第八王子強襲戦~怯懦の復讐

作者:Oh-No


 宮殿前にひしめく大軍勢のひとりひとりが、視線を一様にバルコニーへと向けていた。それらの視線が集中する焦点に立っているのが、二人の女性を引き連れた線の細い少年、ホーフランド王子である。二人の女性はそれぞれ秘書官ユウフラと、娘のアンガンチュールだ。
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!」
 秘書官ユウフラが心配げに王子を見守る中、王子が檄を飛ばす。
 けれどその声は小さく、ひしめく軍勢の隅々まで届いたかさえ疑わしい。
「「「おー!!」」」
 そんな檄でも一部の集団は熱狂的な歓声を返していた。おそらくは、ヘルヴォール配下の残党たちだろう。残る面々はあくまで申し訳程度に声を上げるばかり。
 熱気のコントラストが際立つ中、セレモニーが続いていく。


「『ブレイザブリク周辺のエインヘリアルの迎撃状況』に関する巻物には、不自然な点があった」
 巻物は死神の死翼騎士団との接触で得られたものだ。ユカリ・クリスティ(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0176)が話すところによれば、それらを分析した結果、エインヘリアルの迎撃ポイントやタイミングに明らかな穴があったのだという。
「これだけなら誘い出しの罠も疑うところだけれど、副島・二郎(不屈の破片・e56537)君らからもたらされた焦土地帯の情報とも組み合わせた結果、焦土地帯のエインヘリアルが『大軍勢の受け入れの為の配置展開』を企図しているって見えてきたんだ」
 手にした資料に視線を落とし、ユカリは続ける。
「具体的な内容は、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)君の調査と予知で明らかになった。大軍勢の指揮官は第八王子・ホーフンド。彼は、大阪城のグランドロン城塞でレリ王女と共に撃ち倒した、三連斬のヘルヴォールの夫だ。つまり、僕たちへの報復を狙ってるってことだね」
 レリやヘルヴォール配下の残党が当然のように軍勢へと加わっていることもあり、ホーフンドが率いる戦力は膨れ上がっている。素直にブレイザブリクへの合流を許してしまえば、攻略難度が上がることは避けられない。
「そこで、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)君が計画した強襲作戦を実施することになったんだ。ホーフンドの軍勢は元からの本隊と、残党主体の前衛とに別れていて、その連携に難がある。その上、残党は報復に燃えてるけど、本隊はあくまで王子の安全が大事で、侵攻に対してそんなに積極的じゃない」
 そこでユカリはケルベロスたちを見て、苦笑した。
「そもそも王子本人が、本来は好戦的なタイプじゃない。臆病なくらい慎重派だって話だ。本隊が危機に陥ってまで戦闘を継続する意志はないはずさ」
 前衛と本隊の戦意の差に浸け込んで前衛を壊滅させ、本隊の喉元に研がれた刃を突きつけることができれば、王子の周囲は撤退を提案し、本人も受け入れるだろう。
 敵の前衛右翼はレリ配下、左翼はヘルヴォール配下の残党で構成されている。戦意が高い彼らと本隊の連携の隙をついて各個撃破に持ち込めれば、ケルベロスが優位に立てるだろう。そうなれば、敵本隊も救援を出さざるを得ない。そこで敵本隊の薄くなった陣容へと強烈な一撃をお見舞いすることができたなら、ホーフンドの背筋が凍りつくはずだ。そして撤退を決断してくれたなら、この作戦は成功である。
 もちろん、救援部隊を妨害することも必要だろう。本体から離れたところで足止めし、前衛への救援はおろか、王子周辺へ反転することも許さず釘付けにしなければならない。
「東京焦土地帯の戦力が増強されることだけは、少なくとも座視できない。それを阻止した上で、エインヘリアルの戦力自体をどれだけ削ることを狙うかは、この戦いに身を投じる君たちの判断に任せるよ。何れにせよ、苛烈な戦いになるだろう。――成功を祈ってる」


参加者
アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)

