決戦! 螺旋業竜~星啜る狂龍

作者:銀條彦

●落下軌道より歓喜を込めて
 グラビティ・チェインの源流たる蒼き星を前に、生を保つ同族は自身含め最早ごく僅か。
 にもかかわらず、狂えるドラゴンは嗤う。長大な尻尾をうねらせながら。

 ――嗚呼、愉快ダ。此ノ上無ク。

 慈愛龍による決断の下、星海越えるため星を貪り同族を屠り……。
 螺旋と竜、縒り合わせた竜業合体の果てに産み落とされた多頭の巨大龍。
 禁断の法で得たその莫大な力すらも惑星スパイラスから地球への長駆によって限界近くにまで削ぎ落とされている。
 もはや壊滅状態といえるかつての大ドラゴン軍団に残された手立ては、たった一つ。

 ――他者ヲ星ヲ世界ヲ啜リ尽クシ我ガチカラト為ス。
 ――竜トハ、唯、其レダ。

 飢餓にも似たその底無しの食欲のままに長き年月を闘い、壊し、喰らい続け……。
 只管それのみでいつしかドラゴン種の中でも強者となっていた狂龍ドプルケルスにとって種族の未来そのものを喰らうという外法の光景はまさに悦楽であった。

 ――呵呵、可笑シイナ同胞共ヨ。

 振り返れば、遙か後方。
 距離感定かとならぬ程の巨体誇る螺旋業竜スパイラスの姿がそこには在る。
 衛星軌道上から地脈集まる小さき列島の大都市へと向けてこのスパイラスを落下させれば直ちにドラゴン達の枯渇は解消される事だろう。
 だが、飽くこと知らぬこの暴食漢がおそらくは逆にその食欲をいっそう加速させ、地球へと牙剥く事は想像に難くない。

 ――壊シ啜レ、毀シ啜レ、啜レ啜レコワセ星ノスベテヲ……呵呵呵!!!

 その瞬間を待ち侘びる、四肢代わりの棘触腕が。
 膨れた胴部の各所からデタラメに突き出した小さな貌たちが。
 地球を眼下に、いよいよ堪えきれぬとばかりいっそう激しく蠢き始めていた。

●阻止限界点への出撃
「エインヘリアル第二王女ハールの撃破と大阪城地下の調査、お疲れさまでございました。エインヘリアルと攻性植物の東西同時侵攻を未然に防ぎ、レプリゼンタ・ロキをも討ち滅ぼす皆さんのお力、本当に頼もしいと述べるより他ありません」
 ヘリポートへ集まったケルベロスを迎えて労い、心から讃えた黒蝶羽の少女はタイタニアであった。
 ネイ・クレプシドラ(琅刻のヘリオライダー・en0316)と名乗った彼女は、つい最近ヘリオンとの邂逅を遂げた新たなヘリオライダーであるという。
「……ですが、人々の命がまたも脅かされようとしています」
 挨拶のいとまも惜しげなネイが告げたのは、地球へと襲い来る新たな危機。
「竜業合体を果たして地球へと襲来するドラゴン軍団はドラゴニア本星のドラゴンだけでは無かったのです……!」

 かつて『スパイラル・ウォー』で慈愛龍率いるドラゴン軍団は螺旋帝の血族として螺旋忍軍を掌握したイグニスと同盟を結んだが、ケルベロス完全勝利の結果、ゲート失われた星へ閉じ込められる事となった。
 取り残されたままとなっている彼らへの警戒を促すサリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)の助言をもとに行われた重力子演算は『ドラゴン軍団が惑星スパイラスと竜業合体して地球の衛星軌道上に出現する事』を予知として弾き出したのだ。
 この予知結果は、黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)やエマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が協力要請した天文台からの観測情報や死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)からの提案によって解析作業を既に進めていたNASAからの報告結果を加える事で更に精度を高めたものとなる。

