アイスとララバイ

作者:土師三良

●氷菓のビジョン
 とある公園内のグラウンド。
 夏の日差しが容赦なく照りつける中、アブラゼミたちの『ジジジジジ』という鳴き声が体感温度ならぬ心感温度とでも呼ぶべきものを引き上げて……いたのは先程までの話。
 今はもっと暑苦しい声が響いている。
「蒸し暑い日々が続くな! こういう時期はアイスに限る! ……とか言う奴は死ねぇーっ! 無駄に堅いアイスバーの角に頭をぶつけて、あるいは『ハズレ』と書かれた棒で目を突かれて、あるいはカップアイスの蓋の裏を舐めた拍子に舌が貼りついて、死んでしまえーい!」
 声の主は、法被を纏ったビルシャナだ。かき氷がこんもりと盛られたガラスの器を左手に持ち、小さなスプーンを右手に持っている。法被の背に記されているのは『氷』という赤い字。実に判りやすい。
 判りやすいビルシャナの前にはむさ苦しい男たちが十人も並んでいた。こちらの面々も判りやすく、ビルシャナと揃いの法被を着込み、かき氷とスプーンを持っている。
「日本の夏といえば、かき氷! それ以外の選択肢はありえん! シンプルでありながら……いや、シンプルであるからこそ、シロップやトッピングによって如何様にも変化するのがかき氷のいいところ! かき氷機から吐き出されたばかりの半透明の白い山に好みのシロップをかける時、無垢なる乙女を自分の色に染め上げるかような悦びを覚えるのは俺だけではないはずだ!」
『おまえだけじゃ、ヘンタイ!』などと真っ当なツッコミを入れる者はいない。
「おう!」
 十人の男が同意の咆哮を轟かせ、一斉にかき氷をかきこみ始めた。それはもう猛烈な勢いで。
 そして、これまた一斉に食べるのを中断したかと思うと――、
「んおぉーっ!?」
 ――空を見上げ、奇声を発した。頭がキーンとなっているらしい。
「うんうん。この『キーン!』もまたかき氷の醍醐味よ」
 男たちの様子を見て、満足そうに頷くビルシャナであった。

●言葉&ザイフリートかく語りき
「確かにかき氷は美味だ。かき氷のない夏など考えられぬ。しかし……だからといって、アイスを見くびっていいわけがなかろう! アイスもまた美味なのだから!」
 ザイフリートは激怒した。必ず、かの狭隘固陋なビルシャナを除かねばならぬと決意した。
 一方、ヘリポートに招集されたケルベロスたちは呆然としていた。頭上には『ぽかーん』という文字が浮かんでいる。
「ごめーん。ちょっとなに言ってるか判らないんだけど……」
 ザイフリートとの温度差を少しでも縮めるべく、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)がアニメ声で発言した。挙手する態で『ぽかーん』の文字をかき消しながら。
「一人でエキサイトしてないで、なにがあったか説明してくれる?」
「すまん。実は福島県郡山市にビルシャナが出現したのだ。そやつはかき氷を非常に愛し、同時にアイスクリームやアイスキャンディーの類を憎んでいる」
「あー、はいはい。なにかをアゲるために別のなにかをサゲるタイプの奴ね」
 呆れ顔で肩をすくめる言葉。
「てゆーか、アイスもかき氷も美味しいんだから、好きな時に好きなほうを好きなように食べればいいと思うのー。なんで、かたっぽうを排除しようとするかな?」
「まったくだ。どちらか一方しか食えぬとなれば、アイスをトッピングしたかき氷も食えぬではないか。あれは良いものだというのに! 良いものだというのに!」
「二回も言わなくていいから……」
 アイスをトッピングしたかき氷(もしくはかき氷をトッピングしたアイス)について熱く語り始めそうなザイフリートを制して、言葉は敵の構成について確認した。
「例によって例のごとく、そのビルシャナには信者がいるの?」
「うむ。十人のかき氷好きの男たちが洗脳されて信者と化している。ビルシャナを討つ前に説得し、目を覚ませるのが望ましい。さもないと、そやつらはビルシャナの盾として戦闘に介入してしまう。かき氷を貪りながらな」
「これも例のごとくだけど、理詰めの説得よりもインパクトある言動のほうが効果的だったりするのよね?」
「そのとおり。百の言葉(ことば)を費やすよりも、目の前でアイスをさも美味そうに食べてみせるほうが効くだろうな。アイスを満喫することで信者も救える――一石二鳥とはこのことよ」
「そんなにドヤって言うほどのことでもないと思う……」
 地声でぼそりと呟く言葉に構うことなく、ザイルフリートはヘリオンに向かって歩き出した。
「行くぞ! アイスに勝利をもたらすために!」


