メリュジーヌ奪取戦~熱望と詐謀の狭間

作者:朽橋ケヅメ

「やあ、来てくれて嬉しいよ」
 読みかけの分厚い書物を閉じ、胸元に抱えた少女――オリネ・フレベリスカ(アイスエルフのヘリオライダー・en0308)は、集ったケルベロス達へと微笑み、そして口を開いた。

●メリュジーヌ奪取戦
「早速だけど、攻性植物に対する最終決戦投票の結果は聞き及んでいるかな」
 ケルベロス達による投票の結果、僅差ながら、大阪城にゲートを構える攻性植物との最終決戦を行うこと、そしてエインヘリアルのベルンシュタイン伯爵との取引を行わないこと、が決まった。
「取引というのは、伯爵が持つ『妖精8種族・メリュジーヌのコギトエルゴスム』と、我々が手に入れた『磨羯宮ブレイザブリク』との交換、という話だけれど」
 その申し出を断って攻性植物との決戦に臨むとなれば、エインヘリアルがその隙を衝いて攻勢を掛けてくる可能性は高いだろう。
 ならば。
「ただ断るんじゃなくて、この機会、この交渉の場を利用してやろう、というわけさ」

 ベルンシュタイン伯爵が持参したメリュジーヌのコギトエルゴスムは、配下の軍勢が分散して所持しているという。
 だから、交渉に現われた伯爵を倒すことができたとしても、コギトエルゴスムをまとめて奪取するのは難しくなる。
「そこで、みんなには伯爵と取引を成立させてほしいんだ。……正確には、成立させた振りを、ね」
 首尾良く進めば、伯爵はコギトエルゴスムを携えた軍勢とともにブレイザブリクへ向かって来るだろう。
 そしてそこには、ケルベロス達の別働隊が待ち構えている。
 そう告げたオリネの口元は微笑を湛えたまま、けれど目には鋭い光を宿し、ケルベロス達を見渡す。
「ああ。騙し討ちを、するよ」

 とはいえ。
 ケルベロス達があまりにも素直に取引に応じてしまっては、これが罠だと見破られるだろう。
「相手はエインヘリアルの貴族社会で、虚々実々の駆け引きを生き抜いてきた伯爵様、だからね」
 オリネは抱えていた書物を卓上に置き、ローブの中から手帳を取り出して繰る。
「ベルンシュタイン伯爵は、先の戦いで討ち取った第九王子サフィーロの義父、紅妃カーネリアの父親だ。エインヘリアルから見れば、ブレイザブリクを失陥した上にケルベロス達への内通も疑われたサフィーロ王子の身内とあって、一族もろとも粛清されかねない、かなり拙い立場にあるわけさ」
 ま、内通はこちらが流した偽情報だけどね、と首を振る。
「だから、伯爵はこの取引に一族の命運を懸けているんだ。ケルベロスと交渉してでも、ブレイザブリクを奪還したい……更には亡きサフィーロ王子への疑いを晴らし、疑いをかけたホーフンド王子の勢力に反撃したい」
 伯爵が取引材料としたメリュジーヌのコギトエルゴスムは、第二王女ハールから譲り受けたもので、交渉相手であるケルベロス達にとってどれ程の価値を持つものか、伯爵自身も計りかねているようだ。
 それでも、他に切れる手札のない伯爵は、ハール王女の情報通り、この宝石がケルベロス達との交渉の切り札となる――という希望的観測を抱いて、交渉に臨もうとしている、のだろう。

●熱望と詐謀の狭間
「相手が信じたいことを、信じさせる……つまり、ケルベロスはブレイザブリクと引き換えにしてでも、本気で、メリュジーヌのコギトエルゴスムを一つでも多く手に入れたいのだ、と信じさせられたら――この詐術、勝ち目があると思うんだ」
 本気で、という言葉をオリネは強調する。
 それが、このメリュジーヌ奪取作戦の成否を――さらには大阪城の攻性植物との決戦の行方をも、左右するのだという様に。
「清々しい戦いとは言えないけれど――」
 語るべきを終え、畳んだ手帳を懐に仕舞うと、オリネはため息のように深く一呼吸、そして小さく首を傾げる。
「皆で選んだ道だ、引き返すなんて言わないね?」
 ケルベロス達を見渡し、そして微笑み、頷いた。
「なら、しっかりとみんなを送り届けよう。どうかご武運を、ね」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
立花・恵(翠の流星・e01060)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
浜本・英世(ドクター風・e34862)
ケイト・クゥエル(セントールの鎧装騎兵・e85480)
サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)

