植物の怪

作者:雪白いちご

●事件現場
「なんだァ、オイ!」
「やんのか、コラ!」
 とある廃墟でアウトローな若者たちが抗争しているようだ。
 凶器もありの殴り合いを繰り広げ、そろそろ勝敗が決しようとしたとき、敗色濃厚だったグループのひとりが声を上げた。
「くっ、このままじゃ……! 先生、頼んます!!」
 すると、それまで殴り合いに参加していなかった男がゆっくりと腰を上げた。
「な、なんだ、てめえ……!?」
 先程まで勝利を確信していた若者たちの瞳に恐怖が浮かぶ。
 そして、次の瞬間。若者たちは、全身が植物と化したその男に容赦なく殺害されてしまうのだった。

●異形の影
「茨城県かすみがうら市は、近年急激に発展した若者の街です。近頃、この街では若者のグループ同士の小競り合いが多発しています。もちろん、ただの抗争事件なら、ケルベロスが関わる必要はないのですが……」
 ヘリオライダーのセリカ・リュミエールは微かに眉を寄せながら、はっきりと告げた。
「その若者グループに、デウスエクスである、攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した者がいるようなのです」
 攻性植物と同化したひとりを除き、他の若者はただの人間なので、まったくもってケルベロスの脅威にはならない。
 むしろ、攻性植物とケルベロスが戦い始めれば、勝手に逃げていくはずだ。
「彼は若者たちに『先生』と呼ばれています。腕をハエトリグサのように変形させて毒を注入してきたり、蔓草のような触手に変形させて締めつけてきたり、光る花を咲かせてそこから破壊光線を放って来たりするようです」
 セリカは静かに言葉を続ける。
「……彼は攻性植物の絶大な力に酔い、殺人を繰り返しています。彼自身の本性が邪悪だったのです。救うことはできず、倒すしかありません。どうか覚悟を持って臨んでください」
「ああ。デウスエクス・ユグドラシルを野放しにはしておけない。必ず撃破しよう、皆」
 セリカの話を聞き終えたセルベリア・ブランシュは強い意志を瞳に宿し、ケルベロスたちと大きく頷き合うのだった。


参加者
紅・風子(紅風・e00187)
タルパ・カルディア(土竜・e01991)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
月乃・静奈(雪化粧・e04048)
ユイ・オルテンシア(オラトリオのミュージックファイター・e08163)
ディー・リー(右手左手・e10584)
マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)
弓塚・潤月(潤み月・e12187)

■リプレイ

●第三の集団
 本来ひと気のないはずの廃墟に、幾つもの気配が集まっていた。
 紅・風子(紅風・e00187)はアイズフォンで地理を確かめながら、仲間と共に現場に辿り着く。事件が起こってしまう前にと、ケルベロスたちが駆けつけたのだ。
 物陰や曲がり角で待機しながら様子を窺うと、聞いていた通り殴り合いが行われている。
 『先生』が呼ばれた折に合わせて突入しようと段取りを思い返しながら、ユイ・オルテンシア(オラトリオのミュージックファイター・e08163)は静かに呼吸を整える。小競り合い中の一般人を優先的に退去させなければ、彼らが危険に晒されることは間違いない。後は状況に合わせて行動しようと決めて、頑張りましょう、とユイは密やかに呟いた。
 適うならば、穏便に済ませたいと思う。けれど、世のためにデウスエクスの数は減らさねばならない。月乃・静奈(雪化粧・e04048)は雷鳴の力が込められた杖をしっかりと握り締め、決意を固めた。敵が動き出す瞬間を逃さぬよう、注意を払う。
 以前は手伝いを乞うたから、今度は自分が手伝う番だと灰の髪を持つ少女が告げる。
「……ありがとう。よろしく頼む、ティアン」
 セルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)は嬉しそうに目を細め、毅然として頷いた。デウスエクスの凶行は、確実に防がねばならない。
「先生――」
 若者のひとりが呼び掛けようとした、そのとき。
 ディー・リー(右手左手・e10584)が放り投げた壁の破片らしき塊が、若者たちの前に落ちた。その音で、振動で、彼らに動揺が走る。力を活かしつつも、誰にも当たらないよう加減してあったから怪我人は出ていない。
「その喧嘩、ディー・リーが纏めて買い上げてやるのだー。……楽しませろ?」
 彼はすぐさま前に出て、にやりと笑みを浮かべながら掌を天に向けて手招きする。
 攻性植物と同化したひとりを擁するグループに向け、天津・総一郎(クリップラー・e03243)も挑発的な態度で彼らの意識を引き付けようとする。ケルベロスたちを狙わせ、もう片方のグループを襲わぬようにとの留意だ。
 双方の若者たちは暫し動揺していたものの、やがて片方のグループが、気を取り直したようにふたりを指差して叫ぶ。
「先生、あいつらも纏めてやっちまってくだせえ!」
 その言葉を合図に、男が立ち上がる。
 同時に、廃墟を駆け抜ける姿があった。
「――ケルベロスの紅き旋風、紅風子推参!」
 真紅の外套に身を包み、敵の注意を引くべく全速力で馳せる。距離を詰めるさなかに高速演算で敵の構造を見抜いて、彼女は掌底による猛烈な一撃を叩き込んだ。
 見付けた悪者は、正義の拳でぶっ飛ばすのだ。
 若者たちが進む道を変えられる自信はなくとも、拳で語ることはできる。
「さあ、お前の相手はこっちだ」
 ケルベロスたちは強い意志を胸に、正面から敵と相対する。