■リプレイ


 ブレイザブリクの警戒網をすり抜け、姿を捉われることなく浸透したケルベロスたちは、ついにホーフンド王子が率いる軍勢の先端に遭遇した。
 兵力のほとんどがシャイターンから構成される軍勢は、粛々と歩みを進めている。遠目に伺う彼らの表情は引き締まっており、士気は十分に高そうだ。
(「意気地は無くとも、愛した者の為に動く矜恃はあるか」)
 ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)が軍勢を目にしてつぶやく。ホーフンド王子はけして武張った人物ではないと聞くが、いやいやどうして。
(「……敵ながら好ましいぞ。……だからこそ、これ程の人望があるのだろうな」)
 これほどの軍勢を率いることができるのならば、相応するだけの資質があるのだとディークスは思う。
(「士気が高く、いざとなったら引きもする。噛み合えば厄介な相手ね」)
 バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)もまた、彼らの在り方に脅威を覚えた。だが、自分たちとて無策でここにいるわけではない。
(「こちらだって士気、備えともに十分よ」)
 近くには他の隊も配置についている。自分たちだけで事に当たるわけではなく、局所的な戦力だけを見れば、むしろ優位に立っているとさえ言えるだろう。
(「今こうしている間にも死神が蠢き、ブレイザブリクにも戦力はある。気にはなりますが、今は目前の敵に集中すべき時」)
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は丸眼鏡のツルを持ち上げて位置を正す。状況は複雑だが、今この場でなすべきことはシンプルだ。
「ケルベロスの本分、果たすとしましょう」
 さて仲間はどうかと視線を巡らせると、ディークスと目が合った。小さく頷き、準備万端だと知らせる。
 他の仲間たちもいつでも攻撃に移れる状態だ。そして、敵との距離は、仕掛けるに適切なまで縮まっている。
 ディークスは右腕を挙げて大きく回し、そして敵方へ向けて振り下ろした。
 ケルベロスたちが身を隠していた場所から一斉に立ち上がり、目前の敵へと駆け出す。
 その中にあって、月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)は誰よりも早く、矢のように飛び出した。、
「戦うのは久しぶりだもの、どうしたってうずうずしちゃうよね」
 砂塵をまき散らして跳び、握りしめた拳を腰がねじ切れんばかりに引き絞る。
「歯を食いしばっててね。油断すると、地平線の彼方へ吹っ飛んでいくよ?」
 シャイターンの目前に着地して微笑みかけた次の瞬間には、突進の勢いすらも乗せた硬い拳が突き上げられる。
「鉄拳制裁!」
 哀れなシャイターンは状況を認識する間も与えられずに、吹き飛んでいった。
 異常に気付いた兵たちが足を止め、仕掛けられた側方へと身体を向ける。そこでは、光り輝くオウガ粒子に包まれたケルベロスたちが、続々と距離を詰めてきていた。
「炎と略奪の妖精に申し上げる! 主君の敵を討ちたいのなら、今ここで我々と戦いなされ! ケルベロスはここにいますぞ!」
 そしてドラゴニアンの声が耳を打つ、。放ったオウガ粒子の残光に照り返されながら、赤煙が吠えている。

