眼前に居並ぶ大軍勢を前にして、その指揮官たる王子の顔色は優れなかった。
ホーフンド王子万歳を唱える者達、それに胡乱げな目を向ける者達、王子のことを心配そうに見上げる者達……など、どこかまとまりに欠けた様子のエインヘリアルやシャイターンの軍勢を見下ろし、青年――あるいは、心細げに眉をひそめたその表情は少年のようでもある――は、豪奢なバルコニーから片手を高く振りあげた。
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを……倒しに行く、よ!」
小さな声を精一杯に、最後には絞り出すようにして告げれば、眼下の軍勢は熱狂的な、あるいはおざなりな歓声でそれに応える。
そんなホーフンド王子の後方に控える、二人の女性。王子の秘書官ユウフラが不安げな表情で彼を見守り、そして王子の娘アンガンチュールは、これから始まる戦いへの期待に胸を高鳴らせ、思わず笑みを零していた。
●
ぺこり、と集まったケルベロス達に一礼をして、ヘリオライダーの少女――オリネ・フレベリスカ(アイスエルフのヘリオライダー・en0308)は説明を切り出した。
「今日みんなに来てもらったのは……うん、何となく予感した者も居るかもしれないけど、エインヘリアルの新たな軍勢が動きだしたんだ」
そうして少女は、片手に抱えたままだった分厚い書物を、大きな机の端へと大事そうに置いた。
その卓上に広げられている地図は、東京都八王子市――『東京焦土地帯』と呼ばれるその地域を描いている。
「最近、死神勢力の『死翼騎士団』との接触で得た情報、そして焦土地帯の情報を探っていた副島・二郎(不屈の破片・e56537)さん達の調査によって、ここのエインヘリアル達が大軍勢を受け入れる態勢を整えていることがわかった」
その大軍勢を率いる指揮官も、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)の調査などによって判明したんだ、とオリネが指で示したのは、数字の『8』。
「エインヘリアルの第八王子、名前はホーフンド。妻をケルベロスに倒されて、その報復を求めて動き出したみたいだ」
ホーフンドの妻とは、三連斬のヘルヴォール……昨年の末、グランドロン救出戦で第四王女レリとともに倒したエインヘリアルなのだとオリネは告げる。
「あの戦いはグランドロンの救出が目的だったから、指揮官が倒れても敵の戦力はたっぷりと残っていたよね。この残党達が、復讐を掲げるホーフンドの指揮下に入ったんだ。戦意も戦力も充分なこの軍勢が、ブレイザブリクを支配するエインヘリアル達に合流したら……厄介なことになる、ってわけだ」
つまり、合流する前にホーフンドの軍勢を叩くのですね、とケルベロスの一人が応えると、オリネは頷いた。
「とはいえ、相手の戦力を考えれば、真っ向から戦うのは得策じゃないからね」
そして、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の提言を受けて組み立てたという今回の作戦を告げる。
ホーフンド王子の人となりは、慎重……あるいは臆病ともいえるほど、戦いには消極的と見られているらしい。
それが妻の敵討ちとばかりに戦へ出るとなれば、王子を慕う配下達は彼を気遣い、彼に危害が及ぶような無理な侵攻は避けようとするだろう。
それに対して、後から加わったレリやヘルヴォール指揮下の残党は先の戦いの記憶も新しく、士気も高い。
つまり、前衛を務める残党部隊と、王子の護りを固める本隊の間には、連携の綻びがある。
そこで、まずは前衛に展開する残党部隊を襲撃し、後方に控える本隊が現われないうちに各個撃破する。
その後、本隊の一部が救援に現われたところを迎撃し、足止めを行う。
こうして、ホーフンド王子の本隊が手薄になった隙を狙い、少数のケルベロスが王子の元へ派手に襲撃を仕掛ける。
王子自身にまで凶刃が迫れば、王子の性格や周囲の戦意の低さから、彼らは危険を恐れて撤退していくだろう……と予想される。
「つまり、討ち取るまでは難しいかもしれないが、脅かすことができれば充分……ってわけだ」
