大阪地下潜入作戦~葬送一路

作者:秋月諒

●大阪地下潜入作戦
「先の戦いでは、皆様、ありがとうございました。第九王子サフィーロとの決戦に勝利したことで、現在、完全に制圧したブレイザブリク探索を通じ、アスガルドのゲートの探索も行われております」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言うと、集まったケルベロスたちを見た。
 ゲートの位置を完全に掴むことが出来れば、こちらから決戦を挑むことができるだろう。
 だが、さすがにそれには準備にまだ時間がかかる。
「勿論、エインヘリアルも黙って待ってはくれません。ーー動きがありました」
 ブレイザブリクを奪取する為の軍勢を起こす可能性だ。
「これは、ホーフンド王子勢力の動向としてフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)様の予測や調べによって、判明したものです。
 ホーフンド王子勢力の『サフィーロ王子の裏切りによるブレイザブリクの失陥』だ。
 となれば、ブレイザブリクを奪取する為の軍勢を起こすのは間違いない。
「更に、大阪城方面の重要な情報です。アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)様方が、あちらの情報を掴んできてくださいました」
 大阪城の攻性植物勢力が、軍勢を整えて侵攻の準備をしているという事実だ。
「アビス様の調査から、エインヘリアルのブレイザブリク侵攻に合わせて、大阪城からも侵攻を行う合同作戦の危険性が高い、ということが分かりました」
 エインヘリアルと攻性植物は長年の仇敵だったが、近年は、ケルベロスを共通の敵として対立関係が緩和していた。
 大阪城のハール王女が、ホーフンド王子の軍勢に援軍を派遣するなど工作も行っていたことを思えば、この合同作戦が行われる可能性は、かなり高いと言えるだろう。
「危険な状況と言えるでしょう。ーーですが、ケルベロスの皆様の調査によって、今回の情報も先に掴んでいます」
 大阪城の準備はまだ整っていない。
「今であれば、隙があります」
 そう言って、レイリはケルベロスたちを見た。
「皆様のお陰で、これを防ぐ為の手を打つことができます」
 そう、これは潜入作戦だ。
 迎撃でもなければ防衛でもない。
「皆様には、複数のルートから大阪城勢力に攻撃を仕掛け、エインヘリアルとの共同作戦が実行されないように動いて頂きたいのです」
 大阪城勢力は、プラントワーム・ツーテール事件で確認された地下拠点だ。これに破壊活動を行い、侵攻の準備を遅らせる。
 この大阪城地下攻撃には、同時に、ハール王女撃破を行うチームへの援護の意味も成す。
「こちらで大騒ぎになれば、大阪城からハール王女へ増援を出すことは難しくなりますから」
 増援を阻止することができるだろう。
「勿論、潜入作戦である以上、深入りしすぎれば帰還が難しくなります。撤退可能な範囲を考えながら、動くことが重要となってきます」
 有力な情報を得たり、大阪城勢力に更なる打撃を与える事が出来れば大成功と言えるだろう。
「勿論、撤退可能な範囲を考えつつ、ですよ? 皆様、きっちりしっかり、ちゃんと帰ってきてくださいね」
 真っ直ぐにケルベロス達を見て、レイリはそう言った。容易い戦場では無い。だが、託せると分かっているからこそ、こうして告げることができる。信頼と託す覚悟を込めて。
「作戦の本命は、要塞拠点のハール王女の撃破。ーー万が一、問題が生じても、破壊活動が成功していれば、こちらから、エインヘリアルと攻性植物の共同作戦の実施を遅らせる事が可能となります」
●葬送一路
 今作戦での調査対象は9つだ。
 ドラゴン勢力。
 ダモクレス勢力。
 螺旋忍軍。
 レプリゼンタ・ロキ。
 レプリゼンタ・カンギ。
 ドリームイーター。
 攻性植物ゲート。
 堕神計画について。
 大阪湾について。

