大阪地下潜入作戦~ステルス・ロンド

作者:波多蜜花

●巡る戦況
「集まってくれてありがとうな! 先日の第八王子強襲戦に続いてブレイザブリクの攻略戦の成功、第九王子サフィーロの撃破は皆も知る限りやと思うんやけど」
 長く奪われたままだった東京焦土を取り戻したのだ、大した成果だと信濃・撫子(撫子繚乱のヘリオライダー・en0223)が顔を綻ばせ、すぐに真面目な顔付きで説明を続ける。
「この結果によってな、まずエインヘリアルの本星に繋がるアスガルドゲートの探索が開始されたんよ」
 しかし、エインヘリアルがこの状況を手をこまねいて見ているはずはない。既にホーフンド王子から『サフィーロ王子の裏切りによるブレイザブリクの失陥』という報告も行われているのは確実であり、ケルベロスによる予測からもブレイザブリクを奪取する為の軍勢を起こすのは間違いないだろうと撫子が語る。
「しかもな、大阪城方面の情報を収集しとったケルベロス達から、重要な情報が届いたんや」
 それは、大阪城の攻性植物勢力が軍勢を整えて侵攻の準備をしているというものだった。しかも、エインヘリアルのブレイザブリク侵攻に合わせ、大阪城からも侵攻を行う合同作戦が行われる――というもの。
「エインヘリアルと攻性植物っていうたら、長年の仇敵でもあったはずなんやけど……さすがにそんなこと言うてる場合と違うってことに気が付いたみたいでな」
 ケルベロスを共通の敵とし、敵対関係が緩和しているようなのだ。
 更には、大阪城のハール王女がホーフンド王子の軍勢に援軍を派遣するなどの工作も行っていた為、この合同作戦が行われる可能性はかなり高い。
「せやけどな、沢山のケルベロス達が調査してくれたお陰で、大阪城側の準備がまだ整ってへんらしくて、そこにつけ入る隙があるってことが判明したんよ」
 そこで、だ。集まってくれたケルベロス達には複数のルートから大阪城勢力に攻撃を仕掛け、エインヘリアルとの共同作戦を阻止して欲しいのだと撫子が言った。
「大阪勢力は最近あったプラントワーム・ツーテール事件で確認されたんやけど、地下拠点で侵攻準備を行っとってな。ここに乗り込んで進行準備を遅らせるんが要になると思うんよ」
 また、この大阪城地下への攻撃は別のチームが攻撃するハール王女に対する、大阪城からの増援を阻止するという意味もあり、重要な作戦となるのは間違いない。
 作戦の本命は別チームによる要塞拠点のハール王女の撃破ではあるが、万が一王女の撃破に失敗してもこちらの作戦が成功していれば、敵の共同作戦を間違いなく遅らせられるだろう。
「それからな、皆に担ってもらうこの侵入作戦は敵拠点への潜入と破壊工作がメインや。深入りしすぎると帰還が難しなるよって、そこんとこの見極めは大事やで」
 撤退可能な範囲を考え、その範囲で『有力な情報』を得たり『大阪城勢力に更なる打撃を与える』事が出来れば、この作戦は間違いなく成功といえるだろう。
「地下拠点侵入作戦については多くのケルベロス達の調査でな、幾つかの情報が得られとる。それを元に、皆で調査対象を考えてほしいんよ」
 一旦言葉を切ると、撫子が簡単に資料を読み上げ始める。
「まず、調査対象はドラゴン勢力、ダモクレス勢力、螺旋忍軍、レプリゼンタ・ロキ、レプリゼンタ・カンギ、ドリームイーター、攻性植物ゲート、堕神計画について、大阪湾について、以上の九つや」
 ドラゴン勢力は定命化で弱っていたドラゴン達は現時点でも完全な回復には至っていないが、攻性植物の力を取り入れたドラゴンの一派はその力を取り戻し、今回の侵攻作戦に加わるべく準備を進めている。
 ダモクレス勢力はジュモー・エレクトリシアンの勢力であり、大阪城に集まった多くの勢力の技術を利用したダモクレスの開発を行っており、前線に配備されている。
 螺旋忍軍は勢力としては壊滅しているが、残党の螺旋忍軍が屍隷兵技術、ダモクレスの機械化技術、攻性植物の寄生技術などを利用して、螺旋忍軍の復興を目指して暗躍している。
「なお、レプリゼンタ・ロキとレプリゼンタ・カンギについては多くのケルベロス達の調査によって、それぞれと直接接触できる可能性が高いんよ。それぞれに応じた戦力によっては各個撃破も可能……ってとこやね」
 淡々と読み上げていた撫子が顔を上げてそう含めると、説明を続ける。
 ドリームイーターは勢力としては壊滅しているが、大阪城にはパッチワークの魔女の勢力が合流して生き延びているという情報がある。
 攻性植物ゲートはかつての大阪城ユグドラシル地下での戦いで大体の位置は判明しているものの、他種族も受け入れ数年を経て大幅に地形が変わっている可能性も予想される為、改めてその位置を探ることが今回の潜入では可能となっている。
 ゲート周辺は厳重な警備が敷かれているが、多くの戦力を投入する事で警備網を突破し、ゲートの位置を特定する手掛かりが得られる可能性が高い。
 堕神計画については、リザレクトジェネシスで死神のネレイデスが画策していた『堕神計画』を利用して、攻性植物が『十二創神』に関する何かを手に入れた可能性があるらしく、調査によれば聖王女に替わる何かである可能性もあるとの情報が上がっている。
 大阪湾については、攻性植物が大阪湾から瀬戸内海に出る可能性についての指摘があり、大阪地下から瀬戸内海の海底に向けて何かしらの工作が行われているのであればその早期発見が必要かもしれない。
「とまぁ、ちょっと考えなあかん部分が多いんやけど、その分見返りも充分にある作戦やとうちは思うで」
 大阪地下の勢力をハールの援護に回させないという部分も大きいが、新たな情報を掴むチャンスでもあるのだ。
「皆の尽力で得られた情報や、これを活かして大阪城への潜入作戦を皆の力で成功させてほしいんよ!」
 今度の作戦も、危険な作戦になるだろう。それでも、ケルベロス達であれば必ずやり遂げてくれると信じて、撫子はヘリオンの扉を開けた。