わっと両手を振り上げて脅すようなポーズで悪戯っぽい微笑をオリネは浮かべ、そしてすぐに引っこめた。
「……と、言うのは易いけれど。相手はエインヘリアルの王子とその配下たちだ。決して深入りはしすぎないようにね」
そう告げて頷き、時間だね、と外に控えるヘリオンの方を示す。
「作戦の成功と、みんなの無事を祈っているよ。わたしにはそれしかできないけれど……せめて現地まで、しっかりと送り届けよう」
参加者 | |
---|---|
ティアン・バ(熾瞳・e00040) |
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
春日・いぶき(藤咲・e00678) |
深月・雨音(小熊猫・e00887) |
グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868) |
名雪・玲衣亜(ナンバースリー・e44394) |
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736) |
サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791) |
●
「さあさあ、ケルベロスの首はこっちだぜ!」
焦土に巻き起こる土埃を払って轟く声はグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)、赤土の色をした髪と尾が今にも逆立ちそうにざわめく。風に煽られて腕を駆け上ってきたハリネズミを名雪・玲衣亜(ナンバースリー・e44394)は指先でそっと撫で、愉しげに口の端を上げる。
「親玉がいなくなったアンタたちってー、ぶっちゃけどーなの? あー、レリ王女? だっけ?」
わざと間延びした声色、乱雑な言葉遣いで投げられた、その今は亡き者の名に、
「――ね、アタシでも勝てちゃったりする?」
春の嵐が立つ。
●
――その戦端は、エインヘリアルらの軍勢にとっては予想外の形で開かれていた。
ケルベロス達の姿を最初に見て取った前衛部隊の間に、戸惑いの感情が広がる。
ホーフンド王子に従い、この地域を支配する同族に加勢する――自分達はそう聞かされていたはずだ。
その上、ここはブレイザブリクの防衛線の内側。進軍を妨げるものなど考えもしなかった。
混乱の中、前衛を務めていた白百合騎士団の騎士達は分断されていく。冷静に後続する指揮官の指示を待つ者達と、眼前に現われた仇敵ケルベロスへ敵意を露わにする者達に。
その、限界まで絞られた糸を引き千切ったのは、ケルベロス達が叫んだレリの……彼女達にとってはかつての指揮官の、名だった。
「日本では、つわものどもが夢の……なんて言うんだったっけ」
立ちはだかるように進み出たゼレフ・スティガル(雲・e00179)が、主を失った騎士達の傷を言葉で抉る。
「指揮官が戦死したのに何のうのうとしてるにゃ?」
深月・雨音(小熊猫・e00887)もまた、騎士達に向かって大きな尻尾を振り振り、注目を引く。
「ケルベロス共、レリ様の、仇……!」
白百合騎士団の中でも、未だにレリを狂信的なまでに信奉し、その敵討ちを誓って再び戦場に身を投じていたハティ指揮下の騎士達が、猛然と奮い立つ。
こうして分断されていく敵部隊の間隙を衝いて、共闘するチームの少女がアームドフォートの一閃を放った。
轟音と共に命中すると、土煙の中から騎士達が次々と飛び出して迫り来る。
「……と言うからには、レリに恥じない戦いを、してくれるんだろうな?」
ティアン・バ(熾瞳・e00040)は醒めた瞳で騎士達を一瞥した。一斉攻撃の合図のように吹き抜けた陣風がティアンの長い灰髪を、着慣れないケルベロスコートを揺らすと、コートの中から守護の力を籠めた無数の紙兵が溢れ出し、仲間達の元へと展開されていく。
そして、居並ぶケルベロス達の中でもひときわ目立つ水色の祭装束を纏ったアイスエルフ――サリナ・ドロップストーン(絶対零度の常夏娘・e85791)は大団扇を掲げ、高らかに告げた。
「女同士だからって勝手に同類ヅラしながら、男達を人質に無理やりワタシ達を従わせて……絶対に許さないんだよ!」
