第八王子強襲戦~迫る刃を迎え撃て

作者:椎名遥


「……よ、よくぞ集まってくれた、勇士達よ!」
 荘厳な輝きを宿す宮殿のバルコニーから、エインヘリアルの第八王子『ホーフンド』は語り掛ける。
「これより僕達は地球へと侵攻する」
 眼下に集う多数のエインヘリアルは、本来の彼の軍にレリとヘルヴォールの残党も加わった大軍勢。
 その数と力をもってすれば、これまでにない規模の侵攻作戦を行うことも不可能ではないだろう。
「多くの仲間達、レリ、そして僕の妻であるヘルヴォールも、ケルベロスによって殺された……この戦いは、その清算のためのものだ」
 語る言葉は勇ましく。されど、その言葉は時に弱く揺らぎながら。
「僕達エインヘリアルの力を思い知らせ、仲間を奪った報いを与えるために、みんなの奮戦を期待する!」
 檄を飛ばす、と言うには小さく弱い声。
 しかし、それに応えて響く歓声に、ホーフンドは小さく安堵の息をつく。
 ――彼は気付かない。
 届く声には、大きなバラツキがあることに。
 敵討ちのために熱狂的に沸き立つヘルヴォールとレリの残党と、元からホーフンドに仕えて彼の安全を願う配下達。
 同じ軍勢でも、その立ち位置には大きな隔たりがある。
「さあ――僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを、倒しに行くよ!」
 そのズレに気付かぬまま、軍勢は地球へと向けて侵攻を始める。


「エインヘリアルの動きが判明しました。皆さん、至急準備をお願いします」
 集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は緊張した面持ちで説明を始める。
「先日、死神の死翼騎士団との接触によって得られた巻物の事はご存じでしょうか?」
 東京焦土地帯に侵攻している死神勢力の指揮官とケルベロス達が接触し、情報を持ち帰ったのはつい先日の事。
 その際に、いくつかの情報と共に得られた巻物が『ブレイザブリク周辺のエインヘリアルの迎撃状況』に関する情報を記したものだった。
「この情報の検証を行ったところ、エインヘリアルの陣容に不自然な点がいくつか発見されました。それだけであれば死神の欺瞞情報である可能性もありましたが……こちらで把握している情報と合わせた結果、それが事実であることと、その先にあるエインヘリアルの狙いが判明しました」
 死神から得られた情報。
 そして、副島・二郎(不屈の破片・e56537)ら、焦土地帯の情報を探っていたケルベロス達によって入手された情報。
 それらから導かれる相手の目的は――、
「エインヘリアルの陣容の不自然さは『大軍勢の受け入れの為の配置展開』のためです」
 同時に、エインヘリアルの動きを探っていた之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)の調査と、得られた予知の結果、現れる大軍勢の詳細もまた判明している。
「軍勢の指揮官は、第八王子『ホーフンド』。大阪城のグランドロン城塞で皆さん達と戦った三連斬のヘルヴォールの夫であり、その報復の為に出陣したものと思われます」
 ホーフンド王子の軍勢には、レリとヘルヴォールの残党も加わっており、単純な戦力としては非常に高いものとなっている。
 また、ホーフンド王子もヘルヴォールの残党も、ヘルヴォールの復讐の為に東京都民の大虐殺なども行いかねない。
「ブレイザブリクの戦力を高めないためにも、人々の命を守るためにも、ホーフンド王子の合流は阻止しなければなりません。ですが……」
 そこまで語ると、セリカは表情を厳しくする。
 ホーフンド王子本来の軍勢に加えて、レリとヘルヴォールの残党も加わった大戦力。
 それだけの戦力を正面から討ち果たすことは、容易なことではない。
「そこで、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)さんの作戦に従い、合流前のホーフンド王子の軍勢を奇襲する、強襲作戦を実行する事になりました」
