絵心を君に

作者:土師三良

●描画のビジョン
「顔のパーツを記号化することが基本だと思ってください。最初のうちは極端と思えるくらいに単純化して構いません」
 日曜日の昼下がり。とある公園の一角。
 ベレー帽に作務衣というちぐはぐな取り合わせの初老の男の指導のもと、十数人の老若男女が二人一組になり、お互いの顔を画用紙に描いていた。
 似顔絵描きのワークショップである。
「特徴を捉えつつ、嫌みにならない程度にほんのちょっぴり美化すると喜ばれます。本日は美男美女しかいませんから、美化の必要はありませんが」
 などとくすぐりを交えながらも親切かつ丁寧にレクチャーする講師と、楽しげに絵を描く受講者たち。
 実に平和的な光景だが――、
「ぶははははははは!」
 ――知性や品性を微塵も感じさせない哄笑によって、空気が一変した。
 中空に魔空回廊が開き、戦斧を手にしたエインヘリアルが降り立ったのである。
「エアルティ、大見参!」
 問われたわけでもないのに自分の名を叫び、エインヘリアルは講師や受講者たちをねめつけた。
「覚悟するがいい、小地球の小市民ども! このエアルティ様が大殺意を以て大虐殺を繰り広げてやるわ! そうさな。一時間で千人殺害するのを大目標としよう。二十四時間で、えーっと……十万人くらいかな?」
 数字に弱いらしい。いや、数字に限ったことではないのかもしれないが。
 そんなエインヘリアルを前にして、講師や受講者たちは金縛りにあったかのように硬直していた。その状態をもたらした感情は恐怖だけではない。ぽかんとした顔がその証拠。
 すると、エアルティなるエインヘリアルも同じような顔をした。
「……え? ちょっと待て。なんだ、それは?」
 視線の先にあるのは、受講者たちが描いていた似顔絵だ。
「もしかして、絵か? なんで、絵なんぞを描いているんだ? まさか……小地球には映像や画像を記録する技術もないのかぁ!? ぶはははははは!」
 腹をかかえて笑い始めるエアルティ。
「これは大傑作だ! 小地球の科学はもう少し進んでいると思っていたが、まさか、絵を描くという原始的な手段で記録を残しているとはな! しかも、大ヘタクソ! どの絵もぜっんぜん似てないぞ! ぶははははははははは!」

●陣内&音々子かく語りき
「上野公園とかで似顔絵をよく描いてもらったりするんですけど、いまだかつてハズレの絵描きさんにあたったことはありませんね。皆さん、本当に上手なんですよー」
 と、ケルベロスたちの前で語っているのはヘリオイライダーの根占・音々子。
「音々子がモデルなら、似顔絵師も楽だろうな。特徴が多くて描き易そうだから」
 グルグル眼鏡、そばかす、三つ編み、頭についた大きなネジマキ――特徴まみれの顔を見ながら、ケルベロスの一人である玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が呟いた。
「そうかもしれませんねー」
 音々子はにっこりと笑い(陣内の言葉を賞賛と受け取ったらしい)、本題に入った。
「さて、今回の任務地は上野公園ではなく、宮城県は仙台市にある公園です。そこで開かれていた似顔絵ワークショップにエインヘリアルが乱入しやがるんですよ。ちなみにそのワークショップはプロの卵を対象としたものじゃなくて、趣味を充実させようとしている素人さん向けのものです」
「『ちなみに』以降の情報はどうでもいいが……例によって例のごとく、そのエインヘリアルってのはアレか? 片道切符で送られてきた元・囚人なのか?」
「はい。名前は『エアルティ』といいます。これがたまオツムの弱っちい輩なんですよー。どれくらい弱っちいかというと、ワークショップの参加者さんたちの絵を見て『地球にはなにかを写真や映像に残す技術がない』と短絡的な結論に至っちゃうほどです」
「ここ最近は王室関係の小賢しいエインヘリアルが色々と仕掛けてくることが多かったから、その手の脳筋タイプは新鮮な気がしないでもないなぁ」
 苦笑を浮かべる陣内であったが、すぐに顔を引き締め、低く唸るような調子で付け加えた。
「だからといって、歓迎はできないが」
「別の意味で歓迎してやってくださいなー」
「ああ、そうするよ。息の根が止まるまでな」
「そいつの『歓迎』が無事に終わりましたら、皆でワークショップに加わるのもいいかもしれませんねー。誰かの似顔絵を描いたり、誰かに似顔絵を描いてもらったりして……楽しそうだと思いません?」
「楽しいかもな」
「でしょ? でしょ?」
 気のない素振りで(『素振り』ではなく、『振り』かもしれないが)肩をすくめる陣内の前で音々子はまたもやにっこり笑い、後方のヘリオンを指し示した。
「では、しゅっぱーっつ!」