「ドラゴン勢力からは、攻性植物の力を取り入れたドラゴンの一派が。
 ダモクレス勢力からは、ジュモー・エレクトリシアンの勢力と動きが見えています。各調査対象の詳細はデータは、こちらに纏めておきますね」
 そう言って、レイリはケルベロス達を見た。
「改めて、大阪城地下の探索や調査を行ってくれた皆様には感謝を。こうして、敵の動きを知ることができました」
 だからこそ動く事が出来るのだ。潜入作戦、という形で対応ができる。
「素直に負けてなんかあげませんよ、ってことですね。ーー皆様も、どうぞか武運を」
 真っ直ぐにケルベロス達の瞳を見据え、目礼するとレイリはにっこりと微笑んだ。
「ではでは参りましょう。皆様に幸運を」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)

■リプレイ

●なお深きを行き
 薄闇が、奥へ奥へと続いていた。奥から漏れる光が道を照らしているのか。地下鉄の亀裂から侵入したその空間が漸く道らしくなってきた。
「――今ンとこ、問題は無いって感じじゃあるケド……、やっと体を伸ばせるネ」
 息をついたキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)の後ろ、苦笑ひとつディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)は頷いた。
「侵入には最適な通路だったね。……あぁ、敵影も無い」
 キソラの展開する隠密気流の中、奥へと目をやったディミックの瞳が鈍く色を乗せる。――あぁ、と声を返したのは殿を務めるレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)であった。
「こちらも問題は無い。周囲に足音も聞こえてはいな。この分だと他の勢力もいないのだろう」
「うん、近くにいるってことはなさそう」
 だがそれも、自分達が行くまでは、だろうとシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)は思った。ケルベロスが来た事が分かれば、同じ大阪城の地下だ。広くても、敵側が動きを見せる可能性はある。
(「その為の隠密だもんね」)
 指先をひらり、と空に滑らせてシルは気流を展開する。慎重に奥へ奥へと進んで行けば、ふいに、道の雰囲気が変わった。
「少し、待ってください。あの辺り、今までの道と違います」
 あれは明らかに通路だと深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は思う。隠密の気流を操り、静かに一度息を吸って気配を辿る。
「今まで以上に慎重に――……」
 行きましょう、と続く筈だった言葉が、止まる。まさか、と小さく息を飲んだウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)に、ルティエは頷いた。
「ロキです」
「――巡回中のようですね」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)はそう言って眉を寄せた。
「気がつかれてはいないようです。此処が、ロキの部屋で無い事は確かですが……」
「見逃したら、このまま別の場所に巡回に向かわれそう、か」
 苦笑ひとつ、新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)が視線を上げる。無言で周囲を警戒しながら巡回するロキが、此方に気がついた様子は相変わらず無く――だが、このまま通り過ぎるのを見逃す手は無い。
 戦うには十分な広さがある。用意したものを展開するだけの場所も。
 ならば、と告げる声は無かった。代わりに、視線を交わす。行こう、と口を開く代わりにひとつ、笑みを結んで気流の外に――出る。

●遠き路の相対者
「ロキ!」
「おいおい。隠れて見張られてたってわけか?」