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
新条・あかり(日傘忍法ドット隠れの術・e04291)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ

●「このアイス、ウチさ……」と幸薄いあの子
 陽炎がゆらめくグラウンドに十人の男が並び、かき氷を貪っていた。
 彼らの前に立っているのは法被姿のビルシャナ。
「さて、俺もかき氷をいただくとするか」
 ビルシャナ(以下、氷鳥)は右手のスープンを振り上げ、左手の器のかき氷に突き刺した。
 しかし、それを口に運ぼうとした時――、
「アイス売りの言葉ちゃんよー。暑い日の救世主よー」
 ――アニメ声を響かせて、オラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)がグラウンドに現れた。
 自称『暑い日の救世主』の彼女はパラソル付きのワゴンを押していた。保冷ショーケースを内蔵したミント色のワゴン。ショーケース内のトレイはパレットのように仕切られており、カラフルなアイスがすべての窪みを満たしている。それこそ、パレットに練り出された絵の具のように。
 言葉に続いて、数人の男女がぞろぞろとやってきた。そのうちの一人――セントールのオルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)は荷馬車を牽いている。荷台にはクーラーボックスが山と積まれていた。言葉のワゴンを見た後ならば、それらの中身は誰でも察しがつくだろう。
「来たな、アイスクリーマーども」
 氷鳥が不適な笑みを浮かべた。クーラーボックスの中身だけでなく、皆の目的も察しがついたらしい。
 それに対して、ケルベロスたちは……とくに反応を示さなかった。そもそも、氷鳥の話など聞いていない。
「お仕事でアイス食べ放題なんて、最高なのです!」
 レジャーシートを広げながら、虎の獣人型ウェアライダーの八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)が喜びの声をあげた。
「でも、本当に経費で落ちるのです?」
「落ちる、落ちる」
 シャドウエルフの新条・あかり(日傘忍法ドット隠れの術・e04291)が頷いた。あこに比べるとテンションは低めだが、実は今回の任務に対するあかりの期待と意気込みは尋常なものではない。
 甘いものが大好きなのだから。
「よかったです! だったら、いっぱい食べられるです! 食べ過ぎてお腹が冷えないよう、寒冷適応できる防具も用意してきたですよ!」
「あたしはお腹に優しい常温のお茶を持ってきたよ」
 と、あこに水筒を見せたのはサキュバスのヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)だ。
 言葉も懐中からアイテムを取り出した。
「食べ過ぎに効く漢方薬を持ってきたのー」
「装備は充実、対策は万全」
 ヴァルキュリアの豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)が両手の荷物を足下に下ろした。小型冷蔵庫と発電器。
「ドラゴンを相手にする時でも、ここまで周到な準備はしないかもしれないね」
「この暑さはドラゴンよりも厄介だから。あー、はやくアイス食べたい!」
 シャドウエルフのヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)がパラソルを設置した。ちなみに彼とあかりは水着姿だ。
「そんじゃあ、涼しい曲でも流してみっか」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がバイオレンスギターの演奏を始めた。曲目は『美しき青きドナウ』をアレンジしたもの。
 それを聴くと、ドイツ出身の竜派ドラゴニアンのビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)が首をかしげた。
「何故に『美しき青きドナウ』なんだ?」
「だって、香港映画に出てくるアイスクリームだかソフトクリームだかの移動販売車って、決まってこの曲を流してるじゃん」
「……何故に香港映画なんだ?」
 和気藹々(?)とアイスクリーム・パーティーの準備を進めるケルベロスたち。
 そこに――、
「無視すんなぁーっ!」
 ――蚊帳の外に置かれていた氷鳥が怒声で割り込んできた。

