はちみつ喫茶ハニカム

作者:四季乃

●Accident
 山の裾野に広がる蓮華畑は、今が見頃だった。
 抜けるような青い空の下、あわやかな薄紅色をしたちいさな蓮華草が、水平線の彼方にまで拡がっている。
 はちみつ喫茶ハニカムは、その蓮華畑を臨むように建てられていた。
 黄色い看板に一輪の蓮華草とミツバチが描かれた可愛い看板を掲げており、店内は大きく造られた硝子が巡っている。どの席についても蓮華草や敷地に植わる花畑が見える計らいだった。
 メニューは主にパンケーキ、フレンチトースト、チーズケーキで、お好みで好きなはちみつを掛けて食べるのを楽しむ方式となっている。蓮華草、アカシア、百花といった馴染みのあるものはもちろん、林檎、蜜柑、ブルーベリー、チョコレートといった珍しいものまで揃っているので、試してみたくてついつい食べ過ぎてしまう、というのが常連客の口癖だ。
「チョコレートのはちみつ美味しいねぇ!」
 右手にナイフ、左手にフォークを握りしめた大男は言った。
 丸っと一枚のパンケーキを一口で頬張り、おちょこみたいにグラスを摘まんでドリンクを煽っている。周りの客はみな蒼白で、かろうじて椅子に座っているといった風だった。自分は置物だと思い込んで、気配を断つことに余念がない。
「あまい匂いがしたから『もしかして』と思ったんだよねー! 壊さなくて良かったー!」
 正面出入口から堂々と身をねじ込んで来た巨体が、身体を大きく揺らして笑っている。フォークを持つ手に装備された籠手が、ぱちりと電気を走らせていた。

●Caution
「そうして、お腹がいっぱいになったことに満足したエインヘリアルは、店内に居た人たちを容易く屠り、山麓にある街に下りて行ったのです」
 嘆息を堪えるように締め括ったセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の言葉に、場に集まったケルベロスたちは苦い顔をした。店内に居た一般人は、自分の命が刈り取られると分かっていて、身動き一つ取れずにいたのだろう。逃げ出そうものなら、真っ先に狙われていたのかもしれない。
「でも、あまぁい匂いにつられてやって来たのなら、もしかして上手く誘導できるかも? かも?」
 そう言って、人差し指を頬にあてた状態で空を見上げているのは、アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)だった。
「放置すれば更なる被害者がでることでしょう。でも、甘いものが好物だというのであれば、それを利用しない手はありません」

 出現するエインヘリアルは一体、属性・雷のエレメンタルボルトを取り付けているらしい。肉弾戦を好むようだが、拳に限らず蹴り技も使用するので注意してほしい。店から蓮華畑までは十数メートルと少し距離があるため、意識すれば雪崩れ込むことはないだろう。
「はちみつ喫茶は店外販売もするようなので、外には商品を並べるテーブルとパラソルが設えられています。あと、お客様用の二人掛けのテーブル席が二つほど」
「スイーツをちょこっと貰って、お店の外で待ち構えていたら、店内にいる人たちに被害がいかなくていいよね!」
 アイリスの言葉に頷いたセリカは、あらかじめ店長には協力を仰いでいるという。
 販売員を装い油断を誘うか、あるいは外のテーブル席で飲食する客を装うか。物陰に潜み、背後から奇襲を仕掛けるか。各々やりやすいように手段を決めてほしい。この凶悪犯罪者は甘いものが大好物で、まずは腹ごしらえをするのがモットーらしい。短絡的な上に直感で動く男のようなので、御すのはそう難しいことではないだろう。
「どうか皆さん、はちみつ喫茶と蓮華畑の危機を救ってください」
「よろしく! よろしく! それに思いっきり動いたあとは甘い物! はちみつたっぷり楽しんでね!」
 太陽みたいに輝く笑顔を向けられて、ケルベロスたちはアイリスにつられて笑みを零した。


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
楪・熾月(想柩・e17223)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)

