第二王女ハール決戦~要塞ヤルンヴィド浸透強襲

作者:白石小梅

●合同作戦
 望月・小夜が微笑んで面々を迎える。
「サフィーロとの決戦に勝利し、ブレイザブリクは制圧……現在、アスガルドゲート探索が開始されております。皆さま、お疲れ様です」
 だが敵がこの状況を座して待つわけはなく、奪取の軍を起こすのは間違いない。
「ええ。アスガルド本国ではホーフンド王子の派閥が『サフィーロの裏切りによってブレイザブリクが失陥した』と喧伝しているようですしね。お察しの通り」
 問題は、それがいつかということだ。
「ここで大阪城方面の調査していたアビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)さんらから『攻性植物勢力が、軍勢を整え侵攻準備に入った』と報告がありました」
 番犬たちは顔を上げる。
 まさか……呼応している?
「恐らく。エインヘリアルのブレイザブリク侵攻に合わせ、攻性植物も同時侵攻を行う合同作戦の可能性が高い。八王子も大阪城も大都市に隣接しており、同時侵攻が行われた場合、守り切ることは困難です」
 両勢力は長年の仇敵だが、近年はケルベロスを共通敵として対立が緩和され、先ごろも大阪のハールからホーフンドに援軍が派遣されたばかり。
「ですが多くの方の調査情報を総合した結果、大阪城側の準備が整っておらず、隙がある事が判明しました。皆さんには、複数ルートから大阪城勢力に攻勢を仕掛けて欲しいのです」
 なるほど。具体的な標的は?
「結論から言うと標的は『第二王女・ハール』。多くの失態で立場を失い、現在は最前線の守護に回されていますが、そこは流石にやり手の女。二勢力間のパイプ役を独占し己の足場を固める腹積もりです。逆を言えば奴こそ勢力連携の弱点なのです」
 つまり橋渡しを撃破して合同作戦を阻害する、ということか。
「御名答。仮に撃破できなくても『ハールの信用を大きく下げる』事が出来れば、同様の効果を期待出来ます。それに……」
 小夜はにやりと悪い笑みを浮かべる。
「上手くすれば、奴を攻性植物どもの手で始末させられるかもしれません。攻性植物が自らパイプ役を処断すれば、二勢力の対立激化は必至……むしろ撃破するより良い結果になるかもしれません」
 だが先に、撃破が可能かどうかだ。先の戦争や援軍派遣などでハールの戦力は弱小化したはずだが。
「ええ。子飼いだけでは、この大阪連合の最前線『要塞ヤルンヴィド』の3分の1を守備する程度がやっとの状態です」
 小夜の映し出した衛星写真には、グランドロン城塞にかわってダモクレスが建造した要塞が映しだされる。
「要塞司令官の名は『インスペクター・アルキタス』。第八王子強襲戦に現れた『氷月のハティ』や『炎日騎士スコル』はこの要塞の指揮官でもあったようで、ハールとダモクレスの軍勢が駐屯しています」
 ハールに技術供与をしたダモクレスたちか。分断する必要がありそうだ。
「はい。戦闘で物理的に距離を取らせるか、心理的な間隙を生む策略か。或いは、双方を組み合わせて防衛に隙を作り、ハールを討つ。それが今回の任務です」

●要塞『ヤルンヴィド』突入作戦
 こちらの総戦力は、12班。作戦目標は五つある。
「ハールの手勢は要塞の西側、対してダモクレスは中央と東に多数の量産型を配備して防備を固めています。中央主力とハール麾下の有力敵を押さえて要塞最奥に突入し、ハールを討つ。それが作戦です」
 分厚い防備だが、突入できる隙はある。例えば防衛部隊の一角『炎日騎士部隊』はハール指揮下だが、要塞司令官の命令を優先するという。先の戦闘でも勝ち目がないと悟ったハティが生存を優先するなど、ハールの影響力は弱まっている。
「現在、要塞にいる有力なハール配下は『戦鬼騎士サラシュリ』、『槍剣士アデル』、『策謀術士リリー・ルビー』の三名です」

