その日、無数の流星が、空を覆った。
心に愛を。星に祈りを。そして、生きとし生けるもの全てに祝福を。
流星雨の如き空を見上げた誰かの祈りは、果たして誰に向けられた物か。
――その真実を知らぬまま、祈りだけが紡がれていく。
衛星軌道上に、それはいた。
星の海を渡り、幾星霜の時を経て、それらは辿り着いた。この地球に。この世界に。
「腹が、減った」
嘗て暴食の竜と謳われたヒュノストルム・グラは、長き旅路の果てに、その言葉を零す。
万軍の兵だった慈愛龍の大ドラゴン軍団はしかし、今や小隊程の兵員にまで陥っていた。それに加え、残された何れのドラゴンも、万全な状態とは言い難い。
これが星の海を進む為になされた竜業合体が引き起こした結果だ。同胞を喰らい、仲間を喰らい、そして友を喰らい、ヒュノストルム・グラもまた、この青い星に辿り着いた一員であった。
「喰う。喰らう。喰らい尽くす」
足りない。何もかもが足りない。血肉も、力も、何より、グラビティ・チェインが!
それを得る為、引き裂き、押し潰し、そして喰らい尽くす。その憎しみが向かう先は、自身らを惑星スパイラスに隔離した怨敵、ケルベロス達だ。
そして氷を纏った青白い身体は、地表へと進軍する。
視線の先に映る目標は竜の形をした島国――日本であった。
「第二王女ハールの撃破、それと、大阪城地下の探索、お疲れ様」
ヘリポートに集ったケルベロスに向けられたのは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)による労いの言葉だった。
それを告げた後、彼女は次の言葉を紡ぐ。
大阪城地下で得られた情報、即ち、ドラゴン勢力の次の動きだった。
「本星のドラゴン軍団が、竜業合体によって地球に到達しようとしている、と言う情報を聞いた人も居ると思う。……ただ、地球に向かうドラゴンは、それだけじゃなかったの」
それはサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)が警戒していた事だった。
惑星スパイラルに残された慈愛龍を始めとしたドラゴン達が竜業合体を用いて惑星スパイラルと同化し、地球の衛星軌道上に出現する事が予知されたのだ。
「発想力の斜め上って気がするけど、ドラゴンの尺度の大きさは異常だと思うわ」
感心半分、呆れ半分でリーシャは呟く。
「私たちの予知だけじゃない。黎泉寺・紫織(ウェアライダーの・e27269)、エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力を要請していた天文台からの情報、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が注意を喚起していたNASAからの解析によって、より詳細な情報を得る事が出来ているわ」
それに寄ると、無茶な竜業合体が祟り、慈愛龍が率いていたドラゴン軍団の殆どは失われている事、残されたドラゴン達もグラビティ・チェインの枯渇によって、戦闘力を大きく損なっている事が判明していた。
「――つまり、今ならば勝機の目はあるってことね」
出現すれば『終わり』と知らしめた大ドラゴン軍団はしかし、今や、大きく弱体化している。グラビティ・チェインの補給を許さない限り、撃破が可能だ。
「だけど」
逸るケルベロス達を抑えるように、リーシャは次の言葉を口にする。
「ドラゴン達も無策じゃないわ。慈愛龍らは、竜業合体した惑星スパイラル――螺旋業竜スパイラルを衛星軌道上から日本に落下させ、その衝撃で数百万数千万の人間の殺害し、グラビティ・チェインを奪おうとしているの」
行われる事は惑星同士の衝突に等しい。氷河期の再来とならずとも、直接的な被害だけで、日本の壊滅は想像に難くない。
それどころか、地球そのものの危機と言えた。
「ただ、先の言葉通り、予知とその補完によって、ドラゴン達が出現する衛星軌道上のポイントは割り出し終えているわ」
ケルベロス達には慈愛龍を始めとしたドラゴン軍団を撃破、その後、螺旋業竜スパイラルを破壊して欲しい。
それが、彼女の告げた依頼であった。
「まず、移動についてだけど、みんなには宇宙装備ヘリオンで衛星軌道上まで行って貰う事になるわ」
月までの移動を可能とした宇宙装備ヘリオンだ。衛星軌道上までの移動であれば、何の障害もない。
「そして、みんなにお願いしたい事は二つ。一つは慈愛龍のドラゴン軍団の一員『ヒュノストルム・グラ』の撃破。そして、もう一つは『螺旋業竜スパイラス』の破壊よ」
『螺旋業竜スパイラス』は竜業合体の結果、移動に特化したドラゴンへと化したらしい。言ってしまえば、その質量で地球に落ちる事しか出来ない。
よって、本作戦に参加したケルベロス達が最大出力のグラビティで一斉攻撃し、彼の竜を破壊してしまう必要がある。
「だから、みんなの場合、問題はヒュノストルム・グラの撃破と言う事になるわ」
螺旋業竜スパイラルの破壊が可能な時間内にヒュノストルム・グラを撃破すること。それが今回の命題となる。
