牽牛の花祭

作者:坂本ピエロギ

 東の空が白み始めた、夏の夜明けのことである。
 とある小学校の庭園に落ちた一片の胞子が、純白の朝顔を人食う花へと変えた。
『ギギッ……』
 可憐な姿に似合わぬ醜悪な鳴き声をあげ、攻性植物が求めるはグラビティ・チェイン。
 辺りに漂う人々の気配を嗅ぎつけて、一歩踏み出そうとしたその時だった。
『ちょうど良い駒が見つかりましたね』
『ギッ……!?』
 ふいに、行く手を黒衣の女が塞いだ。
 人間ではない。手に持っている球根状の物体は『死神の因子』だ。
 女は身構える時間すら与えず、攻性植物に因子を植え付けると、悠然と告げる。
『お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです』
『ギギーッ!!』
 攻性植物は飢餓の恐怖に襲われたように、学校の外へ駆けて行く。
 その先には、人々が集まり始める縁日の賑わいがあった――。

「……以上が、私の得た予知です」
 夜明け前のヘリポートで、ムッカ・フェローチェはケルベロスたちに告げた。
 事件が起こるのは、とある小学校の庭園だ。朝顔の攻性植物が死神の因子を埋め込まれ、本能の赴くまま街の人々を虐殺するという。
「このままでは悲劇は免れません。現地へ急行し、攻性植物の撃破をお願いします」
 ムッカはそう言って、依頼の説明を開始する。
「死神の因子を埋め込まれた影響か、この攻性植物は非常に凶暴な状態にあります。ですが問題はそれだけではありません。因子を持つデウスエクスは通常の方法で撃破すると、死後に死神の手駒となってしまうのです」
 これを防ぐには、敵を瀕死にしてから過剰ダメージを与えて倒す――つまりオーバーキルで撃破せねばならない。幸い素体となった攻性植物の防御力は高くないので、高火力の一撃を叩き込むことは難しくないだろう。
 標的は庭園を抜けた後、真っすぐに人々のいる市街地へ向かう。
 ケルベロスは進路上にある校庭で待ち伏せを行い、現れた標的を襲撃、撃破して欲しい。
 時刻は早朝のため校内は無人。人払いも不要である――そう付け加えて説明を終えると、ムッカの話は依頼を終えた後のことに及んだ。
「この日、街では朝顔市が開かれます。事件を解決したら足を運んでみては如何でしょう」
 朝顔はまたの名を牽牛花ともいい、朝早くにその花を咲かせる。
 朝から賑わう街道の両側を飾るのは、鉢植えで咲き誇る朝顔だ。職人が精魂を込めて育てた花々は、どれも見る者の心を惹かずにはおかない。
「色や模様はお店によって違います。可愛い花から綺麗な花まで、手軽に買えますよ」
 のんびりと花々を眺めるも良し、お気に入りの鉢で夏の景色に彩を添えるのも良し。
 縁日ならではの出店も並んでいるので、小腹を満たしつつ、涼しさの残る夏の朝をそぞろ歩くのもお勧めだ。
 そうして説明を終えたムッカはケルベロスへ一礼すると、ヘリオンの搭乗口を開放する。
「街の平和をデウスエクスから守れるのは皆さんだけ。どうか確実な遂行をお願いします」


参加者
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
雪城・バニラ(氷絶華・e33425)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)
 

