ミッション破壊作戦～黎明の使徒たち

■リプレイ

●一
　岡山県美作市の南東へ、一機のヘリオンが飛んで行く。
　岡山国際サーキット――速度の信奉者たるビルシャナ『韋駄天』達が支配する、四方を緑に囲まれたミッション地域の中枢へと。
「ビルシャナの気配が濃くなってきた。もうすぐだね」
　機内の座席で瞑目する燈家・陽葉（光響射て・e02459）が、静かに口を開いた。
「二年近く手付かずのミッション地域か……早く解放したいね」
「ええ。地元の人らは悔しいやろうね、土地をあんな姿にされて……」
　田津原・マリア（ドクターよ真摯を抱け・e40514）が頷きを返し、窓の外を眺める。
　眼下の地上一帯に広がるのは、禍々しい地上絵めいた巨大な模様。韋駄天の疾走衝撃波が描き出した曼荼羅だった。
「絶対に負けられへん。気張りましょう」
　そう言ってマリアは現地の地図を広げ、香月・渚（群青聖女・e35380）や卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）らと共に離脱用のルートを選定していく。
「道路は奇麗だね。道に迷うことはなさそう」
「有難いねえ。さくっと回廊ぶっ壊して引上げようぜ」
　周囲には障害物の類もなく、選定はすぐに済んだ。
　そうして得た情報を全員で共有して程なく、機内にブザーが鳴り響く。降下地点の接近を告げる合図だ。シルディ・ガード（平和への祈り・e05020）は収納用のベルトをきっちりと締めて、降下の準備を整え始める。
「速さこそ至高、か。何だか悲しいね」
　己の信奉するもののため、破壊を振りまく韋駄天達。そこに他者を許容する心が少しでもあれば……そんな儚い仮定を胸にしまい込み、シルディはグラディウスを手に取った。
「よし、準備完了。いつでも行けるよ」
「こっちもOKだ。暴走族もどきの明王にゃ、たっぷりお灸を添えてやらねぇとな」
　鵤・道弘（チョークブレイカー・e45254）が、力強く頷きを返す。
　韋駄天の被害者となった人々の中には、若い少年少女もいたことだろう。塾講師でもある道弘は、そうした者達の苦しみを嫌というほど知っている。もはやこれ以上、あの明王を野放しには出来なかった。
「奴等は教育に悪すぎる。一度でケリをつけてやろうぜ」
「同感だ。人の縄張りを次から次へと荒らしやがって」
　岡崎・真幸（花想鳥・e30330）が、得物の惨殺ナイフに視線を落とし、呟く。
　彼にとって美作の地、そしてこの国際サーキットは、小さい頃からの思い出が残る場所。ビルシャナが踏みにじって良い場所ではない。
「待ってろよ。容赦も慈悲もあると思うな」
　韋駄天の排除を誓う真幸。その隣では、ボクスドラゴンの『チビ』と一緒に、伴侶である御手塚・秋子（夏白菊・e33779）が支度を終えたところだった。
「頑張ろうねチビ。旦那様にばっかり、大変な思いはさせられないもん！」
（「……家で待っとるんじゃなかったん？」）
　真幸の小さな呟きもどこ吹く風で、秋子は席を立った。
　降下ポイント到着を告げるアナウンスが流れ、開放されるハッチ。仲間と共に魔空回廊を見下ろす彼女の胸に、一切の不安はない。
「いっしょに戦うの、久しぶりだね。よろしく真幸さん」
「ああ。必ず全員で帰ろう、秋子」
　そうして交わした頷きを合図に、ケルベロス達は一斉に大空へと飛び出していく。
　国際サーキットに鎮座する魔空回廊を破壊し、美作の地を解放するために――。

●二
「走り回るだけで街を破壊とか、さすがに迷惑が過ぎるよ……！」
　一番槍で降下した陽葉が、光剣の切先をまっすぐバリアに向けた。
　破壊と布教を撒き散らす韋駄天の狼藉も今日限り。明確な排除の意思を韋駄天へと込め、グラディウスの力を解き放つ。
「常識はずれのスピードで走り回る鳥は出ていってもらうよ」