参加者
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
ディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
クリスタ・ステラニクス(眠りの園の氷巫女・e79279)
 

■リプレイ

●潜入
 大阪城近郊の地下に張り巡らされた、今は使われていない地下鉄の亀裂――そこが今回の作戦における侵入経路であった。作戦チームごとに最適解であろう突入口の情報を手にしていた彼らは、迷うことなく暗闇の中を進んでいた。
 以前、プラントワーム・ツーテールの地下拠点拡大を阻止する作戦に参加していたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が隠密気流を持つディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)と共に先行し、手にした灯りを掲げて侵入口である亀裂を確認すると、仲間達へ振り向く。
「ここで間違いないようです。それにしても……前にも来ましたが、相変わらず巨大な穴だ」
「敵は随分と地下で好き勝手しているようですね」
 大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)がアリアドネの糸を紡ぎながら、亀裂の奥を覗き込んだ。人が通るに充分な広さを持つその亀裂は、まるでケルベロス達を飲み込まんとばかりに昏い口を開けているようにも思え、秋櫻が表情を感じさせぬ眼差しで見えぬその先を見つめた。
「鬼が出るか蛇が出るか……行ってみなければわからんな」
 無いよりはマシだろうと、事前に仲間にも配っていた暗視ゴーグルを掛けたディークスが先へ進むことを促す。
「そうですね、これだけの正確な情報であれば間違いなく夢喰いには出くわすでしょうし」
 綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)が油断は禁物です、とディークスの言葉に頷いて言う。
「さっさと行こうぜ、こんなところでもたついてる暇はねェだろ」
 一番後ろで背後を警戒していたディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)がぶっきらぼうに言うと、先頭のイッパイアッテナが慎重に歩を進めた。
「地下は真っ暗だと思ってましたけど、こちらの中は薄暗いですねー」
 目が慣れたのもあるんでしょうか、とクリスタ・ステラニクス(眠りの園の氷巫女・e79279)呟くと、アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)が改めて周囲を見回す。
「ふむ、言われてみると……確かに来た道よりは明るいような気がするのぅ」
 そう言って、前を見据えた時だった。
「これは……」
 ディークスが立ち止まり、後ろの仲間に向けて姿勢を低くするように促す。
「分かれ道……ですか」
 鼓太郎が小声で言うと、イッパイアッテナが分かれ道の先を窺いながら後ろを振り向く。
「グレーテルの力でしょう」
 第七の魔女クレーテを名乗っていた彼の魔女の力は迷宮化、それを考えればおかしな話ではない。防衛に回す個体が少なければ自分達の拠点を迷宮化し、攻め入る敵を惑わせばそれだけ時間も稼げるというものだ。
 けれど、進む道が迷宮と化していようとも、そこで素直に撤退するわけにもいかない。この先には、自分達の求める情報があるかもしれないのだ。ケルベロス達はお互いに視線を交わし頷くと、目印を付けながら迷宮の先へ挑むのだった。

