●大阪緩衝地帯にて
その日、大阪の空が震えた。
ユグドラシルゲートの破壊によって、十二創神ユグドラシルの巨大な根が、次々に枯死と暴走を始めたのである。
『……!』『――!!』
城内を混乱の渦に巻き込みながら、四方八方へと逃れゆくデウスエクスの残党たち。
カンギが討たれゲートも失われた今、ここは既に安住の地ではない。
同じころ、城の外では巨大な鋼鉄の『出城』が地を揺らして撤退を開始していた。
名を、要塞ヤルンヴィド。
第二王女ハールが撃破された後にも改造を繰り返し、主砲を備えた甲殻類のごとき姿へと変貌したそれは、障害物を破壊しながら緩衝地帯の一角へと逃げていく。
そして、幾度かの日が過ぎた後――。
要塞の女王蜂たるダモクレスの命により、ヤルンヴィドは自らの体を分かち始めた。
『精鋭戦力の撤退は完了……砲塔部、進捗を報告せよ……』
『各脚部、重量負荷を計測……魔空回廊の維持時間を再測定……』
『現時刻より分離したパーツは次回の魔空回廊へ……集積地にて待機せよ……』
あるパーツは、女王蜂の配下たる寄生体ダモクレスたちの手によって。
あるパーツは、部品自らの力で移動しながら。
そうして集積したパーツと資材は、廃墟の片隅で魔空回廊を潜って運ばれていく。
何処とも知れぬ、ダモクレス本軍の待つ場所へと……。
●ヘリポートにて
大阪城ユグドラシルゲート、陥落――。
長きに渡り侵略を続けた攻性植物勢力を、ついにケルベロスは退けた。
敵将カンギの撃破。攻性植物ゲートの破壊。大阪の解放まではあと一歩を残すのみ。
すなわち、残存勢力の追撃戦である。
「ユグドラシル・ウォーの勝利、おめでとうございます。今回行われる作戦では、皆さんにヤルンヴィド勢力の追撃をお願いします」
ムッカ・フェローチェはそう言って、ケルベロスたちに作戦資料を配布した。
ヤルンヴィド――グランドロンに代わり設けられたこの出城は、それ自体がダモクレスのパーツで構成される規格外の巨大要塞である。
「ヤルンヴィドは現在、指揮官ダモクレス『インスペクター・アルキタス』の命令によって分離・分解が進められています。魔空回廊を繋げて、戦力や資材とともにダモクレス本軍のもとへ帰還するのが狙いのようです」
ゲートの拠点である大阪城、その出城を務めるほどの大勢力だ。
指揮官のアルキタス共々、ダモクレス本軍と合流すれば脅威となるのは論を待たない。
「アルキタスはヤルンヴィドを大阪緩衝地域の廃墟区画に隠し、ヤルンヴィド中枢で撤退の指揮を執っています。ここで彼女を撃破できれば、残る戦力は頭を失ったも同じです」
つまりアルキタスの撃破が、本作戦の成功条件ということだ。
目標の達成には仲間同士の緊密な連携、そして的確な役割分担が欠かせない。それぞれができる限りの成果をあげられるよう、どうか頑張って欲しい――。
そう言って、ムッカは概要の説明に移った。
「アルキタスは身辺に強力な護衛を配置し、安全な逃走経路を複数用意しています。一度の襲撃で撃破するのは、まず不可能といって良いでしょう」
そこで今回の作戦では、6チームを3つの班に等分して攻略を行う。
要塞に攻撃を仕掛けてアルキタスの護衛を釣り出す『要塞攻撃』。
護衛が釣れた隙を突いてヤルンヴィドにいるアルキタスを襲撃する『要塞内部潜入』。
そして最後に、ムッカチームが担当する班――ヤルンヴィドから逃げてくるアルキタスを撤退ルート上で待ち伏せし、強襲をしかけて撃破する『魔空回廊制圧』だ。
「待ち伏せを行うには、まず撤退ルートである魔空回廊周辺を制圧する必要があります」
現地には資材運搬を行う『寄生体』とそれを指揮する『戦闘強制ユニット タイプK』、そして回廊防衛を行う強力なダモクレスが1体存在する。
彼らが魔空回廊やヤルンヴィドに逃げれば、待ち伏せの情報が敵に露見し、アルキタスの撃破は困難となるだろう。そうした事態を防ぐためにも、撤退しようとする敵を確実に撃破して、情報を封鎖せねばならない。
「回廊制圧は2チーム合同で行います。それぞれ分担する役割が違いますので、私たちを『チームA』、もう片方を『チームB』と仮称して説明しますね」
回廊周辺への攻撃はチームBが先に行い、その後にチームAが続く形となる。
まず、チームBの仕事は以下のふたつ。
防衛を行う強敵ダモクレスを攻撃・撃破し、回廊への援軍要請を阻止すること。