■リプレイ

 東京都八王子市――焦土地帯の一角にエインヘリアルの軍勢が居並んでいた。
「確かに、貴君らだけのようだな」
 兵達を従え、髯を撫でつけてケルベロス達を一瞥する男性が、ベルンシュタイン伯爵――ケルベロスとの取引を申し出たエインヘリアルの貴族だった。
 長躯が身に纏う軍服に無数の勲章が揺れ、その身分と軍功を誇示する。
 そんな威圧感にも感情を表さないように、浜本・英世(ドクター風・e34862)は淡々と応えた。
「此方はあくまで交渉チーム、だからね」
 この場で事を構えるつもりはないことを伝えつつも、害意を見せるなら他の仲間達が黙っていない、と滲ませる。
 水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は注意深く視線を巡らせて周囲を窺い、外套の上から装用した業物の重みを確かめる。
 静かな緊張感の流れる交渉の舞台――鬼人の提案もあって、エインヘリアルの一団に相対するケルベロス達は、その全員がケルベロスコートを纏っていた。
 各人が思い思いの意匠を施しているとはいえ、揃いの外套は、これが正式な交渉だという印象を植える。その上で、あえて武装を見せ、暗殺の企図がないことも示す。
 刃を設えた愛用の大型ハンマーを地面に立てた格好で携えるケイト・クゥエル(セントールの鎧装騎兵・e85480)に、深い夜色の外套を纏う藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)もまた穏やかな物腰を崩すことのないまま、伯爵の一挙手一投足を注視する。
 円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)は傍らのアロンに触れ、いつでも盾としてキアリ達の前に飛び出していけるように無言の指示を送る。
 ――姿は違えど、ここも戦場だからね。

「交渉の提案に対しては、こちらとしても感謝したいな。ありがとう」
 立花・恵(翠の流星・e01060)が丁重な物腰で口を開く。
 親しげな微笑は、相手にどのように映っているだろうか……と、恵は緊張を振り払うように恭しく一礼した。
 伯爵の眉が僅かに上がったと見えるのは、希望的観測か。
「交渉に来たということは、磨羯宮を手放す意思があると考えて良いのだな?」
「……無論、条件次第ですが」
 葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)が重々しい素振りで頷く。流麗に揺れた黒髪が、立葵の着物に仕立てた上衣に映える。
「だが、条件の前に、交渉に至った経緯を改めて訊きたい。そこが不透明だと、安心して取引に臨めないのでね」
 取引に臨む、と英世は言った、その言葉は偽りだ。
「我々は、何をもってしても『磨羯宮ブレイザブリク』を取り戻さねばならないからだ。……一方で、貴君らは妖精どもを集めては復活させているというではないか」
 伯爵が紅い双眸を巡らせれば、セントールのケイトや、アイスエルフのサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)もその見下ろす視線を受けることになる。
 びくりと身を震わせた二人を意に介さず、伯爵は言葉を続ける。
「ならば、磨羯宮と妖精で取引になり得ると考えても、疑念はなかろう?」
 伯爵の問いかけに、恵と景臣は意見を確かめ合うように視線を交わし、肯定を示した。
 だが、その胸に去来するのは、目の前の対話とは別の思い。
 敵対している軍勢とはいえ、交渉に訪れた相手……まして、伯爵からすれば、娘や娘婿を殺したケルベロス達と、敢えて交渉しに来た……と、景臣はどうしても自らの娘を思い浮かべてしまう。
 それを騙し討ちしようというのだから、正義とはかけ離れた行動ではある。
(「本当に、嫌な仕事ですね」)
 それでも、各々の思いはあれど、ただ一つの目的のためにケルベロス達は緊張と友好を装い続ける。