●攻性植物の『先生』
「正体を現しなさいな。デウスエクス・ユグドラシル!」
 赤い瞳で男を見詰め、弓塚・潤月(潤み月・e12187)は決然と気勢を揚げる。
 喧嘩も良くないけれど、まさか後ろ盾にデウスエクスを選んでしまうとは。幼げな見目に反した物憂げな溜め息を吐くと、言っても仕方のないことかと彼女は気持ちを切り替えた。
 適うことなら、若者たちに少し怖い思いをさせたほうが良いのではないか、とも考えるけれど、下手に引き留めて彼らを狙われては堪らない。その前に片を付けるべく、彼女は瓦礫を蹴って指一本の突きを繰り出した。
「……あんたたち、その命大事にしなさいよっ!」
 気脈を断たんとする攻撃が敵の動きを鈍らせるのを見て、距離を見計らいながら声を上げる。動揺する若者たちに声が届くかどうかは、少々判断が難しいところか。
 不意の乱入者を敵と判断したか、『先生』の腕が蠅捕草のように変形する。
「う、うわああああ!!」
 腕のみならず、全身を植物と変じさせていく異様に、若者たちが我先にと逃げ出していく。
「――その先生さんは手遅れです。離れてください」
 素早く戦場に視線を巡らせながら、マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)はグループの片方、『先生』を呼んだ側を促した。
 そちらの集団は僅かに躊躇っているようだったが、矢張り命は惜しいのだろう。魅了するまでもなく逃亡するのを見て、彼女は攻性植物と化した男へ向き直ると共に、掌を翳して敵を焼き払う竜の幻影を放った。
 首裏の傷が、疼いて熱を持つ。常ならば全く気にならないというのに、デウスエクスを前にすると本能が叫ぶ。全て燃やせと、タルパ・カルディア(土竜・e01991)に強く訴える。
「行こう、ソル」
 収めていた翼を現出させながら、彼のサーヴァントたる火竜に呼び掛ける。
 狩りの時間だ。
 携えた鉄塊剣を軽々と御して、振り下ろす。
 ただそれだけの、ひたすらに重い一撃を攻性植物に叩き付けた。
 喧嘩するのも縄張り争いも構いやしない。だが、デウスエクスの力まで使うのは少しやり過ぎた。子供の遊びは終わり、ここから先は猟犬の領分となるだろう。
 敵が振るった植物の腕は、総一郎の肩に齧り付いて毒を注ぎ込む。しかし彼は怯むことなく、星々の煌めきと重力を抱いた蹴りを的確に命中させる。
「死の定めを持つ鎖を放つ! それが俺たち『ケルベロス』だ!」
 更に敵の意識を自分たちに向けさせるべく、凛と宣言した。若者が確実に安全な地帯に逃げ込んだか分からない以上、どれだけ配慮しても過ぎることはないはずだ。
 静奈は避雷針とも呼ばれる杖を用いて前に立つ仲間の傷を癒しながら、雷の壁を作り上げることで敵の攻撃を阻む一助とする。
「……例え更生が必要な方たちでも、無下に命を取る行為を許すわけには参りません」
 抗争を行っていた彼らを逃がすのは、問題を先送りにしてしまうような気がしなくもないけれど。今は目の前のデウスエクスを確実に打ち倒すことが先決だ。万一、無関係な若者が迷い込んでくることのないようにと、彼女は周囲への警戒を怠らない。