「その時間、約12分」
即ち、12ターン以内にヒュノストルム・グラの撃破が必要となるのだ。
「もしも、ドラゴンに敗北、或いは時間切れのチームが5チーム以上出てしまった場合、螺旋業竜スパイラルの落下を完全に阻止することが出来なくなる。だから、それだけは注意して欲しい」
そして、肝心のヒュノストルム・グラの能力だ。
「暴食の竜の二つ名に相応しく、喰らうことがその能力よ。あと、全身の氷柱を飛ばして攻撃してくるわ。あと、身体の巨大さと宇宙を駆ける身体能力の相乗で、移動能力が格段に飛躍していることも、挙げられる」
グラビティ・チェインの枯渇により弱体化しているが、それでも元は一体でも辿り着けば地球が終わる、と言われたドラゴン軍団の一員だ。その強さは推して知るべし、と言った処だろう。
「ドラゴンは色々無茶苦茶だったけど、今回の作戦はそれに輪を掛けている。だけど、……地球を守る為には、阻止限界点までに、なんとしてでも螺旋業竜スパイラスを破壊する必要があるの」
地球の運命は皆の双肩に掛かっていると、リーシャは告げる。
「頑張って、ね」
その言葉だけが、彼女の紡ぐ事の出来る願いであった。
参加者 | |
---|---|
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414) |
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011) |
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) |
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513) |
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812) |
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652) |
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432) |
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570) |
●宇宙の中に吼える竜
そこには何も無かった。
見上げた先には瞬きを忘れた星々。そして、足下には青き星。頬を撫でる風は無く、故に此処が何処かを思い知らされる。
衛星軌道上――いわゆる熱圏に位置するこの場所は、厳密に言えば大気圏内である。だが、カーマン・ラインと呼ばれる仮想線を超えた此処は、宇宙空間とも呼ばれる場所でもあった。
(「その中を、飛来したと言うのか」)
無数と展開するドラゴン達を見遣り、北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)は独白する。
確かに同じ宇宙の中である以上、ゲートを使わず地球を侵略することは可能だ。だが、彼らが閉じ込められていた惑星スパイラルから地球まで、何万光年の距離があるのか、誰も判らない。まして、それを突破するなど、地続きであれば二本の脚で何処にでも到達する、と豪語するようなものではないか。
如何にデウスエクス、その中で個体最強と呼ばれるドラゴンであっても、規格外過ぎないだろうか。
「どれだけ規格外だろうと、地球への入場は拒否しないとね。大きすぎるし」
翼を広げ、ふっと柔らかい微笑を零すのはプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)だった。
その文言が指し示すとおり、遙か彼方を飛行するドラゴン達一体一体は、優に10メートルを超えていた。竜業合体の果てに、その肉体を手に入れたのだろうか。己が身体の10倍近い体長のそれに、しかし、畏怖を抱くことは無い。
「キミ達は此処で血肉に帰すのみだぞ」
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)の台詞が、その証左だった。
ドラゴン達に負けじと、此処に幾多のケルベロス達が集まっている。その全てがドラゴンに恐怖を抱いていない。地球侵略を企む敵であれば倒す。それがケルベロス達の使命だからだ。
「遠路はるばる、ご苦労様、と言いたい処だが」
見目麗しい日本刀をチャキリと構え、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が宣言する。
空気がほぼ無い宇宙空間の事。宣言が届くはずも無いが、それでも紡ぐ。自身を、仲間を奮い立たせる為。何より、それを戦の狼煙とする為に。
「そのまま、突撃場所を地獄に進路変更して貰う」
その言葉が、8人と4体が戦闘を開始する合図となった。
そして、言葉に呼応するよう、一体のドラゴンが8人の元へと飛来してくる。