ワッショイ! と、どこか場違いな掛け声と共にサリナが大団扇を振れば、そこに貼られた厄除けの御札から白銀に輝く槍騎兵の幻影が飛び出す。
「……! 黙れ、裏切り者が!」
長剣を振り上げ迫る騎士の言葉に、サリナの青い瞳が僅かに翳った。
実際、サリナは白百合の騎士達のことが嫌いではなかった。どこまでも真摯で直向きな彼女達を。
それでも。彼女達を怒らせ、気を引き、誘い込む。そのためなら、大見得だって切ってみせる。
サリナの召喚した槍騎兵は冷気の塊と化し、騎士の身体を吹き抜けて切り裂いた。
騎士は僅かに怯みながらも、繰り出した刃はエインヘリアルの巨躯に見合った巨大な剣、高所から振り下ろされる一撃はそれ自体が重力を纏い、膨大な破壊力を伴って襲いかかる。
悲鳴のように鋭い金属音。
超重量の一撃を両の腕で受け止めたディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)が、後方へと圧されながらもククッ、と嘲声を上げる。
「裏切り者というならば、私達グランドロンもそうだろう。いやぁ、城塞の役割を放棄して悪かったねぇ」
紳士たるディミックを知る者ならば、その言葉の端に僅かな罪悪感を掬い取ることができるかもしれない。
だが、激昂した騎士達がその真意に気づくはずも無く、後に続く騎士達もまたディミック達の元へと殺到しはじめる。
「主君が倒れてなお戦意を失わないというのは、強いことですね」
春日・いぶき(藤咲・e00678)は両の掌で一対のナイフの感触を確かめる。かつてレリの右腕を名乗る騎士を切り裂き、滅ぼした刃を。
「でも、僕はいつだって守るために刃を振るうのです」
――あの時と同じように。いぶきの手から放たれた輝きは硝子の粉塵、ディミックの装甲の傷を塞ぎ、前衛に立つ仲間たちの身体を覆う硝子色の盾となっていく。
「さぁ、主義主張のぶつかり合いと参りましょうか、勇猛なる騎士の皆さん」
幾人ものエインヘリアルの騎士達が怒りの形相で迫り来る――だが、対峙するグレインの意志と刃は、自らの倍ほどもある巨躯を眼前にしながらも鈍ることがない。
「さあ、戦りあおうぜ」
緑葉が彩る鞘から抜き払った直刃は鮮やかに澄み、光を放つ。先陣を切る騎士達の足元に光輝く牡牛の星辰が描かれ、角のように弾け出した無数の氷柱が騎士達の身体に傷を刻んでいく。
だが、流れる血を厭うこともなく騎士達は駆ける。反撃とばかりに一人の騎士が拳に光を宿し、強く脚を踏み込んだ反動を乗せて光の弾丸を放つ。豪速で飛来した一射はグレインにも避けきることができず、重い衝撃が肩を揺さぶり、剣を取り落としそうになる。
瞬時に駆けつけたディミックがグレインの肩を支える。鋼鉄の拳が温かな光を宿し、グレインの痛みと痺れを癒した。
だが、更なる攻撃がグレインを狙っていると見て取った雨音は、胸いっぱいに息を吸い込む。
「とーまーれーにゃああああーー!!」
耳をつんざく轟音、それはもちろんただの叫び声じゃない、猛獣の如く荒ぶる尻尾の縞毛を膨らませ、蓄えた魔力を大音声に変えて相手の気勢を削ぐ雨音の一撃。
そして、音とは振動でもある。グレインが放ち、騎士達の身体に刺さり残っていた小さな氷柱が砕け、傷口をさらに広げた。
その中で、傷が浅いと見える騎士達のポジションを雨音は手早く推測して指し示す。突き出したままの指を相手に見られていると気づくと、
「お前ら、敬愛する指揮官のもとへ送ってやるにゃ!」
そうして騎士達の注意が一斉に雨音達へと集中した機を逃さず、隣で共闘していたケルベロス達のチームが別方向へと離れていく。彼らが追うのは、白百合騎士団のうち、挑発に乗らずに上官の元へと後退を始めていたスコル指揮下の騎士達だ。
駆け出すケルベロス達の背へと、ディミックは静かに祈った。
スコルとハティ、白百合騎士団を率いる二人の指揮官は日輪・月輪の力を得ているという。日輪・月輪の強化に使われたというグランドロンのコギトエルゴスムを――ディミックの同胞達を想い、そして仇を、と。
「どうかご武運を」
去り際に、魔術師の少女が小さく一礼する。ティアンが片手を挙げて応え、君達も――と口を開きかけて止める。