参加者
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)

■リプレイ

●地球の小戦士はエインヘリアルの大勇者よりも強いとか
「芸術を理解しない無粋者かぁ」
 シャドウエルフの少女――新条・あかり(点灯夫・e04291)がエインヘリアルめがけて錨型の氷塊を放った。侮蔑と憐憫の念を込めた眼差しとともに。
「体は大きいのに感性と脳みそは小さいんだね。かわいそうに……」
「ぬゎんなんだとぉーっ!?」
 エアルティという名を持つエインヘリアルは目を剥いた。氷塊が直撃したにもかかわらず、痛みなど気にも留めていないようだ。
「大エインヘリアルの大勇者たる俺様の脳ミソが小さいわけないだろうが! これを見よ!」
 エアルティは力瘤を誇示した。
 上腕部に脳があると思い込んでいるらしい。
「本物のバカだ……」
 呆れ顔で呟いたのは、ゴッドペインターの薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)。
 似顔絵描きのワークショップがおこなわれている公園に乱入したエアルティと戦い始めてから、まだ数分しか経過していないのだが、あすかたちは数時間分の疲労を感じていた。
 べつに苦戦しているわけではない。
 有り体に言うと、『規格外のアホの相手をして、疲れ切ってしまった』ということだ。
 それでも、あすかは気を取り直し――、
「アンタ、地球人が原始的だと思っているようだな。これを見て、己の不明を恥じとけよ」
 ――タブレットを取り出し、エアルティに見せつけた。
 そこに表示されているのは、あすかが描いた写実的な風景画。
「どうだ! この高画素数! 発色のよさ! 原始的な星の住人がこんなものを作れると思うか?」
「んー?」
 エアルティは首をかしげた。
「それがどうした? 板切れに絵が描いてあるだけではないか。まあ、絵の技術は認めてやらなくもないが」
「板切れって……」
 またもや呆れ返るあすか。
「あなたが言うところの『板切れ』はこんなともできるんですよ」
 シャドウエルフの伊礼・慧子(花無き臺・e41144)もタブレットをエアルティに見せた。
「ほら、ARを用いたゲームです。ちゃんと障害物や地形の変化を読み取ってるんですよ」
「えーあーる?」
 エアルティは再び首をかしげた。
「この分だと、こういうのも知らないでしょうね」
 オラトリオのイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)がエアルティにタブレットを向けて、首をかしげたままの間抜け面を撮影した。それを撮画像編集アプリで加工。目を大きくして、猫耳をつけて、性別を変えて……。
「あら? けっこう可愛いですねー」
「いやいやいやいや!」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がイリスのタブレットを覗き込み、光速でかぶりを振った。その足下ではオルトロスのイヌマルが音速でかぶりを振っている。
「ぜっんぜん、可愛くねーし! むしろ、キモいし!」
「うん。醜いね」
 イリスの同族の月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が頷いた。手にしたスマートフォンを愛しげに見つめながら。
「本当に『可愛い』と評するべきはこの厳選画像コレクションだよ。いや、『可愛い』などという言葉では足りないかな」
『世界一愛らしい私の兎 -成長の記録-』と題された写真群(厳選と言った割にはやたらと多い)がスマートフォンに次々と表示されてく。
「そこの図体の大きな甲冑くん。君も見たいかい?」
「大見たくないわ!」
「そうか。そんなに見たいのなら、仕方ない」
「大見たくないと言っとるだろうが!」
「うんうん。特別に見せてあげるよ」
 エアルティの怒声を耳に素通りさせながら、イサギはスマートフォンを突き出した。
 すると、写真の中の兎がいきなり実体化した……と、見えたのは錯覚。イサギの背後から本物の兎が飛び出したのだ。
 いや、本物ではない。それはイサギの義妹であるウェアライダーのの七宝・瑪璃瑠が動物変身した姿だった。
「むぃ~!」
 愛らしい鳴き声とともに変身を解き、エアルティに不意打ちを食らわせる瑪璃瑠。
 間髪を容れず、同じくウェアライダーの比嘉・アガサが獣撃拳を叩き込む。愛らしい鳴き声ではなく、辛辣な悪態とともに。
「デカいだけのバカは的が絞りやすくて殴りやすいね」
「俺様はバカではなーい! 『大男、総身に知恵が回りまくり』という言葉を知らんのかぁーっ!」
 咆哮とともに戦斧を振り下ろしたエアルティであったが、アガサは難なく回避。
 その大振りによって生じた隙を衝き、レプリカントの女児の款冬・冰(冬の兵士・e42446)がライトニングロッド『ビルケランド・ツール』で破鎧衝を見舞った。
「ぬぅ!?」
 エアルティが呻きを漏らしたが、それは痛みではなく、驚愕によるものらしい。大きく見開かれた目が見ているのは、『ビルケランド・ツール』が宙に刻んだ光の軌跡――人工オーロラだ。
「小地球人にしては見事な大魔法ではないか!」
「魔法じゃなくて、科学の産物」
 淡々と訂正する冰。
「ナントカの第三法則ってのを地で行ってるな」
 せせら笑いながら、黒豹の獣人型ウェアライダーである玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)がケルベロスチェインを投じた。
「アルも大魔法のごとき大科学をお見せしてあげる!」
 鎖に絡みつかれたエアルティの前に立ったのはアルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)。あかりと同年代の人派ドラゴニアンの少女だ。
「ドローン、発進!」
 アルナーの足下からドローンが飛び立った。『おどうぐばこ』という名のミミックが楽しげに飛び跳ねながら、それを見送っている。
「これはあなたよりずぅーっと高いところまで飛べて、動画や画像が撮れるちゃうの。しかも、タブレットに映し出して、お絵描きもできちゃんだから。こんな楽しい大技術、小エインヘアルの星にあるかしら?」
「あるに決まっとるだろうが! もっと凄い大々々技術が腐るほどな!」
 むきになって言い返すエアルティであったが、『大々々技術』の具体的な内容について言及することはなかった。
「大々々技術と来たか」
 と、陣内が肩をすくめた。
「いくら無駄に大きいからって『大』をつけりゃいいってもんじゃないだろう。昔から『柄杓は耳掻きにならぬ』と……いや、柄杓でもいけるか?」
「いけそうだね」
 エアルティの大きな耳朶(今にもはばたきそうに見える)を冷ややかな目で眺めて、イサギが同意を示した。
 そして、すぐにまた『世界一愛らしい私の兎 -成長の記録-』に視線と意識を戻した。
「『大々々技術』とやらを誇っているくせに――」
 慧子がエアルティの戦斧の指し示した。
「――なぜ、そんな原始的な武器でちまちまと一人ずつ攻撃しているんですか? たとえば、ガトリングガンのような文明の利器はないのですか?」
「がとりんぐがん?」
 エアルティは首をかしげた。これで何度目なのかは誰も覚えていないが、予想通りのリアクションである。
「これ以上、バカの相手はしてられない。さっさと倒そう」
 皆にそう言いながら、あすかがエアルティに攻撃を加えた。蹴りのモーションからのサイコフォース。
「一つ教えてやるよ。僕がこうやって足技を使うのはなぁ……絵師の命である手を傷つけないためだ!」
「ほほう! 小地球人にしては大天晴れな考えだ!」
 サイコフォースを食らいながらも、エアルティはあすかを讃えた。
 そして、あろうことか――、
「では、俺様もそれに倣おう!」
 ――戦斧を投げ捨てた。
「大勇者の大命である大戦斧を傷つけぬため、大素手で戦ってやるわ! ぶはははははは!」
「度し難い……」
 と、冰が無機質な声で呟いた。