 息をつくロキの足音がひとつ、聞こえた。今更隠す必要も無いということか。軽く肩を竦めて見せたロキが、ゆるり、と笑みを敷く。
「こんな所まで来るとはな。ケルベロス」
「宇宙のグランドロン決戦では妹をいじめてくれたようだな。兄として借りを返させてもらおうか」
 飄々としたその笑みに恭平は静かに告げた。
「そいつを受ける理由が俺にあると思うかい?」
 ふ、と笑ったロキが身を後ろに飛ばす。一気に開けられた距離にキソラが、声を投げる。
「また尻尾巻いて逃げるか? そろそろテメェと組むのに疑問覚える頃じゃねぇの」
 トン、と一歩前に。いつでも追える形を取りながら、息をついて見せたのは軽口への応酬だ。カマをかけるように言葉を作れば、ロキは笑ってみせた。
「確かにその通り。お前は頭がいいし勇敢だ。尊敬するよ」
 だが、と薄く笑う。飄々とした笑みの向こう、底の知れぬ何かが滲む。
「残念ながら俺は臆病な弱虫猿野郎でね。例え後々の立場が悪くなろうとも、逃げずにはいられないのさ」
 空間が歪む。向こう側へと逃げようとするロキの口元に柔い笑みが乗る。
「じゃぁな。これで……」
 別れを告げる声は——だが、盛大にばら撒かれた物に潰える。ひゅ、とロキが息を飲んだ。
 それこそ、ケルベロス達の用意した対ロキ戦法。
 ウィゼが、風音がアイテムポケットから如意棒を解き放つ。舞い踊る武具がロキに影を落とす。
「ハヌマーン達よ、無念の元凶がそこにいるぞ!」
 アイテムポケットを解放し、恭平は声を上げその手に武器としても持つ。二本、構えた次の瞬間——キィイン、と甲高い音と共に如意棒から光が溢れたのだ。
「この、光は……」
 ばら撒かれた如意棒から溢れる光に、ディミックが小さく息を飲む。解析しきれない光。神々しく――だが、同時に哀しみと怒りの中にあるそれが、何であるかケルベロス達は知っている。
「ハヌマーンの意思」
 ウィゼの言葉に、光はひとつの形を得た。
 ロキを囲むようにばら撒いた2000本以上の如意棒が一つに集結し「光の曼荼羅」に変わったのだ。
 如意棒は霊猿種族ハヌマーンの至宝。卑怯な手段で自分達全員を生贄にしたロキへの恨みが籠められているからこそ——今――光が来た。その力を現したのだ。
 レプリゼンタ・ロキを前に。これ程の数を揃えたケルベロス達と共に。
「感想、ある?」
 シルが問う。ロキの背後にあった空間の歪みが光に圧されて消える。
「如意棒……奴らの恨み、予想していなかった訳じゃない」
 そう、予想していなかった訳では無いのだ。
 レプリゼンタ・ロキは己というものを知っている。
「最悪、こうなっても生き延びられるように、俺は今まで『コレクション』を集め続けていたんだからな。
 しかしこの数、そしてお前達の気魄……充分に臆病なつもりでいたが、これでもまだ、蛮勇が過ぎたか……」
 光の曼荼羅が結界を作り上げる。ロキに逃がさぬと告げるように光が立つ。その光に怨嗟の声は無く、嘆きも無く――だが、目映いばかりの力はロキを正しく地に下ろした。
 この世の法則の中へ。光の曼荼羅がロキの不死性を打ち砕いたのだ。

●ハヌマーンの意思
 戦場に、光が溢れる。一度、拳を握ったロキが動き出すより早く、ケルベロス達は地を蹴った。相対したこの地を戦場に踏み込む。迷わず、シルは身を宙に飛ばした。
「宇宙の時のリベンジは……ここでさせてもらうよ」
 青と赤。二本の如意棒を構え、少女は高く飛び上がる。仰ぐように見上げたロキの腕が前に出た。一撃、払い上げる気か。だが、その間合いにルティエが駆けた。
「今来るかい?」
「行かない理由があると思うか」
 踏み込みから一気に距離を詰める。瞬発の加速。紅蓮、と声をかけた先、ボクスドラゴンは翼を広げ、その光を恭平に届ける。
「心を研ぎ澄ませ!」
 光ひとつ、受け取った恭平の声が届く。光輝くオウガ粒子が、後衛へと加護を紡げば視界が急速に開けていく。守りの緩い一点が分かる。
「ロキ」
