第二王女ハール決戦~守人らは鉄の森に集う

作者:銀條彦

●守り人たちの戦斗
 第九王子サフィーロとの決戦に勝利を収めたケルベロスが磨羯宮ブレイザブリクを完全に支配下に入れた事で、エインヘリアル本星に繋がるアスガルドゲートの探索が開始される事となった。

 だがエインヘリアル側もこの状況下でただ大人しく静観を決め込むという事はないだろうと、ヘリポートにおいてザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は語った。
 フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)の予測をもとに、第八王子ホーフンド勢力から本星への報告は『サフィーロ王子の裏切りによるブレイザブリクの失陥』という形で行われているとの情報も有り、彼らが改めてブレイザブリク奪還の軍勢を起こす事はほぼ間違いない様だ。
 そして同時に大阪城方面での情報収集を行っていたアビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)からは、もう1つ重要な報告が齎されている。
「大阪城のユグドラシル……攻性植物勢力もまた軍勢を整えて侵攻を準備しているらしい」
 どうやらそれらはエインヘリアルのブレイザブリク侵攻に歩調を合わせた合同作戦の危険性が高いというのが調査を行ったアビスの結論である。
「この、大規模合同作戦という彼女の予測はかなりの確率で実現されると弾き出されたのだ。エインヘリアルと攻性植物はその本星が隣接し合う長年の仇敵だったが……近年では、ケルベロスを共通の敵としてその対立関係も徐々に緩和しつつある」
 大阪城へ身を寄せ、第八王子ホーフンドに自軍を派遣する等の両勢力を結び付ける工作を積極的に行う第二王女ハールの存在も大きいと言えるだろうとザイフリートは付け加えた。
 だが大阪城の情勢を調査していた他の多くのケルベロスからの情報を分析した結果、大阪城勢力の侵攻準備はいまだ途上であり衝くべき隙も見受けられる事が判明する。
「それを衝くべくこちらから先に討って出る。複数ルートから大阪城勢力へ攻撃を仕掛け、彼らをエインヘリアルとの共同作戦どころではない状況に陥れるのだ」

 合同作戦阻止の鍵を握るのは『エインヘリアルの第二王女・ハール』である。
 不倶戴天の敵であるエインヘリアルと攻性植物両勢力の連携は彼女の尽力による処が大きく、彼女を撃破もしくは彼女に対する攻性植物勢力の信用を大きく低下させる事が出来ればたちまち連携は立ち行かなくなり、少なくとも当面の合同作戦は実施不可能となるだろう。
「……あるいは、敗戦続くハールがこれ以上の失態を重ねればお前達ケルベロスが手を下すまでもなく攻性植物勢力によって彼女が処断されるという事態も有り得るかもしれんな」
 その場合、連携どころかアスガルドとユグドラシルの対立はより激化する事となりハールをただ撃破した場合よりも地球にとってはより望ましい結果が見込めると、エインヘリアルのヘリオライダーである男はきわめて冷静に彼の所見を述べた。
「いずれにせよ、大阪城におけるハールの立場はすでに低下しつつある様だ。彼女は現在、大阪城城内ではなく外部の防衛拠点の守護を任されている」
 グランドロン城塞を失って以降、新たな要塞が大阪城の守りとして建造されたらしい。
 この最前線の防衛拠点『要塞ヤルンヴィド』はダモクレスの城塞で、ハール王女は守護を任されたとはいっても、要塞司令官・インスペクター・アルキタスを超える権限をいっさい持たされてはいない。
 また、王女は既に第八王子強襲戦に配下の軍勢を援軍として派遣しその多くを失ったため己の裁量で動かせる戦力も充分ではなく、『ヤルンヴィド』内には王女の部隊とは別にダモクレスの軍勢も駐屯しているのだという。
 ただ矢面に立たされていること顕著となったハール王女とダモクレスの部隊を分断した上で、ハールを討つ。それが今回の作戦の目的である。
「分断の意味する処は……物理的に引き離す戦闘と心理的間隙を植えつける策略、どちらと問わない」
 あるいはその両方を組み合わせるという作戦も取り得るであろうか。