●交わす戦場
 ふわりとした白の衣装を翻し、ユイは新たな時代を築き上げる気強い楽曲を奏でて攻性植物を圧倒した。彼女もまた、一般人が廃墟に足を踏み入れてしまった際にはすぐ対応できるようにと心掛けている。とはいえ、この建物で抗争が行われていたことは知られているのか、もしもの備えは実行せずに済みそうだ。
 早く相手を打ち破るために、ディーは敵との距離を近く保ち、攻勢に注力すると決めている。地獄化した尾の先端に灯る焔が、熱く燃え上がった。斬撃が如き鋭い突きを繰り出して、彼は油断なく攻性植物を見据える。
 はは、と笑みが洩れた。強い相手と戦うことは楽しい。
 この頃は中々、張り合いのある相手がいなかったから。こうして仲間たちと共に相手取らなければならないだけの敵であるなら、充分な力を持っていると考えていいだろう。彼が間合いを読み切るより早く、タルパが炎弾を撃つ。穿った炎が敵を喰らうのを感じながら、彼は唇を噛んだ。
 見栄と意地のために、殺しなんてするもんじゃない。
 自分の快楽のためだけならば、なおさら救えない。
「何がセンセイだ、お前みたいなのは反面教師ってんだよ!」
 攻性植物の触手を睨み付け、声を張り上げた。彼の後押しをするように、封印箱へ飛び込んだソルが思い切り飛んでタックルする。
 敵が蔓の先に光る花を咲かせ、破壊の力を持った光線を放つのを見てセルベリアが動いた。仲間に向かう一撃を肩代わりし、よし、と小さく頷く。
 金の髪をなびかせ、マリアローザは敵の信念を揺らがせるほどの音色を紡ぐ。弦を弾いて奏で、生まれる音を楽しみながら、過去の追懐に囚われることなく先へと進む者を歌う。
 あの若者たちは、『先生』のようになりたいのだろうか。
 他にやりたいことはないのだろうか。
 応援したいと思いはするけれど、今は目の前の敵に集中しよう。
 螺旋の力を持った三日月型の手裏剣は、複数用意してある。銀に輝く刃を構え、潤月は攻性植物に魂を喰らう降魔の一撃を叩き込む。
 傷を負った仲間の様子を確かめ、静奈は手を翳して詠唱する。
「御業よ、優しき雪の結晶よ、凛然と咲く雪の花よ――」
 全てを癒す、ま白き化粧と成れ。在るべき姿へと戻したまえ。
 彼女が生み出した仄かな雪の結晶が、柔らかに舞い降りてくる。最前列にて戦うケルベロスたちは、結晶に触れて負傷だけでなく不調までもを癒されるのを感じた。なすべきことを、積み重ねるように続けていく。
 蔓草のような触手が迫るのを、風子は傷付いた外套だけを翻して受け流す。そして即座に巨大なガトリングガンを構え、爆炎の魔力を込めた弾丸の雨を降らせていく。攻性植物に炎が宿るのを見て、彼女は浅く首肯した。
 銃声から間を置かずに、総一郎は慎重に狙いを定め終える。敵を追って喰らいつく気の弾丸を放ちながら、防護に関しても思考を広げた。庇うことで自らが追い込まれては意味がないけれど、仲間の不利を補うことも己の役割だから。
 敵の攻撃は、ケルベロスへと難を押し付けるものばかりだった。
 小さな不調が膨らんでしまう前に癒し、そして攻め続けなければならない。