失敗した場合、回廊から敵の応援が来る恐れがあるので注意が必要だ。
次に、チームAの仕事は以下のふたつ。
防衛用ダモクレス以外の敵勢力を撃破し、ヤルンヴィドへの撤退を阻止すること。
失敗した場合、待ち伏せを察知したアルキタスは別の経路へ逃走してしまい、討ち漏らしの危険性が高まってしまう。
「これらの作戦が成功した後は残敵を掃討しつつ、撤退してきたアルキタスを攻撃、これを撃破できれば依頼は成功となります。アルキタスの目的はあくまでも撤退ですので、彼女を魔空回廊に逃げ込ませない作戦も重要となるでしょう」
現場にある魔空回廊は通常の回廊と同型のため、長い間開き続けることは出来ない。
一定時間で効果が切れた後は再び開閉を繰り返し、移送作業に使用しているようだ。
もしかすると、この性質をうまく利用できるかもしれない――最後にそう言い添えて、ムッカは説明を終えた。
「デウスエクスは生ある限り地球に災厄をばら撒き続けるでしょう。この機を逃さぬよう、確実にアルキタスを撃破して下さい。皆さんの健闘を祈ります」
参加者 | |
---|---|
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
伏見・万(万獣の檻・e02075) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
ジェミ・ニア(星喰・e23256) |
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597) |
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130) |
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731) |
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264) |
●一
大阪城を撤退し、ダモクレス本軍との合流を目論む要塞ヤルンヴィド。
その撤退ルートとして設けられた魔空回廊に程近い、大阪緩衝地帯の片隅に、ケルベロスたちは潜伏していた。
「こちらは準備完了デス。いつでも行けマス」
隊列の後方からエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が送ってきたハンドサインを確認し、ケルベロスたちは物陰から前方を注視する。
回廊に程近い廃ビル跡にいるのは、要塞の資材を運ぶダモクレスの群れ。
バトルガントレットを装着した『戦闘強制ユニット タイプK』。そして死体を寄生操作する『寄生体』と呼ばれる量産型ユニット。その素体は、すべて大阪市民の亡骸だ。
「ったく、悪趣味なことしやがるぜ。胸糞悪ィ」
伏見・万(万獣の檻・e02075)が、吐き捨てるように呟いた。
それと共に、かの軍勢を指揮する女性型ダモクレスに、尽きない怒りが湧いてくる。
「インスペクター・アルキタス。要塞ヤルンヴィドの女王蜂サマ、ってか」
ユグドラシル・ウォーの敗北に伴い、アルキタスはヤルンヴィドとともに本軍との合流を行おうとしている。
彼女らダモクレスにとって、地球の人々は単なる資源だ。ここで逃せば、新たな犠牲者は幾らでも生み出されるだろう。
「次はなイ。今日この場で、決着をつけル」
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の右腕で、地獄炎がゆらりと燃える。
撃破目標である敵の素体は、老若男女区別がない。若い少女、老いた老人。ダモクレスにとって大した違いはないのだろう。アルキタスへの昂る感情を抑えながら、眸は任務に意識を集中させた。
「よしっ、『奴等』を残らずぶっ壊すぜっ!」
「ああ、確実に仕留めよう。より多く、より早く」
鉄の拳を握り固める尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の真横で、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は敵のいる廃ビルへと視線を移した。
「寄生体が30体。戦闘強制ユニットは目視できないか……」