口にするまでもない、あの人達が居て、遅れを取るはずがないだろう……と。
ゼレフに視線を送り、ゼレフもまた頷いた。
「そんな戦いぶりじゃ、君達の上司も報われないね、えーと……なんて名前だっけ」
騎士達が彼らを追うことの無いよう、ゼレフがさらに挑発を重ねると、
「だよねー、突進してくるしかノーがないって、騎士としてどーよ?」
くだけた言葉と裏腹に冷静な観察眼で、玲衣亜はその言葉に反応するようにルーンを紡ぎはじめた敵騎士が癒し手と見て取り、肩にしがみついたハリネズミを鷲づかみ。
「そこだ! 行ってこーい!」
振りかぶり、乱暴にぶん投げた。超テキトーなフォームだがそこは玲衣亜と心を繋いだファミリア、鮮やかに軌道修正しながら敵騎士の懐に突き刺さり、けたたましく鳴き声をあげる。
「ちっ、邪魔だ!」
煩い小動物を握り潰そうと振り下ろした騎士の手をすり抜け、ハリネズミは瞬時に主の元へと還る。
そしてその動きが好機となる。突然足元から吹き上がったと見えた業炎はゼレフの繰り出した高速の蹴撃、直撃を下半身に浴びた騎士は呻き、得物の斧を支えにして膝をついた。
「しっかり務めないと、後で相棒に怒られちゃうんでね」
身を屈めて一撃離脱とばかりに距離を取ったゼレフは、靴にそっと触れてから身を起こす。
「相棒かー、アタシ達も頑張らなきゃだね?」
と、玲衣亜はジト目で見上げてくるハリネズミから目を逸らして、トントンとブーツの調子を確かめた。
●
共闘するチームの仲間達を無事に送り出すということは、相手取る騎士の数が倍増することを意味する。
統率する者が居ないとはいえ、敵は一人一人がレリの元で仕えていたエインヘリアルの騎士。そんな彼女達が数の上でもケルベロス達を上回り、熾烈を極めた戦いが続いた。
大斧を軽々と振り回しながら間合いを詰める騎士、対峙する玲衣亜が一歩退いたその頭上を狙ってもう一人の斧使いが得物を振り下ろす。
「やっべ……!」
辛うじて頭部への刃は避けたものの、大斧の打撃は背中を掠めただけで全身の骨に衝撃が走る。膝をついた玲衣亜の姿に痛みの深さが見てとれた。
「玲衣亜さん、動かないで下さいね」
間髪を入れず、いぶきが魔術を用いた高速治療を玲衣亜へと施していく。荒っぽいのは急を要するゆえ致し方ない。
「痛っ……たいんだけど!」
まだ少し残る痛みか、あるいは治療の痛みか、声を荒げて立ち上がる玲衣亜にいぶきは頷くと、顔を上げてハッと息を呑む。
「敵の加勢が三名、一名は遠距離から狙ってきます!」
「そいつから狙うにゃ!」
前方遠く、いぶきが指した新手の騎士へと、雨音は瞬時にオーラを練り上げ牽制の早撃ちを放った。
「お前達の復讐はここで終わる。取り逃がしはしない」
対峙する騎士へと、静かに告げるティアンの声。騎士の懐へと伸びた刃が僅かな傷を刻む。
「見くびるな! 私達に撤退はありえない、レリ様の名に懸けて……!」
大剣を薙ぎ払い、突風を伴う一撃が彼女の胴を引き千切る――だがそれは囚われの幻影、死の澱積もった水底へと誘い込む罠。
「奇遇だな。此方も退く気はないんだ」
全く奇遇では無い表情で、ティアンはコートの下に隠していた縛霊手を広げた。光に包まれたティアンの手が、大きな手を強く握りしめるように閉じる。
その標的は目を見開いた騎士。ティアンの『ゆびさき』から尾を引いて舞う巨大な光弾が、周囲の騎士達も巻き込んで弾けた。
それは、目を閉じようが避け得ないほどの目眩まし。
「そーれっ!」
掛け声とともにサリナの突き出した掌から、鋭く伸びた氷柱の刃が幾本も放たれ、体捌きを鈍らせた騎士の頭と胸元に深々と突き立った。
「レリ様……、申し……訳……」
絞り出すような言葉とともに崩れ落ちた騎士に、さようならと声にならない言葉でサリナは告げた。
裏切り者、という言葉が小さな棘のように残っていて、胸がチリリと染みる。
レリの下で生きた日々もまた、自分の一部であると知っているから。
「己の決断に後悔があるのかい?」
ディミックの言葉は責める様ではなく、温かだった。そうではないだろう、という風に。
サリナは首を振る。
「ワタシは男だ女だじゃなく、皆で仲良く楽しくワッショイしたかった」
――だから、今が最高に楽しいんだ!