 サラシュリは高い戦闘力を買われて前線指揮官に任命された女。
「ハールかリリーの命令に従う鉾ですが……猪突猛進な性格で、陽動や挑発で我を忘れるタイプです。前述の炎日騎士を率いて、要塞の最前線で警戒活動を行っています」
 本人に指揮を取る気が無く、3名の『フェーミナ騎士団騎士』がその補佐にあたっているという狂戦士だ。

 アデルは三人いた副団長唯一の生存者。
「多くの戦闘に従軍した古強者で指揮能力も高いのですが、度重なる敗戦で自信を失い消極的かつ防御的になっています。主君にも懐疑的で忠誠も揺らいでいますが、騎士団を無事にアスガルドに帰還させる為、渋々従っている中間管理職ですね」
 要塞内の騎士団を統括しているのは彼女。騎士を小隊長に『フェーミナ騎士団員』と炎日騎士を混成させた5名が付き従う『小隊』ごとに警備をさせている。
「大規模な襲撃時は部下の犠牲を減らす為、自ら先頭に立って闘う騎士道精神に溢れた女です。アデル以外に全体指揮を取れる者はいないので、その性格を利用して前線に誘引できれば潜入が容易になるでしょう」
 なおフェーミナ騎士団は本国では戦犯扱い。手土産なしに帰還すれば、兵卒でも間違いなく処断されるらしい。
 ……胃が痛くなりそうだ。

「リリー・ルビーはハールの腹心で、アスガルドの情報工作を担当している参謀です。ハールを撃破しても、彼女が残れば短期間で新たなパイプ役となる可能性があります」
 反対にハールを撃破できなかった場合でも、実務担当者であるリリーを撃破すれば連携は円滑に進まなくなるという。
「彼女は直属の『フェーミナ騎士団魔術兵』と共に、執務室で本国との調整などを行っています。襲撃時は身の安全を最優先にしますが、配下は文官で戦闘には不慣れ。撃破自体は難しくありません。問題は見つけ出す方法です」
 行動を予測して罠を張る必要がある。厄介な搦め手系の敵というわけだ。

 そして最重要目標……第二王女・ハール。要塞西側の守備を担当し、常に護衛として騎士と団員に護られている。
「頭の切れる女です。襲撃時にも、要塞に近い大阪城からの援軍を待つのが最も生存率が高いと判断し、安易に動かず固守に徹します。サラシュリらには迎撃を命じますが、時間を稼げれば全滅してもやむをえないとまで考えるでしょう」
 多くの配下の敗北を耳にし、配下が番犬に勝利するとは信じられないのだろう。すでに、全てに懐疑的になっているのだ。
「最も警戒が厳しい要塞の最奥にいるので、より警戒が厳しい方に向かえば居場所は掴めます。要塞司令官や大阪城からの援軍を押さえて戦力を浸透させれば、撃破は可能です」
 問題は、そこまで消耗せずに戦力を送り届ける方法だ。

 要塞司令官インスペクター・アルキタスはハール救援に積極的ではないが、切り捨てる理由もない。
「要塞の中央と東側に『量産型ダモクレス』を大量に配備して防衛を行っています。襲撃があれば性能実験も兼ねて、迎撃してくるでしょう。手駒は豊富ですし、正当な理由が無ければハール救援も行います」
 逆を言えば、要塞中央に攻撃を仕掛ければ固守に徹し援軍を出さないはずだ。
「苛烈に攻撃した場合、司令官権限で炎日騎士を中央防衛のために引き抜き、西側を混乱させるでしょう。数ばかりの量産型が主力の為、充分な戦力と作戦があれば、防衛網を突破して司令官本人を撃破することも可能です」

 どれも曲者。だが彼女らを掻い潜り、番犬たちは深奥に籠る王女ハールへ刃を届かせねばならない。

「こちらへの援護として大阪城地下への潜入攻勢作戦も同時発動されます。大規模ないくさになりますよ。それでは……出撃準備を、お願いいたします」
 小夜はそう言って、頭を下げるのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
伊礼・慧子(花無き臺・e41144)