廃ビルの奥からは、寄生体を操る強制ユニットたちの気配が漂ってくる。
恐らくは後方で指揮を執っているのだろう。千梨は逃走ルートになりそうな場所をそれとなく注視しながら、恋人の指輪をネックレスにして服の中へとしまい込んだ。
(「彼らを倒す姿を、見られたくはないしな」)
送り主の少女を想う千梨の隣では、ジェミ・ニア(星喰・e23256)もまたビルの敵勢力を凝視していた。
(「亡骸は、極力傷つけたくないけど……」)
敵はいずれも弱敵だが、数が多い。彼らを1体でも要塞へ逃してしまえば、劣勢での戦いは免れない。ジェミらが前後衛で敷いた二重の隊列は、それを防ぐ防壁でもあった。
「逃がさない。必ず終わらせる!」
ジェミが後衛に視線を向けると、グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)の顔が見えた。どうやら彼女も『素体』のことが気がかりらしい。
(「んっ、いけないなー。あっちこっち、気になっちゃうけど……」)
グラニテはぷるぷると頭を振って、戦いへと心を切り替える。
要塞の資材、そしてパーツ。本来ならば好奇心の赴くまま忙しない緑色の瞳は、先程からずっと寄生体に向いていた。叶うならば、せめて亡骸だけでも葬ってやりたいが――。
そう、グラニテが思った矢先だった。
「皆さん、気をつけて。敵が来ますよ!」
前方でジェミが指さす先、ビルの向こう側から爆発音が響いてきた。
魔空回廊の方角からだった。別働部隊の攻撃が、本格的に始まったのだろう。
「レッツ、ロック! ボクの歌を聞けデース!」
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)は愛用のギターを爪弾くと、撤退を開始したダモクレスの行く手に立ちはだかった。
ここを通すわけにはいかない。毒蜂の女王を逃がすわけにもいかない。
全ては大阪で生きる人々の、未来のために――。
「さあ、全力で行くのデース!」
魔空回廊制圧戦、開始である。
●二
鳴り響く警報を背に、ダモクレスの群れが迫る。
爆破スイッチを手にした眸はビハインドを連れて疾駆しながら、後衛の背後を七色の爆発で彩った。士気を高めるブレイブマインだ。
「行くぞキリノ。ワタシに続け」
対するダモクレスも眸らを察知したらしい。ケルベロスたちの射程外、寄生体の後方から2体の強制ユニットがバイザーの光を点滅させ、寄生体へ指示を飛ばす。
『ケルベロスの奇襲を確認。敵陣を突破し、ヤルンヴィドに撤退せよ』
機械腕を回転させ、徒党を組んで迫る寄生体の群れ。同時、眸がキリノに指示するのは、最前列を走る盾役への攻撃である。
「よく狙え。1体も通すな」
キリノは悠然と身を翻し、念力で捜査した瓦礫の破片を標的めがけて発射。
心臓に大穴を穿たれて絶命する寄生体には目もくれず、眸は仲間たちに呼びかける。
「前・中・後に10体ずつダ。打合せ通り行こウ」
「おうっ、了解だぜっ!」
広喜は『弾ケ詠』を展開。無数の光弾へと変じた青い地獄炎が、迫り来る寄生体を余さず射程に捉える。亡骸を操作する寄生ユニットへ向けるは、常と変わらぬ笑顔。しかしその目は笑っていない。
「覚悟しろ、残らずぶっ壊してやるぜ」
言い終えるや、広喜の全身から青い光弾が発射された。
狙ったのは、盾役のいる前衛だ。はたして次々に光弾を浴びて斃れていく中から、無傷で立ち上がった1体が包囲を突破せんと駆けてくる。
「敵の耐久は高くねえな。どんどん行くぜっ!」
「盾役は全機破壊……最優先で前衛を狙ったのは正解でしたネ」
エトヴァはゾディアックソードで守護星座を描きながら、戦況を冷静に俯瞰する。
次々と仲間を撃破されているというのに、寄生体の動きには全く乱れがない。命令に従う以外の自我を持たないのか、恐れも怯えも感じていないようだ。
「増援が現れる気配はナシ。回廊側の部隊も順調のようデス」
「んっ、ごめんなー。ここは通せないんだー……」
ケルベロスの前衛を包む、スターサンクチュアリの光。
息を合わせて、グラニテのバスターライフルが、包囲を突破しようとした前衛の寄生体を冷凍光線で粉砕する。
『ガガ……ガ……!』
断末魔のごとき雑音を残し爆発する寄生体。
そこへ残る敵が、亡骸を踏み潰しながら迫る。次いでケルベロスを襲うのは20を数える機械腕の刺突だ。