●鉄の森(ヤルンヴィド)
 そして、ザイフリートからは今回攻め入るべき『要塞ヤルンヴィド』の戦力詳細についての説明が更に続けられてゆく。
 要塞中央部から東側にかけてを『要塞司令官インスペクター・アルキタス』が担当し、『エインヘリアルの第二王女・ハール』が任されているのは西側約3分の1にあたる区域に限定されている。
 ハール配下の有力な将としてまず3名、『戦鬼騎士サラシュリ』『槍剣士アデル』『策謀術士リリー・ルビー』らエインへリアルの名が挙げられた。

 サラシュリは『炎日騎士部隊』を率いて要塞の最前線で警戒活動にあたる前線指揮官だ。だが、生粋の戦闘狂で脳筋な彼女に指揮能力などは皆無。その高い戦闘力のみを見込まれての抜擢であるらしく、指揮官としての不足を補うべくその下には更に3名のフェーミナ騎士団騎士が補佐にとつけられている。
「彼女は有事にハールあるいはリリーの指示を受けて敵を排除する役割を期待されているが、陽動や挑発に嵌まれば補佐の制止など聞かず突出すると予測されている」

 アデルはかつて3名存在したフェーミナ騎士団副団長唯一の生き残りで、現在は要塞内のフェーミナ騎士団を統括している様だ。
 現在の騎士団は、小隊長に据えられたフェーミナ騎士団騎士1名に対してフェーミナ騎士団員と炎日騎士部隊の混成部隊5名がつき従う『小隊』単位で運用されており、互いに役割分担しながら要塞防衛にあたっているという。
 アデルの指揮能力は決して低くはない筈なのだが、多くの敗戦を経て自信を失いその指揮傾向はより消極的かつ防御的なものとなっている。
 また主君であるハール王女の行動に疑問を抱き始めた彼女の忠誠は揺らぎつつある、が、それでもハールに従い戦い続けるのはフェーミナ騎士の部下達を無事にアスガルド本星へと帰還させたい一心からなのだそうだ。
「……故に、ケルベロスの大規模な襲撃があった場合、アデルはハールから命じられた指揮官としての役割をかなぐり捨て騎士として自ら先頭に立とうとするだろう――騎士団全体の死者を出来る限り減らす為に。見事な騎士道ではあるが、今回は彼女のその覚悟こそが付け込むべき隙の一つであると言わざるを得ない」

 そしてリリーはハールの腹心的存在であり、対アスガルド本星を主とした情報工作も彼女が担当している。
 故にたとえハールを撃破したとしてもリリーが残っていれば比較的短い時間でエインヘリアルと攻性植物とのパイプが復活する可能性があり、また、ハールを撃破できなかった場合でもリリーさえ撃破していれば実務を行う担当者が不在となり連携が円滑に進まなくなる可能性も生じるだろう。
 彼女は要塞内に与えられた執務室で、直属のフェーミナ騎士団魔術兵とともに各勢力との調整等の仕事を行うのが常である。
 ケルベロス襲撃時、彼女は自らの身の安全だけを最優先にして行動するのでまず発見そのものが困難であるだろうが、彼女の配下はいずれも文官で戦闘に不慣れな者ばかりなので、見つけ出す事さえ出来れば撃破自体は容易いとザイフリートは語った。
「策謀に長けたリリーであるからこそ取るであろう行動を予測し先回り出来ればあるいは……と言った所だろうか。お前達ならば必ずやかの腹心を追い詰め撃破してくれるものと期待させて貰おう」

 そして――最終目標はもちろんハールの撃破である。
 ケルベロスの襲撃があっても王女自らが前線に立つ事は無いとヘリオンは予知している。
 要塞からほど近い大阪城からの援軍が到着するまで、部下達や中央本隊に固く守らせただ耐え切る事こそが最も生存率が高い選択であると王女は考えているのだそうだ。
「おそらくは対ケルベロスで度重なった敗戦の所為だろう。槍剣士アデルらには迎撃を命じておきながら……ハールはもはや彼女達が勝利するなどと一片たりと信じてはいないのだ」
 時間さえ稼げれば全滅もやむなしと割り切り、ハール自身は最も警戒が厳しい要塞の奥に隠れたまま決して動こうとはしないだろう。
 だが、それはつまり、より警戒が厳しい箇所へと向かえばハールの居場所を掴めるという事でもある。
「確かに、要塞司令官インスペクター・アルキタスはハールのもとへ救援を送り込もうとはするだろうがダモクレスである彼女にとって『ハールを護る』という任務はさほど優先順位は高くなく量産型ダモクレスの性能実験も兼ねて程度の位置づけだ。そして今はハール軍に組み込まれている要塞の防衛部隊、炎日騎士部隊もいざとなればハールよりも要塞司令官からの命令を最優先させて動く者ばかりだ」
 ちなみに第八王子強襲戦で戦った炎日騎士スコルや氷月のハティも元々はこの要塞を守護する指揮官であったが前者は既にケルベロスによって討ち取られており、後者の動向は未だ不明であるらしい。
「このように『要塞ヤルンヴィド』擁する戦力はきわめて強大だがその内情は磐石とは言い難く、巧く分断を誘えば、より少ない戦力でもハールを討つ事は、充分に可能だろう」

