黒薔薇姫の庭

作者:深水つぐら

●お庭遊び
 その様に腰の抜けた男女はへたり込む。
 年の頃は十六、七だろうか。怯えきっている少女を少年が引っ張り上げると、周りの数名が叱咤する。その前にいる赤毛の少年は目の前の少女をねめつけていた。
「わかった。俺が負ければこのチームはお前の傘下に入る」
「ハハッ、それでいいのさ」
 そう答えた少女は闇に似た薔薇を左の目に宿していた。夜だと言うのによく見える黒い花を弄る相手に、赤毛の少年は鋭い視線を投げると、自身を奮い立たせる様に言い放つ。
「だが、俺が勝ったら逆だぞ」
「……できるもんなら、やってごらんよぉ。この【黒薔薇】の美耶に勝って、ねぇ」
 けらけらと笑えば、彼女の背後に控えた仲間と思しき少年少女達が笑う。その目がどれも怯えきっている事を赤毛の少年は気が付いていた。力の象徴である己の腕に纏わせた攻性植物が忙しなく動き始める事で、相手の実力が生半可なものではないという事を理解する。
「仲間が怪我しねぇ様に離れてもらう。いいな」
「お優しい事で。あたしは別に仲間が死のうが関係ないんだけどねぇ」
 ――だって、また集めればいいんだから。
 夜に浮かぶ三日月の様に笑った相手に、赤毛の少年は口元を結ぶと己が手に花を咲かせる。それは赤く美しい多花弁の花――。
「天竺牡丹の明、お前を討つ」
 赤毛の少年が、闇に向かって地を蹴った。

●再会
 見つけた時にはその姿に見惚れた。
 予知の可能性の報告を受け、かすみがうら市を確認したギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)の言によれば、少女はそれは見事な『黒薔薇』に育っていたという。
 その報告を聞いた小鞠・景(春隣枯葎・e15332)は、自身の予想が正しかった事に息を吐いた。
 それはかつて逃したデウスエクス――黒薔薇の攻性植物と化した者の行方である。
「叶うなら、と言う願いでしたが……」
「願えば叶わぬ事はない。だが、願いの為に動かねば何もない」
 そう言ったギュスターヴは景の瞳を覗き込む。思い描く事を掴むには、微かな確率であっても諦めない――その意志がめぐり合わせたのかもしれない。
 今回、該当するデウスエクスが関わるのは、昨今起こっているかすみがうら市の若者のグループ同士の抗争事件だ。どうやら前回と同様に、攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した別のグループと争うらしい。
「デウスエクス同士の決闘では、敗北してもコギトエルゴスムになるだけだ。だが、グラビティ・チェインの豊富な地球では復活も早い。 復活した者は勝った者の傘下に入っていく事になる」
 この抗争が繰り返されれば、いずれかすみがうらの攻性植物はひとつの集団に統一されるだろう。それはつまり、デウスエクスの強力な組織ができあがるという事。
「防がねばなりませんね」
 景の言葉にギュスターヴは頷くと、事件の概要について話を進める。
 事件の舞台となるのは、かすみがうら市にあるとある公園だ。その中にある仕切りの無い3on3のバスケットコートに、攻性植物化した者達が集っているという。
「集うと言っても、対立する両グループを入れても十名以下だな。どうやら黒薔薇とやらはグループ内で――『間引き』を行ったらしい」
 間引き――その言葉にギュスターヴは嫌悪の色を表す。その事実が何を意味するのかは推て知るべし。
「以前よりも気性が荒くなっているという事、でしょう」
「ああ、同時に限度を忘れ始めている。今、『間引き』された者に死者はいないが、今後もそうだとは限らん」
 かつて対峙した際は、グループから応援される人望があったのだが、今度は違うのか。恐らく、今回の仲間達はケルベロス達との戦いが始まれば、勝手に逃げていくだろう。
「今回対立するグループも、ケルベロスと名乗ればリーダーが……天竺牡丹の明と呼ばれる彼が逃げるように指示するだろう」
 警察から逃がす感覚だろうか。恐らくは自分が盾になり、ケルベロス達を攻撃するようだ。決闘の場に乗り込む形だが、ケルベロスとしての立場を明らかにした方が一般人に裂くリソースは減るだろう。