●どこのアイス屋、食いに行く? 安いあの娘と
「いや、この回文は無理がないか? あと、女の子を『安い』とか言っちゃダメだろ」
 氷鳥がわけの判らぬことをほざいている。暑さのせいで錯乱しているのかもしれない。
 そんな彼を無視して、言葉がワゴンの中を覗き込んだ。
「かき氷と違って、アイスは種類が多いのよねー。さあ、なにを食べようかしら? 硬めのバーアイス、柔らかいソフトクリームにコーンに乗せて食べるアイスにカップアイスに……あーん、迷っちゃうのー!」
 口元に拳をあてて身をよじらせると、それに合わせるかのようにボクスドラゴンのぶーちゃんとアネリーが両隣で体を捻った。
「そうだ! まずは一口アイスで様子見ならぬ様子食べ……って、こっちも味の種類がいっぱいありすぎて、悩むぅぅぅ~ん!」
 喜色満面で苦悩(悦悩?)を続ける言葉。氷鳥の信徒たちを転向させるために大袈裟に悩んでみせているのだが、そんな目的がなくても同じように振る舞っていたかもしれない。
 一方、オルティアは迷うことなく、バニラのカップアイスをクーラーボックスから取り出していた。
「やはり、初めはこれ……」
 普段はいかにも『孤高の戦士』といった鋭い眼光を放っているオルティアではあるが、アイスに向ける眼差しは十歳児のそれだ。
 本物の十歳児のあこもカップアイスを手に取っていた。
「いただきますです!」
 粒状のものが散りばめられたアイスを口に含んだ瞬間、あこは頭をぷるぷると左右に振り、奇妙な擬音を発した。
「ぱちぱちぱちー!」
 足下で同じアイスを食べていたウイングキャットのベルとオルトロスのイヌマルもそれに合わせて尻尾をぷるぷると……いや、振っているのは後者だけ。ベルは澄まし顔で黙々と食べている。
「……なにそれ? 拍手の音?」
 目をぱちくりさせて氷鳥が尋ねると、あこは再び首を振った。今度のそれは否定の動作だ。
「違うのです! これは『スリーハンドレットワン』の人気ナンバーワンの商品! ぱちぱちはじける飴が入っているいるのです!」
「はじける飴ぇ?」
「はい。かき氷だと、口に入る前に飴が溶けてしまいますから、ぱちぱちしないのですよ! ぱちぱちぱちー!」
「うん! 実に良い!」
 あこの横でオルティアが感嘆の叫びを発し、カップの蓋の裏についたアイスを舐め始めた。カップの中はとっくの昔に空になっている。
 いつの間にか、信徒たちはスプーンを操る手を取め、あこたちを呆然と見つめていた。何人かは釣られて『ぱちぱちぱち』と呟いている。
「アイスは氷に比べて溶けにくいから――」
 ビーツーが信徒たちに語りかけた。
「――飴以外にも様々な食品に合う。ドリンクのフロートにもなるし、エスプレッソをかければ、アフォガートになる。アイス自体のフレーバーとの組み合わせと重ねれば、可能性は無限大に広がるだろう」
「むぉうもぉ~ん!」
 ボクスドラゴンのボクスが何度も頷いて同意を示した。鳴き声が妙な具合にくぐもっているのは、大量のアイスを頬張っているからだ。
「乳製品なだけあって、穀物との相性も悪くない。パンケーキやシリアルと合わせるのもまた素晴らしいものだ」
「むぉうもぉ~ん!」
「君は『かき氷の山に好みのシロップをかける時、無垢なる乙女を自分色に染め上げるような悦びを感じる』とかなんとか言ってたらしいけど――」
 と、あかりがアイスよりも冷ややかな視線を氷鳥に突き刺した。アイスクリームディッシャーをカチカチと鳴らしながら。
「――その悦びをアイスでも楽しめちゃうって言ったら、どうする?」
「な、なにぃ!?」
 目を剥く氷鳥の前で、あかりは水着のアイテムポケットからバスケットを取り出し、その中に入っていたものを並べ始めた。アイスクリームコーン、ウエハース、チョコチップ、フレーク、カットしたフルーツに砕いたナッツ、そして、黒いチョコレートクッキーで白いクリームを挟んだ俺々クッキー。
 そんな魅惑のオプション群をアイスに装備させながら、あかりは語り続ける。
「たとえば、無垢なる原初のミルク味のアイス……こってり甘くするも、食感をよくするも、甘酸っぱさを足すも、ビジュアル盛り盛りにして映えを狙うも、すべてはあなた次第」
「ぐぬぬぬ……」
 オプション満載のアイスに圧倒され、悔しげに呻く氷鳥。
 後方にいる信徒たちがゴクリと唾をのんだ。念のために言っておくと、彼らが視線を注いでいる対象はアイスであり、水着姿のあかり(中学一年生)ではない。警察への通報は無用だ。
「『自分の色に染め上げる』とかいうレベルで満足しているようじゃ、まだまだ甘いよね」
 ヴィヴィアンがコーンを手に取り、イチゴ味とバナナ味のアイスを盛り始めた。
「そう、甘い! アイスだけに! なはははははは!」
 胸を反らして大笑いするヴァオをスルーして、アイスを盛る作業を続けるヴィヴィアン。
『作業』という言葉からも判るように、彼女は普通に盛りつけているわけではない。アネリーが保持するスマートフォンをちらちらと見て、そこに映し出された動画を参考にしながら、アイスでなにかを象っているのだ。
「アイスなら、もっと先まで行ける。こんな風に……ほら、花を咲かせることもできるの!」
 ヴィヴィアンは作業を終えると、自由の女神のごとくコーンを高く掲げた。
「おおおぉーっ!?」
 信徒たちが一斉に感嘆の声をあげた。コーンの上に鎮座しているアイスが薔薇の形をしていたからだ。
 彼らににっこりと微笑みかけて、ヴィヴィアンは冷たい薔薇を舐め始めた。もちろん、写真に収めた後で。
「写真映えするように盛りつけた素敵なアイスを自ら食する時の得も言われぬ高揚感! かき氷には真似できないでしょ?」
 スマートフォンを支える役を担ったアネリーとなにもしてないぶーちゃんも同型の薔薇アイスを二匹で仲良く食べている。
 信徒たちは呆然としていた。『え? 俺らに食わしてくれる流れじゃないの?』と思っているのだろう。
 それを察したかのように、あかりがオプション満載のアイスを差し出した。
「僕の一押し、食べてみる?」
 ナッツとフレークが混ざったミルクアイスに白黒の俺々クッキーが添えてある。
 信徒たちはかき氷の入っていた器を地面に置き、夢遊病者のごとき足取りであかりに近付いていたったが――、
「待て、こらー!」
 ――氷鳥が行く手を阻んだ。
「目を覚ませ! かき氷はアイスクリームに勝る! これは絶対の真理にして、揺るぎない真実!」
「それはどうかなー?」
 と、首をかしげたのはヴィルフレッドだ。
「確かにかき氷みたいにクリームが入ってない氷菓子は、とくに暑い日に好まれるけどさ。それだったら――」
 萌えキャラが描かれた細長い袋を開封。
 現れ出たるは青い棒アイスだ。
「――かき氷のような食感が楽しめる、この『ガリガリきゅん!』でいいと思うな。見ての通り棒タイプだから、かき氷と違って、片手がフリーになるんだ。ちょっと行儀悪いけど、食べながら自撮りとかもできるよ」
「自撮りできるかどうかは重要なポイントよね」
 薔薇アイスの写真をチェックしていたヴィヴィアンが真剣な顔で頷いた。
「でしょ? でしょ?」
 ヴィルフレッドは何度も頷き返した。天使のような笑顔で。
 もっとも、心中では――、
(「まあ、アイスでもかき氷でも構いやしないんだけどね。こんなファッ×ンな猛暑日に涼が取れるならさー」)
 ――と、やさぐれた気味にぼやいていたが。

