その名は触手王

作者:蘇我真

 深夜の三重県鳥羽市、伊勢湾に臨むリアス式海岸の一角でそれは行われていた。
 空中をふよふよと浮遊する、体長2メートルほどもある怪魚が3体。
 彼らが空中散歩をする度に、砂浜に奇妙な軌跡が浮かび上がる。
 青白く浮かび上がる輪郭。波がさらっても消えないそれは、死神が既に死んだデウスエクスを復活させる魔法陣だった。
 ぬらぬらとした何かが魔法陣の中からせりあがるように登場する。
 オークだ。ただ、通常の個体よりも大きい。縦にも横にも、触手の長さや数、太さもだ。
「ブヒ、ブヒイィィ……!!」
 赤く血走った眼、口元からこぼれる涎。鼻息も荒く、触手もうねる。
 そこには――もとよりオークにはほとんど備わっていないが――知性のひとかけらもなく、完全にケモノと化していることが見て取れる。
「ブオオオオオォォォッ!!」
 大気を震わせるほどの雄たけび。
 触手にまみれた豚の王が、浜辺に再誕したのだった。

●その名は触手王
「俺が名付けたんだがな。オーク達の間では、触手の立派さを誇る傾向があるという……ならばヤツは王を名乗る資格があるといえよう」
 予知した光景をホワイトボードで説明する星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)。その絵にはご立派な触手が多くついていた。
「三重県鳥羽市で、死神の活動が確認された。
 死神といっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたないタイプになる。
 怪魚型死神は、第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを、変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ろうとしているようだ」
 そうして、今回復活したのが触手王というわけだ。
「通常のオークに比べて全体的に1.5倍ほどサイズが大きいのも、おそらく変異強化の影響だろう。
 デウスエクスをサルベージすることで戦力を増やそうとしているのかもしれないが、これを見逃すことは出来ない」
 死神の企みを阻止するためにも、蘇った王を再び眠りにつかせてほしい。瞬はそう説明する。
「触手王が復活する場所はひと気のない深夜の砂浜だ。明かりは月明かりくらいしかないが、戦闘には支障がないだろう。気になるなら照明を持ち込んでも構わないが……。
 あと、避難勧告は済んでいて、一般人が迷い込む可能性はない。思う存分に暴れてほしい」
 周囲の状況を説明した後、瞬は続けて敵の構成や能力についても説明を行う。
「敵の数は怪魚型の死神が3、触手王が1という編成だ。前衛として死神たちがいて、触手王は王らしく後ろに控えている。
 触手王の触手からは粘液が発射されるので、それで後方支援をしてくるつもりだろう。
 速攻で怪魚を倒して後ろにいる触手王を引きずり出すか、それとも怪魚を無視して後衛の触手王に攻撃を集中させるか……
 そのあたりの判断は皆に任せよう」
 他にも触手王はその巨体を生かした体当たりや、長い触手での薙ぎ払いを行ってくるという。
「理性を失った触手王は男だろうが女だろうが見境なく、平等に襲ってくる。男だろうが気を抜かないようにな」
 そう述べた瞬は、悪寒がしたのか自分の尻を撫でたのだった。


参加者
イブキ・リュウゼン(リュウゼン家が末っ子・e00435)
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)
朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)
堂々院・孜々緒(龍拳・e01763)
アレーティア・クレイス(万年腹ペコ竜娘・e03934)
篠田・隼斗(瑠璃水晶・e08361)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)

