大阪地下潜入作戦~それぞれの思惑

作者:天枷由良

●大阪城地下へ
 ケルベロスたちは、エインヘリアル第九王子サフィーロとの決戦に勝利した。
 彼が守護していたブレイザブリクの制圧も果たした事で、エインヘリアル本星へと繋がるアスガルドゲートの捜索も始められたが――。
「当然ながら、エインヘリアルの反攻が予想されるわね」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語り、その理由として先にケルベロスたちが撤退させた第八王子ホーフンドの存在を挙げる。
「此方が流した欺瞞情報の影響もあって、彼は急遽本国に帰還した理由を『サフィーロ王子の裏切りによるブレイザブリクの失陥』だと報告しているはずだわ。恐らくそう遠くないうちに、エインヘリアルはブレイザブリク奪還の軍を起こしてくるでしょう」
 そうした状況下で、大阪城方面の情報を収集していたアビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)などから重要な情報がもたらされた。
「どうやら、大阪城の攻性植物勢力も侵攻の準備を進めているようなの。ゼリュティオさんたちの情報を総合すると、エインヘリアルのブレイザブリク侵攻に合わせて軍を動かすのではないかと思われるわ」

 エインヘリアルと攻性植物。
 不倶戴天と言うべき間柄であるはずの彼らだが、近頃はエインヘリアル第二王女ハールの策謀などもあって、ケルベロスという共通の敵を前に対立関係を緩和させている。
 そして、そのハール王女がホーフンド王子に援軍を送っていたという事実を鑑みても、東京・大阪の二大都市で合同作戦が行われる可能性は、極めて高いと言わざるを得ない。
 だが、先の調査によれば、大阪城勢力はまだまだ作戦準備の最中。
 先んじて此方から仕掛ければ、エインヘリアルとの共同作戦を防げるかもしれない。
「そこで、皆には複数のルートから、大阪城勢力に攻撃を行ってもらいたいの」
 大阪城の軍勢は“プラントワーム・ツーテール事件”で確認された地下拠点を使い、侵攻の支度を整えている。これに対して破壊活動を行い、準備に遅れを生じさせるのだ。
「この攻撃と同時に、別働隊がハール王女撃破を目指して動くわ。皆にお願いする作戦は、その別働隊の支援……ハール王女の元に敵の援軍が送られる事を防ぐという、もう一つの重要な役目も担うわ」
 作戦の最大目標はハール王女の討伐であるが、仮に王女を討ち取れなくても、破壊活動が成果を挙げたのならば、敵勢力の合同作戦実施を遅らせる事が出来るだろう。
 また、敵拠点への潜入によって『有力な情報』を得られる可能性もある。
 そればかりか、ケルベロスたちの動き次第では『大阪城勢力に想定以上の打撃を与える』ことさえ出来るかもしれない。
「ただ、欲は身を失うとも言うわ。あまりにも敵拠点へと深入りしては、帰還するのも難しくなるでしょう。何を、何処まで求めるのか。これから示す情報も参考にして、しっかりと考えてちょうだいね」

●作戦詳細
 攻略・調査対象となる目標は大きく分けて九つ。

 一、ドラゴン勢力。
 定命化で弱るばかりだった彼らは、今でも完全な回復には至っていないようだ。
 しかし攻性植物を取り入れる道を選んだ一派は、かつての力を取り戻し、合同作戦に加わるべく準備を進めているとみられる。
「攻性植物化したドラゴンと、それを未だに拒んでいるドラゴン。両者が互いをどのように思っているのか……そして、攻性植物はドラゴンたちをどうするつもりなのか。さらには先の大戦の折に知った“竜業合体”に関連する情報など、気がかりな点は幾つもあるわ」

 二、ダモクレス勢力。
 大阪城での纏め役は、まだしぶとく生き残っているジュモー・エレクトリシアン。
「彼女はハールが駐留する前線要塞にも戦力を送っている為、此処に戦力を集中させれば、ジュモーと直接交戦、撃破するチャンスもあるかもしれないわね」

 三、螺旋忍軍。
 これはケルベロスの知る通り、勢力としては壊滅している。
 大阪城の螺旋忍軍でリーダー格だったソフィステギアも討ち果たされて久しい。
「でも、あちらこちらで密やかに蠢くからこその螺旋忍軍よ。未だ生き残っている者たちは、あらゆる技術――即ち屍隷兵、ダモクレスの機械化、攻性植物の寄生等々を利用して、勢力の復興を目指しているみたいね」
 彼らを完全に滅ぼせば、今後の憂いの一つを断てるだろう。
 また、彼らの技術について様々な情報を得ることは、何か意味があるかもしれない。