甲羅の如く氷柱を背負ったそのドラゴンは、名をヒュノストルム・グラと言った。
「貴様がヒュノストルム・グラか」
錨鎚と鉄梃。対人兵器と呼ぶには余りにも禍々しいそれを双手に構え、神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)がその名を呼ぶ。
ヘリオライダーに告げられたその名を口にしても、何も感慨が湧かなかった。ただ、目の前に立ち塞がる強敵を倒さねばと、使命感を覚えるのみだ。
「――っ!!」
竜の咆哮もまた、身を削るに至らない。
弱い生物ならば一瞬で消し飛び兼ねない竜の咆哮はしかし、歴戦の勇者と謳われる彼らの精神を冒す程の物ではなかった。
(「声が届く……訳ではありませんね」)
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)の推測は正しかった。
音とは空気の振動であり、空気がほぼ無いこの空間では、自分達の声やドラゴンの咆哮が届く事は無い。だから、胸に響くこの振動は、何らかの魔力による補助が為されているのだろう。
声が現す物は、悲哀、そして、憤怒だった。
「悲しいと、嘆く理由なんて、貴方たちには無いのに」
己の胸を焦がす痛みに、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は唾棄の如く言い捨てる。
仲間を、友を喰いながらも地球を目指した痛みを理解しないわけでも無い。だが、それでも、それを肯定する心情は彼女にはない。そうするくらいなら、死んだ方がマシ。それが、ルティエの生き方であった。
「ここが終着だ。犠牲にした命の全てが無駄だったと教えてやるよ」
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)は辛辣に、ドラゴンへ死を告げる。
その挑発にヒュノストルム・グラが乗ったのか否か。
しかし、水色の軌跡を描き、ドラゴンはケルベロスへと牙を剥く。背から零れ落ちた氷片群が、彗星の如く尾を引いていた。
●青と黒の群像
肌を切り裂く痛みは、疼きにも似た痺れを残し、消えていく。
(「――ッ」)
それを為したのは、ドラゴンの牙だった。西洋剣斯くやの斬撃は、プラン自身の血液と言う血化粧を肌に施し、しかし、次の瞬間、それは刻まれた疵ごと、消失する。
ルティエの召喚した月光による癒やしが、それらを跡形も無く治癒したのだ。
「プランさん?!」
「――判ってる」
追撃と続く咬撃を躱し、朱色の瞳を覗き込む。朱色と紫色。そこに刻まれる夢現の微睡みは、如何にドラゴンであっても、抗える物ではない。
現に、ヒュノストルム・グラの視線はプランに釘付けだ。僅か二分の攻防で、彼女は自身の役目を果たしていた。
(「ドラゴンも、焦っている?」)
二度に亘り、軍歌を奏でた後、ドラゴンに向き直ったイピナは、戦鎚の如くバイオレンスギターを構え、そう分析する。仲間に対する牙を逸らし、防御に徹する彼女の観察眼は、見切りを厭わずに敢行された数度の咬撃を見逃していない。
曰く、それは――。
「殺す、殺す、殺すッ」
ドラゴンの視線は、ケルベロス達の想定通り、プランに注がれている。
それが彼女が紡いだ狂乱の幻影に由来することを、ドラゴンもまた、理解していた。
ならば、ドラゴンが選んだ手法も、彼らには手を取るように判った。
「身頭滅却すれば、火もまた涼し。燃えるものが残らねば、熱さなど感じないだろう?」
晟の蒼炎がヒュノストルム・グラの身体を灼く。自身が背負う氷すら溶かさんとする竜人の炎に、巨躯のドラゴンの反応は、一瞥をくれただけだった。
「随分とご執心の様だな」
流星の軌跡を描く跳び蹴りを繰り出した結衣が零したのは、呆れにも似た声だった。
だが、その心の内は判る。自身を縛る呪いがプランに起因するのであれば、彼女の撃破を優先すべしとドラゴンが判断したのだ。
(「そうだ。もっと焦れ!」)
こがらす丸と共に宇宙空間を駆ける計都の竜砲弾は、相棒の吶喊と共に。放つ弾丸も、弾丸と化したサーヴァントの体当たりも、ヒュノストルム・グラの鱗を打ち砕き、その血肉を無重力の世界へとまき散らす。
焦燥は隙を生み、その隙はケルベロス達の勝機へと繋がっている。
だからこそ望む。更に焦れと。何分、自分達は時間が無い。
「3分経過、だね」
宇宙空間に極彩色の爆風をまき散らし、真が仲間達に呼び掛ける。仲間を勇気づける噴煙はしかし、今はどこか心許ない。それは前衛にクラッシャーが一人という布陣の為か、それとも減衰を引き起こす厚い層があるが故か。
翔之助を始めとした飛び交う治癒も、何処までフォローに入れるか、疑念は尽きなかった。
(「残り9分!」)
空の霊力でドラゴンの傷を切り広げながら、鬼人が唸る。ケルベロス達が焦燥を抱く理由、それは彼らに残された時間に他ならない。後9分で螺旋業竜スパイラルが地球へと投下されてしまう。その阻止こそが、彼らに課せられた最上級の使命だった。
ならば、ドラゴンの焦燥は何処に依るのだろう?