 仇敵同士である2つのデウスエクス種族を繋ぐパイプ役としての立場を独占して生き残りを図ろうとする第二王女を戦死もしくは失墜せしめる為の作戦をケルベロス達へ冷静に語り終えた、その後に――元第一王子は、ただ、大きく重く息を吐いた。
「この作戦と同時に大阪城地下への潜入作戦も実行されるが、東京都民と大阪市民の安全を守る為には、やはり、ハールを討つ必要がある……」
 だが彼はそれ以上を黙して語らず。
 最後にただ一言をもって地球の守り人たちを送り出すのだった。
「願わくば――重ねた因縁に、今こそ決着を」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ


 因縁に決着をと送り出されたケルベロスの、先駆けたるはこのチームであった。

 隠密気流を纏うプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)と源・那岐(疾風の舞姫・e01215)に先導され敵地を進んだケルベロス一行は特に波乱も発見も無いまま、目指す要塞『ヤルンヴィド』西側入口を視野へと収めている。
 巨大なその門は固く閉ざされているが、門兵の影も警備用の設備らしき物も周囲には全く見当たらない。
(「どうやらカンギからも要塞司令官からも随分と軽んじられてるみたいね、ハール」)
 唇に指を添えながら、ふふ、とプランが妖しく笑んだ。
 現時点で彼女達には与り知らぬ事だが、同じ要塞外周でもダモクレスが守る他所はこうまで無防備でなく侵入敵への備えは用意されていたのである。
「ヤルンヴィドなんて名付けた割に攻性植物どころか草木一本ロクに見当たらんのやね」
「……ここはダモクレスの拠点ですから、そうでしょうね」
 移動中からずっとしきりにきょろきょろ辺りを見回していた月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)に那岐が何か異状かと声を潜めて確認してみれば、どうやら目指す場所が鬱蒼とした森では無く完全に機械化された拠点であった点を意外に感じているだけであるらしい。那岐は手短に噛み砕いて年下のエルフ少女へ状況説明を行う。
 それはさておき、遠距離グラビティならギリギリ射程圏内という処まで全く発見されずに到達した一行が次に取るべき行動は一つ。
 堅く閉ざされた門の向こうから『鬼』を引っ張り出す挑発大作戦である。

「……やっぱりバイオガスを使うのはまずいんじゃないかしら」
 作戦開始にあたってはまずバイオガスを散布してからという手筈になっていた。
 しかし唯一の使い手である七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)が意を決して仲間達に小声で訴える。ケルベロス側の全貌を敵に掴ませない為というのが今回の使用目的。
 けれど、彼女達の後には対アデルの複数部隊とリリー捜索班、そして今作戦の最終目標であるハール撃破を務める戦力らが多数控え、侵入の機を伺う事になる筈である。
 彼らはサラシュリの釣り出し成功を確認後すみやかに突入しなければならないのに、要塞入口周辺の視覚情報を外部から完全遮断してしまうのは悪手では無いのだろうか……。
「わたくし達のメリットになるかは未知数である一方、わたくし達以外のケルベロスにデメリットが発生するのは確実とさくら様はお考えなのですわね」
 懸念する処を即座に汲んでくれた烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)にさくらは頷く。
 結局は、運用の難しいバイオガスを用いずとも作戦は充分に機能する筈であるとの結論で一致したケルベロス達は改めて挑発行動を開始する。