　バリアを叩く衝撃が、サーキットの空を震わせた。
　間を置かず降り注ぐのは、陽葉の叫びが生み出す雷。光を浴びて明滅する回廊めがけて、さらに渚とマリアが降下してくる。
「速さこそ全て、かぁ。人や物に被害を出してまで走る気持ち、ボクは分からないや」
「此処は美作のシンボル！　街の人らの思い出の地、心の拠り所や！」
　地上のビルシャナもろとも穿ち貫くように、光剣をバリアに突き刺すと、渚とマリアは魂の叫びを込めていく。
「これ以上の犠牲者が出る前に、今ここで倒してしまおう！」
　渚が込めるのは決意。
　破壊と殺戮をばら撒く明王の根城を、今日限りで破壊するという意思を込めて。
「アンタらが儀式こく為の場所やないんや、とっとと返し！」
　マリアが込めるのは怒り。
　衆合無へと至るため――そんな身勝手な教義に用いる明王への排除の意思を込めて。
「「吹き飛べ！！」」
　韋駄天の支配にピリオドを打たんと、二人の叫びが大空に響いた。
　金属が擦れ合うような音が響いた直後、剣が放つのは赤黒い爆炎だ。回廊もろとも地上を塗り潰す炎に逃げ惑う明王達を見下ろして、真幸は怒りを込めてバリアに斬りつける。
「後から後から沸いて来て、利己的な教義かざして俺の物を奪っていきやがって」
　真幸にとって、此処はただのレース場ではなかった。子供の頃に見物したレースの興奮、大人達に乗せてもらった珍しい車、売店で食べた珍しい御飯の味……どれもが彼にとって、色褪せることのない思い出なのだ。
　そんな場所を――。
　俺の大事な縄張りを、こんな姿に変えやがって。
「これ以上俺のものは奪わせん。失せろ」
「私にとっても、ここはお気に入りなの。友達と一緒に遊ぶ、最高の場所なの！」
　真幸の横で、秋子もまたグラディウスを握りしめる。
　車友達やバイク友達が殆ど毎週遊びに行った場所。外に出て走り、バイクを乗り回して、コール音だって挑戦しに行きたい。そう決めた場所なのだ。
　故に秋子は告げる。場違いな明王など、１体だってお呼びでないと。
「ずるいずるいずるい！　即刻立ち退き要求するー！」
　真幸と秋子の光剣から、立て続けに雷が迸った。
　二条の雷光に貫かれ、回廊から響くは悲鳴を思わせる轟音。誰もが手応えを確信する中、シルディは地上を出鱈目に走る韋駄天達を見下ろし、静かに叫びを込める。
「決して広くはないけど、その分コースと観客が近くて迫力が凄くってね。アマチュアでも中を走ったりもできたんだって」
　真幸と秋子の叫びを聞いて、シルディは思う。
　彼らのような悲しみ、怒り、無念。そうした思いを抱く人が、沢山沢山いるのだろう。
　だからこそ、これ放置は出来ない。このレース場に関わる全ての人達、その気持ちを踏みにじる者達を。
「ボクは……みんなの夢を、想いを、取り戻したい――守りたい！」
「速けりゃいい、ってかぁ。なら、涅槃に行く速度も速い方がいい」
　シルディが放った雷光を浴びる回廊を見下ろして、泰孝は不敵に笑う。
　彼にとってこの仕事は、とてもシンプルなもの。韋駄天より速く儀式をぶち壊し、更なる速度で仕事後の小遣いを受け取る、リアルタイムアタック小遣いねだりなのだ。
「ってわけで、今ここで吹っ飛べや！　オレのお小遣い増額キャンペーンの為にな！！」
　景気の良い爆発音が鳴り響き、爆炎が回廊を揺さぶった。
　そして最後の一人――道弘が降下してくる。
「迷惑顧みず走り回って道路に落書きなんざ、完全に族の所業じゃねぇか」
　衆合無だろうが何だろうが、そんなものは好きにやればいい。
　だが、無関係な罪のない人々を巻き込むことだけは、絶対に許せない。
　そうして道弘は、渾身の一撃をバリアめがけて叩きつける。サーキット中にこだまする程の、怒りを込めた一喝と共に。
「自分勝手な暴走狂は、とっととお縄につきやがれってんだ！」
