決戦! 螺旋業竜~貫け幻惑、落下を止めろ!

作者:かのみち一斗

 ──サンディエゴ、パロマー天文台。
「トリノスケール9を超える、だと!? バカな、そんなものが」
「ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた映像です。小惑星ではありません、これは──」

 ──井原市、美星スペースガードセンター。
「ケルベロスから警告されていた、あれ、か……」
「現在、軌道要素をNASAが解析を進めているようですが、恐らくは」

●地球近傍
 無数の光点を散りばめる、真の闇。
 生命の存在を拒絶する、無窮の深淵。
 ──宇宙。

 その虚空を貫き、突き進む巨大な影があった。
 大きい──。
 浮遊する島にも見間違えるそれは、生命の躍動を感じさせる存在感があった。
 一つではない。無数の強大な生命たちの、だ。
 同時に、それは星でもあった。
 スパイラス──螺旋忍軍の母星であり、スパイラルウォーにより閉じられた慈愛龍の軍団の牢獄。
 だが、永遠ではなかった。
 彼らに喰らい尽くされ、星そのものとの竜業合体の果てに生まれたモノ。
 影の名は──『螺旋業竜スパイラス』。

 そして、それを守るかのように周囲を舞う、30体を超える強大なドラゴン。
 その一体、名を『ダシュソ』と言う。
 ぬめりを帯びた漆黒の鱗が星の光を受けると、油を含む水のように僅かに虹色を帯び、再び闇へと変わる。
 確かにそこに居る──だが、その輪郭は常に宇宙の深淵に紛れ、確たる姿を掴ませない。
 それでも、どうにか大まかな姿はわかる。
 二足歩行の人型の蛇、だ。
 体高は10mを超え、逆関節の足元までだらりと下がる両腕に、闇に沈む爪が鈍く光る。
 一筋の裂け目が開いた。
 狡猾な光を帯びた両眼が行く手を見据え、初めて感情らしきものが浮かぶ。
 蛇の口元が笑みの形に歪み、乱杭歯から滴る涎を爪が拭う。
 その邪悪な視線が貫くもの。
 巨大な影が、ドラゴンたちが進む先──。
 青き、惑星──地球。
 
●災厄、襲来
 第二王女ハールの撃破、そして大阪城地下探索と続いた大規模作戦を終え、束の間の休息を得たはずのケルベロスたち。だが、緊急招集は続く。
 迎えるのはセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。
 緊張と強い覚悟を感じさせる眼差しの娘が、集まったケルベロスたちへと小さく頷くと話始めた。
「第二王女の撃破により、エインヘリアルと攻性植物による同時侵攻の危機を脱しました」
 大きな成果である。その一方、調査により新たな危機が判明していた。
 大阪城地下のドラゴン勢力から得た情報、それは恐るべきものだった。
 本星のドラゴン軍団が、竜業合体によって地球に到達しようとしている──。
「そして、それは一つではなかったのです」
 ──セリカが言い切る。
 サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)が警戒していた、スパイラスに遺されたドラゴン達の存在である。
「スパイラル・ウォーによりゲートを失い、スパイラスに幽閉されたドラゴン達が竜業合体によって惑星スパイラスと合体し、地球の衛星軌道上へ現れることが予知されたのです」
 これは黎泉寺・紫織(ウェアライダーの・e27269)、エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力を要請していた天文台からの情報で確認されている。
 さらには死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が注意を喚起していた、NASAによる解析により、恐るべき計画が判明したのだ。
「慈愛龍は、竜業合体した惑星スパイラス──『螺旋業竜スパイラス』を衛星軌道上から日本に落下させることを狙っているのです」
 通常兵器無効、つまり大気圏突入時に減衰されない大質量が、時速2万kmを超える高速で地表へ落ちれば──。
「東京へ直撃すれば23区は蒸発。衝撃で少なく見積もっても数百万、恐らくは数千万を超える人々が死亡するでしょう。そのグラビティ・チェインを略奪する事で、失った力を取り戻そうとしているのです」
 間接的な地球環境そのものへのダメージも計り知れないだろう。
 実現すれば、文字通り、地球は──終わる。
 何としても食い止めねばなならない。
「迎撃場所は衛星軌道上。出現するポイントは既に割り出しています。そこまでは宇宙装備ヘリオンで移動することが出来ます。そうして迎え撃つ護衛のドラゴンたちを撃破し、螺旋業竜スパイラスの破壊をお願いします」
 螺旋業竜スパイラスは、地球に移動する以外、戦闘力を持たないようだ。
 しかし、その巨大な質量を破壊するには、多数のケルベロスによる、最大出力のグラビティで一斉攻撃する必要がある。
 恒星間航行を実現する為の無茶な竜業合体により、慈愛龍が率いていたドラゴン軍団も殆どが失われている。
 残るドラゴンもグラビティ・チェインの枯渇により、戦闘力を大きく損なっているようだ。
「皆さんには、護衛の上位ドラゴンの一体『ダシュソ』の撃破をお願いします。ダシュソもまた、他の上位ドラゴンと同様、戦闘力の多くを失っています」
 だが、ダシュソの能力である幻惑は健在だ。
 限定的な光学迷彩であり、輪郭線を欺瞞し、巨体でありながら相手の狙いを外しやすく、ダシュソの攻撃を避け辛くする効果がある。
「それ以上に危険なのはダシュソ自身が狡猾な性格をしており、この戦いが、時間さえ稼げば勝ちであると理解していることです」
 時間さえかければダシュソ倒すことは可能だろう。だが、今回、その時間こそが何よりも重要なのだ。
「スパイラスの速やかな破壊には、多数のケルベロスが必要です。もし破壊前に阻止限界点を超えてしまえば、もはや地球──日本への落下を食い止めることは不可能になります」
 強力な敵を、限られた時間で撃破しなければならないのだ。
 
