咲次郎の誕生日~愛をこめて花束を

作者:陸野蛍

●ホストがプレゼントされた物は?
 唐突だが、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)はホストクラブのマネージャーもこなす、兼業ケルベロスである。
 そして、6月15日は彼の誕生日である。
 そんな彼に、夜の街に花束を卸す花屋の女性からから、『これからもご贔屓に』と、あるチケットの束が渡された。
 そのチケットを有り難く受け取った咲次郎は、『ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね』と、ホストの顔で微笑んで言った。

●植物園と心からのブーケ
「みんな、よかったら、植物園に行かんか?」
 咲次郎は朗らかな表情でケルベロス達に声をかける。
「今、とある大型植物園が、イベントをやってるらしくてのう。その植物園の入場チケットを結構な数、貰ったんじゃが、わし1人じゃ使いきれんからのう。折角なら、みんな一緒に行かんか?」
 咲次郎が言うには、この植物園は現在、自分で気に入った花を選んでオリジナルブーケを作るイベントを行っているらしい。
 植物園は、季節ごとのスペースで様々な花が揃っており、『春夏秋冬』大体の花があり、夜間ライトアップもある為、日中と夜間では花々の見え方も違い、デートスポットとしても人気の場所とのことだ。
「今は梅雨で雨の日も多いんじゃが、ジューンブライドの季節でもあるじゃろ? だから、好きな人にブーケを贈ったり、日頃の感謝の気持ちを込めたり、心から元気になってもらいたい人に花束を送ったりするのも素敵なんじゃないかのう」
 レースやリボン等の装飾、ラッピングボックス、道具等も無料で使えるとのことで、特に準備する物もないと咲次郎は続ける。
「普通に植物園じゃから、季節の花々を見て回ったりも出来るから、親しい友達や気に入った相手と一緒に植物園を見て回るのも素敵じゃろ? 映える写真スポットを見つけたりするのも楽しそうじゃし」
 言外に咲次郎は、『デートスポットにも最適じゃろ?』と口元に笑みを浮かべる。
「じめじめした季節じゃし、綺麗な花々を見て心を癒して、自分好みの花束を作ってプレゼント出来たりしたら、きっと素敵な時間になると思うんじゃが、どうじゃろ?」
 そう言って、咲次郎は普段の素の表情でケルベロス達に向かって笑みをこぼした。


■リプレイ

●雨露に濡れる花、寄り添う子犬
「……花束作りとは面白そうだが」
 窓から見える花々が空から降る、やさしい雨を軽く弾くのを見ながら、宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)が呟く。
 ケルベロス達数名と来ることになった、植物園は屋内型ではあったが、屋外にも花々や樹木が、植えられていた。
 外は梅雨特有の、零れるような雨が、しとしとと降り続いている。
 その言葉を頭一つ分程下から聞いていた、花津月・雨依(壊々癒々・e66142)は、ルビイのように輝く紅い瞳を、双牙に向け弾むように言葉を口にする。
「花束作り、素敵です!」
 今にも跳ねて駆け出しそうな雨依の手をさりげなく捕まえ、優しく掌を包むように双牙が手を繋ぐ。
「慣れてる所の散歩じゃないからな。……はぐれないようにだ」
「……う、うん」
 少し俯き返事をし、にこやかな笑みを再度、双牙に向け雨依が金の瞳を見つめる。
「双牙さんと一緒に出来るのも嬉しいです♪」
(「綺麗なのが出来るといいなぁ……」)
 自分の歩調に合わせてくれる優しさを感じながら、雨依は双牙と花束に相応しい花を探す。
(「……正直こうした事でもなければ、あまり花に触れる機会もない。……どんな花があるのか」)
 二人でのんびりと、静かに雨音だけが聞こえていた。

