●衛星軌道上
其は彼方より来たりし災厄。
螺旋の地にて潰える運命を拒み、数多の同胞と星を喰らって存えた、業の最果て。
――スパイラス。彼の星と同じ名を与えられし竜は、間もなく忌々しき地へと墜ちる。
その巨躯で幾千幾万を殺し尽くして、僅か残った同胞へと再び力を与えるべく。
「……漸く、か」
東洋の絵巻物から抜き出したような竜は、強者らしからぬ溜め息を交えて呟いた。
「漸く。漸く辿り着いた。愚蒙なる同胞が招いた窮地を越えて、漸く。
拙でさえ――このグァルマルツィアさえ枯れ果てる程の苦難の果てに、漸く。
然し、此処まで来ればあと僅か。スパイラスが墜ちれば全て報われる。
故に邪魔立てなどさせぬぞ、ケルベロスよ」
風など吹かぬ宇宙に髭を靡かせて、竜はじっと、地球を見据えている――。
●ヘリポートにて
エインヘリアル第二王女ハール撃破と、その支援を兼ねた大阪城地下への潜入。
両作戦は共に成功で終わった。攻性植物とエインヘリアルを繋いでいたハールが斃れたことで、東京・大阪でのデウスエクス同時侵攻という危機は、ひとまず回避されただろう。
その一方、地下潜入班からは『ドラゴン勢力が竜業合体によって星の海を渡り、地球に間もなく到達するであろうという』という情報も得られている。
「……どうやら、それは『ドラゴニア本星』からのものだけではなかったようなの」
ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は空を仰いでから言葉を継ぐ。
「螺旋忍軍の本星『惑星スパイラス』に取り残されていたドラゴンたちが、竜業合体で惑星スパイラスそのものと合体を果たし、地球の衛星軌道上に出現すると予知されたわ」
これはサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)の警戒していた危機そのものであり、黎泉寺・紫織(ウェアライダーの・e27269)やエマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力を要請していた天文台からの情報と、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が注意を喚起していたNASAによる解析で、既に詳細も判明している。
情報を総合すれば、出現するのは竜業合体で生まれた『螺旋業竜スパイラス』に加えて、慈愛龍の二頭――メルセデスとギルバレムなど、強大なドラゴンの生き残りが三十ほど。
「地球への移動でグラビティ・チェインを使い果たしてしまった彼らは、螺旋業竜スパイラスを衛星軌道上から日本に落下させるという荒技で、数百万から数千万にも上る人々を殺害、グラビティ・チェインを略奪して、本来の力を取り戻そうとしているわ」
これが実現されれば、地球は間違いなく終焉を迎えるだろう。
阻止できるのは、勿論、ケルベロスを措いて他にない。
●作戦詳細
迎撃は衛星軌道上。そこまでは、宇宙装備仕様のヘリオンで向かう。
作戦の最大目標は螺旋業竜スパイラスの落下阻止だが、その前には生き残りのドラゴンたちが立ちはだかる。まずは彼らを撃破しなければ、スパイラスへの攻撃は不可能だ。
「スパイラス降下阻止の限界点から逆算して、導き出された猶予は……12分。
この12分の間に、皆は『螺旋竜グァルマルツィア』を撃破しなければならないわ」
螺旋竜グァルマルツィア。
予知によれば、性格は狡猾で残忍。大型の竜ではあるが、権謀術数の限りを尽くして、自らは最前線に立つことなく勝利を得るというタイプであったようだ。
「今となっては策謀も配下も無く、グァルマルツィア自身の力もグラビティ・チェインの枯渇で衰えてはいるけれど、それでも生半可な相手ではないわ」
螺旋の力を取り込んで進化したグァルマルツィアは、やはりと言うべきか、真綿で首を絞めるような戦い方を好む。ケルベロスたちの身体は絶えず炎や毒に晒されるだろう。
その対策を怠れば、制限時間を戦い切る前に倒れてしまうはずだ。