 ホーフンド王子の軍勢は、レリ配下、ヘルヴォール配下だった残党軍を前衛としている為、前衛と本隊との連携がうまく取れていない。
 また、ホーフンド王子は妻であるヘルヴォールの敵討ちの為に出陣したが、王子を大切に思う配下達は地球への進行に消極的であることに加え、ホーフンド王子本人も本来は好戦的な性質では無く、臆病な程慎重な性格である。
「ですので、連携が取れていない隙を突いて前衛軍を壊滅させ、前衛軍の援護に向かう本隊の動きに対応しつつ、精鋭部隊をホーフンド王子に肉迫させます」
 連携が取れていないとはいえ、復讐のために高い戦意を抱く前衛の残党軍。ホーフンド王子直属の本隊。王子を守る精鋭部隊。
 いずれ劣らぬ強敵揃いな上に、そこまでやってもホーフンド王子を討つことはかなわないだろう。
 だが、そこまで迫ることができれば、王子の安全を守るために配下が撤退を進言し、ホーフンド王子も危険を恐れて撤退を受け入れるだろう。
「この作戦は、容易に撤退を選択できる進軍中にのみ可能な奇襲作戦です」
 この機会を逃せば、ブレイザブリクは大きく戦力を増すだろう。
 故に、見過ごすことはできない。逃すわけにはいかない。
 その先にある人々の未来を守るために。


「この軍勢は、大きく分けて5つの部隊に別れています」
 そう言って、セリカは卓上に5つのコマを並べ、一つ一つを指さしながら説明を始める。
 旧レリ軍の残党による前衛部隊。
 旧ヘルヴォール軍の残党による前衛部隊。
 そして、左翼、右翼、中央に別れたホーフンド王子の本隊。
「旧レリ軍の残党達は、白百合騎士団一般兵が主力の軍勢となります」
 レリを初めとした有力な指揮官は壊滅しているが、その戦意は非常に高い。
 指揮を執るのは、白百合騎士団の生き残りである氷月のハティ。そして、ハール配下のフェーミナ騎士団から派遣された炎日騎士スコル。
 ハールと協力体制にあるダモクレスの技術によって武装を強化された指揮官は高い実力を持っているものの、軍勢の多くは低い戦力しかもっていない雑兵レベル。
 その為に、連携して多方面から攻撃を仕掛けることで、本来の実力を発揮させずに戦うことができるだろう。
「旧ヘルヴォール軍の残党達は、連斬部隊のシャイターンが主力の軍勢となります」
 こちらの部隊も、ヘルヴォールを初めとした名のある指揮官は撃破されているが、その戦意は非常に高い。
 また、明確な指揮官はいないものの、戦闘力の高いエインヘリアルの勇者兵数名が中心になって動いている。
 勇者兵も含めて戦意は高いものの、最高戦力である勇者兵も一般的なエインヘリアルと同程度のために、単体戦闘力としては大きな脅威にはならない。
 逆に言えば、全体的な戦力のバラツキが少なくまとまった部隊になっているとも言えるだろう。
「本隊左翼の指揮を執るのは、ホーフンドの秘書官ユウフラです」
 ホーフンド王子軍の実質的な指揮官であり、指揮能力も本人の戦闘力も高レベルに至っているユウフラ。
 ホーフンド王子至上主義である彼女は、ケルベロスがホーフンド王子の部隊を攻撃する気配を見せれば全力で本隊に戻ろうとするだろう。
 その為に、ホーフンド王子が撤退を決断するまでの間、彼女の足止めをする必要がある。
「本隊右翼の指揮を執るのは、ホーフンドの娘アンガンチュールです」
 ホーフンド王子とヘルヴォールの娘であり、母親の仇を討とうとするアンガンチュール。
 我儘で好戦的なものの、その能力は低く、彼女を撃破することは難しく無い。
 だが、彼女を撃破してしまえば、妻に続いて娘を殺されたホーフンド王子を撤退させる事が非常に難しくなる。
 また、彼女を撤退させた場合でも、彼女が焚きつけるとホーフンド王子が撤退しにくくなるので、うまく足止めをしつつ戦意を挫くことが求められることになる。
「そして、最後。本隊中央の指揮を執るのがホーフンド王子です」
 エインヘリアルの第八王子であり、侵攻作戦の指揮官であるホーフンド王子。
 親衛隊の大戦力に護られている為、ホーフンド王子を直接攻撃する事はほぼ不可能である。
 その為に、ホーフンド王子が危険を感じるくらい派手に襲撃する事で、撤退させるのが今回の目的となる。