 相手の企みを事前に察することができたからよかったものの、この軍勢が無傷でブレイザブリクに合流していたらどうなっていたことか。
「まったく、厄介な事を企んでくれる……。まあ良い、かくなる上は全て薙ぎ払うのみよ!」
 とはいえ、ここから先がどうなるかは自分たち次第。ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)は、手のひらで覆った右目に魔力を集める。
 先んじて、アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)が放った攻性植物の群れが、大地を侵食しながら敵へとひた走る。
「敵の数ばかりは多いですね。どれだけ減衰するやら……」
 両手に繋がる攻性植物から生命エネルギーを貪欲に啜られつつ、アルフレッドは儚げに笑った。
 対してルティアーナは、手のひらの下から爛々と光を宿す瞳を露わにして、呵々と笑う。
「蟻が集おうと象には勝てぬ。数の多さは、常に有利なものとは限らぬと知れ!」
 緑の津波として現れた破滅に押し包まれて、魔眼から放たれた紅い光に焼かれて、シャイターンたちは浮足立った。惑わされた中には、敵味方の区別を失って同士討ちを始めるものもいる。そんな混乱の中、誰もが視線をひきつけざるを得ない女の大音声が響き渡った。
「落ち着け! 貴様らは脇に退いてろ!」
 大声に押されるようにして、シャイターンたちは慌てて左右に飛び退いた。そうして出来た狭間の道から、大柄な女エインヘリアルが姿を現す。
「こんなに早く現れるとはな! 我が名はカルヴァ。我らが復讐の刃を甘んじて受けよ、ケルベロスども」
 名乗りざまにカルヴァは、肩に乗せていた長柄の巨大な片刃斧を横薙ぎに振りぬいて、叩きつけんとする。
 だが、その刃が振りぬかれることはなかった。笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)が掲げる巨大な盾が、その軌跡に割り込んだからである。
「さては名高き勇者と見た! そなたの宣戦、しかと受け取ったぞ! その力、我が盾を打ち砕きうるか見せるがいい!」
 つぶらな瞳に闘志を秘めて、鐐はともすれば押し切られそうになる盾を支えた。
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)は突出してきたカルヴァの側方に回り込み、巨大なハンマーが変じた砲の口を向ける。
「笹ヶ根サン、巻き込まれんなよ。――出しゃばってんじゃねえ、エインヘリアル!」
「――!」
 その瞬間、鐐が渾身の力でカルヴァを押し返した。離れた間合いに竜砲弾が飛び込んで、カルヴァの胸元で炸裂する。


 突出したカルヴァの後を追って散開したシャイターンたちは、勇者を援護するべく炎弾を放った。
 狙いは後方に位置するバジルたち、メディックだ。だが、その前に立つ竜人のテレビウムや、まるで鐐のミニチュアのようにも見えるボクスドラゴンが射線を塞ぎ、簡単には狙わせない。
 その間に妖精の前へと、ルティアーナが躍り込む。
「ほれ、こんがらっておらんと順にかかってこい! かような小娘相手に大勢でかからねばならぬとは、勇者の名が泣くのぅ? 主らとて、勇者の従者であろう」
 手にした刀で周囲の妖精と数合打ち合いながら、意気地のなさを鼻で笑った。かと思えば、小刀を小脇に構えて貫かんと飛び出してきた敵を見逃さずに刀の切っ先を向け、不可視の魔力体を放つ。
「あの唐変木を狙う、合わせよっ!」
 不用意に距離を詰めた妖精は、消滅をもたらす虚無に肩を抉られて蹈鞴を踏む。間髪おかず、膝まで消失し、無様に大地へと倒れこんだ。
 合わせたのはディークスである。虚無球体をその先から放った槌を手元に引き寄せながら、周囲の様子を油断なく確認し、小さく頷く。
(「予定通りに喰いついてきたな……! このまま引き込まねば」)
 シャイターンたちは大した戦力ではない。問題なく削り切れるだろう。残る問題は、勇者兵ただ一人だが……。