一方で、付け入る隙があるとすれば、グァルマルツィアが“攻め”に偏り過ぎていることだ。ドラゴンという強者の傲慢からか、敵が用いる術法に治癒は存在しない。
より迅速で確実な撃破を目指すとすれば、此方も様々な手段で敵を苦しめていくというのは、一つの方策として間違いではないだろう。
「……惑星スパイラスとの竜業合体だの、巨竜を地球に堕とすだの、何もかも無茶苦茶な話だけれど。この危機を乗り越えなければ、地球の人々全ての明日が失われてしまう――」
ミィルは一呼吸置くと、ケルベロスたちの顔を順に見やった。
「この世界に住まう一人としてお願いするわ。なんとしてもグァルマルツィアの撃破を、そして螺旋業竜スパイラスの破壊を、成し遂げてちょうだい」
参加者 | |
---|---|
佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771) |
霧島・絶奈(暗き獣・e04612) |
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414) |
一之瀬・白(龍醒掌・e31651) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594) |
朧・遊鬼(火車・e36891) |
●
誰一人欠かさず、生きて帰る。
一之瀬・白(龍醒掌・e31651)の言葉に誓いを重ねて、宇宙へ飛び出した八人は青き星を見た。
誰一人。そう、誰一人として死なせてはならない。八人だけではなく。此処に集った二百以上の勇士でもなく。まさに今、眺める惑星に暮らす幾千万の人々を死なせてはならない。
背負う生命の重さを感じれば、重力の軛より逃れた感覚を僅か楽しんでいたエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)の笑みも消え失せる。そして引き締まった表情を青と真逆に向ければ、其処に数多を劫かす脅威が在る。
「――やはり拙等を阻むか。ケルベロスよ」
無音の世界でも響く、怨念の如き唸り声。
それが凄惨を極めた道程によって齎されたものと想像するのは容易い事。
だからこそ、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は長旅を労うかのように微笑んで言った。お疲れ様、と。当たり障りのない台詞で、実に辛辣な皮肉を放った。
その後に続く霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)も、まるで歓迎するような手振りで。
しかし、瞳には光なき宇宙の果てよりも冷たい輝きを宿して語るのだ。
螺旋竜グァルマルツィア。お前たちの辿り着いた此処は――地球とは。
罪業を裁く、終焉の地なのだと。
●
その決意を語るに相応しいものは、戦場に在ってただ一つ。
ケルベロスたちは各々銃を掴み、拳を握り、剣を翳して闘志を漲らせる。
「好き勝手させてなるものか……往くよ、みんな!」
白が再び旗振り役を務めれば、ジェットパッカーを用いて先陣を切ったのはアンセルム。
何処であれ、相手が何であれ、片腕に少女人形抱いて駆ける青年は光の蝶も伴って宇宙を突き進み――すぐさま得体の知れぬ“何か”に襲われて、進路を竜の巨躯から逸らした。
名状しがたい感覚。どうにか換言すれば『覗かれている』と答えればいいだろうか。
姿形ではなく。アンセルムという存在の奥底。或いは追随していた朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)や、佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)らを個たらしめるもの。“存在意義”とでも呼ぶべき深淵まで侵されているような、その耐え難い不快感の源は、グァルマルツィアの周囲に揺蕩う七色の目玉の如き球体。
微かに震えているそれは、不可視ながらも明確な“何か”を放っている。
「……ドラゴンめ!」