 呼ぶ声と共にルティエは如意棒を振り下ろす。二本、構えた武器だ。接近を厭うように腕を振るうロキの拳を弾き上げる。ギィン、と装飾とぶつかり火花が散った。押し込まれる感覚に、だが、ルティエは立った。己の手にひとつ、落ちる影を見たからだ。
「行くよ!」
 シルだ。
 流星の煌めきと重力を纏い、身を――落とす。ヒュン、と鋭い打撃と共に蹴りが落ちた。ガウン、と重く受け止めたロキの肩口に傷が走る。飛び散ったそれは、血か、装飾の破片か。
「――っは。痛い痛い。これだから、逃げてたっていうのに」
 そいつには、とロキが光の曼荼羅を、ケルベロス達が手にした如意棒を見据える。
「困ったもんだな」
「――困る、ですか」
 飄々と響く声に風音は唇を引き結んだ。厄介な存在だと思う。これまでの情報を聞いていても。
(「何よりハヌマーン達の無念を思うと……とても放ってはおけません」)
 溢れる光はハヌマーン達の想いだ。その想いが、無念が、ロキを不死の領域から押し出した。
「風精よ、彼の者の元に集え」
 指先を空に向ける。歌うように風音は紡ぐ。
「奏でる旋律の元で舞い躍り、夢幻の舞台へ彼の者を誘え」
 その言葉に、ふわり、と風が舞った。姿を見せたのは風の精霊達だ。囁きに似た歌声と共に精霊達が舞い踊れば――風が、生まれる。
「おいおい、こいつは……ッ」
 僅か、ロキが息を飲んだ。歌声に一瞬、足が止まる。動きが鈍る――だが、その一瞬でも、ケルベロス達には十分だ。
「護法覚醒」
 八識システムを展開させ、ディミックは後衛へと護法の陣を描く。齎すは劔の加護であれば、は、とロキが息をつく音がした。
「やれやれ、本気か?」
「盗人というのは種族的に、どうも宿敵のような気がしてねぇ」
 物腰穏やかにディミックは告げる。軽く、肩を竦めて見せたロキを前に如意棒を構える。トン、と床をついて見せた。
「行こうか」
 キソラが誘いを告げる。護法の光の中、旋風風と舞い来るかすかな虹塵がその身に武器に宿す。
「力と成りて儀の全うを」
 歌うようにひとつ告げて、掌に残った風を解き放つ。重ねて後方を担う仲間へ、前に立ち盾となる二人が加護を紡げば、ロキがゆらり、と身を揺らした。
「これ以上は、流石に困るからな。――如意宝珠」
 手にした宝珠がひとつ、鈍く光る。次の瞬間、解放された魔力にキソラ達の視界が歪む。
「――これ、幻惑か」
 咄嗟にキソラは拳を強く握った。痛みで意識を引き寄せる。歪む視界が、あり得ぬ傷を体に刻んでいく。
「宝珠の力、これ程とは……」
 火花が散った。体が軋む。――否、軋む幻覚をディミックは見る。僅かに蹈鞴を踏んだ長身の前、地獄の炎が揺れた。
「だが、終われはしない」
 グン、とレーグルが顔を上げる。きつく炎の腕を握る。痛みに幻惑に、傾ぐ体を進む一歩に変える。
「――奏でよ、奪われしものの声を」
 身を、飛ばす瞬間と同時に拳を突き出した。ゴォオオ、と炎が舞う。炎熱がロキを捉え、踏み込む筈の一歩を攫う。
「焦がす気か? っと、呪詛か」
 踏み込みが傾ぐ。トン、と足を止めたロキが、焼けた手をひらりと振った。
「あぁ」
 悪いが、とレーグルは息をつく。相変わらず飄々としたロキを見据える。
「膝は折る気は無くてな」
「それに、回復もあるのじゃ」
 握る掌を、ぱ、とウィゼは離した。ふわり、舞い上がったオウガ粒子が前に立つ仲間の傷を癒やし――幻惑を、祓う。
「癒やし手か。困ったな」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。存分に困ると良いのう」
 なにせ、とウィゼは告げる。拳を握る。これから先は覚悟の領域。分かっているからこそ、最初から加護を重ね回復を重ねて来た。
(「今この時、掴んだ情報と如意棒が作った道じゃ」)
 すぅ、と一つ息を吸う。真っ直ぐに、まだ傷の浅い敵を――だが、確かに傷を刻んだ相手を見た。
 
●葬送航路
 轟音と共に冷気が舞った。一撃と共に、ロキの肌が裂け、零れる血すら凍り付く。冷気に己の足を射貫かれ、だが、は、とロキは笑った。
「おいおい、氷漬けはないんじゃないか?」
