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「オーダーメイドできる指輪屋さんを見つけたのでありますが、一緒に行きませんか?」
小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が、集まったケルベロスたちへ語りかける。
「そのお店の目玉はベビーリングでありまして、『手持ちの指輪そっくりのベビーリング』を造ってくれるオーダーメイドサービスが人気なのであります」
ベビーリングとは、その名の通り赤ちゃんの指へ嵌めるのにぴったりな大きさのリングで、実際に親が子どもの出産記念として誂える他にも、誕生石を填めたベビーリングをネックレストップとして身につけたりするそうな。
「元々大切に嵌めている婚約指輪や結婚指輪がそのまま小さくなったようなベビーリングを造ってもらえるって、とても素敵だと思いませんか?」
お気に入りのペアリングやファッションリング、それこそ御守りがわりにつけている指輪など、ベビーリングの元になる指輪は何でも構わない。
「もちろん、今まで指輪をつけたことがなかったり、お仕事上や体質などのご都合て指輪を気軽に嵌められないこともありましょう。そんな場合でも——いえ、そんな場合なればこそ、首からネックレスとして提げられるベビーリングを単体でお造りなさるのもよろしいかと存じます」
本物の指輪と同じデザインのベビーリングを一度に注文しても良い。
各々で填める宝石を変えてみるのも面白いだろう。
「ではでは、皆様のご参加を楽しみにお待ちいたしておりますわ」
そう説明を締めくくって、かけらはぺこりと頭を下げた。
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アクセサリーショップ。
「あ、カケラ、ハウオリ・ラ・ハナウ!」
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は、友人の姿を見つけてにこやかに声をかけた。
ハウオリ・ラ・ハナウ——ハワイ語でお誕生日おめでとうという意味だ。
「ありがとうございますマヒナ殿」
「こちらこそ、ステキな指輪屋さん見つけてくれてありがとうね」
小檻に挨拶した後、マヒナは店員からオーダーしていたベビーリングを受け取る。
いつも嵌めている婚約指輪をそのまま小さくしたようなベビーリングで、キラキラと煌めくメレダイヤが確かな存在感を放っている。
ちなみに婚約指輪は『Ring "come up roses"』という金色のフルエタニティリングである。
「わぁ……ほんとに婚約指輪が赤ちゃんサイズになったみたい」
思わず左手の薬指に輝いている指輪と見比べながら、感嘆するマヒナ。
「フルエタニティだからネックレスにしても映えそう、お揃いでつけようかな?」
ぐるりと連なるダイヤの輝きにうっとりと目を細めて、ベビーリングの使い道へ思いを巡らせた。
(「マリッジリングはどうするかまだ全然決まってないけど、ほんとに結婚したら嵌めるのはマリッジリングになるかもしれないから、こうやって分身を残しておくのもいいなぁ」)
そう思案するマヒナだが、華やかさとシンプルなデザインを兼ね備えたフルエタニティリングなら、マリッジリングとの重ねづけもしやすそうではある。
「それに……もしも将来赤ちゃんできたら、その子に贈ったりもできる、かも」
ネックレスチェーンに通したベビーリングは、実際小指の爪ぐらいの小ささで、マヒナの思考が自然と赤ちゃんのことへ向かうのも無理はない。
「……なんて、気が早すぎるよね!」
それでもやはり気恥ずかしいのか、思わずひとりツッコミするマヒナであった。
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一方。
「かけらさんと遊ぶのも久しぶりな気がしますね」
「ご無沙汰いたしております」
五十嵐・奏星(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e36390)は、小檻へプレゼントするつもりでベビーリングを注文していたらしい。