■リプレイ

●一
 七月を迎え、暑気がいや増す盛夏の早朝。
 肌を刺すような太陽の陽射しも、夜明けの今はまだおとなしい。涼気を帯びた心地のよい静けさが、小学校の校庭に満ちている。
 『夏』。その言葉に、暑さを連想する者は多いことだろう。けれど早朝のひと時に漂う、冷たい湿気を微かにはらむ静謐の世界もまた、この季節が持つ顔のひとつなのだ。
 そして、そんな朝を鮮やかに彩るのが、朝顔という花だった。
「なのに……酷すぎるのよ」
 無人の校庭に立つリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)は、悲しみの溜息を漏らした。これから戦う相手――攻性植物と化した末に、死神の因子に暴走を強いられた、悲運の朝顔に思いを巡らせたが故だ。
「死神の手先になんて、させられない。ぜったい止めるのよ!」
「そうね。奴らの思惑を叩き潰してやるわ」
 雪城・バニラ(氷絶華・e33425)の一言は、仲間たちの思いを代弁したものでもある。
 静かな朝のひと時を乱そうとするデウスエクスを討つ――そのために、彼女らケルベロスはこの場所に立っているのだ。
「綺麗な朝顔を摘むのは勿体ない気もしますが……きっちりカタつけるっす!」
 純白の花弁に赤色は似合わないと、シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)もまた意気軒昂。セントールの蹄で軽く校庭を駆けながら、気になっていた問いをふと仲間たちへ投げる。
「死神の因子って、オーバーキルで破壊できるんすよね?」
「うん。発動した因子は、彼岸花みたいな花を咲かせるらしいけど」
 クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)が、首肯で応じた。
 らしい、と答えたのはクラリス自身もその花を見たことがないからだ。過去に死神の依頼を受けた経験はあるが、その時も因子が花開くことはなかった。
「死神の彼岸花か……見たくないね。頑張ろう」
「だね。街に被害が出るのも、死神が得しちゃうのも、どっちも嫌だし」
 ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)は眠たげな目を擦りつつ、クラリスの言葉に頷いた。彼女もまた、死神の因子を破壊した経験を持つ一人だ。
「人の命を奪う前に、きっちり葬ってあげないと」
 街を守るだけなら、ただの撃破でも事は足りる。しかしティニアにその選択肢を選ぶ気は更々ない。無論、他の仲間たちにもだ。
「ヨハン、そっちのルートは大丈夫?」
「大丈夫です。逃走経路が少ないのは有難いですね」
 敵を逃がさぬよう周囲をチェックするクラリスを、恋人のヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)は手伝っていた。
 幸いにも逃走経路になりそうな場所といえば、背後にある校門くらいだ。全滅の憂き目にでも遭わぬ限り、敵が逃げる心配はないだろう。
「可憐な花を血で汚させるのは忍びない。苦しまないよう終わらせたいですね」
「……うん。今日も頼りにしてるね、ヨハン」
 戦いの時が近づく中、静かに言葉を交わす二人。
 その時、庭園に目を向けていたグラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)が仲間たちへ注意を促した。
「来やがったな」
 言い終えるや、校庭の空気が殺気で濁る。
 次いで聞こえるのは、硝子を掻きむしるような酷く不快な咆哮。
 うつろな足取りで街を目指す、朝顔の攻性植物だった。
『ギイィィ……』
「可憐な花も、こうなっちゃ終ぇだ」
 朱殷の鎚矛を構えたグラハは、嘲りの笑みを浮かべて言う。
 人食い花の居ていいテリトリーは、この地球上にはない。それならば、相応しい場所へと送るのも、また慈悲というものだろう。
「来な。速攻で地獄に送ってやる」
 その一言を合図に、戦闘は開始された。

●二
『ギイィィィッ!』
「命中と回避に優れる敵か。くく、なぁるほど」
 機敏な動きで迫ってくる攻性植物へ、グラハの嘲りは一層深まった。
 長所が分かり易いのは楽で良い。そこを潰し、弱ったところを叩けば良いのだから。
「てめぇの舞台で踊る気はねぇ。正々堂々なんざクソ食らえよ」
 変形した鎚矛の轟竜砲が、景気よく早朝の静謐を破る。
 炸裂する竜砲弾。怒声を上げる攻性植物。
 戦いの火蓋が落ちると同時、ティニアはふわりと宙へ舞い上がった。
「障害物も遮蔽物もないグラウンド――戦いにはもってこいだね」
 ティニアは砲撃で根がもげた朝顔の周りを華麗に舞いながら、その根元へ小さな花の種をばら撒いた。ただの種ではない、彼女の切札とも言うべき種である。
「咲き誇れ、オダマキ。愚か者を捕らえあげよ!」
 同時、芽吹いた苧環の花が咲き乱れ、頑丈な茎で朝顔の体を絡めとる。
 続くクラリスが放つのは、バスターライフル『華零度』のプラズムキャノンだ。
「これで、止まってもらうから!」
『ギイィィィィッ!』
 攻性植物は回避を試みるが、グラハとティニアの足止めがそれを許さない。
 七色にきらめく砲撃が校庭をまばゆく照らし、敵の身動きを更に大きく縫い留めた。
「オウガ粒子、散布いくっすよ!」
 シャムロックの合図と共に銀色の粒子が解き放たれ、前衛で戦う仲間の身体能力を大幅に強化した。戦闘開始から数十秒、ケルベロスたちの淀みない連携プレーは早くも攻性植物の回避能力を封じ込めていく。
 しかし敵もまた、この程度で怯む相手ではない。
 ケルベロスの前衛を蹂躙せんと、毒々しい花弁を震わせ放射するのは毒をもたらす怨念の咆哮。それを受け止めるのはリュシエンヌの翼猫ら、前衛の盾役たちだ。
「もう少し耐えてムスターシュ……! フリージアさん、準備はいい?」
「お任せください、ウルヴェーラ様」
 番犬鎖が魔法陣を描き、翼が清らかな風をはらみ、惨劇の記憶が魔力に転じる。
 守護に耐性、毒を清める回復支援。最後にヨハンがキダチアロエの攻性植物をかざして、耐性付与の締めと為す。
「久々に出番ですよ、アロエサン――ちょ痛い、痛いです」
「キシャァァ!」
『ギィィィッ!』
 朝顔と張り合って気が立っているのか、怒るアロエのとばっちりが飛んできた。
 トゲトゲの葉を振り回し、黄金の果実で前衛を照らすアロエ。対する朝顔も進化の光を浴びて、砲撃で千切れた根を癒し始めた。
「竜砲弾よ、敵の動きを止めなさい」
 冷徹な声でバニラが告げるや、彼女の狙いすました轟竜砲が再び根を吹き飛ばした。
 回復による立て直しなど、端から想定のうち。いまだ獰猛に暴れ続ける朝顔に一歩も譲ることなく、ケルベロスたちは更に攻めの手を強めていく。

