「端的に言ってしまえば……やはり無理矢理と言うのは、良くない」
「駄目ですか? 今ではもう、やろうと思えば簡単なのに?」
「ああ。駄目だよ。出来るけれど、しない。それが紳士的な姿勢というものだ」
冬の気配は既に遠く、梅雨の湿り気が訪れつつある晩春。元はマンションと思しき寂れた廃墟の一角で、ビルシャナとその信者と思しき青年が椅子へ腰かけて徒然と会話を交わしていた。
「『何事も同意を得た上で』、基本的な事だとも。一方的な押し付けは誰も幸せにならないのだから……」
「で、本音は?」
優雅ぶって紅茶なぞを舐め始めたビルシャナの言葉をバッサリと切りながら、信者は先を促す。にべもない態度にちょっぴり悲し気な目をしつつ、鳥聖はコホンと小さく咳払いをして答えた。
「こう、ほら。本気で泣かれたり嫌がられたらさ……凹むじゃん」
「チキンですねぇ、鳥だけに」
「だまらっしゃい。上手いことを言ったつもりかね」
じろりと信者を睨みながら、ビルシャナは言葉を続ける。
「……人は誰しも他者に言えない欲求というモノを、一つや二つ胸に秘めているものだ。他人には隠したい、でも理解して欲しい、しかし打ち明けられる相手などそうは居ない。そんな人間らしいジレンマ。キミ達も元々、そういった行き場のない想いを抱えた者が寄り集まったサークルだったかね」
「ええ、そうです。細々としたものでしたが……貴方が来てから変わりましたね」
「普段からそう殊勝なら良いんだがねぇ。まぁ、兎も角として」
ビルシャナは椅子を立ち、窓辺へと歩み寄る。そこからは夕日の赤々とした長い光が差し込み、室内の深紅を塗り潰していた。
「分かって貰えない、だが想いは募る一方……でもね、だからと言って強引な手段を選ぶ必要などないのですよ」
そうして、ビルシャナは信者へと向き直る。その表情は何処までも穏やかだ。
「誠心誠意、己が心の裡を説明する。そして理解し、同意してもらう。小細工は不要です、それだけで全ては事足りる。誰も不幸になど成りはしません」
「まぁ、真っ当な手段だと認めますが……時間が掛かり過ぎるのが難点ですよ。暫く活動していますけど、成果がまだ五人だけなんですが」
「そこは仕方が在りません。ただゼロがイチになっただけでも御の字です。という訳で」
言葉を交わすうちに陽が沈み切り、夜の帳が訪れた。そろそろ日の輝きが無くとも過ごしやすい気温で、窓からは生温かな風が入り込んでいる。鼻腔をくすぐる空気は、微かに湿っぽい。
「今日も説得に参りますか……なに、そろそろまた一人くらいは同意してくれましょう」
「だと良いんですけどねぇ……」
そうしてビルシャナは信者を連れて部屋を出てゆく。紅色に染め上げられた室内から、上階の居住層へと。そこでは小さく息を呑む声が、幾重も重なり合って響いているのであった。
●
「皆さん、ハール王女の撃破に大阪潜入作戦、お疲れ様っす! 情勢が色々と動いている昨今すけど……まぁ、それでも変わらない連中ってのはやはり居る訳で」
ヘリポートへ集まったケルベロスたちへ、黒瀬・ダンテは苦笑を浮かべながらそう説明の口火を切った。
「例によって、ビルシャナによる扇動事件が予知されたっす。それも、割と笑えない内容のっすね」
今回事件を起こしたのは悟りを開いたビルシャナだ。己の教義を広げて配下を増やそうとする、ある種見慣れた手合い。しかし、予知した内容が余り愉快なものではなかったのか、ダンテは苦々しそうに眉を顰める。
「事件を引き起こすビルシャナの掲げる教義は……『同意の上が一番幸せだよね』というものっす」
どういう教えなんだそれは、と言う呆れた視線がダンテへ突き刺さる。だが当の説明者の表情は些かも緩む気配が無かった。彼は言葉を選びながら説明を続ける。
「このビルシャナはちょっとばかり特異な、人に聞かれれば後ろ指を指されるような趣味を持つ人たちを己の信者として抱え込んでいるみたいっす。で、その趣味ってのが問題でして……どうやら、真っ当な手段で満たせるような類のものじゃないみたいっす。端的に言えば、法に触れるような」
