焔と流水の二重奏

■リプレイ

●陰陽、対成す者
　地鳴りと共に土砂が舞い、建設中のビルの鉄骨が倒壊して行く。砂煙の中から姿を現したのは、前後で対象な形をした奇怪な鋼の巨人だった。
「リバーシブルなダモクレスね。どうせなら下は大火事、上は大水で、お風呂にでも変形すれば面白いのに」
　ウイングキャットのグリを傍らに携え、冗談交じりに曽我・小町（大空魔少女・e35148）が呟いた。が、相手は心を持たぬ機械。故に、小町の冗談には反応せず、背部に備え付けられた砲塔から、正確無比な狙いのビームを放って来た。
「ぬぅっ……！　問答無用というわけか！！」
　ビームの直撃を食らったジョルディ・クレイグ（黒影の重騎士・e00466）の身体が、彼の持つ盾諸共に大きく後ろに吹き飛ばされた。全身を覆うタワーシールドまで纏めて吹き飛ばすとは、見た目以上の凄まじい威力だ。
「大丈夫か、相棒？」
　呉羽・律（凱歌継承者・e00780）が手を差し伸べ、ジョルディを瓦礫の中から引っ張り出す。なんとも忙しない開幕だが、ここで愚痴を言っていても始まらない。
「むぅ、火と水。ひっついてたら両方消えそうなのに消えちゃいそうなのに、こいつは大丈夫なんだね」
　日本刀を抜いて構えるリリエッタ・スノウ（小さな復讐鬼・e63102）。どうせなら、その繋ぎ目から真っ二つにしてやろうと斬り掛かるも、しかし刃を伝わって来たのは、冷たく硬い鋼の感触。
「復活したダモクレス……油断できない状況だが、住民が避難していることだけは幸いか」
　影月・銀（銀の月影・e22876）が矢を番えて放てば、それは寸分狂わず敵の眉間に命中する。並のデウスエクスなら、それだけで急所を貫かれ、絶命してもおかしくない一撃。が、しかし、やはり巨体故のタフネスか、あるいは分厚い装甲に阻まれてか、これだけで決め手にはならず。
「合体した感じのダモクレスか、何とも強敵そうだけど……」
「ここまで来て、退き下がるわけにもいかんやろな」
　カシス・フィオライト（龍の息吹・e21716）と清水・湖満（氷雨・e25983）も、それぞれに覚悟を決めたようだった。
　間違いない。こいつは強い。しかし、人々の命を守るためにも、ここで負けるわけにはいかないと。
「後ろは私に任せてくれ。押し切るための支援はしよう」
　ラグエル・アポリュオン（慈悲深き霧氷の狂刃・e79547）がスイッチを押せば、背後で次々に起こる極彩色の爆発。その勢いを背に受けて、ケルベロス達は一斉に、巨大なダモクレスへと攻撃を開始した。

●恐るべき超火力
　轟音と共に、伊勢原の街を凄まじい熱波と光が襲う。炎と水、相反する二つの力を合わせ持つ巨大なダモクレスは、ケルベロス達の猛攻を前にしても、何ら怯まず攻撃して来る。
「目標補足……Fire！」
　放たれた巨大な火球が、大地を焦がしながら接近して来た。このままでは味方が焼かれると知って、咄嗟に銀が飛び出したが。
「……ぐぅっ！！」
　両手を交差させて耐えるも、そのまま勢いに負けて後方へと押されて行く。ビル群をなぎ倒し、街灯を圧し折り、数多の瓦礫を作り出したところで、火球はようやく消滅した。
「今のがフルパワー攻撃……ではない、か……」
　焼け焦げた腕の痛みに耐えつつ、銀は立ち上がった。通常の攻撃でさえ、この威力だ。おまけに、燃え移った炎は未だ消えず、早くも肉体を蝕み始めている。
　冗談抜きで、とんでもない相手だった。なにより、火力が高過ぎる。戦闘に使える制限時間は７分とされていたが、のんびり構えて戦っていたら、そもそも７分経過する頃には自陣が半壊させられていることだろう。
「彼のことは任せて。他の人達は、その間に攻撃を」
　すかさず、ラグエルが銀に応急処置を施すも、それだけでは体勢を立て直すには不十分だった。防御に特化している銀はともかく、他の者達は今までの戦いで受けた傷が、微妙に回復しきれず残っているのだ。
「足りない分は、私が補う。誰一人倒れさせへん！」
　このまま、次に攻撃を受けると危ない者へは、ラグエルに代わり湖満がフォローすることで事なきを得た。もっとも、これ以上は回復に手数を用いるのも限界であり、敵の撃破に尽力しなければ、逃げられてしまうのは明白だった。
「こういう相手に、焦ったらダメだね」
「その機動力を、まずは奪ってあげるよ」
　敵の動きを止めるべく、リリエッタとカシスが前後から挟み込むような形で、敵を正面から蹴り飛ばす。前後に武器を搭載し、死角がないのは百も承知。だが、それでも対になる個所を同時に蹴られれば、その衝撃は逃れることなく、敵の内部を駆け廻るはず。