●三
「さぁて、ひとつ派手な焚火と行くかね」
 ぶん、と音を立ててグラハの鎚矛が振るわれた。
 リーチの外で空振ったはずの一撃が発火装置を起動させ、朝顔を真っ赤な炎で包む。
「逃がさないよ。蜂の巣にしてあげる」
 次いで、飛翔するティニアがガトリング砲を乱射。灼熱の弾丸をばら撒いていく。
 被弾炎上した攻性植物が怒りの咆哮をあげるなか、リュシエンヌはエアシューズで加速。紅蓮の摩擦熱を帯びた蹴りを叩き込む。
「これで……!」
 燃え盛る炎の役割は、ただの体力を削る道具ではない。
 最後の一撃――死神の因子を破壊するための渾身の一撃、そのための布石でもある。
 一気に苛烈さを増した番犬の攻撃に、攻性植物もまた死に物狂いで暴れ狂う。
『ギイィィッ!!』
 捕縛の根に、呪いの咆哮。正確な狙いで飛んで来る猛攻を、ヨハンが、シャムロックが、ムスターシュが踏ん張って耐える。
 鉄壁の守りを見せる彼らの背後、クラリスが華零度のトリガーを引いた。
「いくよっ、華零度!」
 七色の光が渦を巻き、一直線に迫る。
 バスタービームの一撃は攻性植物の幹を寸分違わずとらえ、その身を縛り付けた。
 妨害に優れる中衛の重圧である。回避に続いて命中まで封じられ、攻性植物はじわじわと追い詰められていく。
「ヨハン!」
「ええ。僕たちの連携、見せつけてやりましょう――発射!」
 轟竜砲の弾幕が空気を揺らした。
 回避に命中、番犬たちは一分の隙もなく、詰め将棋さながらに敵の長所を封じていく。
 敵の生命力はいまだ健在。だがその身を焦がす炎は、着実に体力を奪う。
 バニラは氷結輪を宙に浮かべて、焦げ付いた茎を狙い定めた。敵の回避を許さない、後衛から放つ正確無比の一撃である。
「神速の突きを、見切れるかしら?」
 雷刃突の一撃が寸分たがわず直撃し、焼け焦げた茎皮を吹き飛ばした。
 態勢を立て直す猶予など与えない。シャムロックはワイルド化した蹄で校庭を疾走し、『草原の走者<diminuendo>』の旋律で朝顔を捉える。
「ここらでちょいと一休みなんて如何っすか?」
 蹄の音が弱まるにつれ、攻性植物の癒しの力はへなへなと落ち始める。
 回復力を奪う会心の一手だ。それと同時、リュシエンヌの放つ気力溜めがシャムロックを蝕んでいた毒を取り除き――。
「さあ、一斉攻撃よ!」
「任せて。跡形も残さないわ」
 フェアリーブーツで駆けだすバニラを筆頭に、最後の一斉攻撃が開始された。
「この蹴りを避けきれるかしら?」
 疾走するバニラの前方には、ブーツが生んだ星形のオーラ。
 渾身の蹴りで叩きつけるフォーチュンスターが、攻性植物の皮を削り取る。
「アロエサンの気持ちです。受け取って下さい!」
 そこへ噛みつくのは、ヨハンのアロエだ。
 攻性捕食がもたらす毒を、朝顔は必死に回復せんとするが、進化の光がもたらした癒しは千切れた根を僅かに繋げたのみ。その根すらも、ティニアのスターゲイザーによって即座に踏み砕かれた。
「そろそろ頃合っすね。クラリスさん、グラハさん、頼むっす!」
 アンチヒールの効力を確かめたシャムロックが、渾身の背蹄脚を敵に叩き込んだ。
 回避を封じ、炎と毒で体力を削り、回復を封じて守りを剥ぎ――満身創痍の攻性植物に、もはや為す術はない。
 全員の緻密な連携による結果だった。仕損じる要素は皆無だ。
「呼び醒ませ 君の中に眠っている いにしえの血――」
 最後の一撃を託すべく、クラリスが『夜明けへ向かう凱歌』でグラハを包んでいく。
「ドーシャ・アグニ・ヴァーユ。病素より、火大と風大をここに崩さん」
 勇ましい歌声が響く中、グラハが全身を黒靄で覆う。
 狙うは攻性植物の幹で脈打つ心臓。その背にある、死神の因子だ。
「――気高き魂は閧と共に 白む東の空を目指す」
 そして、クラリスの歌が終わると同時、
「もう十分に生きたか? んじゃ、死ね」
 嘲りを込めて放つグラハのグラビティが攻性植物の心臓を狂わせ、粉微塵に破壊した。
 朝顔の亡骸は光の粒となって霧散し、朝焼けの空に消えて行く。
 そうして再び平穏を取り戻した校庭に、死神の花が開くことはついになかった――。