込み上げる敵意に唇を噛みつつ、勇華が悪寒を払うように剣を振った。
そうして星海の片隅に描かれた山羊座の神々しい輝きは、白の放つ銀粒とエルムが散らす淡雪と、ナノナノ“ルーナ”に指示を出し終えた朧・遊鬼(火車・e36891)が縛霊手から撒いた紙兵を照らして。
邪な波動を祓う光に満ちた戦場で、再び前へと進み出した環を、流星と化した和希が追い抜いていく。
壊せ、と。囁く狂気すら焚べて闇を切り裂く漆黒が巨竜の体躯を貫けば、環は力の限りに刃を振るって生命を削ぎ落とし、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が撃ち出す竜砲弾に運ばれたテレビウムも果敢に凶器を叩きつけて。
刹那、小さな従者を飲み干したのは、焔。
煌々として渦巻くそれは、螺旋竜グァルマルツィアの術法。竜が竜として在る証明。此方からすれば絶望の篝火だが、彼らにとっては希望の灯火。
「あと僅かなのだ。スパイラスが引き起こす絶大な破壊。その惨憺たる光景に打ち拉がれるお前達の絶望を糧に、拙等が真なる力を取り戻すまで、あと僅か。――必ずや、成し遂げんとすれば!」
竜の咆哮から成る焔が虚空に噴き上がる。
勇華と環、そして蹴りかからんと間合いを詰めていたアンセルムを焼いて、尚も燃え盛ろうとするそれは星座の煌めきと数多の紙兵が抑え込んだ。
けれど、焦げた肉はすぐさま元には戻らない。宙間にも対応する装備を越えて続く竜の侵略に、前衛を務める三人と一匹は悶え、のたうつ。
「流石、ドラゴン……!」
その名が顕す純然たる強さに。
死地から全てを覆さんとする敵の気魄に、未だ攻撃を受けていない遊鬼でさえ息を呑む。
●
果たして、八人の力と志は竜の侵攻を跳ね除けるに足るものか。
証明するには、グァルマルツィアを討ち滅ぼす以外にない。
眼球の如き浮遊物から放たれる不可視の侵蝕波。憎悪を具現化したような猛焔。そして竜尾が描く奇怪な陣より生み出された忍びの幻影の強襲に耐えながら、アンセルムと環はグァルマルツィアを殺す番犬の双つ牙として龍炎を繰り出し、刃で斬りかかる。
そうして最前に立つ彼らは、竜に最も痛手を与えられる存在。
なればこそと、勇華はドラゴンへの敵意を守護の誓約に転化して、絶奈のテレビウムと共にグァルマルツィアの猛攻から二人を守ろうと苦心する。
「これ以上の犠牲は出させない! 私達が、地球を守るんだ!!」
正しく勇者と褒むべき気概に、神剣を模した刃が呼応して輝く。
けれども、彼女の最たる武器はそれでなく。数多の脅威を打ち砕いてきたのは、刃よりも鋭く激しい拳の一撃。
達人、などという言葉が陳腐に思える程の拳打が竜の堅牢な鱗を穿つ。そして開いた傷口を鋼纏うアンセルムの烈脚がさらに広げて、剥き出しとなった肉を環の駆動剣が喰い破る。
止めどなく流れる水の如き、一分の隙もない攻撃はそのまま中衛の仲間たちにも繋がって、白が射ち出した氷結輪と連なるように遊鬼が蹴りを浴びせて抜けた。
如何に強靭強大なドラゴンとて、そうして猛攻に晒されれば身動ぎもする。
波打つ巨躯は、間違いなく死へと近づいている。その事実を淡々と受け止めながら、絶奈もテレビウムと共に超重の一撃を放って、竜の未来という可能性を一欠片奪い取る。
その直後。
戦い始めから数えて五度目の振動を懐に感じたのと同時に、小さくとも頼りがいのある従者が消え失せた。
またしても噴き出した焔から双牙の片割れを庇い立て、燃え尽きたのだ。それは盾役としての奮闘が導いた結果であり、治癒の手が足りていない証左でもある。
手数。質ではなく、数の話だ。竜の術法に対して幾重もの備えを施した後、直接のダメージを補うただ一人の癒し手となったエルムが経験の差をも埋めるだけの充分な働きをしていたからこそ、全体の前傾姿勢は際立つ。
盾を務める勇華でさえ、守護星座を三度描いた後は己の受けた傷すら顧みることなく、ほぼ全てをグァルマルツィアの生命を削る事に注いでいるのだ。
それを勇猛と評するか、無謀と断ずるかは――戦いの結末を見る他になく。