何やら話の雲行きが怪しくなってきた。ケルベロスたちはちらりと訝し気に目配せし合いながら、ダンテに先を続けるよう促す。
「それを満たす為にビルシャナが掲げたのが先の教義っす。どうやら彼らは夜な夜な人を攫い、廃マンションへ閉じ込めて自分たちの趣味に協力してくれるよう『説得』しているみたいなんす」
法に触れる趣味以前に、明確な犯罪行為だ。だがビルシャナに率いられた結果、そうした倫理観が崩れつつあるのだろう。もしくは……元よりそうした事に対する心理的抵抗が少なかったか。
「一応建前上は説得なんで、暴力だの薬物だのってのは使ってないみたいっすけど……例えるなら『はい』と答えない限りストーリーが進行しないRPG。ちょっと不謹慎な言い方ではあるっすけど、考え方としては一緒っす」
攫われた人々も最初は相手の申し出を断るだろう。しかし監禁状態が長引けば精神は衰弱し、正常な判断力が鈍り、最後は訳も分からず頷いてしまう可能性が高い。
「分かってくれた、理解したうえで同意した。彼らとしてはそう捉えているみたいっすけど……通らないっすよ、そんなの」
ともあれ、そうなった果てに何が待ち受けるのか。少なくとも明るいものではないはずだ。ダンテは続く言葉でそれを暗に示す。
「出来る限り、説得によって信者たちをビルシャナから解放して欲しいっすけど……彼らの手は控えめに言っても、綺麗とは言い難いっす。つまり、万が一説得が不首尾に終わって『最後の手段』を取ったとしても、問題はない相手とも言えるっす」
先の説明の通り、ビルシャナたちはある都市郊外に在る廃マンションを拠点としているようだ。一階部分に彼らがたむろしているエントランスが在り、二階より上の居住層には攫われた人々が閉じ込められている。エントランス部分自体は非常に広いので、戦闘を行うのに支障はないだろう。
「少なくとも、同意を得るまでは信者たちが彼等へ何かすることは無いっす。だから人質に取られたりする心配は一先ずしなくて大丈夫っすね」
マンションのエントランス部に突入後、まずは信者たちの説得を行う事になるだろう。その総数は8名。全員元から薄い繋がりを持っていたらしく、介入してきたビルシャナが中心となってそれを纏め上げているようだ。
説得の内容は正道や常識を解くのでも、より強烈な衝撃で洗脳を吹き飛ばすのでも構わない。ビルシャナの影響化から脱しさえすれば、一先ず戦闘に加わることは無くなる。
「ただ、説得の難易度は正直高いっす。『同意さえすれば問題ない』って意識をどう揺らがせるかがポイントっすけど……道徳云々を横に置いて、ビルシャナの支配下から脱させる事だけを考えればより『悪化させる』のも一手とは言えるっす」
そこは皆さんにお任せするっす。ダンテは悩まし気に腕組みしながら、そう頭を下げる。それを行うのは飽くまでもケルベロス自身、無責任に選択を押し付ける訳にはいかないと考えてのことだろう。
「万が一、彼らが参戦した場合には普段使っている道具を手に襲い掛かってくるっす。ナイフ、鋸、チェーンソーや芝刈り機に斧……何に使っていたかはあまり考えたくはないっすね」
当のビルシャナはと言うと、肉弾戦よりも後方での支援を得意としているらしい。言葉巧みに敵を操る業、相手の警戒心を解く呪い、監禁や人攫いの手管といった、直接的ではないが厄介な効果を使用してくる。それらに前衛となる信者が加われば、極めて厄介と言えるだろう。
「とは言え、元が一般人なので戦闘力は高くないっす。説得に注力して始めから数を減らすか、速攻を心掛けて早々にビルシャナを相手取るか。どっちも一長一短っすね」
戦闘後に警察や救急等の行政機関の助力を仰げば、拉致された人々の救助はスムーズに行えるだろう。彼らについて取り合えずは戦闘後まで気にしなくて良いのは、不幸中の幸いか。
世界の情勢はいまも大きく動き、ケルベロスたちの手を必要としている。だが一方で、こうした足元で起こる悲劇もまた見過ごすことは出来ない。