●四
「あっ、見えてきたわ!」
 足どりを弾ませるリュシエンヌを先頭に、番犬たちは朝顔市の入口にたどり着いた。
 修復を終えた小学校から徒歩数分。早朝にもかかわらず、会場は大いに賑わっている。
 賑やかなパレードが出来そうな広い道の両脇、立ち並んだ露店の店先を飾るのは、鮮やかに咲いた朝顔の花々だ。
「わぁ、どれも素敵……! こんなにたくさんの朝顔は初めて」
「どの花も、愛情と技術の結晶なのね。見惚れてしまうわ」
 咲き誇る朝顔を眺め、バニラも思わず感嘆の吐息を漏らす。
 実際、朝顔はどれもが千差万別だ。
 模様、色合い、大きさ、などなど――可愛いものから気品あふれるものまで、見ているだけでも飽きることがない。
「いや、何て言うか……マジで綺麗っすね」
 シャムロックもまた、仲間とともに興味津々の顔で朝顔を眺める。
 セントールである彼にとって、夏とは地球で初めて体験する季節だ。朝顔のことは知識として知ってはいたが、こうして実際に見ると美しさに言葉を失ってしまう。
(「何かこう、紫っぽいイメージがあったっすけど……ほんと、色々あるっすね」)
 シャムロックの視界に入る朝顔は、どれ一つとして同じものがない。
 純白の花弁に紫のメッシュが走る、掌に乗りそうな一輪があったかと思えば、赤い喇叭を思わせる大輪が鉢植えで花開いていた。
 何やら難しい単語を交えて店の職人と朝顔談義に花を咲かせる、甚平を着た老人。その横ではカップルと思しき若い男女が、部屋に飾る花を吟味している。
 涼気が残る早朝、花の市を行きかう人々。それはまるで夏のひと時を描き出した、一幅の絵を思わせた。
「綺麗、綺麗、綺麗……! すっごくワクワクするね」
 ティニアが目を輝かせて言う。
 鉢植えで咲き乱れる朝顔に、彼女の心は大いに刺激されたようだ。朝の眠気も吹き飛んで、お気に入りの花をじっくり一輪ずつ楽しんでいる。
 可愛いもの、綺麗なもの、可憐なもの、美しいもの……蕾を綻ばせて咲き競う朝顔は、花好きの身にとってはこれ以上ない眺めだった。ほんの少しでいい、お日様が昇るのが遅ければいいのに――つい、そんなことを考えてしまう。
(「ふふっ。後で一鉢、買って帰ろう」)
 期待に胸を弾ませながら、朝顔めぐりを続けるティニア。
 いっぽうリュシエンヌはというと、
「ねえ見て? この朝顔、ムスターシュのお顔くらいあるわよ?」
 彼女が目を留めたのは、大きな青い朝顔だ。
 涼を呼ぶ薄青色と、ムスターシュの顔を交互に見比べ、くすりと笑うリュシエンヌ。
 帰りを待つ夫のために、この花をお土産にしよう。瑞々しく咲き誇る朝顔を見つめ、彼女は静かに心を躍らせた。
「びっくりして喜んでくれるかも♪」
 彼と自分とムスターシュ、今年はどんな思い出を綴っていこうか――。
 始まったばかりの夏、家族で過ごす水入らず。そのひと時に、朝顔は素敵な彩りを添えてくれることだろう。

