●磨羯宮ブレイザブリク
戦闘種族に相応しく、夥しい剣で飾り立てられた広間は、壮麗にして、ある種の畏怖を感じさせる、まさに侵略者・蹂躙者のための空間であった。
「……あの愚か者めが」
しかし、その剣が複雑に組み合わさって誂えられた玉座に座る第九王子・サフィーロの表情は、いつになく浮かぬ様子。
それもそのはず。ブレイザブリクをより盤石とするための試みが、よもや防衛網の穴と化してしまうとは。
それもこれも――。
「…………ホーフンドの愚か者めが!」
その一点に帰結する。少なくとも、サフィーロの心中では。
「とはいえしかし、だ。無能なホーフンドの為に危機に陥ってしまったが、エインヘリアルにとって、ブレイザブリクは最終防衛線。必ず増援が来るだろう」
「はい、殿下」
愛する夫の心を鎮めるよう、サフィーロに寄り添うのは紅妃カーネリア。
「ゆえに、私が死神の相手をしている間、お前には本国からの増援を受け入れ、万全の防衛体制を整えてもらいたい」
艶のある金の髪と真紅に彩られたカーネリアは、サフィーロの語る言葉をしかと受け取めがら、
「殿下に変わり、この磨羯宮ブレイザブリクは、わたくし紅妃カーネリアにお任せ下さいまし。殿下の妃として、見事務めを果たしてご覧に入れましょう」
ドレスの裾を抓んで恭しく返答する。しかし、壁際に並ぶ微動だにしない側近の紅玉侍女兵や護衛など、彼女の事を良く知る者は誰もが気付いた。夫の身を心より案じながらも、侵入者を叩きのめす愉悦を想像して俄につり上がったカーネリアの口元に垣間見える底無しの高慢を。
やがてサフィーロが出陣のために立ち上がると、彼はカーネリアを強く抱き締める。カーネリアは恍惚の吐息を吐き出し、この世の支配者の一人に愛される女の悦びに浸る。
「しばしの別れだ。だが何、すぐに再会が叶うだろう」
「もちろんですわ、殿下」
「今は、サフィーロと呼ぶがよい」
「……はい、サフィーロ様」
カーネリアの頤に指先を添え、二人は啄む様な口づけを交す。
●ある日、どこかのカーネリア
「あら、あーらぁ? 余り力を込めたつもりはないのだけれど、随分と痛そうねぇ?」
「――っ、ぁ……! お、お見事でございます、お妃……さ、ま……ッッ!」
紅妃カーネリアが嘲笑混じりに見下す先で、複数人の侍女兵、衛士が悶絶していた。
それは、定期的に行われているカーネリアと配下達との模擬戦。しかし配下達が仕える主と本気で戦える訳もなく、結果的にカーネリアが一方的に配下達を叩きのめす……そんな形となるのが常であった。
「そんなザマで、わたくしの侍女が、護衛が務まるのかしらぁー?」
「も、申し訳、ございま――い゛ぁ゛!」
打ちのめされながら、配下達はカーネリアが自分達の『敵』ではない事に感謝する。敵にカーネリアが向ける苛烈さが、この比ではないと知っているから。それに、カーネリアだって常にこうではない。時折、優しくしくしてくれる事もある。そしてその一時の優しさを追い求め、配下達はさらなる忠誠を捧げる。
しばしして、カーネリアが飽きると、ようやく模擬戦は終わりを告げる。
カーネリアに後片付けを命じられた側近の侍女達は、自分達がカーネリアの寵愛を得ている事を感謝しながら、いつものように仕事に従事するのだ。
●
「東京都心の人々の将来を左右しかねない第八王子強襲戦は、皆さんのご活躍の結果、見事成功! ホーフンド王子は我々の思惑通り、アスガルドに逃げ帰ったという報告を得ています」
山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が感謝を告げ、胸の前でパチパチと軽い拍手で祝福する。
「さらに、ですよ? この作戦成功により、サフィーロ王子の裏切りの可能性という毒をアスガルドに飲ませる事ができました。エインヘリアル軍は、『サフィーロ軍を敵として、ブレイザブリクの奪還戦』の準備を始めたようです。これはすごい戦果と言えるでしょう! 素晴らしいです!」
桔梗は軽い咳払いで興奮を抑えつつ、死神の死翼騎士団の動向についても説明する。
「死翼騎士団は、この好機を活かす為なのか、総力を挙げてブレイザブリクの攻略のために軍を蜂起させたようです」