　一際まばゆい雷光が、回廊を打ち据えた。
　爆ぜる空気が肌を揺さぶり、ひと呼吸遅れて真っ赤な爆発が８人の視界を埋め尽くす。
「攻撃完了だね。回廊は！？」
「さてさて、吉と出るか凶と出るか……っと」
　地上を滑空する渚の足下で、着地した泰孝がコインを弾いた。
　次第に晴れ行く土煙。泰孝はコインから顔を上げて回廊の方角を仰ぐと、己の賭けが的中した事を悟る。
　すなわち――。
「ビンゴ。破壊成功だ！」
　８人の仰ぎ見る先、回廊はその姿を完全に消滅させていた。
　喜びに沸くのも束の間、道弘は大空へと飛び上がり、仲間達へ呼び掛ける。
「よし皆、ひとっ走り行くか」
　ここからは時間の勝負だ。ケルベロス達はグラディウスを収納すると、ミッション地域の離脱を開始するのだった。

●三
「こっちや、早う！」
　スモークが充満するサーキット場を、番犬達は全速力で駆け抜けていく。
　雑魚敵を即座に沈黙させて、隊列の先導を務めるマリア。そんな彼女の後方から、そいつは風を切る音とともに迫ってきた。
『遅い、遅い、遅いぞ！！』
　アスファルトを切り裂き、己の言葉よりも速く駆ける異形の明王。
　韋駄天――ミッション地域の首魁である。
『回廊が壊れようが関係ない。このまま駆けて、一周巡りで衆合無に追いつく！』
　加速が放つ衝撃波が、レース開始の号砲となった。
　渚は砕け散るアスファルト片を浴びながら前衛を庇いつつ、白翼を広げて飛翔。韋駄天の背後に追いすがる。
「気を付けて皆。あの明王、キャスターだ！」
　高い回避力から、韋駄天のポジションはすぐに知れた。
　時間制限のある戦いにおいて、回避の高さは大きな脅威だ。しかしケルベロス達もまた、これに万全の準備をもって臨んでいた。
　オウガ粒子を散布して、前衛の身体を強化するシルディ。息を合わせて秋子が放つのは、韋駄天の足を縫い留める魔力の細剣だ。
「Hey, Freeze!」
　後衛から狙い定めて放つ一撃は、決して的を外さない。
　韋駄天の回避が僅かに減少したのを確かめると、渚は『躍動の歌』で前衛を包みながら、ボクスドラゴンに加勢を指示した。
「ドラちゃん、サポートは任せたからね！」
　短い咆哮の後、後衛から放射されるは属性を帯びたブレス。
　傷口をジグザグに切り開かれた韋駄天を、エアシューズで疾走するマリアが捉える。
「そこ、逃がさんよ！」
　渚の歌で足止めを振り払い、全速力で加速。
　オウガ粒子で身体強化されたマリアが放つグラインドファイアが、韋駄天の脇腹を抉るように捉え、その全身を炎で包んだ。
「好機や、皆さん攻撃を！」
「任せろ、逃がさねぇ」
　息を合わせ、上空から滑空した道弘もエアシューズで加速。中衛から叩き込む流星蹴りで回避を封じ込めるも、韋駄天の駆ける速度はなお衰えを見せない。
　せめて死ぬ前に、最期のレースを繰り広げるつもりなのか。カーブを抜け、蹴撃に備えての加速を開始する韋駄天へ、陽葉は氷結輪を操作しながら冷徹に告げた。
「生憎だけど付き合う義理はないよ。――狙い断つ！」
　『破・残風止水』。音もなく風もない純粋な斬撃が、韋駄天の踵を削ぎ落す。
　続けて放たれるは、惨殺ナイフを抜き放った真幸の血襖斬りだ。オウガ粒子の身体強化はやや心許ないが、仲間が積み重ねた足止めは既に十分。外す事はない。
「行くぞチビ。容赦はいらん」
　オラトリオの翼を駆使して放つ真幸の斬撃が、韋駄天を封じ込めた。
　滑空。跳躍。フェイント。刃を振るうたびに噴き出る敵の血を浴びて、傷を癒す真幸。
　それに続くチビのブレスが、陽葉の氷結輪で封じられた武器の踵をジグザグに切り開くのを確認した泰孝が、振り下ろすジャンクアームの衝撃で弾みをつけて跳躍する。
「テメーを蝕む一本場。さあ、どこまで伸びるかね？」
　着地と同時、泰孝はグラビティで生成した『狂奔連荘』の点棒を発射。
