結光線が、シーカーを纏めて貫いていく。
 うん、逃がさないよと朗らかに笑うイズナの両掌が、閉じて開く。
「――緋の花開く。光の蝶」
 そっと開かれた掌から、緋色の蝶がふわりと羽ばたいていく。戦場を忘れさせるような幻想風景に、ダモクレスも心を奪われるだろうか。
 少なくとも、気は削がれたらしい――幻惑する光景を振りほどくように、全身で跳ねて距離を詰め、耳障りな音を立てて回転する左腕を繰り出す。
 丁度三体を、アリシスフェイル、双吉、ラーヴァがそれぞれに攻撃を受ける。護衛である彼らの攻撃は決して、軽いものではなかった――互いの武器との間で火花を散らし、離れる機会を窺っていた時。
「そこっ!」
 すかさずルビーがレーザーによる散弾を次々と放つ。カルナが翡翠の尾を振り抜き、回避する――壁や床が融け落ちる威力。掠めた鱗が焦げていた。
 奏過が仕込み杖を翳し、雷光を招けば、みるみる内に疵は消えた。
 痛みなど知らぬように彼は楽しそうに目を輝かせて、雷の賦活に任せ、高々跳躍したのだった。

●闘諍
 ケルベロス達の攻撃が次々と閃く――その方針は、カルナ曰く「景気よくやっちゃいましょう」である。
「ここで逃げられては困りますしね、文字通り、海の藻屑となってもらいましょうか――舞え、霧氷の剣よ」
 次元圧縮により大気より生成された八本の凍てつく刃が、周囲の計器やらまで巻き込んで、シーカーの四肢を容赦なく貫く。絶対零度の氷牙に縫い止められながら、何とか踏みとどまる。
 だがそれらに治癒の技が無い事は僅かな時間の応酬で解っている。すかさず、イズナが召喚した氷の槍騎兵が突進し、コアを穿って停止させる。
 軽く歯噛みしたルビーが光弾をばらまく――彼らの接近を遠ざけるべく放たれた掃射を、ひょいと躱した双吉は獰猛な――本人も不本意であろうが――笑みを浮かべた。
「伊達に人生、頻繁に職質されながら生きてきたわけじゃあねぇッ! お巡りの動きを読むのくらいお手のものなんだぜ!」
 本当に、自慢ではなかった。イズナが困ったように笑い、奏過は大人の溜息で誤魔化した。
 とはいえルビーの銃撃は、甘くない。アリシスフェイルはティアンを庇ったことで肩を焦がしていた。ラーヴァも飄飄と構えて、次の矢を番えているが、鉛色の鎧には幾つも穴が穿たれている。
「今瞳に映るは鏡像…信じて身を委ねて欲しい…」
 赤光のメスを閃かせる――さも切開しているかのような動きであるが、その行動は全て鏡写し。反転する奏過の治療は、その瞬間にすべて癒えているのだ。
「皆さんは自分が為したい事に専念して頂いて構いませんよ」
 すべて、拾い上げてみせる。
 長い灰の髪の下、眼鏡の向こうの瞳は、使命感による強い光を宿していた。
「みんな、もう少し耐えて」
 ルビーは艦長としての勤めを忘れていなかった。ガジェットシーカーに常に指示を送っているものの――既に、残る二体の護衛達もかなり消耗していた。
 然れど、与えられた任を全うすべく、彼女の盾として、ケルベロス達へ向かっていく。
 頭部のドリルを回転させ、頭から跳び込む――雪結晶に似た戦輪で、其れを受け止める。火花散らして迫るドリルに、アリシスフェイルは強烈な冷気を叩きつけて打ち破る。
 上半身が凍り付いても進もうとする敵に、彼女は負けじと力を籠めるが、不意に、軽くなる。
 キルロイの凍結光線がシーカーを砕いていた――仮面で目許の表情は解らぬが、口の端に笑みを浮かべていた。
「庇って貰うばかりじゃ、格好が付かないからな」
 残るは一体、迎え撃つラーヴァのエネルギー光弾を、それはドリルで貫き乍ら正面突破してきた。無論、後ろまでは通さぬと双吉が気合いを入れて凶悪な表情で立ち塞がった。
 悪鬼の天魔がシーカーを無造作に掴み、爪を深々と埋めていく。怪物は直ぐに崩壊してしまうが、カルナのアームドフォートの主砲が後を追い、頭部を貫いた。
 二体の護衛の破壊から間髪入れず、流星纏うイズナの蹴撃がルビーを捉える。
「……くッ」
 呻き、ルビーは強く床を蹴って飛び退くと、態勢を整えるべく、自己修復の姿勢に入ったが、解き放たれたブラックスライムが全身に絡みつき、その加護を喰らっていく。
 放ったティアンは淡淡と、藻掻く敵を見つめて、問うた。
「仲間のため。そうだな。仲間は大事だ。それは、そうインプットされたから? ――それとも、心でも芽生えだしているのか?」
 彼女の言葉に、ルビーは目を瞠った。わたしは、と小さく囁く。
 その瞳の奥に揺れるものは、感情である。心であるかは解らぬが、デウスエクスの無情さとは少し異なる色があるような気がした。
 皮肉なことだ、ティアンは口に出さず思う。
(「心あるレプリカントとなっては最早、ダモクレスの仲間足り得ないのだから――」)
 だが、そこに思いを寄せることなどない。
「最終局面、くれぐれも油断しませんよう」
 まあ、言うまでもないでしょうけれど――奏過は再び、雷を纏わせた杖を、仲間を癒やすべく掲げた。