死翼騎士団が動いた事で、第八王子強襲戦に参加したケルベロスの撤退も容易に完了した。しかし、ブレイザブリクが死神の手に落ちるのを、黙って見過ごすべきでもないだろう。
「死翼騎士団を敵と断定する必要は、現状ではありません。ですが、サフィーロ王子の撃破と、ブレイザブリクの制圧は、我々ケルベロスの手で行なうべきだと判断します」
サフィーロ王子反逆の虚報により、今ならばエインヘリアルの介入もない。
大枠では、サフィーロ軍と死翼騎士団の戦争に介入するケルベロス部隊と、ブレイザブリクの制圧にあたるケルベロス部隊に分けられる。
「その中でも、皆さんに加わって欲しい作戦は、ブレイザブリクの制圧です。ブレイザブリクの防衛は、現状、紅妃カーネリアと紅玉侍女団に一任されており、かなり手薄になっている様子が見て取れます。蔓延る残霊達を撃破し、ブレイザブリクの中枢へ侵攻。紅玉侍女兵が防衛する紅妃カーネリアの元に向かって、これを撃破してもらいたいのですが――」
紅妃カーネリアの撃破に至るまでには、5部隊による連携した襲撃が必要となる。
「全体の流れを詳しく説明しますと、まず2部隊がブレイザブリクの残霊を突破し、紅玉侍女兵の前線部隊を抑える役割を担います」
紅玉侍女兵とは、カーネリアの忠実な侍女達の総称。戦闘力は高くないものの、忠誠心が高いため、必死の抵抗が予想される。
「2部隊が前線部隊を抑えている間に、さらに1部隊が敵陣を強行突破して紅玉侍女兵の指揮官である筆頭侍女ペルラを討ち取る必要があります。ペルラは有能な指揮官のようでして、彼女に指揮されている間は紅玉侍女兵の防衛網を打ち破る事は困難です。ですので、優先的に撃破する必要があるのです」
その後、筆頭侍女ペルラを撃破した際に起こるであろう混乱に乗じ、さらに2部隊が紅妃カーネリアの座す元へと直接突入する。
「紅妃カーネリアの控える場所には、彼女の側近の紅玉侍女兵と、それに加えてバンディット1という腕利きが率いる護衛として残された数名の蒼玉衛士団督戦兵がいます」
一方の部隊が護衛の蒼玉衛士団を叩き、一方が紅妃カーネリアと側近の侍女達を相手どる形となる。
「そして、ここからが最重要となります。この場に集まって頂いた皆さんに撃破して頂きたい相手こそが――ブレイザブリク防衛を任されている紅妃カーネリア! そして側近の侍女達になります」
流れの中での役割としては、最後の仕上げにあたるだろうか。
「紅妃カーネリアは高慢でヒステリック……そうですね、分かりやすく言うなら悪役令嬢のような性格をしているようです。普段の鍛錬の成果か、攻撃力は非常に高いのですが、その分防御面が疎かであるという情報があります。また、ヒールグラビティも有していますが、冷静さを失っている間は、使用頻度がかなり下がる傾向にあるようですね」
側近の侍女である紅玉侍女兵は、戦闘力的には通常の侍女兵と変わらない。しかし、カーネリアのお気に入りだけあり、忠誠心の高さは折り紙付きだ。
「ホーフンド王子を撤退に追い込むだけでも大きな戦果でしたが、それに加えて東京焦土地帯を奪還する機会まで得ることができました。欲をかくと痛い目を見るのは世の常ではありますが……この千載一遇の好機、座して見守っているだけではいけませんよね! ですが、今は別の作戦で釘付けにできているサフィーロ王子の軍勢が、いつ駆けつけても不思議ではありません。警戒は怠らないように致しましょう!」
参加者 | |
---|---|
ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352) |
ステイン・カツオ(砕拳・e04948) |
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342) |
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049) |
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545) |
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093) |
