夜もすがら~なつみの誕生日

作者:絲上ゆいこ

●4月15日、夕
「まぁ、こんばんは」
 天目・なつみ(ドラゴニアンのガジェッティア・en0271)は、緩く手を降り。
 大きな翼を畳んで近づいてくると、そうだ、と瞬きを一度。
「ね。今晩、予定は空いているかしら?」
 尋ねたなつみは、悪戯げに笑いながら首を傾いで。
「ふっふっふ。今晩はね、一緒にバーに行きましょうよ!」
 なんて。
 隣で速度を合わせた歩みに、尾を楽しげに跳ねさせた。

●夜宴
 夜の帳はピカピカ瞬く星々を引き連れて、街に落ちる夜の色。
 今日は特別で、何でも無い夜だから。
 例えば、一人で。
 例えば、家族と。
 例えば、仲間と。
 例えば、友達と。
 例えば、恋人と。
 ――特別で何でもない夜を、どうやって彩ろうか。


■リプレイ


 一仕事終えた後の身体はくたくたで、お腹だってぺこぺこ。
 それでも、あなたの『美味しい』の声が聞きたいから。
 さくらは玉ねぎに手を伸ばし。
「ヴァルカンさん、リクエストはあるかしら?」
 買い物カゴを手に彼女の横を歩むヴァルカンは、ふむ、と。
「そうだな、春野菜料理なんてどうだろう」
「なるほど」
 さくらは抱えたキャベツとにらめっこ。
 パスタも良いけれどがっつり回鍋肉も捨て難い、意見を求める様に彼を見やると。
「あら、……アスパラのベーコン巻きで晩酌も良いかもね」
 彼の視線がアスパラガスに向いている事に気がつき、首を傾いだ。
「ふふ、ならば酒屋にも寄らなければな」
 尤もさくらが作る料理であれば何であっても美味いと思うが、なんて彼が付け足すものだから。
 さくらは更に笑みを深めて、金色を見上げる。
「それは楽しみね」
 一緒のお仕事をして。
 一緒に買い物をして。
「週末は天気が良かったらお花見したいなあ」
「ふむ、少し遠出をするのもよいかな。……そう言えば映画も観たいな」
「あ、前行ったバーは?」
「久々に家でゆっくりも良いかもな」
 ネットで話題のあの場所、あのテーマパーク。
 一緒に他愛もない話を重ねて。
「……ねぇ。手、繋いでも良い?」
「勿論」
 大切なのは、最愛の君が隣に居る事。
 この愛しくて幸せな、何でも無い日の帰り道。
 ――ああ、今日も良い日だ。

 渚の潮騒と共に吹き抜けた風に柔らかな長毛が揺れる。
「Piacere Ami、Sono Luce」
 エヴァンジェリンの愛犬アミに、ルーチェが目線を合わせ挨拶するとアミは元気なお返事。大きく揺れる尾に笑った彼は、立ち上がりながら髪を結い。
「さぁ、全力で遊ぼうか!」
「うん、兄さん、アミ。……行こう」
 そして重力を忘れたかの様に跳ね回るルーチェを追って、尾を大きく振りながら楽しげに駆けるアミ。
 エヴァンジェリンも彼らの背を追って、砂浜を駆け出した。
「エヴァ、付いてきてる~?」
「な、なんとか……」
 二人を追う彼女はへろへろ、確実に戦いの時より走っている。
 何とか岩場の頂点に到着した頃には、ルーチェは余裕の顔で褒めてと飛びつくアミを撫でていた。
 息を整えて顔を上げれば、朱を引き連れて夕陽が水平線へと沈みゆく姿。
「――ずっと眺めていられるね」
「僕、この時間帯が一番好きなんだよねぇ……。そう、日本では魔物が蠢く時間、らしいよ」
「誰そ彼の魔物、だっけ」
 片眼鏡を外したルーチェは、水平線を指差して薄く笑い。
「ほら、エヴァ。姿を現したよ」
「……何か、見えるの?」
 兄は内緒の指、悪戯げに笑むばかり。
「さ、ちょっかい出される前に、Aperitivoにしようか?」
「……うん、そうだわ。良いお店があるのよ」
 帰り道はゆっくりと夕陽を見ながら歩こう。