 そこまで話したセリカ、目を閉じる。
「惑星スパイラスごと竜業合体するとは、さすが最強のデウスエクスというべきなのでしょう……。それでも、食い止めなければなりません」
 そうしてもう一度目を開いた時、そこにはケルベロスたちを見つめる信頼の眼差しが。
「月の落下さえ防いだ皆さんです。きっとやってくれると信じています」
 強く頷くケルベロスたちへと、小さく微笑んで頷くと、振り返った。
 鋭く叫ぶ。
「いきましょう!」
 ケルベロスと共に歩き出す。

 ──宇宙へと。


参加者
七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
レミリア・インタルジア(薔薇の蒼騎士・e22518)
ヴァルカン・ソル(緋陽の防人・e22558)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)

■リプレイ

●エア・ロック
 宇宙用装備ヘリオンと言えども、内装は大きく変わらない。
 気密処理がほどこされてはいるが、基本は元のままだ。
 迎撃地点に近づいたという連絡を受け、これだけは大きく異なる装備──大型のエアロックのキャビン側ハッチを潜り、宇宙側ハッチがある小部屋で待機。
「スラスターOK、熱感知ゴーグルOK、骨伝道インカム……OK、それから……」
 自席で座ったまま、装備を確かめるジェミ・ニア(星喰・e23256)が小さく呟く。
 これらは共通装備だ。
 宇宙服などケルベロスに必要ないが、苦痛は残る。その為、ヘルメットへの酸素供給は行われている。
 準備に余念がない仲間たちの中、ジェミはふと気付いた。
 対面に座る七星・さくら(緋陽に咲う花・e04235)が準備の手を止め、傍らのヴァルカン・ソル(緋陽の防人・e22558)へと顔を伏せていることに。
「トラブルですか? それとも……」
 立ち上がりかけたジェミの腕へ、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)がそっと触れる。
「エトヴァ?」
 怪訝そうなジェミへとエトヴァが小さく首を振って見せる。
 ジェミも、すぐに気付いた。少しだけ頬を染めて小さく謝ると、自席へと戻りざま、何も見ないとばかりに両目を硬く瞑り小さくなって座り込む。
 クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)はそんなジェミの様子にくすりと笑った。
 回りの仲間たちも自然な風を装い、視線を逸らしている。
 自分も目を閉じ、左手薬指の小さな指輪へとそっと触れた。
(「……必ず帰ると、ぼくの一等星に誓ったのだから」)
 それは彼女も同じ、ささやかな儀式。
 だが、それが最後の生きる力になることをクローネは知っていた。

 ヴァルカンは皆へと視線で礼を言うと、傍らのさくらのバイザーへと自らのバイザーを接触させる。
 そうしてインカムを切ってしまえば、互い以外に声は届かない。
「怖いか?」
「……少し」
 そっと最愛の妻を抱き締める。
 さくらの微かな震えが止まり、ヴァルカンの心にも温かなものが広がる。
 夫は誓う。
(「この温もりを、君の笑顔を守るためならば、限界すらも超えてみせる」)
 妻は想う。
(「あなたの温もりが、わたしに勇気をくれるから……」)