湊弐・響(真鍮の戦闘支援妖精・e37129) |
副島・二郎(不屈の破片・e56537) |
●
エインヘリアルの前線拠点たる磨羯宮ブレイザブリク。その内部を喰い破るべく、ケルベロスは気流を纏い、敵前線と激突する味方部隊の支援を行っていた。
「支援以外、ほとんどできる事がないとは……難儀なものじゃ」
「だが、私達の目的を果たすためには、必要な事だ」
残霊のお出迎え、そして今は防衛線を張る大量の紅玉侍女兵を相手に身を削る仲間の2部隊を前に、ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)が渋面を。笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)は勇気の賛歌を咆え、明燦と共にその2部隊にエンチャントを。しかして人の盾たらんと立つ彼の心情は、ルティアーナと似たり寄ったりであろう。
「やれる事をやるのが、今の私達にできる一番の貢献でしょうね」
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)が気力を溜め、スノーが翼を羽ばたかせる。だが、紅の隊列は微動だにせず。
「結局、敵前線部隊が揺らいだのは、ペルラ撃破のために1部隊が突破した時だけね。優秀な指揮官は敵にするとこれだから困るのよ!」
それでも、ペルラ撃破を託す部隊を送り込めた事をこそ喜ぶべきだと、ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)はシュテルネと支援に徹する。
「今は、仲間を信じるしかないであります!」
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)が、フリズスキャールヴに応援動画を流させる。
副島・二郎(不屈の破片・e56537)が、妖しく蠢く幻影を付与した。
と、その時。
『敵将、ぺルラ! 討ち取ったわよッ!』
銀光が瞬くと、突破部隊からついにペルラ撃破の報が流れ――!
「どうやら、友軍の皆さんは、見事お仕事を成し遂げたようですわね」
守護星座を描いていた湊弐・響(真鍮の戦闘支援妖精・e37129)が、したり顔で微笑んだ。
「……そのようだ。見ろ、俺達が突入するのに十分な隙が生まれているぞ」
二郎の言通り、紅玉侍女兵が構築する強固な前線部隊は、筆頭侍女ペルラ撃破によって情勢が激変。
「予定通り、以降も私達は積極的な戦闘は行わず、体力の温存に努めるわよ」
紅玉侍女兵は混乱状態にあるとはいえ、この混戦の中だ。ローレライとてその困難さは熟知している。しかし、やるしかない。
「ええ、了解しているわ」
同意を示す碧の表情には、今度は確実に成し遂げるという確固たる決意があった。
「皆様、急ぎましょう!!」
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)の呼び掛けに頷き、前線の穴を全速力で駆け抜ける。
戦況は悪くない。役目を終えた1部隊は緊急時に備えてブレイザブリクの外縁部に戻り、残る2部隊は協力しつつ紅玉侍女兵残党の処理にあたり始めている。
ケルベロス達は蒼玉衛士団の足止めを担ってくれる部隊と共に、混乱の只中を突っ切っていく。
「どいてくださいませ、そこのメイド」
通路を塞ぐ侍女兵達をステインが睨みつけると、彼女らはメイド然とした雰囲気の彼女になんとも奇妙な表情を浮かべ――その隙をルティアーナの催眠魔眼に捕らえられる。
小競り合いは避けられずとも、連携中の他部隊が非常に優秀であるため、応戦は最低限に止まり、損害も軽微。
(「さすがに、激戦の痕が窺えるな」)
「この程度の助力しかできないのは口惜しい限りでありますが、この場はお任せするのであります!」
ステインが、鎧に変形した半透明の「御業」で、クリームヒルトが心からの感謝を込めた言葉と共に、光の翼で残党処理にあたる2部隊をそれぞれ包み込んだ。
回復支援を行いながら、ケルベロス達は突き進む。
そうして辿り着いた剣の広間にて、ついに紅妃カーネリアらの姿を捉えた!
