メリュジーヌ奪取戦～死翼折衝

■リプレイ

●交渉でお茶会を
　再び東京焦土地帯に現れた、死翼騎士団――ベルンシュタイン伯爵の動きを察知した彼らは、ブレイザブリクを巡る状況がどう動くのか、目を光らせているとのことだった。
「エインヘリアルに対しての共闘……その約束は、私たちだって忘れていないから」
　廃墟と化した街並みに、力強く響き渡るのは愛柳・ミライ（明日を掴む翼・e02784）の羽ばたきで。瓦礫の向こうに死翼騎士の姿を認めると、ミライは大きく手を振って、此方に敵意が無いことをアピールしていく。
「団長殿に取り次ぎを願いたい。……其方も注視しているであろう、ベルンシュタイン伯爵の件について話があるんだ」
　光の翼を折りたたみ、軽やかに大地へ舞い降りた豊田・姶玖亜（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077）もまた、手にした銃を納めていく中で――場違いな程におっとりした声が、荒廃した世界にゆるやかな空気をもたらしていった。
「うふふー。裏切るならー、最初からここには来ませんのでー」
　声の主――親しい隣人のように両手を広げて微笑む、フラッタリー・フラッタラー（絶対平常フラフラさん・e00172）だが、その見た目や口調とは裏腹に、相手への説明はしっかりしたものだ。死翼騎士団を敵に回す意思は自分たちに無く、今回の件についての詳細や、他にも話があるので一席を設けて貰いたいのだ、と彼女は用向きを伝えていく。
　――そんなフラッタリー達が交渉相手に選んだのが、死翼騎士団団長であるシヴェル・ゲーデンだった。以前接触を図ってきた三将を率いる立場であり、一筋縄ではいかない相手だろうが、最終的な決定権を持つのならスムーズにやり取りが行えるだろう。
（「……ただ、あの知将の上役だし、付け焼刃の嘘は御法度だろうね」）
　怒らせないよう、お行儀よく――団長の元へと案内する騎士の背を追いつつ、そんな風に姶玖亜が自分に言い聞かせていると、隣を歩くシィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）も背筋を正しているのが見て取れた。
「礼儀正しく、デスね。……それと、話を邪魔したりしないように」
　愛用のギターケースを抱えるシィカは、ロックな魂をうっかり交渉の場で解き放つことが無いよう深呼吸をしているようで――その後ろを付いていくシルディ・ガード（平和への祈り・e05020）は、みんなの為にも頑張らなくてはと大きな瞳を潤ませている。
「うーんと、まずは誤解を解くことと、戦争の間の協力を取り付けること、だね」
　――みんな、仲良く出来たらいいのにとシルディは思う。例えそれが夢物語だとしても、あきらめたくはなかったし、争いの連鎖を断ち切る為に、自分が出来ることはやるつもりだ。
「ええ、ですが……折衝のスタンスを取り違えてはいけません。それは友好でも、利用でもなく『知る』ことに他なりませんから」
　凛としたまなざしで行く先を見据える、フローネ・グラネット（紫水晶の盾・e09983）は、メリュジーヌ奪取戦の先に待ち受ける、死神たちとの駆け引きにも考えを巡らせているのだろう。
（「そう、情報がなければ最終的には激突するしかない。しかし、それを避けられるのなら……その判断材料の為に、今は情報を得ることに注力しましょう」）
　相容れない存在であるデウスエクス・デスバレス、死神――しかし、ブレイザブリクを巡る共闘で、一先ずの折り合いをつけることが出来ればいい。
「……ひさしぶりだね、シヴェル」
　やがて、陣地に張られた天幕に案内された一行は、黒き鎧を纏った女戦士と対面を果たした。その冷ややかな美貌に滲む、騎士団長としての胆力にも物怖じすること無く、まず口を開いたのはイズナ・シュペルリング（黄金の林檎の管理人・e25083）。サフィーロとの決戦の際にも顔を合わせていた彼女は、天真爛漫な笑みを浮かべながら、伯爵との交渉にケルベロスが応じることは無いのだと最初に説明をした。
「だから、死神は心配しなくていいよ。介入しないで見守っててほしいな。……でね、すぐに結果はでないし、これからのことも話しておきたいから」
　ふむ、と感情を窺わせない瞳で此方を見渡すシヴェルに対し、其処でイズナがアイテムポケットからごそごそと取り出したのは――紅茶のセットと焼きたてのアップルパイ。黄金の林檎を贅沢に使い、砂糖と煮つめた甘い香りに、エヴァリーナ・ノーチェ（泡にはならない人魚姫・e20455）の形の良い眉がぴくりと上がる。
「美味しいもの食べながら、ゆっくり話すのとかどうかな？」
「……だよね、やっぱり女子会なら話もしやすいよね」
　イズナに続き、嬉々として大量のお茶菓子を取り出すエヴァリーナの様子を確かめたシヴェルは、承知したと言うように椅子に腰かけて、小さく頷いた。
「これに意味があるのかは知らぬが……お前達ケルベロスの習慣であるならば、付き合っても良い」
　――こうして。死翼騎士団団長を囲んだ、何処か奇妙でなごやかなお茶会が幕を開けたのだ。