「私達が得た、更に詳細な予知情報は『強引な竜業合体はやはり無理が大きく、その代償としてドラゴン軍団は殆どが失われ、残った者もグラビティ・チェインの枯渇によって戦闘力を大きく損なっている』という敵側の現状と……損なわれたその力を取り戻す為に、彼らが選んだ恐るべき作戦についてです」
 タイタニアの少女は震えるようにして身を竦ませ、また説明を継ぐ。
「慈愛龍らは、竜業合体した惑星スパイラス――『螺旋業竜スパイラス』を衛星軌道上から日本に落下させ、その衝撃によって殺害される多くの人々のグラビティを略奪しようとしているのです……」
 もしも実現されれば犠牲者はおそらく数百万、いや数千万は下らない。
 そして完全復活したドラゴン達の手でこの地球はほどなく終焉を迎える事となるだろう。
「決して現実のものとさせてはっ、あのような、惨い光景! ……失礼致しました。それで、ドラゴンが出現する衛星軌道上のポイントは既に私達が割り出しております。皆さんには慈愛龍らドラゴンへ強襲を仕掛けてこれを撃破し、そののち螺旋業竜スパイラスの破壊をお願いしたいのです」
 軍団のどれか1体のみでも辿り着いた瞬間に地球が終わるとまで評されたドラゴン達との戦い――だがグラビティ・チェインの枯渇と過酷な竜業合体による移動の影響で大幅に弱体化した状態にある今ならばかろうじて勝機も見出せるのである。

「皆さんに向かっていただく敵の名は『ドプルケルス』。その姿は……そうですね、巨大なタツノオトシゴとでも言いましょうか……醜悪に歪んだその外見を裏切らぬ程に狂い切ったドラゴンです」
 眉を顰めつつヘリオライダーは敵情報について説明を始める。
 とにかく目に付くもの全てを喰らおうとするのだ、と。短期決着が望ましいこの難戦において複数から収奪した体力を己の力へと換える攻撃能力の存在は厄介極まりない。
 胴部から突き破るようにして現われる異形の頭部からは押し潰すかのような噛み付きが、長い尻尾や幾つも伸びる触腕からは棘で引き裂くような列攻撃が繰り出されると、少女は事細かにケルベロス達へ語った。
「迎撃場所は衛星軌道上――そこまでは宇宙装備によって私達でお送りする事が可能です。無重力空間での戦いとなりますがケルベロスの皆さんでしたらなんら支障は生じないはずです。ただ、希望があればケルベロス大運動会でも使われたジェットパッカー等の移動用装備をお貸しする事は可能だそうです」
 そしてもう一つの依頼、『螺旋業竜スパイラス』破壊には今回の作戦に参加した全ケルベロスの力が必要となる。
 落下軌道に乗ったこの巨大質量による地上被害を完全に防ぐ為には、目標が阻止限界点へと到達するまでの僅かな時間内にドプルケルスを撃破し、最大出力のグラビティで一斉攻撃を叩き込まなければならないのだ。

「……厳しい戦い、です。けれど阻止しなければこの美しい惑星は、喪われてしまいます」
 でも、大丈夫。皆さんなら。
 震えはすっかりと少女の痩身から消え失せ、かわって漆黒の瞳へと浮かんだのは命預けるケルベロスへの揺ぎ無い信頼。
「それでは、私達と共に参りましょう……蒼き、宙へ」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ


 守るべき大地を離れ飛び立てばそこは空と宙の狭間。
 そして――螺旋業竜スパイラス。
 濃闇の星海渡る異形の方舟は、万物の命喰らうが為、落下軌道へ刻一刻と。

 漆黒の宙を彩る無数の星々の光景にノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が眼を奪われたのはほんのひと時かぎり。
 螺旋の星と夥しき命とを寄せ集めて産み落とされた多頭の龍がすぐさま寒々しい現実へと彼の意識を引き戻す。
(「どうせ星一つ喰らっても満たされるワケないんだろ」)
 其の在り様は拒否感催す程に醜悪と眉目を顰めつつも、種族部位の各所を煉獄で補う青年はアラームやハンドサインの最終確認に余念が無い。
 メディックとしてヒールとエンチャントを過不足無く味方に供給できるかがこの難戦の成否を左右すると言っても過言では無いのだから。
(「ドラゴン……なんて意思の強い種族なんだろう。でも――」)
 ふるりといつもよりも硬く、淡紫の翼を震わせた小さなアネリーの頭を優しく撫でながら。自らも戦慄を抑え切れないヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)。
 座してただ諦観したまま滅びなどはしないという矜持。
 けれどそれは、ケルベロス達もまた同じ。
(「あたしたちが背負っているのは地球。あたしの……みんなの大事な場所」)
 守るべき蒼き星が……帰るべき場所の存在が、彼女に戦う勇気を分け与えてくれる。