■リプレイ

●ご立派様再誕
 ケルベロスたちが鳥羽市の砂浜についたのは、ちょうど死神の怪魚たちが触手王を召喚し終わったときだった。
「ブオオオオオォォォッ!!」
 大気を震わせるほどの雄たけび。
「まったく、月が綺麗な夜だというのに……」
 大声に顔をしかめるカルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)。浜風で片翼の翼と金色のポニーテールが揺れる。
「なんというか、その……そんなに大きさを誇られても困り、ます……」
 月明かりの下、触手王から生えている太い触手がうねうねと蠢いているのを見てカルディアは顔を赤らめていた。
「ふむ、ふむふむ……」
 一方、村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)は別のところを注視していた。
 怪魚が動いた軌跡……魔法陣のようなそのマークをつぶさに観察し、メモをつけている。
「何をしているんですか?」
 その様子を不思議に思ったイブキ・リュウゼン(リュウゼン家が末っ子・e00435)が尋ねると、ベルはエルフの長い耳をピンと立てる。
「もちろん、後々の参考にするためです! 今までオークの触手には毎回毎回毎回毎回、うっかりしていじられてしまっていましたからね」
「ああ、なるほど。錬金術師ですし召喚できたら実験体にするとか」
「え、ええ、そうです! 他のことを期待なんてしてないですよ!!」
「は、はあ」
 夜の闇に隠れて、ベルの耳が赤くなっているのに気付かないイブキ。
「それで~、作戦は怪魚を先に殲滅でいいんですよね~?」
 朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)はセクシーなスーツに身を包んでいる。
 その肢体から目を逸らすべく、帽子を目深に被りなおしながら堂々院・孜々緒(龍拳・e01763)は頷いた。
「はい……その間、足止めをお願いします」
「任せてくださいです~、ボスぶたさんはしっかり釘づけにしときますにゃ~」
 ジャマーのポジションを選択した紗奈江が触手王をバッドステータス漬けにし、その間に7人で怪魚を殲滅する。それが彼等の採用した作戦だった。
「なるべく手早く倒していくから、それまで頼むわね」
 がじがじとササミジャーキーを齧っているのはアレーティア・クレイス(万年腹ペコ竜娘・e03934)だ。
 その視線は怪魚と触手王を捉えて離さない。
「さすがにあいつらは食えないだろうけど、魚介と豚……魚介とんこつラーメンとか食べたくなってくるわね」
「色気よりも食い気ってか。しかし、まあなんというか……」
 篠田・隼斗(瑠璃水晶・e08361)は触手王から生えた触手を見て、改まったように感想を漏らす。
「初めて見たけど、マジでエロゲみたいだな」
 報告書などでは知っていたが、知ると見るとでは大きく違う。そのインパクトに隼斗は目を丸くするしかない。
「エロ、ゲ? ですか?」
 首をかしげるイブキ。
「知らないのか? いいか、エロゲってのはな……」
「はいそこまでー」
 イブキに知識を授けようとする隼斗の口を天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)が塞いだ。
「教育上よろしくないし……向こうさんもこっちに気が付いたみてェだからな」
「ブヒイィィッ!!」
 こちらに気付いたらしく、触手王が自らの腕と触手を振り、怪魚たちをけしかけてくる。
「はっ……!」
 ベルが念のために殺界を結成し、一般人が迷い込まないようにする。
 夜の戦いが、始まろうとしていた。