■リプレイ


「うーん、甘くていい香り!」
 新緑にほのかな甘さを交えた風が、小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)の喜色を運んでゆく。
「うん、めっちゃ美味しそう」
 外に設けられたテーブル席には、琥珀色のはちみつを注ぐ楪・熾月(想柩・e17223)が居て、涼香もはちみつたっぷりのパンケーキを頬張っている。
「此方で試食はいかがですか?」
 花に吸い寄せられるミツバチのように、ふらふらと近付いてきたエインヘリアルにアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が呼び掛けた。白いシャツに黄色のギャルソンエプロンを身に着けた彼女がパンケーキの皿を両手で掲げると、男の表情がパッと明るくなる。
「どれも甘くて絶品ですよ。パンケーキもふわふわで、生地がはちみつをよく吸うんです」
「林檎のはちみつなんてどうですか?」
 クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)が、ちいさなはちみつ瓶を持ち上げると「へえ」風上からゼレフ・スティガル(雲・e00179)の感嘆が飛んできた。
「そんな味もあるのか」
 黄金に濡れたパンケーキを片手に、野外席を捜し歩いていたゼレフの関心が向くと、エインヘリアルも同調を示すような相槌を打つ。
「色んな味があるんだぁ」
 声だけ聞けば無邪気なそれ。けれど腕に装備されたものは熟練者の素質を嫌でも伺わせる。
(「春の陽気で変な輩が出て来たな……」)
 色々な蜂蜜を堪能したいのに野暮なことだと、遠い目をした泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)は頭を振ると、店内のレジカウンター影に隠れる店主たちの方を頸だけで振り返り、人差し指を唇に当てた。こくこく、と必死に頷く彼女らに目じりを和らげると、店先に立てかけられたメニュースタンドを覗き込むふりをして出入口を塞ぐ。
(「ガマンガマン」)
 そんな彼らの姿を、建物の影から盗み見ていたアイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)は鳴りそうなお腹を両手で押さえていた。いくら隠密気流にて目立たなくなっているとはいえ、油断は禁物だ。ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)も反対の影から囮役の仲間たちに全神経を巡らせており、いつでも戦闘に入れる姿勢にある。
「美味しいよ、ここの蜂蜜。――油断すると、潜んだ蜂に刺されちゃうかもしれないけどね」
 だから、睫毛を伏せて笑うゼレフの言葉は、よい引き金になった。
「いっただっきまーす!」
 満面の笑み。鮫のように大きく開いたエインヘリアルの口内に、パンケーキが丸っと一枚、飛び込んだ。ぱくり、といった具合に。
 瞬間。
「私達が用意したあまいあまい匂いに釣られて来たの? まるでお花に惹かれた蜂みたいだね」
 全身を光の粒子に変えたアイリスが罪人の背中に突撃!
 パンケーキを喉に詰まらせたエインヘリアルが、口を押えて咳き込む一方、滑らかな飛行で距離を詰めたティニアの脚が膝裏を突く。ガクン、と膝から崩れ落ちそうになるや否や、アリシスフェイルは仮設カウンターを飛び越えて氷結輪を射出した。強烈な冷気でやや力任せに右腕を斬り付けられたエインヘリアルが上体を起こす傍ら、即座に離席した熾月が前衛たちへブレイブマインを発動させると、その爆風を掻き分けて飛び出した壬蔭が、エインヘリアルの横っ面を蹴り飛ばしてみせた。
 息つく暇のない、まさしく一瞬の出来事。
「なぁに、これぇー!」
 咆える敵を炎に巻くロティの影から、上空へ飛び上がったねーさんが両翼を広げたとき、涼香はサークリットチェインを展開。
「エインヘリアルも甘党さんって居るんだね。ただ純粋に一緒に楽しめるのなら、良かったのにね」
 独語のような呟きに一瞥を向けたのは壬蔭だった。