●探索、そして
 敵の出現を警戒し、分かれ道では目印を付け、時にアリアドネの糸を頼りにしつつ正しいと思われる道を進む。
「こういっては何ですが、思ったよりも閑散としているのですね」
 秋櫻が感じたそのままを言うと、アデレードがその言葉を継いで唇を開く。
「うむ、雑魚すら出てこないところを見ると、先の戦争で殆どのドリームイーターが滅んだというのは事実なのであろうな」
「だからこそ、この地に身を寄せているのかもしれませんねー」
 何を考えてかはわかりませんけれどー、とクリスタが言うと、次に進む道を探っていたディークスが頷いた。
「窮鼠猫を噛むとも言うからな、何か企んでいる可能性が高い」
「ええ、追い詰められた者は何をするかわからないですから」
 何か儀式を行っていた痕跡や、現在進行形で行われている儀式はないか、辺りを注視しながら歩いていたイッパイアッテナも足元で跳ねるミミック『相箱のザラキ』を軽く撫でてディークスに同意する。
「それにしても……それなりに進んだとは思うが何もねェな」
 見落としはないかと、最後尾から壁や地面、天井までも確認していたディオニクスが前髪を掻き上げて溜息交じりに言った。
「すぐに見つかるような場所で儀式をするはずもない……ということでしょうか」
 それならばやはり奥、迷宮の最深部を狙うしかないでしょうか、と鼓太郎が考えを伝えた時だった。
「残念だけど、ここから先は通行止めだよ」
 そう、場違いなまでに可愛らしい声が迷宮の通路に響く。
「誰だ!」
 声のした方を睨み、ディオニクスが鋭く叫ぶ。すかさず臨戦態勢を取ったケルベロス達に、声の主が通路の奥から姿を見せた。
「こんなところまで来るなんて、ケルベロスってのは暇なのかな?」
 大きな鎌のような武器を持ち、左胸――心臓の辺りをモザイクで覆われた、桃色の髪をした魔女。
「第四の魔女、エリュマントス……!」
 イッパイアッテナがルーンの加護を持つ絆の戦斧Plasmを構え、その名を呼んだ。
「正解! ふふ、正解を出した君達にはご褒美だよ!」
 エリュマントスが高らかに笑うと、その背後よりブリキの鎧に身を包み斧を持ったドリームイーターとガタガタの鎌を持ったカカシのようなドリームイーター十数体程が現れる。
「さあ、ブリキの木こりに脳無しカカシ、愚かなケルベロス共をやっつけちゃって!」
「何がご褒美だ、ふざけたことを……!」
 不快そうに言い放ち、ディークスが晶樹の手鎚を構えるとイッパイアッテナが燐光を纏うオウガメタルから輝く粒子を放つ。それと同時に、ザラキが向かってきたブリキの木こりに喰らいついた。
 研ぎ澄まされた感覚に促されるまま、ディークスがブリキの木こりに不可視の虚無球体を放ち跡形もなく消し去ると、アデレードが手にした巨大な大鎌を振り被る。
「我が深淵なる瞳を見よ。其即ち其方の罪を映し出す冥府の鏡なり」
 地獄の業火が燃え盛り、脳無しカカシが断末魔の悲鳴すら上げずに崩れ去る。
「ふうん、少しはやるみたいだね」
 鮮やかな連携をみせたケルベロス達に、あはっと笑ったエリュマントスが大鎌を振るうと、モザイクがアデレードを狙って放たれた。
「させねェよ」
 短く言い放ったディオニクスがアデレードの前に立ち、オウガメタルに覆われた自身の身体を持って庇うと、木こりとカカシが斧と鎌を手にケルベロス達に向かって襲い掛かった。
 狙われた者を庇うようにイッパイアッテナと秋櫻が動き、即座に反撃へと転じる。
「主砲、撃ちます」
 秋櫻が赤いマントを翻し、彼女の為に調整された二門のキャノン砲を敵に向けて撃ち放つと、鼓太郎の右腕から放たれた紙兵が前に立ち仲間を守る者達を守護するように展開された。
「オイ、てめェらは何を企んでやがる」
 ディオニクスが肩まで燃え上がる黒い炎、黒焔爪【冥牙】の掌から木こりとカカシに向けて光弾を撃ち出しながら、エリュマントスに問い掛ける。それに対し、木こりとカカシの後ろに位置するエリュマントスは蠱惑的な笑みを浮かべるだけで、答えようとはしない。
「何を問うにしても、木こりさんとカカシさんが邪魔ですねー」
 仕方ありませんね、と零しながらクリスタがディオニクスによって傷付いた木こりとカカシを狙い、重ねるように黒色の光を以って照らし、殲滅していく。
「もう少し減らせたら、直接お話もできますかねー?」
「そうですね、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とも申しますし」
 クリスタがそう言うと、鼓太郎が仲間の体力消耗具合を計りながら同意するように頷いた。
「邪魔な雑魚を全て片付けてから、か」
「そうじゃの、真っ当な戦術じゃ」
 ディークスの言葉にアデレードが頷き、行動で示すかのようにイッパイアッテナがザラキと共に残った木こりとカカシの群れに向かって駆けた。