カーネリアは、側近の侍女兵、バンディット率いる蒼玉衛士団が組んだ隊列で守護されている。
踏み込む直前、響は同時に突入してきた部隊に属するエマ・ブランの横顔を伺い見て、あえて余裕を持ち、軽やかな言葉を紡ぐ。
「エマさん、無駄に余裕ぶったあの督戦兵に、今度は目に物見せてあげてくださいな」
「……勿論! 今度は勝つよ!」
互いの勝利を誓い合うと同時、エマ達の部隊がカーネリアと侍女兵、そして蒼玉衛士団を二分するように、強引に割って入る。
「……有難い限りだ。こうまでされては、俺達も応えない訳にはいかないだろう」
蒼玉衛士団をこちらには行かせない、そんな頑とした決意を嗅ぎ取り、二郎は氷結輪を握り込む。普段以上に湧き上がる力は、彼の過去の残滓か、はたまた……。
ケルベロス達は即応し、カーネリアへと迫る。
●
「ようやく顔が見られたわね。逃がさないわよ?」
「あら、あーらぁ、貴方達ですの? ……わたくし達の磨羯宮ブレイザブリクに、土足で潜り込んだ鼠というのは」
碧が告げると、ケルベロスの牙が届く距離まで近づかれたという事実に、紅妃カーネリアは不快さ露わに。しかし、艶やかな金髪をサラリと掻き上げる仕草は、まるで、遥か高みから矮小な存在を見下ろしているかのように感じられた。
(「――これが、紅妃カーネリア、ですの」)
初対面のはずだ。しかしその芝居がかった立ち居振る舞いは、どこか響の癇に障って仕方がない。追い詰められようが、自分が死ぬなどとは夢にも思っていないだろう点など、特に。
「お妃さま、どうか、お下がりくださいませ!」
「……わたくしに意見する気かしら? 薄汚い鼠程度、叩き潰せば済む話でしょう。そのための配置につきなさいな」
「はっ!」
前衛に出て来ようとするカーネリアを側近の侍女兵達が引き留めようとするが、当の彼女は聴く耳持たず。どころか――。
「雑種に、隔絶した生まれの差を教えて差し上げてよ!!」
誰よりも喜々と、素早く先制攻撃を行った。
「準備はいいな?!」
二郎の呼び掛けに、仲間は行動で応じる。
全身に紅のオーラを纏ったカーネリアの掌打を、鐐が盾となって受け止めたのだ。火力に全振りされたその一撃は、あまりに重い。
「無論だ、副島殿。……とはいえ、エインヘルヤルといえども女性、か弱き姫君に手をかけねばならぬとはな。いや、弱さを気に病むことは無いとも」
しかし、鐐は受けた衝撃をおくびにも出さず、挑発の言葉すら投げかけてみせた。
そして、ケルベロスは一斉に反撃に出る。
側近の侍女兵は6体。Df2、Jm1、Md2、Sn1という布陣。
侍女兵の機先を制すように、碧がMd目掛け、ハンマーから竜砲弾を炸裂させた。
「有象無象が邪魔をするな!」
遅れずにルティアーナが、――行此儀断無明破魔軍…! 大元帥が御名を借りて命ず、疾くこの現世より去りて己があるべき拠へと還れ! たらさんだんおえんびそわか…!