 それから一分も経たぬうちに大勇者はケルベロスたちに倒された。

●有限のキャンバスは無限の宇宙よりも広いとか
「あなたがあの木滑先生ですか? お会いできて光栄です」
「ほほう。私をご存じで?」
 目を輝かせるあすかの前に立っているのは、似顔絵ワークショップの講師――ベレー帽に作務衣という独特のスタイルで決めた木滑・光世だ。
「そりゃあ、知ってますよ。僕だって、絵描きの端くれなんで。サイン、いただけますか?」
「いやいや、私はしがないレッスン・プロですよ。自分を差し置いて名を上げやがった生意気な弟子どもにたかりまくってるんで、『パラサイト師匠』などとも呼ばれております」
 軽口を叩きながらも、木滑は満更でもない顔でサインを記した。
「絵画界で顔が広いと聞きました」
 と、あかりも木滑に語りかけた。
「僕、中学校では美術部に所属しているんだけど、その顧問の先生のことも知っていたりするんですか?」
 あかりが顧問の名を告げると、木滑は何度も頷いた。
「はいはい。よぉーく存じあげておりますよー」
 実にいいかげんな口振りと表情。『絶対、存じてないよね?』と思わずにいられないが、いいかげんであるが故に妙に大者めいた印象を受け、『あれ? やっぱり、本当に存じてる?』とも思ってしまう。
「しかし、向こうは私のことなんて知らないでしょうな」
 冗談で落として煙に巻いた後、木滑は皆のためにワークショップを再開した。