●奮戦
 敵が少数であるとはいえ、ケルベロスである自分達も少数。油断は禁物であるという言葉を念頭に置き、七名とそのうちの一人を主と仰ぐサーヴァントとでブリキの木こりと脳無しカカシを蹴散らす。十数体と居たそれらも、今は第四の魔女エリュマントスを守ろうとする二体となっていた。
「大丈夫か? 鼓太郎」
「大丈夫、まだいけます。穢れは全て俺が祓いましょう、誰一人として落としません」
 ディークスの気遣うような言葉に、疲労あれどこのチームの癒し手として立つ鼓太郎は笑みを浮かべてそれに答えた。
「あと二体、あの木こりとカカシを倒せば勝機も……情報収集の余地もあろう」
「はい、では」
 叩き折ってしまいましょう、とアデレードの隣にいたイッパイアッテナが構えた戦斧をカカシの脳天に向かって振り下ろす。もう一撃、足りぬそれを補うようにザラキがエクトプラズムで作り出した武器を主と同じように振り下ろした。
「あんまり調子に乗らないでよ」
 不機嫌そうに言い放つと、エリュマントスが大鎌をぐるりと回して鼓太郎に向けてモザイクを放つ。鼓太郎に絡み付く既の所で、秋櫻がその身を挺して庇う。
「く……っ」
「大義さん!」
「大丈夫、護りは任せて」
 仲間を守る盾として動いた秋櫻が、今度はこちらの番だと電光石火の動きで木こりに向かって蹴りを放つ。
「なら、ダメージコントロールは俺の役目です」
 チームの盾役を買って出てくれている三名の中でも、特に傷を負っている秋櫻に向かって祝詞を上げた。
「遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え」
 加護を願い唱えれば、それは光の球となって顕れると秋櫻を包むように癒して消えていく。
「さァ、あとはてめェだけだぜ? 挨拶代わりだ、受け取りな!」
 ニィ、と笑ってディオニクスが吼える。
「過日の幻、薄暮の現、黄昏の夢、宵闇の真――、汝が脳裏に刻まれし、棄て去れぬ者の面影よ……。……今一度、会い見える時――……さァ……」
 喰らえ。
 獄炎に包まれた冥牙がエリュマントスに牙を剥くと、クリスタが手にした聖夜の氷晶をくるんと回転させて放つ。それは光を乱反射させて輝きながら、冷気の嵐を魔女へと浴びせた。
「第四の魔女、あなたはモザイクの卵から生まれた存在なのですか?」
 イッパイアッテナが味方の命中精度を上げるべく、オウガ粒子を放出させながらエリュマントスに問い掛けると、ザラキが主の助けとばかりに偽物の黄金をばら撒く。
「お前達の求める地獄とは……何だ? 死の泉から仲間をサルベージ…と言った目的だけでは無さそうだが」
 その動きに連携するように、ディークスが『葬造拳肢』――呼気を短く吐き神速の踏み込みと共に手脚による連撃だけではなく、尾の一撃を加えた打ち込みにより相手の動きに対応した連打術を放つ。
「ふふ、あは! その質問にわざわざ答えると思ってるの?」
 大鎌で攻撃の威力を削ぎつつ、エリュマントスが笑いながら反撃に打って出る。左胸のモザイクを巨大な口の形に変えると、ディークスに向かって襲わせたのだ。
「く……っ」
「さすがは逃げ延びた魔女の一人というところかえ」
 アデレードが魔女とディークスの間に割って入るかのように動き、地獄の炎を纏わせた吸魂の大鎌を叩き付けるように振るうと、秋櫻が続けざまにエリュマントスに攻撃を放つ。
「近接高速格闘モード起動。ブースター出力最大値。腕部及び脚部のリミッター解除。対象補足……貴方は私から逃れられません」
 それはありとあらゆる打撃技と足技を超高速で繰り出す秋櫻のラッシュ技だ。
「ディークスさん!」
 エリュマントスがディークスから離れると、すかさず鼓太郎が指先に溜めていた癒しのオーラを彼に向けて放つ。鼓太郎の呼び掛けに視線だけで返したディークスが前を向くと、ディオニクスが掌から巨大な光弾を放って叫んだ。
「死の泉……てめェらの言う地獄とやらは違うのかよ!」
 答えるとは思っていないが、その表情からでも何かしら読み取れれば御の字だとディオニクスがエリュマントスを睨む。
「動かないで、質問に答えてくださいー」
 袴の裾を翻し、クリスタが魔女の足元に魔法の霜を展開させる。それは僅かにエリュマントスの足を止め、クリスタが銀の瞳を瞬かせて返答を待つ。
「何度聞かれても同じことよ」
 拒絶を含んだ答えに、アデレードがやれやれと溜息交じりに言う。
「ならば、我らが正義の灯火の元、今ここで朽ちるがよいぞ」
 情報が得られないのであれば、戦力を削ぐまで。エリュマントスを倒す為、ケルベロス達が猛る――!