古より在る守護者の力にて、破魔の光矢を飛来させる。
次いで、スノーが空間に蔓延る邪気を祓う。
「ッ……あ゛、アアァァっ!!」
「邪魔者は素早く片付け、我々の手で本命を討つ!」
碧の攻撃を急所に受け、さらに高火力の追撃を叩き込まれた侍女兵がたまらず悲鳴を上げる。その様から一気に押し切れると判断したローレライが、纏う雰囲気を一変させ、鐐の勇気の賛歌を後押しにフォートレスキャノンを放つ。
蒸発するお気に入りの一人であった侍女兵に、しかしカーネリアは感傷の一つとて見せない。侍女兵達もそれが当然と認識し、カーネリアの盾となる覚悟だ。
「カーネリア、私を見な!」
「――させませんっ!」
ステインが、怒れる女神カーリーの幻影をパズルから解き放つも、侍女兵によって庇われる。
「道を切り開いてくれた仲間達のためにも!」
クリームヒルトが攻撃目標を負傷したDfに定めて轟竜砲を放ち、二郎がクリームヒルトと碧に対し、順次妖しく蠢く幻影を複数個付与。
響が、減衰覚悟で守護星座を描いて前衛を守護する。
「わたくしの側近たる己が価値を示しなさい!」
「はっ!」
返す刀で、侍女兵が動く。残ったMdがカーネリアにエンチャントを。その他が格闘術で襲い掛かった。
「名家たるカーネリアの家に伝わる刃の切れ味、その矮躯で味わうといいわ!」
さらに、最も体力の少ない響を狙い、カーネリアの紅の刀身が迫る。嗜虐に歪んだ顔は、誰かの弱みをあげつらう事を好物とする者のそれ。
「お似合いの顔ですわ。高潔でした白百合騎士団の皆様の爪の垢でも煎じてあげたいくらいに」
皮肉を込めて微笑む響を、明燦が庇った。
「副島さん! カーネリアにエンチャントが付与されたわ! 手筈通り、お願いね!」
「ああ、こちらでも確認済みだ。準備を終え次第、陣形を整える。任せておけ」
碧が侍女兵Mdに張り付けておいた見えない爆弾を作動させながら、破砕突破の陣を整える二郎の背に声をかける。
「負傷したアレから落とす、合わせよ!」
ルティアーナの操る夢魔の影が槍となり、貫く。
「シュテルネ! 続くわよ!」
ローレライが星型のオーラを蹴り込み、コンビネーションでシュテルネが閃光を迸らせた。
クリームヒルトが、ケイオスランサーで確実に息の根を止める。
その後も、一進一退の攻防は続く。
●
クリームヒルトの射出した氷結輪が、カーネリアに凍傷を刻みつける。
「全て浄化してあげる!」
ローレライが弓に番えるは、輝く七色の宝石。侍女兵には目もくれず穿てば、カーネリアへと深々と突き刺さった。
「刻め!」
序盤からカーネリアの攻撃を引きつけた影響で傷だらけのステインが、どす黒い悪意の塊を投げつける。
「――爪痕を残せ、錆びた刃の如くあれ」
二郎が青黒い混沌の水を広範囲に放ち、カーネリアの傷に染み込ませた。
響が鎧に変形させた「御業」でステインを守護。
「喰らいなさい!」
「敵、射撃用意! 来るであります!」
クリームヒルトがいつもとは少々勝手が違うながらも、大盾を前面に押し出して体勢を低くする。
瞬間、メイド力が充填された砲から、一斉に散弾が前衛と後衛に撒き散らされた。
「メイド力じゃ多分負けてるだろうが、腹の中のどす黒いもんの量じゃ負けねえよ」
それらを、フリズスキャールヴとステインが盾となってダメージを分散。
「これで踊り狂いなさい――――っ!」
碧が、お返しとばかりに炎を宿す弾丸を敵陣に乱れ撃つ。
カーネリアは余力を残すも、側近の侍女兵はJm、Snに一体ずつ残るのみで、崩壊寸前。
そして、ケルベロス側も明燦が落とされている。
現状優勢だが、高火力のカーネリアの攻撃を誘引するステインと鐐の被害は甚大で、予断は許さない状況。
「ひれ伏しなさい!」
「っ!?」
さらに、追撃とばかり蔑む視線が前衛を襲う。
範囲攻撃とはいえ、鐐以外は耐性の薄い部分をつかれて回避に苦しむ中、
「恐ろしい視線だね。だが、それこそが敗因だ。お前達は糧に対し、糧となる誇りを与えられなかった!」
その鐐がローレライの盾となり、火力の低下を許さない。さらに、カウンター気味に放たれたジグザグスラッシュが、カーネリアの肌を抉る。
(「むっ、警戒が必要でありますね?」)