「やれやれ。この歳ともなると、少し動くだけで一苦労だな」
千梨は冗談めいて肩を竦めるが、その動きには些かの衰えもない。
破れた服を保護で繕いながら、シャーマンズカードにグラビティを注入。輝く猫の群れを召喚し、敵中衛へとけしかけた。
「容赦は出来ん。直ぐに終わらせよう」
千梨の宣言通り、光の猫が当たって弾けるたび、寄生体はバタバタと斃れて行く。
そんな中、回避に優れる敵が2体、光る猫の攻撃を掻い潜って要塞へと駆ける。しかし、ケルベロスにとってその程度は想定内だ。
「こんな事もあろうかと……ってな。逃がさねェぞ!」
縛霊手を天高く掲げるのは、後衛で狙撃の位置についた万だ。
光猫の攻撃と連携し、放つのは御霊殲滅砲。祭壇から発射する巨大光弾の一撃である。
(「出来るだけ、体は傷つけたくねェからな」)
同じ葬るならば、亡骸が少しでも残るように。
そんな思いを込めて放った光弾は、中衛の敵を余さず穿ち、骸へと変えた。
ケルベロスの連携はまさに阿吽の呼吸。寄生体を討ち漏らすことも、隊列が乱れることも一切ない。対する敵側は焦りを覚えたか、それまで寄生体を操作していた強制ユニット2体が包囲を突破せんと向かってきた。
『作戦に変更なし。ケルベロスの包囲を突破する、繰り返す――』
「強制ユニットが来ます! 前衛と中衛!」
ジェミは後衛の寄生体を射程に収め、全身に展開したポッドから小型ミサイルを発射。
マルチプルミサイルの弾は肉食魚さながらに宙を泳ぎながら、標的の群れに食らいつき、赤い花となって咲き乱れた。
寄生体の撃破は完了だ。それと同時、ガントレットを構えて乱入してきた強制ユニットの片割れへ、シィカはスターゲイザーを叩き込む。
「逃がさないのデース!」
煌めく流星蹴りの光。骨を砕く鈍い手応え。
シィカの狙いすました一撃が、守りに優れる敵のガードを突き破った。
●三
魔空回廊周辺の制圧は順調に進みつつあった。
寄生体は討ち取られ、敵は戦闘強制ユニット2体を残すのみ。しかし安堵する暇はない。本番が始まるのはこの後なのだ。
気脈を断つ突き。高速の重拳撃。敵が繰り出す連続攻撃を止めながら、眸と広喜は勢いを緩めることなく反撃を開始する。
「貴様等に構っていル時間はなイ」
「来いよ、全部ぶち壊してやる」
継ぎ目なきプリズムが眸の手で組み替えられ、竜を象る稲妻を放たれた。
狙いはシィカの蹴りを浴びた前衛の個体だ。電撃を浴びて火花を散らす頭部バイザーに、広喜の如意直突きが直撃する。
「さすがに寄生体のように一撃とはいかないですね……けど!」
ジェミは胸部のビーム発射口を開放し、エネルギー光線を発射。
万は息を合わせ、己を構成する獣を幻影として解き放つ。
「狩られるのはテメェだ、逃げられると思うなよ!」
光線に身を焼かれ、獣の影に全身の骨を砕かれ、回復手段を持たない強制ユニットは為す術無く爆散する。
残るは1体。エトヴァはブラッドスターの旋律を奏でながらも、その注意は『この後』の戦いに向いていた。
(「どうか、無事でいて下サイ」)
今この瞬間も、ヤルンヴィドでは仲間がアルキタスと死闘を演じているはず。
エトヴァの祈りを込めた歌を向ける前衛では、千梨が槍騎兵のエネルギー体を突撃させて中衛の敵を串刺しにしたところだった。
「せめて、その眠りが覚まされることのないように」
「息を合わせてー、動きを合わせてー、鼓動を合わせてー……」
脇腹を貫かれ、膝をつく強制ユニット。
その周りをうろちょろ駆け回るのは、グラニテと、碧水絵具で描き出した彼女の分身だ。
「わかる、かなー? わたしも、『わたし』も、ここにいるぞー!」
映し身との連携攻撃は、生身の部分を極力避ける。
戦いの後に、『みんな』で一緒に帰れるように。
そして――。
「レッツ、デストロイ! デース!」
シィカは轟竜砲で強制ユニットの頭部パーツを破壊、最後の敵を葬ると、すぐさま周囲に注意を向けた。
廃ビル周辺に敵の気配はない。別動隊のいるエリアも戦いの気配は止んでいる。どうやら魔空回廊の制圧には成功したようだ。
「よし。後は……」
千梨は仲間とともに物陰に身を隠しながら、腕時計に目を落とした。
(「ふむ。ここなら魔空回廊が目視できるな」)
回廊の開閉時間を頭に叩き込み、連絡用の拡声器とホイッスルを手に、息を潜めて物陰に身を隠すケルベロスたち。