「今回の作戦は、複数の部隊に別れて連携をとって動くことが必要になります」
 前衛に向かう戦力が少なければ、本隊の動きを引き出すことができず。
 本隊右翼と左翼の動きに対応できなければ、ホーフンド王子に向かう戦力が挟撃される恐れもある。
 そして、本陣に向かう戦力が少なければ、撤退を引き出すこともできずに戦力を擦りつぶされることにもなりかねない。
 ――無論、連携にこだわるあまりに目の前の戦いを疎かにしてしまえば、純粋な戦いの結果としての敗北を得ることになるだろう。
「皆さんには多くを求めることになります」
 やるべきこと、越えなければならない問題。
 その障壁の高さに、セリカの表情も硬くなるけれど――。
「ですが、これまで戦い勝利してきた皆さん達なら、きっと勝利することができると信じています」
 ぐっと拳を握り、少し無理をして笑顔を浮かべ。
「――皆さん、行きましょう!」


参加者
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
六・鹵(術者・e27523)
トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)

■リプレイ

「来たわね」
「こんな、大規模な、戦場久しぶりに、来たよ」
 相手の布陣を確認して、トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)と六・鹵(術者・e27523)は静かに呟く。
 大地を埋める、と言うには少なくても、その数は百や二百では到底収まらない。
 軍を率いるのは、エインヘリアル第八王子ホーフンド。
 そして――。
「女房を殺されて復讐に狂ったか」
「うむ、敵討ちにを理由に戦いを仕掛けておるが敵討ちに正当性は全くないのじゃ」
 呟くアルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)に、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が頷きを返す。
 かつてケルベロスと戦い、倒された『三連斬のヘルヴォール』。
 その敵討ちこそが、彼女の夫であるホーフンドの目的である。
「むなしいのう、敵討ちに成功しても死んだ者が蘇るわけでもないからのう」
「……あれかなぁ。デウスエウスって死の概念がないから死んじゃわれた時に色々外れちゃうんですかねだぜ」
 首を振るウィゼに、少し寂し気に頷くタクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)。
 戦場に立つならば、そうなることも受け入れねばならないことだけど……納得できるかは別の話。
「仔が復讐の為に。生存の為に仔を狩るのは仕方がない事だ」
「まあ、俺もそうなったらどうなるか分からんが……」
「私も生きる為には仔を殺さねば成らない。如何なる仔にも私にも生きる権利は在り、喰わねば残れないのが世の常だ。頭が痛いね――ふふ」
 歌うように言葉を紡ぐユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)に、そっと息をついてアルトゥーロとタクティは得物を握る。
「だが、軍を率いてってのは違うだろ。いや、せめて先頭に立つってんなら覚悟が分かるがな?」
「まあ、うん。だからと言って見過ごせますか」
 相手の心境がわからないわけではないし、同情もするけれど。
 だからと言って、この軍を通せば、より多くの人が大切な人を奪われることになる。
「争いは避けられぬ。総ては抱擁せねば」
「ええ。生存競争仕掛けてきたのはそっちですからね」
 ユグゴトとタクティが視線をかわし、敵軍の様子を伺う。
 前線で戦いが始まり、本隊左翼が支援のために前線へと向かい。
 ――そして、
「いくぞ!」
 その機を逃すことなく、ケルベロス達は一斉に地を蹴る。


 エインヘリアル第八王子ホーフンド。
 王族の名を冠するだけあって、本隊左翼の数は一見では数えることができないほど。