 いかにも鈍重に見える片刃斧が、唸りをあげて襲い来る様は背筋が寒くなる。時にその切っ先で切り裂かれ、きれいな毛並みを己が血で赤く染めながら、しかし鐐は怯まない。
 大地を踏みしめて、深く息を吸い込み、吐息を遠吠えへと変えた。そして目前の逞しい敵を睨みつけて咆哮を放てば、鐐から広がる雷霆が共に戦う仲間たちを祝福する。
「大した気合いじゃないか。我が復讐の相手に相応しい」
「敵討ちの精神、理解はしよう。だが、討たれてやるわけにもいかぬな!」
 向かい合う盾と斧。そこへ冷めた声が投げかけられた。
「大事な人を殺されたから敵討ち、ですか」
 アルフレッドは肩をすくめて続ける。
「あなた方デウスエクスがしてきたことは、棚に上げているらしい。復讐を掲げるなら、数多虐殺された人々、そのともがらからの復讐を受けてから言ってくださいね」
「驕るなよ、ケルベロス。貴様らの命とヘルヴォール様の命を秤にかけられるわけがなかろう」
「斯くして復讐の連鎖は止まらないと。しかし、戦場で倒れるのは戦士の名誉でしょう? エインヘリアルの価値観はそうだと思いましたが、違いましたか?」
「名誉ある死には名誉で返すとも。喜べ。貴様にも戦士としての死をくれてやる。さあ、虚ろなことばかり紡ぐ口を閉じて、得物を構えるがいい」
「ボクには付き合いきれませんね」
 アルフレッドは興味を失ったとばかりにカルヴァから視線を外し、仲間たちへ癒しの花弁を振りまく。
 だが京華にはカルヴァの言葉が理解できる気がした。彼女たちにも戦わねばならない理由があるのだ。
(「けど、負けない。私にだって戦う理由はあるから」)
 たとえ分かり合うことはないのだとしても。
「どんな理由だって、全力で戦えるのは楽しい! 正々堂々、勝負しようね!」
「勝つのは我だがなッ」
 電光石火の鋭さで踏み込んだ京華の蹴撃を、カルヴァは斧の柄で払う。二人が交差した刹那、互いの視線がぶつかり合った。

 強力な敵であるカルヴァを鐐たちが抑えている間に、残るケルベロスたちは数ばかり多いシャイターンを排除していく。
 バジルも回復の手を止めて、右手に持つ九尾扇へ薬瓶から何かの薬を垂らした。そうして振るわれる九尾扇の先からは毒霧が噴き出して、風に乗って戦場を舞う。
「毒を盛って、毒で制す……なんてね。私特製の毒、痺れるお味はどうかしら?」
 苦しむ敵の姿をとらえた青の瞳を細めて、バジルは嬉しそうに笑った。
 そこへ槌を振り下ろしながら、竜人が中天から落ちてきた。
「そのままとっとと死んどけや、なぁッッ!」
 槌そのものはすんでの所で妖精に躱された。けれど、竜人は地面に突き立った槌を軸に回転し、己の太い竜尾で周囲の妖精たちをなぎ倒す。
 弾き飛ばされた妖精は、毒霧を吸い込んだ喉を抑えながら転げまわっている。
「……あまり苦しめるのも、可哀そうですからな」
 赤煙は妖精の横に立ち、無造作に拳を落とす。オウガメタルに鎧われたその拳は、いとも簡単に妖精の命を散らした。


 ここまで討ち取ったシャイターンは、五十ほどにも達するだろうか。記憶だけでは怪しくなるほどの数が打倒されて、残るはわずか数体。
「もはや残るはこれだけか。あっけない。――影打が怨念の糧となれ!」
 ルティアーナは口をゆがめて笑い、御護刀を振りぬいた。
「もっともっと、深く毒を味わって」
 他方では、バジルが放つエルフの技が、複雑な軌道で妖精の急所を穿ち、致命的なほどに毒を回らせる。
「全力で、いくからね!」
 京華の拳を受けた妖精に至っては、吹き飛ぶことすらなく、その場で形を失った。

