林檎嫌いの鳥がアップルパイ専門店を襲うだと……?

作者:星垣えん

●今日も元気に鳥
 ぱりっと香ばしいパイ生地を齧れば、とろりと蜜がひろがる。
 そしてほのかに感じられる噛み応えは、林檎の果実。
「ん~♪ これこれ……」
「甘いけどすっきり……これぞアップルパイ……」
 パイのひとかけを味わった人々が、甘味と酸味の調和にしばし時を忘れる。
 素朴な店構えのアップルパイ専門店は、そこかしこにそんな情景が現れていた。
 木製テーブルの節くれだった脚や、座席として配されたソファ、雑多に観葉植物が置かれている内観は都市的な洗練さとは無縁だ。都市生活の中の休憩所とかいうコンセプトで作っていたとしたら、その目論見は成功している。
 が、当然ながら人が集まるのはそれだけが理由ではない。
 単純にアップルパイが絶品なのだ。
「どかっとバニラアイスを添えたときの、この映えですよぉ……」
「キャラメルアイスも良き……」
「トッピングのベリーソースまで美味しいんですけど……」
 一口食べては、熱い吐息をつかずにいられない客たち。
 温かいパイの上で溶けはじめているバニラアイスも、キャラメルアイスも、ぐるりと皿を彩るブルーベリーやラズベリーも、どれもがため息の出る美味さなのだ。
「また明日も来ちゃいそう……」
「ううん、明後日もきっと来る……」
 決定された未来を想像しつつ、またぱくっとパイを食べる客。
 美味しいアップルパイとともに過ごすゆったりした時間――ただそれだけを提供するこの店は、ただそれだけで人々を幸せにしていたのだ。
 だが、そこに不穏な影が現れた。
 どたどたどた、という無粋な足音とともに!
「盛り上がってるところ失礼しますが! 私は林檎が嫌いなんです!!!」
 ガランガラン、と乱暴にドアベルを鳴らしたのは、もちろん鳥面のあいつだった。

●万全の備えでGO
 ――という前章の状況を伝える、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)のファンシィな紙芝居が終わる。
 最前列で観賞していたラッセル・フォリア(羊草・e17713)は、パイプ椅子にもたれた。
「林檎が嫌いなビルシャナが、アップルパイ専門店を……」
「アップルパイ専門店をです……」
 重い表情を浮かべる2人。
「つまり今日はアップルパイを食べる日……」
「アップルパイを食べる日です……」
 重い表情を浮かべる2人。
「よし! すぐに出発しよう!」
「すぐに出発です!」
 シャキーン、と元気になる2人。
 うん安心した! 完全にいつもの鳥依頼だった!
「詳しいことはプリントにしたので各自読んでおいてください!」
「要は店に迷惑がかかるから、鳥さんをやっつけようって話だよね! 簡単簡単!」
 いぇーい、とハイタッチまでしはじめる、ねむとラッセル。
 浮かれている。
 これほど浮かれている様子はそう見られたもんじゃない、と感心する猟犬一同である。
 だが敵はコメディ要員になって久しいとはいえ、腐っても鳥だ。
 気を付けるべき要素はあるんじゃないかな、と猟犬たちは目で問うてみた。
「信者さんがいないので、大丈夫です!」
 ねむちゃんが即答したので、気を付けるべき要素はなかった。
「念のためガルディオンくんも呼んでおきました!」
「ねむ殿の要請を受け、それがしも同行するでござる」
 ねむちゃんが指差したヘリオンの陰から、ガルディオン・ドライデン(グランドロンの光輪拳士・en0314)がのそっと顔を出す。
 果たして呼ぶ必要があったのだろうか、と思うしかない一同だった。
「アップルパイ楽しみでござるなぁ」
 むしろちょっと不安になってくる気もする一同だった。
「まぁ、食事は大勢のほうが楽しいよね。気にしない気にしない」
「そうですよ! みんなでわいわいアップルパイを楽しんできてください! もちろんビルシャナさんの駆除も忘れないでくださいね!」
 猟犬たちに向けて、屈託なく笑うラッセルとねむ。
 かくして、一同は美味しいアップルパイを食べに行くことになりました。


参加者
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
ラッセル・フォリア(羊草・e17713)
白石・明日香(愛に飢え愛に狂い愛を貪る・e19516)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)
柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)