 四、レプリゼンタ・ロキ。
 勢力ではなく一個体であるが、多くのケルベロスの調査で接触の機会が得られた。
 ただし、ロキ側にはケルベロスと生命を懸けて争う理由などないだろう。一定以上の戦力で向かえば、恐らく戦闘になる前に撤退されてしまうはずだ。
「少数で接触し、隙を見て戦いを挑み、ロキの不死の秘密を打ち破れば、或いは……と、可能性を掴むまでに越えなければならないことが多いわね」

 五、レプリゼンタ・カンギ。
 此方は精強なカンギ戦士団が護衛している為、重要な意味を持つであろうガネーシャパズルの存在を加味しても、此度の作戦で撃破するのは難しいだろう。
 だが、攻性植物の重鎮であるカンギからは、有益な情報が引き出せるかもしれない。
「たとえ情報が得られなくても、カンギを長時間足止め出来れば他班の援護として大きな役割を果たすでしょうね」

 六、ドリームイーター。
 これも螺旋忍軍同様、勢力としては壊滅している。
 しかし、大阪城にはパッチワークの魔女の生き残りが合流しているようだ。
「弱小勢力だから、一定の戦力を向かわせれば、滅ぼしてしまえるかもしれないわね」

 七、攻性植物ゲートの調査。
 かつての戦いで大体の位置は判明しているが、月日の流れや他種族の受け入れによる影響で、大幅な変化が起きている可能性も否定できない。
「ゲート周辺は厳重な警備体制が敷かれているだろうけれど、多くの戦力を投じれば、警備を打ち破ってゲートの位置を特定する手掛かりが得られるかもしれないわね」

 八、堕神計画について。
 リザレクトジェネシスにおいて、死神“ネレイデス”が画策していた堕神計画。
 これを利用して、攻性植物が『十二創神』に関わる何かを手に入れた可能性がある。
「調査によれば“聖王女に替わる何か”ではないかとも指摘されているのだけれど……」
 現地で詳しく調査すれば、さらなる情報が掴めるかもしれない。

 九、大阪湾について。
「攻性植物が大阪湾を通じて瀬戸内海に出るのではないかと、そんな可能性が指摘されてるの。その予感が的中していて、大阪城地下から瀬戸内海の海底に向けた何らかの工作が行われているとすれば……早期発見が、危機の芽を摘むことに繋がるかもしれないわ」

 長尺の説明となった事を詫びると、ミィルはさらに言葉を継ぐ。
「先にも述べた通り、本作戦はハール王女の撃破支援であると同時に、様々な情報を入手する大きなチャンスでもあるわ」
 ただし、好機に漫然と手を伸ばしただけでは何も掴めないだろう。力を尽くしても望むものが得られない事はあるが、力を尽くさなければ得られるものが少なくなるのは必然。
「大変な作戦だけれど、貴重な機会を活かせるように頑張りましょうね」
 ミィルはケルベロスたちを励ますように言って、説明を終えた。


参加者
ティアン・バ(羽化・e00040)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)

■リプレイ

●潜入
 大阪の地下。陥没した路線の先。地を喰らうものに貫かれた場所。
 レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)や、奏真・一十(無風徒行・e03433)はよく知っているだろう。人界を侵すべく放たれた巨大攻性植物。その討伐に際して見た大穴の向こう。幾つも在るそれの中で、竜の棲家に通じると予知された一つが、此処に集った八人――否、十六人の進むべき道。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。確かめようではないか」
「出てくるのはドラゴンだけどね」
 抑えきれぬ好奇心を口にした一十へと、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が冷ややかに返す。
 そして大鎌携えた彼女が一歩進み出れば、他の仲間たちも続く。
 隠密気流を纏い、隊伍を組み、警戒を厳にして、何一つ見落とさぬようにと、慎重に。