 一瞬という名の。
 永遠の抱擁──。

 それは、迎撃地点到達と外部ハッチ開放を警告する機械音声に妨げられるまで続いた。

●地球を背に
 ヘリオンから一斉に飛び出したケルベロスたちが、地球を背に展開する。
 同時に天頂、左右、下方、全方向で250人を超えるケルベロスたちの、スラスター噴射光が筋を引きそれはあたかも流星の様に。
 正面、螺旋業竜スパイラスの威容と、迎え撃つべく予め展開していたのだろう強大なドラゴンたち。その一体、黒く蠢く影。
 幻惑竜、ダシュソ──その左右に、突然、眩いばかりの光が二つ輝く。
 照明弾の光だ。
「……この星の生命の価値を知らぬ竜にハ、触れさせまセン」
 使用済みのランチャーを投げ捨てながら、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が睨みすえ、
「地球で暮らす、皆の為に。ここで、必ず食い止めるよ!」
 クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)の腕の中から白い毛並みがふわりと宇宙に浮かんだ。お師匠が器用にスラスターを使いこなすのに小さく笑って、言葉を継ぐ。
 輝く明かりに照らされ、ダシュソの姿が朧に浮かび上がった。ぬめぬめと浸された水油の如き虹光に、闇に蠢く竜の姿。
 煩わしげに己を照らす光に一瞥するも、蛇の眼差しが細く正面を見据え、口元から伸びる蛇の舌がうねる。喰らうべき敵を見つけたのか、嘲笑を浮かべながら突進する。
 対するケルベロスは散開、スラスターを全開にして迎え撃つ。
 次の瞬間、互いの射程が交差するや、宇宙の闇にグラビティの光が閃く。
 戦いが始まったのだ。

「レミリアさん、いきます!」
 叫ぶと同時、ジェミが白扇を構え、味方の位置取りを確認。
(「この配置なら──」)
 天頂にさくら、天底に美緒、中央部先頭にヴァルカン、その左右をジェミ、レミリア、お師匠が固め、その後方にエトヴァ、クローネ、二郎。
 構築した百戦百識陣を後衛陣へと展開。
 その効果が及ばなかったスナイパーへと、レミリア・インタルジア(薔薇の蒼騎士・e22518)が護殻装殻術を発動する。
 続いて、エトヴァと副島・二郎(不屈の破片・e56537)が同時に発動させたメタリックバーストが重なるのを確認し、レミリアが小さく頷く。
「ドラゴン……相手にとって不足はなし。全力で挑み、果てる事が叶うなら僥倖」
 ダシュソへの、最初の一撃を与えたのは、湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)だ。
 下方から加速するや、流星の煌きを纏う蹴りが、ダシュソの左足へと突き刺ささった。
 竜の闇に沈む尾が振るわんとするも、美緒が余勢で距離を取り、同時にその隙を消すべく天頂から竜の頭部へと竜砲弾が降り注ぐ──さくらの轟竜砲だ。
 次々と直撃し、ダシュソが忌々しげに蛇の目で頭上を睨んだ、その隙。
 クローネが詠唱を完成、
「晩夏に吹く、乾いた風。秋の嵐を招く、力強き南風の王よ。其の哀歌の鎖で、彼の者を繋ぎ留めて」
 不可視の力を解き放つ。
 その時、ダシュソは無音のはずの虚空に、確かに歌声を聴いた──『南風の哀歌(ノトス・ラメント) 』
 自らへの戒めに、不快げに首を振るう。

 理想的な開幕三連撃を決め、間合いを取ったクローネと美緒が笑顔で頷きあう。
 その一方、天頂から見下ろす、さくらは憂いの表情が濃い。
 ダシュソを照明弾の光で照らし出し、熱感知ゴーグルで動きは捉えている。
 これが無ければ反応が遅れ、防御行動を取ることさえ難しかったかもしれない。
 そして付与により、さくらたちスナイパーはダシュソを確実に捉えている。
 でも、それ以外は──。

 気付いた二郎が叫んだ、同時に対抗詠唱、
「ヴァルカン、左下後方、爪だ!」
 それは全くの死角だった。ダシュソの身体、腕さえ正面にありながら、爪のみが翻りヴァルカンの後背から襲いかかる。
 その一撃を、お師匠が受け止めた。直後に二郎のメタリックバーストがお師匠への癒しと同時に、ヴァルカンへと付与を与える。
「かたじけない!」
 叫ぶなり、ヴァルカンが挑む。
「幻惑の竜よ。いかな策を弄したとて、我が刃──いや」
 成算は付与を加えても6割。だが、ヴァルカンに迷いは無い。
「我等が刃がその悉くを斬り裂こう!」
 ドラゴニックハンマーを握り、不敵に笑う。
(「いくぞさくら、背中は任せる!」)