●惑うな! 氷菓子屋が椰子狩りおこなう土間
「いや、惑うわ! 椰子狩りって、なんなんだよぉ!? 土間に椰子の木でも生えてんのかぁーっ!」
 氷鳥の言動がいよいよ支離滅裂になってきた。
 しかし、自分の立ち位置までもを忘れたわけではないらしく、話の流れを元に戻した。
「棒アイスなんか、ぺぺぺのぺーだ! あんなもん、すぐに溶けちゃうじゃねーかよ!」
「うんうん。そうだねえ」
 小学生レベルの悪態に対して、姶玖亜が余裕ある大人の態度で応じた。その手にあるのは、小型冷蔵庫から取り出したコーラ味の棒アイス。
「でも、それもまた棒アイスの魅力じゃないかな? 溶けそうだからこそ、急いで食べる。そして、暑くなったら、また食べたくなる――この切れることのない連鎖が堪らないんだよ」
 適当なところで切らないと、糖尿病まっしぐらだが。
「ヴィルフレッドが言っていたように片手が空くところも良いね。スプーンがいらないから、いつでもどこでも食べられる。でも、なによりも良いのは……『アタリ』があることだ!」
 アイスの最後の一片を囓り取り、剥き出しになった棒を勢いよく突き出す。
 そこに記されているのは三文字のカナ。