「イヌマルさん、モデルになってくださる?」
「がおー」
 アルナーの要請に応じて、彼女の前にちょこなんと座るイヌマル。『せっかくだから、勇ましい姿を描いてもらおう』とでも思ったのか、口を大きく開け、咆哮しているかのような表情をつくった。
「欠伸している顔にしか見えないけど……ま、いっか」
 イヌマルの張り切り振りに苦笑しつつ、アルナーはおどうぐばこ(言うまでもないが、本物の道具箱ではなく、ミミックのほうである)から画材を取り出した。
「まずはのびのび描こうかなー。そう、のびのび! 楽しく!」
 その宣言どおり、のびのびと楽しそうに鉛筆を走らせるアルナー。
 そんな彼女とは対照的に、慧子は真剣な面持ちをして、木滑を質問責めにしていた。
「先生。キャンバスとの距離はこれくらいでよろしいのでしょうか?」
「はいはい。よろしいですよー」
「絵を描く際の姿勢と鉛筆の持ち方はこのような感じでよろしいのでしょうか?」
「もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないですかね。いえ、物理的な姿勢ではなく、心理的な姿勢の話ですよ。リラックス、リラックス」
 べつにリラックスしていないわけではなかった。ただ、自らを虚ろな存在と見做している慧子にとって、このような機会は疎かにできないものなのだ。趣味や遊びを知り、なんらかの個性を獲得すれば、虚ろな部分を埋められるような気がするから。
「さて……」
 木滑を質問責めから解放すると、慧子は視線を巡らせた。
 その意を悟ったイリスが慎ましげに申し出る。
「私……モデルになりましょうか?」
「あ? お願いできますか?」
「はい。ちょっと恥ずかしいですが……」
 はにかみながらも笑顔をつくるイリス。
 真剣な表情をキープしたまま、その笑顔を描き始める慧子。
 二人の様子をちらと眺めた後、冰も鉛筆を手に取った。
「アスカ。よろしければ、その……モデルを依頼したい」
「おう! 喜んでー!」
 あすかは冰の前でダイナミックなポーズを決めた。
「顔しか描かないから、そういう派手なポーズは不要」
「いーの、いーの。こうしてるほうがいかにも『絵のモデルやってます』感が出て、気分が盛り上がるし」
「気分を盛り上げることになんの意味が?」
 首をかしげつつ、冰は作業を開始した。
 しかし、手付きが覚束ない。
「やはり、3DCADの類とは勝手が違う。アスカ、有用なアドバイスを求む」
「そうだなぁ。大袈裟なくらいに誇張したほうがいいとか色々あるけど、なによりも大切なのは……そう、『絵を描きたい』って気持ち。それから、『描かせてくれてありがとう』というモデルへの感謝じゃないか」
「了解。描かせてくれてありがとう」
「いや、実際に口にしなくてもいいから……」

 中学校で美術部の活動に精を出しているにもかかわらず、あかりの描いている似顔絵はお世辞にも上手いとは言えなかった。しかも、面白味がない。木滑のレクチャーに従って描いてはいるものの……いや、忠実に従っているが故に悪い意味で『教科書通りの絵』になっている。
 しかし、レクチャーした当人は――、
「うんうん。よく描けてます」
 ――あかりの絵の出来映えを褒めた。お世辞に聞こえないのは、客あしらいに長けた自称『レッスン・プロ』だからか。あるいは上手いだの面白いだのといったポイント以外のところに価値を見出しているのか。
「さすが、美術部所属ですね」
「どうも……」
 木滑の真意をはかりかねがらも、鉛筆を動かし続けるあかり。
 だが、その手が止まった。
「にゃあ!」
『僕にも構ってー』とばかりにウイングキャットが膝に上がり、体を伸ばして頬を擦り寄せてきたのだ。
 顔にあたるヒゲの感触に目を細めつつ、あかりはウイングキャットを見やり、そして、似顔絵のモデル――ウイングキャットの主を見た。
 向かい合って彼女を描いている陣内だ。
 その姿を改めて眺めているうちに、レクチャーだけでは決して得られないイマジネーションが沸き上がってきた。
「ふむ。素直じゃなさと、可愛らしさのバランス……かな」
「素直じゃなさ?」
 あかりの独白を耳にして聞き返したのはアルナー。イヌマルを描く手を休めて、彼女はウイングキャットを見た。
「とても素直そうな猫ちゃんに見えるけど?」
「こっちの猫ちゃんのことじゃないよ」
 あかりは悪戯っぽく笑った。
 片方の手でウイングキャットを撫で、もう片方の手で陣内を描きながら。