「今でも好きですし」
そもそも彼氏いるであります、と口を尖らず小檻を意に介さず、奏星はマイペースにベビーリングを差し出した。
「どうですか。ダミーリングと似ています?」
「あ、ほんと。そっくりそのまま小さくしたみたいでありますね」
小檻が、左手につけてきた指輪と見比べて笑顔になる。
奏星がオーダーメイドしたベビーリングは、丁度今から2年前に小檻へ贈ったダミーリングを模したもの。
しかも、華やかなテーパーバケットダイヤモンドもそのままに、同じデザインでネックレスとブレスレットを一緒に頼んでいたという。
「恋人にはなれないのが残念ですが、ネックレスとブレスレット、受け取っていただけますか?」
それはそれでダイヤだけをタダ取りするような——と躊躇う小檻だったが。
「ひゃん!?」
奏星がすかさず左手を小檻の胸へと伸ばしたため、うじうじ悩んでいる暇などない。
遠慮なく胸を揉みしだく手指も恐ろしいが、それが片手だという事実が何より小檻を焦らせた。
空いた右手をどこに滑らせるかなんて、今までの奏星の行状からして、わからないはずもなく。
「受け取っていただけますか?」
奏星がもう一度笑顔で繰り返す。
「わかりましたわかりました、ありがたく頂戴するであります」
「それはよかった」
「このダミーリングに家族が増えて、嬉しいでありますし」
「それはよかった」
「ひっ……ちょっと! 受け取ったんだからもう離し……どこ触ってるでありますか!?」
慌てる小檻だが、奏星は相変わらずマイペースにセクハラへ勤しんでいる。
「受け取ったら離すだなんて、一言も言ってませんよ?」
「あっずるい!」
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他方、こちらはララティア乳業の面々。
「チロ、おじいちゃんにこのお洒落な首輪を貰ったでな~」
「ふんふん」
チロ・リンデンバウム(ゴマすりクソわんこ・e12915)は、小檻相手に宝物の首輪を見せていた。
「超お気に入りで、出掛ける時にも着けようと思っておったんじゃが、何故かお店に入るために人間形態になると、首がグエッとなってだな……」
「苦しそう……」
良い話だと思って聞いていた小檻の顔が、微妙に蒼ざめた。
「そのたんびに近所の人から『もしもしポリスメン?』されるで、違ったもので代用出来ないかと、探しておったのじゃ」
結局、全体的にはほんのり良い話風味ではあるものの、さっさと代用品を見つける必要に迫られているのも事実。
「……にしても、何で首がグエッてなるんかのう? お店に結界でも張られとるんかな……?」
「ヒント、『犬』用の首輪……って言うところでありますかね、これ」
ともあれ、チロはそのお爺ちゃんに貰った首輪を模した、赤い革製のミニチュアリングを店員から受け取った。
材質もそのままに、大きさだけ小指サイズになった首輪へ鎖を通し、ネックレスになっているので、首を絞めつける危険もなく安心安全である。
「ンーフー」
「わぁ、可愛い。よくお似合いでありますよ」
早速ネックレスを首にかけて、満足げに鼻を鳴らすチロ。
その隣では、
「はい、それではこちらが完成したベビーリングネックレスです!」
ルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)も、ネックレスを手にドヤ顔していた。
「そろそろかけらさんのお誕生日だと思って、水面下で準備を進めてきた甲斐があったんだよ!」
「あら嬉しい。覚えててくださってありがとうございます」
ルルの気遣いへ礼を言う小檻だが、実際のところは、
「貯めに貯めたテスト100枚を闇に葬るチャンス! リングの材料は持ち込ませて貰おうか!」
と、決してわざわざ準備したわけでなく、自然と溜まっていたテストの証拠隠滅を目論んでいただけらしい。
——否、テストが自然と溜まるわけがない。点数が点数なので言うに言えないパターンが常態化しているのだ。
「無理? 不可能?」