●淡い思い、優しい彩を灯す夢
 既に、ブーケを作り出している者もちらほらいた。
「……はあ」
 色取り取りの花を手に取りながらも、その花々の美しさに目を奪われているという訳でもなく、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は、アンニュイな溜息を零す。
「主役の紫陽花を真ん中に高く丸く……ねえ、淡雪さん?」
「あらあら、あかり様、ごめんなさい。紫陽花を中心にもってくるのでしたら……」
 淡雪とブーケを作りに来た、新条・あかり(点灯夫・e04291)は、ブーケの作成経験のある淡雪に作り方を尋ねながらも、いつもと違う淡雪の覇気のなさになんとなく気付いている。
(「なんとなくなんて、あやふやなものでも無いんだけどね」)
 理由は分かっている、白いスイセンノウから美しいものを選びながら、あかりは淡雪をのぞき見る。
(「こんなのらしくないのに、気持ちも分かるのに、淡雪さん……何時まで待つのかな? 殆どの人が気づいているのに」)
 普段はどちらかと言えば、破天荒な淡雪をあかりは知っている。
 そんな淡雪がある人との関係を進めることを躊躇っている。
 好意を表に出しながらも怖がっている節すらある。
(「僕から見たら、お似合いなんだけどな」)
 周りには、早くくっつけと思っている人もいるんじゃないかと、あかりは感じている。
 あかりのそんな思いを知ってか知らずか、淡雪は植物園に着いた朝を思い出す。
 チケットをみんなに配る、金の髪の大きな手をした人。
 自分にもいつものように、ふんわりと笑顔を向けてくれた人。
(「少しくらい表情を変えてくださってもいいのに……」)
 そう思ったのは、我儘だったのかもしれない。
 その気持ちを悟られたのか、植物園に入ってからは、探せど彼の姿がない。
「ねえ、淡雪さん、らしくないよ」
 心ここにあらずな、淡雪にあかりが声をかければ、淡雪は、少し動揺を見せて、それでも彼女の言葉であかりに返す。
「あかり様、私だって稀には、アンニュイな気持ちになることもあるのですわ。あら。可愛いブーケできましたわね」
「それにも、今、気付いたの?」
 紫のリボンを結んだスイセンノウのブーケ。
 夏に花咲く、赤、ピンク、白の淡い花。
 花言葉は『私の愛は不変』
「とっても似合ってますわ。私は……うん。近くにあった花達で花冠を作っておりましたの。出来ましたから、あかり様にあげるわね。とっても似合ってますわ」
 手慰みに作った夏色の花冠をあかりの赤髪にゆっくりと乗せ、柔らかく淡雪は微笑む。
(「……うん、やっぱり無理してる。だって、僕が作ってた、花束は二つ。いつもならすぐ気が付くはずなのに……。誰と誰に? ってなるはずだもん」)
 カタリと音をたて、あかりは立ち上がり『ちょっと見ておきたい花があるから、行って来るね』と淡雪に言うも、淡雪から帰ってくるのは『ええ、いってらっしゃいませ』だけ。
(「全然らしくないよ!」)
 あかりは、植物園を散策しながら、太陽の花を咲かせた少年を見つける。
「雄大さーん!」
「おー、あかり。植物園楽しんでるか? お前も食う? 花のシャーベット」
 今年度から、大学生のはずだが、いまだ花より団子なのか、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)がシャーベットを食べながら、答える。
「もう、食べるけど! 雄大さん、ちょっと来て」
「おい、なんだよ?」
 あかりはいつもと変わらない雄大の袖を引っ張ると、木陰に連れて行き、尋ねる。
「雄大さんなら、今日の主役が何処にいるか、知ってるよね? 連れていいってほしいんだ」
「あー、えっと、あかりを?」
「まあ僕も言いたいことあるし、誕生日のプレゼントにコサージュ作ったから」
 プレゼントを渡したいのも本当。
 折角作った『お揃いのの花』を使ったブーケをちゃんと渡して教えたい。
(「まだ間に合うと思うから……追いかけて、何なら抱きしめて……」)
「うーん、居る所、教えるのは別にいいんだけど、珍しく、ブーケ作ってるんだよな~」
「え? そうなの?」
 雄大の言葉をあかりは、聞き返す。
「普段は柄じゃない方からとか言って、やらないのにさ。しかも、花束に向かない花で」
「何の花なの?」
「エリカだよ。クリスマスリースとか、ドライフラワー向きの花なんだけど、どうしても今日は作るって」
 雄大の言葉にあかりが閃いたのか、雄大に聞く。
「雄大さん、エリカの花言葉分かる?」
「ちょっと待て、検索する」
 あかりの言葉に雄大はスマホを取り出すと、そこに並んだ言葉を読む。
「えっとー、孤独、寂しさ、博愛とかだな」
「ん~、そういうことじゃないのかな~」
 期待していた、花言葉は雄大の口から、並べられなかった。
「まあ、いいや。案内するな」
「うん」
(「大丈夫かな? 二人とも……」)
 雄大の背を追いながら、あかりは少しの不安とそうなってほしい希望を胸の中に秘めていた。