「バックアップは任せても構わないか?」
「勿論、まかせて。みかげさん」
 満足そうな表情を浮かべた壬蔭は、己よりはるかな巨体を仰ぎ双眸を細めながら小首を傾げてみせた。
「なぁ、お前は食前の運動相手になるか?」
 唇の端から細く長い吐息を吐き出して笑ったエインヘリアルは、力強く蹴り上げた勢いのまま、壬蔭に向かって拳を振り上げた。
 しかし。
「甘い物好きなのに平和的解決ができないとは、エインヘリアルはエインヘリアルだなあ……」
 ゼレフは、陽の光を受けて星のような瞬きを零す瞳を眇めると、惨殺ナイフ・冬浪をホルダーから引き抜いた形のまま、その雷散らす拳を受け止めた。だが一拍ののち遅れて放たれた爆発に追い打ちを掛けられ、身が傾ぐ。ゼレフは矢庭に振り抜かれたままの拳を斬り付け、返り血を浴びることで自己回復。すると、エインヘリアルの目に明らかな喜びが灯った。
 嫌な予感がして、クラリスは気咬弾を撃つことでその意識を奪う。金色の視線が向く。口唇が持ち上がり、身体ごとこちらを向く巨体。次撃が来る――そうと察した刹那、上空からねーさんの癒しが下りてきた。
「お店にも蓮華畑にも被害は出させないわ」
 アリシスフェイルは殲滅の魔女の物語、その一節を読みあげる。
「海原沈み深き底、天空昇り遥か果、累ねた涯の青を鏤める――蒼界の玻片」
 灰と黄の六芒星が前衛たちの足元で光を放つ。立ち上る光が傷を癒すと同時に、青と白のステンドグラスを思わせる障壁が断片的に創られた。その美しい色合いに、ぱぁっと輝くような笑みを浮かべたアイリスは、踊るようなステップでくるり回転すると、
「これ以上貴方に蜜はあげないよ」
 目にもとまらぬ鮮やかさで、フェアリーレイピアを振り払った。花の嵐が吹き荒れる。
「オレ甘いのは好きだけど花は別に好きじゃなぁい!」
 それは至近に迫ったアイリスを始め、盾役のゼレフとクラリス、そしてバトルガントレットで気脈を狙っていた壬蔭たちを一絡げに包み、喰らいつくす雷の力。
 骨まで痺れそうな気迫と苛烈さに寸の間息を詰める仲間たちを見て、熾月は瞬時に個々の優先順位を見極める傍ら、ロティへ視線を配った。その意味を正しく解したロティは、神霊撃をもって敵の霊魂に揺さぶりをかけ、前衛たちから少しでも距離を稼ぐ。
「甘いものは良いけれど、それを台無しにする君はその甘さに沈んでくれる?」
 ふわり、薫風が熾月の髪をさらう。
 細められた瞳に慈愛はなく、欠片の慈悲すら感じられぬ強い声音。それでも仲間に向けられる癒しの光球は一片の妥協なく、隅々にまで駆け巡る。
 幾らかの凶暴性を高める満月の輝きを身の内に秘める壬蔭が真っ直ぐ、敵の右肩付け根に指天殺を繰り出した。
 途端。
「痛ッ」
 だらん、と右腕が垂れ下がった。己の意思とは裏腹に動かぬ身体に困惑しているのか、その表情がいささか翳る。
「腕が使えないなら脚を使えばいいんだよねー」
 にたり、と唇の端を吊り上げて嗤ったエインヘリアルが、言葉と共に長い脚を繰り出した。舞い踊ることで花びらのオーラを降らせていたクラリスの肢体を、真横から蹴り飛ばしたのだ。防御を取れなかったクラリスはテーブル席を巻き込む形で何とか停止。手を付いて起き上がるその表情は、僅かに歪んではいたが命に別状はない。
「私もあなたもお菓子が大好きなのに……なんで、分かり合えないんだろうね」
 ふと、以前和菓子の街で闘った罪人を思い出しす。
「それでも理不尽に皆の命を奪うなら、私はあなたを絶対許さない!」
 きっぱりとした言葉に、同意が重なる。
「甘い香りに誘われるのは女の子と虫だけじゃなかったんだね。話は合いそうだけど……力加減を覚えてから出直してもらおっか」
 ティニアは、厭な笑みを浮かべて片足で地面をノックする巨体に向け、手のひらを伸ばした。
「咲き誇れ、オダマキ。愚か者を捕らえあげよ!」
 言葉に呼応したのは青みがかった紫の花。エインヘリアルの巨躯に絡みつくように大地から生えた苧環の花は、下肢から腹部、腹部から頸にまで伸びて締め付けると、敵の装甲すらく引き裂く力を発揮した。
 だが敵も大人しく拘束されてくれはしない。