「そうなると、攻性植物二体を相手にする事になりそうですね」
「いや、そうとも限らん。逃がした後の言い方や、黒薔薇をどう動かすかで変わる可能性もある」
 そう言ったギュスターヴは、手帳をめくると情報を読み上げた。
 どうやら黒薔薇は気性が荒くなっているせいか、以前よりは冷静に判断せず、力任せにねじ伏せる様になっているらしい。若干ねちねちした邪推の癖は残っている様だが、それでも以前よりはケルベロス達の言葉を真に受けて行動する様だ。
 対する天竺牡丹の明は、責任感が強く単純で真正面からぶつかるタイプらしい。言いくるめるならこちらが容易いか。
「どうするにしろ、二体を同時に相手した場合、勝つのは難しいだろう。一人討ち取ればいい、焦らずにな」
 ギュスターヴは手帳を閉じると、集まった一同へと視線を投げていく。
 きっと、自分の望む力を勝ち取れると、信じて。
 だから、送り出すのだ。
「君らは希望だ、悔い無き様に進んでくれ」
 黒龍は願う様にその眼を閉じた。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
メイベル・メイヤー(ダーティーリード・e02726)
世良・海之(碧の道先・e02888)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
ガブリエラ・フォルトゥナ(今どきのフサリア・e19763)

■リプレイ

●音合わせ
 それは一種の逢瀬の様だった。
 取り交わした言葉達に男女が頷き、間合いを開く瞬間にかの騎士は声を飛ばす。
「見つけたぞ、黒薔薇の美耶!」
 朗々と響いたシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)の声に、その場にいた者達は振り返った。その視線を真っ直ぐに受け入れた彼女の隣へ、ガブリエラ・フォルトゥナ(今どきのフサリア・e19763)は駆け寄るなり、はっきりとした言葉を放つ。
「その勝負待った! 黒薔薇の美耶と天竺牡丹の明、だな」
「……お前らなんだ」
 赤毛の少年――天竺牡丹の明が問いに答えると、不意に少女が笑い声をあげた。左目に薔薇を咲かせた彼女の視線は眼前に立つメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)とメイベル・メイヤー(ダーティーリード・e02726)に注がれている。
 黒薔薇の美耶と呼ばれた少女とメリーナの視線が合った。劇場に立つ時とは異なる顔のメリーナにはいつもの陽気さはなかった。
「……参戦をお許しいただけませんか、明君」
「あぁん?」
「そこの黒薔薇は我が同胞を瀕死の状態にしてくれた憎き仇。貴殿が黒薔薇を討ってしまう前に、私たちの手で同胞の仇を取らせてはもらえないだろうか」
 恥を偲んでお願いする――そう続けたシヴィルに、黒薔薇の美耶はころりと笑った。
「仇、ねぇ……クククッ、どうせ自分達の都合を押しつけようとしてるだけだろ。だって、お前らは……」
「はいはいケルベロスケルベロス」
 黒薔薇の言葉を遮ったのはノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)だった。口上を言わせてやったんだとばかりに手を振ると、美耶の顔に矢を装填していない機械弓を向ける。
「ただあんたを討ちに来ただけ」
「ああ、私達は黒薔薇の美耶を殺しに来ただけだ!」
 ガブリエラの言葉の後に、周囲の仲間達が悲鳴を上げた。ケルベロスの名を聞いて、警察の様に自分達を取り締まりに来たと思ったのだろう。その素直な反応は黒薔薇の美耶の連れていた仲間達が、逃げるという事で顕著に表していた。もしかすると、『逃げ出す』チャンスだと思ったのかもしれないが――。
「お前らも逃げろ」
「明を置いていける訳ないだろ!」
 その声にノーザンライトはちらりと天竺牡丹の明へ視線を向けた。
「明だっけ……あなたは別にいい。仲間を守りたいだけなら追わない」
「私たちが狙うは黒薔薇のみ」