時間だけは何者にも平等に、刻一刻と過ぎていく。そして生命の欠片と共に霧散していく一分一秒は、ケルベロスだけでなくグァルマルツィアをも苛む。
「何処までも目障りなケルベロス共め!」
吠え猛る竜が――自らの牙を掴み、圧し折った。
気でも触れたとしか思えない、目を疑う行動は未だ狂気の入り口。竜の爪の合間に収まったそれは一瞬にして膨れ上がり、巨大な刃の形を成す。
ともすれば幻術の類かとも訝しんだが、放たれる殺気は真贋を一先ず脇に置くべきと思うほどに強大。
故に誰しもが同じ未来を感じ取る。喰らえば、其処で終いだと。
「それでも……お前達の望みなんて、絶対に叶えさせるものか!!」
覚悟を拳の内に握り締め、勇華はじっと大太刀の切っ先を見据えて。
その狙いが自らではないと察した瞬間。
一分の躊躇いもなく、己を擲った。
●
屈強とは呼び難い、少女の身体が宙を漂う。
手を伸ばすまでもなく、流れ流れて戦場の端に向かおうとするそれを気遣う余裕はない。
否、気遣ってはならないのだ。勇華が己が身を賭して作り出した時間に、攻め手として為すべきは案ずる事などでなく。
「守らなきゃならないんだ、私達は!」
背に庇う青き星。其処で紡がれる日常と言う名の平穏に想い馳せながら、環が駆動剣を構え直して吼える。
斬りかかるよりも先に放たれた殺気は、否応なく敵を惹き付けた。
竜と視線が交わる。忍びの幻影が、獲物を焼き滅ぼす蜂の群れのように四方八方から迫る。
その猛攻に立ちはだかるべき盾は、もう一枚も残っていない。蹂躙する嵐の如き襲撃で途切れかけた意識を辛うじて繋ぎ止めれば、環の眼に映る敵の姿は大きくなっていて。
「――掛かりましたね!」
意地張って不敵な笑みを浮かべてみせれば、間合いを詰めてきたグァルマルツィアの周囲で青く冷たい渦が巻き起こる。
接近戦を挑み、刃を突き立てる最中にも忍ばせておいた罠だ。それが既に幾つもの傷を負った竜の巨躯を更に切り裂いて痛めつければ、アンセルムも渦の合間に生まれた影を渡るようにして、斬撃と等しい蹴りを浴びせかけた。
それと同時に、七度目の振動が過ぎた時の数を報せてくる。
あと五分。その間に必ず――と、撃滅を誓うケルベロスと同様に、グァルマルツィアも生存を願う。
竜にとっては数度の瞬き程度でしかないような五分。ごく僅かな時間を凌げば、全てが報われる。
「さりとて、貴様ら如き矮小なる存在を前に“堪え忍ぶ”など!」
最強種と自負するドラゴンにはあり得ないことだ。
憤怒。憎悪。あらゆるものを詰め込んだ咆哮が宇宙に轟き、現出した焔が前衛に残る二人を焼く。
執拗なまでに其処へ攻撃を集中させているのは、それが最たる脅威だと認めているからだろう。傲慢な口振りでいながらも“スパイラスが堕ちるまで生き残っていれば勝ち”である現実は見失わず、その為にはまずケルベロスたちの牙を砕くべきと見極めている。
このままでは――と、僅かな逡巡を挟んで、アンセルムと環は同じ行動に出た。
攻めの手を止め、自らに治癒を施したのだ。
その瞬間、グァルマルツィアがほくそ笑んだのは、決して幻などでなく。
「惜しむべきものを見誤ったな、ケルベロスよ!」
勝利を確信したかのように叫び、竜が焔を喚ぶ。
業炎は癒やした以上の苦痛を齎した。
それが意味する事を理解らぬ者は、誰一人としていないだろう。
●
「――だが、俺達も負けられぬのでなぁ!」
「まだ、こんな所で死なせる訳にはいかないんだ!」
過ぎた1分に悔いるのならば、まず残された時間に全力を尽くすべきだ。
遊鬼と白が吼え、絶奈が腕を振る。
それは何もかもをかなぐり捨てて攻め掛かれという合図。
決断は当初の予定よりも2分ほど早かった。
そうすれば勝てる、と考えたのではない。
そうしなければ勝てない、と皆が判断を下したのだ。息も絶え絶えの双牙が生き残る為に己の手番を費やせば、戦いの結末が如何なるものになるかなど考えるまでもない事。二人の矛先を敵へと向け直すには、総攻撃に打って出るしかなかった。
けれど、それこそがグァルマルツィアにとって最大の誤算。
今しがた、生命を惜しむかのような素振りを見せた二人が、再び猛然と襲い掛かってくる。そればかりか、後衛から必死に戦いを支えていた癒し手すらも牙剥こうとしている。