●水底に弔う
 ルビーは蛍火の瞳を強く輝かせた。躰には亀裂が走り、狙いも儘ならぬ。
 彼女はひとり残されてからも艦長としての意地を見せ数分は粘っていた。周囲は既に煙を立てて破壊され、足場もまともではなかった。
「みんなのためにも、負けられない」
 その一心で、銃を正面に構えて最後まで戦い抜く姿勢を見せた。その姿は健気でもある――然し、同情することはない。アリシスフェイルは小さく息を吐いた。
(「戦いなんて少ないに越したことはない――私は私が帰る場所と大切な人達が生きる場所を守りたいから」)
 だから、戦いたくないなどというつもりは無い。優しさも憐憫も捨て去り、ケルベロスとして凛然と、只打ち破る。それこそが彼らへの手向けでもあるはずだ。
 対の剣を手に、彼女は駆け出す――撃ち出された光線を無造作に薙いで、深く踏み込み、刃をねじり込む。腹を貫けば、疵から空の霊気が内側よりルビーを暴く。
 それで崩壊していかぬように、身を守るようルビーは躰を縮めた。もう死の兆しは、完全に彼女を捕らえている。だが諦めは、その瞳にはない。
 ああ、ティアンはただ頷いてみせた。
 仲間のために諦めない――それはこちらも同じだ。
「ティアンはティアンの仲間のために……これ以上地球を脅かすものを、おまえたちを、放っておくわけにはいかない」
 ゆびさきを、敵に向ける。目を瞑るのは見つめるのが辛いからでは無い――集中を高め、脳裡にある大切な人々のことを確認する。奮うために。
「共感はあれど相容れぬ――ティアンも、大切な人達も、すきな、海を侵すもの」
 繰り返す幻影は、空の霊気が再び暴れ回るもの。幾つもの刃がルビーの躰を斬り裂き、苛む。
 すかさず畳み掛けるは、双吉。
「形質投影。シアター、顕現(スタンド)ッ!!」
 ブラックスライムがぐるりと捻れて、収縮したかと思うと一気に広がる――それが作り出すは、蝙蝠のような大翼持つ黒き人型。裂けた口から覗く牙、鋭い鍵爪、凶悪な双眸――邪悪の顕現であるそれは、禍々しき爪を振るい、ルビーの両腕を斬り裂いた。
 硬質な音が響いて、亀裂が更に深まる。
 高く、奏過が跳んでいた。流星の煌めきを軌跡と残し、垂直に滑り込む。重力を載せ加護ごと叩き込めば、ルビーの肩口で重い音がした――すかさず、カルナの放った魔法の光線が、抵抗のためルビーが差し出した片腕を石化して、無力化する。
「我が名は熱源。余所見をしてはなりませんよ」
 滝のように落ちる紅蓮。炎はその身を蝕む呪いを喰らい大きく成長し、逃れる事を許さぬ――ルビーを包む炎の幕の向こう、身を低くしながら疾駆する男の姿が迫る。
「死ぃいいいねえええええ!」
 キルロイの咆哮が、内側の赤黒き劫火を呼び醒ます。銃剣構え、炎を靡かせ、彼はルビーへと突撃する。
 赤と黒が、燃えて、ルビーの懐を深々と貫いた。驚愕するように目を瞠る――堪え切れぬ悲鳴に開いた口から、血は溢れない。
 忌むべき機兵を破壊するための一撃は、その腹部を見事、崩壊させた。氷と、石化と、様々な呪縛が歪な姿を固定し支えるのが、皮肉であった。
 立った儘、息絶える――そんな終焉も、あるだろうけれど。
 イズナの槍の周りに浮遊する無数の穂先が槍を中心にぐるりと回転を始める。螺旋力を高めて噴出された刃たちが、次々とルビーを穿ち、粉々に砕いた。
「これで、おしまいだよ――おやすみなさい」
 鯨と、みんなと一緒に朽ちていけるように。

 艦長の機能停止を察したのか。アラートが強く鳴り響き、視界が真っ赤に染まる。奏過の漆黒の双眸は、未だ緊張を維持していた。
「自爆まで後何秒か――急ぎ退避しましょう」
「ええ、心中なんてごめんだもの」
 アリシスフェイルの言葉に、皆笑って同意し。ケルベロス達は元来た道を引き返すべく、駆けだした。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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