■リプレイ


 要塞ヤルンヴィド。それはグランドロン城塞にも似た、大阪城の出城。
「すげえな、こいつが最新型か。砲撃にもびくともしねえ……多分あの壁、部分的にダモクレスなんだな」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の視線の先で、サラシュリ担当班が遠距離攻撃を行って敵将を挑発している。
「ああ……門が開くぞ。門内には炎日騎士が多数。突出しタ指揮官に追随すルのは数名……よし、今ならば突入できル……!」
 敵将が門を離れたのを見て、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が合図を出す。番犬たちは一斉に飛び出した。
『敵別動隊! 門を閉めろ……!』
『待て! サラシュリ様が、外に!』
 そこへ広喜と、ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)が、笑いながら飛び込んだ。
「さあ、始めるぜ」
「ははは、指揮官は締め出せまい! さあ、成すべき事をするとしよう! 筋・肉・全・開ッ! 派手にやらせてもらう!」
 蒼い炎と紅蓮の属性が爆発し、呼応する二班もまた豪快な一撃を叩き込む。
 要塞西門を突き破るアデル担当三班。門番に過ぎぬ炎日騎士に、二十を超える番犬の突撃を押し留める力はない。だが。
「入り口で時間を喰うわけにはいきません。私たちは戦力を温存。先行班と殿の間に付き、両班の援護を務めましょう」
 要塞奥へ突入する班を背に、伊礼・慧子(花無き臺・e41144)は殿に向き直ると、癒しの銀光を放つ。活力の稲妻でそれに並ぶエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)が見るのは、こちらを追い縋る炎日騎士たち。
「門を守らなきゃいけないのに、中まで追いかけてくる……指揮官が少なくなって、咄嗟に何したらいいかわからないんだ」
 パイプやコードが走る工場のような廊下の中で、殿に数十人の敵群が苛烈に喰らい付く。しかし細長い地形では、その人数を活かせていない。
「後ろもだけど、先行する班の援護もしないと。ほら、前から警備の小隊が来る。足を止めずにアデルまで、突っ切ろう。派手にね」
「んう。四人と四人にわかれて、ぜんごを手伝う。しんがりには回復、先行はこうげき多めで、な。ハールやっつけるてつだいにも、なるな」
 瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)と伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が頷き合う。解き放たれるのは、降り注ぐ銃弾と、足の間を抜ける熱弾。先行班へ襲い掛かる敵小隊を切り裂いて。
 道中の分岐から飛び掛かって来る敵小隊には、従者たちが反応する。
「キリノ、護ってくレ」
「大阪城で闘っている方達の働きを。前後の班の尽力を。此度の強襲作戦を無駄にしない為……私たちが必ずアデルを倒すわ。アルベルト……!」
 敵の攻撃を受け止め、眸とアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が同時に熱弾を撃ち放つ。弾けた小爆発で敵を押しのけ、番犬たちは突き進む。
 やがて敵の追撃を押さえる殿班に疲弊の色が見え始めたころ。
(「この先は視界が広い。広間か」)
 三班は、眩しい照明の下へと身を躍らせた。広間の観覧席のような場所に、巨躯の女が立っている。焔の如く、燃え立つ目で。
『サラシュリめ、これだけの侵入を許すとは……!』
 玲子の視線が、絡み合う。
「最後の副団長、アデル……やっぱり生きていたんだね」
「敵将の後ろに2小隊。こちらの後方からは炎日騎士。この数は……」
 慧子が、そう呟く。全てをまともに相手取れば、敗北は必至。しかし。
「後方はわしらに任せろ! お前達はアデルを!」
 先行していた班が一転、広間入り口を押さえに掛かった。
 目配せを交わし、番犬たちは突貫する。
「……我々ケルベロスがお前達を、今日この場で粛清する!」
 だが、殿を務めていた班が、そう叫んだ……その時。
『手負いの犬がさえずるか!』
 跳躍した女から槍と剣の刺突が飛翔する。敵陣突破で負傷した班の面々が薙ぎ払われる光景を睨み、アウレリアが口を開く。
「あの威力……! 本人は攻め手だわ。守りじゃない……!」
「指揮は防御的ダが自身は先陣を切ル気か。誰かとは違ウな」
「ハールはともかく、配下の事情を思うと気が重くなるね……」
 眸とエヴァリーナの前で、突っ込んで来たアデルが僚班を切り崩す。更に、雪崩を打って敵小隊が迫り来る。
「むい。あっちの班、限界だー。後ろも、よゆうない……交代、しないと、な」
 今出られるのは、余力を残した自分たちのみ。
「下がって回復してくれ。代わりに出るからよ。さあ……俺たちの出番だぜ」
 勇名が熱弾を放ってアデルを牽制し、広喜が先行班に笑いかける。
「ありがとう、後はよろしくね!」
 そう言い残し、先行班は射撃をしつつ後退した。
 目の前には、迫りくる敵の群れ。
『温存戦力か……来い! 今度こそ、蹴散らしてくれる!』
「いいや、アデル! 俺たちが、貴様を討つ! 全ては、そこからだ!」
 ムギが雄叫びを上げて跳躍し、渾身の一撃を振り下ろした。
 槍騎士・アデル決戦……その火蓋が今、落とされる。