 木香薔薇の溢れる軒先に、美味しい香り。
 天使の置物、調理器具の散らかった流しに、張り出されたレシピ。
「……遅いな」
 陣内は鍋を混ぜながら時計を見やり。
 文化祭の準備があるとは聞いている――電話をするのは少し過保護か、なんて小さく尾の先を揺らし周りを見渡した。
 ――しかし、あれだけ汚すのが嫌だと思っていたのにな。
 料理が苦手な訳では無かった。
 随分長い間キッチンに立つ事が出来なかったのは、想い出の亡骸と向き合う勇気が無かっただけだ。
 それでも、大事な人と明日を。来年を、もっと先まで歩むと心を決めた。
 だから今日も彼は、手際は悪くとも二人の食事を作るのだ。
 黄昏の町並みを、足早に歩む。
 夕焼けの後ろから、随分と夜の色が迫りだしていた。
 ――あかりの美術部は、文化祭の裏方役として引っ張りだこ。
 演劇部に頼まれた書き割りの城を皆で仕上げていたものだから、帰りがすっかり遅くなってしまった。
 心配させちゃうかな、時計を覗き込もうと腕を上げた所で手首に付いた絵の具が気がついた。
「……」
 思わず笑ってしまう。
 ――ああ、こんな『普通』を過ごせるのは、タマちゃんが晩ご飯を作ってくれる様になったからだね。
 早く会いたいな。
 ただいまって、早く言いたい。
 他愛もない話を、早くしたい。
 あかりは制服を翻し、町を駆け出す。
 あの軒先は、もうすぐ其処。

 お風呂上がりの身体に、窓から流れ込む夜風が心地良い。
 周りで飼い猫達が寛ぐソファに二人並んでテレビを眺める、布団に入るまでの何でも無い時間。
 テレビの中では賢い犬が尾を振って飼い主を起こそうとしているシーンで、その問題発言は飛び出したのであった。
 いじらしく愛らしい姿に、ラウルは青い瞳の眦を緩め。
「やっぱり犬も可愛いよね。飼ってみたいなぁ……」
 彼の言葉にシズネは大きく瞳を見開いた。
 いいや、彼だけでは無い。
 飼い猫達も目をまあるくしてぴんと耳と尾を立てたまま、じりじりとラウルの元へと集いだす。
 その様子にラウルが何事かと口を開く前に。
「もしかして猫に飽きたのか!?」
 シズネが耳と尾で必死にアピールしながら問うものだから、思わずラウルの頬は緩んでしまった。
「もしかして……ううん、もしかしなくてもさっきの言葉、気にしてる?」
 嬉しげにはにかむラウルは両腕を大きく広げ、そのままシズネと猫をひとまとめにぎゅっと抱き寄せて、彼の獣耳をぺたんと倒すみたいに頬を埋めた。
「此処にいる皆が1番好きだよ!」
 その言葉に溢れる幸せに。
 花がぱっと開く様に笑ったシズネに、猫達もごろごろと喉を鳴らしだす。
「本当か?」
「勿論だよ」
 にあ、と猫達も甘えた声。
「そうか、そうだよなあ」
 ――いちばん、いちばんかあ。
 それはとても心地よくて、とても幸せな言葉。

 ケルベロスとしての活動は大切だ。
 しかし学生である以上学生時代にしか感じられぬ事もきちんと感じて欲しい、と清士朗は願っている。
「ほう、少し物が増えて来たか」
 だからこそ素朴な部屋ながらに少しづつ増えた物達は、記憶の無いエルスが得た新たな経験の様に見えて清士朗は笑う。
「ねえ、清士朗様。そろそろ映画をみましょう」
 ポテトチップスにコーラ、大きなクッションにおやつも準備完了。
 エルス一人では見る勇気は無いけれど、二人ならきっと大丈夫。
 そうして始まった、二人の少し怖い映画の鑑賞会。
「やはりのり塩味に限るな」
「私はトマト味が好きですー」
 最初こそお菓子を食べながら軽口を交わす余裕があったエルスだが。
「……ひゃっ」
 おどろおどろしくなる展開。両手で目を隠して、指の隙間から画面を覗き込んで。
「うにゃっ!」
 ぴゃっと清士朗の懐に潜り込み、きゅっと身体を縮こまらせる。
 そんな彼女を撫でて彼はくすくす笑い、そうして辿り着いたエンディング。
 エルスはほっと息を吐いて、続いて訪れた後悔に眉を寄せた。
 これは、今夜は寝れないかもしれない。
 それでも何でも無い顔をしようと――。
「ふむ……、良い感じに眠気が来てしまったな。今日はこのまま部屋に泊めてくれるか?」
「え、あ、勿論OKです!」
 彼の助け舟に、エルスの表情はぱっと明るくなるのであった。