■リプレイ

●逆鱗ですね
 まさに都心の隠れ家。
 ともいうべき素朴な店構えをバックに、2つの人影が並ぶ。
「すいーつ店に挑む前は財布を厚くする、常識よね!」
「あー来てるね来てるねー」
 怪しげな術士のごとく手で輪っかを作り、人目もはばからず集金している朱桜院・梢子(葉桜・e56552)と柄倉・清春(大菩薩峠・e85251)の両名である。
 かれこれ20分なのである。
「これでお腹いっぱい食べられるわね!」
「役得だわー。もっと集まれー」
「2人とも随分と豪胆というか……」
「いったん離れておこう」
 達成感すら漂わせる2人から、ススッと離れるラッセル・フォリア(羊草・e17713)と進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)。2人の眼差しを受けてビハインドたち――葉介ときゃり子は顔を伏せるしかなかった。
 が、羞恥に耐える時間はそう長くはなかった。
「ラッセル殿、ビルシャナが来たようでござる」
「え? あー本当だね……」
『おはようございます! もしくはこんにちは!』
 ガルディオン・ドライデン(グランドロンの光輪拳士・en0314)にヒソヒソと告げられたラッセルが、練り歩いてくる鳥を認める。対して鳥も猟犬たちの姿を発見し、歩く脚を勢いづかせた。
「私の林檎撲滅計画の邪魔はさせませんよ!」
「林檎撲滅って……何か確執でもあったの? 食べ過ぎてお腹壊したとか、縁日の林檎飴で歯が欠けたとか?」
「いいでしょう教えてあげましょう!」
 他意なく疑問を投げかけたラッセルに、鳥が何やら語りはじめんとする。
 そこをスッと横切る隆治。
「林檎が嫌いという理由でなぜアップルパイ専門店を襲うのかわからないが……まぁ、これも仕事だ。アップルパイは食べさせてもらうぞ」
「いや待って待って!?」
 普通に入店しようとした隆治を制止する鳥。
 いきなりのスルーですからね、ツッコむしかなかったんですよ。
「違うでしょうが! 何か違うでしょうが!」
「うん、林檎が嫌いだったら林檎農家を襲うべきじゃないかな」
「そういうことじゃなくて!」
「林檎農家もアップルパイ専門店も襲わせないからね!」
「グエッ!?」
 つれない隆治さんの反応にぷりぷりしていた鳥さんが唐突に呻く。
 背後から獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)に組み付かれたのだ。
「修行修行の学生時代……楽しみなんてほとんどない生活だったわ。そんな中で唯一の楽しみだったのは祖母の作ってくれたアップルパイ! つまりアップルパイが、スイーツが世界を作ってるっていうことよ!」
「いやどうやっても前半と後半が繋がらな――」
「問答無用!」
「グエーーッ!?」
 ぎりぎり、とコブラツイストを極められる鳥さん。
 修行修行の学生時代で身に着けた銀子のプロレス技が鳥をメキメキと軋ませる。そのさまを正面から眺めつつ、セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)は買ってきた焼き立てアップルパイに齧りついた。
「ん~♪ さすがは人気店のアップルパイ! 美味しいです~!」
「き、貴様! 私の目の前で!」
「これはすぐに1個完食しちゃいそうですね~!」
「く、くそぉぉ!!」
 見せつけんばかりにパイを食べるセレネテアルに手を伸ばす鳥さんだが、銀子に極められてるがゆえに届かない。いくらジタバタしてもセレネテアルはアップルパイを恍惚と食うばかりだった。
 と、そこへ。
「……よりによって、林檎が嫌い、ですって?」
 キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)が現れた。
 具体的に言うと、鬼神じみた空気を醸し出しているキリクライシャである。あと足元で刃物をぶんぶんしてるバーミリオン(テレビウム)である。
「……アレルギーなら仕方がないけれど、そうではないのでしょう。酸味が苦手だとしたら品種をもっと知るべきね。甘味が強い物、逆に酸味が強い物……知らないのは勿体ないわ」
 キリクライシャが音もなく近づく。
「……それとも音が苦手? 皮むきの多様性も美しさもこの球形だからこそよ。兎林檎は序の口。カービングの世界を知れば過程の音は些末な事よ」
 バーミリオンが刺突の素振りを始める。
「……食感が苦手かしら? ジュースとか加工済みのものを買えばいいのだわ。生食に限らなくても可能性は多いのよ。コンポートに限らずアイスやゼリー、ジャム……可能性が広がるわね」
「お、おおお仰るとおりで……」
 至近の距離まで詰められたとき、鳥さんは頷くしかなかった。
「……ならいいのよ」
 鳥さんの手をそっと取り、頷き返すキリクライシャ。
「じゃああとは私がやっておきますね」
 入れ替わりにやってくる白石・明日香(愛に飢え愛に狂い愛を貪る・e19516)。
 気づけば、鳥さんの周囲には無数の剣が浮遊していた。
「あのう、これは……?」
「アップルパイが待っていますので可及的速やかに消えてもらいましょうね」
「アーーッ!!」
「ついでに焼くゾ!」
「アーーーッ!!」
 不思議がる鳥さんにニッコリと微笑んで、明日香が(これまでロクに出番のなかった)グラビティで四方から串刺しに! そしてすかさず現れたアリャリァリャがチェーンソー剣で八つ裂き! 猛烈な擦過熱で着火してこんがりと炙ってゆくゥ!
「か……皮目まで……パリパリに…………」
「いい仕事をしましたね」
「そーダナ!」
 焚火にくべられた薪のように消えてゆく鳥さんを、暖まりながら見送る明日香&アリャリァリャ。
 かくして、林檎嫌いのビルシャナは香ばしいチキンになったのだった。