●幻惑、貫く
 エトヴァが放つ広域ジャミング──ダシュソに打ち破られ、舌打ちする間もあればこそ。
 スコープの表示に反応するや、叫んだ。
「右上方、後衛へ後ろからデス!」
 殺神ウィルスを放ったさくらが身を捻りながら下方へ飛び、他の後衛陣も回避行動へ。
 反応したジェミ、レミリアが受けに構えるも、意思があるかのように蠢き翻る尾が、宙に溶け込むのに、レミリアの眼差しが険しいものへと変わる。
 これが幻惑のもう一つの脅威。
 武器と体捌きで戦えるはずの彼らだが、スコープ視界で紙一重の捌きは不可能だ。
「ドラゴンもここまで捨て身で来るんだね。だったら、僕らもそれだけの覚悟で臨まないと……っ!」
 ジェミは覚悟を決めた、レミリアは元より自らが傷つくことを厭わない。
 意思持つかのようになぎ払う丸太の如き竜の尾を、バトルオーラの盾でまともに受け止めた。あまりの衝撃に、ジェミの顔が苦痛に歪む。
 完全に受けとめたはずのレミリアもなぎ払われるも、すぐに体勢を立て直すや、自らへとオーラの癒しと護りを施す。
 その一方、ダシュソのツメに貫かれたお師匠が消滅し、その間に肉薄したヴァルカンの龍爪撃がダシュソの右わき腹を深々と抉った。
 黒い血が飛び散り、同時に術的防御さえも打ち砕かれたダシュソが、憎憎しげな唸りを上げる。

 戦いは、一点に絞られつつあった。
 ダシュソの癒しは封じられ、付与をも打ち砕かれている。
 後はスナイパーたちが敵の急所をどれだけ貫くことができるか、そして何よりも。
 クラッシャーを護りきれるか。
 ヴァルカンへのブレイクを許せば、付与が消滅し、多くの攻撃機会が失われるからだ。
 それは精神にヤスリを掛けるような戦い。
 時間だけがじりじりと過ぎていく。
 だが、レミリアは、ジェミは許さなかったのだ。文字通り──ただの、一撃も。

 10分経過を、ケルベロスたちの胸元で、手元でアラームの振動が知らせる。
 その時、ほんの僅か、踏み込みすぎたのか。
 ここまで、完全な一撃離脱を繰り返していた美緒。
 全身をオウガメタルで纏い、放った左拳が反応されたダシュソの掌で受け止められた。
 小さき者を侮る狡猾な蛇の口元が嗤い──驚愕に歪んだ。
 受け止められたまま、最小のモーションで、右手首が翻る。
(「また、お父さんの技に助けられたね」)
 美緒の小さな笑み。
 放たれた小さなものがダシュソの右目に大写しになる。それはギターピック──『フリーズピックガン』
 刹那の間も空けず、ダシュソの右目へと突き刺ささり、氷結する。
 初めて巨竜が苦悶の叫びを上げた。それが真空さえも貫き、たたらを踏む。
 その隙をクローネは見逃さなかった。
 懐に飛び込むと同時、左足付け根を切り上げた次の瞬間には右足付け根、飛びあがりざまに両肩脇を切り裂き、上方へと抜ける。
 シャドウリッパーだ。急所を切り裂いた一撃──それが契機。
 闇のぬめりを帯びていたダシュソの表皮が、曇るような灰褐色に変わった刹那、蜘蛛の巣が広がるかのようにひび割れが覆い尽くしていく。
 ケルベロスたちが幾重にも施した不可視の戒め。それが限界を超えたのだ。
 照明弾の輝きの中、始めてダシュソの全身が露となる。