「なら、もう少し静かにしていてくれればいいんだけどな」
 た、と恭平は踏み込む。一撃、突き出すように構えた如意棒にロキが身を逸らす。派手に避けるのはやめたのか。氷から抜け出したロキが、シャラ、と派手に装飾を揺らした。
「そいつは無理な相談だな」
「そうか」
 なら、と口には出さず。ただ武器を構える。先の一手、踏み込む一撃は外れたが――それ故に、恭平は理解している。
「浸食せよ……」
 ロキの間合いを。
 告げる声と同時に、身を飛ばしたロキの足元に黒き陣が立つ。な、と小さく目を瞠ったロキの体から黒曜石が生えた。
「――っく、ぁ」
 それこそ、古代精霊魔法。精霊魔法との複合魔術。退魔の一族としてその術を持つ恭平が操るのは爆ぜる黒曜石だ。
「黒曜閃華――悪いが、間合いには届いてな」
「こいつは困ったな」
 額の飾りが揺れる。罅が入ったか。
「そう、ならこれは如何です」
 問いかける為の声ではない。ただ告げる音を残して風音は地を蹴った。踏み込みに間合いを殺すようにロキが動く。二振りの如意棒、手にした息を飲んだのは最初だけか。一気に払いにかかったロキに手にしていた如意棒を片方、離す。一瞬、視線を誘われたロキを真正面に二本の如意棒を百節棍へと変える。
「おいおい、そいつはまた」
「困りますか?」
 静かに風音は問う。舞うように一撃を叩き込む。深く沈めた一撃、は、と息を零しながらもロキが勢いよく顔を上げる。その視線を真っ正面から受け止めたのは――来る影を知っていたから。
「コッチはどう?」
 軽く、声をかける。振り向いたロキの腕が掴むように来た。攻撃を払うだけのものか。だが、それをキソラは受け止める。如意棒の上を滑らせ、散る火花に任せて一気に踏み込んだ。
 ガウン、と重く一撃が届いた。
 ハ、とロキが息を落とす。装飾がひとつ欠け落ちる。
「使う分にも如意棒を用意してたのか。こいつは流石に困ったな」
 だからまぁ、と軋む輪をそのままにロキは、だらり、と手を落とす。ふ、と落ちた息、視線の向かう先は――風音か。
「狙わせてもらうぜ?」
「――!」
 星をも掴む猿の手。
 穿つ一撃が、ルティエに走った。最も大事なものを奪う――その一撃は、だが、割り込んだキソラが受け止める。
「だから、俺もいるンだって」
「シャティレ、回復を!」
 小さく息を飲んだ風音が告げる。重ねるのじゃ! とウィゼが動いた。
 零れ落ちる落ちた血に、それでも視線を上げるキソラに受け止めたか、とロキは肩を竦めた。
「だが、そいつは急所を狙うからな。すぐには動けないぜ」
 悪いがその間に、とロキが足を向ける。踏み込む、その動きにルティエとレーグルが前に出た。迎え撃つ一撃が、ロキを穿つ。
「っく、こいつは……」
「悪いが、逃がせなくてね」
 衝撃に、身を飛ばそうとしたロキへとディミックは如意棒を突き出す。穿つ一撃が、深く沈んだ。
「は……っおいおい、どんだけ用意してんだ」
 バタバタと血が落ちる。ひどく痛がりながら、だが相変わらずよく動いて、飄々としてくれる。何処を叩いても同じ——どの部位を狙っても弱点らしい弱点は無いのだろう。そもそも、ロキは何処でも痛がるのだ。
「嘘っぽい感じは無いしのう。ルティエおねえの言葉に反応はあったかのう?」
 ウィゼの言葉にルティエは首を振った。
「——いや。ミドガルズオルム、ラグナロク、衆合無、その何れにもロキは反応を見せなかった」
 ロキにとって意味の無い言葉なんだろう、とルティエは思う。
「毒も、網による封じも特別嫌がる素振りは無い、か」
 ならば、とレーグルは顔を上げる。後は、戦うだけだ。
 この一瞬、ハヌマーンの意思がある戦場でロキを倒す為に。
「わたし達の絆の力、今こそ見せてあげるっ!」
 加速する戦場に、シルは駆けた。
 言葉と共に龍が来た。それこそ龍の少女のグラビティ。残霊の彼女の煌めきを、熱にシルは笑って光の剣を手にする。キラリ、と光る指輪と共に迷わず踏み込む。
「……さぁ、勝負だっ!」