「先程は、随分と好き勝手にやってくれたな。その返礼をさせてもらおう」
　続けて、銀が気弾を放ったところで、直撃を受けた敵の身体が更に激しく揺れた。動きが鈍ったところに狙いを定めれば、それだけ急所にも当てやすいということだ。
「よ～し、これはチャンスね。グリ、後ろは任せたわよ！」
　この期を逃してはならないと、小町がギターを構えた。敵の身体を震わせられるのは、何も物理的な衝撃だけではない。魂を込めた歌声もまた、空気を通してあらゆるものを振動させることができるのだ。
「……止まらない 雨のDrums　聴いて空に 踊り出せば 　奔り出す 心の形 Pop Up！　軌跡 虹を描いて 彼方まで！」
　曇天の空でさえも切り裂き、陽の光を呼び込みそうな程に勢いのある楽曲。それに合わせて叩き込まれる激しいビートは、心を持たぬ機械でさえも震わせて、冷たい鋼の身体にさえも振動による暴走を引き起こす。
「やったか！？」
「いや、まだだ……まだ、足を止めたに過ぎん」
　激しい振動に膝をついた敵の姿を見て思わず律が叫んだが、ジョルディがそれを静かに制した。確かに、攻撃が効いていないわけではないが、しかしあくまで敵は足を止められただけであり、堅牢な装甲も圧倒的な火力も健在だ。
　ここは無難に、敵の装甲を穿つよう立ち回るべきか。互いに頷き、ジョルディは敵の真上から二振りの斧を叩き付け、それに合わせて律が鋼で覆われた拳を叩き付ける。だが、これだけ立て続けに攻撃を受けているにも関わらず、敵は容易く体勢を立て直し、背中の砲塔を前へと向けて来た。
　陰と陽、熱波と水流、二つの相反する力を一点に集約し、あらゆる存在を消滅させる一撃を放つために。己の身に降りかかる反動にも構わず、全てを抹消するために。
「強力な一撃が来そうだね。皆、気を付けてくれ！」
「了解……って、言いたいところだけど……もしかしなくても、避けられない？」
　カシスが注意を促すも、それが容易ではないと分かり、リリエッタの表情が軽く強張る。
　敵は足こそ止められているが、火器管制を潰されたわけではない。つまり、情け容赦ない強力な一撃が、かなりの制度でこちらを狙って放たれるということだ。
「セイフティ解除……圧力上昇……ツインスマッシャー、Fire！！」
　命中率の高い収束ビームをガイドレール代わりに用い、発射される特大のプラズマ火球。その狙いの矛先は……先の攻撃で、少なくないダメージを負っていた銀だった。
「……っ！　さすがに……耐えられんか……」
　火球単体とは比べ物にならない破壊力に、銀の身体が抵抗虚しく吹き飛ばされる。攻撃の反動で半壊するダモクレス。しかし、その凄まじい攻撃は、銀を薙ぎ倒しながらも勢いを衰えさせることはなく、地平線の彼方に消えるまで伊勢原の街並みを抉って行った。

●双璧の絆
　気がつくと、瓦礫の広がる街中で戦うケルベロス達は、徐々にだが追い込まれつつあった。
「まさか、ここまで押されるとはな……」
「だが、ここ最近の敵の動向を考えれば、それも致し方あるまい」
　歯噛みする律に、ジョルディが答えた。彼の言う通り、昨今の地球の情勢を省みると、制限時間を課せられた中で巨大な敵と戦うという特殊なシチュエーションには、不慣れな者が多いのも仕方がなかった。
　つい先日、攻性植物との戦を制したとはいえ、それまで戦って来たデウスエクスは、エインヘリアルや死神といった、等身大～せいぜい３ｍ程度の大きさの者が大半だった。中には乱戦になる戦いもあり、そのような戦場で重要になるのは、多数の敵を同時に葬る殲滅力や、各上の相手に的確に攻撃を当てるための手段だろう。
　だが、それに比べて巨大なダモクレスが相手の場合、懸念すべきはその攻撃力や耐久力。的が大きいので、余程酷い暴投でもしなければ、攻撃の全てを避けられることはない。しかし、その反対に敵の攻撃も苛烈であり、まともに食らえば大ダメージは免れない。
　そんな巨大ロボダモクレスに対し、事もあろうか機動力を奪う作戦で挑んだことが完全に裏目に出てしまった。奪うべきは、敵の機動力ではなく攻撃力。しかし、それらを奪う手段を持っている者は、現状のメンバーの中では極めて限られた者でしかない。
　残り時間は、既に２分を切っていた。ラグエルが鎖で守りを固めてはいるものの、今さら、それを行ったところで焼け石に水だ。敵も切り札を失っている状態ではあるが、元の火力が高いため、この状況でさえ油断はできない。
「あの構え……まさか、またフルパワーを！？」
　再び全ての砲門を前に向けたダモクレスの姿を見て、思わずカシスが叫んだ。フルパワー攻撃は、１度の戦闘につき１回しか使えないはず。確かに、それはそうなのだが、全力で使用しなければ、同じ種類の攻撃を再び使用することに制限はなく。