 だが、ケルベロス達もまた普段より多くの仲間と共に立っている。
 近くの六人と、少し離れた場所を駆ける八人と、さらに別の場所にいる仲間達と。
 駆けるケルベロスを迎撃すべく、敵陣からも無数の炎塊が降り注ぎ――タクティの『ミミック』とユグゴトの『エイクリィ』、二人のミミックが撃ち出す武装が迎撃する。
「作戦は……たしかあーしてこーする、はず!」
「ああ、うん、そんな感じで、いくんだぜ」
 砕かれた火の粉の中をトリュームの呼び出す光の蝶が舞い踊り、その加護を受けて飛び込むタクティの拳が、ひときわ大きい炎塊を撃ち砕き、
「さすがに軍勢だけあって数が多いな。だが――」
 開かれた空間へとアルトゥーロが撃ち込む銃弾が、敵陣へと降り注ぐ。
 その攻撃は、相手の数もあって効果を減じさせるけれど、
「それで、十分だ」
 有効打には弱くとも、攻撃を受ければ弾幕に揺らぎが生まれる。
 その隙間を縫って、踏み込むユグゴトの鉄塊が相手のこん棒とぶつかり合う。
 振り抜く鉄塊が相手を押し返し、開いた空隙を通して鹵が蹴りこむ魔法陣が相手へと突き刺さり、
「もらったのじゃ!」
 飛び込むウィゼが、強烈な回転と共に手にしたバールを相手へと叩きつけ――その直前、
「中列、射撃を切らすな!」
「ぬっ!?」
 鋭い声が走ると共に、火炎弾がウィゼへと降り注ぐ。
 とっさに回転方向を変化させて切り払いつつも、勢いが鈍った得物は割り込んだ別の相手に受け止められ。
 そのまま抑え込もうとする相手を、タクティの拳とアルトゥーロの射撃が牽制し、押し返す。
「今の声は……」
「ああ」
 距離をとるタクティに、アルトゥーロは口の端を上げて応える。
 姿が見えたわけでなく、戦闘に加わったわけでもなく、ただ声が届いただけ。
 それだけで、揺らいでていた相手の動きは引き締められた。
 それが誰によるものなのか、は――問うまでも無い。
 本隊左翼を指揮する、ホーフンド王子の秘書官ユウフラ。
「秘書といえども軍勢を率いるのはエインヘリアルならではか。文官と侮らず、死力を尽くさなければな」
「ああ、あの仔等は強い。侮りなどしないとも」
 アルトゥーロとユグゴトが視線を交わし、頷き合い。
 そして、走る。
 降り注ぐ火球を受け止め、弾き、止まることなく踏み込むユグゴトに、左右から振るわれるこん棒。
 その片側をアルトゥーロのクイックドロウが撃ち抜いて逸らし、残る片方を鉄塊で受け止めつつ、至近距離からユグゴトが送る囁きが相手の精神を擽り正気を奪う。
 虚ろな視線をさまよわせ、味方へとこん棒を振り下ろす隊員の背後から、踏み込むタクティが拳を振りかざし。
 放つ拳は割り込んできた別の隊員に受け止められるも、さらにもう一歩踏み込み振り抜く拳が相手の武器を弾いて体勢を崩し。
 その隙を逃さず、ウィゼが解放する属性の力が相手を捉えて跳ね飛ばし、よろめく相手に鹵が向ける砲口の先に魔法陣が展開され――、
「動ける者は守りを固め、負傷した者は後退して回復を!」
 しかし、撃ち出す砲撃は別の相手に受け止められる。
 さらに、降り注ぐ火球が距離を詰めるタクティとの間に壁を作り、その間に負傷した相手は後ろへと下がり、傷を癒して脇へと回る。
「あー、もう! 強いじゃない!」
「敵ながら見事なものじゃな」
 一体も倒されることなく戦いを続ける相手の動きに、傷を癒す歌を奏でつつトリュームは歯噛みし、ウィゼも深々と頷く。
 一人一人の実力は、決して高くない。
 一対一、否、状況次第では二対一であってもケルベロスに勝利の目が残るだろう。
 それでいながら、押しきれない。
「数は私たちの方が上です。勢いを削いで持久戦に持ち込めば負けません!」
 複数個所でぶつかり合う戦場を俯瞰しながらも、停滞することなく走る指示が金城の守りとなってケルベロスの牙を押し返す。
 だけど、それはユウフラの指示があってこそ。
「――来た!」
 視界の端に映るバイオガスの煙に、トリュームが拳を握る。
 視界を遮るガスが、戦場を横切るように――ユウフラとこちらを遮断するように走り抜けて。
 直後、ウィゼとタクティが同時に地を蹴る。
「これで――」