 槍と拳が、激突する。ムギの渾身が、火花を散らして弾け飛ぶ。
「俺の、筋肉を、舐めるなぁぁあ!」
 弾き合ったそのすぐ後ろから、無数の敵が斬りかかる。
 キリノとアルベルトが、その主人たちと共に飛び出して。
「僚班が回復して戻ルまで、ワタシたちだけで敵兵を押さえるしかなイ。しかしこの数……二分が限界ダ。分断は出来ルか……!」
 眸の問いに、アウレリアは首を振る。バイオガスは『指揮官が有視界で戦闘指揮を行っているが、戦場内にいない』場合なら有効だ。しかし同戦場の敵に効果はない。特に、限定的空間である屋内では。
 つまり、敵の猛攻を、己が半身と共に耐え抜くのみ。
「私たち、従者を使う護り手の真価が、問われる場面ね。行くわよ、アルベルト。皆を護るの……! 僚班、急いでね……!」
 再び無尽の熱弾を舞わせる二人。それをキリノとアルベルトが操作する。
 敵将とその部下の群れに一班で挑めば、揉み潰されるが必然。それでも慧子は、口の端を僅かに吊り上げて。
「作戦前は外道な策ばかり思いついて気落ちしましたけれど。蓋を開ければ、勝ち目のない泥沼の陽動……いいんです。品の良い闘いなんて、ないもの」
 指先を踊らせて、打ち合う護り手たちの足元に癒しの草を這わせていく。風に舞う鋭い草が破剣の加護と化し、二人の周囲を舞い踊る。
 一方。
「背中は任せたぜ、眸……俺たちはヒトを守る。そのために……てめえを倒すぜ。全力でな。それが戦士の敬意ってもんだろ?」
 広喜は晶石の籠手に炎を纏わせ、槍騎士と打ち合っていた。だが槍騎士は広喜の渾身をいなして、広間入口へとぎらりと目を光らせた。
『……炎日騎士! 貴様ら、なぜ門から離れた! 持ち場に戻れ!』
 入り口で仲間を苛烈に攻め立てていた炎日騎士たちが、びくっと身を固める。
(「……手勢を下げた!」)
 槍騎士は要塞への更なる敵の侵入を警戒している。だが追撃してくる炎日騎士たちが下がれば、こちらはまだ立て直せる。
『お前たちに付き合う義理など、ない!』
 瞬間、槍騎士は跳躍する。後ろで回復していた僚班を突かんとして。
 だがその眼前に、小柄な赤髪の影が跳んでいた。
「いかせない。ここまで、まもって、もらったのは……このため、だし」
 突き出される槍の内側に入り込み、勇名の咄嗟の拳が槍騎士の胸を打つ。
「いやでも、しょーぶ……してもらう、な」
 勇名の一撃で槍騎士が身を捻った瞬間、今度は銃弾が弾け飛ぶ。槍騎士は舌を打ちながらそれを弾いて。
『次から次へと……!』
 リボルバーの弾倉を開いて薬莢を散らすのは、玲子。
「挑戦から逃げるの、アデル? まあ、ハールが此処まで落ちぶれるとは私も予想外だったから、それも不思議じゃないけどね。エルセとか……どこいったのかな?」
 挑発と共に、玲子は弾倉を押し込んだ。槍騎士の目に、憎悪と嫌悪が燃え上がる。
『黙れ……犬め』
 咆哮を上げ、槍騎士が打ちかかる。この女を釘付けにするために、攻めを休めることは出来ない。こちらが逃げ腰になった瞬間、奴は勝ったとみて指揮へ戻るだろう。
 だが、このままでは。
「お願い、早く……十一人の相手は、無茶だよ……! 義姉さんと、眸くんが……!」
 エヴァリーナが敵群にたかられる護り手たちの背に癒しのショックを叩き込みながら、振り返る。
「お待たせ! 騎士はボクたちが引き受けるよ!」
 その時、引き下がった炎日騎士たちとの闘いを終えた僚班が、割り込むように敵群の横腹を突いた。続けざまに後退して回復していた僚班が、敵小隊を挟み込む。
「ごめんあそばせ、飛び入りさせていただくわよ」
 それは、護り手と従者が敵に呑まれる寸前のこと。
「手勢を退かせたことが仇になったな! これで俺たちの相手は、お前ひとり!」
 息を切らして殴りかかるムギの咆哮を、槍騎士は冷酷に切り捨てる。
『私が戦局も読めずに、味方を配置に戻したと? お前たちなど』
 瞬間、刺突の嵐が迸る。暴風の如く番犬たちを吹き飛ばし、前に出たキリノとアルベルトを砂のようにかき消して。
「!」
『……私一人で、十分だ!』
 朽ちかけた名誉を背負い、巨躯の女は槍を構える。
 片膝を突く前衛。エヴァリーナがエクトプラズムを撒いて傷を塞ぎながら。
(「アデルは絶対倒さなきゃだし、誰にも倒れてほしくない……けれど」)
 敵群と激突して傷ついた今からでは、この女を討つのは不可能だ。
 それでも、番犬たちは退けない。ハールを討てるかどうかは、自分たちの踏ん張り次第。
 こちらもまた、背負っているのだ。仲間たちを。