 迫る戦列を認めたドラゴンの1体が哂うように口腔を開き、巨躯をうねらせる。
 ヘリオライダーに巨大なタツノオトシゴと言い表わされた異貌の敵――狂える上位竜ドプルケルスは瞬く間に自らの戦闘域にケルベロスを捉え……襲い掛かる『暴蝕』。
 翻るケルベロスコート。西水・祥空(クロームロータス・e01423)は、手短なハンドサインで警告を発し自らも素早く守備態勢を取った。
 幾つもの棘めいた触手が出鱈目に伸び、後衛列めがけ絡みつく様に襲いかかった先制攻撃は、だが、祥空に加えてヴィヴィアンとアネリーらディフェンダー役へと矛先が分散された事でその被害を半減近くにまで抑え込んで凌ぎ切られた。
(「惑星を丸ごと移動させるとは最強種族らしい荒業。ですが私達が必ず、止めます」)
 その為にもまずはこのドプルケルスを撃破し突破せねばならない。痛みではなくその決意こそが金色の眼光をよりいっそう険しくさせてゆく。
『――花の加護がありますように』
 ヴィヴィアンのパズルから飛び立った光の蝶たちの舞に金色の双眸は柔らかに細まる。
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)が祈り捧げれば、掌中から生まれた『空』の青が宇宙で可憐に咲き綻んで。
 ネモフィラの花言葉の通りにこの作戦の成功をと撒かれた瑠璃の花弁の加護が、後衛列を淡い輝きと共に包み込めば朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)の神への祈りもまた自然と虚空へと向かって。
(「聖王女が救おうとしたこの星の未来……信徒として必ずや守ってみせましょう」)
 信仰篤きパラディオンの乙女は沸き立つ高揚のままに心臓から掲げた片腕にまでワイルド化を広げ、そして、奔る激痛を顧みず混沌と化した腕を自ら切り離し、星と神の敵たる邪竜めがけて射出する。
 彼女の一部で在るがままぶちまけられたワイルドスペースは恐るべき追尾性能と侵蝕速度を発揮して行動鈍化を滲み渡らせていった。
(「狂龍だか上位種だかしらないけど、その見た目いかにも呪いっぽくてズルい! でも私の呪いのほうが強いんだからね!」)
 一方で遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)にとってはこの戦い、星の命運よりもドプルケルスに対するライバル心の方が比重は大きく、宇宙であろうとおかまいなし、安定の通常運転状態である。昴とともに狙撃位置をキープするお気楽狐っ娘が繰り出した一蹴りは足止めの呪い篭る凶星の煌めきキラリとあっかるく。
(「時間勝負の厳しい戦いだが、さっさと倒して次に進むぞ」)
 高命中誇る後列勢に回避阻害を託したレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が自他の護りをサークリットチェインで強化すれば、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)も燦々たる常夏の如きリングコスチューム姿の肢体から放たれる黄金の輝きを重ね、攻撃精度を高めておく事に余念が無い。
(「久しぶりの大仕事。何よりもまずは全体優先。自分の事……は、まぁ少しのあいだ置いておくとしましょうか」)
 観客の多寡の問題では無く、地球という彼女達世界的プロレスラーにとってはリングそのものの存亡を賭けた戦いであるが故――巻き戻すことは、もう、出来ないのだから。

 短期決着を目指して対峙する、今、この戦況下において。
 事前データで解析済みのドプルケルス各種グラビティの中でも、ケルベロスにとって最も厄介であり真っ先に対策すべきは肥大した腹の到る処から大口開けて多くの敵を貪らんとする『暴蝕』であった。
(「お喋りする時は、どこ見て話せば良いのか分からないタイプだわ……」)
 篠葉のそんな述懐はともかくとして。
 格上敵からの列ドレインに対しケルベロス達は速攻を決して損なわぬ配分で最大限の堅守を重ねる事で戦線維持と回復量減少を勝ち得ていた。