「どうだ、だぜ!」
 重ねて打ち込まれるボルトストライクと降魔真拳が正面の相手を捉えて跳ね飛ばし。
 負傷した仲間を庇おうと、別の隊員が割り込もうとするも――、
「ちょっと、遅い、よ」
 わずかに動き出しの遅れた足を、六のスターゲイザーとユグゴトのトラウマボールが阻み、撃ち込まれる炎塊をミミックたちが受け止めて。
 そうして、塞ぎきれなかった隙間を通し、アルトゥーロは相手を見据える。
 開いた隙間は僅かなものでしかないけれど――必中の一撃を通すには十分すぎる。
「《蠍》には毒がつきものさ!」
 精神を研ぎ澄まし、放たれた弾丸は過つことなく相手を撃ち抜き、消滅させる。
 鉄壁の守りはユウフラの指示があってこそのもの。
 今も指示は続いているが、視界が遮られれば一手も二手も遅れることは避けられず。
 ――それだけあれば、守りを切り崩すことは決して不可能ではない。
「ほら、いけるいける、もうちょっと頑張ってくんない?」
「うん、もうちょっと、だね」
 雷雲のように明滅するバイオガスを展開させつつミミック達を励まし回復するトリュームに、鹵もバイオガスを展開しつつ頷きを返す。
 本隊との距離や、戦闘が始まってからの時間を考えるなら、今バイオガスを使っても『交戦中の敵が追加でバイオガスを使った』という程度の情報にしかならないだろうが……。
 それでも、わずかでも効果があればしめたもの。
「よーし、このまま逆転勝利、狙うわよ!」
「頑張らないと、ね」
 頷き、撃ち出す鹵の魔法陣を打ち払い、振り下ろされるこん棒とユグゴトの鉄塊がぶつかり合う。
 ぶつかり合い、弾き合い、互いに体勢を崩しながらも、トリュームのボクスドラゴン『ギョルソー』の属性インストールを受けて、わずかに早く体勢を立て直したユグゴトの鉄塊がこん棒を跳ね飛ばし。
 無手となった相手を、アルトゥーロの戦術超鋼拳とウィゼの撲殺釘打法が挟み込んで打ち砕く。
 そのまま飛び退くウィゼを逃すまいと、側面から振り下ろされるこん棒をタクティが受け止め、抑え込もうとする力をトリュームのスチームバリアを受けつつ押し返し、逆の腕で打ち込むドラゴニックスマッシュが相手をはねのけ、体勢を崩した相手を鹵のホーミングアローが撃ち抜いて。
 そして――、
「気付いたか?」
「ああ、動きがまた変わったんだぜ」
 アルトゥーロの声に、拳を振るいながらタクティは頷く。
 後方からの――全体を見通しての指示を受けた淀みのない動きから、目の前の相手だけを見た動きに。
 わずかな変化ではあるが、確かに相手の動きは変わっている。
「ということは……ユウフラを倒したの!?」
「いや、それにしては相手の動揺が薄いのじゃ」
 目を丸くするトリュームに、ウィゼは首を振る。
 おそらく、指揮官はこの場から離れた。
 だが、相手の動揺が薄いということは、ケルベロスの思惑が完全に通ったというわけでもない。
「ふむ、ならば」
「……逃げられた、かな」
 首を傾げるユグゴトに、同じく首を傾げて鹵も応える。
「相手の守りを突破できていれば、あるいは……か」
 難しかったとはいえ、狙いを果たせなかったことにアルトゥーロの表情に苦いものが混じるが――後悔も反省も、やるべきは今ではない。
 過る感情を振り払い、左右の銃を握りなおすと迫る隊員に撃ち放つ。
「なら、今やれることはやらせてもらおうか」
「ああ、行くぜミミック!」
 呼びかけるタクティに応えて、彼とユグゴトのミミックが撃ち出す愚者の黄金。
 避けられ、防がれ、多くは効果を発揮することなく消え去るも――、
「そこじゃ!」
 防ぐ動きが陣形を乱し、生まれた空間に飛び込むウィゼのスピニングドワーフが相手を砕いて消滅させ――直後、砕ける相手の背後から振るわれたこん棒がウィゼを後ろへ跳ね飛ばす。
「はっ、やるな!」
 飛ばされたウィゼを受け止め、同時に撃ち込むアルトゥーロの銃弾が追撃をかける相手を撃ち抜くも――その背後から、さらにその背後から。止まることなく無数の射撃がケルベロスへと降り注ぐ。
 ユウフラの指揮が無くなった今、切り込む隙間は無数にある。