「ねぇ、たまには飲みに行かない?」
 エアーデの誘いに、歩みだした夜の道。
 都会の空で瞬く星の数は、けして多くは無い。
「流石にもう春の夜空だな」
「そうね。街の中だから今は獅子座だけ見えるわね」
 空を見上げた銀河に倣う様に、エアーデも空を見上げて交わす言葉。
「そうだな、それもうっすらと形が分かる程度だけどな」
 銀河が肩を竦めて相槌を打てば、エアーデは思いついた様に振り向いて笑った。
「ねえ、銀。帰りに星を見に行かない? 良い場所を知ってるんだ♪」
 いきなりの提案。銀河は瞬きをひとつ重ねてから、ふ、と笑い。
「あぁ、良いかもしれないな。……そう言えば、星空を見るのは久しぶりだ」
 銀河は『あの日』以来、ゆっくり星空を眺める事も無かった。
「ふっふっふ、約束よ」
 あの店も気に入ってくれれば良いけれど。
 元気に返事をしたエアーデは、ステップを踏む様に。
 互いの友情を繋いでるのは輝く星達で、人の絆も星達が運んでくると彼女は信じている。
 だからこそ彼女は歩みながら星に願う。
 ――彼の歩みが止まらぬ事を。
 盟友が早く元気になる事を。
「あぁ」
 命はいつか星に帰る。
 しかし星の輝きは長く長く輝くものだから。
 だから、まだ大丈夫。
 頷いた銀河は、先を行く盟友を追う様に大きく歩みだす。
 ――さあ、行こうか。
 後ろを振り返る時間はもう終わりにしよう。

 星はいつでも君を見守っているなんて。
「やっと捕まえた、シグナ・ローゼットさん」
 いつもの一杯、いつもの夜。
 その夜はシグナにとって、いつものバーで過ごすいつもの時間である筈だった。
「ううん……お父さん」
 破られた『いつも』。
 それこそいつも考えていた娘が目前に、居る。
「……なん、で」
 驚きに見開かれた瞳に、絞り出すような声。
「前に聴かせて貰った曲から調べたの、お父さんの仕事仲間にも会って色々聞いたよ」
 あの時の音楽家さんが誰か、ヴィヴィアンはもう全部知っている。
 ネットって凄いんだからと笑って彼の横に腰掛ける彼女に、シグナはもう両手を上げる事しか出来ない。
「それはもう降参するしか無いな……しかし、オレは『お父さん』なんて呼ばれることは何一つしていないぞ」
 何故彼女は笑えるのか、シグナには理解が出来ない。彼女を護れなかった、それなのに。
「ううん。お父さんの支援があったから、今のあたしがいるの」
 首を振った彼女は一杯注文を。
「ずっと辛かったんだろうなって……今ならわかるから。あたし、ただただ会えて嬉しいよ」
 20年ぶりの親子の再会に、と乾杯に掲げられた杯。
「……そうか、大人になったんだな」
 目頭が熱くなるのを誤魔化す様にシグナもグラスを掲げた。
「話したい事は一杯あるの。覚悟してね、お父さん♪」
 夜はまだまだ、長いのだから。