「もう一つ、確認しておきたいのですが……」
 おずおずと声を上げたのはケイトだった。
「妖精八種族の『メリュジーヌ』とは、どんな人達なのですか?」
 伯爵は、同じ妖精八種族であるケイトにしばし目を留め、
「蛇のような連中だろう? 私は譲り受けただけで、使ったことがあるわけではないからな。ハール王女の元で戦っていたのだから、貴君らのほうが知っているのではないのかね」
 それは確かに、とサリナがフォローに入る。
「そういえば、レリ王女の元に居たとき、ハール王女が連れてるのを見たことはあるよ。綺麗だよね!」
 仲間達へ話すようでいて、それ自体が伯爵に対して見せるポーズ。
 情報を得ると共にメリュジーヌへの興味を深めてみせ、取引に前向きな姿勢へと繋げる――というあては外れたが、それも織り込み済みのことだ。
「そうね、わたしは彼女達と交戦して、酷い怪我を負ったことがある」
 話を継いだキアリが、苦い微笑みを浮かべ、
 その時を思えば、内心は複雑な気持ちが渦巻く……でも、皮肉や恨み言だって、彼女達と肩を並べなきゃ零せないのだから。
「正直言って、もう戦いたくないわ」
 想いを仕舞い、代わりにそんな言葉で、取引への興味を示してみせる。
 かごめも、考えたくない、という風に首を振り、言葉を重ねた。
「この場を逃せば、メリュジーヌ達とは再び敵対することになり、仲間にする機会を失ってしまいます」

 ふと、という風に景臣が口を開く。
「一つ、疑問なのですが……あなた方にとって、磨羯宮とは、対立する組織に戦力を譲り渡してでも手に入れたいものなのでしょうか」
 伯爵の苦境を把握しているケルベロス達には自明の問い。だが、これもまた真剣な交渉を装う一手だ。
「無論だとも! 貴君らにその価値は計りかねるのかもしれんが、我々にとっては代えがたい要衝なのだよ」
 伯爵の直言に、かごめは穏やかながらはっきりとした言葉で問う。
「差し出がましいようですが、再び私達が攻め落とすとは考えませんか?」
「ふむ……貴君らはサフィーロ王子から磨羯宮を奪ったのだったな」
 穏やかな口振りながら重い言葉。
 火種になりかねない話題だが、今の伯爵の立場から、みすみす取引を投げ出すことはないと踏み、対話を続ける。
「魔羯宮攻略戦では、サフィーロ王子はこちらの陽動作戦を即座に看破して舞い戻り、最期まで防衛せんと立ちはだかりました」
「部下達も、最期まで王子を慕って戦い続けた。皆、強敵だったよ」
 かごめもサリナも、サフィーロ達と直接に刃を交わした一人だ。
 伯爵にとっては娘婿にあたるサフィーロ。その彼への賛辞を耳にして、伯爵の顔はなぜか曇る。
「だが、奴が敗死した事に変わりはない。その上ケルベロスへの内通まで疑われおって……お陰で我々がどれだけ苦労しているか」
 眉根を顰め、ケルベロス達にも向けることがなかった嫌悪の表情に、サリナは目を見開いて首を振り、
「サフィーロ王子がこちらへ裏切ったなんて初耳だよ! ワタシ達は、王子の軍勢と死神が交戦している隙を衝いただけだ」
「事実より、本国がそう捉えた事が問題なのだよ」
「では、共に討たれたカーネリアさんはどうなるのです?」
 娘と娘婿が護ろうとした魔羯宮を取り戻す動機も伯爵の内にあるのではないかと、景臣は思っていた、なのに。
 サリナの脳裏に、サフィーロの最期の言葉が響く。
「王子は最期までカーネリア様の身を案じていたよ。家族を想う気持ちは伯爵と同じじゃないかな」
 伯爵の浮かべた苦々しい表情は、怒りか後悔か。
「……嫁ぐ先を誤った時に、あれの命運は尽きていたのだよ」
 ――澱んだ場の空気は、実際には僅かの間だったろう。
 かごめが口火を切る、サフィーロの話題が駄目ならばと。
「それに引き換え、磨羯宮への増援を放り出して早々に退却したホーフンド一行が英雄扱いとは、戴けませんね」
「ホーフンド軍とも戦ったけど、指揮官の一人が部下を見捨ててすぐ逃げていたよ。酷い軍だったな」
 サリナも語調を合わせてそう告げた。
 口を揃えてホーフンド軍を貶すケルベロス達の言葉に、伯爵はたちまち我が意を得たりと侮蔑の表情を浮かべ、
「そうだとも……あのような卑劣な連中に陥れられたまま終わるわけにはいかんのだ」
 その口振りは、ホーフンド王子の一派をケルベロス達よりも憎んでいるようにさえ見える。あるいは、それも演技か。