(「グラビティ・チェインの枯渇……だね」)
三度目の牙はプランの豊満な乳房を裂き、零れ落ちた血肉を凶刃に、そしてそれを支える口腔へと導いていく。自身の血が啜られ、肉を食われる様は見ていて愉快な物ではない。咄嗟に押さえた腕から零れる艶色は、再度、仲間から飛んだヒールによって、裂かれた着物毎修復されていく。
だが、失われた血肉の全てが蘇る訳ではなかった。
「寄越せっ。もっと寄越せっ。グラビティ・チェインをッ!!」
「獣甚だしいな!」
晟の殴打、そしてラグナルの息吹を受け、踏鞴踏むヒュノストルム・グラ。しかし、狂乱に染まった朱色の瞳は、プランに、否、目の前に立ち塞がる8人と4体のケルベロス達へと向けられていた。
「お前らもだ。全てを、喰らわせろっ!」
咆哮は渇望に染まっていた。
竜業合体の果て、そして長き旅路の果てに、ヒュノストルム・グラが飢餓状態に陥っているのは明白だった。暴食の竜と呼ばれた彼にとって、飢餓は耐えがたい苦痛なのだろう。
だから喰らう。その為には全てを投げ出す。
「それが貴様の焦燥か、暴食の竜よ」
吐き捨てた晟の言葉に、答えは無かった。
●暴食のドゥームズディ
鮮血の華が咲く。
「プラン?!」
誰かの叫びはしかし、既に意識を手放した彼女に届いていない。白い髪が、血の飛沫が、何より力なく横たわる四肢が、その事実を彼らに告げていた。
「――くっ」
時間にして9分。短くも長いその刻限に、ルティエは銀狼の号哭で応える。
二人と四体――6人によるディフェンダー、そして彼女と真によるメディックの補助があったとは言え、ここまで避雷針としての役目を果たしたのだ。それを責めるつもりはない。
だが、その一方で、既に9分が経過した、と言う思いもあった。
「いい加減倒れろよっ」
計都の研ぎ澄まされた一撃は、紛うこと無くヒュノストルム・グラの鱗を梳る。だが、派手に散乱する氷片に反し、その身体に伝わる衝撃は少なかった。
「こがらすま――」
呼び掛けに応じる相棒の姿は、もう無い。
それは彼のこがらす丸だけでは無い。真の翔之助も、晟のラグナルも、そして、ルティエの紅蓮も既に姿を消失してしまっている。プランの防御に殉じ、斃れて行ったのだ。
「一歩及ばず、と言った処か」
灼熱と冥府。アラーム音を背景に、結衣が異なる色の斬霊刀を繰り出す。その声には苛立たしげな響きが混じっていた。
接敵からこの間、補助に回った暇を除き、ヒュノストルム・グラは絶え間なく仲間達のグラビティに晒されていたと言って良い。それでも、尚、彼の竜の体力には余裕が見受けられる。
「これが竜業合体の成せる業か?」
真の疑問符は、前衛を癒やすべく召喚した治癒用ドローンの出現と共に紡がれていた。
この攻撃力で、そして体力で、弱体化している等とは信じがたかった。だが、現に目の前のドラゴンは飢餓を訴え、プランの血肉を啜っていたではないか。
「――弱気になるなよ!」
重くのし掛かる場の空気を吹き飛ばすかの様に、叱咤の声が上がる。
左腕の炎を強く輝かせた青年――鬼人であった。
槍の如く突き出された氷柱を切り飛ばし、返す刀で鱗を切り裂きながら、彼は不敵に笑う。
「ええっ。ええっ。そうですよ!」
イピナの斬撃による追随も明るい声と共に紡がれる。
ヒュノストルム・グラの身体に刻まれた傷は少なくとも、ここまで重ねた不利益は幾重にも重なっている。それを切り裂き、切り広げ、そして今に繋いできた。その道程は無意味な物では無い。
ドラゴンのくぐもった咆哮が響く。一人が倒れ、サーヴァントが消失し、数を半減近くに落としながらも、それでも心折れない彼らへ嫌忌を向けるような、そんな悲鳴じみた唸り声だった。
「そろそろ終わりにしようか、ヒュノストルム・グラ」
深い息と共に、晟が告げる。