 道端に並んだ露店の軒先で、ヨハンとクラリスは朝顔を吟味する。
 二人とも口数は少ないが、小さな仕草は互いに呼吸の合ったもので、それは言葉を介さぬ濃密なひと時であった。
「……綺麗ですね」
 咲きそろう花々を見つめ、ヨハンが重低音ヴォイスで呟く。
 目を向ける先には、蕾を解いたピンクの朝顔があった。クラリスの瞳と同じ色である。
「クラリスさん、もう決めましたか?」
「うん。私はこの子がいいな」
 クラリスはそう言って、ヨハンの目の前にあったピンクの一鉢を手に取った。
 小さな花をたくさんつける朝顔だという。
「かわいいよね。……ヨハンも、この子が?」
「ええ、実は。一緒の花を選ぶのは、つまらないでしょうか……?」
 ヨハンは気恥ずかしそうに口をつぐんだ。
 彼にとってピンクというのは、『新たに好きになった』色。その良さを教えてくれた目の前の女性へ、特別に気を遣ったつもりはなかったのだが――。
「ねえヨハン。押し花、作らない?」
 ふと悪戯っ子のような笑みを浮かべ、クラリスが言った。
 互いに選んだ花を交換し合って、この夏を彩る思い出にしないか、と。
「違う色同士の方が楽しめそうだし。折角だから、ヨハンの好きな色がいいな」
「分かりました。それでは、この色にしましょう」
 ヨハンは頷いて、青色の朝顔を手に取った。
 広大な蒼穹を思わせる花に、どこか自分を晒け出すような照れくささを感じつつ、
「どうでしょう。爽やかで格好良くないですか?」
 ほんのり頬を染めるヨハンに、クラリスはとても素敵だと頷いた。
「一緒に作って、夏の思い出にしようね」
「ええ。僕も楽しみです」
 今年もきっと、素敵な夏になる。
 その予感に心を重ね、二人は朝のひと時を過ごすのだった。

 グラハの手には、屋台で買った朝食の山があった。
 ソースの香ばしい焼きそば。肉とキャベツたっぷりのお好み焼。他にも食欲をそそる匂いが包みから立ち上る。
 サイズがどれも大盛りなのは、巨躯を誇るオウガゆえか。まず『団子』を楽しんでから『花』の見物としゃれ込む予定だ。炭火の香りが漂う焼き鳥にかぶりつきながら、グラハは満悦の笑みを浮かべる。
「単に騒がしいのは好きじゃねぇが、こういう賑わいは悪くねぇ」
 ひんやり肌に沁みる心地よい涼しさを楽しみながら、グラハは朝顔市をそぞろ歩く。
 朝顔。朝にのみ蕾綻ぶ、儚く美しい花。
 仕入れた知識によれば、元は薬用として持ち込まれたというが――。
(「今はもっぱら鑑賞用ってわけか……ん?」)
 店先で花々を眺めていると、ふと仲間たちの声が聞こえた。
「可愛いお花ですね、ティニア様」
「ありがと。手入れも簡単だっていうし、飾るのが楽しみ」
 先頭を歩くのは、鉢植えの朝顔を提げたフリージアとティニアである。
 シャムロックもまた、良い朝顔が手に入ったようだ。
「フリージアさんは水色の朝顔なんですね。涼しそうでいい感じっす!」
「私の氷に色が似ていたものですから……シャムロック様は?」
「これっす。ほら!」
 そう言ってシャムロックが掲げるのは、青色の朝顔。
 草原の碧落をそのまま花弁にしたような、爽やかな花だった。見ているだけで、爽やかな風が心を吹き抜けていくようだ。
「まあ、シャムロック様の朝顔も綺麗です」
「ありがとっす! 折角ですし、屋台でも覗いてみないっすか?」
 戦いを終えての腹ごしらえにと、シャムロックはフリージアらと共に、良い香りの漂う会場の一角へと足を向ける。それをグラハは遠目に見つつ、
(「どうやら向こうも、楽しんでるみてぇだな」)
 折角だから自分も、もうしばらく一人の時間を楽しむとしよう。
 仲間たちを見送ったグラハは、再び朝顔市の露店をめぐり始める。団子と花を両取りしたひと時を、静かに満喫しながら――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月8日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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