「厄介な事件っすけど……どうか頼んだっすよ?」
そう話を締めくくると、ダンテは仲間たちを送り出すのであった。
参加者 | |
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機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466) |
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755) |
武蔵野・大和(大魔神・e50884) |
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615) |
●紅に染まる
紅い光が全てを染める夕暮れ時、都市郊外には人気のない街並みが広がっていた。そんな物寂しい景色の中に、五つの影が長く伸びている。それは凄惨な事件の臭いを察知したケルベロスたちの姿だ。
「不審人物による声掛け事案、行方不明者の捜索願届け出件数。人口密集地と比べて、どれもこの付近が突出していますね。今まで良く警察の目を掻い潜れたというべきでしょうか……」
足を動かしながら、ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)は手元の報告書へと視線を走らせている。そこに記載されているのは付近の治安情報について。彼女の言葉通り、ここ最近一帯の不審者情報は増加の一途を辿っていた。
「全部とは言わずとも、ビルシャナと信者の関与は間違いないでしょうね。同意の上で人々を攫うなんて、もうその時点で何もかも間違ってる様な……それも『した』のではなく半ば強引に『させた』んでしょうし」
「最終的に同意を得られれば、その前後に犯した違法行為は全て無かったことになる……そんな事を考えているのでしょう。ビルシャナにそう唆されたというのであれば、仕方のない点もあります。ただ……」
悩まし気に腕を組む武蔵野・大和(大魔神・e50884)の横では、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が深々とため息を吐きながら首を振る。大和の言う通り、同意と言ってもその実態は強制とほぼ同義だ。しかし、信者たちが心に溜め込んでいた欲望を鳥聖によって増幅させられたと言うのであれば、まだある種の被害者という事で救いがあるだろう。一方、真理が事件情報から感じ取った生々しさが、それだけに留まらないであろうことを予感させていた。主の心情を察してか、鉄騎がチカチカとライトを黄色く明滅させる。
「アブノーマルな性癖だろうと尊重してあげたいけどぉ……やっぱり、手続きとか手順は重要なの! それも形式的なだけじゃなくて、きちんと心からの同意という意味でなの!」
だが、一概に否定した所で信者が耳を貸す可能性は低いだろう。反発よりも共感、積極的否定よりも消極的肯定をと、盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)は考えている。とは言え罪は罪に変わりなく、罰は受けねばならない。
「ビルシャナの影響かどうかは横に置くとして、信者も綺麗な身の上とは言えない様子です……せめて、最後の最後に自分の意志で踏み留まるような機会に出来ると良いのですけれど」
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)としては説得によってこれ以上の被害を出させない事を願っていた。行きつく果てまで堕ちてしまわぬよう、最後の楔を打ってやらねばなるまい。例えそれが痛みを伴うとしても。
そうして五人は歩いている内に、目的地である廃マンションへと辿り着く。一階には蠢く、そして二階より上には息を潜める人の気配が感じられる。五人は互いに目配せし合うと、意を決して内部へと足を踏み込んでゆくのだった。