そう告げて次の騎士へと向き直れば、ディミックの大きな鋼鉄の身体がその前に進み出て、敵の刃を受け止めた。
数多くの敵を眼前にしていても、ケルベロス達は一斉に倒すことを狙わず、一体ずつ着実に決着をつけていく。
その一方で、敵の攻撃は防衛役を務めるグレイン、ディミック、玲衣亜が互いにカバーに入ることで痛手を分散しつつ、ゼレフと雨音を加えた五人を近接させて一斉に回復させることで戦線を維持する。
それだけの態勢を敷いても、退くことを考えない強敵に対しては危うい戦況が生まれうる。
後衛のいぶきとサリナを狙った氷の刃、仲間達に庇う間も与えないその一撃が、二人を薙ぎ払った。
「! ……無事か!」
対峙する騎士の一撃を押し返し、振り向いたグレインに、いぶきは腹部の深傷を押さえながらも、
「僕よりも、サリナさんを……」
グレインは頷き、倒れたままのサリナを敵から庇う位置へ動くと、荒い呼吸を整え、狼耳を立て、言葉を発した。
「風よ、力を貸してくれ!」
荒れ果てた焦土にも風は吹く。風は種を運び、いつか焦土にも花を咲かせるだろう。
その日のために、この戦いがある。
サリナを優しく包む球体は、この土地の自然から借り受けた癒し。
「皆、守りたいものがあるからな。そう簡単に首はやらねえよ」
ほどなく、いぶきの降らせた粉硝子がいぶきとサリナの傷を癒し、ディミックが焦土から引き出した死の記憶を反転させて活力と成し、二人は再び立ち上がる。
一方で、白百合の騎士達の中には、もはや癒し手は居なかった。
――あるいは、一度刃を引いて立て直す判断をできる者が居なかった。
「まとめて燃えちゃえー!」
玲衣亜のハリネズミが激しく身を翻しながら杖に姿を変え、回転の勢いで点いた炎が杖の先から勢い良く噴き出し、残る騎士達を灼熱に包む。
業炎に巻かれながらも両手に携えた二振りの大剣を振り上げケルベロス達へと迫る騎士に向け、ゼレフは一歩踏み込み、抱えた剣を振り上げる。
刃の軌跡は真直ぐに青く炎の軌跡を描き、振り下ろした騎士の一太刀、二太刀を貫き、打ち砕きながらその首元を貫いた。
そして同刻。
もう一人、徒手の騎士が炎を振り払うように俊足で雨音へと肉薄する。雨音は騎士の構えた拳を見て取り、一撃から逃れるように身を翻す。
騎士はそれを読んだか、脚を踏み込み直して再び標的を捉える――が、身を翻した雨音の大きな縞尾が騎士の足元に迫っていた。
寸前で踏みとどまり、尾をやりすごした騎士――までが、雨音の演舞。
「な……!?」
くるりと向き直った雨音の、音速を超える拳が騎士の身体に吸い込まれ、その巨躯はいとも容易く吹き飛んだ。
二人の騎士が崩れ落ちる音は同時。
そしてその時、周辺に生きたエインヘリアルの姿はもう残っていなかった。
「十八、十九……ですか」
いぶきが数え上げていた敵騎士の数に、ケルベロス達は戦闘の激しさを改めて実感する。
そして、ともに戦っている仲間達の帰趨を案じていた。
「さて」
疲労のあまり座り込んでいたケルベロス達は、誰からともなく立ち上がり、敵軍の去った方角を見据える。
玲衣亜だけは大きな溜息をついてから、それでも。
「えー、もうマンシンソーイなんだけど……ま、助けを待ってる人が居たらそーも言ってらんないか」
作者:朽橋ケヅメ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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