 条件の話に進もう、と英世が頷く。
「『磨羯宮ブレイザブリク』からの、全てのケルベロスの退去。それと引き換えならば、貴兄の所持するメリュジーヌのコギトエルゴスム、全てを一括で譲り受けたい」
 一括で、と強調してみせる。元より相手にそのつもりがあると踏んだ上で、敢えて交渉事のように装う。
 一部のメリュジーヌがエインヘリアルの元に残れば、人質として扱われる恐れがある、と英世は理由づけした。この危惧自体は本物だ。
「この場に持ってきているのよね? 本当なのか、実物が見たいわ」
 周囲を窺い、兵士たちの挙動を観察していたキアリが、興味深げに尻尾を揺らす。
 かごめが身を乗り出して言葉を重ねる。
「取引の申し出の際、全てのコギトエルゴスムを持参したと仰いましたね。偽りはありませんか?」
 ――磨羯宮とメリュジーヌのコギトエルゴスムでは、本来ならば磨羯宮が重すぎて釣り合わない、これは不自然な取引だ。
 だから、ケルベロス達がメリュジーヌ達に執着していると思わせ、この取引に裏がないと装う。
「ふむ、分かった」
 伯爵は短く応え、その場に控えていた数名のエインヘリアル兵を呼び寄せると、兵士達は懐に携えたそれぞれの袋から宝石――コギトエルゴスムを取り出した。
 その輝きが瞳に映ると、景臣は安堵したように目を細めてみせる。
「部下に分散して持たせている。全員の物を見せても構わないが、それが全てのコギトエルゴスムだという証明は困難だ。わかるね?」
 諭すように告げる伯爵。なおも食い下がるような不満顔のキアリ達へ、薄らと苦笑を浮かべつつ、
「ここまで出向いて来て、わざわざ嘘をつく理由があると思うかね……と言いたいところだが、貴君らの懸念は理解できる。……そうだな、私にとっても、目の届く所に全部置いておく必要があるのだよ。本国に置いていては、誰に奪われるか」
 ホーフンド王子とサフィーロ王子の一派で勢力争いがあることは、これまでの経緯や予知内容から窺えていた。だが、そこまで深刻な対立があるのか。
 この事情を交渉に活かせないか――と考えを巡らす英世の耳に、エインヘリアル兵の恫喝が響いた。