●最後の魔女
 幾度となく魔女と切り結び、戦局は終わりへと近づいていた。イッパイアッテナがザラキと共に攻め、ディークスとアデレードが畳み掛ける。魔女の攻撃を秋櫻とディオニクス、イッパイアッテナがそれぞれ防ぎ、鼓太郎が回復の手を回す。ディオニクスとクリスタが最後の一手だと膝を突きかけた魔女に最大火力の攻撃を仕掛けようとした、その瞬間だった。
「そこまでだわ、ケルベロス共」
 エリュマントスの後ろから、酷く冷めた声が響いたのは。
 何者かと問う間もなく、今まさにエリュマントスへの一手を掛けようとしていたディオニクスとクリスタが薙ぎ倒される。すぐさま秋櫻が二人を庇うように前に出ると、イッパイアッテナが光り輝く粒子でディオニクスとクリスタを包んだ。
 ディークスとアデレードがいつでも攻撃に移れるように、呼吸を整え姿勢を低くしながら、声の主に問い掛ける。
「何者だ」
「そう、そうね。それくらいは答えて上げてもいいわ。私はドロシー、最後の魔女……ドロシーよ」
「最後の、魔女……!」
 二人への治療を終えた鼓太郎が、思わず声を上げた。
「いくら種が減ったとはいえ、そんな人数で来るなんて舐められたものね」
 そう言って、ドロシーが姿を現す。そこには右手にブリキの木こり、左手にカカシのパペットのようなものを持った可愛らしい少女の姿をしたドリームイーターが立っていた。
 本当にパペットなのか、それがドロシーの手であるのかは判別できなかったが、ドロシーの左右の手から先程倒したはずのブリキの木こりと脳無しカカシが次々と現れるのが見えた。
「これ以上は……拙いですね」
 囲まれる前に撤退を、と秋櫻が冷静な判断を下す。予め撤退も視野に入れての作戦、魔女を倒し損ねたのは惜しいけれど、エリュマントスやグレーテル以外の魔女がいると知れたのは大きな収穫と言っていい。それにある程度の牽制は行えたはずだ、これならばハールの元にドリームイーターが向かうこともないだろう。
 先頭をイッパイアッテナが、殿を秋櫻とディオニクスが務め、ケルベロス達は迷宮を戻る為に走り出す。いつかこの地を取り戻せると信じて――。

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月15日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。