　韋駄天の太腿へと突き刺した点棒は、癒しを阻害する呪い――すなわち回避を封じられた明王にとっては死の宣告に他ならない。
「速くアッチ側にいっちまうと儀式も無理だろ、回復したらどうだい？」
『笑止。振り切ってやる！』
　言い終えるや、韋駄天の蹴撃が飛ぶ。敏捷に任せた一撃は、見切りが生じてもなお精緻な狙いを保ち、道弘の顔面を蹴り砕く――はずだった。
「おや？　随分と邪念が多いようだね」
「その動き、封じさせてもらいますよ！」
　紙一重で割り込み、蹴りを受ける陽葉。続けざまにマリアが『神鎖抑制閃弾』を発射し、重圧で韋駄天を縛り付ける。
　敏捷に任せた敵の攻撃は、もはや当たる事はない。攻撃を避ける事も叶わない。
　今こそ好機。ケルベロスの攻撃が韋駄天へ殺到した。
「オレの親場だ、存分に行かせてもらうぜ――そこだ！」
　泰孝がマリアとのコンビネーションで跳躍。火花を散らして唸るチェーンソー剣の斬撃で韋駄天の傷を切り開き、グラビティの点棒を増やしていった。
「回復の時間はあげないよ」
「GoGo！　ぶっ飛ばしてやるー！」
　エアシューズで加速した渚と秋子が、韋駄天を挟むように並走する。
　摩擦熱を宿した渚の爪先が、流星の如く振り下ろす秋子の踵が、息を合わせたＸ字蹴りとなって、一直線に韋駄天めがけて叩き込まれた。
　炎上し、脚を砕かれ、しかし尚も疾駆を止めぬ韋駄天。陽葉は特製のエクスカリバールを背中へ振り下ろし、頑丈な羽毛をむしり取る。
　脚を封じ、回復を封じ、守りを剥いで傷を積み重ねた。
　あとは最後の仕上げのみ。道弘は韋駄天の進路を割り出し、チョークを構える。
「速度を上げると時間の進みが遅くなる。相対性理論ってやつだな」
　足止めを受け続けた韋駄天の動きは、しかし光の速さからはみるみる遠ざかる。
　どうやら、決着が近いようだ。
「逃がすかよ。食らえ」
　牽制のチョークを浴びた韋駄天の進路が僅かに逸れた。
　道弘は韋駄天の羽毛を剥がれた背を狙い定めると、エクスカリバールを振り被って滑空。渾身のフルスイングを叩き込み、残る羽毛をジグザグの傷で剥ぎ取った。
「岡崎さん、とどめをお願い！」
「OK。引き受けた」
　シルディの光蝶で第六感を研ぎ澄ませた真幸が、戦術超鋼拳を構える。
　叩きつけるは、怒りを込めた一撃。必中にして、とどめの鉄拳だ。
「下らんレースは終わりだ。吹き飛べ」
『こ……この俺が！　追い抜かれ――』
　振り下ろされる拳。砕け散る韋駄天の頭。
　速さだけを信奉したビルシャナが、断末魔を残して消滅する。

●四
　それから数分後。
　渚はミッション地域の離脱を完了すると、後続の仲間を振り返った。
「ここまで来れば平気かな。みんな無事？」
「大丈夫だ。グラディウスも揃ってるぜ」
　泰孝のサムズアップが、最後尾から返ってくる。
　怪我人もなく、魔空回廊も破壊。文句なしの大成功だった。
「お疲れ秋子。頼りになったわ」
「私こそ。ありがとう真幸さん」
　指輪を重ねるように手を合わせ、スモークの晴れたサーキットを眺める二人。
　ビルシャナの回廊は残り一つ。ミッション地域の完全解放は、着実に近づきつつある。
　シルディはその先に待つ平和を願い、犠牲となった人々の冥福を祈った。
「帰ろう皆。任務完了だ！」
　こうして戦いを終えた番犬達は、美作を後にする。
　どうかこの地に、良き未来が拓かれるよう願いながら――。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年5月25日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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