『ハズレ』

「ここは『アタリ』の流れやろがーい!」
 氷鳥が関西弁でツッコミを入れたが、姶玖亜はどこ吹く風。
「あたってるかどうかは重要じゃないよ。夢と浪漫に溢れてるところが良いんじゃないか。ちなみに、これはバイト先のスーパーで知ったことなんだけど、アイスの袋に書いている『ラクトアイス』とか『アイスミルク』っていうカテゴリーは乳固形分の割合で決められているそうだ」
「どーでもいいわ!」
 氷鳥は興味を示さなかったが、信徒たちは『乳固形分』というワードを耳にした瞬間、ゴクリと唾をのんだ。念のために言っておくと、彼らが視線を注いでいるのは姶玖亜の胸であり、彼女が持っている棒ではない。通報したほうがいいかもしれない。
「いや、乳固形分ってのは牛乳の話だよ? 人じゃなくてね」
 と、姶玖亜があたりまえの注釈を加えている間にオルティアもあずき色の棒アイスを食べ始めた。
「これは……か、かたい! このアイス、どうなっ……あ? でも、美味しい!」
「この姉ちゃん、さっきから食べてばっかりだよな……」
 さすがに呆れ返る氷鳥。
「ん?」
 オルティアは固いアイスから口を離し、信徒たちを見た。
「とりあえず……食べる? 沢山あるから……」
 彼女が指し示したクーラーボックスの山に向かって、信徒たちが歩き始めた。あかりの時と同じように夢遊病者のような足取りで。
 氷鳥がまた慌てて止めようとしたが――、
「ダメ押しなのです!」
 ――それより先に、あこが最終兵器を持ち出した。
 何本ものスパーク花火が突き立てられたアイスケーキだ。
「ほーら、かき氷でこんな風に祝うことができますかぁーっ!」
 その瞬間、信徒たちは夢遊病者からスプリンターにジョブチェンジして、ケルベロスたちの様々なアイスに群がった。
「勝負がついたようだな」
 アフォガートの入ったコーヒーカップを信徒の一人に渡しながら、ビーツーが静かに言った。
「くそっ……」
 と、悔しそうに呻く氷鳥の前に小さな影がゆらりと立つ。
「どうして、僕が片手で食べれらるアイスを推していたか判るかい?」
 と、その影――ヴィルフレッドは尋ねた。暑さに対する苛立ちを笑顔に滲ませて。食べかけの棒アイスを片手に保持したまま。
「アイスを食べながら、君を倒すためだよぉ!」
 反対の手で振り上げたのは小さな黒いファミリアロッド。
 氷鳥は思わず身構えたが――、
「ねえねえ」
 ――と、とてもいい笑顔を見せて、言葉が指を突きつけてきた。
「そのかき氷、もう溶けてなーい?」
「あ!?」
 かき氷(だったもの)が入っていた器に視線を落とす氷鳥。
 ファミリアロッドが振り下ろされ、戦いが始まった。

 そして、氷鳥は逝った。
 ケルベロスたちは静かにその死を悼む……はずもなく、アイスクリーム・パーティーを再開した。十人の元・信者を交えて。
「乳固形分の割合が一番高いのは『アイスクリーム』だけど、僕は『氷菓』が好みだな」
 アイスクリーム談義を聞かせつつ、氷菓の棒アイスを囓る姶玖亜。何人かの信徒はまだ彼女の胸に注視している。
「『ガリガリきゅん!』にも飽きてきたかなー」
 何本目かの棒をゴミ袋に捨て、ヴィルフレッドは周りを見回した。
 目に止まったのはヴィヴィアンの新たな薔薇アイス。
「これ、食べてもいいかな?」
「どうぞ、どうぞ。でも、ちょっと待って。まだ写真に撮ってないから」
「なんなら、あの様子も撮ってみれば?」
 ヴィルフレッドが指さした先では、オルティアがトルコアイスと格闘していた。
「の、伸びる!? びにょーんって! びにょーんって!」
「そういえば――」
 民族色豊かなアイスを食べるオルティアの姿を見やり、ビーツーが感慨深げに述懐した。
「――ドイツにいた頃はスパゲティアイスをよく食べたものだ」
「え? それって、名古屋の迷店『魔雲天』のメニューみたいなやつか?」
 ヴァオが目を丸くした。どうやら、スパゲティアイスのことを『スパゲティにアイスを加えたもの』だと思っているらしい。
 無知な彼を無視して、ビーツーは呟いた。
「ザイフリート殿にお土産を持って帰りたいところだな……」
「僕もお土産がほしいな」
 と、あかりが言った。
「できれば、チーズ味のやつがいい。おうちで留守番している子のためにね」
「お土産を確保するなら、今のうちよー」
 言葉がワゴンの中からアイスを取り出し、あかりたちに配り始めた。
「私も他の皆もぜーんぶ食べ尽くしちゃう覚悟で来てるから」
「でも、食べ過ぎちゃったら、太ったりしないです?」
 あこが不安げに尋ねると、言葉は自信満々に断言した。
「だいじょーぶ! 戦闘でカロリーをたっぷり消費したから、どれだけ食べても問題なーし!」
 問題ないわけがない。
 しかし、言葉がそれを知るのはずっと後……そう、体重計に乗った時だろう。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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