 一分を刻むごとに、過酷さを増す闘い。
 身を捻り着地した眸の関節から、火花が散る。
 何度気力を奮い立たせたか、もうわからない。
「……長引くな。その割に、お前の主人は何をしていル? 部下に戦わせて自分は引き篭もルとは、とんだ大将がいたものダ」
 零れ落ちる紅を振り払い、彼は睨む目と指先で敵将を誘う。
『ほざけ……反撃も出来ずに!』
「ワタシは皆の盾ダからな……」
 両者が、交差する。槍の一閃が眸の脇を抉っていた。血が、吹き上がる。だが。
「しかし盾に殴られるのも……痛かろ、ウ」
 崩れ落ちながらも刹那で放っていた指弾が、敵将の片目を散らす。
『ぐっ……! こ、の』
 舌を打ち、剣から気迫を引き出すアデル。だが蝕まれた癒しの力は、振るわない。
 その時にはアウレリアが、身を翻して敵将に迫っていた。これ以上は盾としての役目を果たし切れぬと悟り、最後の反撃に討って出たのだ。
「貴女が部下を想うように、私達も地球と地球に生きる大切な人を守りたい。だからこそ……」
 アデルは僅かに身を退くも、無尽の刺突でアウレリアの身を突き飛ばす。鮮血が散り、その身も遂に崩れ落ちる。
 だが。
「……侵略者には、闇より深き永劫の滅びを齎すのよ」
 胸をなで下ろしたアデルの目の前に、閃光手榴弾が舞っていた。
『……っ!』
 炸裂音と共に視界を奪われた槍騎士へ、攻撃が殺到する。
(「前へ、前へ! 更に、前へ! 他の事を考えるな、奴を倒す事だけを考えろ!」)
 二人がこじ開けた隙に、怨念さえ燃やすムギの拳が打ち込まれる。
『なん、なのだ……! お前たちは!』
「教えてやる。俺たちはな。ヒトを守る番犬だ。んでもって俺は眸の……相棒だぜ」
 広喜が耳飾りを握りしめれば、爆炎が巨体を吹き飛ばした。鬼の如き強さで番犬たちを蹴散らしているはずなのに、アデルの顔には怯えが滲む。
(「義姉さん、兄さん……繋いだ時間は、絶対に無駄にしないよ。例え……勝てなくても……絶対に」)
 エヴァリーナは小妖精に呼びかける。一瞬で消し飛ばされても、僅かに軌道を逸らして攻め手二人をその場に残すために。
「むい。負けるの……時間の、もんだい、だな。後ろの班も、手いっぱい……だし。それでも」
 一分でも一秒でも。長く足掻くために。転がり込んだ勇名が、刃を投げる。回転した刃が、擦過音を響かせてアデルの鎧を抉った。
「最後まで……みんなで、攻める、な」
 番犬たちは、それを合図に最後の突撃を敢行する。
『小癪、な! ……っ?』
 恐怖を払い、アデルが槍を構えた……その時。
「……凍て付き、眠れ」
 咄嗟に跳躍したアデルのいた場所を、氷の言霊が撃ち抜く。
 ……背後から。
「!」
『新手か!?』
 広間向こうの出口から飛び出して来る味方。