 最初の一撃は、爆発。
 プランが持参した爆薬は、火力では無く炸裂して振り撒かれる大音響と振動こそが狙い。
「他のチームが戦いやすいように、出来るだけ遠くへ引き付けるよ」
「正面からぶつかるだけが戦いじゃないってことですね!」
 知井宮・信乃(特別保線係・e23899)はにこやかな敬礼ポーズとともに了解し、さっそく射程ギリギリからの死天剣戟陣を要塞門に向けて発射し始める。
 華檻愛用のアームドフォートも砲撃モードに移行、轟音に我が腰震わせながらフォートレスキャノンが一斉発射を振り撒いた。
 列範囲や炎などより派手な遠距離グラビティを選び、爆発に合わせて要塞攻撃は続く。と、ほどなく内側から半開きとなった入口からは反撃の遠距離攻撃が襲い掛かる。
 適宜ヒールを織り交ぜての撃ち合いの内、充分に敵耳目を引きつけたと見た遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)が割り込みヴォイスの喉を揮い、挑発の嘲笑を始める。
「サラシュリさんだっけ? 前線に出てこないなんて、ここの指揮官はとんだ腰抜けね!」
「そうだそうだ! 他人の敷地でワチャワチャしとらんで腰抜け指揮官は腰抜けらしゅう、とっとと星に帰ね!」
 すかさず朔耶も調子を合わせ割り込みヴォイスでサラシュリ挑発を始めた。彼女の横ではオルトロスの『リキ』が青炎を燃え上がらせて遠距離攻撃の応酬に加勢している。
 これだけ派手に騒げばおそらくはもう防具特徴の特殊な声なくともサラシュリの耳にまで届くと踏んだケルベロス達は爆発音を止め、口々にまだ見ぬ脳筋指揮官を虚仮にし臆病者と決め付けこれみよがしに笑い合った。
「ご立派な要塞の奥で震えてるのがお似合いよ!」
 サラシュリと、名指しして吼えた篠葉の声が再び響き渡ったその直後。
 突然、全開となった要塞入口。そして。

『上等じゃねーか! 全員オレのこの手でブッ殺してやらあっ、ザコ定命どもがっ!!!』

 雷鳴にも似た女の怒号は――作戦成功と戦闘開始の合図の狼煙代わりであった。


 あっさり、勢い良く内側から開け放たれた要塞入口。
 顔を真っ赤にしてそこから飛び出して来た大女は勿論、戦鬼騎士サラシュリであった。
 後ろからは及び腰ながら彼女を引き止める声なども飛んでいたがすっかり頭に血が昇ったサラシュリの耳には一切届いていない。
「引き連れた伴は7名、いずれも炎日騎士部隊の者か。フェーミナ騎士の姿が見当たらぬ様だが……」
 挑発行為にはドラゴンブレスの連射で加わっていたヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)の金眼は派手に登場したサラシュリ本人ではなく、その後ろの部下達へと素早く注がれた。
 機械化装備に身を包んではいるが、見るからに主と同類の脳筋、戦闘狂揃いの女性エインヘリアル達ばかり。
『サラの姐貴にデケえ口聞きやがってこのチビ共がっ!』
『やっっと暴れられるぜっ! うるせー書類係のヤツラも全員逃げてったしな!』
 騎士や兵士というよりもまるっきりレディース、もしくは女山賊団である。
 とはいえ、彼女達は炎日騎士部隊の中でもとりわけサラシュリと波長が合った変わり種の部類らしく、殆どの炎日兵らはいまだ要塞内に踏み止まり指示待ちのまま逡巡している様子であった。
「書類係……なるほど、指揮を補佐できる騎士3名はみんな文官寄りだったのね」
「王女からの命令も持ち場も守らぬサラシュリを諦めて、アデルへの注進にでも走ったか。現場の防衛部隊へ指示も出さずに放置とは……」
 さくらとヴァルカンの推測を耳にしながら……だとしても連斬部隊の文官シャイターンは最期までヘルヴォールの為に命懸けで立ち向かって来たのにと、プランは聖夜の戦いを想い起こさずにはいられなかった。
 いずれにせよハール陣営の人材枯渇はいよいよ深刻という事だろう。