「進み具合はどんな感じですか、慧子さん?」
「半分もできていません。思い通りの線がなかなか引けないので……」
 イリスの問いに嘆息まじりに答えた後、慧子は木滑に助けを求めた。
「先生。上手く描けなかった部分をリカバリーする方法を教えていただけませんか?」
「リカバリーしようなんて考えず、とりあえず最後まで描いてみることをお勧めしますよ」
「だそうだよ、玉さん」
 と、木滑の言葉を受けて陣内に声をかけたのはイサギだ。彼はなにも描くことなく、瑪璃瑠と一緒に陣内の創作活動を後方からずっと見物していた。ニヤニヤと笑いながら。
「でも、『とりあえず』というレベルに留める気はないみたいだね。随分と細かいところまで描き込んでるじゃないか。神は細部に宿るとかいうやつを体現しているつもりかな?」
「黙ってろ、堕天使。気が散る」
 振り返ることなく言い捨て、陣内は描き続けた。
 もちろん、モデルは目の前のあかりだ。ちなみに一度だけキャンバスの前を離れ、彼女にじゃれついているウイングキャットを引き剥がしたのだが、無駄だった。ウイングキャットは懲りずに元の位置に戻ったし、陣内を描いているあかりからは『動かないで、タマちゃん!』と叱られた。
「ふうん。そんな風に見えるんだ?」
 イサギは何歩か前進し、神とは別のものが細部に宿っているかもしれぬ絵をより近くから眺めた。陣内の肩越しに覗き込むようにして。
(「しょうがないだろ。これが俺の絵だ」)
 手を休めることなく、陣内は心中で述懐した。
(「好きなものを好きなだけ描く。好きな人の『ここが好きだ』と主張する。それをどうやったら抑えられるっていうのか、俺が訊きたいね」)
「まあ、私は――」
 イサギは陣内から離れて、瑪璃瑠の横に戻った。
「――玉さんの絵、好きだけどね」
「……」
 陣内は無反応。聞こえていないのか。聞こえていない振りをしているだけか。
「兄様は、たまにいの絵が好きというよりも――」
 瑪璃瑠がにっこり笑い、義兄を見上げた。
「――絵を描いてるたまにいが好きだったりして」
「……」
 イサギは無反応。聞こえていないのか。聞こえていない振りをしているだけか。

「ふうん。そんな風に見えるんだ?」
 イサギと同じ呟きをアガサが漏らした。
 視線の先にあるのはヴァオの絵だ。その代物を『絵』と呼べるかどうかはさておき。
「なーにが言いたいんだよぉ?」
 ヴァオが振り返って睨みつけてきたが、アガサは動じる様子も見せず――、
「――フッ」
「鼻で笑うな! はーなーでーわーらーうーなぁーっ!」
 半泣きになって駄々っ子のように手足をじたばたさせるヴァオ。
 彼の泣き声兼怒鳴り声が響く中、なにも聞こえないような顔をして、冰が静かに言った。
「完成」
 そして、あすかの似顔絵が描かれた画用紙を皆に見せた。
「私もできました」
 と、慧子も絵を皆に見せた。こちらに描かれているのはイリスだ。
 そのイリスが感嘆の声をあげた。
「わー! 二人とも、お上手ですね」
 慧子の作品の出来はさして良くなかった(それでも、虚ろな彼女の幾許かを埋めることはできただろう)が、絵心のないイリスは本気で感心していた。
 一方、『3DCADとは勝手が違う』とこぼしていたはずの冰の作品は慧子のそれよりも完成度が高かった。防具特徴の『ゴーストスケッチ』を併用したからだが。
「うむ。我ながら、悪くない。現在の冰にとっては小さな一歩だが、冰の人生にとっては大きな飛躍」
「はいはい」
 いささか大袈裟な冰の言葉に苦笑混じりに頷きながら、あすかが鉛筆を手に取った。
「さて、今度は僕が描く側に回るぞ」
「じゃあ、アルは描かれる側になるわ!」
 アルナーが元気一杯に叫ぶ。
 慧子や冰と同様、彼女も似顔絵を完成させていた。
 イーゼルに乗った画用紙の中で、デフォルメ調のイヌマルが大欠伸をしている。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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