 しかし、彼らは程なく敵と刃を交える。
 隠密気流の効果は『本人及びサーヴァント』が『非戦闘時目立たなくなる』もの。如何に工夫しても、それ以上を得たとすれば世の理から逸れたのと同義。
 もっとも、全員が特殊な力を用いたとしても、未来に大差はなかったように感じられたはずだ。彼らが出会した植性竜牙兵は明らかに他者の侵入を警戒していた。そして恐らく、その対象だったのは――ケルベロスたちではなく。
「所詮は烏合の衆か」
 骨の眉間に鋼を撃ち込み、ティアン・バ(羽化・e00040)が囁く。
 大阪城勢力と一括りにはされているが、其処に含まれる全てはそれぞれの思惑で互いを利用しているだけ。カンギやハールといった能力の有る者が統括するからこそ、まだ勢力としての体裁を保っているのだろうが、それでも各々、腹の底を見せるつもりもなければ、見せてはならないとさえ思っているはず。故に“此処から先は竜の領域である”と他のデウスエクス勢に主張すべく置かれていたのが、この植性竜牙兵だったに違いない。
 勿論、推察であって断定は出来なかった。けれども何者かが迎撃に現れるような事はなく、番人を退けたケルベロスたちの前に在ったのは、一塊では調査のしようもない分岐点。
「ここからは分かれていくしかないですね」
「ええ。では私たちが下層へと向かいましょう」
 ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)がアリアドネの糸を垂らしながら声掛ければ、同道していたもう一班に属する黒髪の女性ドラゴニアンが答えた。
 かくして十六人は八人ずつとなり、互いの無事を祈りつつ、それぞれに進んでいく。

●卵
 一方が下層へと向かうなら、一方が向かうべきは上層。
 粛々と進むケルベロスたちは、度々、植生竜牙兵と対峙した。
 だが、一度に大挙して来るならいざ知らず。数えるまでもない程の量で徘徊しているそれは、脅威と呼び難い。
 ケルベロスたちは訳なく屍を踏み越えて、さらに奥へ、奥へと進んでいく。
「如何な目的であれ、未知に踏み込むのは心躍るものではないか」
 身体一つしか無いというのが実に惜しいと、一十が呟くのは無理もない。
 縁在って此方に赴いたが、他にも様々な勢力の調査が同時に行われている。破壊工作という観点からも部隊を広く分けたが――それこそ、一十などは出来得る事なら全てに己を差し向けたかったのだろうと、ティアンは心中を慮って頷く。
 さておき、道中では目ぼしい成果が無い。書類や電子機器、その他、持ち帰るべき価値があると思えるようなものがあればと確認は怠らなかったが、そうしたものは見受けられなかった。
「攻性植物以外に頼る気はない、ということでしょうか?」
「そうかもしれないね。腐っても、あのドラゴンだもの」
 ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)に答えつつ、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)は後方を振り返る。
 周囲は次第に緑を色濃くしていく一方で、ドラゴンは勿論のこと、ベルベットの宿怨であったドラグナーなども一向に見当たらない。ドラゴンというデウスエクスそのものが隠遁者のようになってしまったとはいえ、数多の配下を従えて個体最強種とまで呼ばれた彼らの末期がこれとは、憐れなものだとさえ思う。
(「だからといって、慈愛を施すつもりはないけどね」)
 胸中で呟いたベルベットの顔、それを形作る地獄の炎が揺らめく。
 ドラゴンとその眷属に奪われ、踏み躙られた者は多い。竜牙兵と鉢合わせすれば真っ先に鋼を撃つティアン然り、それを無言で庇って立つレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)然り。彼らもまた、ベルベットと同じ想いだろう。
 故に、この後の全ても必然であって。
「――待て」
 レスターが進軍を制して、慎重に先の様子を窺う。
 其処は、もはや原生林のようだった。並び立つ大木。その合間で自由を謳歌するように伸びる枝々。全てを覆い尽くすように生えた苔。大阪城地下、などという言葉を忘れてしまうような気がするほどに豊かな、一面の緑。
 それでも、此処が極めて邪な空間であろうことは全員が嗅ぎ取っている。
「ユグドラシルから繁茂したものですよね、これも」
 敵の姿がないことを確かめながら進み出て、ベルローズは景色をカメラに収めた。
「なんだかすごいことになってしまってるのですね……」
 ロージーは呆然としつつも呟き、そして。
「……あら? これは……」
 ふと覗き込んだ巨木の洞に、彼女は大きな塊を見つけた。
 それは蔦や苔に覆われた――卵、だろうか。注意深く調べるまでもなく、そこら中の洞や巨木の陰に同じものが見受けられる。
 予感、というか。嫌な気配はしていた。
「割ってみるか」
 最初に口にして、行動に起こしたのは一十。
 警戒と同量の好奇に突き動かされるまま、ウイングキャットの“サキミ”を伴って卵の表面を撫でる。僅かな鼓動が感じられたようなそれに拳を打ち下ろせば、意外や脆い殻は簡単に砕けて。じっと“中身”を見つめる一十の脇から、他の仲間たちも覗き込む。
「……雛、か?」
「そうですね。ドラゴンの幼体のように見えます」
 レヴィンが訝しむような声で言えば、ベルローズが言葉を重ねる。
 それは確かに、まだ生まれる前のドラゴンとしか言いようのないものであった。
 しかし、ただのドラゴンでないだろうことも解る。
 雛竜の身体の一部が“植物化”しているからだ。
「これが……これが、ドラゴンの攻性植物化ってことなのか?」
「恐らくそうであろうな。いやしかし、如何にしてこのような……」
 レヴィンの問いに答えつつも、一十は唸る。其処に在るものは確かめられても、それに至るまでの過程はまだまだ理解が及ばない。正確な答えを出す為の材料も、此処だけでは見つかりそうにない。
 ただ、これが幼くともドラゴンであるならば。
 為すべきは、やはり一つしかないように思える。
「仔細は不明だが、これが攻性植物化ドラゴンになるのであれば――」
「後顧の憂いは断つべきだろうな」
 今度は、一十の言にレスターが乗った。
「此処に在る全てが孵化すれば、どれほどの驚異になるか」
「ああ。それに何れ滅ぼさねばならぬ相手だ」
「……決まりだね」
 早速、銃を手に他の卵へと歩み寄ったティアンの背を眺め、ベルベットが言う。
 それを機に、ケルベロスたちは各々の得物で卵を砕いていく。ベルローズの牡羊座の剣、ベルベットの小型爆弾とウイングキャット“ビースト”の爪。レヴィンとティアンの銃撃。レスターの大剣と銀炎――。
「敵、ですから。仕方ないですよね」
 幾つものデウスエクスが定命化という道を辿っている事実。自らもその歴史の一部であるヴァルキュリアのロージーは、己に言い聞かせるようにして呟き、バスターライフルの引き金を引く。
「気に入らぬか?」
「まさか」
 警戒を兼ねて他の調査に当たる一十が問えば、仲間たちが進める破壊を見つめていたカッツェは、嘲るような笑みを浮かべて言った。
「攻性植物に取り込まれたドラゴンなんて、もうドラゴンじゃないでしょ」
「……かもしれぬな」
 言葉に込められたものを汲み取りつつ、一十も暫し佇み、卵の砕ける音を聞く。