●免罪符を弄する者よ
ビクリ、と。己の行為が後ろめたい事だと自覚があるのか、はたまた単に密かな趣味を暴かれた驚きか。信者たちは乗り込んできた番犬たちの姿に緊張感を走らせる。これまで『招いた』ことはあっても、自発的に誰かがやって来た事など無いのだろう。どうすべきかと狼狽える信者たちを留めながら、鳥聖が前へと進み出た。
「やぁやぁ、これは御客人殿。如何な要件でいらっしゃったのかな?」
「……近隣で発生している事件について話を聞きに参りました。単刀直入に問いますが、あなた方はこれらに関係がありますね?」
手始めにそう口火を切ったのは真理だった。横からはベルローズが事件資料を突きつけながら、まずは事件への関与を認めさせるべく話を引き継ぐ。
「もし関与しているのであれば、どうか速やかな自首を。暴走して行き着く先は……こんなものなんですよ」
物事に対する心理的抵抗は回数を重ねるごとに緩み、先鋭化するもの。実際の事例を示しつつ、魔女は回答を求める。しかし予想に反して、相手の反応はあっさりしたものだった。
「これはどうやら、不幸な行き違いがあった様ですねぇ」
「その通り。僕たちはそんな酷い行為はしていません……ただ、お願いしているだけなんです。大丈夫、何も問題ありませんよ」
彼らは質問の内容を半ば認めつつも訂正する。曰く、協力して貰える様に説得しているだけだと。誠心誠意、時間を掛けて言葉を尽くしているだけなのだと。一見、当たり障りのない返答だが、そこで少女は疑問を口にする。
「同意してくれなかったら、どうするんですか? もちろん、ちゃんと諦めて、傷つけず速やかに解放してるんですよね? 監禁を続けて、同意するまで解放しないなんてこと……してませんよね」
「そもそも同意と言いますが、本当に相手が望んでいることなのですか? 相手を慮れば、本心は自ずと察せられるはずです」
ベルローズの畳みかけに、鬼灯が更に言葉を重ねて援護する。彼は人間の善性というものを信じていた。例え、相手の手が既に汚れていようとも、一欠片の良心は在るはずだと。対して、信者は小さく目を伏せて顔を逸らし……。
「確かに、始めこそ頷いては貰えません。実際、未だに拒絶される方も多い……でも非道な事さえしなければ、最後に人は必ず分かり合えます! 実際、既に『六人』もの方には同意頂いてますから!」
にこやかな笑顔を浮かべて、エントランスの端へと視線を向けた。その先には管理人室と思しき小部屋がある。ちらりと覗く室内は緋色に染まっていた……窓の外から見える夕陽はとっくに沈んでいるというのに。それが何を意味しているのか理解した瞬間、大和は思わず声を荒げていた。
「あなた達は何を言っているんですか。暴力や薬物を使おうが使うまいが、そんな事は関係ないです。やってる事が立派な犯罪だって、理解した上で同意を求める? それは『説得』ではなくただの『強要』です!」
「……同意を得る事は確かに重要だと思うのです。でも、それは言葉で言われただけじゃ、本当に同意してるかなんて分からないのですよ」
大和とは対照的に真理の言葉は表面上冷静だ。しかし、表情や滲む感情は平穏などとは程遠い。仲間が問うた論点を微妙にずらし、『同意』を盾に話を濁そうとした。その無意識な悪意を敏感に感じ取っていたが故の激昂。番犬の剣呑な雰囲気に思わず信者たちが後退る。
「命の危機に晒されて、どうして正常な判断が下せますか。本当に自分の意志だけで同意出来る環境が、まず大事だと思うのです」
「そ、その為にも、こうして個室を用意して……!?」
言い募る真理の言葉に反駁する信徒。だが、その口調には苦しさが滲んでいる。論理的に抗し得ないと理解しつつも、感情として認める事が出来ないと言った所か。このまま押し込んでも良いが、リスクも大きい。そこで説得を引き継いだのはふわりであった。
「同意するのって、『良いよ』って言うだけじゃないと思うの!」
「なんだって?」