 同じく世良・海之(碧の道先・e02888)がそう告げると、フォローする様にレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)も口を開く。
「ああ、そうだ。明くんは無関係だ」
「無関係?」
 レオンの言葉に、天竺牡丹の明が不快が混じった声を上げた。だが、すぐにシエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)が綻びを拾い紡いでいく。
「私達は明さんと戦いたくないんだよ」
 共に添えられた瞳は真っ直ぐに明へ向いていた。可愛らしい少女に視線を向けられ、一瞬頬を赤らめた明だったが、すぐに首を振る。その様子に思わず口元を緩めたメリーナも、姿勢を正すと黒薔薇の美耶へと視線を投げた。
「それにグループ抗争、なんてある種彼女が『きちんと』動くの、今だけですよ」
 そう告げた途端、黒薔薇姫の口元に笑みが生まれた。

●濁流
 黒薔薇の美耶。
 その名前以上に、彼女がどんな人物だったのかは知らない。だが、仲間が死のうが関係ないと言い出した事から、以前よりも性質が悪いモノになっている事は明白だった。
 自らのグループを育てる抗争であるというのに、仲間を排除していては、人間以前にグループとして終わっている。それはもはや抗争ではなく、ただの戦争だ。
「彼女の危険は『かつて辛酸を舐めさせられた』私たちには痛い程――」
「わかるって言うのか」
 メリーナの言葉を明が次ぐと、ガブリエラが深く頷く。
「勝負の邪魔をして悪いが、ケルベロス八人がかりでやらなきゃならない相手なんだ」
 だからこそ、この場から仲間の安全の為に逃げてほしい。そう促す彼女にシエラはさらに付け加える。
「黒薔薇さんって以前は人望が厚い人だったのに、今では人柄が変わって、仲間を間引くような人になっちゃたんだって。きっと普通の人が攻性植物を宿すと心も体も少しずつ侵されて、最後はデウスエクスに全部乗っ取られちゃうのかも」
「明くんも黒薔薇のように仲間を手にかけるようになる」
 レオンの言葉に天竺牡丹の明は弾かれた様に顔を向けた。その一端を興味だと理解した海之は、彼から目線を反らさず落ち着いた声音で話し掛ける。
「攻性植物はいずれ、貴方の心を支配する。……貴方は、自分の大切な物がなにか、気付いているはず」
 だから、今日は敵対する意思はないと物語る目に、少年の唇が強く噛まれていくのが見えた。
「仲間を手に……心も体も支配ってどういうことだよ……?!」
 吐かれた言葉は混乱の色を含んでいた。その意義を上手く弄んだのは黒薔薇を弄る少女だった。
「『これ』がねぇ……そんなの聞いた事ないねぇ……あ、もしかして、この植物ばら撒いてんのあんたらなの?」
 それならば話が合うねぇ――三日月の様な微笑みで、煽る様な言葉が歌われる。
 実際に攻性植物が装着者を蝕むかは、確たる立証がないのでわからないのが事実だ。それ故に可能性ははったりにも使えるが、今回の様に逃がしたい装着者への説得に盛り込むには、いささか危ない橋だった。
 少年達が不安げな視線をケルベロス達へ向けると、口を開いたのはメイベルだった。
「明とはいずれ戦うことになる。攻勢植物に手を出してしまった以上、人間の世界に君の生きられる場所はないからな」
「……ばら撒いてるってのは否定しねえのか」
「私達はケルベロスだ。それ以上でも以下でもない」
 ケルベロス。人類の希望である自分達がそんなことをするはずがない。そう告げる真っ直ぐな言葉だった。
「この突然の頼みが、貴殿の面子を潰してしまうことは重々承知している。それでも、私はどうしても仇を取りたいのだ。この通りだ。頼む!」
「無礼は承知、手助けしろとも手出しするなとも申しません。どの決断にせよ、天竺牡丹にはこの場で一切干渉しないとお約束します」
 土下座を始めたシヴィルと真摯なメリーナの言葉に明は黙り込むも、黒薔薇姫は嘲る様にくすくすと笑った。
「あー、ヤダヤダ。口先ばかりのケルベロスぅ!」
 かつて自分もそう言われた。今は味方するが、あとは敵であると――以前より取繕わぬ分ましだと告げた黒薔薇の美耶は、天竺牡丹の明に向かって小首を傾げた。