 ――その間に入り混じったものを、二人は逃さなかった。
 カッツェが忽然と襲ってきた何かに抗うべく大鎌を振るい、一十が仲間たちを呼ぶ。
 そうして一瞬の危機を乗り切り、態勢を整えたケルベロスたちの前に姿を現したそれは。
 それは――大樹にも見えるが、大蛇にも見えた。頭部は古代の兜に似た金色で覆われて、しかし額の辺りに開いたところからは第三の眼らしきものが覗いていて。
 翼は根本だけが混沌とした宇宙の如き紫。そこから先へと向かうに従い、太陽の如き鮮やかさを得ていく。形は花のようでありながら、しかし鳥の柔らかな羽根のようでもあった。
「あなたは……?」
「――答える道理も無いが、然し我と我らが未だ此処に在ると知らしめるならば」
 ロージーが向けた疑念に、それは一度大きな羽ばたきをしてから告げた。
「ケルベロスよ、然と聞け。我が名はクゥ・ウルク=アンである」

●邪樹竜
 尊大な態度だけでは怯む理由にならない。
 此処に集ったケルベロスたちは、数多の戦いを潜り抜けてきた猛者だからこそ、現れた脅威が如何に強大であるかを一瞬で理解した。
 否、理解せざるを得なかったのだ。ケルベロスたちの両眼に映るものは揺るぎない事実。
 しかし、早々に背を向ける訳にもいかない。
「ねえ」
 カッツェが竜人の翼尾を見せつけるようにしながら進み出る。
 ようやく話の出来そうな相手と出会えたのだ。何かしら情報が引き出せるかもしれない。特に言葉を用いて成果を得ようとした彼女は、目の前のそれが植物との融合を拒む側でなく、受け入れた側で在ることに僅か落胆しつつも、問いかける。
「攻性植物に頼るくらいなら、カッツェたちと手を組まない?」
 刹那、ティアンやレスターが僅かに身を強張らせた。
 それが敵を探る一手と解っていても、戯言未満のあり得ない未来に反吐が出そうになる。
 とはいえ、個の怒りに全を巻き込むのがどれほど愚かな事か、解らぬ二人ではない。賛同はしない代わりに、じっと無言で待つ。そして――やはりと、すぐに銃や剣を取った。
 竜からの返答は言葉でなく、鞭のようにしなる蔓草での一撃。薙ぎ払うように迫ったそれをレスターが剣で受け止めれば、陰から躍り出たティアンが鋼を撃つ。
 だが、当たれば竜牙兵も容易く砕く一撃は、敵の巨体を抉る前に叩き落された。
(「ティアンでも届かせることすら」)
(「これが攻性植物化した竜、なのか――」)
 二人の逡巡を掻き消すようにして蔓草の鞭が振り下ろされる。
 それを受け止め、カッツェがまた口を開く。
「じゃ、もう片方のドラゴンに協力しようかな。お前みたいになりたくないってのも結構いるんでしょ?」
「袂を分かつ事は相争う事でない」
 もう片方、即ち攻性植物を拒むドラゴンへの工作も無意味だと暗に宣いながら、竜はさらに言う。
「彼方は同化を拒み、此方は同化を望んだ。それだけに過ぎぬ」
「竜の誇りを捨て、植物の寄生を許したあなた達は、同胞から見放されたのでなくて?」
「浅慮だな、娘。我らは捨てておらぬからこそ望み、別れたのだ」
 守護星座の陣を描きながらベルローズが向けた言葉にも竜は動じない。
「ならば竜よ、その身を邪悪なる樹々に任せて如何する」
 第三の眼が放つ尋常ならざる威圧感を振り払うべく、一十はサキミの放つ癒やしの羽ばたきに黒鎖の陣を合わせながら問う。
「よもやドラゴンともあろうものが攻性植物に下ったとは言うまい。だが、お前のそれは何だ。力を得たとて、逆に取り込まれたのでは笑えんぞ!」