●その名は触手王
 初撃はアレーティアだった。
「魚のくせに海も泳がず、空飛んでるなんて……そのまま三枚に卸してあげるわ」
 ジャーキーを咥えたまま、矢面に立って攻撃を受けようとする怪魚の1体へとナイフを向ける。
 刹那、その姿が掻き消えた。浮遊する怪魚の下へスライディングするように潜り込み、ナイフで腹を掻っ捌いていく。
「そいつから落とすぜ!」
 戦闘に入り、荒々しい口調になった孜々緒が続く。
 ダメージを受けた個体を集中攻撃して、速攻で数を減らしていく。その為に攻撃は出し惜しみはしない。一番命中率と与えるダメージが高いセイクリッドダークネスを発動する。
「はっ!」
 聖なる左手で怪魚の尾を掴むと、傷ついているその腹へ、闇の右手の一撃を叩き込む。
「よし、この調子でまず1匹……」
 孜々緒の視線が後ろにいる触手王へと向けられる。なるべく目を離したくない、その予感は的中する。
「触手が膨らんでます~! あれはきっと粘液が出ますにゃ~!」
 紗奈江が声をかけて注意を喚起する。1本の触手の先端が大きく膨らみ、びくびくと脈打っている。
「この位置なら触手の近接攻撃は届かないはず!」
 狙いは、そんな余裕しゃくしゃくなベルへ向けられていた。
 勢いよく発射された粘液が放物線を描く。
「えっ、ちょっ――」
 上空から、シャワーのようにベルへ粘液が振り掛かる。
「なんで、こんなぁ……!」
 やや灰味がかった粘液が衣服や艶やかな黒髪、そして顔を汚していく。
「お、おおいっ、大丈夫かっ!?」
 振り返った隼斗は、その様子を見て顔を真っ赤にする。
「最悪ですぅ、なんか磯臭いし、服の中までべどべとでいっぱいですぅ……」
 汚された眼鏡の向こう、涙目のベル。粘液のダメージで身体や衣服のあちこちが溶けていた。
「え、えっと……!」
 孜々緒も顔を赤らめる。
「み、見ないでください……自分で回復しますから~!」
「お、おうっ!!」
 まるでロボットのようにギクシャクして前へ向き直る孜々緒。
「助ける為にも、早くこいつらを……!」
 色んな怒りを敵へとぶつけることにしたようだ。
「あれを受けなきゃいけないのか……」
 怪魚に腕を齧られながら、粘液に恐怖するイブキ。ディフェンダーとしての役割だから仕方のないことなのだが、それでも生理的に嫌な相手だった。
「そんでも、助けるのが男ってもんだろ! つーか腕齧られてるっての!」
 同じディフェンダーの隼斗が叱咤しつつ怪魚を殴りつけてイブキから引きはがす。
「ったく、触手王め! 男女平等なのはいいけど、まず人に迷惑かけたらいけないから!」
 隼斗の顔にはまだ赤みが残っていたが、戦闘へ集中することにしたようだ。
「舞えよ六花、咲けよ血華!」
 戦闘モードに入った陽斗が、イブキからドレインしていた怪魚を剛腕で殴りつける。その爪は月に照らされて青白い六花の軌跡を残し、浜辺に容赦なく赤い血しぶきが花となって狂い咲く。
 月の力を借りた拳は、一気に怪魚の息の音を止めた。
「あと1体、か」
 バトルガントレット同士を打ち付けるようにしてひと息つく陽斗。そこへ紗奈江の声が掛かる。
「陽斗くん、そっちいきますにゃ~!」
 十の火球で触手王を焼いていた紗奈江は、触手がまた膨らむのを一番最初に感じ取っていた。
「なっ!?」
 避けきれず、陽斗に粘液が振り掛かる。
「うっ……!」
 素肌に上着をボタンも留めずに袖を通しただけの陽斗、その褐色の胸板へと粘液が掛かる。灰色がかった粘液が白く際立つ。
「ちょっとピリピリするが、これくらい、鍛えてっからな……」
 ピリピリとした痛みは、服や肌を溶かす溶解成分だろう。粘つく液体は彼の肉体を艶めかしくテカらせていた。
「大丈夫ですか!」
「これ以上はやらせませんっ!!」
 助けに入るイブキとカルディアのコンビネーション攻撃が、それぞれ怪魚へと突き刺さる。
 それが致命傷となり、最後の怪魚は砂浜へと倒れ落ちた。
「いよいよ……王との対面ね」
 アレーティアは残り少なくなっていたササミジャーキーを一気に飲みこむ。
 そして身を低くして、ダッシュで触手王へと駆け寄っていく。
「こうなったらこっちの一転攻勢ですよ~?」
 紗奈江もそれに合わせた。忍者らしく素早い身のこなしで、体幹がしっかりしているからか、それとも下着をしっかりつけているからか、胸や上体が全く揺れない。
「はぁっ!!」
 紗奈江はその姿勢のまま、足元の砂を掴んで触手王へと投げつけた。
「ブモッ!?」
 思わず目をつむり、手で顔を覆う触手王。無理やりに隙をつくったところへ二人が回り込み、背後を取る。
「まずそうね……」
 アレーティアは粘液を発射した直後で元気がない一本の触手を掴み、ナイフをあてがう。
「いっぱいぴゅっぴゅっさせてあげますにゃ~」
 紗奈江も螺旋の力を込めた掌でそっと1本の触手を握り込んだ。
「ブモモオオオオオッッ!!!」
 刹那、絶叫する触手王。夜の海に血液と粘液が飛び散っていく。
「あれは痛い」
「見てるだけでこっちにダメージがくるって……」
 冷静に実況する陽斗と思わず股間を押さえたくなる隼斗。
「ブーッ!! ブウォオオオーーッ!!!」
 触手を2本失い怒り狂った触手王が、残った触手を振り回して前衛をなぎ払ってくる。
「くっ……!」
 勢いのある触手にアレーティアの服が引っかかり、破けて脇あたりから薄い胸が露わになる。
「うわ、気持ち悪いですっ! あ、そんなところから入っちゃ駄目ですよっ!!」
 両手を顔の前でクロスさせるイブキだが、なぎ払われた触手のうち、何本かの細い触手は千切れたあとも自分の意志があるかのように、衣服の中へと潜り、蠢いていく。
「ちょっ! こんなん誰得だっての! ……っ、そこヤバいって!」
 隼斗のツナギの中に潜り込む細い触手たち。背中を伝い落ち、臀部のほうへとうごめいていく。
「うひゃあっ! そ、そこは、入るところじゃ……っ」
 孜々緒は痛みと羞恥で顔を歪ませる。衣服の下に入り込んだ触手が、うごめいて身体をまさぐっていく。
 ぞわりと肌が粟立つ。生理的な嫌悪感を必死で抑える。
「くっ、気持ち悪い……!」
 カルディアの鎧の中にも触手が入り込む。衣服は触手から染み出る粘液でべっとりと濡れ、透けて張り付いてしまう。
 豊満な肉体とくびれのあるボディラインが月明かりの下、露わになった。
「ひゃっ!? そこは、ダメっ」
 自分の収まる場所を探していた触手が、カルディアの胸の谷間にすっぽりとハマる。
「んっ、くうっ……!!」
 触手が肌を擦るたびに、頬が赤らみ、身体が痙攣する。
「ああもう……いつもいつもオークは鬱陶しいッ!! 只の豚が私をイライラさせるなぁ!!」
 その目には、怒りが満ちていた。胸の触手もそのままに、ゾディアックソードで触手王の両足を斬りつける。
「ブモオオオッ!!」
 腱を切られ、仰向けに倒される触手王。砂浜の下、起き上がろうと腕と触手がもがく。
「こういう触手は、引きちぎってやる!」
 孜々緒も腹いせに、セイクリッドダークネスで触手を引きちぎっていく。
「ブ、ヒイイイィィッ!!」
 全ての触手をもぎ取られて悲鳴を上げる触手王。その胸に、硬質化した手が置かれた。
「貴方の血と魂……私が頂くわ」
 月明かりを背に受けて微笑むアレーティア。口の端に犬歯が覗く。その手が、触手王の胸を耕していく。
「ブ、ギィイイィィィッ……ィィィ――」
 彼女の破けた衣服の横からわずかに覗く胸の輪郭、それが触手王が最期に見た光景だった。