「逃げてもきっと、誰か抜け駆けして殺しに来るさ。だったらいっその事あたしと……」
「追わないという真実に、貴女の意見を付け足して。さもそれが真実みたいに言うな……性格ブス」
 ノーザンライトの言葉に、黒薔薇姫は目を見開くと魔女をねめつける。そんな彼女にストップをかけたのは明だった。
「きゃんきゃんうるせえ。要するに黒薔薇、てめぇは恨み買い過ぎなんだよ」
 言って少年は仲間に顔を向けると、もう一度逃げる様に告げた。
「因縁が在るヤツが仇取りに来るのは筋だ。だが俺も勝負を受けた以上、あとには引けねぇ。目標は一緒ってんなら競争すりゃ文句ねぇだろう」
 そういて自身の腕に咲かせたのは天竺牡丹。
 その鮮やかな赤が、目を引いた。

●狂乱
 花が咲く。闇よりもなお暗き色は、棘の中に深く咲く。
 黒薔薇姫は掌に絡んだ攻性植物を地面に這わせると、蔓の波を生んでいく。一気に溢れていく蔓は、前衛を守るケルベロスへと向くと、その最前線にいたレオンの足を捕えていく。
 絡み付きながら上る薔薇――その一片に向けてレオンは冷静に己が鉄塊剣を振り翳す。
「かくして刃は錆び付き、剣は砕けて気高き御身は倒れ伏す」
 呟きが影を生んだ。其は溶ける様な闇の欠片、瞬く間に蔓を侵食すると見えない圧となってその動きを止めた。そうして振るわれたレオンの刃が蔓を引き裂けば、自由になった身と共に飛び退いた。
 その間にノーザンライトの視線が黒薔薇姫の顔へを注がれる。
 最初から最後まで狙うのは、闇よりもなお暗き薔薇――地に伏せたまま狙いを付けた彼女が引き金を引いた。
「植物風情が……死ね」
 神々をも殺す一矢が、漆黒を纏い放たれる。
 黒薔薇姫のその顔に血が弾ける。
 玉の様に溢れていく鮮血に、ノーザンライトの内心が冷えた。
 本心としては殺すのは嫌なのだ。それも年下であれば尚の事である。だが、『死は完全なる終わり』と考える彼女だからこそ、殺らなければならない事を知っている。
 そんな魔女の心中を知らずに、黒薔薇の美耶は奇声をあげて植物を揮った。荒く伸び行く蔓の先には、咲いては散りゆく黒き薔薇の群れが見える。
「駄目ですよ、女性はもっと優美に繊細に柔軟に――なーんて、冗談。そんなあなたも、実はあんまり嫌いじゃないですよ」
 おどける様に呟いたメリーナは、ふっと一瞬の息を吐いた。
 自分はどれだけ黒薔薇を知っているのか。いや、彼女の一部分しか知らない。それはこの事件を予測した灰の春隣枯葎も一緒だろうか。
 だが、それでも追いかけたいと願った。
「メリーナ、回復は任せた!」
 思考の海から引き戻したのは、シヴィルの声だった。
 慌てて戦場へを意識を向ければ、ケルベロスチェインを展開させる。癒えゆく仲間の背を望み、負けられないのだと自信を叱咤する。
 前へと進むシヴィルがチェーンソー剣を揮えば、黒薔薇姫の顔が歪んだ。一瞬のよろめいた彼女の腹を、瞬く間に攻性植物が覆うと笑い声が上がる。
 同時に生まれたのは黒い花。これでもかと周囲へ渡った途端、黒薔薇姫の戯言が歌われる。
「ほぉら、気合入れないと死んじまうよぉ!」
 眠りを誘う芳香がメイベルと天竺牡丹の明を襲う。僅かな意識の揺らぎを感じたメイベルが見たのは、薔薇の香を振り払う様な少年の咆哮だった。
 戦いが始まる前に、彼ははっきりとこちらに手は出さないと言っていた。それが本当かどうかは疑わしいと思えばこそ警戒はするのだが、それが杞憂と言う様に約束は守られていた。
(「この実直そうな少年は、攻勢植物の跋扈するかすみがうらで、仲間を守る力を欲したのかもしれない」)
 横目で天竺牡丹の明を盗み見たメイベルは、その思いを愚かだと思った。だがそれもまた、『人の心』が由縁であるという事を知っている。
 ちり、と自身の胸を焼いた言葉を捨てメイベルが放った一撃に、海之は己の縛霊手から光を解き放って援護する。
 上がる血飛沫が仲間の物ではなくとも胸を締め付けた。
 傷付く仲間を見るのが苦かった。けれど、生まれる思いは何か引っかかる。叫ばぬ様に口元を押さえ息を吸った。
「これ以上貴女の好きにはさせない……っ」