●枯れ落ちる災い
「……これが、力に魅せられたものの末路なんですね」
 複雑な色を帯びた声音で呟くマリアローザが創り上げた幻影は、激しい炎を撒き散らす。その際に意識し過ぎたか、収納している角が現れてしまいそうな気がして、彼女は眉を顰めながら頭を押さえる。何事もないと確かめて、小さく安堵した。
 己の体力と戦場を比較し、ディーが駆けた。炎が完全に消える前に、爪の一撃を硬く深く刻み付ける。攻めても攻めきれないことも、強者の証だろうとある意味では好ましい。だが、負けるわけにはいかないのだ。
 彼が退くとほぼ同時、形態を変化させた攻性植物が光線を降らせ、ユイの身体を掠めた。彼女は銀の長髪を微かに揺らしながら、真っ直ぐ相手に届けるような透明感のある歌声を紡ぐようにして詠唱を行う。敵を貫いた魔法の光線が、行動を阻害する。
 何かを心から愛することは、とても美しい。――けれど。
「心酔してソレに取り込まれてしまっては、人間終わりよ?」
 潤月が諭すように語り掛けるも、予想した通り言葉が届く気配はない。
 悲しい男に引導を渡してやろうと、彼女は高速の蹴りで攻性植物の急所を打ち抜いた。直後、幾度炎に包まれ、切り落とされても再生していた蔓が惑うように蠢き始める。
 せめて、なるべく苦しまないようにと思う。
 もう戻ることのできない彼は本当に仕方のない男だけれど、タルパとて命を狩る行為を好んではいないから。
「――土竜は飛べないとお思いかい?」
 獣ではなく、竜だと彼は自らを判じる。
 己が部族の名――『心臓』に重ねて、心燃え尽きるまで、焼き尽くしてやろう。
 それが、手向け。
 高く飛んで、刃を真下に向ける。
 急激な降下が刺突の勢いを増して、敵を貫いた。

 ぱきりと罅割れるような音がしたかと思うと、攻性植物と化した男の身体が大小の欠片となって崩れ落ちていく。廃墟の脅威は、ケルベロスの手によって取り除かれた。
「……ふう。皆様、大きな怪我などありませんか?」
 戦場での癒しを担っていた静奈は、息を吐きながら仲間を順に見回して確認を行う。そして、建物に目を留めて考え込んだ。人の手が入っていない様子が、どうにも直したくなる。
 若者たちの気を引くために投げた破片を元の位置に戻しながら、ディーは誤魔化すように笑って修復を希望する。
 もとより荒れた場所だから、どの程度片付けたものかは悩みどころだ。
 はい、とマリアローザの胸元から取り出された栄養ドリンクに、セルベリアはぱちりと目を瞬く。屈託のない微笑みと色香に少し戸惑いながらも、助かる、と笑って受け取った。
 逃げた若者たちの姿をふと思い出し、風子は窓の外に目を遣る。彼らが今回の事件で反省して、暴力の辛さや、痛みを分かるようになってほしいものだと思う。
 辺りの様子を確かめ、タルパは軽く手を打ち払った。
 尻叩き程度で済んで良かったな、とアウトローな悪ガキたちに思いを馳せる。これに懲りて、もう喧嘩などしないようになればいい。
 戦いの音が消えた廃墟で、総一郎は複雑な心地を抱いていた。
 自分だって、粋がっていた頃があった。師匠に出会わなければ、『先生』のようになっていたかもしれない。もし、彼が自分にとっての師匠のような存在に出会えていたら。
 彼が果実を受け入れて異形と化した理由を考え、ますます悩んでしまう。
 同情しているわけではないけれど、ただ誰かひとりくらいは、こんなふうに思ってもいいのではないだろうか。
「……俺の考えって甘いのかな?」
 どうなんだろ、と胸のうちで師匠に問い掛けてみた。
「――――」
 男が存在していた場所に向かい、潤月は残された欠片を拾い上げる。
 こんな危険なものがあってはいけない。だから燃やさなければと思ったけれど、摘み上げれば彼女が手を下すまでもなく、さらさらと崩れて消え失せていった。
 デウスエクス・ユグドラシルは痕跡も残さず倒され、事件は無事に解決したのだった。

作者:雪白いちご 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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