●本番ですよ
「……さて、アップルパイね」
 心なしかすっきりした顔で呟くキリクライシャ。
 鳥さんをサクッと処した一同は、当たり前のように店内に陣取っていた。
「お楽しみのアップルパイタイムです~!」
「朝食もセーブしたし軽い運動もしたし、準備万端ね」
「そうね! どう戦ったか覚えてないけど私も運動した気がするわ!」
「俺も全然戦った感じないけどきっと動いてたわー、うん」
 大きなテーブルを囲んでもう賑やかなセレネテアル、銀子、梢子に清春。言うまでもないが運動とは鳥さんのことである。
 メニューに目を通していた隆治は、ぱたりとそれを閉じた。
「タルトタタンとか林檎のスイーツなら他にもあるけれど、やっぱりパイ専門店だからないみたいだね。ぁ、店員さん。メニューに載ってるの全部ください」
「はい全部……全部!?」
「俺は店員さんの推しちょーだい」
「あ、はい……当店のおすすめですね」
「オレもおすすめを貰おうかな。あとシナモンが効いたやつも……あ、みんなドリンクはどうする?」
「ごゆっくりお考え下さい」
 隆治のぶっこみに泡を食ったり清春のオーダーを受けたり、ラッセルの幹事プレイの傍らで笑顔を絶やさなかったりと忙しい店員さん。
 彼女が奥へ引っ込んでくと、キリクライシャはそわそわしはじめた。
「……コンポート、ジャム、生のままスライス。閉じ込めたり乗せたり、クリームやスパイスとあわせたり、生地も種類があるわ……ここのアップルパイはどのタイプかしら」
「どんなタイプであれ私たちのやることは変わりません。この店の在庫が尽きるまでいただく。それだけです」
「潔いでござるなあ」
 優美に微笑みながら言い切る明日香に、その意気やよしとばかりに感心するガルディオン。
 と、そんな感じでなんやかんや楽しく過ごすこと少し。
「お待たせいたしましたー」
「来たわね! あっぷるぱい!」
「焼き立てのアップルパイ……見ただけでも美味しそうですね」
 ことりと置かれた皿に身を乗り出したのは梢子と明日香だ。
 誘うような艶を放つパイ生地には強く焼き色がつき、内に覗くは何重にも重なる林檎のスライス。さらにたっぷりの林檎ジャムも詰められたそれは一口齧れば舌が蕩けんばかり。
 口内に流れこむ林檎の味わいと香りに、梢子も明日香も暫し言葉を忘れる。
「ん~いい林檎使ってるわねぇ……とろける蜜に林檎の歯触りが最高!」
「これだけでも十分に美味しいですね」
「……美味しい。甘さに埋もれることなく林檎が感じられるわ」
 二口三口と食べ進める梢子たちに頷きながら、もぐもぐと瞑目して味わうキリクライシャ。
 店の評判に違わぬ味には3人とも唸るばかりである。
 が、当然ながら、直に食べるなど前座に過ぎない。
「あっぷるぱいが美味しいのはわかったわ! でもとっぴんぐができるのなら、ここは一通りとっぴんぐを試してみないとね!」
「そのとおりです。というわけで生クリームでも添えてみますか」
「……全部、食べてみないと」
 梢子が爛々と目を輝かせ、明日香が皿の脇に添えられていた生クリームを乗せ、キリクライシャが心持ち座る位置を浅くする。臨戦態勢である。
 隆治は威圧的なドラゴン顔をもぐもぐと動かして、指についたパイ生地を擦り落とす。
「カスタードを入れて、より甘くして食べるのも悪くないな」
「うん、確かにカスタードアップルパイも美味しいわね。苦めのコーヒーとよく合う」
「やはり何事もメリハリが大切なんだな」
 コーヒーカップを置いてまたアップルパイを頬張る銀子に、同じくアップルパイを頬張りながら返す隆治。ちなみにメリハリとか言ってるがその手は絶えず甘いアップルパイを口に送りつづけている。
「メリハリねー。そういや熱々のアップルパイに冷たいアイスクリームが合うのもメリハリってやつかね? 不思議だよなぁ」
「本当よ! 温かいあっぷるぱいに冷たいあいす、鉄板の組み合わせね!」
 手元でフォークをくるくるさせて笑う清春。膨らんだ口をもごもごさせる梢子。2人の前にある皿ではじんわり溶けたバニラアイスがパイ生地に染みており、それがまた視覚的にも美味いのだ。
 同じくバニラアイスをトッピングしていたセレネテアルとラッセルは、口を満たす冷たくも温かい甘さに身もだえた。
「ん~♪ 甘さがコーヒーにも合って美味しいです~!」
「さすがお店の一押し、間違いないね。オプションのドライフルーツも美味しい」
「ドライフルーツ! 気になります~。一口いただけませんかっ」
「オレは構わないよ。はい」
「ありがとうございます~!」
 諸手をあげて喜び、さっそく賞味するセレネテアル。小躍りしそうに脚をジタバタさせる彼女を尻目に明日香はシナモンアップルパイを口にする。
「やっぱり林檎といえばシナモンですね。甘い香りが一気にひろがって……」
「あ、オレもシナモンのやつを食べてみよう」
 ドライフルーツの感慨に浸っていたラッセルが我に返り、同様に頼んでおいたシナモンアップルパイにフォークを下ろす。割っただけでシナモンの香りが立ち昇り、隆治はその香りについ一瞬鼻を鳴らしてしまった。
「良い匂いだ。嗅ぐだけでお腹が膨れそうだな。いや食べるけど」
 真ん中に乗っけたアイスクリームごと、フォークでパイを割り開く隆治。それをはむっと頬張ったときに彼の尻尾が左右に振れたことはここだけの秘密だ。