 しかし、守りを捨てて損害を覚悟した相手の攻撃は、時に指揮が保たれていた時を上回る苛烈さで襲い掛かる。
 炎、氷、雷、無形の衝撃。性質もバラバラな射撃が鹵へと降りかかり、庇うユグゴトごと飲み込み爆風を巻き起こし――。
「みんな、ワタシが見てないところで死んじゃダメだよー!」
 トリュームの声が響き渡ると共に、爆風が塗り替えられる。
「こうなったらトッテオキを披露するわ! 言っておくけど、いくら素早く逃げたって無駄よ!!」
 一瞬、溜めを作るように縮んだ直後、弾けるように吹き抜けた後には、傷を負いながらも倒れることなく立つ二人の姿。
 相手の攻撃は、その数もあって決して侮れるものではないけれど――真っ向勝負であれば、分があるのは地力で勝るケルベロス達。
「囁き、返す、異界の、使者、触れる、落ちる、腐り、たもう」
「殺せ。殺せ。殺して終え。奴が我等を滅ぼすものだ。殺される前に殺して終え――私は此処に在る。仔等よ。此処が胎内だ」
 鹵とユグゴト、二人が紡ぐ詠唱が戦場に響き渡る。
 詠唱は魔法陣を描き出し、魔法陣は異界の扉となる。
 扉から呼び出される無数の触手は、林の乙女が風と共に投げる言葉を――殺して終えと精神を擽るサツイの囁きと共に相手へと襲い掛かり、体を貫き、心をえぐり。
 その群れを追いかけ、追い抜き、タクティは駆ける。
「我らの前に道は無く。我らの後に道は有る……」
 仮面となって顔を覆う、結晶の如きオウガメタル。
 ミミックから受け取った武装具現化のエクトプラズム。
 その二つが混ざり合い、具現化されるのは全てを喰らい尽くすドラゴンの頭。
「それじゃあ行こうかミミック。この道の続きに……!」
 ドラゴンの咢が相手を噛み砕き、抉り取って消滅させて。
 仲間達もまた、タクティが切り開く道を共に走り、相手とぶつかり合い、刃を交え――。
 ――そして。
「……終わり、かの?」
 目の前の相手を撃ち砕き、ウィゼは呼吸を整えつつ周囲を見回す。
 数えるような余裕はなかったけれど、仲間も合わせれば十は下らない数を倒しているだろう。
 けれどそれは、相手を壊滅させるには程遠いはず。
 疑念と警戒を抱きつつ見回す視界に映るのは――。
「本体への合流、か?」
 左翼を維持することを諦め、今の相手を殿に、本隊中央への合流を優先しようとする動き。
 それを許せば、本隊へと向かった仲間への大きい障害になるだろう。
「正直、結構きついけど……ほっとくわけにもいかないわよね」
「うん、援軍も来たし、ね」
 息をつくトリュームに疲れを滲ませつつ鹵も頷いて。後ろから近づく気配に気づいて振り返れば――そこに見えるのは、ヘルヴォール軍を壊滅させた多数の仲間達。
「ま、もうひと頑張り、いくんだぜ!」
 一度息を吸うと、タクティは両の拳を打ち合わせて気合を入れて。
 仲間と共に見据える視線の先で、相手もまた武器を構えて向き直る。
「イケてない王子と思ってたけど……大事にされてるのね」
 その気迫に、トリュームはそっと息をつく。
 ここから撤退すれば、例え本隊に合流できても、多数のケルベロス達が本隊に迫ることになる。
 そうなれば、ホーフンド王子に刃が届くことすら起こらないとは言えないだろう。
 だからこそ、
「ああ、良い仔等だ」
 全滅覚悟で迎え撃つ姿に、ユグゴトは慈愛に満ちた笑みを浮かべて地を蹴る。
 この戦力を押し返すだけの力は相手になく、ここから始まるのは殲滅戦。
 それでも、これだけの数、これだけの覚悟を決めた相手と戦うとなれば、決して容易くは終わるまい。
「秘書の軍勢は俺たちで抑えよう」
 敵陣の向こう側。今まさに本隊と戦っている仲間達を思いながら、アルトゥーロは両手の銃を閃かせ、タクティの拳が敵を穿つ。
 この場での戦いの結末はすでに見えた。後は、本隊に向かった仲間次第。
「戦場ってやつを嫌っていうほど教え込んでくるといい」
「夢にまで出させて頂きますよだぜ」

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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