いかるの誕生日~ここはとあるアイランド

作者:あき缶

●暑うおますな
 汗をだらだらかいた香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)が、ヘリポートにやってきた。
「あっつ! 暑ない?! 六月ってこんな暑かったっけ?!」
 手に持ったメモ帳でウチワのように扇ぎながら、いかるは言う。
「あ、ケルベロスの皆、いつもお疲れ様やで。こう暑いと初夏やけどもう夏のバカンスしたない? 僕、今日が誕生日なんやけど、まぁ自分にご褒美というか……そう別にご褒美もらうようなことはしてへんねんけど、生誕祝ということで、沖縄の無人島を一日借りてるんよ。一緒に行かへんか?」
 無人島、つまりプライベートビーチである。泳ぐのに最適な白砂とエメラルドグリーンの海が自慢とのふれこみだ。
 島自体は、周囲を歩いても三十分くらいしかかからない小さなもので、砂浜の奥にはヤシの木がメインの森がある。
 生き物は鳥や虫程度しか居ないが、周囲の海は熱帯魚やサンゴ礁など見事な楽園ぶりだそうだ。
 借りている間は、島の資源(果物とか木々)は自由に使っていいそうで、きちんと始末さえすれば火の使用も可能。周辺の海で採取した魚介も調理していいという。
「ちょっとしたスローライフっていうやつ? 僕はハンモックでも持っていってダラダラ昼寝兼日光浴でもしよかなと思ってるけど、皆は泳ぐなり探検するなり、自由にしててくれてええよ」
 周辺に街の明かりはないので、夜には美しい星空も望めるだろう。


■リプレイ

●降り立つは白砂
 梅雨の晴れ間、真っ青な空に爽やかな潮風が通り過ぎ、燦々と日光が白い砂を照らす。
 ヘリオンから降り立つなり、ジェミ・ニア(星喰・e23256)は海に向かって思いっきり背をそらして伸びをすると、
「エトヴァ、こっちこっち!」
 と相方を呼んで手を振って、エメラルドグリーンの海めがけて走り出した。
「……解放的な海と空デス。素敵なバカンスですネ」
 と目を細めて潮風で髪を揺らしていたエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は、呼ばれて笑顔で彼の後を追った。
 今日はエトヴァがジェミに水泳を教えてあげる約束だ。
「僕、泳ぎ微妙なんだよね。まっすぐ進まないの、何故!?」
 首をかしげるジェミに、エトヴァは見本を見せてみる。
「まずハ、両足の親指ガ、軽く触れあうようにバタ足デス。そしテ、手の動きはこのように……」
 少し離れた場所では、愛らしいピンクの水着にパーカーを羽織ったリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)が、
「うりるさん、見て!お魚さんが見える!」
 海にはしゃいでパシャンと水を空に投げ上げていた。
 愛らしい仕草に顔をほころばせ、ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)は、
「奥さん、もう浮き輪は必要ないの?」
 とからかってみた。
「だいじょぶ! ここ足が付くもん」
 と頷くリュシエンヌだが、二人の視界に映る白い砂浜にはパンダの浮き輪が出番を待っていた。
 浮き輪の向こう側で、さくさくとミミック『相箱のザラキ』の鳥のような足が砂に矢印型のスタンプを残していく。
「スケールでデカいですね!?」
 ザラキの少し後ろを付いていきながらイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は、香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)の手配でケルベロス専用となった無人島を見回し、自然いっぱいの空気を胸いっぱいに吸い込んだあと、感嘆の息を吐いた。
「島自体は結構ちっさいけどなぁ」
 昼寝を決め込むべく折りたたみベッドを木陰に設置しながら、いかるが苦笑する。
「いやいや、島を借りるという自体がスケールデカいですよ。いかるさん、誕生日おめでとうございます」
 イッパイアッテナは、ベッドの設置を手伝ってやりつつ、いかるに祝いの言葉を述べた。
「そうそう。無人島を貸し切りとは豪気っスよ。いかる、俺からも誕生日おめでとうっス!」
 ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)が二人のやり取りに加わってきた。
「澄んだ海、白い砂浜! そしてここは沖縄……ということは!」
 ハチが目を輝かせ、拳を握るので、いかるとイッパイアッテナは顔を見合わせ首をかしげた。
「ということは?」
 いかるが尋ねると、ハチは鼻息荒く言ってのけた。
「ちんすこうの生る樹とかも!! あるはずっス!! というわけで早速探検っス! いかる、付き合ってもらえるっスか?」
 と森を指差すハチに、いかるは肩をすくめて微笑むと、
「ほな、ちょっと行ってきますわ」
 イッパイアッテナに手を振って、島の中心部に突き進むハチの後を追った。
「はい、お気をつけて。さて、こちらも昼寝の場所を探しましょうかね……」
 イッパイアッテナは二人を見送ると、のんびりとまた浜を歩き始めた。
 遠くでは、泳ぎ疲れたウリルとリュシエンヌがハンモックに揺られて、寄り添いながら眠気に誘われている。
「ああ、気持ちいいね……夜は満天の星が綺麗だろう……な……」
「ね……連れてきてくれて、ありがとう。だいすきよ?」
 リュシエンヌの声は、ウリルの夢うつつに幽かに届いた。