●喜びの星二つ
「ウェディングブーケを作った時を思い出すな……」
 モンステラの青い葉を手に、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)が言葉を落とす。
 依頼で行った、ウェディングブーケ作家護衛の時、マヒナは南国の花嫁をイメージした『クラッチブーケ』を作った。
 あの時の技術は、まだ手先に心に残っていた。
 花束、ブーケ……幸福を願い、誓う象徴。
 だから、今度は自分が手にするブーケではなく、愛する人……ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)の為に、彼をイメージしてブーケを作ろうと思っていた。
(「ワタシらしく南国風に、でもピジョンのイメージも入れられたら……モンステラと赤いアンスリウムで南国っぽく……})
 赤いアンスリウムの花言葉は『情熱』
 普段は強い気持ちや、強い言葉を彼から見ることはあまり無い。
 それでもマオリは知っている……彼の、ピジョンの赤い瞳の奥に誰よりも強い気持ちがあることを。
(「ジャスミン……ハワイ語でピカケ。この白い花も忘れずに。6本……っていう本数が大事だから」)
 彼は直ぐに気づくだろうか?
 気付いても教えてくれないだろうか?
 渡した時のピジョンの表情を想像すると、マヒナの顔に自然と笑顔が浮かぶ。
「ピジョンの誕生日、7月14日の誕生花はバラだから、赤いバラも入れて……」
 優しく花を挿し、南国風の鮮やかなレースペーパーを選び、束ね、バランスを崩さないように白いリボンを結ぶ。
 ピジョンと共に居るマギーには、紫のバラをやはり白いリボンで束ねる。
 出来た花束、後で会う約束をして別れた、ピジョンはどんな顔でこの花束を受け取ってくれるのか……。
「喜んでくれるといいよね……」
 褐色の少女は紫の瞳を柔らかく細めた。
 同じ時間、ピジョンは、表情を変えず、色取り取りの花を前に、彼女を、マヒナを思っていた。
(「どんな花が良いかな……」)
 天使のようで愛しい彼女……白い翼。
(「カラーか。くるりとした花が翼みたいだな……」)
 花言葉なんてものは、ピジョンには分からない。
 ただ、彼女のようだと思った。清浄な乙女の花という意味を知っていたら、ピジョンはどんな表情をしただろうか?
(「これに、黄色のサンダーソニア……あとは、このシルバーの色味が混ざった葉色のオリーブで整えて、リボンより涼しげな白いレースを広く使って……ヴェールみたいだね」)
 少し想像して、ピジョンは少しの気恥ずかしさを覚える。
「あとは、霞草とサンダーソニアでミニブーケを作るか……」
 マヒナの傍らにいるシャーマンズゴースト『アロアロ』のことも当然、ピジョンも忘れていなかった。
 外では、雨が止み太陽の光が窓から差し込み始めていた。

●一緒に、そしてあなたへ
「色んなお花があって見ているだけでも楽しいです」
 ふんわりと目を輝かせる、雨依はふと目に入ったのはマーガレットを手に取る。
「これを中心にしてみましょう♪」
「スターチス……ハイブリット・スターチス、と言うのか……」
(「随分、ふわふわとした花の付き方をする……ふわふわ、といえばカスミソウもだな……」)
 どちらも何となく双牙は、気に入った。
 隣で笑う、雨依に似ている気がしたから。
「あ、双牙さんもカスミソウが気になったんですか? ほわほわしていて可愛いですよね♪」
「……ああ」
 雨依に問われて軽く答える。
「えへへ、同じお花が気になるのは嬉しいです」
 なぜか視線を雨依に向けられない……とりあえず、今は花束を作ることに集中する。
 淡いピンクのスターチスと、白いカスミソウを組み合わせて花束に……『君と居ると、俺はこんな風に柔らかな心地で居られる』と……それを形にするように、思いを込めて。
 双牙のまっすぐな表情を見ながら雨依は、心がなんだかぽかぽかする。
 自分も負けられない……勝ち負けじゃないけれど、思いを込めて花束を作りたい。
 雨依はマーガレットを手に取り、ぼんやり思う。
(「真ん中の黄色い部分が、 なんだか双牙さんの瞳みたいで……」)
 ……だから惹かれたんだなって思います……この言葉はまだ伝えていないけれど。
 二人は、優しい時間を共有し、それぞれの花束を相手へと差し出す、いつものようにふんわりと、いつものようにはいかずなんとなくぎこちなく、それぞれ花束を受け取る。
「お互いに花を贈り合えるのは幸せです」
「……店か部屋かに、飾るのも良さそうだ」
「ですね♪ 一緒にうちのお店かお部屋に飾りましょうね。……素敵なプレゼント、ありがとうです」
 雨依の嬉しそうな言葉に、自分の中にも雨依の温かいものが運ばれてきたように感じ、双牙は少しだけほほえみを作れた気がした。