 鉱石ランプに照らされた店内。
 セツリュウは細く息を吐いて、首を振る。
 一度は愛した者を斬った――あの日より、思う程には月日は経っては居ない。
 酷く心は凪いでいる。
 しかし、決して癒えた訳では無い。
 その中でも巡る思考の中に浮かぶモノは不思議と――。
「……ふ、よし。呼んでしまうか」
 翠玉カクテルの中で、溶けた氷が転がる音がした。
 次々と浮かぶのは、優しき友の顔。
 目を輝かせた顔、こういった事に詳しい顔、――教えてくれた顔。
 彼女の中に巡るのは、眩しさにも寂しさに似た友を思う心持ちだ。
「……独りなど、もう某には似合わぬな」
 携帯を手に、セツリュウはその唇に笑みを宿した。
「えっ?」
 騎士典範不文律ひとつ。騎士たらん者は、美女のお願いを断ってはならない、なんて。
 なつみと店に訪れたランスルーは、目を丸くしていた。
 そう、今日のお店は20歳『以下』飲酒不可。
「いいや、マスター。俺にも飲める飲み物をくれるかな?」
 OKボーイ、と差し出されたのはよく冷えたミルクだ。
「あはははっ。せめて鉱石を出してあげて……!」
「……笑いを提供できた事で俺は満足さ」
 笑いを噛み殺す事に失敗したなつみは大笑い、首を振ってランスルーはミルクを一気に煽った。
 あえて詳細を見ずに互いの印象で鉱石を選び合おう、と。
 メニューを指差し注文した二人の前へと、届けられたカクテルは色鮮やか。
 物珍しそうに横から、上から、グラスを覗き込む雨祈。
 それは紫陽花の様に、青にも紫にも見える。
「へえ、何となく黒とかになると思ってたんだケド」
 角度毎で色が移り変わるタンザナイトをイメージしたカクテルゼリーだ。
「あ、でも、見え方が違うって言う不安定さは、確かにフラフラしてる俺っぽいかも」
「目の色からの連想だったんだけど……、確かに空の色の気侭さも似てるかもね」
 どう、と杯を持ち上げて揺らした雨祈に、ミレッタは兎耳を揺らして小さく笑って。
「それで、雨祈さんから見た私はこんなイメージなのね」
「そうだね、単純だけど森のイメージで、すぐ緑ってのは浮かんだんだけどさ」
 しかし、翡翠というのも少し違う、と。選んだのはペリドットのフローズンカクテルであった。
「んー。陽の当たる若葉みたいで嬉しいわ、いつでもこんな風に活き活きしていたいわね」
「うん。パキっとした鮮やかさが、らしいなって」
 飄と笑った彼と、ミレッタは顔を見合わせて。
「……それはそうとそろそろかしら?」「うん、そろそろかな?」
 その瞬間。
 あちらのお客様からです、となつみへ差し出されたヘリオドールカクテル。
「ふふ、一度これやってみたかったのよね」
「互いに良い夜になるとイイね」
「わああ、ありがとう!」
 手を振りあい、お誕生日おめでとうと乾杯を。
「来年は君と一緒に酒が飲みたいものだ。できれば二人っきりで、な」
「それは楽しみねえ」
 なんて、ランスルーになつみは笑った。


 仕事の帰り道。夜桜が見たいと言うものだから。
「はー疲れた疲れた」
 コンビニ袋からさくらラテを取り出したサイガがブランコに腰掛けると、きいと鎖が軋んだ。
 前に見た桜は満開だったが、頼りない灯に照らされて今にも緑に着替えてしまいそうな桜はとても寂しく見える。
「これはこれで、フゼイがある。というやつか」
 同じくさくらラテ、逆の手には三色団子を装備したティアンは団子を飲み込み。
「二人してさくらラテなんておしゃんなモン飲みやがって。春を堪能してんじゃねーの」
 思考を掻き消す様に積もった薄紅をブーツで踏んだダイナは、ブランコ前の柵に腰を下ろす。
「ちなみそれうまい?」
「さくらラテ様はちょーーうまい」「おいしい」
 お返事にダイナは内心興味津々、しかし平静を装い。
 そんな彼の心を知ってか知らずか、降る花弁を一枚摘んだサイガはそのまま口に放り込み。
「……やっぱこっちは味しねえんだよなあ」
 口直しにとフランクフルトを一口。
「ならば桜味って何味だろうか。……こっちも食べる?」
 素朴な疑問と同時にティアンは、二人へ団子を差し出す。
「お、くれんの?」
 ダイナが白い団子を取れば、ぴると耳を揺らすティアン。
「皆で食べる方が、おいしい」
「おーおー。さっきあんだけ暴れといて、よくもまぁ食欲おありで」
 軽口を叩きながらサイガも緑色の団子をもぎ取り、上を見る。
「返すモンは……、ああー。俺の分もダイナがオシハライしてくれるってよ」
 あ。そうだ、葉と味比べしてみるか?
「別にお返しが欲しくてあげた訳じゃない、けど」
 けど。ティアンはダイナを見やり。
「……ティアンのためといわれちゃ断れねーだろ」
 肩を竦めた彼は、次を楽しみにしときな、なんて。
「そうか、たのしみにしている」
 どこか満足げに頷いたティアンは、思い出した様にデジカメを構えてパシャリ。
 葉を手にブレブレのサイガ、片目を瞑ったダイナ。
 ――今日も今日とて、皆なんだかんだ生きているものなのだ。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年5月1日
難度:易しい
参加:21人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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