●緑いっぱいの冒険
 白い砂浜に囲まれた島だが、中心部はちょっとした熱帯雨林のようになっている。
 ひらひらと飛んでいく美しい蝶を眺め、高瀬・誠也(地球人の光輪拳士・e69824)が本土とは少し違う自然を楽しんでいると、わあわあと声が聞こえてきた。
 振り向けば、
「うーん、見つからないっスねぇ、ちんすこうの木。いやいや、まだ諦めないっスよ! 今日の主役に採れたてちんすこうを食べてもらうって決めたんスから」
 と一本一本樹木を調べるハチと、苦笑まじりに、
「ええよ、気を使ってくれんで。お気持ちだけ有り難くいただくやんか」
 となだめるいかるが歩いてきていた。
(「ちんすこうは、果物のように植物に成るものだったか……?」)
 誠也が怪訝に思っている間に、二人は通り過ぎていった。
 しばらくの探索の後、ハチ達は元の場所――つまりいかるの折りたたみベッドのところまで戻ってきていた。小さな島なので、隅々探索したってあっという間だ。
「くっ……修行不足の極み……!」
 がっくり膝をつくハチを、いかるは慰める。
「この島には生えてないんやろなぁ」
「むむ……そうかもしれないっス。悔しいっスけど、代わりにこれを受け取ってほしいっス! チョコがけちんすこうっス!」
 ハチはバッグから箱を取り出した。
「買ってきたやつっス! いつかいかるに採れたてちんすこうを食べてもらえるよう、もっと鍛錬に励むっスよ! でも、自分はもうちょっと粘ってくるっス! いかる、お付き合いに感謝っス。じゃ!」
 修行修行とハチはまた島の真ん中へと走っていった。
 元気やなぁと、彼の背を眺めたあと、ようやくいかるはベッドに寝そべった。
「誕生日おめでとう、香久山。共にハイテンションで、ほんわりダラダラしよう」
 いかるの隣の木のハンモックで、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が『南国リゾート殺人事件~嘆きのファイヤーダンス~』という文庫本を読みつつも、いかるに声をかけてくれた。
「いかるさん、お誕生日おめでとうー。僕らフルーツパンチ作ってるから、喉が渇いたら声かけてねー」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が通りがかって、いかるに材料になるのだろうスイカを掲げて見せた。
 ウォーレンの後ろをビール缶を持って付いてきていた美津羽・光流(水妖・e29827)は、
「暑! ……あ、アロハシャツ拾ってんけど俺には少し小さいねんな。折角や、千梨先輩着とき」
 とハンモックにアロハを置くなり、千梨の近くの木陰に腰を下ろす。
 ぐび、とビールを飲んで、光流は、
「ザ・南の島の潮風に吹かれながら呑むビールは、少々温くても甘露や。な?」
 と、もそもそアロハに着替えている千梨に話しかけた。
 千梨は無表情に返事をした。
「うむ、バカンスだなあ。テンション上がるな」
 そして、のそのそと起き上がり、浜辺でスイカをくり抜いているウォーレンの手伝いをしに向かう。
 ウォーレンは砂浜で火を熾して白玉団子を茹でていた。
「お。お手伝いか……ってあかん。レニ、ほっといたらこのビーチでカフェを開店する勢いや。止めるで」
 光流も、腰を上げて千梨のあとを追いかけていく。