ともあれ、悪い点のテストをうまく隠そうとしたルルだが、当然簡単にはいかない。
「否! 無理を無理とせず、不可能を可能にする、それが地獄の番犬・ケルベロス!」
テストの隠蔽なぞにケルベロスの矜持を懸けないで欲しいものだが。
「まずは用意したテストを……こう、力任せにねじ込んで、ベビーリング状に……」
それでも、自分でベビーリングを作ろうとする気概は見上げた根性かもしれない。
「……ねじ込めないんだよ! ウガァアアアアア!」
もっとも、そんな行き当たりばったりで無計画なハンクラがうまくいくわけもなく、地団駄を踏むルル。
そんな多大な不安要素を抱えたまま、当日を迎えたのだった。
「リングの総計、なんと100個!」
遠目には太いチェーンにしか見えないが、その実、100個ものベビーリングがじゃらじゃらと連なって、鎖のようになっている。
「職人さんが微妙な顔してるけど、気にしない!!」
きっと一気にベビーリングを100個も作らされて疲弊しているに違いない。
早速首に着けようとするルルだが、
「ぐぇっ……息が……!」
鎖の長さに対して通したベビーリングの数が多過ぎたのか、ばたりと卒倒してしまった。
「だから何でお前らは目を離すと変な練成儀式を始めるんだよ!」
これには、マリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)が青筋立ててブチ切れるのも致し方ないといえよう。
「お題に沿ってボケ続ける大喜利か何かと勘違いしとんのか!」
傍観者の小檻含め、その線は強い。
「そっちの犬! これを機に、公衆の面前で犬用首輪付けて『苦しい―! 息がー!』とか叫ぶのやめろ!」
どうやらそれがもしもしポリスメン事件の真相のようだ。
「通報されるたびに注意受けるの、保護者の私なんだよ!」
マリオンにとっては甚だ迷惑な話である。
その上、日頃からこれ以上の迷惑を物理的精神的問わずに被っていることから、ポリスメン案件であろうとインパクトが薄れている辺り、実に哀しい。
「それとちびっこ! 様式美で無理にテストを使うんじゃない!」
ともあれ、マリオンのキレッキレのツッコミは止まらない。
「闘犬のしめ縄みたいになってるでしょうが! 今度はこっちで警察呼ばれるわ!」
確かにテスト用紙の白さが目立つ——これはルルの無記入もとい白紙のせいもあるかもしれない——ベビーリングの束は、細めの注連縄に見えなくもない。
さて。
「見て下さい姐さん! 俺と姐さんの思い出の品・ダブルリングハンドカフスを、可愛いミニチュアにしました!」
ルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)はやはり満面の笑みを浮かべて、完成品を姉もとい暗黒街の帝王へ見せびらかしていた。
「俺と姐さんの絆を示す、粋なアクセサリーです!」
「……ハナタレ」
大層イイ笑顔で言い放つルイスは、恐らくわざとマリオンの怒りの火に油を注いでいるのだろう。
「片方の輪にこうして鎖を通せば……ほーら素敵なネックレスの出来上がり☆」
「ハナタレ!!」
「これで周囲の視線も独り占め! ヤッタネ!」
「思い出のダブルリングカフスって、これ完全に手錠じゃねーか!!!」
ずっとブルブルと肩を震わせていたマリオンが、みたびブチ切れるのも当然の成り行きであった。
「材質は高級感溢れるホワイトゴールドなので、パーティ使いにも最適!」
ルイスの言う通り、手に掲げ持った手錠——ダブルリングカフスは、白く上品に照り映えている。
「その筋の人々が集まる会合でも、国家権力なんざ物ともしねえわって姐さんの気概を示せます!」
「確かにそっちの犬のせいで国家権力に呼ばれたけど、あくまで任意同行だからな!」
逮捕まではされてねーわ! マリオンの鋭いツッコミが光る姉弟漫才は今日も健在。
「ただ、今回注文制作なんで、火薬は仕込めなかったんですよ。カスタマイズはご自身でオナシャス!」
「ネックレスに火薬仕込んでどうすんだこのバカキノコ!! ただの自爆にしかならんし、首輪に爆弾仕込まれる重罪人でも反逆起こしそうな危険人物でもねーわ!!!」
——ゴスゥッ!!