その一撃ずつは気に留めるほどでもない。しかしグァルマルツィアが矮小と罵ったケルベロスたちの繰り出す一撃は、じりじりと広がって尽きる気配のない炎の形で、宇宙よりも寒々しい凍気の形で、愛という名の毒で。鏡の狭間に広がる波紋の如く、際限なく巨躯を蝕む。着実に死の淵へと追いやっていく。
「……こんな事があってなるものか!」
認め難い現実に、竜も吼えた。
漂う球体から放たれた不可視の波がアンセルムと環の意識を攫う。四肢を投げ出して力なく流れる二人の姿に歯噛みしつつも、白は其方に手を伸ばすのでなく、じっと敵を睨めつける。
それは矢のようにグァルマルツィアの胸を抉って、嘆きと本性を引きずり出す。
「拙が――この俺がッ! 此処まで来て貴様ら如きに屈するなどッ!」
「貴方が言う“愚昧な同胞”も、悉く似たような叫びを上げながら潰えていきましたね」
己を頂に置いて譲らない傲慢な種族らしい末期だと、囁く絶奈の笑みが狂気に歪む。
刹那、幾重にも広がった陣から突き出た輝ける槍の如き物体は、竜の喉を鋭く刺し貫いた。
定命の者には癒やしとなるそれは、不死なる神々を死という可能性に堕とす至宝。然しもの竜とて呻きを漏らす以外になく、その苦悶の声が絶奈の笑みを一層禍々しいものへと変えていく。
一方で、和希は何処までも無と等しい表情のままで、白銃の引き金に指をかける。
無様にも開いた口を閉じられない竜。呪詛のつもりであろう戯言を垂れ流す竜。
その眼と真正面から相対しながら胸に添えた片手は、戦場の時を数える物とは違う銀時計の感触を得た。
それを贈ってくれた友は力の限りを尽くして倒れ、視界の端を漂っている。
(「……ああ」)
かつてないほどに引き金が軽い。
努めて冷静であろうとしながら、疾うに平静など失っていたのだろうが、しかし。
和希が己の心境を正しく理解していたかは定かでなく。
確かなのは、長銃から強烈な魔力光が撃ち放たれた事と。
それが異形の魔法陣を幾つも越える間に拡散と圧縮と加速を繰り返して、竜を滅ぼすに充分過ぎる程の力へと膨れ上がった後に、グァルマルツィアへと殺到した事。
「同胞の未来さえも喰らって辿り着いた果てが、此の終末だというのか!」
「――黙れ」
そして、墜ちろ。
射手の殺意を具現する圧縮誘導弾が、竜を塵すら残さぬ程に破壊し尽くしていく――。
●
しかし、感慨に耽る暇もない。
「気を引き締め直しましょう。三人の分まで、僕たちが頑張らないと」
「ああ」
障害を一つ越えて、やっと安堵の吐息と共に言葉を紡ぎ出せたエルムに、遊鬼が答えて己の従者を見やる。
「ここからが踏ん張りどころだ。ルーナ」
呼びかけられたナノナノは羽ばたくようにして応じる。
猶予は僅か一分。その間に倒れた仲間を回収して、ケルベロスたちは態勢を整えた。
螺旋業竜スパイラス。得物を構えたままで迫る巨体を見据えれば、十二回目の振動がその時を告げる。
絶奈の轟竜砲と和希の長銃が唸り、遊鬼が青い鬼火を投げれば、白は眼で射殺さんと視線をぶつけて。
倒れた仲間の分までと、エルムも炎を撃つ。
そうして五人の放った力と、衛星軌道上に散会した数多のケルベロスたちの繰り出す攻撃が漆黒の宇宙に様々な軌跡を残しながら迫っていけば――巨体のあちこちが一斉に爆ぜた。
幾つもの欠片に砕ける最中、スパイラスはその殆どが消滅していく。辛うじて残った部分も、さらに細かな破片になりながら、大気圏へと墜ちていく。
恐ろしき脅威も、こうなってしまえば流星と違わない。
それでも念入りにと、ケルベロスたちは目立つ大きさの破片にグラビティを撃って。
程なく駆けつけたヘリオンに乗り込むと、帰還の途に就く。
――大地に降り注ぐ煌めきを横目に、見据えた星は変わらず、青く輝いていた。
作者:天枷由良 |
重傷:佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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