「何だその反抗的な目は!」
 掌にコギトエルゴスムを握った兵の一人が、ケイトを睨みつける。
 反応した鬼人が前に踏み出すと、ケイトはその陰に隠れて四つ脚を屈め、震え声を上げた。
「いえ、メリュジーヌ、を……」
 かつての自分達のように、未だエインヘリアルの掌上にある妖精種族、メリュジーヌ。
 彼女達に興味と想いを馳せ、宝石を見つめていたケイトの視線に、自分を睨んだと勘違いした兵士が不快を隠さず舌打ちする。
「妖精どもが……」
 ケイトを、そして隣でやはり身を縮めるサリナを蔑む目――、
「下がれ」
 一喝し、伯爵は片手で追い払う仕草をする。
 萎縮した様子で下がっていく兵士を一瞥して、鬼人は背後に庇ったサリナとケイトへ、気にするなと笑顔を向ける。
「失礼した。経緯はどうあれ、いま貴君らとともにあるその意志を否定するつもりはない」
 伯爵の言葉がどこまで本心かは解らない。何にせよ、伯爵が穏便に取引を成立させることを望むのであれば、それを利用するまでだ――鬼人は伯爵の長躯を見上げ、
「彼女らや他の妖精達も、今は俺達と同じ地球の仲間だ。戦わず、共に生きる術があるなら、それを選ぶのが俺達なんだ。あなた方エインヘリアルとも、この場を足掛かりに、より良い関係を結べればと考えている」
 そうならないことを、鬼人は知っている。
 けれど、その願いは心からのものだ。そうでなくては、見抜かれてしまう。
「関係を結ぶだけならまだしも」
 伯爵は、鬼人の申し出に少し目を開き、驚いた素振りを見せつつ、
「異分子を組織の内部に受け入れれば、軋轢を増す。軋轢は組織の強度を下げる。そこまで妖精に拘る理由は何だ?」
「妖精達だけじゃない」
 ここが正念場と心を引き絞り、恵は伯爵の紅眸を受け止める。
「定命の種族は、意思や知識、技術を未来へと手渡し、繋ぎ続けなくてはならない。だからこそ仲間を尊ぶ――」
 恵の双眸が地球人の、他種族の仲間達へ、そして伯爵の目を確りと見据えて、そう告げた。
「だから、願わくばメリュジーヌ達も仲間として迎えたい。この価値観を理解するのは難しいかもしれないけど、そういうものなのさ」

「……成る程、我々と貴君らでは重んじるものが異なるようだ」
 思いを巡らせる様子の伯爵へ、景臣が恭しく頷いてみせる。
「それでは、我々ケルベロスは磨羯宮を手放し、完全に退去する。そちらは所持するメリュジーヌのコギトエルゴスム、全てを我々に譲り渡す……これで異論ありませんね」
「良いだろう」
 伯爵が簡潔に答えて頷くと、引き渡しの手筈も決めておこう、と英世が告げる。
「伯爵にはメリュジーヌのコギトエルゴスムを携えた軍勢と共に磨羯宮へと向かって頂く。磨羯宮の近くで、ケルベロスの防衛班がコギトエルゴスムを受け取って、磨羯宮を引き渡す……それでどうだろうか」
 同じように承諾した伯爵へと、かごめが礼儀正しく一礼する。
「それでは、私達は先行して、防衛班に引き渡しの件を伝えに参りますので、よろしくお願い致します」

 無事に終わったよ――と、鬼人は首元に提げた木造りのロザリオに触れる。
 キアリはといえば、様々な因縁の末にハール王女を討った戦いのことを思い返していた。
 ――それにしても、ハールの譲ったコギトが伯爵を破滅させるわけね。死んだ後までも……。
「さて、お陰で良い取引が出来た」
 張り詰めていた緊張を緩めて頭を下げる英世に、伯爵は人差指を立て、
「こちらからも一つ、提案がある」
 伯爵が磨羯宮の防衛に着いた後、ケルベロス達が攻め寄せる。
 伯爵はそれを迎え撃ち、軽く交戦の振りをしてケルベロス達は撤退する。
 そうすれば、被害を出さずに、互いに功績を立てることができるだろう、と伯爵は告げた。
「なに、取引のおまけだ」
 英世は内心の困惑を隠して頷く。伯爵にとって、組織とは内部で互いに功績を争っているものなのだろう。
 履行されることのない約束をもう一つ、伯爵と交わした英世は、深々と息を吐く。
 ――この事も、私の罪として記憶しておこう。

 作戦の大成功にも、景臣の肚には重い物が詰まっているようだった。
 伯爵が罠へと足を踏み込んだのは、自分達が賢くて、伯爵が愚かだから、ではないだろう。
 功績を争って激しく対立し、家族ですら切り捨てるエインヘリアルの王族や貴族達と、新たな仲間を迎え入れ、一枚岩とまでは言えずとも、意見を交わし、投票の結果に沿って共に歩むことの出来るケルベロス達。
 この争いが何時、どのような形で決着するとしても、僕達が僕達らしくあるように――そう願いを灯した。

作者:朽橋ケヅメ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月19日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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