●戦いの後
「うぅ、べたべたする……」
 戦いの後、イブキは服の中に入り込んだ細い触手を全て取り出し、げっそりとした顔で肩を落とした。
「ほら、おつかれ」
 用意しておいたタオルを手渡す隼斗。自身も日焼けした肌の上、触手が這いずり回った跡をタオルで落としていく。
「あっ、ありがとうございます」
「はい、こちらもどうぞです」
 ベルが差し出したのは軟膏だった。
「どことは言いませんが、ダメージを受けていたら……」
「だ、大丈夫です!」
「そりゃあもう阻止したから!」
 慌てて身の潔白を表明するイブキや隼斗。
「陽斗も大丈夫か? たしか粘液喰らってたけど」
 隼斗が話を振ると、陽斗は粘液の掛かった自分の上半身を携帯電話のカメラ機能で撮影していた。
「なぜ撮影を?」
 孜々緒が尋ねる。
「恋人がこういうの好きなんだ。『お前にはご褒美な体験したなう、良いだろう』……っと」
 淡々と写真を送信している陽斗。
「世の中、色んな人がいるんですね……」
 痛感する孜々緒だった。
「身体中べとべとですし、早く帰ってお風呂に入りたいです……」
 タオルで拭ききれないといった様子のベル。
「海で落とせそうですけど、それはそれで、今度は海水でべたべたしそうですね」
 カルディアも困り顔だ。
「砂浜ですし、どこかに海の家でもあればシャワーだけでも貸してもらえそうです~」
「海の家……焼きそばにラーメン……」
 紗奈江と、破れた服を応急処理したアレーティアが砂浜を歩きだす。
「季節も違うし、多分この時間はお店も閉まってるんじゃないかなー」
 ツッコミながらも陽斗たちが続く。
 浜に打ち寄せる波が、触手の切り取られた触手王や怪魚の死骸を海の中へとさらっていくのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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