●夜、先へ進む為のアークトゥルス
 ピジョンとマヒナは、それぞれ、お互いの為に作ったブーケを手に星空の見える花園に来ていた。
 鮮やかな南国風のブーケに、『Welina』のカードを添え、マヒナはピジョンに笑顔を向けブーケを手渡す。
 伝えても伝えても伝えきれない思いを、ブーケに込めた。
 愛する人の気持ちをピジョンも笑顔で受け取る。
「力強い赤がすてきなブーケだね、ありがとう! ジャスミンの香りが心地いい。そう言えば、以前、マヒナはブーケ作りを習ったんだっけ」
 そして何気なくカードの言葉を理解して、ピジョンの胸に嬉しさがこみ上げる。
「わ、カラーもアンスリウムと同じ科の花なんだよね、嬉しい!」
 素直にピジョンの愛を感じられるブーケ、ただ一人からのブーケ。
「……大切にするね」
 愛おしげに言うマヒナがブーケに込めたもう一つのメッセージ、ピカケを6本にした本当の意味にピジョンが気づくのは、ちょっとだけ先のこと。
 そして、ピジョンがオリーブに込めた思い……『戦いがなくなって平和になっても一緒にいよう』……言葉にせずに胸の奥に……まだ今は。

●……を込めて花束を
 淡雪はライトアップされた花園をぼんやりと見ていた。
(「……結局、この時間まで会いに来て下さらないなんて」)
「よう! 淡雪!」
「!」
 急に声をかけられ振り返ると雄大が全開の笑顔でそこにいた。
「雄大様、今日はご招待頂きありがとうございますわ。招待して下さった、咲様が見当たらないのですが……見かけたら、淡雪が御礼を言っていたとお伝え下さいましね……」
「えっとさ、直接言えば? 本人居るし。出てこいよ、咲次郎!」
 雄大の声に、出にくそうに、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)が、その長身を現す。
「じゃ、俺はこれで!」
 咲次郎の背中を『バンッ!』と叩くと、雄大はその場を去っていく。
 二人きりになり、どちらも言葉を発せず、視線も合わない。
「……咲様、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
 おずおずと淡雪が言っても、そこから先が続かない。
 また、沈黙。
(「何か、プレゼントを用意しておくべきでしたわよね……でも……」)
 淡雪が思考を巡らせていると、淡雪の目の前に紫桃色の小さな花を沢山付けた花がブーケとなって差し出される。
「これを渡したくてな……受け取ってくれるか?」
「あ、あの……ありがとうございます」
 思わず出る言葉、受け取った花束……。
(「普段はこんなことして下さらないのに」)
「その花な、アワユキエリカという花なんじゃ……知ってから、なんだか渡したくなっての……、花言葉は『協力』と『無欲』じゃったかな」
 ロマンチックの欠片もない花言葉、それでも、自分の名前の入った花を選んでくれたことが、淡雪は……ただ、嬉しかった。
「本当にありがとうございます」
 ともすれば泣きそうになるのをこらえ、淡雪が言えば、咲次郎は『帰るかのう』と、素っ気無く歩きだす。
 気恥ずかしそうな背中を追い、淡雪も後を追う。

 咲次郎が敢えて言わなかった、『アワユキエリカ』のもう一つの花言葉……。
 ――『告白』
 それは、まだ伝えられず……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月4日
難度:易しい
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。