●共闘への第一歩
「えへへ、気に入ってくれたら嬉しいな」
　熱々の湯気を立てた紅茶を淹れつつ、良い雰囲気を作り出そうと奮闘するイズナの隣では、早速エヴァリーナが持ってきた菓子に手を付けていた。一体、細い身体のどこに入っていくのかと首を傾げるシィカだったが――折角なのだ、自分も堂々と寛ぐことにしよう。
「あ、これはお饅頭デスか」
「そうそう、お茶とくればお饅頭だよね」
　おひとついかがかな、とシヴェルに饅頭を差し入れするのは姶玖亜で、それを受け取った彼女は不思議そうな顔をしながらも、見様見真似で口に運んで紅茶と一緒に飲み下してみせる。
（「……何だか、勇将とのやり取りを思い出しますね」）
　先の交渉で彼の見せた豪胆さとクレバーさ、そして饅頭を食べてくれた度量にフローネは敬意を払っていた。戦いの際は連携も行えたのだ――死翼騎士団との共闘は有用だろうと考えつつそっとミライの様子を窺えば、彼女もお土産のバウムクーヘンを取り出して、明るく振る舞っているようだ。
「……私、暴走までしてブレイザブリクを守ったのです。約束、だったから。死翼騎士団のみなさんとの」
　だから今更、エインヘリアルに渡すことなんて無いのだと。そんなミライの意思を汲みながら、フラッタリーが簡潔にこれまでの経緯を説明していく。
　――ベルンシュタイン伯爵の方から、今回の交渉を持ちかけられたが、その条件は余りに不釣り合いなもの。且つ敗戦の将の派閥で後ろ盾も無いことから、此方は取引に応じる振りをして伯爵を討ち取ることにしたのだ、と。
「なのでー、死翼騎士団の皆さんには静観をお願いしたいのですよぉー。まぁ、我々は隣人を求めてますのでー……向こうも、メリュジーヌを取引に使うと判断されたのでしょうがー」
　おっとりとした笑みを絶やさず、上品に紅茶を掻き混ぜるフラッタリーだが、額のサークレットが微かに震えると、不穏な気配がそろそろと辺りに忍び寄ってくる。
「彼自身は隣人ではなくー、……未だ抗う戦士のようでしたのでー」
「成程、騙し討ちをするのであれば問題ない。我らから敵対的な反応はしないと約束しよう」
　フラッタリーから垣間見えた狂気にも、頼もしいと言わんばかりに唇を吊り上げたシヴェルに向かい、次の話を切り出したのはシィカだった。
　伯爵の軍勢を撃破した後、ただちにケルベロスは攻性植物と決戦を行い、ゲート破壊に挑むこと――しかし、その際にエインヘリアルがブレイザブリク奪還に動く可能性があるので、防衛の為に死翼騎士団と共闘したいのだと説得を行う。
「方法などはそちらにお任せしマスが……アスガルドゲート及び死者の泉の奪還のため、エインヘリアルの戦力を削ぐ意味も含めて共闘したいのデス」
「……共闘は構わないが。防衛時には必要に応じて、此方もブレイザブリクを利用させてもらう」
　互いに無理を言わず、相手の事情も汲むと決めた以上、この条件は受け容れるべきか。更に、この防衛戦で死翼騎士団が相応の働きをした時は、ブレイザブリクの一部を死神の拠点として使わせて貰いたい、とシヴェルは主張した。
「あ、もしユグドラシルゲート前に、他の死神さんがいた場合は……倒しちゃいますが大丈夫です？」
「構わん。大阪城の軍勢に、死神は協力していない。居るとしたら、カンギの支配下に入ったものだけだ」
　そんな問いかけにも迷うこと無く、冷徹に『殺しても問題ない』と頷くシヴェルを確かめて、ミライはもう少し探りを入れてみようと会話を続ける。
「そう言えば、この『うぃんうぃん』な関係を考えたのって団長さんって聞きましたが……知将さんもすっごい詳しかったんですよ」
　――よくお話されるのです？　と、ちょっぴり知将が怪しい雰囲気だったことをチラつかせてみれば、シヴェルは少し微妙な表情になって謙遜してみせた。
「……別に、自分だけの知識では無い」
（「ふむー」）
　ゆらゆらしながら聞き役に回っていたフラッタリーは、その言い回しから、最近になって死神勢力に味方している存在がいるかも知れない――そんな可能性も考えてみたのだが。深入りしそうだと考えたイズナやエヴァリーナが、気にした素振りを見せずに話題を変えると、周囲に和やかな空気が戻ってくる。
「ね、死神って普段何してるの？　美味しいものとか着飾るものとかに興味あったりする？　地球ってそういうの、いっぱいあるんだよ」
「うん、私も普段なに食べてるのかは知りたい。……逆に何か聞きたいこととかないかな？」
　美味しいもの情報とかなら喜んで教えちゃう、とのんびりお菓子を頬張るエヴァリーナを横目に、シルディはドレスの裾をぎゅっと握りしめていた。
（「地球を愛して、定命化もいいけれど……」）
　――自分の服も、そう。こんな可愛い服があると知った時は、とっても嬉しかったから。
（「話し合いのできるデウスエクスの、良き隣人さんもできると良いな」）