●夕日に染まる大海
「セクシーでキュートな美女同伴だよ! どうだい似合っ……!」
 笑顔で大きく手を広げ、中に着てきた水着を見せつけるロイス・メーガン(ギフテッド・e77763)をロコ・エピカ(テーバイの竜・e39654)は無表情に見上げた。
「美女? そうだね、残念なところが可愛い美女だよ」
 淡々と頷くロコに、ロイスは地団駄を踏む。
「ちがうそうじゃない!」
「水着? なるほど、海で食料を獲ってきておくれ」
 ロコが見送るように手を振るので、ロイスは困惑を隠せない。
「え、泳がないの? え、僕がご飯獲るの?」
「泳がないよ。暫く木陰で涼んだら、浜で火を起こしておくから。お腹が空いたら戻っておいで」
 ロコの返答にロイスはナルホドとうなずき、
「仕方ないなぁ! 任せろ!」
 網とモリを手に、ロイスは海へと飛び出していった……。
 ……という経緯があり、ロコは焚き火を前に、水平線に沈もうとする太陽をぼんやり眺めているところ。ちなみに、調理はロイスに任せるつもりだ。
 そこに網いっぱいに魚介を採ってきたロイスがざばざばと波を踏み分け、帰ってきた。
「ただいまぁー! 綺麗な海だったよ! 頑張ったからご褒美欲しい!」
「ああ、おかえりロイス、楽しかったかい。……褒美と言われても」
 ぼんやりと彼女を迎えたロコは周囲を見回すと、手頃な石を拾って、ロイスに渡した。
「無人島の石……」
「雑すぎィ! せめて貝殻だろぉ!? ……まあいいや、ご飯ご飯!」
 石をしまいこみ、ロイスが焚き火にかかった焼き網に魚介を並べていく。
「いや、捨てなよ」
 ロコの呟きはロイスに届かなかったようだ。
 ひょいひょい渡される焼けた魚や貝を食べ終え、ロイスはロコに笑顔で尋ねる。
「どうだいロロくん、気分転換になったかな!」
「……うんまぁ、ありがとう。気に掛けて貰えるのは嬉しいよ」
 気落ちしているロコをグイグイ引っ張ってきたロイスは、ニッと笑った。
「あんまり無理するんじゃないぞー、心の隙間につけこむぜ?」
 ロコはそっぽを向いて、腰を上げた。
「さて、後片付けを始めようか」
 ロイスも慌てて立ち上がる。
「あっ、露骨な無視やめて! 後片付けもちゃんとするから!!」
 夕日はケルベロスの影を黒く長く伸ばしていく。
 出来上がったフルーツポンチを堪能していたウォーレンは突然言い出した。
「キムジナーさん探したいなー。隅から隅まで探せばきっと会えるって僕は思うんだ」
 お相伴に預かっていたいかるがギョッとする。
 少なくともハチと森を歩き通したが、そんなものは見なかった。
 暑さも吹き飛ぶ清涼感だ、とフルーツポンチを食べていた光流が、いかるの焦りを知ってか知らずか、
「……ここでのんびりしてても 会いに来てくれるんちゃうかな。それっぽいのやったらもうおるし、な?」
 と千梨の方を見つめる。
「そっかー、フルーツパンチを食べに来てくれるかもだね。もう近くに来てたりしないかな……?」
 ウォーレンも光流の視線を追いかけ、一点を凝視した。
「? ……キムジナー?」
 二人の視線を受け、千梨は自分のアロハの胸元に『キムジナー』と名札がついていたことに気づく。
 このアロハの出処を不思議に思いつつも、自分の髪が赤に近く、妖精だからだろうか、と思いを巡らす。
「千梨さん……そうだったんだ?!」
「南国は不思議な所だなあ……」
 ウォーレンのキムジナー捜索が解決したことに光流は笑顔で頷く。
「のんびり乾杯と行こや。キジムナーとそれからいかる先輩に乾杯!」
 四人はフルーツポンチのカップを改めて掲げた。
 一方、反対側の砂浜では、楽しい水泳教室をお開きにしたジェミが、
「先生、お疲れ様でした」
 クーラーボックスから取り出した缶ビールをエトヴァに投げ渡す。
「ふふ、ありがトウ。君も泳ぎ、上手でしたよ」
 カシュッと小気味の良い音を立てて開栓したビールを、二人並んで夕日を浴びながら、乾杯。