「さすがに、それは無理だと思うよ。でも……全力でなくても、あれは少し厄介かも」
　あれを食らえば、また味方の誰かが倒れることになると、リリエッタは直感的に気付いて呟いた。仮に、フルパワーでの攻撃ではなくとも、それぞれが少なくないダメージを負っている今の状況では、受ける者の負担も大きくなるからだ。
「エネルギーバイパス接続……充填完了……Burst！！」
　再び放たれる光線と光弾。なるほど、確かにフルパワー時ほどの威力はないが、それでも強力な攻撃に違いはない。
　肉体にダメージの残る者があれを受けたら、立ち上がれなくなることは確実だった。敵の狙いを変えさせることはできない以上、誰かが犠牲になって受けるしかない。その結果、戦力が低下して取り逃すくらいなら……自ら、喜んで犠牲になろうと、湖満が前に飛び出した。
「させへんよ……。ま、私がどうなろーと、そこはどうでもええの。皆は私が守ると、そう決めたからね……」
　焔と光の奔流が、湖満を包み込んで行く。正と負、陰と陽、相反する二つの力が重なれば、対消滅の反動は、時に空間さえも撒きこんで消滅させる。
　このまま倒されてなるものか。苦し紛れに炎の蹴りを繰り出すも、それが湖満の限界だった。彼女の放った一撃は半壊状態のダモクレスの砲塔を掠めたが、それでも敵の動きは未だ止まらない。
「やってくれるじゃない……。グリ、仕掛けるわよ！　もう、形振り構っていられないわ！」
　駆け出す小町。残り時間を考えると、ここで守りに回るのは悪手だ。多少の無理をしても畳みかけねば、これまでの戦いで倒れていった者達に示しがつかない。
　豪快なスイングから繰り出される刺付きバールの一撃が、鋼鉄をもカツオブシのように削ってしまう爪の連撃が、それぞれに巨大ダモクレスの装甲を抉り、穿った。
「頃合いだな。そろそろ、仕掛けるか」
「ああ、そうだな。どの道、残り時間は１分もない」
　ここで仕留めねば全ては徒労。互いに頷き、ジョルディと律が大地を蹴る。倒せるか、倒せないかではない。何が何でも倒すのだ。余計な確率計算など、今は敢えて頭の片隅からさえも放り捨て。
「人機一体の二重奏！　しかと刮目せよ！」
「超絶変形武機一体！　飛行形態『フライヤー・フォーム』！」
　空中で変形したジョルディを、律が全力で蹴り飛ばす。その勢いを全身に乗せ、ジョルディはエネルギーを纏ったまま、一直線に敵の中心目掛けて突っ込んで行く。
「受けよ！　全てを貫く超必殺！　ジョルディィィ……スゥトラァァァァイク！！」
　装甲のめくれた個所を狙い、ジョルディは敵の内部へと特攻した。得体の知れない機械群を突き抜け、やがて辿り着いたのは多数のパイプが絡み合った敵の中枢。
　ここが動力炉なら好都合。自分が巻き込まれることもお構いなしに、ジョルディは内部で重火器を乱射する。さすがに、中から攻撃されては防ぎようがなく、巨大なダモクレスは赤と青の巨体を、その繋ぎ目から崩壊させ。
「鉄鴉連奏！　“蹴演砲歌”！」
　再び人型に戻ったジョルディが着地したところで、ダモクレスはその巨体を左右に裂かれながら、爆発の中に飲み込まれて行った。
「死して崩れるが機械同士の絆……」
「……なれど、人と機械の絆は不滅なり！」
　互いの腕輪を合わせて鳴らし、ジョルディと律は高々と告げる。機械は所詮、機械でしかない。どれだけ互いに深く繋がっているように見えても、その実態は人の絆に比べれば、なんとも儚く脆いものだと。
「やれやれ……酷い目に遭ったわ」
「まったくだ……。が、どうやら、片付いたようだな」
　そんな中、瓦礫を押しのけ、湖満と銀が徐に立ち上がった。二人とも、肉体は既に限界だったが、戦いが終わったところで、辛うじて意識を取り戻したのだ。
「律、ジョルディ、あなたたちの連携はやっぱ見事やわ。それを見れただけでも、私は役得てものよ」
　一時はどうなることかと思ったが、あの二人ならやってくれる気がした。苦笑しつつ、湖満は改めて、機械の見せる偽りの絆と人の持つ本物の絆の違いを意識した。
　日没の迫る伊勢原の街。吹き飛んだダモクレスの残骸を背に伸びるケルベロス達の影が、細く長く、赤い光の中で揺れていた。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年7月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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