 ぐぐ、と両で拳を握りしめた罪人が短く呼気を吐くと、その気迫は苧環を引き千切っただけでなく、周囲へと雷を発する力を放ったのだ。膚から肉へと奔る強烈な痛みに指先が痺れるも、ゼレフが即座に降らせたメディカルレインによって一同は呼吸を整える。
「パンケーキを囲んで仲良くする、なんて如何だい?」
「うーん魅力的! でももう運動のスイッチ入っちゃったんだよねぇ~」
 嘘か本当かわからない底抜けの明るさに、ゼレフは穏やかさのなかに僅かばかりの微苦笑を漏らす。
 雷に皮膚をビリビリさせながらも、敵の性格ゆえにか妙に緊迫が薄い。上空から的確に寄越される、ねーさんの清浄なる癒しの風で傷付いた身体は十分なヒールが施されているので、慢心さえしなければ怖い敵ではなかった。
 エインヘリアルから視線を逸らした涼香は、壬蔭とアイコンタクトを取る。壬蔭が頷いたのを見、涼香は即座に黒鎖を奔らせた。眼前に迫ったそれを、片腕で受け止めたエインヘリアルだったが、遠心力でぐるぐると巻き付いてきたそれが、上体を絡めて身動きを封じるものだと察した瞬間。
 エインヘリアルは背面に飛び込んで来た壬蔭の雷刃突を真っ直ぐに喰らい、膝を突くこととなった。二度目の蒼界の玻片を発動していたアリシスフェイルが熾月の方を振り返る。彼はこくりと頷くと彼岸花の形をした黄色の華を天から降らせ始めた。
 ひとつ、ふたつ。触れれば喉は声という音を失い、振り抜かれた拳は空を切る。
 かは、と音にならぬ血を吐いたエインヘリアルは、降り注ぐ狐花ごと原始の炎で焼き尽くすロティを見、その隣に肩を並べ立つ熾月たちを捉えて両目を眇めた。
「よそ見していて良いのかい?」
 朧に揺らぐは薄青の、虚空に踊る炎の腕。
 聞こえた穏やかな言に、背筋に爪を立てられたような悪寒が走る。
「―――つかまえた」
 それは絡ぐ、絡ぐ。焦がれる程に。
 ゼレフの”燭”を受け、上体を前のめりに傾いだ巨体。無防備な背中は絶好のチャンス。ひらり、翅で軽やかに舞いながらガトリングガンを構えたティニアは、爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を連射。蜂の巣にされていく躯体が、衝撃で踊る。
 アイリスはステップを踏んで前に出る。
「カワイイお花がこんなにたくさん! こんな小さなお花たちから蜂蜜を集めるんだから蜂さんってエライ。大事に美味しくするお店もスゴイ」
 だから。
「大事にしない人は、お帰り頂くよ!」
 空気を断つ一閃。残像すら美しいその軌跡。呪詛の乗った斬撃は狂おしいまでに重く、心臓を貫かれたかに思えるほどの酷烈を極めていた。エインヘリアルは身の危険をようやく感じ取ったらしい。大地に膝を突いていながら空いた手で雷を生み出し、殴り払おうとする。
 それでもかまわず、率先して身を呈し盾となるクラリスが敵の腕を拘束したまま、
「蜂蜜よりもずっと甘いものが、この世にはあるんだよ……教えてあげよっか?」
 エレクトロ調のサウンドと重く響くビートにも似た振動が、触れた指先から駆け巡り、動きが著しく鈍くなる。感覚すら奪われたような酩酊にも似た脳髄までの痺れ。
「”効く”なぁ、これ」
 回復はねーさんに任せ、涼香はここで一気にケリをつけようと、敵の死角に回り込むなり星型のオーラを蹴り込んだ。
 脇腹を鋭く蹴り抜かれ、バランスを崩した巨体への距離を一気に詰めたのはアリシスフェイルだった。彼女はとん、と軽く地を蹴って飛び上がると、そのたっぷりとした灰の髪を宙に揺蕩わせ――。
「はちみつが堪能できなくて残念ね」
 一太刀にて、斬り捨てた。
 胸部から噴き出した血が大地を濡らす。がくん、と両膝から崩れ落ちたエインヘリアルは、彼女に向けて拳を振り上げようとしていたところだった。しかし、そろりと視線を落とすとそこにあったのは武装ごと炎に灼かれた黒焦げのそれ。
 ちらちらと燃える炎を辿ると、その先には大気との摩擦により拳に炎を纏った壬蔭が、構えをほどくところであった。
「あーあ。あまい匂いがしたから『もしかして』と思ったのになぁ……」
 一口しか食べてないのに。
 そう言って、エインヘリアルの巨体がぱたんと倒れ込んだ。