別方面からの説得に、責められていた動揺も相まって信者も思わず虚を突かれる。
「嫌よ嫌よも好きの内。女の子は恥ずかしくて素直になれない時があるからー、『ダメ』とか『ヤダ』って言ってても、本当はして欲しい事がいーっぱいあるの!」
でも、と。ふわりは畳みかける様に言葉を続けた。
「ふわりはね、ビルシャナさんの攻撃じゃなかったら死なないの。だからー……信者さんだけなら、何でも受け入れてあげるの」
そうして彼女は敢えて信者たちの前へと無防備に体を晒す。少女の妖艶さにぐらりと信者たちは理性を揺らがせ、思わず殺到しかけた……寸前。
「こういう方法は見ていて危なっかしいのですが……効果があった分複雑ですね」
「同意だなんだと言ってはいますが、所詮は薄い繋がりで集まった者同士。一皮剥けばこんなものでしょう」
鬼灯と大和によってほぼ全員が無力化された。非難された所に受け入れてくれる相手が現れたのだ、逃げ込みたくなるのが人情というもの。だが鳥聖はやれやれと首を振る。
「四、五……六人か。随分持っていかれたねぇ。やはり、個別に時間を掛け過ぎたかな?」
「内心、焦れていたんでしょうね。もうちょいコンスタントにやれてれば、見え透いた誘惑に乗らなかったやもしれませんが」
残った信者は二名。彼らは凶器を手にし、鳥聖と肩を並べる。説得はここまで、後は刃を以て望むのみ。番犬側も態勢を整えるや、戦闘へと雪崩込んでゆくのであった。
●虚偽は剥がれ逝く
「まずは信者の排除を優先した方が良さそうですね。もう一人は頼めますか?」
「もちろんなの。さっき言ったのは交渉の建前だけじゃないって教えてあげるの!」
まず先手を取ったのは真理とふわりであった。真理は鉄騎を吶喊させながら短刃を振り回す信者へ肉薄し、ふわりも先程と同じようにもう一人の前へと身を躍らせた。
「室内でバイクがまともに動けるなんて……ごはっ!?」
ビルシャナの支配下にあるとは言え、元が素人だ。鉄騎の火炎突撃に跳ね飛ばされた信者は、落下地点で待ち構えていた真理の手刀によって呆気なく意識を刈り取られた。
「所詮、お前も口先だけでっ!?」
「なら、遠慮せずに試してみるの?」
一方、ふわりは敢えて防御することなく攻撃をそのまま受け止める。致命に至らぬとは言え傷は傷。鋸が振るわれる度に鮮血が舞うも少女は恍惚とした表情を崩さず、そのまま抱きしめる様に相手を締め落とした。事前に数を減らせていた事も相まって、信者への対処は早々に終わる。だが、鳥聖にとってその僅かな時間さえ稼げれば十分だった。
「ふむ、やっぱり僕も彼らも荒事は不得手だねぇ……やはり話し合いとはいかないかい? 特に君は十分に素質がありそうだ。こっち側としてもね」
ぺらりと、嘴の奥で舌が廻る。魔力が乗った言の葉は室内に反響し、番犬たちの意識を揺るがせる。特に相手が目を付けたふわりへは強力に作用し、彼女の判断力を奪いにかかる、が。
「そう易々と思い通りにはさせません!」
すかさず大和がカバーへと入った。彼が握り締めた拳を開いた瞬間、内部に収束された癒しの気力が仲間の身体へと吸い込まれ、忌まわしき魔力を弾き飛ばしてゆく。
「参ったな、出来れば今の一人くらいは引き込みたかったけれど」
「そうやって被害者たちも丸め込んでいたのですか。あなた方の同意という名の強要は、単なる後ろ暗い欲望のはけ口でしかありません……!」
不利な状況にも態度を崩さぬ相手に、ベルローズは苛立ち交じりに虚無球体を叩き込む。相手は羽毛を散らしながらも、困ったように眉根を顰める。
「それは見解の相違という奴だ。事前情報に頼らず、一度先入観を取り払ってはどうだろうか?」
指差しと共に放たれるは警戒心を奪う呪い。その隙に人攫いの手管で魔女の身柄を奪い去ろうとするも、羽先が触れる寸前に割って入る人影が在った。
「僕が地獄化した心に不安を持ちながら、それでも人で在ろうとする一方……人を人のまま墜とそうとするなどと。正直、やるせませんね」
それは友人を庇わんとする鬼灯である。彼は展開した鎖陣による防御を活かして敵を弾き返すや、返す刀で強烈な一撃を解き放つ。