 叩き込む一撃に魔力の全てをかける。ガウン、と受け止めるロキの腕に火花が走る。払い上げようと掛かった力に――だが、龍の少女が来る。
「行くよ……!」
 交わす声は無かった。ただ優しいその力が手に触れる。体は痛むけれどこの瞬間だけは行ける。な、と息を飲むロキへと力を――届けた。
「――っく、こいつは」
「ハヌマーン達を見捨てたあなたはいったい何を求めたの?」
「……『揺らがざるもの』。
 誰の影響も受けない。誰にも影響を与えない。
 生きるため、無様にグラビティを求める必要もない」
 ふ、と小さくロキは笑った。
「万物の神のようでいて、路傍の石よりも無価値。
 他のレプリゼンタは知らんが、少なくとも俺は、それになりたいのさ。
 最終的には『コレクション』も捨てるつもりだ。見逃してくれるなら、くれてやってもいいが?」
 軽く肩を竦め、そう言ったロキが手を空に掲げる。さぁ、と誘いを告げた先、現れた『何か』がロキを守るように枝葉を伸ばす。
「ミドガルズオルム」
「ユグドラシルの眷属である「無敵の樹蛇」を使うんだね」
 ルティエの言葉に、シルが頷く。偽りのミドガルズオルムを展開させたロキは、息をついた。
「こいつの事まで覚えてるとは、ケルベロスは物覚えが良いもんだな」
 だが、とロキは展開させたミドガルズオルムで守りを作る。それならば――硬く、厚く紡ぐ。

●この地に光りあれと
 偽りのミドガルズオルムが完全に展開されるより早く、風音は地を蹴った。
「守るのであれば、砕きましょう」
「援護する」
 短く、恭平が告げた。ミドガルズオルムにより傷を癒やしたロキが、肩を竦める。
「こいつを砕くかい?」
「あぁ。好きに出来るとは思っていないだろう。――弾けろ!」
 告げる声と共に、力が行く。見据える瞳が、爆砕の力を生む。ガウン、と派手な破砕音と共にロキの腕が——砕ける。
「届けます」
 踏み込んだ風音の拳が迷い無く――行く。振り抜いた拳がミドガルズオルムを散らしロキに、届く。
「っく――はは、あぁ、流石はケルベロスってとこか」
 バタバタと血が落ちる。ロキの纏う宝飾が落ちていく。それでも、レプリゼンタは飄々と笑っていた。
「これだけって訳じゃないだろう」
 剣戟と火花の狭間にロキが告げる。笑うような声は嘲笑では無い。戦いの中、確かにこちらを認め――だが、勝つ気でいるもの言葉だった。
「オレとしては、余裕な顔をされちゃうとネ?」
 笑ってキソラが踏み込む。握る如意棒に力を込めた。
(「今こそ恨み晴らす時だろう」)
 光の曼荼羅はまだ、続いている。ならば、全力で叩き込むだけのこと。距離はそう、開けてはいない。行くだけならば、身を――飛ばす。
「ロキ」
 名を告げて、ヒュン、と如意棒を振り上げた。庇うように出たロキの腕を払い上げて、舞うように返す腕で払う一撃を叩き込む。
「まだまだ、回復は続くのじゃ!」
「こちらも回復しましょう」
 加速する戦場に、ウィゼとディミックの声が響く。傷が多いのはどうしても盾役の二人とサーヴァントだった。
(「けれど、残りのメンバーはあまり変わりはしない、か」)
 軋む体と、落ちる火花を見送りディミックは如意棒を握る。間合いは詰められている。距離を取るのはいつもロキの方だ。深く踏み込み、一撃を叩き込む。返されようとも構わず、時に躱して迷い無く行く。それでもまだ、押し切るにはあと一つ足りない。
「流石はロキかな」
 如意棒を握りディミックもまた前に出た。
「同胞を贄としてまでユグドラシルに味方した理由は何だ」
 軋む痛みを置いて、ルティエは問う。何故、と。
「何故、他のハヌマーンを全員贄とする必要があった」
「その答えはシンプルだな。種族最後の1人しか、レプリゼンタになれないからだ。
 俺には、妻も子も孫も大勢いたが、そいつらが血の涙を流して怨嗟の言葉を向けてきた時も、特に何も感じなかったな。
 たぶん、デウスエクスってのはみんなそんなもんさ」
 それは苦笑であったか、それともそう言うものだとただ告げるものであったか。その何方であっても構わなかった。体は先に動いたのだから。