●死者の泉とこれからの道
　それから――共闘が成立したことを受けてフローネが、ブレイザブリクの探索結果を纏めたレポートをシヴェルに提供し、今後の材料にするよう目配せする。
「そうか、有難く頂戴しておく」
　この情報の開示により、死翼騎士団の制圧理由を減らすことも狙っているが、シヴェルの方はさほど重要視はしていないのか。ブレイザブリクの残霊についても、特に気にする素振りは見えない。
「それと……大阪城攻めの際、レプリゼンタ・スルトと交戦するかも知れないんだ。今は情報を集めている最中で、何か知っていることがあったら教えて欲しい」
　一方でシルディは、今後戦うであろう敵について――エインヘリアルの戦力を減らすことにも繋がるので、攻略の手掛かりがあればと訊ねていたのだが。
「生憎、此方はレプリゼンタ・スルトと接触した事は無い。故に、伝える情報も無い」
　残霊とならば接触する機会はあったが、完全に滅ぼす方法については知らない――そもそも知る必要性も感じていないのだと言う回答を聞き、ううんと悩んで溜息を吐く。
（「死神と因縁がある訳ではないのかな……」）
　醜き子を生み出している『かあさま』――その存在にも、これからの戦いで迫ることが出来るだろうか。
　――さて、死神が持っている情報として、確実なのは『死者の泉』についてだろう。今までの交渉内容を思い出しながら、一行を代表して口を開いたのはエヴァリーナだ。
「現状の共闘条件を維持したいし、帰りたいだけの死神には協力したいと思ってる。出来れば……死者の泉到達後も、死翼騎士団との衝突は避けたい」
　けど、と言葉を続けたエヴァリーナは、淡い瞳に確かな光を宿してゆっくりと問う。もし地球へ悪影響が出るのであれば、ケルベロス内でも意見が割れる可能性があるが――死者の泉を奪還したとして、その後はどうなるのか、と。
「死者の泉は、デスバレスの元あった場所に戻す事になるだろうな」
「……となれば、私たちケルベロスには管理出来ないんだね。その結果、他の勢力に利用されたりする可能性はないのかな？」
「他のデウスエクスに奪われると言う可能性なら、限りなく低い。……ヴァルキュリアやシャイターンでなければ、デスバレスから死者の泉を盗み出す事など出来ぬ」
　淀みなく答えるシヴェルの紅瞳を見つめ返せば、私情に流されず、任務に忠実であることが姶玖亜にも伝わってきた。その上で容易に内情を漏らさないだろうと分かるから、探りを入れる質問はしない方が良さそうだ。
　――それでも、これだけは聞いておきたいと、姶玖亜は最後にひとつ尋ねた。
「死翼騎士団が死者の泉を取り返したなら……君達は、すんなりデスバレスに帰ることができるんだよね？」
「元々……死者の泉が奪われるまで、我々はデスバレスの中でのみ暮らす事が出来たのだ」
　ギターケースをぎゅっと抱きしめるシィカは、以前の勇将とのやり取りをふと思い返す。そう言えば彼も同じようなことを言っていた。全てが元に戻るのなら、穏便に済む――そんな印象を受けたのだとミライは言っていたが、死者の泉以外については大して気にしていないようにも感じる。
「故に、泉の奪還が叶えば、奪われる前の状態に戻る事が可能になる」
　――死神によって殺される『普通の人』とやらもいなくなる事だろう、と。つまりはそう言うことらしい。
「もちろん、これは個人的な思いだけど。利害が一致して、一般人を巻き込んだり……地球や一般人に被害が出ないなら。死者の泉については、そう思う人が多いと願っているよ」
　死神が大事に思っていて、自分たちと利害が一致するなら、可能な限りそちらの思いを尊重したい――そう姶玖亜が伝えた辺りで、死神とのお茶会もお開きとなった。
（「故郷を思う気持ちは、よく分かるよ」）
　シヴェルの背を目で追いつつも、天幕を後にしたシルディは、焦土と化した大地を踏みしめながら改めて決意を口にする。
「良い関係が難しくなっても、関係の継続について考えてくれるなら……ボクは信じて、手を取り合っていきたいと思う」
　――ああ、よくも悪くも慣れたもの。廃墟を見渡すミライは、暴走の末に仲間たちに助けられたことを思い返して、ふふと小さな笑みを零した。
「終着点があるのなら、勿論ここは道の途中。……そう、まだ分岐点前なのですから」
　夢を夢で終わらせないために、自分ひとりで全てを抱え込む必要は無い。あの時も、そして今も、ミライの傍には仲間が――紫水晶の盾で包み込んでくれるフローネが居る。
「……いつかの土産話も、たっぷりできましたしね？」
　そう言って微笑んだ親友に頷くと、ミライは誇らしげに――ちぎれそうな空の隙間に虹をかけるようにして、傷ついた左手を伸ばしていた。
「あなたの選ぶ道（未来）は、どんな道？」

作者：柚烏	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年6月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 1／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 9
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