(「集合時間に遅刻する呪いをばっちりかけてやるわ! いざ、喰らえ!」)
 シアが浴びせた絶空斬が各種異常を加速させてゆく様を満足げに見届けた篠葉は呪詛乗せるグラビティをゼログラビトンに切り替える。
 可憐なミモザの黄花が空の霊力にと揺れていた。
 遅刻するとすれば敗北以外には無いドプルケルスだがそんな呪いは我関せず。むしろ傷負うたびにその貪欲は激しさを増すばかり。
 『窮棘』の棘鞭が撓り多くのケルベロスがその肉体を抉り貫かれる事もしばしば。
 だが、交わされるサインと速やかなヒール支援が陣の瓦解を決して許さない。
 自らの盾となってくれたヴィヴィアンの為にレーグルが『詛奏』放つ豪腕は止めないままに空いたもう片腕の動作のみで仲間達へ治癒を要求する。
『サポート機能、『A』を選択。ドローン、展開します』
 祥空のヒールドローン・アークに続き、ノチユもサキュバスミストの魔霧を注いで即座に対応はなされた。
 幾度と毒の痛撃を喰らい啜られながらも、なお、それを為せるのは盾役達の堅き守りあればこそだったが死闘も中盤に差し掛かり敵の弱体化が確定的となるまではそれもギリギリの綱渡り。
 最初のアラームの振動と大きく振り回されたライトの明滅が6分経過を告げた頃。
 まるで儚く花弁散らすようにして、ヴィヴィアンの眼前。
 巨敵の牙の暴虐をその一身へと集めたボクスドラゴンの姿が掻き消されてゆく。
 呵呵と嗤い狂う声がこの真空の戦場にまで満ち満ちているかのような圧迫すら覚えたヴィヴィアンだったが、ひたむきに前向きな今の彼女が屈しない。
(「アネリーの分まで……絶対に地球を守り抜いて、みんなで無事に帰るんだから!」)
 音の無い世界であろうと……たとえそこには歌声も楽曲も存在できずとも。
 それでもシンガー『Viviane』の魂は歌い続ける。
 紅き流星の如きスターゲイザーは、真っ直ぐに、狂龍へ強き重力を叩きつけ蠢くその体表を激しく揺さぶった。


(「お前の飢餓に付き合う気は無い……」)
 癒し手としての務めを全うし、煌めく星彩の如き支援を着実に配り続けたノチユの細心と尽力はケルベロス間の声無き連携と情報共有への大いな貢献として結実する。
(「皆はあれを、ぶちのめしてくれればいい」)

 もはやケルベロスの勝利それ自体は揺るがぬが、限られた時間内にそれを成し遂げねばここまでの全てが水泡に帰してしまうだろう。
 布陣の最後方、明滅するランプの気配に一同がチラと振り返ればそこでは昴や篠葉が懸命に残り2分の手振りを繰り返していた。
 もとより醜く歪んで脈動繰り返す異形ではあるが、巨躯たるその全身へケルベロス達が架した数々の状態異常の枷は重く圧し掛かり、もはやドレインでは補い切れぬその満身創痍の程は、グズグズと崩壊始まる箇所すら散見される有り様。
 穴も傷も構わず全身から溢れる粘液はこの龍にとっての流血なのであろうが、狂える龍はその猛攻を決して止めようとはしない。
(「上等だ、遠慮なく叩き潰してやる」)
 未来に命賭ける同胞の挺身すら解せず、欲望に取り憑かれた己を良しとする醜きけだものに対して、ノチユはもはや己の侮蔑を隠そうともしなかった。
 送る神(イルラカムイ)の名の下に天漢をつたい冥府へとみちゆく標指し示すかの如く。
 ――『地獄』がお前を待っていると扇舞わせたノチユの一閃は、冴え冴えと真空の宙滑る飛膜を大きく切り裂いた。
(「宙の藻屑として消えろ」)
 メディックの攻撃専念を口火とし、治癒の一切をかなぐり捨てたケルベロス最後の総攻撃が、此処に、開始されたのである。