(「そのようじゃな」)
視線でやり取りをするクリームヒルトとルティアーナ。エンチャントの支援が少なくなったカーネリアから、傷を癒す冷静さを奪うための画策。
カーネリアはケルベロス達がなかなか倒れないため、明らかに頭に血が上ってきている。殴れば勝手に倒れる――それがカーネリアの認識する敵の全てであったがゆえに。
「名家、じゃったか? なるほど、汝も貴席に身を置くものか。……その割りには随分と素直ちゃんじゃの? 情を顔に出すようでは二流じゃな」
「――な゛っ!? ま、まさ、まさか、わ、わわ、わたくしにぃ、勝つおつもりでしてーー!?」
鐐の背後にサッと隠れて舌を出すルティアーナの指摘に、額に青筋を浮かべてカーネリアが激昂する。
クリームヒルトは歴戦の騎士として、カーネリアの内心に澱む動揺と恐れを察した。覚悟なき者のそれを。
ルティアーナの魂を啜る呪を帯びた秋津守御護刀-影打-が、踏み込んだクリームヒルトの破鎧衝が、強かに斬り裂き打つ。
その時――。
「ッl クソッタレが!」
石化で鐐が硬直する間に、紅を纏うカーネリアの掌打が、怒りを増殖させていたステインを一心不乱に狙い、沈める。
「理想も理念も、何もない貴殿に誰かの上に立つ資格なんてない! 我らは必ず勝つ! 想いを無為にしないために!」
怯まず、ローレライが影の如き斬撃を放つ。
「サフィーロのどこがいいのかしらね」
やがて挑発のため、碧が囁いた一言。
「――そうよ」
「えっ?」
その反応は、碧の予想を軽々と超える。
「王子は返ってこないでありますよ。貴女は見捨てられたのであります!」
クリームヒルトがトドメとばかりに告げれば、カーネリアは半狂乱。
「そうよ、そうでしてよ! サフィーロ様はいずこに!? 妃であるわたくしが、こんなにも苦しんでいるというのに!!」
託された務め、約束をゴミ箱へと投げ捨てるように、カーネリアの口から罵詈雑言の嵐が夫や配下へと吐き散らされる。
「お……お妃さ、ま……」
残る侍女兵が愕然とする中。
「これで終わりか。接待訓練で自身を見誤ったようだな。アグリム軍ならば……いや、やめておこう。彼の将に失礼だ」
子供の癇癪にも似たカーネリアの攻めへの盾となりながら、花びらのオーラを降らせる鐐が首を横に振る。
「湊弐、任せるぞ。ああなれば、もう容易い」
氷結輪を射出する二郎が振り返る。
響は既に、バスターライフルの照準を定め終えていた。
「これが、こんなものがレリ王女が守りたかったアスガルドの女性達の姿ですの?」
いいや、違うと、響は信じる。響が第四王女に感じた高潔さは、真実だった。
だからこそ――。
「あなたには、『ごきげんよう』ではなく、『さようなら』をプレゼント致しますわ」
響は凍結光線を放つ。その光線は、カーネリアから温もりの遍くを奪い去った。
「こちらカーネリア強襲部隊より! カーネリアと側近の侍女兵の撃破をご報告させて頂くのよ!!」
カーネリアの死亡と配下の全滅を確認し、騎士のそれではなく、穏やかさを口元に浮かべたローレライが、友軍へと勝利の報を届けるために駆ける。
だが、ケルベロス達は勝利に湧く暇もなく――。
「サフィーロ王子が磨羯宮に接近中! 急ぎ防衛の準備をお願いします!」
ローレライの帰還まもなく、最高速度で広間に飛び込んできたローゼスより伝えられた情報に、目を剝いた。
「長居は不要じゃ――と言おうとしておったのじゃがな。さて、急ぐぞ!」
今度はブレイザブリク防衛のため。ルティアーナ達は負傷したステインを安全な場所に移送し、準備を整え始める。
「あなたの夫は来てくれましたわよ、カーネリア」
仮に戦術的判断が大部分を占めるとしても、そこに妻を想う夫の気持ちがあっただろうことは誰も否定できない。響は愛されていたのだろう女の亡骸を最後に一瞥し、広間を後にするのであった。
作者:ハル |
重傷:ステイン・カツオ(砕拳・e04948) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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