予定通りなら、そろそろ敵の本命が現れても良い頃だ。
張り詰める空気。緊迫感に満ちた時間がじりじりと流れて行く。
と、その時――。
「……あれ?」
最初にその異変を察知したのは、ジェミだった。
「ねえエトヴァ、電波が……?」
通じなかった電波が復活している――そう言おうとした矢先、エトヴァのアイズフォンを介して通信が届いた。
「ハイ、エトヴァ。……成程、了解しまシタ。すぐ伝えまショウ」
恐らくはヤルンヴィドの戦況に関する情報だろう。
そう思った万はエトヴァに駆け寄ると、通信終了と同時に問いかけた。
「おい、何があった?」
「……指揮官アルキタスが、潜入チームに撃破されたそうデス」
「何だと――!?」
予想外の報せに、その場の全員が息を呑む。
魔空回廊を制圧し、アルキタスの撃破も完了。それは即ち、現時刻をもってケルベロスの任務が達成されたことを意味していた。
「へっ。やるじゃねェか、居候」
潜入チームに加わった少女の顔を想い浮かべ、口の端を歪める万。
勝利の報せは、直に別働隊にも届くだろう。
誰もが安堵の顔を浮かべるなか、グラニテがそっと手を挙げたのは、その時だった。
「みんなー。亡くなった人たちを、弔ってあげないかー……?」
現場のあちこちには、大阪の人々が亡骸となって横たわっている。
ダモクレスの呪縛から解き放たれた彼らを、このまま放置するのは忍びない――。
そんなグラニテの提案に、仲間たちも頷きを返した。
「……いいデスね。賛成デース!」
「おっし。やるかっ!」
ギターをかき鳴らすシィカ。腕をまくる広喜。
抜けるような青空の下、ケルベロスの最後の任務が始まった。
●四
「アンコールの開幕デス! 最高の歌で送り出すのデース!」
バイオレンスギターの音色が、高らかに響く。
シィカの奏でる旋律が、血のこびり付いたアスファルトをヒールで修復していく。幻想が混じった地面は、タイルを敷き詰めた広場へ。そこに描かれたのは青い大空の絵だ。
「レッツ、ドラゴンライブ……スタート!!」
『天穹へ至れ、竜たちの唱』――シィカのバンドが奏でる歌声が天高らかに響くなかで、グラニテは氷界形成で亡骸を優しく覆う。ダモクレスの支配から解放された彼らの肉体は、こうしている間も朽ち始めているのだ。
「もう大丈夫だぞー。ダモクレスは倒したからなー」
グラニテは、自分が討った寄生体の素体――まだ若い少女の亡骸へ歩み寄ると、頬の血糊を拭う。願わくばその魂に、安らぎがあるよう祈りながら。
「……みんなで一緒に、帰ろうなー」
そうして広場の中央に並べられた亡骸に、ケルベロスたちは黙祷を捧げる。
「平和まで、もう少しだなっ」
「これからダ。この街は元気になル」
眸は癒しのコアエネルギーを向けた左手で、そっと広喜の背中に触れた。この相棒は体の傷もそのままに遺骸を運び、随分と無茶をしたのだ。
あまり心配させてくれるな――人知れず、眸は安堵の吐息をつく。
「この街ガ、安心して暮らせる場所となるように」
「うん。皆さん、どうか安らかに」
白い花輪を、亡骸にそっと添えるエトヴァ。
ジェミもまた、冥福を祈りながら静かに目を瞑る。
「……連絡、万さんが取ってくれたって」
それを聞いたエトヴァが顔を向けると、万は照れを隠すように肩を竦めた。
いま大阪城周辺では、市民の亡骸を回収する作業が行われている最中だ。ここに集まった人々も然るべき手続きで回収され、遺族の元へ還されるだろう。
一方、仲間の輪から少し外れた所で、千梨はひとり溜息を漏らした。
(「ふむ。少し、疲れてしまったかな」)
祈りの言葉を胸に秘めて、指輪をはめ直した手を、千梨はそっと合わせる。
――どうか彼らが、あるべき場所へと帰れるように。
そうして仰いだ青空の果て、人々の迷う魂を迎えるように、ヘリオンが向かってくるのが見えた。どうやら幕が下りる時が来たらしい。
「さあ帰ろう。任務完了だ」
千梨は仲間たちを見回して、そう告げる。
ケルベロスは今一度犠牲者のために祈りを捧げ、帰還の途に就くのだった。
作者:坂本ピエロギ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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