●最高でした
 冗談のように大きな上体を、きゅっと丸めて。
 ガルディオンはアップルパイを静かにもぐもぐしていた。
「これがアップルパイ。それがし食事の必要はないでござるが、どうにも手が止まらないでござる。不思議でござるなあ、きゃり子殿」
 隣にちょこんと座り、同じくもぐもぐしていたきゃり子が首をこくん。
 何とも慎ましい食事シーンだった。
 けれどそんな静寂がいつまでも続くようなテーブルではない。スイーツにテンションが上がりっぱなしのセレネテアルはまるで酔客のようにガルディオンに寄りかかってきた。
「セレネテアル殿?」
「ガルディオンさんもアップルパイ楽しんでますか~! 折角定命化したからには食を楽しまなきゃそんですよっ。店員さんこのトッピングも追加でお願いします~!」
「い、いやそれがし多く食べるつもりは……」
「何言ってるのガルディオンさん! 初陣なんだから頑張らないと! くりーむちーずとの組み合わせとかいかが?」
「しょ、梢子殿!」
 セレネテアルと挟みこむ形で仕掛けてきた梢子により、ずずいっとクリームチーズ盛りのアップルパイを手渡されるガルディオン。いつも放置がデフォの葉介がちょっぴり羨ましげに見つめる中、ガルディオンの前には大量のパイが積まれてゆく。
 そしてそこへ横から滑りこんでくるアリャリァリャ。
「ウチもウチも! コレおいしいゾ! オススメ!」
「これは……」
 目に飛びこんだパイの姿にたじろぐガルディオン。アリャリァリャが出してきたアップルパイは何を血迷ったのかごろっと大ぶりなチキンが乗っていたのだ。
「鶏肉使っタアップルパイだ! リンゴはおいしい。赤くておいしい。だから鶏肉とも結構相性イイと思ウ!」
 謎の自信でずいずい勧めるアリャリァリャさん。
 その奇抜なパイへの対応にガルディオンが困る様子を、ラッセルは見逃さず捉えていた。
「和やかな光景だね。アップルパイの画像と合わせてSNSにアップしてみます?」
「SNS……それを所望するとなればそれがしに断る理由はないでござるが……」
「そんなことよりラッセルさん! それは何ですか~?」
「あ、これ?」
 セレネテアルの食いつかんばかりの好奇の視線に、手元にあったパイの皿を取り上げるラッセル。
 乗っかっていたのは、どかっと丸いパイの塊。
「ブールドロっていう、林檎を丸ごと1個焼いたものだよ。アップルパイの亜種って感じかな? ね、キリクライシャさん?」
「……林檎をがぶっと齧れるのが美味しいと思うわ」
 両手で持ったアップルパイを食べながら、小さく首だけ頷かせるキリクライシャ。
 それを受けてセレネテアルが興味のままに注文を繰り出すのを聞きながら、清春は飲み切った紅茶のカップを卓に置いた。
「あー、そーいやアップルリザーブに使ってる林檎の品種はなんなんだろーな。酸味のあるやつだったらそのまま食ってみてえ……ってことで店員さん。林檎1個ちょーだいな」
「かしこまりましたー」
 シンプルな注文だけあって林檎はすぐに清春の手元に届いた。それを齧って清春が口を絞られるような酸っぱさに耐えていると、ふと暇そうにしているバーミリオンと目が合う。
「あー、食うか? 前に一緒だった仕事で活躍してたろ、そのゴホービっつーやつ」
「――」