 小さく気を吐いた海之の前で、黒薔薇姫は哄笑を響かせて膝をつくと蹲りながら大量の蔓と花を戦場に這わせた。その花弁には黒とも見える血が付いている。
 もはや自分の状態を顧みる冷静さはないのだろう。薔薇の苗床の様になった黒薔薇姫が放った花達が、我先にと向かったのはシエラ――だが、己のサーヴァントと共にガブリエラが攻撃を防げば、その一撃も露と消える。
「あなたは、あなたはもう休んでいいの」
 手にした光は美しい剣だ。漆黒を切り裂く様に、シエラが刃を揮った瞬間、黒薔薇の美耶は絶叫した。

●幕引き
 人間の死なんて、そうそうあっていい物じゃない。
 誰もがそう願うが、世界はそうはいかないのだ。
 それを見せつける様に、黒薔薇の美耶は己の切り開かれた体を仰向けにしたまま、ひゅうひゅうと息を吐いていた。
「あ、あ、あ……」
 漏れ出る言葉を掴もうとする彼女に、震えた攻性植物はもう一度集まると、その頬へと這っていく。うごめく薔薇の蔓がこねくり回り、やがて蕾を象ると、彼女の左目に再び薔薇の花が咲いた。
「閉幕ですよ」
 その花を触ろうとした。
 だが、そんなメリーナの手を、逆に黒薔薇姫が掴み取る。
「お前らは、あたしという、人を、殺したんだ……」
「ちがう、あなたは人じゃない」
 告げた海之は震える手を握っていた。
 仲間を殺してまで、血を求める理由が、わからない。命を屠る事に迷いも恐れも感じない様に見えるこの少女は人間じゃないのだ。そう思うのに、唇が戦慄く。
「ひと、じゃ、ない……?」
 驚いた様に自分の手を眺めた者――その様は美しい少女の顔だった。
 おそらくは彼女が『仲間』と共に過ごした時はこんな愛嬌のある驚き顔もしたのだろう。人で在る故に抱き咲かせる事が出来る表情。
 その花が、今咲いた。
 けれども、もうその手は人の物では無い。在るのはだらしなく伸びた蔓だけだ。だが、その中から僅かに残る『指』を見つけた少女は、力なく笑った。
「ちがう、あたしは……ほら……指、だって……」
 ひゅ、と息を吸う音がした。
 その後に静寂が落ちると、海之は唇を噛む。
 この姿をどう捉えたらいいのだろうか。
 泣くべきなのか、笑うべきなのか、誇るべきなのか。
 その答えは自分で出すしかない。
「……覚えて、生きます。私が殺した貴方と、貴方を殺した私を」
 少女の目を閉じようとメリーナは手を伸ばすが、その表面が風に煽られて砂へと溶けていく。
「わたし達、何と戦ったんだろ。美耶か、攻性植物か、こんなものを流行らせた何者かか。胸糞悪い」
 魔女帽を深く被り直したノーザンライトの呟きに、誰もが息を吐いた途端、別の方から声がした。
「お前ら、ずっと明って呼んでくれたよな」
 天竺牡丹の明――その顔は空を向いていて何も見えない。ぶら下げた手からぞるりと攻性植物が這い出ていた。
 そのまま連戦と思っていた者もいた様だが、すっかり戦意の抜けた少年の姿に誰もが彼を見逃すのだと理解した。
 共闘の礼をシヴィルから受けた少年は、その後に続いた彼女の言葉に唇を噛み締める。頼る相手が違うのではないか――彼が欲した力は攻性植物でなくとも良いと言う事。そこまでして守りたかったのは、仲間なのだろう。だが、その言葉は彼の内情を知らない以上、理解できないものだ。
 訪れた静寂を破ったのはレオンの言葉だった。
「その植物は宿主を喰らう。キミもいずれ壊れるだろう」
 だが、忘れず諦めずにいてほしい。
 その言葉に少年の顔がようやくケルベロス達に向いた。
「いつか、人でいられなくなる前に声をかけるか言伝を頼んでくれ」
「何が出来るか分からないけど……たぶんきっと力になれると思うから」
 ガブリエラの言葉にシエラも声を掛けていく。
 その言葉達に『明』は笑った。
「『俺』がいなくなったら止めてくれるか」
 咲き誇る天竺牡丹を掌に咲かせると少年は歩き出す。
 その言葉にケルベロスはどう答えたのだろうか。
 去り行く少年の背中を、メイベルは最後までずっと見つめていた。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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