「パンケーキと、フレンチトーストと、チーズケーキ……下さいな! さあ、色々蜂蜜かけて楽しむよ、楽しむよ!」
 たくさん運動したからお腹減っちゃった! と満面の笑みで誰よりも注文したのはアイリスだ。ご相伴に与るティニアはちょっと目を丸くしたけれど、すぐに破顔してはフレンチトーストに珍しいはちみつをたっぷりかけて、花を観賞しながら堪能する。
「食べたあとに飛べなくなるくらい太ったらどうしよう」
 そんな心配をしてしまったけれど、食べる手を止めることは出来ないのだ。

「看板になるくらいだもの、まずは蓮華草の蜂蜜からお試しね」
「林檎の蜂蜜……どんな感じなんだろ。――あ、ぴよ。まだ食べちゃダメ、すていすてい」」
「はい、こっちはロティの分ね」
 まずは蓮華草のはちみつをたっぷりかけて、ご褒美のパンケーキに舌鼓を打つのはアリシスフェイル、熾月、クラリスだった。テーブルには林檎やチョコレートなど興味あるものは全部持ち込んで、女子会の雰囲気で賑わいをみせている。
「分け合って食べればもっと色々食べれるわね」
「分けっこは正義だよね」
 胃袋の容量は有限なのがつらいところ、とお腹をさすっていたアリシスフェイルに熾月が微笑みを返す。ぴよもロティも、ふわふわ三段重ねのパンケーキにはちみつみたいに目がきらきら輝いていて、なんとも微笑ましい。
 友人達と過ごす楽しい憩いの時は、はちみつにだって負けない輝きに満ちている。周りを見れば皆の笑顔が溢れていて、クラリスも蕩けそうな気持ちで甘みを噛み締めた。

 花々のあいだ飛び去る微かな羽音に耳を澄まし、林檎の蜂蜜フレンチトーストを食すゼレフの瞳がやわらかくほどけている。
(「こんなにお洒落じゃなかったけど。甘い金色、ご馳走だったなあ」)
 テラス席で店内の仲間たちをやさしく見守りながら。ゼレフはひとり、かつてを思い描き、幼い頃によく食べた懐かしい味に記憶が色付くのを眺めていた。

「涼香さん何買う? 私は爽やかな風味の蜜柑が気に入ったから、これにしようと思うが……」
 テイスティングコーナーで味と香りを堪能していた涼香は、壬蔭からの問いに目を輝かせた。
「みかげさんは蜜柑? 美味しかったもんね。私はね、蓮華草。今日見たお花畑がとても可愛かったから」
 そう言って、陽光が差し込むガラス張りの奥を見やる。遮るものが何もない、小さな花々が咲き乱れる一面の蓮華草の海。カフェテーブルはヒールすることになったけれど、あの花畑に被害が出なくて本当に良かった。
 心からの安堵とともに戴くはちみつは、いつもより格別に甘く感じられた。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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