しまいには、滔々とボケ続けるルイスへとうとう手刀を浴びせるマリオン。
「というかこれ、地味にデザイン性高くね? やっぱ俺って才能有るわハッハー」
とはいえ、姉の暴力程度ではめげないルイスなので、自画自賛を続けている。
「うんうん、お2人ともとてもよくお似合いでありますよ」
「「あ、かけらたん、お誕生日おめでとー!」」
そして、いつのまにか会話へ紛れこんでいる小檻を皆が祝う中、
「あ、かけらさん……お誕生日おめでとうございます……」
ツッコミ疲れてぜえぜえと肩で息をしているマリオンが気の毒だった。
「ありがとうございますっ、また今年も皆さんの大喜利やドツき漫才が見られて嬉しいでありますよ」
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「ベビーリングって初めて知ったけど、出産記念に誂えるって素敵な習慣だね」
クレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)は、ベルベットの敷かれたショーケースに居並ぶリングを眺めながら、素直に感嘆していた。
「俺達もいつか子どもが産まれたら作りたいね?」
などと、屈託のない笑みを浮かべて振り返るのも、マイペースな彼らしい。
「記念物はいいよねぇ」
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)も、夫の感想へ頷いていたが、唐突に振られた話の内容が内容だっただけに、
「こど!? ……ぁ、うん……そう、だね」
恥ずかしさで真っ赤になった顔を、思わず両手で覆った。何を想像したかは推して知るべし。
「今回は、俺達の結婚指輪に『家族』をイメージした要素を追加したのが欲しくてお願いしたから……」
そんなルティエの照れを察しているのかいないのか、注文したベビーリングの話題へ移るクレーエ。
既に夫婦な2人なればこそ、結婚指輪を元にオーダーメイドしたベビーリングは、
『シンプルなシルバーの指輪に、お互いの目の色をした猫の要素をプラス』
『アクセサリーと言うよりは並べて飾って楽しめる趣』
というもの。
(「なんてわがままだったかなぁ?」)
2人の記念に、そして妻ルティエに喜んでほしくて一所懸命考えたであろうクレーエは、完成したベビーリングを受け取る当日になっても、心配が尽きぬようだ。
(「奥さま、たしか首周りのアクセ苦手だったからこんな感じにしたんだけど」)
だが、そんな夫の気遣いが形となって2人の前へ現れた瞬間。
「わぁ、すごい……」
妻の藍色の瞳が、感激にキラキラと輝いた。
事実、Ein unbefristeter Vertragを精巧に模したベビーリングには、それぞれ糸のように細いアームと同じ銀色の猫の、まるで綱渡りをするような風情でしなやかに歩く姿が乗っかっていた。
青い眼の雄猫も藍色の瞳の雌猫も、細い手足をピンと伸ばし、長い尻尾を上向きに揺らして、指輪を2つ並べると機嫌良さそうに顔を近づけあって寄り添っているように見える。
「こんな小さいのに細かく細工がしてある」
受け取ったリングを何度も何度も眺め眇めて、ルティエは嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせている。
「……喜んでくれてよかった」
ホッと胸を撫でおろすクリーエ。
(「私が首回りのアクセ苦手だからって配慮してくれたのも嬉しい」)
言葉に出さなくても、彼の気遣いが自然と妻に伝わっているあたり、流石夫婦である。
「この間作ったテディベアにつけても良さそうだね!」
隣のクレーエを見上げて、満面の笑みを浮かべるルティエ。
「テディベアに付ける発想はなかった! それいいね!」
その提案にはクリーエも大賛成で、楽しそうに会話を弾ませながら店を後にする2人。
(「ほんとは『家族』分欲しかったけど……」)
無類の猫好きなクレーエは、ついつい家族——家で留守番している猫たち——を思い浮かべて、後ろ髪を引かれる思いだったが。
「ふふ、またここにベビーリングとか色々お願いしに来れたらいいね」
そんな名残惜しさを察してか、或いはベビーリングのおかげで来店時よりは気持ちが解れたのか、ルティエが優しく声をかけてくれたので、
「うん、また来ようね!」
クリーエも彼女に負けないぐらい嬉しそうな笑顔で応えたのだった。
作者:質種剰 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年7月10日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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