「……紅月牙狼・雪藤」
 氷塵を纏わせた刃による一撃。ルティエの放つ一刀から走る冷気が氷の藤蔓が生んだ。絡みつく氷の藤蔓がロキの腕を取り、宝飾を、額の飾りを砕いていく。
「っく、どうした、まだ俺は立ってるぜ。こう見えて、俺はなかなか強いんだ。如意棒で逃げ道を塞がれたからな。どうせならとことんまでやろうじゃないか」
「――そうか、ならば」
 ロキの言葉に、レーグルが踏み込んだ。震脚が大音を響かせ、振り抜いた拳がロキの腹を撃ち抜く。網状の霊力がぶわり、とロキを捉えた。——だが。
「捕まえたのはこっちもだ」
 同時にロキの一撃がレーグルを貫いていた。バタバタと血が落ちる。回復を、と告げるウィゼにレーグルは首を振った。己を穿つ一撃が何かは分かっていたのだ。
 星をも掴む猿手。急所を穿つ一撃。
「我は構わん。どうか――……」
 皆で、と続く先の言葉が擦れていく。重傷となり倒れたレーグルにディミックが走る。血と剣戟が戦場にはあった。光溢れる地で、だが、誰一人諦めは持たずに。
「――ロキ。何故、エインヘリアルと共闘することを良きと思うのです」
 その光の中、風音は顔を上げる。
「どうも思わんよ。他のレプリゼンタと組むのと変わらん。俺以外の奴らは皆怖すぎるし、眩しすぎる。俺に区別する頭は無いよ」
 重ねた問いにロキは瞳だけを細める。薄く唇が開くのは、敗れるとは思ってもいないが為か。
(「そう、足りないのは確かにそうだから」)
 あと、一撃。光の曼荼羅がある今、ロキに確実に届く一撃が欲しかった。その方法に、覚悟に心は辿りついていた。ハヌマーン達を裏切ったロキに憤りが、仲間を守るという心と共に風音はひとつを選ぶ。シャティレ、呼びかけた先、大切な小竜が風を呼ぶ。
「貴方が裏切った、ハヌマーン達への今の思いを」
「わからんな。何もわからん。
 わかるような頭なら、まあこんな感じにはならんかったんだろうな」
「そうですか」
 吐き出した息と共に、変化は急激に起きた。膨れ上がる力に誰もが何が起きているのか理解した。
 暴走だ。
 シャティレの力と魂も借りた姿に変じた風音は皆に告げた。
「ここは私が。どうか無事に撤退を」
「風音さん……!」
 シルの声が響く。迷わず、地を蹴った風音の構えた如意棒が光を帯びる。ロキが身を逸らす。――だが、風音の方が早い。
「っぐ、ぁあ……ッそう、か。そこまでして、ケルベロス……」
 穿ち抜かれた一撃に、ロキの纏う宝飾の全てが砕け散る。ぐらり、と不死を謳ったレプリゼンタが身を傾ぐ。ケルベロス達を見据え、光の曼荼羅を眺め――ふと、笑った。
「ひとつ願うならば、俺の事は忘れてくれ……」
 それは傲慢な懇願であったか。祈りに似た想いであったか。
 レプリゼンタ・ロキは崩れ落ちる。光の曼荼羅が消えていく。通りに、一つ二つ罅が走った。軽い振動。ぶわり、と砂埃が舞った次の瞬間、光の中に暴走した風音の姿は無い。
「――絶対、迎えに行くのじゃ」
「あぁ」
 ウィゼの言葉に、ディミックも頷く。今は、ロキから手に入れた情報を確実に持ち帰らなければならない。きつく、誰もが拳を握った。必ず、と落とす声が轟音響く大阪城に消えていく。
 長きに渡る戦いの勝利と、ロキの齎した情報と共に一行は地上を目指した。勝利と、約束を胸に。

作者:秋月諒 重傷:レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) 
死亡:なし
暴走:翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525) 
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 20/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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