 慧子は僅かに目を見開いて、現れた希望を口にした。
「リリー・ルビー担当班……!」
 参謀を捜索したもののその結果が振るわず、こちらの援護に駆け付けたのだ。
 意識の外からの攻撃に姿勢を崩したアデルへ、リリー班が一斉に躍りかかる。
『小賢しいッ!』
(「忍耐の果てに訪れた最後の機会。望みのない闘いの中で消えかけていた希望を、もう一度……燃え上がらせなければ」)
 瞬間、躍り出た慧子が銀光を放った。光が仲間たちの傷を包み、その感覚が加速する。
「今です……皆さん」
 目まぐるしく動く苛烈な戦場を、遅く見えるほどに照らし出して。
「筋肉よ! 押し返せぇえ!」
「繋がったぜ、眸……!」
「んう。勝てる……かも」
「神から奪いし叡智を混沌と化し……神を撃つ!」
 希望を燃え立たせ、番犬たちは突貫する。
(『そんな……そんな! 私は、勝てていたはず……!』)
 戦場の天秤が、一気に傾いていく。槍騎士は渾身の抵抗を示すが、傷の少ないリリー担当班の苛烈な攻めまでは弾き切れない。加速度的に追い詰められていく。
『この、私……が……?』
 やがて火焔に包まれながら、アデルは膝をついた。決着を、信じられぬように。
「さあ、いってらっしゃい。俺たちは、決して此処を退かないから、大丈夫」
 僚班の一人が心支える歌を紡ぐ中で、ぼろぼろになりながらも一人の女が進み出る。歌声を身に受け、形成した一発の弾丸を銃に籠めるは、瀬戸・玲子。
「……すぐにハールもそちらに逝くよ。君は、仕える主を間違えた。仲間を信じた私たちの……勝ちだよ」
 その引き金が、落ちる。
 敗北に抗い続けた槍騎士は、血の花を散らして頽れた。
 振り返れば、共に広間へ突入した二班も敵の掃討を終えていた。
 闘いは、終わったのだ。


 アウレリアの身を、エヴァリーナと玲子が支える。
「掃討を手伝うには足手まといね……」
「ううん……ありがとう。助かったよ」
「ええ。おかげで、勝ちましたから」
 一方、眸を引き起こすのは、ムギと広喜。
「経戦は難しそウだ……すまなイ」
「肉を切らせて骨を断つって奴だ。お疲れさん」
「ああ。みんなを手伝いながら、撤収しようぜ」
 三々五々とやって来る敵小隊を、僚班たちが迎撃している。慧子と勇名が、その背を支えて。
「敵は統制を失いました。退路を確保しましょう」
「んう。かえるまで、おしごと、きっちり、なー」
 やがて番犬たちは、要塞を脱出する。
 彼らが第二王女撃破の報を聞くのは、その後のことであった……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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