 運命に抗えと振り抜かれた鉄塊は祥空の両の腕の内でいつしか大剣の形へと燃え盛っていた。何処か清浄とすら想わせる藍白の獄炎と必勝の気概乗せて繰り出された剣閃はブレイズクラッシュ。
(「大丈夫です。必ずや、間に合わせてみせます」)
 対照的にレーグルの巨大縛霊手から膨れあがった地獄の炎は禍々しき紅蓮。
 壊し啜るは貴様だけの業では無いとばかりに強欲たる劫火の弾幕が振り撒かれ、昴のスターゲイザー、シアの雷刃突が次々と畳み掛けられてゆく。
 2分後こそが地球とスパイラス双方にとっての分水嶺であると予知に告げられたそれを敵龍もまた把握しているのか、そうではないのか。
 そんな事はケルベロスにとっても預かり知らぬばかりでただただ全霊を以って挑み続けるしか無いのである。
 棘から注ぎ込まれた猛毒消えぬ身で攻撃を続けたまま受けた痛打に耐え切れず祥空が沈み、ヴィヴィアンの傷も深い。
 だが――それでも地獄の番犬達はその牙を巨敵へと突き立て続ける事を選んだのである。

(「あたしたちは振り返らない! 『その先』にみんなで辿り着くために!」)
 勇気を希望を、ありったけの力を振り絞り戦い続けるヴィヴィアンの周囲にはいつしか、ひとりまたひとりと親しき友たちの残霊が集結し彼女と共に戦うと微笑みかけてくれた。
 高らかな『友と突き進む助奏(オブリガート)』は、今、未来を勝ち取らんと宇宙を照らし輝かんばかりに迸る。
(「いつかの天地殲滅龍よりはまだ楽、よねっ!」)
 山脈にすら比するスケールのドラゴンをも投げ飛ばした晴香にとってはこの竜など精々がジュニアヘビー級。
 叩きつける地すら遥か遠いこの無重力空間は『近未来の女王候補』へと味方し、ガッチリと抱え込まれ藻掻き始めたドプルケルスから伝わる困惑が瞬く間に驚愕へと変わってゆく。
 内心で良い悪役ぶりだと讃えながら、しなやかに身を仰け反らせ捻りを効かせた晴香必殺のバックドロップが炸裂して激闘の最後を華麗に締め括る。

 貪欲な牙が地獄の番犬達の生命を毀し、啜り尽くす遂に叶わず。
 のけぞりのたうつようにして宙へと投げ棄てられた狂龍の亡骸は、貪り蓄えたその力全てもろとも、塵一つ残さず無へと帰してゆくのであった。


 アラームの役目を終えた時計は既に13分を指そうとしていた。
 竜業合体の成果すらも枯渇させる程の速さを保ったまま落下軌道へ突入しようとするスパイラスに対し、阻止限界点の宙に居揃うケルベロスの誰もが遠射程で最大威力のグラビティをぶつける以外には無いと確信し一斉攻撃の準備に入る。

 ――この星守る為、必ずや、竜と化したあの星を砕かねばならない。

 冷たき宙に新緑は浮かび、毅然と、シアの金瞳は竜の業が為した貪欲を睨みつける。
(「そちらも形振り構ってはいられない、という事でしょうけれど。大人しく喰われて差し上げる程、お行儀良くはありませんの」)
 蒼を背負う翼の横で躍る狐尾。
(「宇宙だろうと竜業合体が相手だろうと、呪いパワーに限界なんて無いわ!」)
 星襲う災にさえ厄あれと呪いとともに放たれた光線はシアと同じフロストレーザー。
 そして……聖なるかな、『恩寵の信蝕(エローディング・グレイス)』。
 かの聖王女もかつてこうして宙を翔けたのであろうかと思い馳せるほど熱帯びる恍惚。
 耐え難くも間断無き激痛に耐えるは、肉体を保ち補う為の筈の混沌の水を、神敵たる罪人を投げ射つ剣(グラディウス)にと変える為。

 ――偉大なる我らが聖譚の王女よ、その恵みをもって我を救い給え、彼の者を救い給え、全てを救い給え……。

 一斉に撃ち込まれたグラビティはスパイラスの各所から連鎖的な爆発を引き起こしてその竜体の半ばを吹き飛ばし……。
 残す身も崩壊と小爆発を繰り返しながら儚く無数の流星雨と化してゆく。
 かくして虚空の果てより訪れた巨大龍はケルベロス達の手で爆ぜ砕かれ、一片たりと地上へ届く事無く宙と空の狭間へと消えていったのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年6月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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