●闇に満天の星々
 零れ落ちそうなくらい、空にぎっしりと星が輝く夜。砂浜には美味しそうな肉や野菜が焼ける匂いが漂っていた。
「よーし、焼けたぞ!」
 とかりゆしファッションで決めた巽・清士朗(町長・e22683)は串に刺さった牛肉や玉ねぎ、ピーマンを差し出す。
 皿にそれを受け取るエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は、しれっとピーマンを避けた。
「BBQ奉行・清士朗さんの安定の手捌き、何度となくご馳走になってきた私達も慣れたものよね」
 清士朗と揃えたかりゆしシャツを着た君影・リリィ(すずらんの君・e00891)は、おにぎりを網に乗せて、焼きおにぎりを作る。
 昼間に思いっきり島で遊んだエルスは少し疲れから眠気に襲われたようで、
「あっつ!」
 焼き立て食材に目を覚まされ、ふーふーと肉に息を吹きかける。
「あららエルスさん大丈夫!?」
 冷えたジュースをエルスに渡すリリィの横で、
「沖縄そばを焼いたのも美味いらしい、さ、食べてご覧。いかるも皆も遠慮せずに」
 清士朗は通りがかったいかるに皿を差し出す。
「いかるさんも熱いから気を付けてね?」
 リリィにも声をかけられ、いかるはお礼を言って慎重にそばをすすった。
 水面には見事な満ちた月が揺れている。
「はわ~…少し生き返った気がするの」
 エルスがぼんやりと海を眺めている隣で、
「いい夜だ。やはり本場で飲むビールは格別」
 満足気に酒を飲む清士朗。
 彼の背を見つめ、リリィは独りごちる。
「…………もう何処へも行かないわよね?」
 清士朗は知らぬ彼女の呟きを、エルスだけは聞いてしまい、ちらりと清士朗を見やる。
(「まあ行くなら行くって、どこでも地獄でも付き合っていくわ」)
 穏やかな波の音と、熾火が爆ぜる音だけが三人を包む。
 バーベキューを頂いたあと、くちくなった腹を撫で撫で、いかるは折りたたみベッドに寝そべっていた。
 寝転んで、星を見るともなく見れば、心は自然と満ち足りていく。
 するとニュッといかるの視界にオラトリオの女性が映った。
「イカル、ハウオリ・ラ・ハナウ!」
「うあ! ……えっと」
 驚いて飛び起きたいかるに、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は、
「『お誕生日おめでとう』って意味だよ。こういう小さな南の島って故郷を思い出すから大好き! 誘ってくれてありがとうね」
 と礼を言って走り去る。
 上手くいった悪戯にくすくす笑いながら、マヒナはしばらく走ったあと、足を止めた。
 寄せては返す海の音と、草むらから虫の声が聞こえてくる。
「故郷にいた頃はこんな風に時間がゆっくり流れてて一日がとっても長かったな」
 日中は海で泳いで、浜でのんびりと昼寝をして、夕暮れには夕日を懐かしく見送り、夜は海の上に浮かぶ月を静かに眺める暮らし。
「……帰りたいなぁ」
 思わずマヒナは、ぽつんと零した。
 ――ケルベロスとして戦いばかりの毎日から抜け出して、あの穏やかな日々に戻れたら……。
 しかしマヒナは首を横に振った。
「ううん、でも……まだまだ頑張らないとね、アロアロ」
 彼女のシャーマンズゴーストは何も言わず、ただマヒナに寄り添った。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月14日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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