仲間達のアラームが終焉を告げている。次の一撃こそが、彼の竜と自身らの最期の交差だと理解していた。
そして、その宣言こそが、口火となった。
ヒュノストルム・グラは巨翼を翻し、宇宙空間を飛ぶ。己が質量も、推進力も、そして鋭牙も。全てを武器と変え、ケルベロスへと吶喊する。
そこに突き刺さるのは無数のグラビティだった。
真の痛烈な強打、イピナと計都の跳び蹴り、ルティエの鎌鼬と結衣の剣による斬撃。
それらを受け、しかし、ヒュノストルム・グラの動きは止まらない。氷の弾丸が、鋭い爪が、牙が、ケルベロスを捉え、切り裂かんと伸ばされる。
「刀の極意。その名、無拍子」
だが、それがケルベロスの何れにも届くことは無かった。
鞘に収められた鬼人の約束刀は一呼吸の元、居合いの円を描く。
人の胴よりも太い腕を断たれた衝撃は、一瞬、ドラゴンに虚を抱かせるのに充分だった。
「神崎クン、戦いの帰結はキミの手で着けろ!」
「言われるまでもない!」
真の言葉に、晟が吼える。
それに呼応するのは青白く輝く錨鎚だった。ドラゴニック・パワーの噴出を彗星の如く尾を引き、鈎と化した鎚がヒュノストルム・グラの鱗を、身体を抉り、貫いていく。
その姿はまさしく、死者に杭打つ執行者そのものであった。
「――小僧っ?!」
「俺の因縁を全て抱き――消えろ、ヒュノストルム・グラ!!」
咆哮はどちらの口から零れた物か。或いはその双方か。
声が響かない筈の宇宙空間に、しかし、その叫びは確かに広がっていく。
噴影の青白い光が収束したその場所に、残されたのは晟一人だった。光と砕けたヒュノストルム・グラの姿は何処にも無く。
仲間達の歓喜が、そこに響いていた。
●微熱が冷めないまま
ヒュノストルム・グラに勝利した。
だが、勝利の美酒に酔いしれる時間は、彼らに残されていない。
「……ギリギリでしたね」
視線の先、集う他班を見上げ、ルティエが嘆息する。
仕事はもう一つ。螺旋業竜スパイラルの破壊が未だ残っている。
「そう、だな」
感慨に震える時間は無いと、晟も頷く。祝杯を挙げる気分でもないが、喜ぶとすれば、この後――地球へ帰還した後だろうか。
「オツカレサマ。もう一仕事、やっていこうか」
プランの身体も回収しないとな、と真が微苦笑する。重力下であれば地面に倒れているだけだが、ここは宇宙空間だ。まったく、慣れない環境は厳しい。ヘリオンが回収してくれていればいいのだけれども。
「行こうか」
ロザリオに手を当て、鬼人が宣言する。祈りはもう少し後だ、と何処かに呟きを残して。
キラキラと、それは輝いていた。
螺旋業竜スパイラルへの一斉攻撃は、ひとまず成功と言った処だった。グラビティが引き起こした無数の爆発と破壊は、螺旋業竜スパイラルを砕き、無数の破片となったそれらは重力に囚われ、大気圏へと落ちていった。
気咬弾の残滓を指から零しながら、イピナは額に浮かんだ汗を拭う。
「……少しだけ、綺麗と思うのは不謹慎でしょうか?」
大気圏で燃える無数の欠片は、流星群の様にも見える。地上から見れば、違いなど分からないだろう。
「この流れ星達は、願い事は聞いてくれそうにありませんけど」
サイコフォースの反動か。こめかみを揉みながら結衣が人懐っこい笑みを浮かべる。ついぞ口から零れた冗談は、無事に全てが終わった証しであった。
「後はヘリオンに回収して貰って帰還。……長かったなぁ」
総時間は一刻も有るはずも無いのに、計都の言葉はどこかしみじみと響く。
眼下に広がる地球の青は、見慣れないはずなのにしかし、懐かしい。
早くあの大地に戻りたいと、心の何処かが訴えている、そんな気がした。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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