 幻惑は失われた。時間も無い。
 二郎──決断した。同時に叫ぶ。
「皆、決めるぞ!」
 最後の癒しとばかりに前衛陣へとブレイブマインを施すやスイッチを投げ捨てる。
 そうして自らも混沌の水を両手に纏い、エトヴァに続き突撃する。
 待ち受ける片目のダシュソ。悪あがきのように翻った尾が二人へ襲いかかるも、反応したレミリアが光剣を顕現させると同時に飛び込んだ。
 うねりをあげる巨大な尾を、光剣の刃で受けた、同時に僅かに角度をつけて飛ぶ。
 切り結ぶ刀身から粒子が舞い、見事に受け流された尾が、レミリアの背へと抜け、
「終わらせる!」
 ジェミが駄目押しとばかりに放つ神速の突きが、尾の中ほどで断ち切る。
 開かれた正面。
 エトヴァが撃ち放った氷結輪と、二郎が解き放った混沌の水が走り、紅蓮の刃を手にヴァルカンが駆ける。
 混沌の水の力を得た氷が胸元から一気に広がり、覆う巨竜の腹を、燃え盛る刃が中段に切り払う。
 切り裂かれた痛みに逆上し、つぶれろとばかりに力任せに振り下ろされた爪を、天頂から放たれた落雷が弾き飛ばす。
「一気にいくわよ、ヴァルカンさん!」
 ヴァルカン──頬を削りながらすぐ左を貫いた爪とさくらの声に一顧だにせず、ただ、信頼の笑みだけが浮かぶ。
 そのまま、勢いに乗ってラッシュを開始。
 右上から袈裟に切り下ろすや、開いた傷口を再びさくらの電撃が引き裂き、その間に沈み込んだ位置のまま逆中段に竜の脚を断つ。
「うおおおおおああぁぁぁっっ!」
 ヴァルカンが吼える。
 意識が焼き切れんばかりの速さで振るい続ける紅蓮の刃と、輝く稲妻が宇宙を駆け、加速が限界を超える。
 激しくも美しい舞踏の如くの連撃──『桜火繚乱』
「……ぁぁぁあああっっ!!」
 雄叫びと共に放った最後の一撃、渾身の切り上げがダシュソの唾元までを切り裂き、燃え上がる。
 ひとたまりも無かった。
 片方だけ残された蛇の目が白く濁るや、竜業合体の末路か、ひび割れた身体が硝子の如く砕け散る。

 戦闘開始から11分。
 それが、幻惑竜の最期だった。

●阻止限界点
 螺旋業竜スパイラス。巨大質量そのものを武器にした敵。
 その動きは不気味なほど緩慢に見える。だが、それはあまりに巨大な為だ。
 実際にはその速度は時速2万kmを超えるはずだ。
 攻撃のチャンスは一度のみ。
 健在の200名ものケルベロスたちが、迎え撃つべく展開する。

 そして、その時が──来た。
 左右から、天頂から、天底から、そして自分たち正面から。
 一斉に砲弾が、火炎が、氷が、稲妻が、呪札が、精神の弾丸が。
 ありとあらゆるグラビティが、最大威力で打ち放たれる。
 伸び行く先端がスパイラスに触れた。
 赤熱し、蒸発していく岩。散らばる破片が白煙となって、スパイラスを包む。
 各所が小爆発しながら、ケルベロス陣の中央を突破。
 ケルベロスたちの眼前。
 遂に破壊が主要部に届いたのか、地割れが一気に広がる。
 次の瞬間、大爆発した。
 デウスエクスとしての力を失えば、脆い。
 その過半が蒸発し、消滅しなかった部分も爆発しつつ分離し。
 小型の破片となって燃え尽きていくのだった──。

●還る場所
「お師匠早くっ……。よし、これで最後だよっ!」
 最後まで確認していたクローネが、お師匠をねじ込むやハッチを閉じる。
 後はエアロックの与圧を待って、地球への帰還だ。
 美緒が窓に張り付くように覗き込んで、
「地球では、きっとすごい流星雨だろうね」
 言われた仲間たちも、窓から地球を見た。
 大気上層に、まだ燃え残り、もしかしたら暫く輪になるかもしれない破片を見つめる。

 そんな仲間たちから離れ、レミリアは一人、もう一つの窓から地球を見ていた。
 宇宙飛行士が始めて宇宙に出た後に、決まって言う言葉がある。
 始めて映像でも画像でもない、地球を自分の眼で見た時、そこに神を感じたと。
 レミリアにはわからなかった。
 人と関わるのを拒み、目を閉じ口を閉ざす自分。だから、わからないのだろうか──。
 と、呼びかけられたのに気付き、レミリアは顔を上げた。さくらが満面の笑顔で。
「ジェミくんの20歳の誕生日なんですよ、お誕生日!」
「は、はぁ?」
 あっけにとられたレミリアへと、
「出発直前で、忙しくてお祝いできなかったから! レミリアちゃんもどうです?」
 傍らではヴァルカンが苦笑して、
「20歳の初陣に勝利を贈れたな」
「大人の仲間入りだね」
 二郎が満足げに頷き、クローネがジェミの頭をやわらかく撫でる。
 ジェミもまた、はにかむように笑って。
「レミリア殿?」
 エトヴァは静かに微笑んで。決して急かさず、柔らかに。
 そうしてレミリアの隣で、ジェミと、仲間たちと共に窓から地球を見る。
 青い、地球。

 レミリアも、また、いつまでも見つめ続けるのだった。

作者:かのみち一斗 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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