 バーミリオンがぴょこっと席を降りて歩いてきたので、速攻で追加の林檎を頼む清春。手渡しされたそれをバーミリオンはすりすりとさする。
 林檎を持ってご満悦のテレビウムを見ながら、銀子は本日20個目となるアップルパイを平らげてコーヒーを飲んだ。
「人が楽しそうにしてるのって何だかいいのよねー」
 皿の上のストロベリーやブルーベリーをフォークで転がしながら、顔を綻ばせる銀子。
 その耳に聞こえるのは周りから聞こえる女学生たちの声だった。アップルパイひとつで全力ではしゃぎ、分けあう姿に何だか胸は温かくなる。
「同じ年代だったら、ね……」
「もっと騒いでいたのかな?」
 生クリームとヨーグルトを盛ったアップルパイを味わいながら、隆治がニッと笑う。銀子はそれを手振りであしらって、残しておいた最後の一皿を手前に寄せた。
「最後はおすすめのバニラアイスでシメるしかないよね」
「ハズレはないからな。我輩は映えが物凄い薔薇のアップルパイだけど」
「何それすごい一口ちょうだい」
「薔薇のアップルパイ……私も少しだけいいですか?」
「仕方ないな。ちょっとだけだぞ」
 興味の眼差しを向けてくる銀子、そして明日香に満更でもない顔で皿を差し出す隆治。ちなみに薔薇の形を成したアップルパイという意味で、薔薇を使っているわけではない。
「んー。これも美味しい」
「さらにキャラメルアイスなんか乗せたら最強ですよ、ほら」
「何それすごい映える」
 薔薇の真ん中に特大キャラメルアイスを乗せた明日香に、思わず目を奪われる隆治。
「ほかにもたくさんありますよ。チョコレートアイス、コーヒーアイス、抹茶アイスにダメ押しの林檎アイス……好きなのを乗せるといいでしょう」
「よし全部乗せよう」
 自分がトッピングとして試していた数々のアイスクリームを並べる明日香へ、隆治は即断即決でそう言った。
 別に実際にSNSに上げるわけでもないのに、男はなぜか全力であった。

「ありがとうございましたー」
「どうも」
 クールな現金払いで会計を終えた隆治が、颯爽と店を出る。
 その背中に続いて退店したセレネテアルは、午後3時の少し傾いた太陽を見上げた。
「すごく美味しかったですね~!」
「ええ! お土産たくさん買っちゃってお財布が空だわ!」
「……アップルパイだもの。仕方ないわ」
 両手にごっちゃり袋を提げて、頻りに首肯する梢子とキリクライシャ。ついでにセレネテアルもまったく同じ状態である。
 とりあえず全種類。
 そう告げた3人の腕はこの帰途で鍛えられるんじゃないっすかね。
「皆さん、すごい量ですね」
「とても真似できる量じゃないね……今日のお礼も兼ねてねむちゃんの分も買ったけど、このぐらいだし」
 3人の膨大な土産量に呆れる明日香に、ラッセルが片手サイズのボックスを披露。対する明日香もラッセルのに比べれば大ぶりだが常識的なサイズである。
 そして銀子も、大きなボックスを手にして、店を振り返った。
「最高だったわ。またこのお店に来よう。絶対」
 また大好きなアップルパイを。
 そう胸に誓っちゃって、家路につく銀子だった。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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