 サラシュリ当人の登場とその戦闘力に圧されながら――という呈を装うケルベロスの後退釣り出しと更なる挑発は続く。
「あら、なんて可愛らしい指揮官様のご登場でございましょう♪」
『なっ、……なんだとっっ!?』
 こういった俺女系にとっての『可愛い』はむしろ最大級の逆鱗になると踏んだ華檻だったが、言われ慣れしなさ過ぎて逆に面食らった、というか若干本気で照れている節まで見受けられる。
「中身までまっさらにピュアだなんてますます素敵♪ サラシュリ様のような頑ななツボミは戦場よりも閨でこそじっくりと愛で、花咲かせてさしあげたくなりますの……」
 ちなみに。
 挑発策の一環としてわざと上から目線や子供扱いを強くこそしているが、華檻が、女性に対して口にした褒め言葉や口説き文句は100%本音からである。
『あ、姐貴は確かに美人だ……! だがナメてんじゃねえ!』
『ヤラシい眼で見んなッス、こンのクソアマッ!』
 むしろ炎日騎士達の逆鱗に触れた感の方が大きく結果オーライである。
「背中から角が生えてるね、元はオウガだったのかな?」
『バーカ! デウスエクスが選定されるワケねーだろ!』
 プランの挑発は前振りの時点で本人に一蹴された。
 ケルベロスという存在が有る現在必ずしもそうとは限らないとも思えるのだが多分その辺を説いても理解して貰えないだろう。脳筋からの莫迦呼ばわりは心外ではあったが。
 仕方なく彼女は気晴らしに敵ディフェンダーをねっとり嬲り、もとい撃破優先順に従った集中攻撃を仕掛けてゆく。
「何度もいれたり出したりしてあげる……ちょっと激しいかもね」
『ちょっ……えぇ、あっあっ……』
「ほらほら、何度もイッちゃえ」
 炎日騎士の肢体を抜き差ししているのはこのサキュバスが放った『疾り躍る紫光(レイビングレイ)』なのであしからず。
 紫水晶の輝きで幾度も屈折して貫通を繰り返す光線です、光線。

「王女なら姫らしく家で茶でもしばいとれ……そう思わんか? 騎士さんや!」
『は? 王女や妃なんざひたすら戦いに明け暮れるぐらいで丁度いーだろ』
 不発か3枚重ねかの両極端の繰り返し。そして敵ブレイク。初手からずっとBS耐性付与に手間取りつつ朔耶が発した挑発は、戦闘種族の中でも戦闘狂な相手との価値観の相違か、好悪どちらにも特に響くものは無かった様子だ。
 ちらりと要塞の方角を確かめたさくらは出来うる限りの大声で問い掛ける。
「そういえばハールの姿が見えないのは何故かしら。もしかしてあなた達を見捨てて、自分は安全な所に隠れて助かろうとしているんじゃない?」
 疑念投げかけるその台詞は、目の前の女達のみならず混乱する『普通』の炎日騎士らへ聞かせる為のもの。
『それこそいまごろ優雅に茶でも飲みながら何かスゲー策略とか張り巡らせてる真っ最中なんだろーさ。そりゃレリ王女辺りみたくしてくれた方がこっちとしちゃ頼もしいが、ハール王女はそれ以上の歴戦だぜ。知ったような口を利いてんじゃねぇ!』
 眼前の戦いが第一だが強者である王女への敬意も全く無い訳でもないらしく、軽い苛立ちを見せたサラシュリが振り下ろした斧槍は無数に分裂し他のケルベロスも巻き込んでさくらの頭上に降り注ぐ。
 すかさず飛び込みさくらの身を庇ったのは赤鱗、ヴァルカンであった。
「……さくら、無理はするなよ」
「その言葉、そのままヴァルカンさんにお返ししてあげる」
 微笑み交わされるは、愛情と信頼。
 大切な人が傷つく姿に慣れる事は決して無い――けれどそれがあなたの役目で。ならば、それを治すのはわたしだと決めたのだ。
 愛する者の存在によりいっそう力づけられたさくらは、思惑通り、要塞門でいっそう動揺深まるさまを見届けると治療無人機を空中旋回させる。
 そして。
「力尽くで黙らせようだなんて図星だったってこと? 無理しなくてもいいわ、部下を信用しない腰抜け王女に従うあなた達もどうせ腰抜けなんでしょ??」
 戦鬼引き連れての離脱と入れ替わり、閉じられぬままの要塞入口めがけ味方部隊が突入を開始する。


「脳筋司令官を呪っちゃえばいいのね! 呪い給え祟り給え、『怨嗟嚶鳴之呪』!」
『ぬぉぉっ!? 何だこの陰気な呻き声は……クソッタレ振りほどけねぇ!』
 篠葉の呪いは絶好調。サラシュリ相手でも筋肉が脂肪にだの道で蹴躓くだの等適当なものからガッツリと足止め効果唸るものまで多岐にわたり。
 この陰陽狐の前にはサラシュリも終始翻弄されっぱなしであった。
「筋肉より呪いの方が強いって教えてあげるわ」