「然り。我らは彼奴らに下ったのでなく。然し。我らに残された道は此れ一つ」
 太い緑の根を蠢かせつつ、竜は答えた。
 その真偽を確かめる術はない。ただ、竜は確信を言葉に代えているようだ。
「結局、攻性植物の下僕になったのですね?」
 尊厳を刺激するようにロージーが言えば、竜は蔓草を振るいながら応じた。
「此れしかないのだ。定命の軛を逃れ、間もなく来る“竜業合体に喰らわれぬ為”には」
「間もなく……!?」
 引き金に掛けた指を思わず止めて、レヴィンが声を荒らげる。
 けれど、彼や他の幾人もが投げかけた言葉は無下にされた。
「時が来れば、同化を拒んだ者は悉く死に絶えるであろう。其の最後の望みくらいは叶えてやりたいものだが――」
 彼方を想うように零した後、邪樹の如き竜は改めてケルベロスたちを見据えた。
「其の望みを、そして我らの望みを砕こうと言うのであれば」
「ッ、来るぞ!」
 レスターが叫び、カッツェとベルベット、ビーストの盾役全員が構える。
 そこに幾つかの術法を重ねて築き上げた防御を――竜の身体から伸びた夥しい量の植物が食い破り、崩れた陣に巨大な眼から光が迸る。
「っ……何なの、あの眼。気に入らない……!」
 歯噛みして言うカッツェだが、立ち上がるのがやっと。
 ビーストの姿は緑に紛れて消え、ベルベットとレスターも辛うじて意識は飛ばさずに済んだかという有様だ。対峙した竜は、それほどのもの。たとえ、もう一つの班を連れてきていたとしても敵わなかっただろう。
「ならば此処で。今か、後か。それだけの違いでしか――」
「ティアン!」
 最後の手段すらも辞さないという構えのシャドウエルフを呼んで、レスターは首を振る。
 理性さえも焚べて、己が身をも焼き尽くして。全てを擲つのは、今ではない。
「まだ動けるよな!?」
 無いよりはマシだろうと、銃撃で敵を牽制しながらレヴィンが盾役たちに呼び掛ければ、失せた従者を除く三人は各々頷く。
 そうして、自力で歩けると言える間に退くべきだろう。彼の竜を倒す未来は全く見えず、しかしあれが此処に居る限りはさらなる調査もままならない。
 ケルベロスたちは撤退を決断する。そして――。
「竜よ」
 最後に一つ、レスターは問わねばならぬと秘めていた事を口にしたが。
 邪樹竜からは、何も反応などなかった。

●帰還
「もう少し、何か聞き出せればと思ったけれど」
「欲は身を失う、でしょ」
 追撃を阻むべく破壊した道を振り返るベルローズに、カッツェが淡々と語る。
 それに、レヴィンも頷いて。
「あの卵が将来の戦力だったと考えれば、破壊工作としては充分な成果じゃないか」
 打ち砕いた塊を思い出しつつ、さらに言葉を継ぐ。
「気になるのは竜業合体か。間もなく来ると言っていたが」
「ドラゴンの“間もなく”じゃ当てにならないんじゃない?」
「そう、だな。オレ達とは物差しが違いすぎるよな……」
 ベルベットに言われ、レヴィンは唸る。
 ならば精査すべきはそれ以外の言葉だろうが、情報を持ち帰らなければ話にならない。
 ケルベロスたちは来た道を戻り、竜の棲家を脱していく――。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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