 そして一体、また一体と妖精が欠けていき……、やがて孤立したエインヘリアルだけが残された。
「預かった兵も守れず、敵討ちも果たせんとはな……」
 ただ一人戦場に立つカルヴァは自嘲的な笑みを浮かべる。
「勝手に攻め込んで、勝手に返り討ちされて、何が敵討ちだよ、図々しい。てめぇの仇も誰かが取るってか?」
 消えゆく妖精から打ち付けた槌を引き戻し、竜人はカルヴァへ鋭い言葉を投げかける。
「目ぇ逸らしてるみたいだから言ってやるよ。護り切れなかったテメエらが全部悪い。まさか負けるなんて思わなかった、なんてダセえこと今更言わねえよな?」
「……ああ、認めよう。ヘルヴォール様を失ったのは我らの不甲斐なさ故よ。なればこそ、貴様らを滅ぼさねば恥が雪げぬ」
「そうかい。それはそれとして、よし殺す」
 竜人の表情は髑髏の仮面に隠されて見えない。けれど竜人の声音に混じる色は、ある種の好意を秘めているように聞こえる。
「お前たちにとっては良い主人だったのだろう。……ならば敬意を持って、挑ませて貰う」
 ディークスもまた、あくまで敬意ある態度で相対していた。
 カルヴァもきっと、もう終わりなのだと悟っている。だからこそ、誇りを賭けた一撃を放ってくるだろう。
「今更話し合うでもなし。速やかに殲滅しましょう」
 双方の緊張が高まる中、アルフレッドはあくまで冷ややかに、多数のドローンをけしかけた。
「――そう簡単に終わると思うなッ」
 カルヴァは大斧を振り上げて、傷つくことを恐れずにドローンが放つ弾幕を突き抜けてくる。
「彼奴も死に物狂いですな。ここが踏ん張りどころですぞ」
 そう言って赤煙が吐いたブレスは、敵ではなく仲間たちを覆う。そのブレスに込められていたのは優しい熱。浴びた仲間たちの体が解きほぐされ、軽い動きを取り戻す。
 竜人は槌を手に前へ出た。竜人が振るう槌は周囲の熱を奪い、その表面に氷のかけらを纏っている。
 振り下ろされる斧と、横殴りに振るわれる槌。真っ向から打ち合った衝撃で、槌が纏った氷がガラスのように飛び散った。
「――もう一撃だ」
 竜人の後ろから、続けざまにディークスの槌が奔る。同じく、極冠の冷気を纏った槌がカルヴァに迫り……、カルヴァが胸元に引き寄せた斧の上から叩きつけた。
 斧は砕かれて粉々に散り、カルヴァが血を吐く。だが得物を失ってなお、カルヴァは拳を固め、前へ出ようとした。
 そこへ盾を掲げた鐐が詰め寄った。
 ここまでひたすら防御を固めてきた鐐だったが、今回ばかりは違う。盾の陰には、重い拳が隠されている。
「ここまで好きに打ち込んでくれた分、幾分なりとも返しておかねばな!」
 カルヴァが突き出した拳を右手に握った盾で払い、重力を纏ったストレートを左手で放つ。拳の先は、きれいにカルヴァの顎先へと吸い込まれていった。
「無念、だ……」
 仰向けになって倒れこんだカルヴァは、小さくつぶやいて力なく瞼を閉じた。


「……どうやら旧ヘルヴォール軍は無事に撃破したみたいですね」
 アルフレッドは周囲に響く歓声を聞き、やれやれと息を吐く。
「みんな大丈夫? あまり無理はしないほうがいいと思うけど、でも余裕があるなら――」
「私は大丈夫だよ! ホーフンド王子の本隊を狙うってことだよね」
 仲間たちの傷を見ながら口を開いたバジルの言葉を遮って、京華が明るい笑顔を浮かべた。
「私は賛成だ。戦果が拡大できるなら、逃す手はあるまい」
 抱え上げたボクスドラゴンの具合を確かめていた鐐が、振り向いて深く頷く。
「良いぞ、我も怯えた王子の顔が見たかったのじゃ」
 ルティアーナは恐怖にゆがむ王子の顔でも思い浮かべたのか、嗜虐的に笑っていた。
「ならば、行くとしよう。敵本隊は数が多い。こちらの戦力が多すぎるってことだけはないだろうからな」
 槌を抱えて歩き出したディークスを追うようにして、皆も新たな戦場へと向かう。
(「正面はこれでいいとして、あとは後ろ……死翼騎士団は、どう動く?」)
 ただ一人、思索にふける赤煙を残して。
「どうした、何か考え事かよ?」
「……何でもありません。見事に作戦勝ちでしたな」
 声をかけた竜人へ振り向いて、赤煙はごまかすように笑った。

作者:Oh-No 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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