 誰もが予想した通りにサラシュリはクラッシャーだったが加えて部下の内3名が同位置な点は流石に意表を突かれた。中衛0で後衛はスナイパー2、残る2名はディフェンダーで、回復役を置かず前列減衰お構いなしの布陣。
 要塞内ならば他の炎日騎士やフェーミナ騎士が支援に廻っていたのかもしれないがそれにしてもと呆れる程の戦闘狂っぷりである。
『ガンガンいくぜ……『豪焼炎河』!』
『ヒャッハァーッ!』
 機械製の大剣が次々に紅蓮の業火を産み出して前衛列めがけて重ねられたが、那岐は毅然と盾と為って阻む。
 さくらから奔った生命賦与の電撃に、赫灼の剣はその明滅をより激しく。
 那岐の一閃は、量産化なされた日輪装備へアンタレスの輝き纏う氷の蠍毒を刻み込む。

 体力のハンデ越えて3枚盾の一つを務めたリキが消滅し、守護失われて程無く朔耶もサラシュリの斧刃に刈られるようにして倒された。
 サーヴァント以外の味方への呼応が途絶えがちだった隙を衝かれた形である。
「悪いけど負けられないんですよ」
 島根のたたらで鍛造されたという斬霊刀を信乃が鞘走らせれば、冴え冴えと刃は加速して氷結の螺旋軌道が傷深い赤炎の騎士の1人を薙ぎ倒す。
(「こちらは東京や大阪の人達の安全がかかっています。それでなくとも大阪城がデウスエクスに乗っ取られて約3年半。今回の作戦、必ず成功させて奪回につなげてみせます!」)
 そんなひたむきに真っ直ぐな赤制服の少女の想いの一方で、艶めかしき華檻の身を包めども隠さぬ薄型ボディスーツは機能性を備えてある種、超攻撃的。
「さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
 サラシュリ慕う様から素養はある筈と俄然、炎日達への愛撫に燃え出した華檻は種族間の体格差を差し引いてなお豊満で張りのある乳房を躍らせ押し当てまた1人、『惑夜の誘い(ジェイル・トゥ・ナイト)』の抱擁へと愛おしい命を鎖す。
 ふらふらと息絶えた炎日の兜をサキュバスの指が暴いて晒せばそこには夢見心地な少女の死に顔。

 20分近い足止めと半数超える炎日騎士撃破という戦果をケルベロス達は勝ち取った。
 だが苛烈な格上相手に単独チームで戦い続けた一行も1人また1人と倒れ……。
「我が刃、恐れぬならばかかってこい!」
『アンタとの打ち合いにゃ随分と楽しませてもらったが、それもここまでさ!』
 最後の盾役として体を張り続けたヴァルカンも2度にも及ぶ凌駕の後、遂に戦闘不能に。
(「敵の分断、仲間の為の時間稼ぎという任務は既に達成済み。叶うなら最後まで守り抜きたい処だが……必ずやハールは討ち取られる。今だけは勝ち誇るがいい、戦鬼よ」)
 崩れ落ちる竜翼の夫を斑翼の妻がしっかりと抱き止め……それは事前に定めた撤退条件の一つに到達した瞬間でもあった。
 かくて撤退開始、とは言ってもそれはケルベロス側の都合だ。
 通常であれば防衛側は去るに任せただろう局面。
 が、散々煽られまくりしかも忠実な舎弟もとい部下を何人も奪われた脳筋騎士はするのである――愚直な深追いを。
「あらん、情熱的。そんな単純な所も可愛らしいですわ♪」
「気持ちは理解るけど、華檻。今は三十六計なんとやらだよ」
 那岐は倒れたが一瞬でも大きく距離を引き離せれば自らの隠密気流が使えるかもとプランが促したのは逃げの一手。

『逃したか……ちっ、覚えてやがれっ!』
 そんな月並みな一言を残し、戦鬼騎士サラシュリらはようやく要塞へと踵を返し始めた。
 その後かの戦鬼が帰路躓いたかどうかも……要塞到着と同時に齎されたハール戦死の報にどんな表情を浮かべたかも。
 誰欠ける事無く帰還を果たした地球の守人達には知るよしも無い。

作者:銀條彦 重傷:月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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