「恐怖を与えても、与えられる事など無かったのでしょう。なら見せてあげますよ、本当の僕の怖さをね」
鎌首をもたげしは八首の蛇頭。各首に火や毒、刃などの属性を秘めたそれらは八方より鳥聖へと殺到するや、全身に食らいついてゆく。
「そ、れを……事前に説明して、納得したからこその、同意で……!」
「まだ言うのですか。私はそれが建前以外の何物でもないことを、既に『視』て知っています」
間髪入れずにベルローズが呼び出したのは、惨劇の記憶によって形成された漆黒の腕群だ。彼女は毅然とそれを手繰り敵を縛める一方、額には脂汗が滲んでいる。此処で何が起こり、被害者が何を想ったのか。魔女はそれを魂で識っていた。思わず体が崩れ落ちそうになるものの、咄嗟に伸ばされた鬼灯の手がそっと支えてくれる。
「ならば、断わればよかった。それをしなかった以上、本人にも責任が……っ」
「なにしているのかな? ふわり達、ビルシャナさんが攻撃してくるのはオッケーしてないのー!」
蛇頭と影腕の拘束を奇妙な身のこなしで振り切り、そのまま攻撃へと転じようとする鳥聖。だが、相手の言葉を無視したふわりがそれを許さない。手弱女然とした外見とは裏腹に、巨大な刃と化した腕が斬傷を刻み込む。負傷時の衝撃で目算が狂い、鳥聖の攻撃が空振った。その隙を見逃すほど番犬は甘くない。
「暗闇に隠れ、甘言で人々を引きずり込む邪悪。ここで終わらせます!」
大和の輝く掌が体勢を崩した敵を捕らえ、その熱量によって焼き尽くしてゆく。悪しきを焦がし、命を照らす光。それから逃れようと、鳥聖は飽くまでも藻掻く……が。
「こ、これはいけない。駄目だ、私はこんな結末に同意などッ!」
「……他人の意志を玩んだのです。なら、自らのそれが尊重されることもまたありません」
当然でしょう? 冷徹な宣言と共に真理の放った砲撃が、鳥聖の首元を消し飛ばした。くるくると宙を舞う鳥頭は目を剥きながら落下してゆき。
「こんなのは、おかしい……」
最後まで身勝手な言葉を吐きながら、地面へ転がるのであった。
●自由と意志
戦闘は番犬側の勝利で終わった。しかし、ある意味で本番は此処からとも言えるだろう。囚われの人々を救い出すべく、五人は速やかに行動を開始してゆく。
「……同意って、いったい何なんでしょうかね? さっぱり分かりません」
「少なくとも、こんな行為によって生まれるものでない事は確かでしょうね」
警察や救急などへ連絡を取り終え、大和がぽつりとそう漏らした。横で信者たちの引き渡し準備を進めていた真理は、手を動かしながら相槌を打つ。合意というのは只でさえ難しい概念だが、現状と真逆に位置する事だけは確かなのだろう。
「上の階は一通り見終わったの! 言葉通り、被害者に被害は無かったの。尤も……肉体面では、なの」
上層から降りてきたふわりの報告に、仲間たちも微妙な表情を浮かべざるを得ない。彼女の言わんとしている内容を察してしまったからだ。だが、それに関しては専門家に任せる他ないだろう。
「危機に瀕した命は救え、無念を晴らせた。そう、納得するしかないのでしょうね」
一方、ベルローズはエントランスの片隅で布を敷いて回っていた。その数、六つ。布下に眠るのは既に『同意』してしまった犠牲者たちである。彼らの傍らでは、鬼灯がそっと膝を突いていた。
(救ってあげられなくて……ごめんね)
せめてこの結末が僅かばかりの慰めとなるよう、彼は黙祷を捧げてゆく。
そうして、遥か遠くからはサイレンの甲高い音が徐々に木霊し始めるのであった。
作者:月見月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年6月2日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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